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前回のエントリーに拍手ありがとうですー。
前回は海関連の曲を選びましたが「山」となると結構限られてくる、というか海モチーフと同じような自由度はないですね。
トピックを思いついたらまたやります~
仕事は相変わらず続き、ピアノもなんだかちょっとstuck気味で。
そもそも今弾いてる曲って長調とも短調ともつかない曲が多くてそれぞれの色彩を把握するのにちょっと苦労している感があるのです。
だからラフマニノフ弾いたり、ショスタコとか聖飢魔IIの中でも色が濃い音楽を聴くと妙に安心するというか。
何かプラスしてみるべきなのかなー、ロシア周りで。めりはり付けたり。
さて、前回のエントリーで書きましたが先日ドクターのアポに行って新しい薬を処方されました。
このブログで書いていると思いますが、うつや双極性障害の薬と一口に言っても色々あります。気分・感情に関する症状に対応する薬(抗うつ剤、気分安定剤)、睡眠を改善する薬、不安症状を改善する薬、などなど。
私は今メインとして感情の起伏を落ち着かせる炭酸リチウム(気分安定剤)を飲んで、冬季には濃度が低くなりやすく冬季の鬱に関連しているかもしれないビタミンDのカプセルを飲んでいます。
(他に躁に対応するため一時的に飲むためのSeroquelもあります)
今回新しく薬を飲むこととなったのは日本から帰ってからの2時間の時差による睡眠サイクルのずれに、今年の春続いている夜間の軽躁的な傾向(焦燥、気分不安定など)が合わさって寝付き(睡眠導入)が悪くなったのに対応するため。(起きる部分はある程度なんとか自分で調整できてるんですよ)
睡眠のトラブルにもいくつか種類があって、睡眠サイクルの中のタイミングでいうと睡眠導入の問題、睡眠中の問題、そして起床時の問題があるのですが、ここで睡眠薬を使うと睡眠導入に効果があっても起床時に起きにくくなるかも、という懸念があり。それはSeroquelも同じで(実際去年飲んだとき起きにくかった)、だからそれだけのために飲むのはどうもためらわれる。
そこで今回処方されたのが「メラトニン」。メラトニンはホルモンの一種で、調べてみると動物や微生物、植物の中にも存在するそうで。人間では脳の松果体というところで作られていてその分泌は体の様々なサイクルを司っているとのことです。
その中の一つが今回の処方理由である睡眠サイクルです。メラトニンは一日の中で覚醒・睡眠のサイクルを体温などの変化により調整していて。今回薬としては「寝る30分前に飲む」と言われているのですがメラトニンが分泌されることで体が眠る準備を整える、というメカニズムだそうです。
なのでメラトニンは時差ボケの薬としても販売されているそうですね。(ただ処方なしだと高いらしいです、オーストラリアでは)
なので今回の処方はあくまでも睡眠サイクルがメルボルン(夏時間あり)のサイクルに調整するまでの処置、ということです。言っても時差は2時間ですし、普通の人ならきっと平気な差です。私も日本とオーストラリアはある程度行き来してて通常なら大丈夫なはずなんですが、今回運悪く軽躁が夜に騒ぎ出すのが重なってしまった・・・ということなんです。
そしてメラトニンは季節による体のサイクルも司っているそうです。昼と夜の長さと関係するらしく、要するに「光」に反応するホルモンなんですね。
(面白いことに、季節と「光」についてはこないだのTouched with Fireにも言及がありました。双極性障害と季節性についての話で、芸術家で芸術・創作活動が秋に活発になる場合が多いのは秋の「光の変化の度合い」が特に激しいため、という仮説があり。日本の詩とか俳句とかでも調べてみたい)
だから、ドクターの話によるとメラトニンは次秋とか冬が来て鬱方向に傾いたときの手助けになるかも、ということらしいです。なによりも季節の変化に弱い自分にとってメラトニンは「持っておいて損はないカード」というポジションみたいですね。
今回は上記不運な重なりがあって処方となりましたが、メラトニンは光に反応するので昼、特に夏は外にでて自然光を浴びることが本当に大切。
うつや双極性障害は睡眠サイクルや体のリズム的なものと関連があって、片方によりもう片方が悪くなって悪循環になる、というのはよくあることです。
健康な人でも調子が全く一定の一本調子、なんてことはなくて季節やその他外的要因によりある程度変動していて、良いときもあれば悪いときもあるわけで。
自分の体や心の(または場合によっては他の人のも)サイクルとか振れ幅を知っておくのは結構大事だったりします。
普段の軽いモニタリングで早期に食い止められるものも色々ありますからね。
自分は季節や天候の変化にちょっと人より弱い体質で(心理的ストレスとかには単体だと以前よりかは強くなりましたね。ただそういうのも季節の変化と重なるとものすごく手強い)、それはこれから治ったりするようなものでもないのかもしれないので、今回みたいになんか自分のコントロール外になるようなことがあったらメラトニンなりSeroquelなり使える選択肢というか取れる措置があるのは心強いです。
そして肝心のメラトニンの効果なのですが・・・2日飲んでみて、少しは助けになってるかな?
確かに飲んでから30分で寝落ちてるようなようなこともあるのですが、あくまでも睡眠のあれで軽躁に対応しているわけではないので、眠りにつくまでは変わった実感はないです。
でも精神疾患の薬(身体の薬もある程度そうかな)って悪化したときや薬が合わなくて副作用が起きたときは割とはっきり分かるけれど、良い方向に進むときはゆるやかに改善していくのでなかなか気づきにくいんですよね。
今回のこれの場合夏になったらきっと落ち着くはずなので服薬忘れず気長に構えて行こうと思います。
そうそう、こないだリチウムを処方しても血液検査をやってないケースがある、と日本のニュースで読みましたがあれはいかんですよ。
リチウムは治療効果がある血中濃度の範囲が広くなくて、しかも毒性を示す血中濃度範囲が近くにあります。さらに、血中濃度は身体の中の水分、ナトリウム濃度などで色々変わりますからね。
だから患者さんにはちゃんと中毒のサイン(手の震えなど)をしっかり教えて、そして定められた間隔(数ヶ月に一回とか)で血液検査を受けてもらわなくちゃいけないです。血液検査にはリチウム濃度だけじゃなくて甲状腺機能も含まれる場合があります。それから投与開始前も血液検査しなくちゃいけないんじゃなかったっけ。
リチウム中毒は命に関わる危険なものですが、薬としては効果も高いですし、中毒のサインも分かりやすく予防も難しくないので正しく使われることを願っています。
今日の一曲: Tommy Emmanuel 「Pan Man」
(myspaceでの試聴はこちら♪)
私がオーストラリアに来た最初の年、妹の当時のクラスの友達のお父さんがギタリストなんだって、という話を聞いて。
それがTommy Emmanuelだったのです。
Tommyはその次の年くらいに家族でオーストラリアを離れて今はイギリス拠点なのかな?でも今年のアデレードのギターフェスティバルには出演してたみたい。
その短い間父は(どれくらい親しかったかは分かりませんが)Tommyと面識があって、その頃買った彼のCD「The Day Finger Pickers Took Over the World」と「Classical Gas」には彼のサイン、そして娘さんのサインが入っているのです。貴重。というかめっちゃかわいい。(Classical Gasの裏の写真がその当時の娘さんです)
この2枚のCD、前者はChet Atkinsとの共演でカントリー方面が強いのですが、後者はAustralian Philharmonic Orchestraとの共演でクラシック曲なども取り入れたりしたCD。
今回の一曲はそんな「Classical Gas」の中でも特に気に入って聞いている「Pan Man」を選びました。試聴は上のリンクから。
「Pan Man」ではなんとTommy Emmanuelとこのブログで何回か言及があるSlava Grigoryanの共演が聞けるのです!オーストラリアのギタリスト2人!すごい!
・・・と一通り盛り上がったところで「あれ?Slavaこの時何歳だ?」とふと思い。Tommyは父と同じくらいなんですよね。Slavaの弟が私と同い年で、その10歳くらい上だったかな・・・?と思って調べて見たらなんとSlava Grigoryanこの時19歳。
じゅうきゅうさい!!この演奏が!
・・・と驚けること請け合いです。
ちなみにイヤホンで聞いたとき、どうやら左に聞こえるのがTommy Emmanuelのギターで、右に聞こえるのがSlava Grigoryanのギターのようです。
ラテンの明るいノリで楽しく聞ける曲なので是非是非聴いてみてください♪リンクしたmyspaceページにはClassical Gasの他のトラックもいくつか入ってるようです。
前回は海関連の曲を選びましたが「山」となると結構限られてくる、というか海モチーフと同じような自由度はないですね。
トピックを思いついたらまたやります~
仕事は相変わらず続き、ピアノもなんだかちょっとstuck気味で。
そもそも今弾いてる曲って長調とも短調ともつかない曲が多くてそれぞれの色彩を把握するのにちょっと苦労している感があるのです。
だからラフマニノフ弾いたり、ショスタコとか聖飢魔IIの中でも色が濃い音楽を聴くと妙に安心するというか。
何かプラスしてみるべきなのかなー、ロシア周りで。めりはり付けたり。
さて、前回のエントリーで書きましたが先日ドクターのアポに行って新しい薬を処方されました。
このブログで書いていると思いますが、うつや双極性障害の薬と一口に言っても色々あります。気分・感情に関する症状に対応する薬(抗うつ剤、気分安定剤)、睡眠を改善する薬、不安症状を改善する薬、などなど。
私は今メインとして感情の起伏を落ち着かせる炭酸リチウム(気分安定剤)を飲んで、冬季には濃度が低くなりやすく冬季の鬱に関連しているかもしれないビタミンDのカプセルを飲んでいます。
(他に躁に対応するため一時的に飲むためのSeroquelもあります)
今回新しく薬を飲むこととなったのは日本から帰ってからの2時間の時差による睡眠サイクルのずれに、今年の春続いている夜間の軽躁的な傾向(焦燥、気分不安定など)が合わさって寝付き(睡眠導入)が悪くなったのに対応するため。(起きる部分はある程度なんとか自分で調整できてるんですよ)
睡眠のトラブルにもいくつか種類があって、睡眠サイクルの中のタイミングでいうと睡眠導入の問題、睡眠中の問題、そして起床時の問題があるのですが、ここで睡眠薬を使うと睡眠導入に効果があっても起床時に起きにくくなるかも、という懸念があり。それはSeroquelも同じで(実際去年飲んだとき起きにくかった)、だからそれだけのために飲むのはどうもためらわれる。
そこで今回処方されたのが「メラトニン」。メラトニンはホルモンの一種で、調べてみると動物や微生物、植物の中にも存在するそうで。人間では脳の松果体というところで作られていてその分泌は体の様々なサイクルを司っているとのことです。
その中の一つが今回の処方理由である睡眠サイクルです。メラトニンは一日の中で覚醒・睡眠のサイクルを体温などの変化により調整していて。今回薬としては「寝る30分前に飲む」と言われているのですがメラトニンが分泌されることで体が眠る準備を整える、というメカニズムだそうです。
なのでメラトニンは時差ボケの薬としても販売されているそうですね。(ただ処方なしだと高いらしいです、オーストラリアでは)
なので今回の処方はあくまでも睡眠サイクルがメルボルン(夏時間あり)のサイクルに調整するまでの処置、ということです。言っても時差は2時間ですし、普通の人ならきっと平気な差です。私も日本とオーストラリアはある程度行き来してて通常なら大丈夫なはずなんですが、今回運悪く軽躁が夜に騒ぎ出すのが重なってしまった・・・ということなんです。
そしてメラトニンは季節による体のサイクルも司っているそうです。昼と夜の長さと関係するらしく、要するに「光」に反応するホルモンなんですね。
(面白いことに、季節と「光」についてはこないだのTouched with Fireにも言及がありました。双極性障害と季節性についての話で、芸術家で芸術・創作活動が秋に活発になる場合が多いのは秋の「光の変化の度合い」が特に激しいため、という仮説があり。日本の詩とか俳句とかでも調べてみたい)
だから、ドクターの話によるとメラトニンは次秋とか冬が来て鬱方向に傾いたときの手助けになるかも、ということらしいです。なによりも季節の変化に弱い自分にとってメラトニンは「持っておいて損はないカード」というポジションみたいですね。
今回は上記不運な重なりがあって処方となりましたが、メラトニンは光に反応するので昼、特に夏は外にでて自然光を浴びることが本当に大切。
うつや双極性障害は睡眠サイクルや体のリズム的なものと関連があって、片方によりもう片方が悪くなって悪循環になる、というのはよくあることです。
健康な人でも調子が全く一定の一本調子、なんてことはなくて季節やその他外的要因によりある程度変動していて、良いときもあれば悪いときもあるわけで。
自分の体や心の(または場合によっては他の人のも)サイクルとか振れ幅を知っておくのは結構大事だったりします。
普段の軽いモニタリングで早期に食い止められるものも色々ありますからね。
自分は季節や天候の変化にちょっと人より弱い体質で(心理的ストレスとかには単体だと以前よりかは強くなりましたね。ただそういうのも季節の変化と重なるとものすごく手強い)、それはこれから治ったりするようなものでもないのかもしれないので、今回みたいになんか自分のコントロール外になるようなことがあったらメラトニンなりSeroquelなり使える選択肢というか取れる措置があるのは心強いです。
そして肝心のメラトニンの効果なのですが・・・2日飲んでみて、少しは助けになってるかな?
確かに飲んでから30分で寝落ちてるようなようなこともあるのですが、あくまでも睡眠のあれで軽躁に対応しているわけではないので、眠りにつくまでは変わった実感はないです。
でも精神疾患の薬(身体の薬もある程度そうかな)って悪化したときや薬が合わなくて副作用が起きたときは割とはっきり分かるけれど、良い方向に進むときはゆるやかに改善していくのでなかなか気づきにくいんですよね。
今回のこれの場合夏になったらきっと落ち着くはずなので服薬忘れず気長に構えて行こうと思います。
そうそう、こないだリチウムを処方しても血液検査をやってないケースがある、と日本のニュースで読みましたがあれはいかんですよ。
リチウムは治療効果がある血中濃度の範囲が広くなくて、しかも毒性を示す血中濃度範囲が近くにあります。さらに、血中濃度は身体の中の水分、ナトリウム濃度などで色々変わりますからね。
だから患者さんにはちゃんと中毒のサイン(手の震えなど)をしっかり教えて、そして定められた間隔(数ヶ月に一回とか)で血液検査を受けてもらわなくちゃいけないです。血液検査にはリチウム濃度だけじゃなくて甲状腺機能も含まれる場合があります。それから投与開始前も血液検査しなくちゃいけないんじゃなかったっけ。
リチウム中毒は命に関わる危険なものですが、薬としては効果も高いですし、中毒のサインも分かりやすく予防も難しくないので正しく使われることを願っています。
今日の一曲: Tommy Emmanuel 「Pan Man」
(myspaceでの試聴はこちら♪)
私がオーストラリアに来た最初の年、妹の当時のクラスの友達のお父さんがギタリストなんだって、という話を聞いて。
それがTommy Emmanuelだったのです。
Tommyはその次の年くらいに家族でオーストラリアを離れて今はイギリス拠点なのかな?でも今年のアデレードのギターフェスティバルには出演してたみたい。
その短い間父は(どれくらい親しかったかは分かりませんが)Tommyと面識があって、その頃買った彼のCD「The Day Finger Pickers Took Over the World」と「Classical Gas」には彼のサイン、そして娘さんのサインが入っているのです。貴重。というかめっちゃかわいい。(Classical Gasの裏の写真がその当時の娘さんです)
この2枚のCD、前者はChet Atkinsとの共演でカントリー方面が強いのですが、後者はAustralian Philharmonic Orchestraとの共演でクラシック曲なども取り入れたりしたCD。
今回の一曲はそんな「Classical Gas」の中でも特に気に入って聞いている「Pan Man」を選びました。試聴は上のリンクから。
「Pan Man」ではなんとTommy Emmanuelとこのブログで何回か言及があるSlava Grigoryanの共演が聞けるのです!オーストラリアのギタリスト2人!すごい!
・・・と一通り盛り上がったところで「あれ?Slavaこの時何歳だ?」とふと思い。Tommyは父と同じくらいなんですよね。Slavaの弟が私と同い年で、その10歳くらい上だったかな・・・?と思って調べて見たらなんとSlava Grigoryanこの時19歳。
じゅうきゅうさい!!この演奏が!
・・・と驚けること請け合いです。
ちなみにイヤホンで聞いたとき、どうやら左に聞こえるのがTommy Emmanuelのギターで、右に聞こえるのがSlava Grigoryanのギターのようです。
ラテンの明るいノリで楽しく聞ける曲なので是非是非聴いてみてください♪リンクしたmyspaceページにはClassical Gasの他のトラックもいくつか入ってるようです。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日はドクター(精神科医)のアポに行って来たのですがドクターの部屋の本棚にこないだ紹介したTouched with Fireが置いてありました。なんか嬉しい(どうしてかは分からないけれど)。ついでに他に何があったかちゃんと見てくればよかったー。
今ちょっと悩んでる真夜中の軽躁と睡眠サイクルのずれによる寝付きの悪さに関して新しいタイプの対処というか薬を処方されたのですが一日のリズムに関しても含めて次回書けたらいいなーと思ってます。とりあえず今夜薬飲んだりしてから。
今日は海にまつわる曲を10曲集めてみました。
海といっても内海、外海、大海原、色々あります。作曲家を山派・海派に分けるとイギリスやフランスの作曲家に海派が多いような印象がありますが、他にもギリシャ神話モチーフの曲にも海が題材のものがちょこちょこあります。
なるべく色んな国の作曲家で、色んな海と色んな表現方法をカバーしようとしてみました。どうぞ。
1) クロード・ドビュッシー 「海」 第1楽章「海の夜明けから真昼まで」
いきなり来ました。海が得意な作曲家といえばまずドビュッシーだと思います。海をモチーフにしている曲も色々ありますし、モチーフにしてなくても景色に入ってたりもする。そんな中でこの「海」の第1楽章は海の様子、色、そして受ける光が時間と共に変わり、海が表情を変えていくのをものすごく鮮やかに描きます。メルボルンではSandringham行きの電車に乗って、Brighton Beach過ぎで電車から見える穏やかな海にいつもこの曲を思います。
2) ニコライ・リムスキー=コルサコフ 「シェヘラザード」 第1楽章「海とシンドバッドの船」
海を描いた大曲といえばシェヘラザードも有名ですね。これはアラビア辺りの海が舞台になっています。何よりも「まだ誰も行ったことのない未知の世界」という特徴が強い海です。主に弦楽器と木管楽器によって奏でられるうねる波の音型だったり風のような音型だったり、とにかく果てしなく広がるような感じですね。運んでくれる「味方」の海だけれど、同時に立ちふさがる障害でもある危険な海。
3) ベンジャミン・ブリテン 「ピーター・グライムズ」より「4つの海の間奏曲」 第1楽章「夜明け」
海を舞台にした、今度はオペラです。こちらはイギリスの海なのでなんだか空が灰色なイメージですね。「4つの海の間奏曲」の名の通り4曲あるうち第1楽章を選んだ理由はその「近さ」にあると思います。風もほとんどない夜明けに穏やかな波がもうすぐ足下に打ち寄せているような、そんな感覚。勝手知ったというか、ものすごく親しい感があるのですよね。でもこの海の穏やかさは「嵐の前の静けさ」みたいな感覚もあります。
4) カロル・シマノフスキ 「メトープ」 第2楽章「カリュプソー」
これも全曲が海にまつわる曲集。ギリシャ神話の「オデュッセイア」の女性キャラクターを各楽章のモチーフにしたピアノ曲です。その中でも「カリュプソー」は海の描写に主人公の心象が現れているところが好きです。海は今オデュッセウスをカリュプソーの島にとどめているけれど、いつの日かオデュッセウスは故郷へ帰り、海は二人を隔てるものとなってしまう・・・みたいな、波と共に揺れ動く女心が素敵な一曲。
5) モーリス・ラヴェル 「鏡」より「洋上の小舟」
水の描写だったらラヴェルもピカイチです。ピアノの上を縦横に駆け巡るアルペジオ(分散和音)で波のうねりを表します。でも書かれている音だけじゃなくて弾く時のニュアンスもこの波の表現には大事で、技巧・表現両面で結構難しい曲なのです(汗)ラヴェルの表現って「コロンブスの卵」なとこがあって、当たり前のようだけどものすごく新しくて天才的な表現がこの曲の随所に見られます。ハーモニーの変化が何よりも素晴らしい!
6) オットリーノ・レスピーギ 「ボッティチェッリの3枚の絵」 第3楽章「ヴィーナスの誕生」
元になった絵は有名なので大体想像はつくと思います。レスピーギの表現も一つ前のラヴェルと同じくシンプルに映るところがあって、最初にバイオリンが弾くリズムパターンでしっかり穏やかな海の絵ができちゃうのがなんだかすごい。で、小さめのオケで奏でる柔らかい色彩がまた元の絵に忠実で(これも言えばものすごくシンプルでストレートな表現だなあ)。本当に「絵のような」美しさを持った曲です。
7) オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」 第3楽章「イソヒヨドリ」
「鳥のカタログ」には3つほど海の周りを中心に書かれている曲がありますが、今回はこれをチョイス。今弾いているから、というのとあと一番好きな「ダイシャクシギ」を語り始めたらここでは足りないので(汗)フランス南部の荒々しい岩に覆われた崖が舞台で、その激しくぶつかる波がイソヒヨドリの鳴き声の女性的なのとコントラストになっていたり、そして海の青とイソヒヨドリの青がコントラストになっていたり、パワフルさと繊細さが同居するメシアンらしい曲です。
8) ジョージ・クラム 「鯨の声」 第3変奏「中生代」
クラムの作品の中でも数少ない(唯一)海モチーフの曲。ザトウクジラの声のテープを聞いたことが作曲のきっかけになったこの曲は、生命の誕生から人間の出現まで長い長い海の歴史をたどります。中生代は恐竜が繁栄した時代。鱗と牙を持った生物たちが地上だけでなく海の中でものさばっていて、この曲もかなりダイナミックな曲調です。ピアノの特殊奏法の金属的な音や5連符のモチーフが特にかっこいい!(他の楽章も素晴らしいですよー特に最終楽章に「ゲド戦記」の第3作の最果ての海を思います。)
9) 武満徹 「夢の引用 ―Say sea, take me!―」
この曲ではちょっと違うタイプの海をイメージします。先ほど紹介しましたドビュッシーの「海」がところどころに引用されているこの曲ですが、「夢」というタイトルだったりその引用の現れ方だったり、海のそのものというよりは心理学で見るような無意識の広がりとしての「海」の方がしっくり来る気がします(これはホルストの「惑星」の「海王星」にも言えることだと思います)。触れられるような触れられないような、不思議な深さと広がりを見せる内なる世界です。
10) 「Moments」 (ピアノ伴奏ver.) (アーティスト不明)
今回ほぼクラシックばかりのラインアップとなりましたが、そんな中この曲は自分の「海」のイメージに欠かせないです。ただ問題はこの曲が父が持ってるオーディオチェックのCDに収録されているためアーティスト名も分からないし歌詞もものすごくぼんやりとしていること。ただ全体的な雰囲気から冬の海の寂しさは感じ取れますし、歌詞から聴き取れるキーワードだったり、あとピアノや歌声のフレーズの作り方にものすごく海というか波を感じます。あと空に目を向けるようなサビの部分も好きです。
やっぱり「海」を表現するのに弦楽器の存在は大きいと思います。流れるような、継続した音を出すこと、うねるような音型も4弦に渡る分散和音で表せること、そして弓の力の入り方・音の出し方が波のカーブを表すのにものすごく向いていたり。
シェヘラザードを筆頭に、オケ曲ってどうしてもソロを弾く金管・木管楽器に耳がいくことが多いと思いますが特に海を表す音楽のときは「主人公の周りの海」を描いて支えている弦楽器にも耳を傾けてほしいなあ、と思います。
今日の一曲はおやすみです~
今日はドクター(精神科医)のアポに行って来たのですがドクターの部屋の本棚にこないだ紹介したTouched with Fireが置いてありました。なんか嬉しい(どうしてかは分からないけれど)。ついでに他に何があったかちゃんと見てくればよかったー。
今ちょっと悩んでる真夜中の軽躁と睡眠サイクルのずれによる寝付きの悪さに関して新しいタイプの対処というか薬を処方されたのですが一日のリズムに関しても含めて次回書けたらいいなーと思ってます。とりあえず今夜薬飲んだりしてから。
今日は海にまつわる曲を10曲集めてみました。
海といっても内海、外海、大海原、色々あります。作曲家を山派・海派に分けるとイギリスやフランスの作曲家に海派が多いような印象がありますが、他にもギリシャ神話モチーフの曲にも海が題材のものがちょこちょこあります。
なるべく色んな国の作曲家で、色んな海と色んな表現方法をカバーしようとしてみました。どうぞ。
1) クロード・ドビュッシー 「海」 第1楽章「海の夜明けから真昼まで」
いきなり来ました。海が得意な作曲家といえばまずドビュッシーだと思います。海をモチーフにしている曲も色々ありますし、モチーフにしてなくても景色に入ってたりもする。そんな中でこの「海」の第1楽章は海の様子、色、そして受ける光が時間と共に変わり、海が表情を変えていくのをものすごく鮮やかに描きます。メルボルンではSandringham行きの電車に乗って、Brighton Beach過ぎで電車から見える穏やかな海にいつもこの曲を思います。
2) ニコライ・リムスキー=コルサコフ 「シェヘラザード」 第1楽章「海とシンドバッドの船」
海を描いた大曲といえばシェヘラザードも有名ですね。これはアラビア辺りの海が舞台になっています。何よりも「まだ誰も行ったことのない未知の世界」という特徴が強い海です。主に弦楽器と木管楽器によって奏でられるうねる波の音型だったり風のような音型だったり、とにかく果てしなく広がるような感じですね。運んでくれる「味方」の海だけれど、同時に立ちふさがる障害でもある危険な海。
3) ベンジャミン・ブリテン 「ピーター・グライムズ」より「4つの海の間奏曲」 第1楽章「夜明け」
海を舞台にした、今度はオペラです。こちらはイギリスの海なのでなんだか空が灰色なイメージですね。「4つの海の間奏曲」の名の通り4曲あるうち第1楽章を選んだ理由はその「近さ」にあると思います。風もほとんどない夜明けに穏やかな波がもうすぐ足下に打ち寄せているような、そんな感覚。勝手知ったというか、ものすごく親しい感があるのですよね。でもこの海の穏やかさは「嵐の前の静けさ」みたいな感覚もあります。
4) カロル・シマノフスキ 「メトープ」 第2楽章「カリュプソー」
これも全曲が海にまつわる曲集。ギリシャ神話の「オデュッセイア」の女性キャラクターを各楽章のモチーフにしたピアノ曲です。その中でも「カリュプソー」は海の描写に主人公の心象が現れているところが好きです。海は今オデュッセウスをカリュプソーの島にとどめているけれど、いつの日かオデュッセウスは故郷へ帰り、海は二人を隔てるものとなってしまう・・・みたいな、波と共に揺れ動く女心が素敵な一曲。
5) モーリス・ラヴェル 「鏡」より「洋上の小舟」
水の描写だったらラヴェルもピカイチです。ピアノの上を縦横に駆け巡るアルペジオ(分散和音)で波のうねりを表します。でも書かれている音だけじゃなくて弾く時のニュアンスもこの波の表現には大事で、技巧・表現両面で結構難しい曲なのです(汗)ラヴェルの表現って「コロンブスの卵」なとこがあって、当たり前のようだけどものすごく新しくて天才的な表現がこの曲の随所に見られます。ハーモニーの変化が何よりも素晴らしい!
6) オットリーノ・レスピーギ 「ボッティチェッリの3枚の絵」 第3楽章「ヴィーナスの誕生」
元になった絵は有名なので大体想像はつくと思います。レスピーギの表現も一つ前のラヴェルと同じくシンプルに映るところがあって、最初にバイオリンが弾くリズムパターンでしっかり穏やかな海の絵ができちゃうのがなんだかすごい。で、小さめのオケで奏でる柔らかい色彩がまた元の絵に忠実で(これも言えばものすごくシンプルでストレートな表現だなあ)。本当に「絵のような」美しさを持った曲です。
7) オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」 第3楽章「イソヒヨドリ」
「鳥のカタログ」には3つほど海の周りを中心に書かれている曲がありますが、今回はこれをチョイス。今弾いているから、というのとあと一番好きな「ダイシャクシギ」を語り始めたらここでは足りないので(汗)フランス南部の荒々しい岩に覆われた崖が舞台で、その激しくぶつかる波がイソヒヨドリの鳴き声の女性的なのとコントラストになっていたり、そして海の青とイソヒヨドリの青がコントラストになっていたり、パワフルさと繊細さが同居するメシアンらしい曲です。
8) ジョージ・クラム 「鯨の声」 第3変奏「中生代」
クラムの作品の中でも数少ない(唯一)海モチーフの曲。ザトウクジラの声のテープを聞いたことが作曲のきっかけになったこの曲は、生命の誕生から人間の出現まで長い長い海の歴史をたどります。中生代は恐竜が繁栄した時代。鱗と牙を持った生物たちが地上だけでなく海の中でものさばっていて、この曲もかなりダイナミックな曲調です。ピアノの特殊奏法の金属的な音や5連符のモチーフが特にかっこいい!(他の楽章も素晴らしいですよー特に最終楽章に「ゲド戦記」の第3作の最果ての海を思います。)
9) 武満徹 「夢の引用 ―Say sea, take me!―」
この曲ではちょっと違うタイプの海をイメージします。先ほど紹介しましたドビュッシーの「海」がところどころに引用されているこの曲ですが、「夢」というタイトルだったりその引用の現れ方だったり、海のそのものというよりは心理学で見るような無意識の広がりとしての「海」の方がしっくり来る気がします(これはホルストの「惑星」の「海王星」にも言えることだと思います)。触れられるような触れられないような、不思議な深さと広がりを見せる内なる世界です。
10) 「Moments」 (ピアノ伴奏ver.) (アーティスト不明)
今回ほぼクラシックばかりのラインアップとなりましたが、そんな中この曲は自分の「海」のイメージに欠かせないです。ただ問題はこの曲が父が持ってるオーディオチェックのCDに収録されているためアーティスト名も分からないし歌詞もものすごくぼんやりとしていること。ただ全体的な雰囲気から冬の海の寂しさは感じ取れますし、歌詞から聴き取れるキーワードだったり、あとピアノや歌声のフレーズの作り方にものすごく海というか波を感じます。あと空に目を向けるようなサビの部分も好きです。
やっぱり「海」を表現するのに弦楽器の存在は大きいと思います。流れるような、継続した音を出すこと、うねるような音型も4弦に渡る分散和音で表せること、そして弓の力の入り方・音の出し方が波のカーブを表すのにものすごく向いていたり。
シェヘラザードを筆頭に、オケ曲ってどうしてもソロを弾く金管・木管楽器に耳がいくことが多いと思いますが特に海を表す音楽のときは「主人公の周りの海」を描いて支えている弦楽器にも耳を傾けてほしいなあ、と思います。
今日の一曲はおやすみです~
前回のエントリーに拍手2つもありがとうございます!
今回飛行機旅ということでなんとか読み終わったのですが何せ最近仕事を筆頭に忙しいため、帰りの飛行機で読み始めた本(This is your brain on musicという本)を読み進められるのがいつになるのか・・・
それ以外にもまだ読む本色々溜まってますし、さらには日本から送ってもらう分もありますし。
CDも本もすっかり棚からあふれて収納に困っています。服は楽勝なのに。
昨日、今日とメルボルンは暖かく、30℃と27℃だったかな?
なので今日は朝大学の図書館に本を返しに行って(新神話主義の本です。そろそろ購入しなければ・・・)、久しぶりにロルカに行って来ました。フレンチトースト。
図書館では珍しくちょろっとクープランの楽譜をめくってみたり(今後の演奏のアイディア関連で)、それからフォーレの舟歌集(全13曲)を借りてきました。今回のプログラムでちょっと検討中なのですが、楽譜を見てちゃんと聴かないとどれが弾きたいかわからないです。
今既に弾いている曲もイマイチ把握し切れてないところあるんですよねー
弾くだけじゃできない練習ってあるんですよ、ホントに。忙しいし疲れてるんですがちゃんと時間を作ってやらないと。
一時帰国をはさんでメルボルンの春、なんですがなんとか去年の春みたいな軽躁は出ず続いています。
ただ真夜中に焦燥感というか不安というか、やや不調がでるのにはちょっと悩んでいます。
かといってやっぱり薬を飲むほどでもなく。
(あとまだ2時間の時差引きずって睡眠パターンが正常化せず。どうやっても9時より前に起きれない・・・)
ということで色々くたくたしているわけなのですが、メルボルンでは明日は祝日なのです。
11月の第1火曜日はメルボルン・カップといって競馬のレースのためにVIC州はお休みなのです。
祝日はこの日だけですが、その前後の日にもレースがありますし、競馬自体だけでなくファッション的な側面も強いお祭りのようなイベントです。
もちろん私はbetもせず家で仕事とピアノなのですが(汗)
そしてやっぱり気になるのがこれからに向けての気候ですね。
こないだも書きましたが一応目安として「メルボルン・カップまでに1回30℃超えの日がある」というのはクリアしてますし、日本に行く前よりは気温の平均も中央値も断然上がっているし。
今日は雨も降ったし、全体的にものすごく乾燥はまだしてないのですが・・・うーん。ちゃんと夏が来るといいなあ。
実際に夏を体験するのが楽しみ!というのももちろんありますし、この微妙な精神状態が安定してくれるのが待ち遠しいですし、あと最近ラジオのお便りで日本とは逆の季節のお便りを届けるのが待ち遠しくて(笑)
メルボルンの夏は心から好きですが、話のネタとしても大好きなんです。
40℃超えるんだよ!とか濡らした髪が10分で乾く!とか、雲が見渡す限り一つもない!とか生き物がみんな静まりかえる!とか。ここで書いちゃってますが。
なんか、ある程度厳しい気候はそれはそれで自然とか季節が強烈に感じられるからなのか楽しいんですよね。
詳しいことは夏が来たらまた書きたいです。
だから春をずっと家で仕事とピアノに費やして過ごすのはもしかしたらそんなには惜しくないのかもしれません。コンサートの予定もちょっと減ってきましたし(12月でシーズン終わり)。
あと最近仕事してて聞こえる鳥の鳴き声のレパートリーがぐっと増えて楽しいです。鳥の種類はいつも一緒なのですが、さえずりでレパートリーが増えるのと、あと巣立ち前の子ども達の声も聞こえます。
今庭にクロウタドリ(common blackbird)の親子がいて、ちょうど子どもが餌をとることを学習していて。さすがはメシアンが愛した鳴き声の鳥(フランス語でMerle Noir、その名を冠した曲も複数ある)というか、子どものねだるような声も美しいですね。ぴょんぴょん跳ねながらじゅるじゅるというような、鈴を転がすような調子で。
ということで仕事・ピアノの進み具合に自信がないながらも、楽しみはたんとあります。
書き物とかゲームとかもやる余裕がでたらいいな。
そういえば次回はキーワードくくりのエントリーをちょっとやってみようかな、と思っています。一時帰国前から暖めていたトピックなのでお楽しみにー。
今日の一曲: たま 「月のひざし」
日本でCD買ったり父からぶんどったり(データとしてですが)して今日の一曲もちょっと列ができてるのですが、それに合わせてiTunesでもダウンロードしたりでインプット、聴き込み、そして紹介がまにあわない!
そんなわけでクラシック界隈がちょっと手薄になっててちょっと寂しいこの頃。
でもやっぱりこれは紹介しないと!とっても大事!
今回買ったたまの「しょぼたま」というCDなのですが、この「しょぼたま」というのはたまが3人編成になってからサポートメンバーを加えず3人で機材・楽器なども少なめにしたアコースティックの演奏形態・・・と聞いています。
この曲は歌入りの曲もinstrumentalの曲(たまのインスト曲聞くの初めて)もシンプルでこぢんまりとしていてこれまでの演奏とも、この後のしょぼじゃないたまの録音とも違う特別な感じがして好きです。
その中でもこの「月のひざし」は特に好きです。某所で初めて聞いてから「これは手に入れねば!」と強く思いました。
いろいろネットを巡って見ると知久さんの曲の中で「月のひざし」はものすごく愛されている曲なのですがそれがものすごくわかります。
なんというか、メロディーから歌詞からハーモニーから知久さんの音楽のスタイルの一番いいところを凝縮したような。
特にですね、「乾いた水を飲まされて/のどがカラカラになっても/君をまちがえて飲みこんだりしませんように」の部分!歌詞ももちろんなのですがね、コード進行の切なさも(全体的に少ない音で表現してるのがまた!)。
前も書いてるんですが知久さんの書く歌詞にたまらなく共感してしまうのがこの曲でもあって、それでいいのかなーと思ってしまったり。
この手におさまるような繊細でこぢんまりとした、っでも同時にものすごく強烈なものを静かにはらんでいるのがたまらない。ジャンルを問わずとっても、とっても特別な曲です。是非聴いてみてください。
「しょぼたま」では他にも「ハル」(滝本さんの曲)や「おおホーリーナイト」(知久さんの曲)も盛大にツボってます。アルバム全体としての雰囲気もものすごーく好き。おすすめです。
今回飛行機旅ということでなんとか読み終わったのですが何せ最近仕事を筆頭に忙しいため、帰りの飛行機で読み始めた本(This is your brain on musicという本)を読み進められるのがいつになるのか・・・
それ以外にもまだ読む本色々溜まってますし、さらには日本から送ってもらう分もありますし。
CDも本もすっかり棚からあふれて収納に困っています。服は楽勝なのに。
昨日、今日とメルボルンは暖かく、30℃と27℃だったかな?
なので今日は朝大学の図書館に本を返しに行って(新神話主義の本です。そろそろ購入しなければ・・・)、久しぶりにロルカに行って来ました。フレンチトースト。
図書館では珍しくちょろっとクープランの楽譜をめくってみたり(今後の演奏のアイディア関連で)、それからフォーレの舟歌集(全13曲)を借りてきました。今回のプログラムでちょっと検討中なのですが、楽譜を見てちゃんと聴かないとどれが弾きたいかわからないです。
今既に弾いている曲もイマイチ把握し切れてないところあるんですよねー
弾くだけじゃできない練習ってあるんですよ、ホントに。忙しいし疲れてるんですがちゃんと時間を作ってやらないと。
一時帰国をはさんでメルボルンの春、なんですがなんとか去年の春みたいな軽躁は出ず続いています。
ただ真夜中に焦燥感というか不安というか、やや不調がでるのにはちょっと悩んでいます。
かといってやっぱり薬を飲むほどでもなく。
(あとまだ2時間の時差引きずって睡眠パターンが正常化せず。どうやっても9時より前に起きれない・・・)
ということで色々くたくたしているわけなのですが、メルボルンでは明日は祝日なのです。
11月の第1火曜日はメルボルン・カップといって競馬のレースのためにVIC州はお休みなのです。
祝日はこの日だけですが、その前後の日にもレースがありますし、競馬自体だけでなくファッション的な側面も強いお祭りのようなイベントです。
もちろん私はbetもせず家で仕事とピアノなのですが(汗)
そしてやっぱり気になるのがこれからに向けての気候ですね。
こないだも書きましたが一応目安として「メルボルン・カップまでに1回30℃超えの日がある」というのはクリアしてますし、日本に行く前よりは気温の平均も中央値も断然上がっているし。
今日は雨も降ったし、全体的にものすごく乾燥はまだしてないのですが・・・うーん。ちゃんと夏が来るといいなあ。
実際に夏を体験するのが楽しみ!というのももちろんありますし、この微妙な精神状態が安定してくれるのが待ち遠しいですし、あと最近ラジオのお便りで日本とは逆の季節のお便りを届けるのが待ち遠しくて(笑)
メルボルンの夏は心から好きですが、話のネタとしても大好きなんです。
40℃超えるんだよ!とか濡らした髪が10分で乾く!とか、雲が見渡す限り一つもない!とか生き物がみんな静まりかえる!とか。ここで書いちゃってますが。
なんか、ある程度厳しい気候はそれはそれで自然とか季節が強烈に感じられるからなのか楽しいんですよね。
詳しいことは夏が来たらまた書きたいです。
だから春をずっと家で仕事とピアノに費やして過ごすのはもしかしたらそんなには惜しくないのかもしれません。コンサートの予定もちょっと減ってきましたし(12月でシーズン終わり)。
あと最近仕事してて聞こえる鳥の鳴き声のレパートリーがぐっと増えて楽しいです。鳥の種類はいつも一緒なのですが、さえずりでレパートリーが増えるのと、あと巣立ち前の子ども達の声も聞こえます。
今庭にクロウタドリ(common blackbird)の親子がいて、ちょうど子どもが餌をとることを学習していて。さすがはメシアンが愛した鳴き声の鳥(フランス語でMerle Noir、その名を冠した曲も複数ある)というか、子どものねだるような声も美しいですね。ぴょんぴょん跳ねながらじゅるじゅるというような、鈴を転がすような調子で。
ということで仕事・ピアノの進み具合に自信がないながらも、楽しみはたんとあります。
書き物とかゲームとかもやる余裕がでたらいいな。
そういえば次回はキーワードくくりのエントリーをちょっとやってみようかな、と思っています。一時帰国前から暖めていたトピックなのでお楽しみにー。
今日の一曲: たま 「月のひざし」
日本でCD買ったり父からぶんどったり(データとしてですが)して今日の一曲もちょっと列ができてるのですが、それに合わせてiTunesでもダウンロードしたりでインプット、聴き込み、そして紹介がまにあわない!
そんなわけでクラシック界隈がちょっと手薄になっててちょっと寂しいこの頃。
でもやっぱりこれは紹介しないと!とっても大事!
今回買ったたまの「しょぼたま」というCDなのですが、この「しょぼたま」というのはたまが3人編成になってからサポートメンバーを加えず3人で機材・楽器なども少なめにしたアコースティックの演奏形態・・・と聞いています。
この曲は歌入りの曲もinstrumentalの曲(たまのインスト曲聞くの初めて)もシンプルでこぢんまりとしていてこれまでの演奏とも、この後のしょぼじゃないたまの録音とも違う特別な感じがして好きです。
その中でもこの「月のひざし」は特に好きです。某所で初めて聞いてから「これは手に入れねば!」と強く思いました。
いろいろネットを巡って見ると知久さんの曲の中で「月のひざし」はものすごく愛されている曲なのですがそれがものすごくわかります。
なんというか、メロディーから歌詞からハーモニーから知久さんの音楽のスタイルの一番いいところを凝縮したような。
特にですね、「乾いた水を飲まされて/のどがカラカラになっても/君をまちがえて飲みこんだりしませんように」の部分!歌詞ももちろんなのですがね、コード進行の切なさも(全体的に少ない音で表現してるのがまた!)。
前も書いてるんですが知久さんの書く歌詞にたまらなく共感してしまうのがこの曲でもあって、それでいいのかなーと思ってしまったり。
この手におさまるような繊細でこぢんまりとした、っでも同時にものすごく強烈なものを静かにはらんでいるのがたまらない。ジャンルを問わずとっても、とっても特別な曲です。是非聴いてみてください。
「しょぼたま」では他にも「ハル」(滝本さんの曲)や「おおホーリーナイト」(知久さんの曲)も盛大にツボってます。アルバム全体としての雰囲気もものすごーく好き。おすすめです。
前回のエントリーに拍手どうもですー。
生活リズムも音楽の聴き進めもだんだん落ち着いてきたかなー・・・(昨日また新しくチェレスタ間連曲をダウンロードしたんですが)
もちょっと早く起きたいですね、もっと仕事を進めるには。結構大きい案件がいくつか繋がって12月の中旬まで続く予定なので。
昨日バクテー(肉骨茶とも書くスペアリブスープで、2種類ある内シンガポールスタイルです。市販のハーブミックスで煮るだけ)を煮たのでしっかり食べてこれからしばらく頑張りたいです。
さて、一時帰国の間(主に飛行機で)読んだ本の感想を。
以前紹介した「生きるための自殺学」(感想はこのエントリー)の著者であるKay Redfield Jamisonによる「Touched with Fire」です。
どちらもメンタルヘルス・精神医学をアカデミックな部分も合わせディープに扱うという点では同じですが、その中でフォーカスしているトピックはかなり違います。
昔から芸術家(作家、画家、音楽家などなど)は心を病んでいたり不安定だったり狂気をはらんでいたりというイメージが定着していますが、この本では芸術に携わる人によく双極性障害(昔でいう躁うつ病)、または類似した気分障害の特徴が現れることがあるのに注目し、芸術・創造性と双極性障害の関連性について考察しています。
もちろん双極性障害などの気分障害を患っている人の中で芸術に携わる人は多くないですし、芸術家の中で双極性障害などを患っている人も決して多いわけではなく。でもそういう疾患は芸術家でない人より芸術に携わる人に多く見られることは確かで、そして芸術家の創造プロセスや人生、感性などと気分障害の症状などからくる特徴には少なからず関連があったりする。そして病気と折り合いをつけたりするためとしての芸術という側面もある。うーん、ちゃんと説明できてるかな。
「生きるための自殺学」と同じでこの本もものすごくしっかりしたステップを踏むような構成になってるんですよね。
最初にまず双極性障害を初めとした気分障害(きっぱり分類できるものではなくグラデーション状になっていたり個人差がいろいろあったりします)の特徴などの説明だったり、そして芸術家におけるそういった疾患の事情(現れ方、創造的なアクティビティとの関連、自殺の割合、治療を受けていた割合など)を説明したり。
その中で作家たちの言葉など、芸術家による体験の記録・表現、そういった芸術家についてのエピソードなどを交えながら病気が創造にどう影響したか(季節変動など)、どういった点から双極性障害などが疑われるか、などを説明していったり(昔は今みたいな診断基準もなかったですし、精神疾患についていろいろ理解されてないことも多かったですからね)。
それからケーススタディ的な部分もあります。
詩人ジョージ・ゴードン・バイロン卿についてはまるまる一つ章を割いていますし、あと第6章はテニスン卿が言うところの「黒い血」、つまり芸術家の家系に受け継がれる双極性障害の遺伝子をシューマン、ゴッホなどの家系毎に説明したり。
この遺伝的な部分なかなか面白いです。双極性障害は遺伝性の強い疾患(単極性のうつはそうでないらしいです)なのですが、一緒に住んでいる家族ともなると環境的な影響もきっとあるんだろうなあ(ただそれを評価するのは限界があったりするのが理由かこの本ではその側面はあんまり考察されてませんね)。
あともうひとつ面白いのはテニスンだったりバイロンだったり代々続く貴族の家系だったり、生前からすでに有名な人だったりだと面白いほど人格やら素行やら奇行やらの記録が文書で残ってるんですよね。そういうのはゴシップみたいなものも多いんでしょうけど、例えば浪費癖(躁で見られる症状の一つ)やアルコール中毒(精神疾患と薬物中毒の相関性は高い)なども含めて数百年後で後ろ向きにある程度病状が掴めるような情報もあったり。
先ほど書きましたが今と違って昔は診断基準もあやふやで、医者も一般も精神疾患についての知識があんまりなかったのですが、そんな中でそういった疾患を患っている人の気質だったり行動だったりをどういう言葉で、どういうフレーズで表現しているかってのも面白いですね。引用部分や本文によく出てくる形容詞だとVolatile、tumultuous, temperamentalなど色々ありますが、一番気に入っているのはMercurial。気分や気質が変わりやすい、という意味ではありますがあの液体の中でも水銀独特の粘性による気味悪さだったり、気化して毒だったりと連想が働きます。
でも私が一番興味を引かれ、ものすごく大事だと思ったのは最後の章。
簡単にまとめると、双極性障害などを患っている芸術家に対してどう治療を進めていけばいいのか、なにを考慮しなくちゃいけないのか、という話です。
この本で詳細に書かれているように芸術家の創造性は患っている精神疾患に深くつながりがあって、創造性や創造的なハイを失いたくないがために治療が遅れることがよくあり(もちろん治療が遅れて重症化したらそれはそれで芸術活動が続けられなくなります)。芸術家でない人とは治療で求められる事が違ったり、もっと慎重にならなくちゃいけないところがあったり、薬物治療や他の治療も含めてどうやりくりしていくか、どう病気と折り合いを付けていくか、というのが考察されています。
さらに前述双極性障害の遺伝性について、将来その遺伝子が特定された場合、双極性障害の遺伝子を避けることは倫理的にどうなのか、そして避けたことで失う創造性があるのではないか、という倫理の話とこの「黒い血」に関するリスクベネフィットの考察もあったり。
さらに巻末の付録としてDSMにおける気分障害いくつかの分類(今はこういう基準で扱ってますよ、というのとあと分けるのが難しいのが少し分かると思います)、そして芸術の各分野で各種気分障害を患っていた、または患っていたと思われる芸術家のリストがあります。自殺した人、自殺未遂を経験した人もかなり多いです。このリストを見るとなんとなく心強く思うんですよね。一人じゃない、というのはちょっと違うけれど、この人もこういう風に苦しんでたんだ、と思うと親近感がわきます。
それからこのリストを見ると「気分障害を患っている人、自殺する人は弱い人間」だとはとてもじゃないけれど言えませんね。病気、そしてそれと戦うことによって弱った人間はいるけれど、心の中にあるある種の強さが色んな作品を生んだと思うので。
あとこの本を一通り読んで、芸術の一つの役割について考えてました。
例えば双極性障害であるような自己破壊行動だったり、間接的な自傷行為、それから躁での注意散漫などの行動症状などなどが動物に現れれば単独行動の動物であればその動物の命取りになるし、群れで行動する動物であれば群れから追い出されたりして命に関わることもあるんじゃないかと。
実際人間でもそれに値するようなことは少なからずあるんだけど、でも昔かcrazyな芸術家は「すごいものを生み出す変わり者」みたいな立ち位置で社会の一員となってるイメージがありますし、ある程度の奇行というかは「芸術家だから」で済ませられることがあるんですよね。(それから幻覚を見たりする人がシャーマンとかとして崇められたり)
それは作品の素晴らしさというか、芸術家の気質と表現が人間の奥底をゆさぶるようなものを作って周りとコミュニケーションを取ったり、他では与えられないものを与えたりするから(この本で書いてあったフレーズのおおまかな意訳)なのかなあ、と思うんです。
だから人間が芸術を素晴らしいと思える能力は、そういった疾患を患う人を社会からのけものにさせないためのものでもあるのかな、というようなことを考えてました。
この本がものすごく人生の役に立つかといったらそういうことじゃない気がします。かなりピンポイントに絞ったトピックの話ですし、使われてる統計などのデータもかなりピンポイントだったりします。
ただ、双極性障害などの気分障害のある側面を深く理解するため、そして芸術のある側面(全部じゃないです、もちろん)を深く理解するためには面白い切り口を提供してくれる本だと思います。
双極性障害などを患っていた色んな芸術家(この本で出てくるうち一番日本人に身近なのはゴッホでしょうか)の表現がどこからどう来ているのか、と知ることができますし、この「双極性障害」と「芸術」のつながりからさらにちょこちょこ見えてくることもありますし。(メンタルヘルスに興味がなくとも面白いと思うんですがどうでしょう)
カバーしているエリアは限定的ですが、そのカバー範囲において「知る」「分かる」「共感する」をしっかと実感する本です。
あと単純に面白い(interesting)。人間も、心も、芸術も。
長くなったので今日の一曲はおやすみです(汗)
生活リズムも音楽の聴き進めもだんだん落ち着いてきたかなー・・・(昨日また新しくチェレスタ間連曲をダウンロードしたんですが)
もちょっと早く起きたいですね、もっと仕事を進めるには。結構大きい案件がいくつか繋がって12月の中旬まで続く予定なので。
昨日バクテー(肉骨茶とも書くスペアリブスープで、2種類ある内シンガポールスタイルです。市販のハーブミックスで煮るだけ)を煮たのでしっかり食べてこれからしばらく頑張りたいです。
さて、一時帰国の間(主に飛行機で)読んだ本の感想を。
以前紹介した「生きるための自殺学」(感想はこのエントリー)の著者であるKay Redfield Jamisonによる「Touched with Fire」です。
どちらもメンタルヘルス・精神医学をアカデミックな部分も合わせディープに扱うという点では同じですが、その中でフォーカスしているトピックはかなり違います。
昔から芸術家(作家、画家、音楽家などなど)は心を病んでいたり不安定だったり狂気をはらんでいたりというイメージが定着していますが、この本では芸術に携わる人によく双極性障害(昔でいう躁うつ病)、または類似した気分障害の特徴が現れることがあるのに注目し、芸術・創造性と双極性障害の関連性について考察しています。
もちろん双極性障害などの気分障害を患っている人の中で芸術に携わる人は多くないですし、芸術家の中で双極性障害などを患っている人も決して多いわけではなく。でもそういう疾患は芸術家でない人より芸術に携わる人に多く見られることは確かで、そして芸術家の創造プロセスや人生、感性などと気分障害の症状などからくる特徴には少なからず関連があったりする。そして病気と折り合いをつけたりするためとしての芸術という側面もある。うーん、ちゃんと説明できてるかな。
「生きるための自殺学」と同じでこの本もものすごくしっかりしたステップを踏むような構成になってるんですよね。
最初にまず双極性障害を初めとした気分障害(きっぱり分類できるものではなくグラデーション状になっていたり個人差がいろいろあったりします)の特徴などの説明だったり、そして芸術家におけるそういった疾患の事情(現れ方、創造的なアクティビティとの関連、自殺の割合、治療を受けていた割合など)を説明したり。
その中で作家たちの言葉など、芸術家による体験の記録・表現、そういった芸術家についてのエピソードなどを交えながら病気が創造にどう影響したか(季節変動など)、どういった点から双極性障害などが疑われるか、などを説明していったり(昔は今みたいな診断基準もなかったですし、精神疾患についていろいろ理解されてないことも多かったですからね)。
それからケーススタディ的な部分もあります。
詩人ジョージ・ゴードン・バイロン卿についてはまるまる一つ章を割いていますし、あと第6章はテニスン卿が言うところの「黒い血」、つまり芸術家の家系に受け継がれる双極性障害の遺伝子をシューマン、ゴッホなどの家系毎に説明したり。
この遺伝的な部分なかなか面白いです。双極性障害は遺伝性の強い疾患(単極性のうつはそうでないらしいです)なのですが、一緒に住んでいる家族ともなると環境的な影響もきっとあるんだろうなあ(ただそれを評価するのは限界があったりするのが理由かこの本ではその側面はあんまり考察されてませんね)。
あともうひとつ面白いのはテニスンだったりバイロンだったり代々続く貴族の家系だったり、生前からすでに有名な人だったりだと面白いほど人格やら素行やら奇行やらの記録が文書で残ってるんですよね。そういうのはゴシップみたいなものも多いんでしょうけど、例えば浪費癖(躁で見られる症状の一つ)やアルコール中毒(精神疾患と薬物中毒の相関性は高い)なども含めて数百年後で後ろ向きにある程度病状が掴めるような情報もあったり。
先ほど書きましたが今と違って昔は診断基準もあやふやで、医者も一般も精神疾患についての知識があんまりなかったのですが、そんな中でそういった疾患を患っている人の気質だったり行動だったりをどういう言葉で、どういうフレーズで表現しているかってのも面白いですね。引用部分や本文によく出てくる形容詞だとVolatile、tumultuous, temperamentalなど色々ありますが、一番気に入っているのはMercurial。気分や気質が変わりやすい、という意味ではありますがあの液体の中でも水銀独特の粘性による気味悪さだったり、気化して毒だったりと連想が働きます。
でも私が一番興味を引かれ、ものすごく大事だと思ったのは最後の章。
簡単にまとめると、双極性障害などを患っている芸術家に対してどう治療を進めていけばいいのか、なにを考慮しなくちゃいけないのか、という話です。
この本で詳細に書かれているように芸術家の創造性は患っている精神疾患に深くつながりがあって、創造性や創造的なハイを失いたくないがために治療が遅れることがよくあり(もちろん治療が遅れて重症化したらそれはそれで芸術活動が続けられなくなります)。芸術家でない人とは治療で求められる事が違ったり、もっと慎重にならなくちゃいけないところがあったり、薬物治療や他の治療も含めてどうやりくりしていくか、どう病気と折り合いを付けていくか、というのが考察されています。
さらに前述双極性障害の遺伝性について、将来その遺伝子が特定された場合、双極性障害の遺伝子を避けることは倫理的にどうなのか、そして避けたことで失う創造性があるのではないか、という倫理の話とこの「黒い血」に関するリスクベネフィットの考察もあったり。
さらに巻末の付録としてDSMにおける気分障害いくつかの分類(今はこういう基準で扱ってますよ、というのとあと分けるのが難しいのが少し分かると思います)、そして芸術の各分野で各種気分障害を患っていた、または患っていたと思われる芸術家のリストがあります。自殺した人、自殺未遂を経験した人もかなり多いです。このリストを見るとなんとなく心強く思うんですよね。一人じゃない、というのはちょっと違うけれど、この人もこういう風に苦しんでたんだ、と思うと親近感がわきます。
それからこのリストを見ると「気分障害を患っている人、自殺する人は弱い人間」だとはとてもじゃないけれど言えませんね。病気、そしてそれと戦うことによって弱った人間はいるけれど、心の中にあるある種の強さが色んな作品を生んだと思うので。
あとこの本を一通り読んで、芸術の一つの役割について考えてました。
例えば双極性障害であるような自己破壊行動だったり、間接的な自傷行為、それから躁での注意散漫などの行動症状などなどが動物に現れれば単独行動の動物であればその動物の命取りになるし、群れで行動する動物であれば群れから追い出されたりして命に関わることもあるんじゃないかと。
実際人間でもそれに値するようなことは少なからずあるんだけど、でも昔かcrazyな芸術家は「すごいものを生み出す変わり者」みたいな立ち位置で社会の一員となってるイメージがありますし、ある程度の奇行というかは「芸術家だから」で済ませられることがあるんですよね。(それから幻覚を見たりする人がシャーマンとかとして崇められたり)
それは作品の素晴らしさというか、芸術家の気質と表現が人間の奥底をゆさぶるようなものを作って周りとコミュニケーションを取ったり、他では与えられないものを与えたりするから(この本で書いてあったフレーズのおおまかな意訳)なのかなあ、と思うんです。
だから人間が芸術を素晴らしいと思える能力は、そういった疾患を患う人を社会からのけものにさせないためのものでもあるのかな、というようなことを考えてました。
この本がものすごく人生の役に立つかといったらそういうことじゃない気がします。かなりピンポイントに絞ったトピックの話ですし、使われてる統計などのデータもかなりピンポイントだったりします。
ただ、双極性障害などの気分障害のある側面を深く理解するため、そして芸術のある側面(全部じゃないです、もちろん)を深く理解するためには面白い切り口を提供してくれる本だと思います。
双極性障害などを患っていた色んな芸術家(この本で出てくるうち一番日本人に身近なのはゴッホでしょうか)の表現がどこからどう来ているのか、と知ることができますし、この「双極性障害」と「芸術」のつながりからさらにちょこちょこ見えてくることもありますし。(メンタルヘルスに興味がなくとも面白いと思うんですがどうでしょう)
カバーしているエリアは限定的ですが、そのカバー範囲において「知る」「分かる」「共感する」をしっかと実感する本です。
あと単純に面白い(interesting)。人間も、心も、芸術も。
長くなったので今日の一曲はおやすみです(汗)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
(拍手コメントは返信済です)
前回のエントリーで書きましたが、日本から帰ってきたら9月にメールで注文したアルケミーゴシックの今シーズンのカタログが届いていました。
今年はアルケミーゴシック誕生から35周年というめでたい年で、カタログも75ページ(数え方合ってるかな)とかなり厚みと重みがあります。(ちなみに去年は同じ数え方で64ページ)
もちろん新作も数々あります。というかめでたい節目の年は廃盤特別復刻とかやってくれないかなーと思ってるのですが。
新作のラインアップはこちら。Steampunkのコアなのからちょっと可愛らしい(?)ものだったり、ゴシック系統も女性的なデザインのからなんとクラーケンのイヤリングまで、結構幅広い作品がそろってます。
自分の好みからするとちょっと惜しいな、という物が多いのですが(例えばAqua Dragonはクリスタルの水色がちょっと可愛らしすぎたり、Sovay Locketもパールが入って可愛い感じになってたり)、それでもIngenieurial Eleganceはグリーンの色がちょっとポップなところがあって面白かったり。
日本に行って来たTetragrammatonでCoco Casket Jewelを買ったところなのでまだすぐは買いませんがTwitterのフォロー先さんが直に見せてくれたTaraneponaが激しく気になってますし、そろそろ大型の指輪(指を跨ぐというか覆うようなデザインのもの)にも目を向けたいところ。
基本まだまだコレクション用ではなく着用のためのものを買いたいです。だからどうしても大きいSteampunk系は手がでなかったり。
でも将来ソヴィエト系のプログラムでリサイタルをやるときはSteampunkのラインアップから選びたいですね-(笑)ショスタコはクラシックに於けるメタル系&Steampunkですから。これは譲れません。
リサイタルでのアルケミ、が定着するかどうかはまだはっきりとは分かりませんがライブに行く時のアルケミ、はなんだか定着しそうです(笑)そっちのほうが簡単ですしね。
アルケミーゴシックといえばiphoneやPC、ゲーム機などのスキンがここだったりここだったりで売ってるんですよね。結構複雑なデザインでどうかなーと思ってるんですがiphone5に買い換えたとき用のケースは今回シンプルで半透明なものにしてるので使えないことはないなーと。
できたら日本で流行のイヤホンジャックアクセサリーでそれっぽいものがあるとなおよい。(これも日本で普通のスワロフスキーのを買いましたが)
どうしても耳に穴開けてないとピアスがつかえないんで例えばこれとかこれとかこれとかに似たデザインがイヤホンジャックアクセサリーであったらいいなあ、と思うのです。
(ただ今のところこのイヤホンジャックに指すやつがどうやら日本周りの外で流行ってる気配がないので・・・)
あとは何度も書いてますが服ですよ。どう冒険したアイテムを買ってどうさりげなくコーディネートしていくか。それによってアルケミの着用する範囲も広がるかもしれない。さてどうか。
この牛の歩みのようなペースでたまに気になるのは果たして自分は40歳くらいになってゴシックとかSteampunkとかのファッションをアクティブにやってるのか、ということなのですが・・・(汗)
着けてなくてもアルケミーゴシックがコレクションになってるといいな。
さて、やっぱり本の感想は真面目に、というか一つの独立したエントリーとして書きたかったので次回はそちらに注力したいです。いい本だったのでちゃんと感想書きたい。
今日の一曲: 聖飢魔II 「JACK THE RIPPER」
妹が買った聖飢魔IIの2つめの大教典、「THE END OF THE CENTURY」に収録されている曲。妹は初期の大教典から買い進めていて、私はそれ以外を買い進めている・・・というパターンが出来ているのですが(笑)
ということでCDとして入手するのは初めてなのですが、ミサのDVD(活動絵巻)でいくつか収録されていて(解散ミサあたり、2005年の復活、2010年の再復活を含む)映像としてよく知ってる曲です。
Satan All Starsでのトーク部分によると聖飢魔IIがデビューする前から演奏されていた、歴史の長い曲だそうです(余談ですがこれに関連するエース長官の話ものすごい好きです)。作曲はダミアン浜田陛下(当時は殿下)。
なのでどうしても自分にとってはミサで賑やかに盛り上がるイメージがあるのですね。今回CDを入手したもののなかなか聴けない(汗)
特にSatan All Starsの活動絵巻では1曲目のアンコールで、ギタリスト4名、ベース2名、ドラム2名、ボーカル&キーボード1名の大編成でとにかく派手だったので(ゼノン和尚のトーク部分でもはや何にも聞こえないみたいなこと言ってました)・・・
あれは楽しいです。ハプニングも含めて(笑)それから衣装とか楽器とかも見所満載なのです。
見てても楽しいんですが弾くのも楽しいんだろうな。
なので今回妹が買ったCD版よりも解散前ミサとかSatan All StarsのDVDがやっぱりお薦めです。
CDからはかなり脱線してしまった(汗)このCDの他の好きな曲だと「怪奇植物」と「FIRE AFTER FIRE」なんかもあります。それから「蝋人形の館」も収録されてます(最初の大教典ではなくこちらなんですねー)。
(拍手コメントは返信済です)
前回のエントリーで書きましたが、日本から帰ってきたら9月にメールで注文したアルケミーゴシックの今シーズンのカタログが届いていました。
今年はアルケミーゴシック誕生から35周年というめでたい年で、カタログも75ページ(数え方合ってるかな)とかなり厚みと重みがあります。(ちなみに去年は同じ数え方で64ページ)
もちろん新作も数々あります。というかめでたい節目の年は廃盤特別復刻とかやってくれないかなーと思ってるのですが。
新作のラインアップはこちら。Steampunkのコアなのからちょっと可愛らしい(?)ものだったり、ゴシック系統も女性的なデザインのからなんとクラーケンのイヤリングまで、結構幅広い作品がそろってます。
自分の好みからするとちょっと惜しいな、という物が多いのですが(例えばAqua Dragonはクリスタルの水色がちょっと可愛らしすぎたり、Sovay Locketもパールが入って可愛い感じになってたり)、それでもIngenieurial Eleganceはグリーンの色がちょっとポップなところがあって面白かったり。
日本に行って来たTetragrammatonでCoco Casket Jewelを買ったところなのでまだすぐは買いませんがTwitterのフォロー先さんが直に見せてくれたTaraneponaが激しく気になってますし、そろそろ大型の指輪(指を跨ぐというか覆うようなデザインのもの)にも目を向けたいところ。
基本まだまだコレクション用ではなく着用のためのものを買いたいです。だからどうしても大きいSteampunk系は手がでなかったり。
でも将来ソヴィエト系のプログラムでリサイタルをやるときはSteampunkのラインアップから選びたいですね-(笑)ショスタコはクラシックに於けるメタル系&Steampunkですから。これは譲れません。
リサイタルでのアルケミ、が定着するかどうかはまだはっきりとは分かりませんがライブに行く時のアルケミ、はなんだか定着しそうです(笑)そっちのほうが簡単ですしね。
アルケミーゴシックといえばiphoneやPC、ゲーム機などのスキンがここだったりここだったりで売ってるんですよね。結構複雑なデザインでどうかなーと思ってるんですがiphone5に買い換えたとき用のケースは今回シンプルで半透明なものにしてるので使えないことはないなーと。
できたら日本で流行のイヤホンジャックアクセサリーでそれっぽいものがあるとなおよい。(これも日本で普通のスワロフスキーのを買いましたが)
どうしても耳に穴開けてないとピアスがつかえないんで例えばこれとかこれとかこれとかに似たデザインがイヤホンジャックアクセサリーであったらいいなあ、と思うのです。
(ただ今のところこのイヤホンジャックに指すやつがどうやら日本周りの外で流行ってる気配がないので・・・)
あとは何度も書いてますが服ですよ。どう冒険したアイテムを買ってどうさりげなくコーディネートしていくか。それによってアルケミの着用する範囲も広がるかもしれない。さてどうか。
この牛の歩みのようなペースでたまに気になるのは果たして自分は40歳くらいになってゴシックとかSteampunkとかのファッションをアクティブにやってるのか、ということなのですが・・・(汗)
着けてなくてもアルケミーゴシックがコレクションになってるといいな。
さて、やっぱり本の感想は真面目に、というか一つの独立したエントリーとして書きたかったので次回はそちらに注力したいです。いい本だったのでちゃんと感想書きたい。
今日の一曲: 聖飢魔II 「JACK THE RIPPER」
妹が買った聖飢魔IIの2つめの大教典、「THE END OF THE CENTURY」に収録されている曲。妹は初期の大教典から買い進めていて、私はそれ以外を買い進めている・・・というパターンが出来ているのですが(笑)
ということでCDとして入手するのは初めてなのですが、ミサのDVD(活動絵巻)でいくつか収録されていて(解散ミサあたり、2005年の復活、2010年の再復活を含む)映像としてよく知ってる曲です。
Satan All Starsでのトーク部分によると聖飢魔IIがデビューする前から演奏されていた、歴史の長い曲だそうです(余談ですがこれに関連するエース長官の話ものすごい好きです)。作曲はダミアン浜田陛下(当時は殿下)。
なのでどうしても自分にとってはミサで賑やかに盛り上がるイメージがあるのですね。今回CDを入手したもののなかなか聴けない(汗)
特にSatan All Starsの活動絵巻では1曲目のアンコールで、ギタリスト4名、ベース2名、ドラム2名、ボーカル&キーボード1名の大編成でとにかく派手だったので(ゼノン和尚のトーク部分でもはや何にも聞こえないみたいなこと言ってました)・・・
あれは楽しいです。ハプニングも含めて(笑)それから衣装とか楽器とかも見所満載なのです。
見てても楽しいんですが弾くのも楽しいんだろうな。
なので今回妹が買ったCD版よりも解散前ミサとかSatan All StarsのDVDがやっぱりお薦めです。
CDからはかなり脱線してしまった(汗)このCDの他の好きな曲だと「怪奇植物」と「FIRE AFTER FIRE」なんかもあります。それから「蝋人形の館」も収録されてます(最初の大教典ではなくこちらなんですねー)。
