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前回のエントリーに拍手どうもありがとうございます!
なんとか一息、仕事をしながらいろいろちょこちょこ。ゲームやったり、今日はちょろっと新しく曲を探してみたり。
リサイタル前にも友達とコンサートのプログラムを組むことの楽しさ、わくわくすることについて話してたんですよ、実は。
リサイタルを録音してくれた友達は3MBSラジオで働いてるのですが、一度「機械に関して書かれた曲」を集めて放送したら電話で「なんでこんな現代音楽ばっかりやるんだ」と抗議が相次いだらしく(笑)
他にも四大元素をベースにしたプログラムとか、いろいろ面白そうという話をしました。
次のリサイタルに関してはそんなに急いで考えることはないんですが、決まらないのももやもやしていけない。
ぼんやりしてること極まりないですが、フランス音楽で「水」関係のプログラムにしてみたいなーとか思ってます。
ドビュッシーの「沈める寺」だったり「映像」だったり(第1,2集どっちでも可なんですよね)、ラヴェルだったり、メシアンの鳥のカタログだったり、フォーレの舟歌とか・・・?バロック時代の音楽にも手を伸ばしてみるべきだとは思ってます。
メシアンは水気ゼロの「ヒメテンコウシ」は絶対入れたいですし、海や芦原・川関係の楽章を選びたい。できたら「イソヒヨドリ」なんかいいなあ・・・
あとラヴェルに関してはこれを機に「水の戯れ」にチャレンジするべきかどうか・・・
あと他にいつかやりたいと思ってるプログラムはソヴィエト音楽周り、というのがあります。同時代で「鉄のカーテンの外」の国々の文化と対比してみるか、完全にソヴィエトに絞って文化の流入や国内での多文化に焦点を当ててみるか、とか。
今日楽譜漁ってたらメシアンの「ダイシャクシギ」とシマノフスキの「メトープ」も相性がいいかな(ちと聞きにくくはなるかもしれないけど)、とかちょこちょこアイディアの種みたいなものは出てくるようで。
そして今日はメルボルン国際ブラスフェスティバルが開幕しました。
明日MNOZIL Brassのコンサートで吹いて踊って歌って鼻リコーダー吹いてコントやってetc. etc.の素晴らしい演奏&爆笑エンターテイメントを見るのを楽しみにしていますが、今日は友達がアカデミーでのブラスフェスティバルコンサートを生配信している、ということでテューバ奏者Oystein BaadsvikのリサイタルをPCで聴きました(ホルンのリサイタルも生配信で聴けるといいな)。
北欧出身の奏者ということで北欧の音楽もあり、そして真逆というか南米の音楽もあり、彼自身の作曲もあり。
ピアソラをテューバで聴くのはいいですね!意外かもしれませんがスローな曲は特に合うんですよ。
Oysteinの音って速いパッセージでのフットワークの軽さもチューバ離れしてますが歌わせるときのビブラートといい、音量の豊かさといい、ものすごく特別な奏者だと思います。
そしてアンコールにFnugg(無伴奏バージョン)を吹いてくれた!FnuggというのはOysteinの有名なショーピース的作品で、multiphonics(同時に複数の音を鳴らす)だったりボイスパーカッションのような効果だったり、様々な特殊奏法や技巧を駆使した楽しい曲。普通テューバは座って吹きますが、立って楽器を抱えて歩き回ったり踊りながら吹くのもこの曲の特徴。ブラスバンド伴奏付きのFnugg BlueはこないだiTunesで買ったCDにも収録されています。
そうそう、Oysteinは金曜日のメル響のコンサート(ブラスフェスティバルとタイアップだそうです)でもソリストとして出演するのでそちらも楽しみ。
慌ただしい中ブラスフェスティバルを自分なりに楽しめるといいな。なんといっても明日!明日が楽しみ!
今日の一曲: Oystein Baadsvik 「Fnugg Blue」
アメリカのamazonのMP3アルバム(試聴あり)
やっぱり今日はこれ。
先ほども書きましたがこれはショーピース的な立ち位置の曲で、アンコールやコンサートの終わりで演奏されることが多かったりするようです。
そしてコンサートによって、演奏によって色々バリエーションが出てくるのもまた面白い。(Youtubeで「Fnugg」で調べてみてください。Oystein以外の演奏もいろいろありますよ~)
前回このFnugg Blueを聴いたのも数年前のブラスフェスティバルで、やっぱり盛り上がるんですよね、生で聴くと。
特殊奏法が超人技で聴いててエキサイティングなのもありますし、曲の調子がいいのもありますし。
あとソリスト、バンド含め全員が遠慮ない音量で吹けるのもあるかな。金管が調子良いとこっちも爽快、気持ちいい!(うるさいとか言わないで!)
テューバって楽器は大きくて音量もその気になればでかいけれど、オケとかブラスアンサンブルでは本当の土台の土台の役目を務めるためその音量や楽器としてのポテンシャルが存分発揮できることが少なかったりします。
ソロレパートリーも少ないですし、協奏曲もそんなにぱっとしたのがなかったり。
楽器としての難易度も高いですし(体力がなんといっても)、奏者自体少なかったり、素晴らしい奏者が少ないのもあり。
そんな中Oysteinが今回のリサイタルやリンクしたCDで演奏している曲は彼のこの楽器のmasteryを披露するだけではなく、テューバという楽器のポテンシャルを存分に引き出すものでもあり。
こんなことも出来ちゃうんだ!という嬉しい驚きでいっぱいです。
ということでこのFnugg Blue、そして以前紹介しましたMetallephonicを中心に聴いててとにかく楽しい曲いっぱいなこのリンクしたCDをお薦め!テューバってすごいんだぜ!
なんとか一息、仕事をしながらいろいろちょこちょこ。ゲームやったり、今日はちょろっと新しく曲を探してみたり。
リサイタル前にも友達とコンサートのプログラムを組むことの楽しさ、わくわくすることについて話してたんですよ、実は。
リサイタルを録音してくれた友達は3MBSラジオで働いてるのですが、一度「機械に関して書かれた曲」を集めて放送したら電話で「なんでこんな現代音楽ばっかりやるんだ」と抗議が相次いだらしく(笑)
他にも四大元素をベースにしたプログラムとか、いろいろ面白そうという話をしました。
次のリサイタルに関してはそんなに急いで考えることはないんですが、決まらないのももやもやしていけない。
ぼんやりしてること極まりないですが、フランス音楽で「水」関係のプログラムにしてみたいなーとか思ってます。
ドビュッシーの「沈める寺」だったり「映像」だったり(第1,2集どっちでも可なんですよね)、ラヴェルだったり、メシアンの鳥のカタログだったり、フォーレの舟歌とか・・・?バロック時代の音楽にも手を伸ばしてみるべきだとは思ってます。
メシアンは水気ゼロの「ヒメテンコウシ」は絶対入れたいですし、海や芦原・川関係の楽章を選びたい。できたら「イソヒヨドリ」なんかいいなあ・・・
あとラヴェルに関してはこれを機に「水の戯れ」にチャレンジするべきかどうか・・・
あと他にいつかやりたいと思ってるプログラムはソヴィエト音楽周り、というのがあります。同時代で「鉄のカーテンの外」の国々の文化と対比してみるか、完全にソヴィエトに絞って文化の流入や国内での多文化に焦点を当ててみるか、とか。
今日楽譜漁ってたらメシアンの「ダイシャクシギ」とシマノフスキの「メトープ」も相性がいいかな(ちと聞きにくくはなるかもしれないけど)、とかちょこちょこアイディアの種みたいなものは出てくるようで。
そして今日はメルボルン国際ブラスフェスティバルが開幕しました。
明日MNOZIL Brassのコンサートで吹いて踊って歌って鼻リコーダー吹いてコントやってetc. etc.の素晴らしい演奏&爆笑エンターテイメントを見るのを楽しみにしていますが、今日は友達がアカデミーでのブラスフェスティバルコンサートを生配信している、ということでテューバ奏者Oystein BaadsvikのリサイタルをPCで聴きました(ホルンのリサイタルも生配信で聴けるといいな)。
北欧出身の奏者ということで北欧の音楽もあり、そして真逆というか南米の音楽もあり、彼自身の作曲もあり。
ピアソラをテューバで聴くのはいいですね!意外かもしれませんがスローな曲は特に合うんですよ。
Oysteinの音って速いパッセージでのフットワークの軽さもチューバ離れしてますが歌わせるときのビブラートといい、音量の豊かさといい、ものすごく特別な奏者だと思います。
そしてアンコールにFnugg(無伴奏バージョン)を吹いてくれた!FnuggというのはOysteinの有名なショーピース的作品で、multiphonics(同時に複数の音を鳴らす)だったりボイスパーカッションのような効果だったり、様々な特殊奏法や技巧を駆使した楽しい曲。普通テューバは座って吹きますが、立って楽器を抱えて歩き回ったり踊りながら吹くのもこの曲の特徴。ブラスバンド伴奏付きのFnugg BlueはこないだiTunesで買ったCDにも収録されています。
そうそう、Oysteinは金曜日のメル響のコンサート(ブラスフェスティバルとタイアップだそうです)でもソリストとして出演するのでそちらも楽しみ。
慌ただしい中ブラスフェスティバルを自分なりに楽しめるといいな。なんといっても明日!明日が楽しみ!
今日の一曲: Oystein Baadsvik 「Fnugg Blue」
アメリカのamazonのMP3アルバム(試聴あり)
やっぱり今日はこれ。
先ほども書きましたがこれはショーピース的な立ち位置の曲で、アンコールやコンサートの終わりで演奏されることが多かったりするようです。
そしてコンサートによって、演奏によって色々バリエーションが出てくるのもまた面白い。(Youtubeで「Fnugg」で調べてみてください。Oystein以外の演奏もいろいろありますよ~)
前回このFnugg Blueを聴いたのも数年前のブラスフェスティバルで、やっぱり盛り上がるんですよね、生で聴くと。
特殊奏法が超人技で聴いててエキサイティングなのもありますし、曲の調子がいいのもありますし。
あとソリスト、バンド含め全員が遠慮ない音量で吹けるのもあるかな。金管が調子良いとこっちも爽快、気持ちいい!(うるさいとか言わないで!)
テューバって楽器は大きくて音量もその気になればでかいけれど、オケとかブラスアンサンブルでは本当の土台の土台の役目を務めるためその音量や楽器としてのポテンシャルが存分発揮できることが少なかったりします。
ソロレパートリーも少ないですし、協奏曲もそんなにぱっとしたのがなかったり。
楽器としての難易度も高いですし(体力がなんといっても)、奏者自体少なかったり、素晴らしい奏者が少ないのもあり。
そんな中Oysteinが今回のリサイタルやリンクしたCDで演奏している曲は彼のこの楽器のmasteryを披露するだけではなく、テューバという楽器のポテンシャルを存分に引き出すものでもあり。
こんなことも出来ちゃうんだ!という嬉しい驚きでいっぱいです。
ということでこのFnugg Blue、そして以前紹介しましたMetallephonicを中心に聴いててとにかく楽しい曲いっぱいなこのリンクしたCDをお薦め!テューバってすごいんだぜ!
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
無事リサイタルも終了です。応援ありがとうございました。
例によってリサイタル詳細から:
日時: 9月22日(土) 14:30~
無事リサイタルも終了です。応援ありがとうございました。
例によってリサイタル詳細から:
日時: 9月22日(土) 14:30~
場所: Richmond Uniting Church、メルボルン
プログラム:
ヨハン・セバスチャン・バッハ トッカータ ホ短調
エイトル・ヴィラ=ロボス 「ブラジル風バッハ第4番」より
第2楽章 コラール(藪の歌)
第3楽章 アリア(賛歌)
オリヴィエ・メシアン 「幼子に注ぐ20のまなざし」より
第11番 聖母の最初の聖体拝受
第7番 十字架のまなざし
第14番 天使達のまなざし
第5番 子に注ぐ子のまなざし
アレクサンドル・スクリャービン 「炎に向かって」
なんだかあっという間でしたね。一続きにプログラムを弾いたから、というのもありますが、弾いた後の片付けで余韻にあんまり浸れなかったのもあり。でも演奏自体はもっと次は長くても大丈夫かな、という感じ。
聴衆は少人数でしたが暖かい聴衆でした。そしてその他諸々方向からの応援も大変感謝しています。
舞台に出て先生の姿を見たらなんか妙に落ち着きましたね。「あ、いつもと一緒か」みたいな感覚がありました。普通逆だと思われるのですが・・・
演奏に関しては結構満足しています。一つだけ計算外だったのが、練習やリハーサルと違って実際に本番で弾いてるとだんだん体とか手が冷えてくるんですよね、緊張で。「ああそういえばそうだった」と思う程度だったのですがこれから覚えておかなきゃいけないことの一つです。
録音してくれた友達からはメシアンが一番のハイライトだと言ってもらえて、実際ヴィラ=ロボス(学校の友達には一番受けが良かった)とメシアンは本当に自分の物にできたと思いました。
バッハはそれほど素晴らしいってことはなかったですが割とのびのびと弾けた・・・かな。
ちょっと惜しいのはスクリャービンかな。うまく発揮できなかったような。なんとなく冷えた体から余裕がなかったり、正確さもベストじゃなかったですし。またどっかでプログラムに組み入れて別の機会に再挑戦したい、と強く思ってます。
先生からもお褒めの言葉をいただいて。あまりにも嬉しかったんで英語のままのせますね。
「You played it better than I can play it .」とおっしゃってました。メシアンにしろスクリャービンにしろ先生のレパートリー内でもある作曲家で、そう言ってもらえるのは本当に嬉しいです。
あとは大学のときと変わらず自分は本当に演奏するときがちがちに緊張しないタイプだなー、と(恵まれた性質です、ほんとに)。
演奏せずこんなに間が開いてしまったのはピアノを始めて以来のことなのでもしかしたらものすごい勢いで緊張するんじゃないかと思ったら割と冷静で。弾き始める前は「表面数層が冷静」という状態だったのですが、弾き始めてからは根から落ち着いていて、それだったら今後も心配ないなと。
とにかく今日は久しぶりに演奏できて、聴いてもらえて、無事録音できて(途中なんか近くの教会の結婚式かなんかの馬車の音がすごかったですがどうなっただろう)。
あと帰りには西日を受けながらwing archiver IIを聴いたのが本当に身にしみました(終わったら聴く、と決めてたのです)。
今日はもう休むのみですがピアノでこれから弾くこと企画することも早く始めたいですし、なんといってもブラスフェスティバルと一時帰国がすぐそこまで迫っている!
日本に行く前に楽しみたいこともちょっとあるのでそちらもまた。
何度も書きますがまだまだこれは第一歩、なので。でもとりあえずは休憩します。
今日の一曲: アレクサンドル・スクリャービン 詩曲「炎に向かって」
今回のリサイタルで弾いた最後の曲、そして今回のリサイタルから紹介する最後の曲。
なかなか癖が強い曲ですが何よりプログラムのラストとしてこれほどふさわしい曲はないと思います。
前も紹介したようにこの曲はスクリャービンの晩期の曲で、彼の独特な哲学・色彩・ハーモニーがしっかり確立され濃く表現された曲です。
とにかく「詩曲」「詩」という曲のくくりが好きですね、スクリャービンは。もともとこの曲はピアノソナタになるはずだったそうですが、規模がちょっと小さいと言うことで「詩曲」になったという経緯があるとか。
スクリャービンが好きだなーと思うもの、それは「炎」ですね。プロメテウスだったり別のピアノ曲の「暗い炎」だったり、このエレメントがものすごくしっくり来る、ものすごく強い共感を感じるところがあるんですよね。
この「炎に向かって」も熱の集積が世界の破滅を導く、みたいなスクリャービン独自のイメージに基づいているようです。炎はパワーであり、熱であり、エネルギーであり、破壊であり、浄化である、そんな関連イメージが湧いてきます。
実は昨日だったか一昨日だったか、2010年?にやったトリビアの泉で10万本のマッチに火をつけるトリビアの種を見ていたんですが、あの炎はほんと強烈でしたね。何メートルだったかな、あの大きさといい色といい、激しさといい明るさといい、この曲を弾くにあたって見といてよかったですね。
やっぱりもう一回チャレンジしたいこの曲ですが、もしかしたら炎関係でプログラムを組んでみるのも面白いかもしれませんね。もちろんこの曲はラストで。
炎関係にしろそうでなくてもうまいことこの曲の最後の盛り上がりがうまく生きるようプログラムを組みたいです。
もっともっとものにしたい、炎をこの手で操りたい。
そして今回ベストな演奏でなかったとはいえスクリャービンの後期の作品はやっぱり自分の性質にものすごく合ってると思うので他の曲(ソナタ?)も弾いて広げていきたいです。楽しみ。
(そんな他のスクリャービンのピアノ曲の中で特に弾きたいなと思ってる黒ミサソナタ(ピアノソナタ第9番)がリンクしたCDに入ってるのでそちらもおすすめ)
なんだかあっという間でしたね。一続きにプログラムを弾いたから、というのもありますが、弾いた後の片付けで余韻にあんまり浸れなかったのもあり。でも演奏自体はもっと次は長くても大丈夫かな、という感じ。
聴衆は少人数でしたが暖かい聴衆でした。そしてその他諸々方向からの応援も大変感謝しています。
舞台に出て先生の姿を見たらなんか妙に落ち着きましたね。「あ、いつもと一緒か」みたいな感覚がありました。普通逆だと思われるのですが・・・
演奏に関しては結構満足しています。一つだけ計算外だったのが、練習やリハーサルと違って実際に本番で弾いてるとだんだん体とか手が冷えてくるんですよね、緊張で。「ああそういえばそうだった」と思う程度だったのですがこれから覚えておかなきゃいけないことの一つです。
録音してくれた友達からはメシアンが一番のハイライトだと言ってもらえて、実際ヴィラ=ロボス(学校の友達には一番受けが良かった)とメシアンは本当に自分の物にできたと思いました。
バッハはそれほど素晴らしいってことはなかったですが割とのびのびと弾けた・・・かな。
ちょっと惜しいのはスクリャービンかな。うまく発揮できなかったような。なんとなく冷えた体から余裕がなかったり、正確さもベストじゃなかったですし。またどっかでプログラムに組み入れて別の機会に再挑戦したい、と強く思ってます。
先生からもお褒めの言葉をいただいて。あまりにも嬉しかったんで英語のままのせますね。
「You played it better than I can play it .」とおっしゃってました。メシアンにしろスクリャービンにしろ先生のレパートリー内でもある作曲家で、そう言ってもらえるのは本当に嬉しいです。
あとは大学のときと変わらず自分は本当に演奏するときがちがちに緊張しないタイプだなー、と(恵まれた性質です、ほんとに)。
演奏せずこんなに間が開いてしまったのはピアノを始めて以来のことなのでもしかしたらものすごい勢いで緊張するんじゃないかと思ったら割と冷静で。弾き始める前は「表面数層が冷静」という状態だったのですが、弾き始めてからは根から落ち着いていて、それだったら今後も心配ないなと。
とにかく今日は久しぶりに演奏できて、聴いてもらえて、無事録音できて(途中なんか近くの教会の結婚式かなんかの馬車の音がすごかったですがどうなっただろう)。
あと帰りには西日を受けながらwing archiver IIを聴いたのが本当に身にしみました(終わったら聴く、と決めてたのです)。
今日はもう休むのみですがピアノでこれから弾くこと企画することも早く始めたいですし、なんといってもブラスフェスティバルと一時帰国がすぐそこまで迫っている!
日本に行く前に楽しみたいこともちょっとあるのでそちらもまた。
何度も書きますがまだまだこれは第一歩、なので。でもとりあえずは休憩します。
今日の一曲: アレクサンドル・スクリャービン 詩曲「炎に向かって」
今回のリサイタルで弾いた最後の曲、そして今回のリサイタルから紹介する最後の曲。
なかなか癖が強い曲ですが何よりプログラムのラストとしてこれほどふさわしい曲はないと思います。
前も紹介したようにこの曲はスクリャービンの晩期の曲で、彼の独特な哲学・色彩・ハーモニーがしっかり確立され濃く表現された曲です。
とにかく「詩曲」「詩」という曲のくくりが好きですね、スクリャービンは。もともとこの曲はピアノソナタになるはずだったそうですが、規模がちょっと小さいと言うことで「詩曲」になったという経緯があるとか。
スクリャービンが好きだなーと思うもの、それは「炎」ですね。プロメテウスだったり別のピアノ曲の「暗い炎」だったり、このエレメントがものすごくしっくり来る、ものすごく強い共感を感じるところがあるんですよね。
この「炎に向かって」も熱の集積が世界の破滅を導く、みたいなスクリャービン独自のイメージに基づいているようです。炎はパワーであり、熱であり、エネルギーであり、破壊であり、浄化である、そんな関連イメージが湧いてきます。
実は昨日だったか一昨日だったか、2010年?にやったトリビアの泉で10万本のマッチに火をつけるトリビアの種を見ていたんですが、あの炎はほんと強烈でしたね。何メートルだったかな、あの大きさといい色といい、激しさといい明るさといい、この曲を弾くにあたって見といてよかったですね。
やっぱりもう一回チャレンジしたいこの曲ですが、もしかしたら炎関係でプログラムを組んでみるのも面白いかもしれませんね。もちろんこの曲はラストで。
炎関係にしろそうでなくてもうまいことこの曲の最後の盛り上がりがうまく生きるようプログラムを組みたいです。
もっともっとものにしたい、炎をこの手で操りたい。
そして今回ベストな演奏でなかったとはいえスクリャービンの後期の作品はやっぱり自分の性質にものすごく合ってると思うので他の曲(ソナタ?)も弾いて広げていきたいです。楽しみ。
(そんな他のスクリャービンのピアノ曲の中で特に弾きたいなと思ってる黒ミサソナタ(ピアノソナタ第9番)がリンクしたCDに入ってるのでそちらもおすすめ)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
そして4500 hit もありがとうございます!今日は手短に感謝だけになってしまいますが・・・・
それでは本題:
いよいよ明日になりました、私の久しぶりのリサイタル。
日時: 9月22日(土) 14:30~
そして4500 hit もありがとうございます!今日は手短に感謝だけになってしまいますが・・・・
それでは本題:
いよいよ明日になりました、私の久しぶりのリサイタル。
日時: 9月22日(土) 14:30~
場所: Richmond Uniting Church、メルボルン
プログラム:
ヨハン・セバスチャン・バッハ トッカータ ホ短調
エイトル・ヴィラ=ロボス 「ブラジル風バッハ第4番」より
第2楽章 コラール(藪の歌)
第3楽章 アリア(賛歌)
オリヴィエ・メシアン 「幼子に注ぐ20のまなざし」より
第11番 聖母の最初の聖体拝受
第7番 十字架のまなざし
第14番 天使達のまなざし
第5番 子に注ぐ子のまなざし
アレクサンドル・スクリャービン 「炎に向かって」
ちなみにこんなイラストをチラシなど用に描きました。
アイディアが出るとこういう絵描きも楽しいですがやっぱり次回は描いてもらおうかな、と思ってます。(小学校からの友達で絵を描く子がいるので)
今日は残念なお知らせが。
ピーターが来れなくなった、ということで大分へこんでおります。
こういうときのために「録音頼んでおいてよかった!」ということなのですが、やっぱり生で聴いてもらいたかったなあ・・・初めてピアノの演奏を聴いてもらえると楽しみにしてたので。
でもまあ、そこは録音も渡せるし、また次回もやろうということで。
(日本に行く前に渡せるかな・・・)
でももちろんリサイタルに来てくれるお客さんはみんなとっても大切。そんなに多くはなくても自分の演奏を楽しみにして来てくれるのは本当に嬉しいです。久しぶりに会う人も居ますし、音楽畑の人もそうでない人も居ます。
そして教会まで来て聴いてくれる人もそうですが、今回のリサイタルを録音したCDを聴いてくれる人も大事な聴衆です。家族一同を始めいろんなところに渡す予定になっていますが、日本で聴いてくれるのを楽しみにしています。
ということで若干の不安と落ち込みはありますがやるっきゃない、ということで。
今夜何を考えたらいいか、何をしたらいいか悩みますが、明日はきっと大丈夫。
いい知らせがレポに書けることを願っています。
それでは「今日の一曲」で紹介する最後のリサイタルからの曲はそのレポで、ということで今回は今日の一曲はお休み。
アイディアが出るとこういう絵描きも楽しいですがやっぱり次回は描いてもらおうかな、と思ってます。(小学校からの友達で絵を描く子がいるので)
今日は残念なお知らせが。
ピーターが来れなくなった、ということで大分へこんでおります。
こういうときのために「録音頼んでおいてよかった!」ということなのですが、やっぱり生で聴いてもらいたかったなあ・・・初めてピアノの演奏を聴いてもらえると楽しみにしてたので。
でもまあ、そこは録音も渡せるし、また次回もやろうということで。
(日本に行く前に渡せるかな・・・)
でももちろんリサイタルに来てくれるお客さんはみんなとっても大切。そんなに多くはなくても自分の演奏を楽しみにして来てくれるのは本当に嬉しいです。久しぶりに会う人も居ますし、音楽畑の人もそうでない人も居ます。
そして教会まで来て聴いてくれる人もそうですが、今回のリサイタルを録音したCDを聴いてくれる人も大事な聴衆です。家族一同を始めいろんなところに渡す予定になっていますが、日本で聴いてくれるのを楽しみにしています。
ということで若干の不安と落ち込みはありますがやるっきゃない、ということで。
今夜何を考えたらいいか、何をしたらいいか悩みますが、明日はきっと大丈夫。
いい知らせがレポに書けることを願っています。
それでは「今日の一曲」で紹介する最後のリサイタルからの曲はそのレポで、ということで今回は今日の一曲はお休み。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は友達のところでリサイタルのプログラムを聴いてもらいに行きました。
友達というか先輩というか、そもそも一番最初に「演奏に戻るべきだ」と言ってくれた人で、大学のころから私の演奏を評価してくれた人で。
今回リサイタルをやるお知らせをだしてすぐ「本番前にプログラムを聴きたい」と申し出てくれたので、ありがたく弾かせてもらって来たわけです。
結果いい演奏になったか自分ではあんまり実感も手応えもなかったのですが褒められて、アドバイスもいただいて。
彼の家のピアノ(カワイのグランド)のキーがものすごく重たかったのに戸惑ったりなんだりもしたし、ちょろっと揺らいでずれそうなことになったり(でも自分でもちょっとびっくりする立ち直りの早さでした)、本番で実力がどれくらい発揮できるか、わからないんですが。
でも人前で弾いた、というのは大きいですし、あと大学でそうだったみたいに演奏を聴いてもらって、コメントしたりしゃべったりして、っていう大学時代の日常をちょろっと取り戻したような感覚にも何か自信を感じた、というかなんというか。
そしてどこに行っても「いいプログラムだ」と言われるのが嬉しい。(もちろんそれを最大限に引き出す演奏をせにゃならんのですが!)
今回のリサイタルのプログラムに関する雑感はこちらのエントリーで書いてるのですが、一つ一つの曲もあんまり巷で演奏を聴かないし、全体としてもちょっと変わった感じのプログラムで。
特に最近(例えばMelbourne Recital CentreでのAustralian Voicesシリーズなど)、コンサートやそのプログラムををデザイン・プロデュースする人を「Curator」と表記しているんですが(一般的には博物館の館長を指す言葉でもあります)、そのcurateする過程が好き、という話を今日していて。
彼が今プランニングしてるプログラムみたいに聴衆の事を考えてモーツァルトを入れたり、とかそういう配慮は基本的私はできなかったりします。だから一般の集客力はなかなか弱かったりするのですが・・・
今回のリサイタルはちょっと経緯が違うのですが、これからやりたいと思ってること(いっぱいあります)は大体こんなテーマでこんな曲を含めて・・・という風に形作って、全体の世界観をものすごく重視してて、だからこそなかなか融通がきかなくなる、きかせたくなくなるところがあるので。
Curatingではまだまだ色々やってみたい、実験したいことがたくさん。(それについては今回のが終わったらまた・・・)
あと自分が弾くレパートリーはなかなか他の人が弾かない、というのも大事にしています。
自分が好きなものをいつも弾いてるのですが、割とそこにはクラシックのうちのクラシックなレパートリーを守備範囲にする人も、がっつりな現代音楽を弾く人もカバーしてない曲がちらほらあったりで。
(だからがっつりな現代音楽にまだ手が回ってない、というのもあるんですが・・・)
これからレパートリーを広げていく方向(クラシック外も含めて?)もまた自分なりに考えていきたいのですが、それはまだこれから後の話かな。
今回のリサイタルは過去の「演奏者」としての自分をとりもどす側面が少なからずあるながらも、これからまた新しくピアニストとしての基盤をつくる演奏でもあり。
自分ができること、やりたいこと、そして自分だからできること、自分しかできないことを演奏でなんとかしていく第一歩でもあり。
大げさな話になってきましたがもうちょっと自分も自覚したほうがいいとおもうので(汗)
何にせよ(ちょっとびびっているながらも)楽しみです。先のことはとりあえず置いといて、とにかくここからなので。もっと演奏したい!と今まで以上に強く思えるようなリサイタルになるといいですね。
少なくとも聞きに来てくれた人にヴィラ=ロボスの第2楽章に出会って恋に落ちてもらえれば、メシアンの第5番の美しさを伝えられれば、そしてスクリャービンで燃え尽くせば、と思っています。
普段はあんまり聴かれない曲の魅力を自分が伝えること、そしてプログラム全体としての芸術を完成されることが一番のミッションです。
そのヴィラ=ロボスの第2楽章は明日の実地リハーサルでのフォーカスですね。あのピアノでどう音をバランスしていくか。
ということで明日はおそらくお知らせとちょろっとだけ更新になります。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」 第5曲「子に注ぐ子のまなざし」
Naxosでのマイケルの録音(時間限定試聴あり)
今回のリサイタルプログラムで一番美しい曲だと私が思う曲です。もちろん私の本番の演奏に大きく寄りますが。
子、というのはもちろん「神の子」を指す言葉。子に注ぐ子のまなざし、といっても幽体離脱じゃないですよ!
宗派だったりその他信仰の方向性によって神や三位一体、聖家族などのコンセプトにはいろいろ解釈がありますが、メシアンは音楽作品において「神の言葉」を神の子どもとして位置づけています。
旧約聖書の創世記の最初における「光あれ」の言葉から全てが作られた、ということから神が発する言葉は神の最初の子どもであり、神の意志を現実にする担い手でもあった、ということになり。
そんな先に生まれた「子」が人間として生まれた「子」に注ぐまなざしがこの曲。
神と子、子と子は一体であり、そして同時に別の性質をもった別の存在でもあり。
音楽は3つに分かれていて、下の部分は終始「神のテーマ」を弾いていて、上の二つの部分では「リズムカノン」という手法を使っています。
カノン=輪唱、というのは聴いたことがあると思いますが、ちょっと性質が違う音楽で。
なんというのかな、上の部分と真ん中の部分で奏でられてる音は違うのですが、真ん中の部分は上の部分の1.5倍長いリズムで書かれていて。時々上の部分と真ん中の部分が出会うようになっている、効果としてはサイクル的な感じになっています。(やっぱ説明下手だった)
メシアンがこの「リズムカノン」を使うときは時の流れみたいなものの表現が多いです。この曲のように遅く使って永遠の時のなかにsuspendされたような感覚を表現することが多いですが、速い用法もあります(トゥーランガリラの第7楽章とか)
そしてたまに上部分が途切れて始める鳥の声のセクション。この鳥の声は後の作品のように実際の鳥の歌を書き写したものではなく、あくまで理想的な、象徴的な鳥の歌だそうです。一応クロウタドリとか参考にしている鳥はあるそうですが。
なんというか、クラムのLux Aeternaみたいに不思議なneutralityを感じる、そして時の流れを感じる、独特の美しさと神聖さ(必ずしもキリスト教におけるそれを表すのではない)を持った曲です。
ちと拙いところはあるながらも自分の性質にもまた合ったところがあるので(だからこれからもどんどん弾いていきたいです)それが伝わる演奏にしたいですね。
今日は友達のところでリサイタルのプログラムを聴いてもらいに行きました。
友達というか先輩というか、そもそも一番最初に「演奏に戻るべきだ」と言ってくれた人で、大学のころから私の演奏を評価してくれた人で。
今回リサイタルをやるお知らせをだしてすぐ「本番前にプログラムを聴きたい」と申し出てくれたので、ありがたく弾かせてもらって来たわけです。
結果いい演奏になったか自分ではあんまり実感も手応えもなかったのですが褒められて、アドバイスもいただいて。
彼の家のピアノ(カワイのグランド)のキーがものすごく重たかったのに戸惑ったりなんだりもしたし、ちょろっと揺らいでずれそうなことになったり(でも自分でもちょっとびっくりする立ち直りの早さでした)、本番で実力がどれくらい発揮できるか、わからないんですが。
でも人前で弾いた、というのは大きいですし、あと大学でそうだったみたいに演奏を聴いてもらって、コメントしたりしゃべったりして、っていう大学時代の日常をちょろっと取り戻したような感覚にも何か自信を感じた、というかなんというか。
そしてどこに行っても「いいプログラムだ」と言われるのが嬉しい。(もちろんそれを最大限に引き出す演奏をせにゃならんのですが!)
今回のリサイタルのプログラムに関する雑感はこちらのエントリーで書いてるのですが、一つ一つの曲もあんまり巷で演奏を聴かないし、全体としてもちょっと変わった感じのプログラムで。
特に最近(例えばMelbourne Recital CentreでのAustralian Voicesシリーズなど)、コンサートやそのプログラムををデザイン・プロデュースする人を「Curator」と表記しているんですが(一般的には博物館の館長を指す言葉でもあります)、そのcurateする過程が好き、という話を今日していて。
彼が今プランニングしてるプログラムみたいに聴衆の事を考えてモーツァルトを入れたり、とかそういう配慮は基本的私はできなかったりします。だから一般の集客力はなかなか弱かったりするのですが・・・
今回のリサイタルはちょっと経緯が違うのですが、これからやりたいと思ってること(いっぱいあります)は大体こんなテーマでこんな曲を含めて・・・という風に形作って、全体の世界観をものすごく重視してて、だからこそなかなか融通がきかなくなる、きかせたくなくなるところがあるので。
Curatingではまだまだ色々やってみたい、実験したいことがたくさん。(それについては今回のが終わったらまた・・・)
あと自分が弾くレパートリーはなかなか他の人が弾かない、というのも大事にしています。
自分が好きなものをいつも弾いてるのですが、割とそこにはクラシックのうちのクラシックなレパートリーを守備範囲にする人も、がっつりな現代音楽を弾く人もカバーしてない曲がちらほらあったりで。
(だからがっつりな現代音楽にまだ手が回ってない、というのもあるんですが・・・)
これからレパートリーを広げていく方向(クラシック外も含めて?)もまた自分なりに考えていきたいのですが、それはまだこれから後の話かな。
今回のリサイタルは過去の「演奏者」としての自分をとりもどす側面が少なからずあるながらも、これからまた新しくピアニストとしての基盤をつくる演奏でもあり。
自分ができること、やりたいこと、そして自分だからできること、自分しかできないことを演奏でなんとかしていく第一歩でもあり。
大げさな話になってきましたがもうちょっと自分も自覚したほうがいいとおもうので(汗)
何にせよ(ちょっとびびっているながらも)楽しみです。先のことはとりあえず置いといて、とにかくここからなので。もっと演奏したい!と今まで以上に強く思えるようなリサイタルになるといいですね。
少なくとも聞きに来てくれた人にヴィラ=ロボスの第2楽章に出会って恋に落ちてもらえれば、メシアンの第5番の美しさを伝えられれば、そしてスクリャービンで燃え尽くせば、と思っています。
普段はあんまり聴かれない曲の魅力を自分が伝えること、そしてプログラム全体としての芸術を完成されることが一番のミッションです。
そのヴィラ=ロボスの第2楽章は明日の実地リハーサルでのフォーカスですね。あのピアノでどう音をバランスしていくか。
ということで明日はおそらくお知らせとちょろっとだけ更新になります。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」 第5曲「子に注ぐ子のまなざし」
Naxosでのマイケルの録音(時間限定試聴あり)
今回のリサイタルプログラムで一番美しい曲だと私が思う曲です。もちろん私の本番の演奏に大きく寄りますが。
子、というのはもちろん「神の子」を指す言葉。子に注ぐ子のまなざし、といっても幽体離脱じゃないですよ!
宗派だったりその他信仰の方向性によって神や三位一体、聖家族などのコンセプトにはいろいろ解釈がありますが、メシアンは音楽作品において「神の言葉」を神の子どもとして位置づけています。
旧約聖書の創世記の最初における「光あれ」の言葉から全てが作られた、ということから神が発する言葉は神の最初の子どもであり、神の意志を現実にする担い手でもあった、ということになり。
そんな先に生まれた「子」が人間として生まれた「子」に注ぐまなざしがこの曲。
神と子、子と子は一体であり、そして同時に別の性質をもった別の存在でもあり。
音楽は3つに分かれていて、下の部分は終始「神のテーマ」を弾いていて、上の二つの部分では「リズムカノン」という手法を使っています。
カノン=輪唱、というのは聴いたことがあると思いますが、ちょっと性質が違う音楽で。
なんというのかな、上の部分と真ん中の部分で奏でられてる音は違うのですが、真ん中の部分は上の部分の1.5倍長いリズムで書かれていて。時々上の部分と真ん中の部分が出会うようになっている、効果としてはサイクル的な感じになっています。(やっぱ説明下手だった)
メシアンがこの「リズムカノン」を使うときは時の流れみたいなものの表現が多いです。この曲のように遅く使って永遠の時のなかにsuspendされたような感覚を表現することが多いですが、速い用法もあります(トゥーランガリラの第7楽章とか)
そしてたまに上部分が途切れて始める鳥の声のセクション。この鳥の声は後の作品のように実際の鳥の歌を書き写したものではなく、あくまで理想的な、象徴的な鳥の歌だそうです。一応クロウタドリとか参考にしている鳥はあるそうですが。
なんというか、クラムのLux Aeternaみたいに不思議なneutralityを感じる、そして時の流れを感じる、独特の美しさと神聖さ(必ずしもキリスト教におけるそれを表すのではない)を持った曲です。
ちと拙いところはあるながらも自分の性質にもまた合ったところがあるので(だからこれからもどんどん弾いていきたいです)それが伝わる演奏にしたいですね。
前回のエントリーに拍手どうもですー。
いやあ、ぼちぼち・・・ですね。リサイタルについては。
ラスト1週間で浮上したり気になり始めたりすることもあり、あとは久しぶりのソロ演奏での緊張具合が分からないのでどうなるか、ですねえ。
今回が成功すれば次は色んな意味でさらにうまくやれるはず(そしてこんな大げさに感じることなくていいはず)なので、なんとか今回納得いくリサイタルがしたいです。
今日は日本の番組でグレート・オーシャン・ロードの特集を観てました。いいですねーあそこらへん。運転がうまくなったらあの海沿いのカーブ(制限速度設定は80とか100 km/hらしいですが)をぜひドライブしたい。
前々から書いてますがあそこらへんの難破船の話大好きなんでまたそのうち改めて語りたいです。
あと現実にはもっと運転上達せねば、ですね(汗)電車でWarrnamboolとかまでいってShipwreck Coastを歩いたりとか、してみたいなあ。
そんななかTwitterなりFacebookなりからブラスフェスティバルについての知らせが流れて来て、もうすぐなのにまだまだ楽しみにできないもどかしさ!
年に一度の「ルーツを確認するイベント」として楽しみにしていますがなんといってもMNOZILのコンサートが楽しみ。これもまた追って紹介しますが素晴らしく楽しいイベントになること間違いなしですしね。
そして今日はリサイタルに向けて、そして日本でお出かけが多いのに備えてヘアカットしてもらいました。メルボルンはこれから夏に向かうので髪色も少し明るくしてもらって。結構違いますからね、ちょっと茶色くするだけで。
髪型に関してはリサイタルのプログラムとかコンセプトによってエクステ使って奇抜な色とか入れたりするのもいいかな、とかいう考えはまだ脳裏にあります。いつかやってみたい。
ということで今日は短めに。今日の一曲もお休みです。
いやあ、ぼちぼち・・・ですね。リサイタルについては。
ラスト1週間で浮上したり気になり始めたりすることもあり、あとは久しぶりのソロ演奏での緊張具合が分からないのでどうなるか、ですねえ。
今回が成功すれば次は色んな意味でさらにうまくやれるはず(そしてこんな大げさに感じることなくていいはず)なので、なんとか今回納得いくリサイタルがしたいです。
今日は日本の番組でグレート・オーシャン・ロードの特集を観てました。いいですねーあそこらへん。運転がうまくなったらあの海沿いのカーブ(制限速度設定は80とか100 km/hらしいですが)をぜひドライブしたい。
前々から書いてますがあそこらへんの難破船の話大好きなんでまたそのうち改めて語りたいです。
あと現実にはもっと運転上達せねば、ですね(汗)電車でWarrnamboolとかまでいってShipwreck Coastを歩いたりとか、してみたいなあ。
そんななかTwitterなりFacebookなりからブラスフェスティバルについての知らせが流れて来て、もうすぐなのにまだまだ楽しみにできないもどかしさ!
年に一度の「ルーツを確認するイベント」として楽しみにしていますがなんといってもMNOZILのコンサートが楽しみ。これもまた追って紹介しますが素晴らしく楽しいイベントになること間違いなしですしね。
そして今日はリサイタルに向けて、そして日本でお出かけが多いのに備えてヘアカットしてもらいました。メルボルンはこれから夏に向かうので髪色も少し明るくしてもらって。結構違いますからね、ちょっと茶色くするだけで。
髪型に関してはリサイタルのプログラムとかコンセプトによってエクステ使って奇抜な色とか入れたりするのもいいかな、とかいう考えはまだ脳裏にあります。いつかやってみたい。
ということで今日は短めに。今日の一曲もお休みです。
