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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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大好きなのに普段言及しない曲ラインアップ
前回の記事に拍手ありがとうございますー♪
なんだか落ち着かないのは春の兆しもあったり考えないといけないこともあったり超タイムショック16をみてテンションが上がっているのもあったり。
あ、あと夕飯が手巻き寿司だったのもテンションあがってますね♪

さて、生活して音楽を聴いたり音楽のことを話したりしてるうちにたまに「そういえばこの曲好きだけどほとんど話に出さないな」とふと思うことがありまして。
前に何度か書いてるんですが好きな曲のなかでも最高位にランクする曲って(ジャンル問わず)自分の中にしまっておく傾向があるんですよね。その特定の曲の話だったり、最高に好きな~とかいう話の中では出てくるんですけどそういう特別な場(っていうのも変ですが)でないとなかなか・・・
なので今回はちょっとどっと出しちゃおうと思います、そういう埋もれがちな大切な曲を。もっと広く知られて欲しい曲がいっぱい入ってて言及しないのはやっぱり勿体ないので。

1) ヨハネス・ブラームス ピアノ五重奏曲
ブラームスの室内楽作品はいつも書いてますがどの編成でも名曲揃いで、外れ無し、最高峰なレパートリーだと思っていて、ソナタやピアノ四重奏曲(特に第3番)に言及することはちょこちょこあっても私がピアノ五重奏曲の話をすることはめったにないような。なんでだか自分でも分からないんですが・・・
ピアノ五重奏曲、というジャンルの中でも群を抜いての最高峰と言われる曲で、ブラームスの音楽の人間らしさとか、pathosとか、情熱とか、そういう物を全部集めて精製したような曲で。ピアノもかっこいいし弦楽四重奏のチームワークも凄い。
特に第3楽章、第4楽章が好きです。第3楽章のスケルツォではちょっとジャズっぽいコード進行が出てきたりするのがくすぐったいですし、第4楽章で待ち構える運命に向かって突っ走る感じもいい。

2) オリヴィエ・メシアン 「アーメンの幻影」
メシアン好き!といって20のまなざしや鳥カタやトゥーランガリラなど話に出すことが多いですが、自分が長いこと好きで聴きやすくて弾きたいにも関わらずこの曲に言及が少ないのはなぜだろう。
20のまなざしと同じ時期に書かれたピアノ2台のための曲で、前書いたと思いますがメシアンが後に妻に迎えることとなる生徒ユヴォンヌ・ロリオと自分が弾くために書いた曲です。
けっこう音楽言語や雰囲気は20のまなざしと似てて、繰り返し現れるテーマの使い方とか、信仰・自然にまつわる表現とか、(20のまなざしの半分以下の時間で)メシアンの音楽のエッセンスが味わえる曲です。
究極の愛の音楽とも言える第4楽章「欲望のアーメン」、光と色彩にあふれた第5楽章「天使、聖人と鳥の歌のアーメン」がおすすめ。

3) ベンジャミン・ブリテン 「ピーター・グライムズ」より4つの海の間奏曲
海と言えば私にとってはドビュッシーの「海」かこのブリテンか、というイメージです。フランスの海とイギリスの海、全体的な印象は違いますが、ドビュッシーの海の最終楽章はこの曲の中の「嵐」に似てるところもあったり。
もともとのオペラ「ピーター・グライムズ」が海とその傍の町を舞台としていて、この4つの間奏曲はそんな海を身近に、「夜明け」「日曜日の朝」「月光」「嵐」と様々な表情で魅せてくれます。
特に「月光」の美しさはたまらない!あと「嵐」のもう海の嵐でしかない表現も好きです。

4) オットリーノ・レスピーギ 「ボッティチェッリの3枚の絵」
所謂「ローマ三部作」ばっかりが有名で、もっと小規模な作品はちょっと埋もれ気味。でも実際情熱的に語るような曲ではないような気がするんですよね・・・美しい曲ではあるのは確かなんだけれどある意味慎ましいところがあって。
題材になってるボッティチェッリの3枚の絵は「春」「東方の三博士の礼拝」「ヴィーナスの誕生」となかなかメジャーなところですのでイメージもつかみやすいかな。
私は「東方の三博士の礼拝」でのハープ・ピアノ・チェレスタのタッグや木管のソロも好きですが、「ヴィーナスの誕生」の「音楽の絵」としての美しさも本当にprecious。

5) セルゲイ・ラフマニノフ 交響的舞曲
ラフマニノフは書いた曲ほぼ全て名曲、という中この曲に私が言及しない理由は単純に「他の人とも共有したくないくらい、独占したいくらい好きだから」、というあれなのですが(汗)
ラフマニノフは年を重ねるとともに(そして渡米後は特に)作曲よりもピアニストとしての活動が多くなって、この曲が彼の書いた最後の作品、が言うところの「最後の火花」だったそうです。まるで作曲家の生命を踊り燃え尽くすような、終わりを見据えているようなところがある曲ですね。
ちなみにこの曲はピアノ2台バージョンと、作曲家自身によるオケバージョンがありますがどっちもお薦めです。ピアノ版にもオケのような色彩がありますし、オケ版もピアノ版の魅力があります。

6) トーマス・アデス 「Origin of the Harp」
Asyla、Arcadiana、Living Toys、Traced Overheadなどアデスの曲で好きなもの、素晴らしいものいろいろありますが、全体的にまだ言及頻度は少ない気がします。その中でもこのOrigin of the Harpはなかなか言葉で説明できないところがいっぱいあってタイトルさえ出てこない傾向が。
長さはそう長く無いながらも割と複雑な音楽で、自分でもなかなかどこがいいとかどこがどうなってるとか説明できるほど理解していないのですがものすごく「水」を感じる音楽です。クラリネットの透明な音色や(もうクラリネットの美しさMAXです)、打楽器のsoundscapeとか、とっても不思議で。大好き。

7) ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第14番
ショスタコの名曲はいろいろあって、色々話したいことがあるんですが多すぎて渋滞状態になってしまう(汗)
この交響曲第14番は交響曲としてはちょっと変わってて、どっちかというと歌曲集みたいな形式の晩期の作品。しかも歌のモチーフが全楽章「死」を扱っていることから別名「死者の歌」とも呼ばれるみたいです。
必ずしも聴きやすい曲ばかりではないのですが第9楽章の「O Delvig, Delvig」は悲しくも美しいですし、第2楽章「Malaguena」の死神のバイオリンを思わせる曲調も鬼気迫ってて楽しいですし。
なんといってもでも第4楽章「自殺」がお気に入りですね。チェロのソロやチェレスタのソロ、鐘の音の不吉な美しさ、詩の良さ。
(この曲好きだっていうとやっぱりこう、メンタル病んでるからだーとか言われそうで、だから言及しないところもあるのです。実際そうなんですけど)

8) ジョージ・クラム 「Lux Aeterna」
クラムの音楽好きだ!といってもなかなかこの曲の話をするに至らないのはこの曲が割と独立した、特別な領域に住んでいるような感覚があるからだと思います。
クラムの音楽、例えばマクロコスモスシリーズとか歌曲とかと確かに共通する世界観がベースになっているものの、どこか別の聖域にあるような。東洋と西洋の音楽の出会いとか説明し始めても言葉にしきれない美しい調和と独特の世界。私にとっての聖なる音楽ってこの曲が限りなく近いかもしれないなあ・・・それくらい特別な音楽。
そうそう、バスフルートとかインド楽器のシタールとか、耳馴染みが薄い楽器の最高に美しい音も聴ける曲ですよ。

9) エルネスト・ブロッホ 「シェロモ」
チェロ音楽の話、チェロとオケのための作品の話であぶれがちなこの曲。そんなに演奏頻度が多いわけでもないですし、協奏曲のくくりでもちょっとマイナーで、でも21分がっつり1トラックであるんでなかなか聴かないこともありますが・・・
でもやっぱいいですねこの曲。ドヴォルザークの協奏曲みたいにものすごく目立ってすごいところはないのですが、ヘブライの風とチェロの情熱的な音、円熟した王にふさわしい渋さと高貴さがあって。ものすごく異国で、ものすごく憧れさせる音楽です。
オケの働き(普通の協奏曲よりもオケのweightが大きい)も情景を描いて歴史の絵巻をひもとくような感じで大好き。

10) パウル・ヒンデミット ビオラとピアノのためのソナタ op.11-4
ヒンデミットは好きな作曲家ですがクラシック・20世紀音楽に詳しくない人にお勧めするにはちょっと曲を選ぶ必要がある、ちょっと癖のある作曲家で。
そんななかヒンデミットを初めて聴くんだったらビオラと弦楽オケのための「葬送音楽」かこのソナタなのに、どっちも言及する機会が少ないんですよね。(だからさっぱりヒンデミット布教が進んでないんだ!)
ヒンデミットはビオラ弾きだったので餅は餅屋、ということもあるのですが数あるビオラソナタ(無伴奏のとピアノ伴奏ありと)の中でもこれは本当に特別。ビオラの魅力、ピアノの魅力、そしてイギリスっぽかったりドイツっぽかったりするヒンデミットの音楽の一番美しいところを一皿にまとめたようなところがあります。
(葬送音楽もまた違う曲調ですが本当に美しい曲なのでこれもプッシュします)

そもそもがここに今日リストした曲って自分でも大事に聴きたい特別な曲で、本当に特別なときだけ聴くという方針の曲ばっかりなんですよね。だから余計に言及が少なくなる、というか。
でもつまりはそれだけ美しい、何らかの意味で強烈なものを持っている素晴らしい音楽、ということで。
聴く機会があったら逃さないで是非聴いて欲しい曲、そして積極的に探し求めて聴いてみて損はないと思う曲だと強く思っています。


今日の一曲はおやすみです。

拍手[1回]

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お出かけなどなど
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は夕方に運転の練習に行ったら帰りに自分の家のある通りでちと危険なことやらかしまして・・・結構精神的にダメージ来てます。
オケの仕事が来たら夜に一人でKew辺りまで運転とかしなくちゃいけないのでそれの練習も兼ねてでしたが・・・うーん、難しい。自分の家のある通り(アパート・フラットが多いので路上駐車がひどく多い)と自分の家の駐車場がかなりの難関だったりします。精進せねば・・・

今日は昼はシティ回りに行って来ました。腕休ませがてら散歩がてら。
Arts Centre Marketに行ったり(あそこはもう改装前の規模には戻らないんですかね)、無料のシティサークルトラムにのってDocklandsに行ったり(前書いたエントリーで言及しましたが古いトラムはやっぱりいいですね)。
Docklandsは開発当初からよく散歩に行ってた場所で、前も書いているのですが「思ったほど賑わってなくて開発失敗じゃね?」みたいなところがあるのも実は好きだったりします。故障して一部解体されたままの観覧車Southern Starも好き。

Southern Star このSouthern Starの写真は前にアップしたかしらん、ちょっと見て見つからなかったんですが。
新しいのにもう見捨てられたようなノスタルジー、無機質て幾何学的なもの悲しさが好きなんです。
この景色がちょうどface to aceのwing archiver Iにあうメルボルンの景色かも、とおもってメモがてら前回来た時に写真を撮っておいたんですが、今日は曇ってて、なかなかいいアングルでとれる場所も見つからず。

前ちょろっと書いた「face to aceの曲に合うメルボルンの景色を探す」というのも(手持ちが41曲に増えたながらも)一応地味ーに続けてます。気にしてみたり、見つけたらメモしてみたり。今日Docklandsで「ここいけるんじゃないか?」というロケーションが一つ見つかりましたし。
昼か夜かは曲聴いて結構早く見当がつきますし、季節もある程度。やっぱりメルボルンと日本の雰囲気の違いはあるもののなんとなーくできそうな気はするんですよね。
なのでこれからも細々と続けていきたいとは思ってます。

写真と言えばラジオのお便りに一度写真を添付してみたいなーと思うのですが、外に出ても結構景色が普通だよな、と改めて。もちろんずっと住んでるのもありますし、行動範囲が決まってるのもそうですし、でもやっぱりメルボルンって平凡なところが魅力で、写真とか観光よりも住んで魅力を感じるようなところがありますし。
春夏になったら輝き始めるところもあるかもしれないし、あとリサイタルが終わったら遊びに行ったりもできるので写真に撮れることも増える・・・といいな。

家の中にいてもいろいろ面白いことありますねー。ちょろっと書きましたが私が長年お世話になっているAncient Domains of Mystery(ADOM)というローグライクRPGがもう10年?もバージョンアップされずいたのですが今回Indiegogoというサイトでver 1.2の開発に向けて寄付を募っていました。それがここ
ここの図にあるように開発のGOサインとなるターゲット額は8月30日の期限前に達成したのですが、その追加フィーチャーのターゲットも着々とクリアしていて。世界中に長年のコアなファンがいて、様々な額とコメントを寄せてサポートしているのが本当に面白いし、嬉しいし。作者さんもずっとやりたかったそうですが諸事情で続けられなく、近年のADOM II(まだ手が付けられてない!)の開発、そして今回の旧作の開発再開にはものすごくテンションが上がっててそれもまた嬉しいです。
致命的なものを含めてバグに悩まされたことももちろんですが、なんといっても新しいバージョンで色々中身が変わったり増えたりするのが楽しみにできるのが嬉しい。

私もちょっと寄付しました。何せ初めてダウンロードしたのが高校時代で、最初はとっつきづらかったのですがカスタマイズ性の高さ、ゲームの複雑さなどに惹かれてちょっとずつやるようになり、今はこのゲームをベースとしてストーリーも書いてますし、長く深くお世話になっていますからね。
先ほどのサイトの右側に示されてるように寄付の額に応じて特典があるのですが、中でも$40でもらえるADOMの紙版RPGはすごいですね(あとMaster Thief級のパッケージにもさらに詳細な版があるそうで)。他にもゲームの中の彫刻に名前が残ったり、アイテムを作れたり、そういうところゲームの寄付企画って面白いですね。
昔のゲームではありますが、これからが本当に楽しみです。

そうそう、今日はGPO(郵便局の大本=General Post Office)の建物のショッピングセンターにあるABC ShopでCDを見て来ました。Dean、Sculthorpe、Westlake(Slava Grigoryanとマイケルが共演したCD)と私が欲しいオーストラリア音楽のCDがあったので今度まとめて買いたいですね。
そして明日はしっかりピアノ練習できますように。


今日の一曲: フランシス・プーランク 「牝鹿」組曲より「ロンド―」



春になってくるとちょっと聴きたくなってくるかもしれない曲です。
プーランクって色んなジャンルで、いろんな楽器のために曲を書いてて、多作な分結構出来にむらがあるような感じがします。あくまでも個人の感想ですが。
そのなかでもこの曲は知名度も微妙ながらクオリティもちょっと・・・まあプーランクはこれよりもずっと素晴らしい曲いっぱい書いています、それだけははっきり言えます。

組曲、とありますがこれはもともとバレエ音楽だったそうで。バレエ・リュスのためにディアギレフが作曲を依頼したそうで、伝統的なバレエの多くとは違って筋書きがないバレエだそうです。(Wikipediaによると題名の「牝鹿」は若い娘、かわいい女の子を指す言葉だそうで。英語で「牝犬」を指す、侮辱に使う言葉に綴りが似てるのは言わないでおいて)
それが今は演奏されるときは5曲の組曲として演奏されるみたいです。

プーランクっていったらほとんど室内楽(特に木管楽器)のイメージで、オケ曲が演奏されることってほとんどないんですよね。
でも私この曲もう2回弾いてるんですよね、なんでか。一回目はユースオケでチェロ、二回目は大学のオケでチェレスタです。といってもチェレスタは無いも同然で、数小節くらいしか弾かないし目立たないし。

でもなんかこう、憎めないところがある曲なんですよね。特に第1楽章はなんかものすごく悪いとこもないし、楽しいことは楽しいし。ちょっとしたひねくれだったり心の揺れだったり、全てがFllirtしている程度の浅い感情やなんかなんですけど・・・魅力、とまで言えるかわからないけれど確かに憎めないものがある、そんな不思議な曲です。

そうそう、やっぱりオケ曲でもプーランクは木管を前にだしてうまく使いますね。あと独特のドライなスタッカートとかやっぱり好きです。ついでに第2楽章もかわいらしいですし、第3楽章のRag-Mazurksの気まぐれでひねくれぶりはなかなか面白いものがありますよ。
いつもほど強くは薦めないのですが(汗)、春には確かに良い曲です。

拍手[1回]

リサイタルプログラム周りでちょっと
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
あとアクセス解析見たらちょろっと幅が広がったような・・・?face to aceとか聖飢魔II関連のエントリーもアクセス増えてるようで。大変ありがたいです。
そうそう、こないだのメル響とAustralian Youth OrchestraのMarkus Stenz指揮でのAct 3、秘密のプログラムのコンサートは現代音楽祭りでしたよ。聴いてなかった前半はオーストラリアの作曲家の世界初演2曲で、そして後半はなんとメシアンの「彼方の閃光」。聴きました。録音しました(でもMarkusの声が素敵だったので解説も録音したかった!)。本当は生で聴きたかった!あの人メシアンも振るのか!とそれも嬉しかったですね。

今日はこないだ消えたリサイタルプログラムについての諸々を。もちろん同じにはならないと思いますが・・・
ちなみにあと1ヶ月を切ったリサイタルのプログラムはこちらのエントリーに(これの前のエントリーですね)。

バッハが一つだけ20世紀じゃなかったり、音楽史の流れからちょっと外れ気味で一般的に他の作曲家とスタイルの接点が少ないヴィラ=ロボスやスクリャービンが入ったり、一見ばらばらなプログラムではあると思います(特に20世紀音楽に馴染みの薄い方には)。
実際なによりも自分が弾きやすく演奏しやすい、演奏に戻ることに自信がつきやすいことを最優先に選んだ曲で、プログラム全体としての統一性みたいなのを見いだすのにかなり時間がかかったのですが・・・

でも全体的にどこかSpiritual(日本語でのスピリチュアルとはニュアンスが違うので英語表記で)な雰囲気はありますよね。バッハ(ルター派キリスト教)、ヴィラ=ロボス(特に第2楽章で自然崇拝みたいなフレーバーが強い)、メシアン(カトリック派キリスト教+自然崇拝的な色々)、スクリャービン(独自の神秘主義)と方向はばらばらだけれど、その信仰というかなんというかの抽象的な表現とか、表面下で共通する、つながる何かは確かにありますね。

スタイルに関してもヴィラ=ロボスのあれは「ブラジル風バッハ」の名の通りバッハの形式から影響を受けてますし、同じヴィラ=ロボスの第2楽章には鳥の鳴き声が出てきてそれがメシアンの鳥の鳴き声につながったり。さらにメシアンはスクリャービンとよく音楽が似てる(他人の空似みたいな感じで)と言われますし、さらにメシアンの「天使のまなざし」とスクリャービンは「炎」つながり。
だから実は結構うまくつながってくれているんですよね、諸々。

弾きやすい、演奏しやすいを心がけたものの実は人前で演奏した経験があるのはバッハとメシアンの第11番だけなんですよね。(でもメシアンの20のまなざしは演奏経験あるやつどんどん増やしてかなきゃですし)
バッハやメシアンみたいな比較的古くからのホームグラウンドに、ヴィラ=ロボスやスクリャービン後期作品のような新しくホームグラウンドにしたい曲が混在してるのは実はそんなに意図してなかったり(笑)

でもこれからにつなげる、ということは意識してます。今回は数年ぶりのリサイタルですが今後またちょくちょく演奏する機会をつくってリサイタル開けるようにする最初のステップなので・・・
今回のできによって次回があるか、次回があったらどう進化させていくか、とか考えて行きたいですしね。
そのために今回しっかりやらなきゃ、ということで。

で、弾きやすい、演奏しやすいを最優先にしたものの各曲に対してはもちろん、なんだかんだでプログラム全体としてもものすごく愛着があるプログラムになりました。好きで、得意で、自分にフィットしている曲というか、自分の心に近いものがある。(ある意味自分のspiritualな方向性や表現を象徴しているようなところもあるのかな)
だからなんかあったらまたこの組み合わせで演奏してもいいかな、と思うような曲でもあります(もしかしたらメシアンの内訳を若干変えるかもしれませんが)。

昨日facebookでリサイタルのお知らせを出しまして。すでにもういい返事が来始めててちょっとパニクってます。
大学からの音楽仲間とつながってるのはfacebookが主なのでお客さんあつめのルートもそっちがメインになるっぽいですね。確かに便利だよなあ、コンサートの宣伝とかには。
他のルートもちゃんとしなきゃですけどね。

さて、リサイタル関係の他にももしかしたらオケの仕事がくるかもしれなかったり日本への一時帰国だったりADOMの開発再開企画だったりABC Classic FMのフランス音楽カウントダウン100だったりエキサイトしてることが色々あるのでまたちょこちょこと。


今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より 第7番 「十字架のまなざし」



リサイタルで弾くメシアンのうちの一つ。3ページで割と小さめの曲、比較的簡単そうに聞こえますがこいつには手こずった。何が大変って暗譜が自分でも驚くほどトリッキーでした。

20のまなざしには複数の楽章に共通するテーマ(神のテーマを筆頭として)がありますが、この「十字架のまなざし」は「星と十字架のテーマ」を中心に書かれています。
星はキリストの誕生を知らせた星、キリストの誕生の象徴。十字架はキリストが磔にされその生涯を終える、キリストの死の象徴。生と死の一体性を表すテーマ。
このテーマは第2番「星のまなざし」とこの第7番「十字架のまなざし」に使われている、というわけです。

20のまなざしの各楽章にはタイトルの下に副題みたいなフレーズが書かれているのですが、この第7番にはこんな一文が:
「十字架は言った;貴方は私の腕に抱かれ祭司となる・・・」
それがキリストの死の象徴である十字架が幼子キリストにまなざしとともに投げかけた言葉、というわけです。
キリストは産まれるときから父である神により人間の罪を背負って犠牲になる運命にあった、そのはっきりとした予見といえばいいのか。(ちなみに似たような予見を第4番の「聖母のまなざし」で見ることができます)

そういうバックグラウンド無しでもなかなか強烈に不吉な曲ですけどね。なんといっても不協和音により作られる独特な色彩。痛みと悲しみと苦しみとそういう諸々が混ざり合って、和音が紫・黒・黄などの色が複雑に絡みあってて(今のは私が見る色です。メシアンのはまた別にあるようです)。なかなかこういう色や味は出せないんですよね。不協和音の中でも選りすぐってこそ表現できる音と感情。
そういえば「星と十字架のテーマ」の内部で聞こえる半音階で動く和音はバロック時代の悲歌の表現にも似てますね。

20のまなざしのなかでは比較的短いですし、小さい曲の部類に入りますがものすごい強烈さを持った曲です。メシアンの表現したいことがこれにもストレートに伝わるか!というような感情の盛り合わせとほぼここでしか味わえない強烈な色彩(同じくメシアンでもう1曲知ってます、この色彩は)。
一般的な意味で「美しい」か、といったら違うかもしれませんが一見不快にみえるそれのなかには一種の美が確かにあると思います。
その美しさも、苦しみも痛みも、深く感じると吐き気が起こるかと思うほどの色彩も、まるで腸を生きたまま握るような和音の感覚も(弾いてるとき一番大事にしてる感覚です)、全部ひっくるめて大好きな曲で、今回のリサイタルに欠かせないエレメントだと思っています。


拍手[1回]

あと1ヶ月になりました。
前回の記事に拍手ありがとうございます!
今ちょうど書いてた記事が丸ごと消えたので(エントリーが消えた中では最大の打撃だったかも・・・)一番大切な部分と今日の一曲だけ書き直しますね・・・

大切な部分、それは1ヶ月後にせまった私のリサイタルの詳細です。
もう書き疲れたんでいきなり:

日時: 9月22日(土) 14:30~
場所: Richmond Uniting Church、メルボルン
プログラム:
ヨハン・セバスチャン・バッハ トッカータ ホ短調
エイトル・ヴィラ=ロボス 「ブラジル風バッハ第4番」より
 第2楽章 コラール(藪の歌)
 第3楽章 アリア(賛歌)
オリヴィエ・メシアン 「幼子に注ぐ20のまなざし」より
 第11番 聖母の最初の聖体拝受
 第7番 十字架のまなざし
 第14番 天使達のまなざし
 第5番 子に注ぐ子のまなざし
アレクサンドル・スクリャービン 「炎に向かって」

・・・と1時間ほどのプログラムです。(前回測ったときは50分くらいだったけど間の取り方とかまだ考え直さなきゃいけないし、なんといってもメシアンのスローな曲で大幅に演奏時間が変わる可能性があるので)

ここからさっきは色々書いてたんですが再現するのは無理なので割愛(涙)
明日気持ちが向いたらいろいろプログラムの思い入れとかとか久しぶりの演奏への意気込みとか書く・・・かもしれません。書きたいのはやまやまなんです、ただエントリーが消えて心身ともに消耗してしまったというか。
他にもいろいろここ数日でエキサイトしてることがあるんでそっちも書きたいのですが・・・

そして今日の一曲でも(全部にはならないかもしれませんが)上記のプログラムをリサイタル本番まで紹介していきたいと思います。

ということでミニマムver.なのでもう今日の一曲へ。


今日の一曲: エイトル・ヴィラ=ロボス ブラジル風バッハ 第4番 第2楽章



もう長いこと曲を知っていて好きだったながら弾くのはこの年になってやっと、なブラジルのバッハ第4番。もうちょっと早く弾いてもよかったな、という気持ちもありますが遅れても巡り会えて良かった、というのが本音です。
その中でも第2楽章は(ブラジル風味でいうとちょっと控えめながらも)特に思い入れの深い曲です。なんたって美しい。

ブラジル風バッハ、とあるようにヴィラ=ロボスはこの作品群をブラジルの民族音楽、そしてバッハのスタイルの2つのルーツから作曲しています。
タイトルにも、例えば今回のこの曲だったら「コラール(藪の歌)」(注:藪=英語でJungleとなっています)みたいにバッハ的な形式を思わせるタイトルと、ブラジル的なエレメントを思わせるタイトルが付けられていますね。
この曲の場合はその和音が連なる合唱のような形式は正にバッハのコラールなんですが、題材やインスピレーション、イメージみたいなものはブラジル(アマゾン)のジャングルの印象となっているようです。

実はこの曲、鳥の鳴き声が使われていて。コラールの最後のサイクルで、オルガンのような響きの部分なのですが(ちょっと弾き方が特殊で面白いのですが、残念ながら実際に弾いて見せて説明はできても言葉のみで説明はできないのです)、和音の響きの遙か上に聞こえる高音がそれだそうです。
向こうの言葉でArapongaという鳥で、画像検索するとこんな鳥みたいです。ジャングルの中で声も姿も目立ちそうな鳥ですね。

あくまでも私個人のイメージなのですが、この曲は弾き始めた頃から聖飢魔IIのArcadiaという曲にものすごく似てるような気がしていたんです。理屈で説明するのは難しいですが、響きだったり色彩だったり、和音の連なりだったり。Arcadiaはライデン殿下が書いた曲なんですが、彼は作曲においてちょっと変わったパレットを持っている印象があって、それがなんとなくヴィラ=ロボスのこれまたクラシック界においての「変わったパレット」と似たような感じなんですよね。
だから私がこの曲を弾くときはそれを意識しているというか、コラールの大きな響きの和音はArcadiaのエレキギターのアタックとか響きとかをイメージしたり参考にしたりしているんです。この「コラール」と「Arcadia」、各々ものすごく好きな曲ですがそのつながりも本当に自分にとっては大事。
なのでこちらも合わせて(?)聴いてみると面白い・・・かも?

拍手[1回]

近況とその周り
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪

今日はレッスンに行って来ました。褒められたところもあれどスクリャービンまだまだだなあ、と(汗)
音楽が訴える・流れるままに弾くと崩壊の方向に向かう曲なんですよね、あれ(笑)クラシック音楽ってわりと形式に重きをおくようなイメージがありますが、確かに形式は一つの支えと方向性を指し示す役割がありますので、こういう好きにさせると崩れる曲はどっちかというと珍しい。ただスクリャービンの音楽に限って言えば珍しくない、というかむしろスクリャービンらしいかな。

今でも名が知られている作曲家はもちろんユニークな作風の音楽を書いていますが、今日弾いたメシアンにしろスクリャービンにしろとにかくその個性が凄い。スクリャービンは特にスタイルの変遷と音楽のとらえ方の変遷がすごいので先生が持ってるはずのスクリャービンの伝記を読んでみると面白いだろうなあ・・・すっごい分厚い本が二巻だそうでなかなか読めそうにないのですが(だいたい大まかなところは知ってるんですがねー)。

色々考えを巡らせてみて思ったのはそういう個性の強い音楽ってただ独自の思想や感性を持ってるだけでなく、それこそ他人とわかり合えないレベルなんだろうなあ、と。メシアンの信仰も(カトリックがベースとはいえ)独特でカトリック宗派のお偉いさんから色々言われたそうですし、スクリャービンに関しては誰かついてける人がいるとは思えないですし(笑)
芸術家はだから孤独なんだろうし、奏者としてその世界観や思いなどがどれくらいくみ取れるか、表現できるかっていったら微々たるものなんだろうけれど・・・ちょっとは共有できたら、感じられたらいいなあと思うのです。

そして今日外出中にface to aceの秋のツアーのスケジュールが発表されてものすごくパニクってます!(笑)
基本未来に向けて悪いことが起きても良いことが起きてもまず最初にパニックになる性質でして(汗)
でもこれで日本への飛行機が予約できます。今飛行機安いんで可及的速やかになんとかしたいです。

それにしても自分の日本地理の弱さを痛感。
都道府県の位置とか主要都市とか、クイズとか地図とかでの知識ならそこそこできるんですけど街単位の話とか移動とかそういうこととなるとてんでダメですね。
(碓氷峠音楽堂本舗のサテライト収録のときとかサービスエリアとか地名がでると仕事中でもぐぐります)

でもそれが日本だからってことだけじゃないらしいですね。
こないだ土曜日に家→Springvaleのイケア→Toorakと妹と行ったときに運転したんですが(えっへん)地図で良く知ってるところ、ナビゲートできるところでも自分が運転するとなるとさっぱりですね。なんといっても距離の感覚が難しい。
なかなかそういうところも実地訓練で慣れていかないと・・・
(あとは駐車ですね!)

イケアでは新しい枕を買いました。私がこっちに来た時と比べると枕・マットレスはラインアップがすごいですね!
枕は寝る姿勢別(うつぶせ・横向き・仰向け)で、さらに高さや素材で選べる上にちょろっと寝転がってテストしたりもできるようになっている。
私が買ったのはこれ。横向き用(でも実際は横向きに寝ても仰向けになってることも多いみたい)で、形状記憶のフォームでちょっと堅めの枕だそうです。今のところ支障はないかな・・・今までの枕(ペチャンコ×2)よりはいい感じです。

イケアは店頭にも書いてありましたがもうすぐ2013年のカタログがでる時期ですね。引っ越したら(引っ越したら!)机を新しくしたいですし、そこから諸々新しくすることを考えていきたいです。ただ、そういう実用的な目的が一切なくてもイケアのカタログ大好きですが(笑)

仕事もピアノもありますが書き物になんといっても力を入れたいのでこれからちょっとがんばってきます~


今日の一曲: モデスト・ムソルグスキー 「はげ山の一夜」



これは・・・前紹介したかな?と思ったら意外と紹介してなかった。(最初にドビュッシーの「牧神の午後の前奏曲」を思いついたのですがこっちは紹介していた)
ながーいこと知ってる曲です。ディズニーの「ファンタジア」で後ろから2番目に入ってた曲。音楽的にはなんのつながりのないこの曲とシューベルトの「アヴェ・マリア」を共通する一音、そしてアニメーションで繋げるという技は今も自分のプログラム作りなどに影響していますが、この「はげ山の一夜」はアニメーションが当時恐くてまともに見てなかったんですよね・・・(笑)

ちなみに一般敵に聞かれ弾かれ知られている「はげ山の一夜」はムソルグスキーの元の曲をリムスキー=コルサコフが編曲・再構成(というのかな)した版です。元は元で面白いんですがやっぱり今知られてるバージョンの方が物語的な流れとかものすごくうまくいっててパワフル。
手持ちの録音だと11分強なんですが、長さを感じさせない構成です。(シェヘラザードにしろ他の作品にしろそういうところリムスキー=コルサコフ得意ですよね)

はげ山の一夜、というのは「ワルプルギスの夜」のロシア版みたいなもので、夏至の夜に地霊チェルノボグが現れて魔物達が騒ぐ、という内容だそうです(余談ですがゲーテの「ファウスト」でもそういう魔物の集まりがヨーロッパ各地にあって、わりと文化的な雰囲気の違いとかあることが話されてます)。
チェルノボグの出現から様々な種類の魔物がめいめい踊ったり騒いだりする様子が描かれ、そして最後には朝の訪れる教会の鐘が鳴って魔物達が眠りにつく、という流れ。

アニメーションがなくてもどこか移り変わるシーンの流れをみているようなこの曲、聴いてて楽しいのはもちろんですが弾いてても楽しいです。
リムスキー=コルサコフは(もう何回も書いてますが)ものすごく楽器使いがうまくて、効果音のような使い方もお手の物。飛んだり踊ったり足を踏みならす魔物達を巧みに描きます。
あとこれは元の曲からそうですが割とリズムにエキサイティングなところたくさんありますね。勢いがつくというか楽しくなってくる、盛り上がるリズムです。

個人的にちょっと耳を傾けてほしいな、と思うのは途中音が静かになってビオラだけになるところ(笑)なのですが、やっぱりどんちゃん騒ぎのその後のクラリネット、そしてフルートのソロはものすごい美しくて曲のハイライトだと思います。とくに哀愁たっぷりで心残りがあって、まだ空に紺が残った状態のクラリネットのソロ(短調)は素晴らしい。(同じメロディーを長調で弾くフルートのソロはさしずめ安らかに眠る、空が白んでくる状態ですかね)

ファンタジアの影響もあって知名度も高く、物語が分かりやすくて楽しくいのでポピュラー系のコンサートでも多く演奏される曲ですが、前回メル響がらみで紹介したようながっつりなコンサートでも浮くことがない手堅いレパートリーでもあります。そこそこのオケでも演奏効果は出ますが、一流のオケだとものすごい素晴らしい演奏になるような曲です。

ファンタジアで育った私ですが弾く方になってからはあの作品で指揮しているストコフスキの指揮がどうも好きになれなくて。
「ムソルグスキーの作品が編曲により輝き有名になった」つながりの「展覧会の絵」とカップリングした録音をリンクします。

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