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前回のエントリーに拍手どうもですー♪
今日はちょっとコンサート場所の段取りをしてました。万事うまくいけば9月22日になりそうです。
とりあえず木曜に場所見にいくことが決まりました。(ちなみに去年友達のデュオコンサートに行った教会なのでいいピアノがあることは分かってます。でも見たり弾いたりしないとね)もろもろ詳細はまた後日。
昨日はメル響のコンサートに行って来ました。ホルストの惑星なんですが今回は大きなスクリーンでNASAからの各惑星の映像も流れる、ということで興味津々で行ってきました。
プログラムはこんな感じ:
指揮者:Alexander Shelly
モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」
(休憩)
ホルスト 「惑星」
(Melbourne Symphony Orchestra Chorusの女声合唱、Chorus Master:Jonathan Grieves-Smith)
モーツァルトは大学のリスニングリストに入ってたこともあって、他にちょこちょこ聴いたり特定のパッセージをオーディションで弾いたりしたことはあって知ってはいる曲ですがあんまり進んで聴くような曲ではないです。
でも同じたまーに聴くにしてもやっぱり録音で聴くよりは生で聞くのがいいですよ。
ちょうどチェロ側の前の方に座ってたのでチェロとコントラバスばっかり見てたのですが何か自分が昔あそこで弾くのを目指してたのを思い出しましたね。いつも通り一糸乱れずのアンサンブルの低音弦なんですがモーツァルトみたいにクリアな音楽だと余計それがなんか輝くというか憧れるというか。いいなあ。
「惑星」ももう何回も何回も聴いてるんですがそれでもやっぱりいい音楽なんですよね。(既になんかマニアになりつつある?なんらかの執着はあるんですよ、明らかに)
ホルストは天才、というかホルストはホルストにしか出来ないことをやってるなあ、というのがものすごく感じられて。
結局映像よりも演奏のほうにかまけてた形になりました(笑)もちろん映像も見ましたよ!見たことあるものないもの色々。火星の地上探査機(っていうのかな?)の映像とか、惑星や衛星の映像、色々あった中で一番のお気に入りは天王星の最後で流れた天王星の本体と輪が同心円状になっていて、向こう遠くに太陽が輝いていて影になる、という映像でした。
もともと外部惑星の天王星・海王星あたりが好きなのですが、自分の持ってる宇宙シミュレーションソフトCelestiaでそういう惑星を見ると太陽までの遠さがものすごく愛しいのですよね。
演奏は何より金星と土星が美しかった!
金星での冒頭のホルンソロとか、途中のチェロソロとか完璧でしたよ!あの難しいひやひやもののソロがああ美しく演奏されるとは行って良かった!自分が知ってる金星の演奏のなかでベスト、またはそれにかなり近いのでは、と思います。
あと土星のトロンボーンのコラールとかフルートのコラールとかハープのデュエットとかもよかったー。なんか土星の演奏の質が高いのはものすごく幸せです。
それから今回もメルボルン・タウンホールでの演奏ということで南半球一大きいパイプオルガンが火星・土星・天王星・海王星で聞けるという贅沢さ。以前も書いてるように小さいパートではあるのですがこのオルガンの存在感だと大事なパートだと実感しますね。
それから今回木星・天王星のテンポが遅め、というか全体的に重めな性格に仕上がってましたね。
ボリュームが増すというか、惑星そのものの「大きさ」を表すような感じ。割とこの2つの楽章は派手に勢いよく、に慣れてるので新鮮でした。
ただしテンポの崩れがちょこちょこっと起きてたのもこの2つの楽章で、奏者にも新鮮な解釈だったのかもしれませんね。
今回映像付きのコンサートということもあって子ども連れもたくさん来てましたね。
私が初めてホルストの「惑星」と出会ったのが小学3年とか4年とかでしたし、あと私がオーストラリアに来る直前(5年生、こっちの1学期)うちの学校では授業で惑星について習ったみたいなのでやっぱりこの曲に出会うのはそれくらいの年齢が多いのか、いいのか。ちょっと考えさせられますね。
あと帰りすれちがった方が金星が好きだった、と聴いたのですがこうやって全部の楽章を通して聴いてメディアでよく使われる木星・火星以外の楽章に改めて出会って好きになるっていいな、と思います。
前も書いてるのですが「惑星」は全体でも50分ほどですし、各楽章も10分を超えるものはなく、さらに7つも対照的な性格の楽章が揃ってるので色々と面白いというか都合がいいというか。
もちろん演奏によって印象は変わると思いますがね。(今回私も金星が際だって美しいと思ったので反響がポジティブなのはちゃんと伝わってる証拠だな、と思います)
それからこの夜は部分月食で、コンサートから出てくると欠けてる、くらいのはずだったのですが行く時からずっと雨で見れず。残念。
明日の金星の太陽面通過も朝だったらきっと曇ってるだろうなあ・・・これも残念、になりそう。
今日の一曲: 「Throw it out the window」
惑星は去年さんざんやったしあんまモーツァルト書くことないんで全く関係ないですがこの歌を。なんのことか、と言われると思いますがこれで。
私が出会ったのは学校時代の(妹の)Song book的な物だったのですが、そういう子どもが集まってキャンプファイヤーとかなんとかで楽しく歌ったり、とかそういうときに歌われる歌なんですよね。
歌の内容、というのは英語圏で子どもに歌ったり教えたりするNursery Rhymesを途中から「Throw it out the window」に変えてしまう、という。(Twitterのハッシュタグによくある「○○に変えると~」みたいなものですね)
私の知ってるバージョンだとNursery Rhymesの部分はゆっくり歌われて、Throw it out the windowの部分はテンポアップするのがまたキャッチー。
これ、すでにNursery Rhymesを知ってる人はいいんですが、私みたいにちょっと大きくなってから英語圏に入った人だとまじめにNursery Rhymeを覚えたり歌ったりしようとすると全部Throw it out the windowになっちゃうんですよね!
変にキャッチーだから一度はまると抜けられない厄介なところも(笑)
でも英語圏の子どもにうけること間違いない(?)ですし楽しい歌です。もう笑いながら歌えます。
今日はちょっとコンサート場所の段取りをしてました。万事うまくいけば9月22日になりそうです。
とりあえず木曜に場所見にいくことが決まりました。(ちなみに去年友達のデュオコンサートに行った教会なのでいいピアノがあることは分かってます。でも見たり弾いたりしないとね)もろもろ詳細はまた後日。
昨日はメル響のコンサートに行って来ました。ホルストの惑星なんですが今回は大きなスクリーンでNASAからの各惑星の映像も流れる、ということで興味津々で行ってきました。
プログラムはこんな感じ:
指揮者:Alexander Shelly
モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」
(休憩)
ホルスト 「惑星」
(Melbourne Symphony Orchestra Chorusの女声合唱、Chorus Master:Jonathan Grieves-Smith)
モーツァルトは大学のリスニングリストに入ってたこともあって、他にちょこちょこ聴いたり特定のパッセージをオーディションで弾いたりしたことはあって知ってはいる曲ですがあんまり進んで聴くような曲ではないです。
でも同じたまーに聴くにしてもやっぱり録音で聴くよりは生で聞くのがいいですよ。
ちょうどチェロ側の前の方に座ってたのでチェロとコントラバスばっかり見てたのですが何か自分が昔あそこで弾くのを目指してたのを思い出しましたね。いつも通り一糸乱れずのアンサンブルの低音弦なんですがモーツァルトみたいにクリアな音楽だと余計それがなんか輝くというか憧れるというか。いいなあ。
「惑星」ももう何回も何回も聴いてるんですがそれでもやっぱりいい音楽なんですよね。(既になんかマニアになりつつある?なんらかの執着はあるんですよ、明らかに)
ホルストは天才、というかホルストはホルストにしか出来ないことをやってるなあ、というのがものすごく感じられて。
結局映像よりも演奏のほうにかまけてた形になりました(笑)もちろん映像も見ましたよ!見たことあるものないもの色々。火星の地上探査機(っていうのかな?)の映像とか、惑星や衛星の映像、色々あった中で一番のお気に入りは天王星の最後で流れた天王星の本体と輪が同心円状になっていて、向こう遠くに太陽が輝いていて影になる、という映像でした。
もともと外部惑星の天王星・海王星あたりが好きなのですが、自分の持ってる宇宙シミュレーションソフトCelestiaでそういう惑星を見ると太陽までの遠さがものすごく愛しいのですよね。
演奏は何より金星と土星が美しかった!
金星での冒頭のホルンソロとか、途中のチェロソロとか完璧でしたよ!あの難しいひやひやもののソロがああ美しく演奏されるとは行って良かった!自分が知ってる金星の演奏のなかでベスト、またはそれにかなり近いのでは、と思います。
あと土星のトロンボーンのコラールとかフルートのコラールとかハープのデュエットとかもよかったー。なんか土星の演奏の質が高いのはものすごく幸せです。
それから今回もメルボルン・タウンホールでの演奏ということで南半球一大きいパイプオルガンが火星・土星・天王星・海王星で聞けるという贅沢さ。以前も書いてるように小さいパートではあるのですがこのオルガンの存在感だと大事なパートだと実感しますね。
それから今回木星・天王星のテンポが遅め、というか全体的に重めな性格に仕上がってましたね。
ボリュームが増すというか、惑星そのものの「大きさ」を表すような感じ。割とこの2つの楽章は派手に勢いよく、に慣れてるので新鮮でした。
ただしテンポの崩れがちょこちょこっと起きてたのもこの2つの楽章で、奏者にも新鮮な解釈だったのかもしれませんね。
今回映像付きのコンサートということもあって子ども連れもたくさん来てましたね。
私が初めてホルストの「惑星」と出会ったのが小学3年とか4年とかでしたし、あと私がオーストラリアに来る直前(5年生、こっちの1学期)うちの学校では授業で惑星について習ったみたいなのでやっぱりこの曲に出会うのはそれくらいの年齢が多いのか、いいのか。ちょっと考えさせられますね。
あと帰りすれちがった方が金星が好きだった、と聴いたのですがこうやって全部の楽章を通して聴いてメディアでよく使われる木星・火星以外の楽章に改めて出会って好きになるっていいな、と思います。
前も書いてるのですが「惑星」は全体でも50分ほどですし、各楽章も10分を超えるものはなく、さらに7つも対照的な性格の楽章が揃ってるので色々と面白いというか都合がいいというか。
もちろん演奏によって印象は変わると思いますがね。(今回私も金星が際だって美しいと思ったので反響がポジティブなのはちゃんと伝わってる証拠だな、と思います)
それからこの夜は部分月食で、コンサートから出てくると欠けてる、くらいのはずだったのですが行く時からずっと雨で見れず。残念。
明日の金星の太陽面通過も朝だったらきっと曇ってるだろうなあ・・・これも残念、になりそう。
今日の一曲: 「Throw it out the window」
惑星は去年さんざんやったしあんまモーツァルト書くことないんで全く関係ないですがこの歌を。なんのことか、と言われると思いますがこれで。
私が出会ったのは学校時代の(妹の)Song book的な物だったのですが、そういう子どもが集まってキャンプファイヤーとかなんとかで楽しく歌ったり、とかそういうときに歌われる歌なんですよね。
歌の内容、というのは英語圏で子どもに歌ったり教えたりするNursery Rhymesを途中から「Throw it out the window」に変えてしまう、という。(Twitterのハッシュタグによくある「○○に変えると~」みたいなものですね)
私の知ってるバージョンだとNursery Rhymesの部分はゆっくり歌われて、Throw it out the windowの部分はテンポアップするのがまたキャッチー。
これ、すでにNursery Rhymesを知ってる人はいいんですが、私みたいにちょっと大きくなってから英語圏に入った人だとまじめにNursery Rhymeを覚えたり歌ったりしようとすると全部Throw it out the windowになっちゃうんですよね!
変にキャッチーだから一度はまると抜けられない厄介なところも(笑)
でも英語圏の子どもにうけること間違いない(?)ですし楽しい歌です。もう笑いながら歌えます。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
あんまり特定の曲、とか特定の曲集、とかについてエントリーをさくことがここでは割とないんですよね。
もっと一曲にフォーカスして・・・という書き方もしてみたいんですがどうもかなわず。
大きな理由として「今日の一曲」コーナーがあるじゃん、というのもあるのですが、エントリー丸まる一つ書くくらい思い入れがある曲集は逆に言葉として思いを形にするのが難しかったり。
そんなことを思っていたのですが今日ちょっと「これ話したいかも?」という曲集ができたのでそのなんとなくのテンションでまとめてみたいと思います。(例によって「解説」ではないです)
前回のエントリーで昨日ドビュッシーの「映像」第2集の「葉ずえを渡る鐘」を弾き始めた、と書きました。
ピアノに復帰してから「映像」は第1集・第2集どちらも少しずつ弾いてきて。ものすごく情熱的に「弾きたい!」と思う曲じゃないんですけど前々から弾きたい曲でした。
ドビュッシー全体、情熱的に「弾きたい!」と思う作曲家ではないふしがあります、私にとって。恋い焦がれてる程度はラヴェルの方が明らかに強いはず。
でもドビュッシーももちろん好きで、例えば前奏曲集は第1巻から第5~10番、第2巻から第5,10番を弾いてたり割とたくさん、そして楽しんで弾いてきました。とくに第1巻の「沈める寺」は大切な曲として大事にしまってます。
同じドビュッシーだとでも前奏曲集よりも「映像」の方が好きですね。「ベルガマスク組曲」とか「子どもの領分」とか「練習曲集」とか色々ある中自分にとって一番すっとくるのが「映像」第1,2集、みたいな立ち位置。
理由は・・・よく分からないんですよね。例えば前奏曲集のお国巡り的な楽しさもあるけれど、「映像」の方が抽象的なのが惹かれるのかなあ。
あとは色彩も大きいかも。前奏曲集は(特に第1巻)割とはっきりしたような印象だけれど、「映像」はもっと入り組んだ色彩。あと青とか水のイメージとか東洋風な雰囲気とか好みの物が多いかも。
ドビュッシーのピアノのための「映像」はこんな構成になっています:
<第1集>
1. 水に映る影 Reflets dans l'eau
2. ラモー礼賛 Hommage à Rameau
3. 動き Mouvement
<第2集>
1. 葉ずえを渡る鐘 Cloches à travers les feuilles
2. 廃寺にかかる月 Et la lune descend sur le temple qui fut
3. 金色の魚 Poissons d'or
このうち今まで弾いてきたのは第1集の2と3、そして第2集の1(今回)と2。
復帰してから、ということなので先生の推薦とそれから楽譜面(笑)で決めてきました。
なので残っているのは楽譜面が複雑な2曲(笑)
弾いてて今のところ難しかったのは「動き」ですね。とにかくこう、アルペジオ的なテクニカルなあれが苦手で(汗)でも頭で理解するにはものすごくストレート。ハーモニーがですね、ものすごく論理的、しかも単純な論理に基づいて構築されてるのでどの音を弾くか分かりやすいし覚えやすい。暗譜してるのに弾けないというジレンマ!
シンプルだったのは「廃寺にかかる月」。でも音をバランスするタッチの細かさ、空間を作り出す間のとりかたとかはちょっとコツがいりますね。自分のピアノは全般的にドビュッシーに向いてない(音がはっきりくっきりして細いので音をブレンドしづらい)ので他のピアノで色々試してみたいところ。あとガムラン風のテクニックやペンタトニックの現れ方とかシンプルな美しさがいいですね、あの曲は。
最初に弾いたのが「ラモー礼賛」だったかな。この曲を以前紹介したときに書いたんですがとにかく「シャガールのブルー」なんですよね。(フランスのどこだったかな、ステンドグラスの。見に行きたい)ちょっと和音がchunkyなのが少ししんどいのですが、ドビュッシーの「和音がメロディー」という感覚だったり、音と色の深さが本当に喜ばしい曲です。
で、今弾いている「葉ずえを渡る鐘」。「映像」の中でもなかなか渋い色合いの曲ですね。あとタイトルの抽象的なこと半端なし!他の曲(そしてドビュッシー以外)でも見られるピアノを「鐘」・idiophoneのように使うテクニック(?)。音を丸く丸く、流れるようにがこれからの課題かも。
弾いてないうち「水に映る影」(「水の反映」とも訳す)は単独でも有名ですね。なんか自分にとってはこれがドビュッシー!みたいな印象がありますし。あとこれがドビュッシーのピアノ!という印象も。ピアノらしいんですよね、他の曲と比べて。それからやっぱり「水」のイメージが手に触れられるほどのリアルさで。
そして「金色の魚」は日本の漆器の金箔の魚がモチーフだそうで。(うちの先生この「映像」第1,2集とも録音してるので今度日本に行ったら探してきたい)一番テクニックが細かそうなのがこの曲で、同時にものすごく気に入ってる曲でもあるので(一番は決められないですね~)最後に弾くことになると思います。
先ほども書いたようにこの「映像」って第1集、第2集と分かれてるんですが弾き始めて以来別々に考えたことがなくて。
でももしも将来的に人前で演奏するなら別々・・・になりそうですよね。6曲で30分、うーん。
第1集、第2集それぞれの曲集としての性格を一旦考えてみなきゃなあ、とは思ってるんです。
前奏曲集の第1巻、第2巻の間と同じくらいには色彩とか性格に差があるような気がするんですが。
少なくとも質量はどうやら第1集の方が大きそうです。
なんだかんだで復帰以来ドビュッシーもオンオフ続いてて、遠くないうちには曲集がコンプリートになるのが見えてき始めた今現在。もちろんまだまだ弾いてない曲も弾いた曲でちゃんとできてないところもあったりするのですが、「映像」は自分のピアノにおいての大事なレパートリーになりつつあるようです。
ただ最初に書いたようになんというか情熱的に恋してる曲というわけではないのでその実感もちょっと薄かったり・・・勿体ないことですわ(汗)
いずれは人前で弾きたい曲なのでそれまでには実感しないとですね・・・弾くときは他にもラヴェルとかメシアンとか色々フランスのピアノ曲をとりそろえたいとぼんやり思ってます。「水」を中心にするのもいいかも。
こんなことばっかり言ってたら鬼が笑いますが。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 管弦楽のための「映像」より「ジーグ」
ややこしいですが、ドビュッシーはピアノのための「映像」第1集・第2集とはまた別にオーケストラのために「映像」という曲集を書いています。(つまり編曲じゃない、ということです)
その中の第1曲、「ジーグ」。
「ジーグ」というのはイギリスあたりのテンポの速い踊りの名前です。ドビュッシーは前奏曲第1巻第8番「亜麻色の髪の乙女」、第2巻第5番「ヒースの荒野」などスコットランドにちなんだ曲をいくつか残しているのでこの曲もそちらの影響かな。
でもメロディーにスコットランドのスタイルは見られるものの、オーケストラ使いとかハーモニーとかはがっつりフランス・ドビュッシーですね!(チェレスタが入ると途端にフランス風になるのなんかすごいですな)
例えていうならスコットランドの食材を使ってフランス料理を作ったくらいフランス風味が強い。
でも最初の霧を表すような感じは確かにスコットランドを思わせたり・・・するかな。
あと途中で木管楽器のソロが下降するメロディーを吹いたりするとこだったり、あとリズムをくずような部分もスコットランドの味がしますね。
この曲は4管編成と木管が多く、木管楽器がたくさん活躍しますね。オーボエがいっぱいソロを吹くのはバグパイプの再現かな?それから色彩を作り上げるにあたってハープやチェレスタの音色は欠かせないスパイスです♪
最初に聞いたとき全体的に感じられるオーケストラの色も素晴らしいですが、こうやって各楽器にフォーカスしてみるのも面白いですよ。(いつも書いてますね、これ)
リンクする録音はデュトワ!と最初から指揮者指定で検索しました。
このCDは2枚組でドビュッシーのオケ曲がいっぱい詰まっています。私はやっぱり「海」が一番好き。「牧神の午後の前奏曲」も有名ですね。
私もデュトワで聴きたいな・・・・
あんまり特定の曲、とか特定の曲集、とかについてエントリーをさくことがここでは割とないんですよね。
もっと一曲にフォーカスして・・・という書き方もしてみたいんですがどうもかなわず。
大きな理由として「今日の一曲」コーナーがあるじゃん、というのもあるのですが、エントリー丸まる一つ書くくらい思い入れがある曲集は逆に言葉として思いを形にするのが難しかったり。
そんなことを思っていたのですが今日ちょっと「これ話したいかも?」という曲集ができたのでそのなんとなくのテンションでまとめてみたいと思います。(例によって「解説」ではないです)
前回のエントリーで昨日ドビュッシーの「映像」第2集の「葉ずえを渡る鐘」を弾き始めた、と書きました。
ピアノに復帰してから「映像」は第1集・第2集どちらも少しずつ弾いてきて。ものすごく情熱的に「弾きたい!」と思う曲じゃないんですけど前々から弾きたい曲でした。
ドビュッシー全体、情熱的に「弾きたい!」と思う作曲家ではないふしがあります、私にとって。恋い焦がれてる程度はラヴェルの方が明らかに強いはず。
でもドビュッシーももちろん好きで、例えば前奏曲集は第1巻から第5~10番、第2巻から第5,10番を弾いてたり割とたくさん、そして楽しんで弾いてきました。とくに第1巻の「沈める寺」は大切な曲として大事にしまってます。
同じドビュッシーだとでも前奏曲集よりも「映像」の方が好きですね。「ベルガマスク組曲」とか「子どもの領分」とか「練習曲集」とか色々ある中自分にとって一番すっとくるのが「映像」第1,2集、みたいな立ち位置。
理由は・・・よく分からないんですよね。例えば前奏曲集のお国巡り的な楽しさもあるけれど、「映像」の方が抽象的なのが惹かれるのかなあ。
あとは色彩も大きいかも。前奏曲集は(特に第1巻)割とはっきりしたような印象だけれど、「映像」はもっと入り組んだ色彩。あと青とか水のイメージとか東洋風な雰囲気とか好みの物が多いかも。
ドビュッシーのピアノのための「映像」はこんな構成になっています:
<第1集>
1. 水に映る影 Reflets dans l'eau
2. ラモー礼賛 Hommage à Rameau
3. 動き Mouvement
<第2集>
1. 葉ずえを渡る鐘 Cloches à travers les feuilles
2. 廃寺にかかる月 Et la lune descend sur le temple qui fut
3. 金色の魚 Poissons d'or
このうち今まで弾いてきたのは第1集の2と3、そして第2集の1(今回)と2。
復帰してから、ということなので先生の推薦とそれから楽譜面(笑)で決めてきました。
なので残っているのは楽譜面が複雑な2曲(笑)
弾いてて今のところ難しかったのは「動き」ですね。とにかくこう、アルペジオ的なテクニカルなあれが苦手で(汗)でも頭で理解するにはものすごくストレート。ハーモニーがですね、ものすごく論理的、しかも単純な論理に基づいて構築されてるのでどの音を弾くか分かりやすいし覚えやすい。暗譜してるのに弾けないというジレンマ!
シンプルだったのは「廃寺にかかる月」。でも音をバランスするタッチの細かさ、空間を作り出す間のとりかたとかはちょっとコツがいりますね。自分のピアノは全般的にドビュッシーに向いてない(音がはっきりくっきりして細いので音をブレンドしづらい)ので他のピアノで色々試してみたいところ。あとガムラン風のテクニックやペンタトニックの現れ方とかシンプルな美しさがいいですね、あの曲は。
最初に弾いたのが「ラモー礼賛」だったかな。この曲を以前紹介したときに書いたんですがとにかく「シャガールのブルー」なんですよね。(フランスのどこだったかな、ステンドグラスの。見に行きたい)ちょっと和音がchunkyなのが少ししんどいのですが、ドビュッシーの「和音がメロディー」という感覚だったり、音と色の深さが本当に喜ばしい曲です。
で、今弾いている「葉ずえを渡る鐘」。「映像」の中でもなかなか渋い色合いの曲ですね。あとタイトルの抽象的なこと半端なし!他の曲(そしてドビュッシー以外)でも見られるピアノを「鐘」・idiophoneのように使うテクニック(?)。音を丸く丸く、流れるようにがこれからの課題かも。
弾いてないうち「水に映る影」(「水の反映」とも訳す)は単独でも有名ですね。なんか自分にとってはこれがドビュッシー!みたいな印象がありますし。あとこれがドビュッシーのピアノ!という印象も。ピアノらしいんですよね、他の曲と比べて。それからやっぱり「水」のイメージが手に触れられるほどのリアルさで。
そして「金色の魚」は日本の漆器の金箔の魚がモチーフだそうで。(うちの先生この「映像」第1,2集とも録音してるので今度日本に行ったら探してきたい)一番テクニックが細かそうなのがこの曲で、同時にものすごく気に入ってる曲でもあるので(一番は決められないですね~)最後に弾くことになると思います。
先ほども書いたようにこの「映像」って第1集、第2集と分かれてるんですが弾き始めて以来別々に考えたことがなくて。
でももしも将来的に人前で演奏するなら別々・・・になりそうですよね。6曲で30分、うーん。
第1集、第2集それぞれの曲集としての性格を一旦考えてみなきゃなあ、とは思ってるんです。
前奏曲集の第1巻、第2巻の間と同じくらいには色彩とか性格に差があるような気がするんですが。
少なくとも質量はどうやら第1集の方が大きそうです。
なんだかんだで復帰以来ドビュッシーもオンオフ続いてて、遠くないうちには曲集がコンプリートになるのが見えてき始めた今現在。もちろんまだまだ弾いてない曲も弾いた曲でちゃんとできてないところもあったりするのですが、「映像」は自分のピアノにおいての大事なレパートリーになりつつあるようです。
ただ最初に書いたようになんというか情熱的に恋してる曲というわけではないのでその実感もちょっと薄かったり・・・勿体ないことですわ(汗)
いずれは人前で弾きたい曲なのでそれまでには実感しないとですね・・・弾くときは他にもラヴェルとかメシアンとか色々フランスのピアノ曲をとりそろえたいとぼんやり思ってます。「水」を中心にするのもいいかも。
こんなことばっかり言ってたら鬼が笑いますが。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 管弦楽のための「映像」より「ジーグ」
ややこしいですが、ドビュッシーはピアノのための「映像」第1集・第2集とはまた別にオーケストラのために「映像」という曲集を書いています。(つまり編曲じゃない、ということです)
その中の第1曲、「ジーグ」。
「ジーグ」というのはイギリスあたりのテンポの速い踊りの名前です。ドビュッシーは前奏曲第1巻第8番「亜麻色の髪の乙女」、第2巻第5番「ヒースの荒野」などスコットランドにちなんだ曲をいくつか残しているのでこの曲もそちらの影響かな。
でもメロディーにスコットランドのスタイルは見られるものの、オーケストラ使いとかハーモニーとかはがっつりフランス・ドビュッシーですね!(チェレスタが入ると途端にフランス風になるのなんかすごいですな)
例えていうならスコットランドの食材を使ってフランス料理を作ったくらいフランス風味が強い。
でも最初の霧を表すような感じは確かにスコットランドを思わせたり・・・するかな。
あと途中で木管楽器のソロが下降するメロディーを吹いたりするとこだったり、あとリズムをくずような部分もスコットランドの味がしますね。
この曲は4管編成と木管が多く、木管楽器がたくさん活躍しますね。オーボエがいっぱいソロを吹くのはバグパイプの再現かな?それから色彩を作り上げるにあたってハープやチェレスタの音色は欠かせないスパイスです♪
最初に聞いたとき全体的に感じられるオーケストラの色も素晴らしいですが、こうやって各楽器にフォーカスしてみるのも面白いですよ。(いつも書いてますね、これ)
リンクする録音はデュトワ!と最初から指揮者指定で検索しました。
このCDは2枚組でドビュッシーのオケ曲がいっぱい詰まっています。私はやっぱり「海」が一番好き。「牧神の午後の前奏曲」も有名ですね。
私もデュトワで聴きたいな・・・・
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
まだまだゆっくりな日々が続いてます。
去年のお仕事の請求を調べると(便利でありがたいです)それでも去年5月よりは今年5月の方が忙しかったみたいですし、去年の6月のお給料は普段以上に上がってるので心配することはないかなーと思いますが。
忙しくなったら忙しくなったでピアノなどとの調節もなんとかしないとなんですが(ちゃんと練習時間を確保せにゃ)。
あとはコンサート聞きに行ったり遊びに行ったりとかの話もあるので今月は(行けたら)楽しみなことが色々。
ただしこんなに何もない状態では目処も付けにくい・・・(汗)
リサイタルのためのロケーションハンティング、色々ネットでの範囲で見てみた結果、やっぱりアドバイスをもらった友達がデュオのコンサートをやったところが今のところベストかな・・・と。
規模的にもそうですし、交通機関でなんとか行けることが分かってますし、良いピアノがあるのも分かってますし(これ大切)。あとなんかあったら友達に聞けますしね。
どうやってメールを書いたらいいものか悩み中。でもさっさと思い切らなきゃですね。月曜日にはなんとか。
最近色んなところで見えない壁を崩せているような感覚がちょこちょこっと。
某所にお便りを出したり、リサイタルの企画もすこしずつ・・・(ただ↑をやらないと実際のところ壁は崩せてないような)
そして前回のエントリーに書いた通りVictorian Gothicに行って服を買ってきたこと、これもなんかbreakthrough的でした。
前回買うといったトップと、あとチェックのミニスカート。実際店の中で服を色々ゆっくり見て、試着して買うというのをゴシック方面ではちょっと気後れしてやったことなかったんですがこれで結構平気になりましたね。
今度のWorn Wildでも服が買えるかも・・・?
ゴシック系統の服って普段買う服よりはちょっとばかり平均の値段が高いようですね。(普段安い服着てるのもありますが)
Worn Wildみたいなマーケット的なセッティングだと値段はちょっと下がるのかなあ・・・
でもトップ$55、スカート$79は確かにちょっと高くてもどっちも私が積極的に着ようとすれば割と使えるようなので価格に不満はないです。
普段買いするようなものではないのですが少しずつレパートリー広げていければいいな、と思います。
そうそう、こないだiTunesで以前ここの「今日の一曲」で紹介したときに見つけたショスタコ11番のムラヴィンスキー指揮&レニングラードフィル演奏の録音をダウンロードしました。そして第4楽章をこないだ聞いてみました。
古さが古さなんで音の質はあれですが、それをゆうに超える演奏のクオリティの高さは録音状態が悪いものを敬遠する私でも落ちました。
ホルンセクションが素晴らしいですね、あのオケは!ピッコロ奏者も凄いんですよ。そしてバスクラの音の悪悪しさがたまらない!あと他では聞いたことのないような解釈の部分もあってそれも興味深かったです。
ピアノは息抜きレパートリーにしてから大分順調です。色々弾いてよかった!と思えるものばかり。
実際弾いてるのは:
カバレフスキー 前奏曲嬰ト短調&変ロ短調
ヴェーベルン 変奏曲
モンポウ 歌と踊り 第6&7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39-4
シマノフスキ 練習曲 op.4-3
メシアン 「鳥のカタログ」より「ニシコウライウグイス」
ドビュッシー 「映像」第2集 「葉ずえを渡る鐘」
ドビュッシーは今日から弾き始めたやつです。ちょっとやっとかないとな、と思い。「映像」はこれを弾いたらあと水関係の音が細かいやつ残しですからね(無理矢理なくくりだな・・・)。それは春夏のお楽しみ。
数週間だけ(まだ終わりは未定)、ということでそんなに難しい・大きい曲は選んでないですが、以前から何回も弾いてるラフマニノフが実は一番曲者だったり。なんか普段使わない筋肉を使います(汗)そういう意味でもやってよかった。
以前から弾いてるニシコウライウグイスも徐々にながら良い方に向いているのでちょっと安心。この曲はなによりも「慣れ」がキーみたいなので時間がかかるのは覚悟してましたし。
そんなこんなでドビュッシーも入れちゃったのでフォーレとかシューベルトとか考える余地がなくなってしまいましたとさ(笑)
でもこれから考えて行きたいですよ、どうやってレパートリーに入れてくか。フォーレは小品の単品なんでハードルはそんなに低くないのですが(後期から弾いちゃうかな・・・)、シューベルトはやるんだったらきっとソナタなのでもうちょっと労力と時間が必要。
やりたいことだらけなので少しでも、きっかけ作りだけでも、できるだけなんとか・・・とピアノについては思ってます。いつも。
適度に忙しい、楽しい6月になるようただただ願うのみです。
今日の一曲: コダーイ・ゾルターン 「ハーリ・ヤーノシュ」組曲より第4楽章「戦争とナポレオンの敗北」
ユースオケのコンサートのときに紹介しそびれてた楽章のうちの一つ。
今月からNGV美術館では「ナポレオン展」をやってるそうなので「私はそんなに興味はないんだけど」という気持ちも含めてチョイス。
あと最近こぢんまりした編成・規模の曲ばっかり紹介していたんで・・・といってもこれも「大曲」ではないですがね。そしてこの楽章は木管一部・金管・打楽器だけ・・・なので編成も大きくなかったです(汗)
この楽章で語り手ハーリ・ヤーノシュが語るのはタイトルそのまんま、戦争に出たナポレオンが負けて惨めに帰っていく様。
なのでフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の引用が聞こえたり(低音金管)、打楽器のドンパチが聞こえたり、そして後半では惨めにうなだれて退却する様子をサックスのソロと管楽器達が表します。
この長いアルトサックスのソロなんですが、ちょっとメロディーがロバの鳴き声みたいなのはナポレオンが実際に行軍にロバに乗ってた(日本の歴史関係番組で何回か聞いている話ですが・・・)のを表しているのか、それとも落胆を表して偶然ああなったのか、私にとって気になるところです。
この曲は3人のフルート奏者が全員ピッコロに持ち替えて吹くというのもなかなか珍しいですね。(右側に座らないよう!)
あとはトロンボーンのグリッサンドを始めとする低音金管の活躍もめざましいです。
ナポレオンは割とイメージ戦略みたいのを重視しててよく知られる絵画にそれは現れてますが、実際のところ・・・というのを表した絵画も残ってたりというのが面白く。
この曲は数分でその輝かしいナポレオンと実際のナポレオンをカリカチュア風に描写しているところがなんともユーモアが効いているな、と思うのです。
この組曲を紹介するときはいくつか違った録音をリンクしてますが今回もまた違うものを。ハンガリー、ブダペストの地元オケによる演奏です。バルトークの「管弦楽のための協奏曲」(通称オケコン)付きで(普通逆ですね!)。
まだまだゆっくりな日々が続いてます。
去年のお仕事の請求を調べると(便利でありがたいです)それでも去年5月よりは今年5月の方が忙しかったみたいですし、去年の6月のお給料は普段以上に上がってるので心配することはないかなーと思いますが。
忙しくなったら忙しくなったでピアノなどとの調節もなんとかしないとなんですが(ちゃんと練習時間を確保せにゃ)。
あとはコンサート聞きに行ったり遊びに行ったりとかの話もあるので今月は(行けたら)楽しみなことが色々。
ただしこんなに何もない状態では目処も付けにくい・・・(汗)
リサイタルのためのロケーションハンティング、色々ネットでの範囲で見てみた結果、やっぱりアドバイスをもらった友達がデュオのコンサートをやったところが今のところベストかな・・・と。
規模的にもそうですし、交通機関でなんとか行けることが分かってますし、良いピアノがあるのも分かってますし(これ大切)。あとなんかあったら友達に聞けますしね。
どうやってメールを書いたらいいものか悩み中。でもさっさと思い切らなきゃですね。月曜日にはなんとか。
最近色んなところで見えない壁を崩せているような感覚がちょこちょこっと。
某所にお便りを出したり、リサイタルの企画もすこしずつ・・・(ただ↑をやらないと実際のところ壁は崩せてないような)
そして前回のエントリーに書いた通りVictorian Gothicに行って服を買ってきたこと、これもなんかbreakthrough的でした。
前回買うといったトップと、あとチェックのミニスカート。実際店の中で服を色々ゆっくり見て、試着して買うというのをゴシック方面ではちょっと気後れしてやったことなかったんですがこれで結構平気になりましたね。
今度のWorn Wildでも服が買えるかも・・・?
ゴシック系統の服って普段買う服よりはちょっとばかり平均の値段が高いようですね。(普段安い服着てるのもありますが)
Worn Wildみたいなマーケット的なセッティングだと値段はちょっと下がるのかなあ・・・
でもトップ$55、スカート$79は確かにちょっと高くてもどっちも私が積極的に着ようとすれば割と使えるようなので価格に不満はないです。
普段買いするようなものではないのですが少しずつレパートリー広げていければいいな、と思います。
そうそう、こないだiTunesで以前ここの「今日の一曲」で紹介したときに見つけたショスタコ11番のムラヴィンスキー指揮&レニングラードフィル演奏の録音をダウンロードしました。そして第4楽章をこないだ聞いてみました。
古さが古さなんで音の質はあれですが、それをゆうに超える演奏のクオリティの高さは録音状態が悪いものを敬遠する私でも落ちました。
ホルンセクションが素晴らしいですね、あのオケは!ピッコロ奏者も凄いんですよ。そしてバスクラの音の悪悪しさがたまらない!あと他では聞いたことのないような解釈の部分もあってそれも興味深かったです。
ピアノは息抜きレパートリーにしてから大分順調です。色々弾いてよかった!と思えるものばかり。
実際弾いてるのは:
カバレフスキー 前奏曲嬰ト短調&変ロ短調
ヴェーベルン 変奏曲
モンポウ 歌と踊り 第6&7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39-4
シマノフスキ 練習曲 op.4-3
メシアン 「鳥のカタログ」より「ニシコウライウグイス」
ドビュッシー 「映像」第2集 「葉ずえを渡る鐘」
ドビュッシーは今日から弾き始めたやつです。ちょっとやっとかないとな、と思い。「映像」はこれを弾いたらあと水関係の音が細かいやつ残しですからね(無理矢理なくくりだな・・・)。それは春夏のお楽しみ。
数週間だけ(まだ終わりは未定)、ということでそんなに難しい・大きい曲は選んでないですが、以前から何回も弾いてるラフマニノフが実は一番曲者だったり。なんか普段使わない筋肉を使います(汗)そういう意味でもやってよかった。
以前から弾いてるニシコウライウグイスも徐々にながら良い方に向いているのでちょっと安心。この曲はなによりも「慣れ」がキーみたいなので時間がかかるのは覚悟してましたし。
そんなこんなでドビュッシーも入れちゃったのでフォーレとかシューベルトとか考える余地がなくなってしまいましたとさ(笑)
でもこれから考えて行きたいですよ、どうやってレパートリーに入れてくか。フォーレは小品の単品なんでハードルはそんなに低くないのですが(後期から弾いちゃうかな・・・)、シューベルトはやるんだったらきっとソナタなのでもうちょっと労力と時間が必要。
やりたいことだらけなので少しでも、きっかけ作りだけでも、できるだけなんとか・・・とピアノについては思ってます。いつも。
適度に忙しい、楽しい6月になるようただただ願うのみです。
今日の一曲: コダーイ・ゾルターン 「ハーリ・ヤーノシュ」組曲より第4楽章「戦争とナポレオンの敗北」
ユースオケのコンサートのときに紹介しそびれてた楽章のうちの一つ。
今月からNGV美術館では「ナポレオン展」をやってるそうなので「私はそんなに興味はないんだけど」という気持ちも含めてチョイス。
あと最近こぢんまりした編成・規模の曲ばっかり紹介していたんで・・・といってもこれも「大曲」ではないですがね。そしてこの楽章は木管一部・金管・打楽器だけ・・・なので編成も大きくなかったです(汗)
この楽章で語り手ハーリ・ヤーノシュが語るのはタイトルそのまんま、戦争に出たナポレオンが負けて惨めに帰っていく様。
なのでフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の引用が聞こえたり(低音金管)、打楽器のドンパチが聞こえたり、そして後半では惨めにうなだれて退却する様子をサックスのソロと管楽器達が表します。
この長いアルトサックスのソロなんですが、ちょっとメロディーがロバの鳴き声みたいなのはナポレオンが実際に行軍にロバに乗ってた(日本の歴史関係番組で何回か聞いている話ですが・・・)のを表しているのか、それとも落胆を表して偶然ああなったのか、私にとって気になるところです。
この曲は3人のフルート奏者が全員ピッコロに持ち替えて吹くというのもなかなか珍しいですね。(右側に座らないよう!)
あとはトロンボーンのグリッサンドを始めとする低音金管の活躍もめざましいです。
ナポレオンは割とイメージ戦略みたいのを重視しててよく知られる絵画にそれは現れてますが、実際のところ・・・というのを表した絵画も残ってたりというのが面白く。
この曲は数分でその輝かしいナポレオンと実際のナポレオンをカリカチュア風に描写しているところがなんともユーモアが効いているな、と思うのです。
この組曲を紹介するときはいくつか違った録音をリンクしてますが今回もまた違うものを。ハンガリー、ブダペストの地元オケによる演奏です。バルトークの「管弦楽のための協奏曲」(通称オケコン)付きで(普通逆ですね!)。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は早朝に移民局からメールが来ました。無事!オーストラリアの永住権をもらいました!
長かったですこの3年。でもこないだのヘルスチェックとpolice check(犯罪歴などの証明文書)を送ってからはすぐでした。ものの数日間。
振り回されまくりましたがこれでやっと落ち着きます。渡航自由は5年間で、それが過ぎたらまた別のResident Return Visaが必要とかなんとかですが、とりあえず永住権はなんとかなった!
忙しくなるまえに明日さっそくビザのラベルをもらいにいこうかな・・・
移民局はいつも時間がかかるのですが後で時間があったらFitzroyのVictorian Gothicに行こうかな-・・・とか。
最近ホームページがリニューアルしたみたいで商品も見られるようになっててオンラインショップもできてて。
そろそろゴシック系で服が欲しいな、と思って見てたらこんなトップがあって、これなら普通の服とも合わせられるしいいかな、と。
割とゴシック系は背が高いと似合わない服も一部あって(男性服は特にその傾向が高いような印象があります)、そんななかこういうデザインなら小柄でも可愛いかも。それにチョーカーを合わせられる首回り。(サイズがXSがなくてSが一番小さいのがちょっと心配)
他にもスカートとか上着とか実際に色々見てみたいですし、ついでにアルケミーゴシックのラインアップも再チェックしたい。Fitzroyは用がないとあんまり行かないのできっかけがあったらどんどん行くべきですなあ(マーケットも最近行ってない・・・)
こういうゴシック系の服のモデルさんって結構凝ったタトゥー入れてる人が男女ともに多いですね。
綺麗そうなタトゥーが服で隠れちゃってそれはそれで勿体ないと感じちゃうようなものも。
メルボルンで、特に夏だと普通に街を歩いててすれ違う人のタトゥーをちらっと見ることが多いです。
さっきのトップのモデルさんみたいに文字だけのもの、なにやら漢字が書いてあるもの、ものすごくカラフルなものなどいろいろ。
最近思ったのはタトゥーで鮮やかな黄色を使ってるのってちょっと珍しい気がします。基本青が多くて赤とか黒とかもよく見るのですが、黄色は色を出すのが難しいのですかね?(某所で聞いたところによると彫り物で白を綺麗に出すのはものすごく難しいそうで)
私はそんなオーストラリアで育ったので(&ゴシックファッションサイト巡りしてる)日本で某市の職員に入れ墨が・・・というニュースのときも特に驚いたり嫌悪感を感じることなく、そういえば日本では入れ墨に対してそういう感覚だったのか、と思い出した感じで。
でもだからといってあんまり自分で積極的に気軽にタトゥーを入れたいとは思わないですね。タトゥー自体に抵抗はないのですが・・・
何を入れるか、でものすごく深刻に悩むだろうというのと、あと不必要に痛いのはいやだなというのと、あとタトゥーを生涯綺麗に見せるためのお肌のはりを保つ努力をそんなにがんばってしないであろうことが目に見えているので・・・(苦笑)やっぱ後者大変ですよね、お肌の問題は。全く自信ない。
衛生的な問題が店によって違うのはすでにタトゥーを入れてる友達に聞けばある程度クリアできると思うのですが、もちろんそれもタトゥーに関して慎重に、と言われる重要な要因の一つですよね。
友達のタトゥーを見たり、すれ違いざまに知らない人のタトゥーをみて「あっ」と楽しむだけでも十分な気がします。
何回か会ったことのある知り合いの子は足の内くるぶし周りに小さくスプーンのタトゥーを入れてるんですが毎回会うたびに(たいてい地べたに座るんですが)「なぜスプーン!?」と困惑するのです(笑)
あと思い出すのは12年生のころ。同級生が18歳の誕生日のお祝いにタトゥーを足に入れてもらった、といって見せてもらったことがあります(こちらは18歳で成人なので高校に通ってる間に運転免許とって車通学したりタトゥー入れたりできるわけです、法律的に)。
ちょうど前の日に入れてもらったばかりなのでラップでぐるぐる巻きになってたので(どうやらそういう風にしなくちゃいけないようで)柄は覚えてないんですがちょろっと見せてもらった思い出あり。
音楽畑の人のタトゥーはあんまり見たことないです。夏がコンサートとか大学のオフシーズンだということと、あと演奏服が露出が少ない(特に男子)ので見る機会が少ないかな。いや、いることはいるんですがね(今ぼんやり浮かんでるんですが誰が何を、が思い出せないでいるだけで)。ただ街でたまにすれ違う人みたいな大きい範囲とか派手なのとかはないとは思いますが。
割とト音記号とか楽器のイラストとか入れてる人いると思うんですけどね、ピンポイントで。
(私がもし万が一、ですがタトゥー入れるならそんな感じになるだろうなー)
誰かアルト記号を見えるところにタトゥー入れてくれるビオラ奏者はいないものか!(笑)
↑の括弧内で書いたみたいに「自分がタトゥー入れるなら・・・」と考えることはたまにあります。
さっきのトップみたいに首回りが浅く広く開く服とかもいくつかありますし、やっぱりデコルテあたりにワンポイントで入れてるのが素敵だと思うんですが皮膚の下が薄いとこは痛いとか聞いたような・・・(あと凹凸があって難しそう)
脚はほとんど出さないですし、腕は使えないと不便だし。
(話は逸れますが腕にタトゥーと言えば大橋隆志さん(聖飢魔IIのジェイル大橋代官)ですね。両腕の二の腕に猫や薔薇などの綺麗なタトゥーが入ってるのが見えますが、それに加えて第3のタトゥーが普段見せないところにあるらしいです)
所謂入れ墨とはちょっと違った形ですがインド系の文化の結婚式の時に使うヘナタトゥーもあるようですね。こちらは消えるタイプのボディアート。そっちはよく知らないのですがインド系の友達がいるので今度聞いてみたいですね。
これはこれでまた別の文化ですからね。
明日はそんなこんなでFitzroyまでいけたら・・・と思ってるので朝ピアノの練習をしなければ。
今日は大部分をラフマニノフのピアノソナタ第1番の初見に費やしたので。困難ですが不可能ではないです。
そしてやっとヴェーベルン(変奏曲)の第一歩を踏み出せて、ちょこちょこ構成とかが見えるようになってきたのでもっと伸ばしたいですし。
・・・ということは怠けずいつも通りにそこそこな早起きですね、はい。がんばります(笑)
今日の一曲: ドミトリ・カバレフスキー 前奏曲第12番 嬰ト短調
昨日から弾き始めたカバレフスキーの前奏曲です。これはそんなに難しくないので今のうちに。
こないだ調べたらこの曲集に入ってる24つの前奏曲全部が民族音楽のメロディーをモチーフに書かれているそうで。(そうか!それで第13番のあれは火の鳥のフィナーレなんだ!と納得)
でも曲集全体はショパンの前奏曲集にならった感じで、そして各曲はいろいろ違ったスタイルを取り入れているのは間違いないようです。
嬰ト短調の前奏曲はちょっと不思議な一曲。ハーモニーは弾いてると今年も帰ってきたな、と思えるようなカバレフスキーの音楽言語ですが、同じメロディーを違う拍子・リズムに当てはめてみたり、バリエーションとは言いがたいながらもメロディーを支える伴奏のパターンがいくつか違うのがあったりしますし。
でも全体の雰囲気は統一してBleakな感じ。寒々しい、荒涼としたというニュアンスの言葉ですが、なんというかとってもロシアらしいです。
ハーモニーの使い方もそうですが、ロシア音楽でよくある右手と左手が離れて弾いてるその音の間の距離感というか空虚がBleakさを出している気がします。
この曲ではメロディーは結構多く左手の低音が担当しますからねー。
どんな複雑な曲も長い曲もこの曲の出すような空気を再現できないといいますか、この曲が作り出す「空間」と「温度」を味わって欲しいと思います。
今日は早朝に移民局からメールが来ました。無事!オーストラリアの永住権をもらいました!
長かったですこの3年。でもこないだのヘルスチェックとpolice check(犯罪歴などの証明文書)を送ってからはすぐでした。ものの数日間。
振り回されまくりましたがこれでやっと落ち着きます。渡航自由は5年間で、それが過ぎたらまた別のResident Return Visaが必要とかなんとかですが、とりあえず永住権はなんとかなった!
忙しくなるまえに明日さっそくビザのラベルをもらいにいこうかな・・・
移民局はいつも時間がかかるのですが後で時間があったらFitzroyのVictorian Gothicに行こうかな-・・・とか。
最近ホームページがリニューアルしたみたいで商品も見られるようになっててオンラインショップもできてて。
そろそろゴシック系で服が欲しいな、と思って見てたらこんなトップがあって、これなら普通の服とも合わせられるしいいかな、と。
割とゴシック系は背が高いと似合わない服も一部あって(男性服は特にその傾向が高いような印象があります)、そんななかこういうデザインなら小柄でも可愛いかも。それにチョーカーを合わせられる首回り。(サイズがXSがなくてSが一番小さいのがちょっと心配)
他にもスカートとか上着とか実際に色々見てみたいですし、ついでにアルケミーゴシックのラインアップも再チェックしたい。Fitzroyは用がないとあんまり行かないのできっかけがあったらどんどん行くべきですなあ(マーケットも最近行ってない・・・)
こういうゴシック系の服のモデルさんって結構凝ったタトゥー入れてる人が男女ともに多いですね。
綺麗そうなタトゥーが服で隠れちゃってそれはそれで勿体ないと感じちゃうようなものも。
メルボルンで、特に夏だと普通に街を歩いててすれ違う人のタトゥーをちらっと見ることが多いです。
さっきのトップのモデルさんみたいに文字だけのもの、なにやら漢字が書いてあるもの、ものすごくカラフルなものなどいろいろ。
最近思ったのはタトゥーで鮮やかな黄色を使ってるのってちょっと珍しい気がします。基本青が多くて赤とか黒とかもよく見るのですが、黄色は色を出すのが難しいのですかね?(某所で聞いたところによると彫り物で白を綺麗に出すのはものすごく難しいそうで)
私はそんなオーストラリアで育ったので(&ゴシックファッションサイト巡りしてる)日本で某市の職員に入れ墨が・・・というニュースのときも特に驚いたり嫌悪感を感じることなく、そういえば日本では入れ墨に対してそういう感覚だったのか、と思い出した感じで。
でもだからといってあんまり自分で積極的に気軽にタトゥーを入れたいとは思わないですね。タトゥー自体に抵抗はないのですが・・・
何を入れるか、でものすごく深刻に悩むだろうというのと、あと不必要に痛いのはいやだなというのと、あとタトゥーを生涯綺麗に見せるためのお肌のはりを保つ努力をそんなにがんばってしないであろうことが目に見えているので・・・(苦笑)やっぱ後者大変ですよね、お肌の問題は。全く自信ない。
衛生的な問題が店によって違うのはすでにタトゥーを入れてる友達に聞けばある程度クリアできると思うのですが、もちろんそれもタトゥーに関して慎重に、と言われる重要な要因の一つですよね。
友達のタトゥーを見たり、すれ違いざまに知らない人のタトゥーをみて「あっ」と楽しむだけでも十分な気がします。
何回か会ったことのある知り合いの子は足の内くるぶし周りに小さくスプーンのタトゥーを入れてるんですが毎回会うたびに(たいてい地べたに座るんですが)「なぜスプーン!?」と困惑するのです(笑)
あと思い出すのは12年生のころ。同級生が18歳の誕生日のお祝いにタトゥーを足に入れてもらった、といって見せてもらったことがあります(こちらは18歳で成人なので高校に通ってる間に運転免許とって車通学したりタトゥー入れたりできるわけです、法律的に)。
ちょうど前の日に入れてもらったばかりなのでラップでぐるぐる巻きになってたので(どうやらそういう風にしなくちゃいけないようで)柄は覚えてないんですがちょろっと見せてもらった思い出あり。
音楽畑の人のタトゥーはあんまり見たことないです。夏がコンサートとか大学のオフシーズンだということと、あと演奏服が露出が少ない(特に男子)ので見る機会が少ないかな。いや、いることはいるんですがね(今ぼんやり浮かんでるんですが誰が何を、が思い出せないでいるだけで)。ただ街でたまにすれ違う人みたいな大きい範囲とか派手なのとかはないとは思いますが。
割とト音記号とか楽器のイラストとか入れてる人いると思うんですけどね、ピンポイントで。
(私がもし万が一、ですがタトゥー入れるならそんな感じになるだろうなー)
誰かアルト記号を見えるところにタトゥー入れてくれるビオラ奏者はいないものか!(笑)
↑の括弧内で書いたみたいに「自分がタトゥー入れるなら・・・」と考えることはたまにあります。
さっきのトップみたいに首回りが浅く広く開く服とかもいくつかありますし、やっぱりデコルテあたりにワンポイントで入れてるのが素敵だと思うんですが皮膚の下が薄いとこは痛いとか聞いたような・・・(あと凹凸があって難しそう)
脚はほとんど出さないですし、腕は使えないと不便だし。
(話は逸れますが腕にタトゥーと言えば大橋隆志さん(聖飢魔IIのジェイル大橋代官)ですね。両腕の二の腕に猫や薔薇などの綺麗なタトゥーが入ってるのが見えますが、それに加えて第3のタトゥーが普段見せないところにあるらしいです)
所謂入れ墨とはちょっと違った形ですがインド系の文化の結婚式の時に使うヘナタトゥーもあるようですね。こちらは消えるタイプのボディアート。そっちはよく知らないのですがインド系の友達がいるので今度聞いてみたいですね。
これはこれでまた別の文化ですからね。
明日はそんなこんなでFitzroyまでいけたら・・・と思ってるので朝ピアノの練習をしなければ。
今日は大部分をラフマニノフのピアノソナタ第1番の初見に費やしたので。困難ですが不可能ではないです。
そしてやっとヴェーベルン(変奏曲)の第一歩を踏み出せて、ちょこちょこ構成とかが見えるようになってきたのでもっと伸ばしたいですし。
・・・ということは怠けずいつも通りにそこそこな早起きですね、はい。がんばります(笑)
今日の一曲: ドミトリ・カバレフスキー 前奏曲第12番 嬰ト短調
昨日から弾き始めたカバレフスキーの前奏曲です。これはそんなに難しくないので今のうちに。
こないだ調べたらこの曲集に入ってる24つの前奏曲全部が民族音楽のメロディーをモチーフに書かれているそうで。(そうか!それで第13番のあれは火の鳥のフィナーレなんだ!と納得)
でも曲集全体はショパンの前奏曲集にならった感じで、そして各曲はいろいろ違ったスタイルを取り入れているのは間違いないようです。
嬰ト短調の前奏曲はちょっと不思議な一曲。ハーモニーは弾いてると今年も帰ってきたな、と思えるようなカバレフスキーの音楽言語ですが、同じメロディーを違う拍子・リズムに当てはめてみたり、バリエーションとは言いがたいながらもメロディーを支える伴奏のパターンがいくつか違うのがあったりしますし。
でも全体の雰囲気は統一してBleakな感じ。寒々しい、荒涼としたというニュアンスの言葉ですが、なんというかとってもロシアらしいです。
ハーモニーの使い方もそうですが、ロシア音楽でよくある右手と左手が離れて弾いてるその音の間の距離感というか空虚がBleakさを出している気がします。
この曲ではメロディーは結構多く左手の低音が担当しますからねー。
どんな複雑な曲も長い曲もこの曲の出すような空気を再現できないといいますか、この曲が作り出す「空間」と「温度」を味わって欲しいと思います。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今回は案の定前回書き忘れた話があるので「先生のバースデーコンサート周りの話・続き」ということで。
内容は主にピアニスト同士の会話で面白いものかどうかは微妙ですが・・・
身近に「天才」が居るのはたまにちょっと妬ましいながらも楽しいこともいろいろありますね。
パーティーへ行く途中にピーターがコンクールで弾くべきレパートリー、というのを冗談で話してて。
ショパンの練習曲(どれか忘れた)のゴドフスキー版(ただでさえ難しいショパンの練習曲をさらに難しくしたという恐ろしい曲)をやるのは冗談抜きでやるらしいので、それならすっごい難しい編曲版ばっかり弾いたらいいじゃん、と。
シューベルトの「魔王」のリストによるピアノ版からはじめてバッハのバイオリンのための「シャコンヌ」のブゾーニ版、ワーグナーの「タンホイザー」序曲のリストによるピアノ版、でついでだからベートーヴェンの第9のリストによるピアノ版でしめちゃいなよ・・・とかもう馬鹿馬鹿しいほど難しいプログラム(笑)
もちろん「ありえないだろ!」っていう前提なのですがピーターなら本気になったらできそうでもあるんですよね。
同じくパーティーに行く途中、話はラフマニノフのピアノソナタ第1番のことに。
前から私は好きだけど、ピーターはそうでもなかった曲で、それでも好きになる可能性があるようなことを言っていて。
で、曲の良さを分かってもらうには私が弾くことだよ、という話になり。
まだ私の手で弾けるか(そしてこの曲の魅力を伝えられる程度に弾けるか)わからないし、そもそも40分がっつりだし(ただし20のまなざしとかコンプリートでやるともっと長いのでそこはやっぱり愚痴るところではないのかも)、この曲の良さってぱっとしないところだからそれをどう伝えればいいのか、とか・・・
悩みながらもこう、チャレンジ精神をくすぐられて「そのうちやっぱり自分で弾いてみて形にしなきゃなあ・・・」という思いが芽生えてしまっていて結果諸々地味に困っています(汗)
(ピーターは私がピアノ弾いてるのを聴いたことがなくて楽しみにしてくれてるからなあ・・・うれしいんだけど大丈夫か私)
パーティー会場には顔見知りの大学の先生方も何人か居ました。
ピアノで一番偉い先生もコンサートから来ててびっくり。ちょっと生徒側から見ると色々好ましくないところのある人で、「若い衆」で誰が最初に挨拶にいくかで罰ゲームのようにもめたり(笑)私はその時点ですでにその先生とにっこりpoliteな笑みを交わして挨拶を済ませていたのですが(会話が続く気がしなかったのですよ)。結局もめてる間に相手は帰っちゃったのですが・・・
大学で働いている先輩「若い衆」と違って大学からすっかり離れた私たちもそういう先生達との関係性って変わらないことあるんですよね。「生徒」じゃないからって対等に振る舞えるわけではないみたいです。
先生方サイドでパーティーに結局来なかったのはマイケル。
コンサート場所ではちゃんと場所を聞いていったのに。ピーターに何度も呼ばせたんですが応答なし。
見失う前は私に「自分でそう思えなくてもちゃんと(精神的に)wellだから自信を持って」とありがたい言葉をいただいたのですが。
私もそうですがみんなマイケルとはなかなか会って話す機会が少ない(とにかくつかまらない!)のでちょっと残念。次はいつ会えるかしらん。
先生はなんとコンサートで演奏した奏者たち一人一人にプレゼントを用意していました。綺麗な包み紙に、カードに、プレゼント。いくつかその場で見れたのですが一人一人のために考えて選んだ感のあるチョイスでした。
ピーターは「音律」についての本をもらってました。ピーターは本を普段読まないのですが、先輩で本を普段読まないといってた人も本をもらってて、どうやら「本を読め」とのお達し・・・?(知ってたのかなあ・・・)
デュオで弾いていた後輩はこれはネクタイか?と思ったら靴下でした(笑)
先生のみんな一人一人への心遣いとユーモアが垣間見れたプレゼントでした。
ということで前回のエントリーにあふれた分の記録でした。
前回も書きましたがこういう機会は本当に珍しくて貴重なので、心の中・記憶の中でも大切にしていきたいです。
珍しいは珍しいですが先生についてはは80歳の誕生日も90歳の誕生日もその後もずっとコンサートでみんなとお祝いできたらいいな、と思います。
そして先生にも私が演奏するところを聞いてもらわないと。少なくとも「20のまなざし」コンプリート、そして「鳥のカタログ」コンプリートも・・・
そこは私ががんばるところなので。しっかりします。
今日の一曲: ウジェーヌ・イザイ 無伴奏バイオリンソナタ第2番 第3楽章 「影の踊り」
イザイの無伴奏バイオリンソナタはこの楽器のためのレパートリーの中でも私が特に好きな曲集の一つです。
一番有名で、一番バイオリンの真髄!と思うのは単一楽章の第3番「バラード」ですが、第2番にもものすごく愛着があります。
たしかイザイの無伴奏バイオリンソナタに出会ったのが、どこかのコンサートのアンコールでこの第2番の第1楽章を聞いたときのはず。
この第2番の全楽章「Dies Irae」のメロディーが現れ、それに支配されているというか呪われているような風があるのですが、第3楽章は「Dies Irae」のメロディーをテーマとしたバリエーションの形をとっています。
イザイの無伴奏ソナタといえばかなり技巧的に複雑ですが、これは凝ってはいるものの変奏曲に必要な範囲といいますか、ストレートな感じで素直に心に来ます。
Dies Iraeは一般的に死や最後の審判を連想させるメロディーで、暗いcontextで使われることが多いのですが、この曲ではト長調という明るい音楽のなかで使われているのが面白い。
この楽章の名前が「Danse des Ombres」=「影の踊り」というのですが全体的に暗い影というよりは人が光に当たって出来た影が人と一緒に動く踊り、みたいなイメージになるんですかね。
なんだったか歌でも自分の影法師に対する親しみみたいなのありますけど、日の光の暖かさと同時に影が自分の側にいつも居るあのほっとする感じを思う音楽です。
いつも紹介している曲たちよりももっと全般的な意味で、素直な意味で単純にいい曲です。
他のイザイのソナタと一緒にどうぞ。
今回は案の定前回書き忘れた話があるので「先生のバースデーコンサート周りの話・続き」ということで。
内容は主にピアニスト同士の会話で面白いものかどうかは微妙ですが・・・
身近に「天才」が居るのはたまにちょっと妬ましいながらも楽しいこともいろいろありますね。
パーティーへ行く途中にピーターがコンクールで弾くべきレパートリー、というのを冗談で話してて。
ショパンの練習曲(どれか忘れた)のゴドフスキー版(ただでさえ難しいショパンの練習曲をさらに難しくしたという恐ろしい曲)をやるのは冗談抜きでやるらしいので、それならすっごい難しい編曲版ばっかり弾いたらいいじゃん、と。
シューベルトの「魔王」のリストによるピアノ版からはじめてバッハのバイオリンのための「シャコンヌ」のブゾーニ版、ワーグナーの「タンホイザー」序曲のリストによるピアノ版、でついでだからベートーヴェンの第9のリストによるピアノ版でしめちゃいなよ・・・とかもう馬鹿馬鹿しいほど難しいプログラム(笑)
もちろん「ありえないだろ!」っていう前提なのですがピーターなら本気になったらできそうでもあるんですよね。
同じくパーティーに行く途中、話はラフマニノフのピアノソナタ第1番のことに。
前から私は好きだけど、ピーターはそうでもなかった曲で、それでも好きになる可能性があるようなことを言っていて。
で、曲の良さを分かってもらうには私が弾くことだよ、という話になり。
まだ私の手で弾けるか(そしてこの曲の魅力を伝えられる程度に弾けるか)わからないし、そもそも40分がっつりだし(ただし20のまなざしとかコンプリートでやるともっと長いのでそこはやっぱり愚痴るところではないのかも)、この曲の良さってぱっとしないところだからそれをどう伝えればいいのか、とか・・・
悩みながらもこう、チャレンジ精神をくすぐられて「そのうちやっぱり自分で弾いてみて形にしなきゃなあ・・・」という思いが芽生えてしまっていて結果諸々地味に困っています(汗)
(ピーターは私がピアノ弾いてるのを聴いたことがなくて楽しみにしてくれてるからなあ・・・うれしいんだけど大丈夫か私)
パーティー会場には顔見知りの大学の先生方も何人か居ました。
ピアノで一番偉い先生もコンサートから来ててびっくり。ちょっと生徒側から見ると色々好ましくないところのある人で、「若い衆」で誰が最初に挨拶にいくかで罰ゲームのようにもめたり(笑)私はその時点ですでにその先生とにっこりpoliteな笑みを交わして挨拶を済ませていたのですが(会話が続く気がしなかったのですよ)。結局もめてる間に相手は帰っちゃったのですが・・・
大学で働いている先輩「若い衆」と違って大学からすっかり離れた私たちもそういう先生達との関係性って変わらないことあるんですよね。「生徒」じゃないからって対等に振る舞えるわけではないみたいです。
先生方サイドでパーティーに結局来なかったのはマイケル。
コンサート場所ではちゃんと場所を聞いていったのに。ピーターに何度も呼ばせたんですが応答なし。
見失う前は私に「自分でそう思えなくてもちゃんと(精神的に)wellだから自信を持って」とありがたい言葉をいただいたのですが。
私もそうですがみんなマイケルとはなかなか会って話す機会が少ない(とにかくつかまらない!)のでちょっと残念。次はいつ会えるかしらん。
先生はなんとコンサートで演奏した奏者たち一人一人にプレゼントを用意していました。綺麗な包み紙に、カードに、プレゼント。いくつかその場で見れたのですが一人一人のために考えて選んだ感のあるチョイスでした。
ピーターは「音律」についての本をもらってました。ピーターは本を普段読まないのですが、先輩で本を普段読まないといってた人も本をもらってて、どうやら「本を読め」とのお達し・・・?(知ってたのかなあ・・・)
デュオで弾いていた後輩はこれはネクタイか?と思ったら靴下でした(笑)
先生のみんな一人一人への心遣いとユーモアが垣間見れたプレゼントでした。
ということで前回のエントリーにあふれた分の記録でした。
前回も書きましたがこういう機会は本当に珍しくて貴重なので、心の中・記憶の中でも大切にしていきたいです。
珍しいは珍しいですが先生についてはは80歳の誕生日も90歳の誕生日もその後もずっとコンサートでみんなとお祝いできたらいいな、と思います。
そして先生にも私が演奏するところを聞いてもらわないと。少なくとも「20のまなざし」コンプリート、そして「鳥のカタログ」コンプリートも・・・
そこは私ががんばるところなので。しっかりします。
今日の一曲: ウジェーヌ・イザイ 無伴奏バイオリンソナタ第2番 第3楽章 「影の踊り」
イザイの無伴奏バイオリンソナタはこの楽器のためのレパートリーの中でも私が特に好きな曲集の一つです。
一番有名で、一番バイオリンの真髄!と思うのは単一楽章の第3番「バラード」ですが、第2番にもものすごく愛着があります。
たしかイザイの無伴奏バイオリンソナタに出会ったのが、どこかのコンサートのアンコールでこの第2番の第1楽章を聞いたときのはず。
この第2番の全楽章「Dies Irae」のメロディーが現れ、それに支配されているというか呪われているような風があるのですが、第3楽章は「Dies Irae」のメロディーをテーマとしたバリエーションの形をとっています。
イザイの無伴奏ソナタといえばかなり技巧的に複雑ですが、これは凝ってはいるものの変奏曲に必要な範囲といいますか、ストレートな感じで素直に心に来ます。
Dies Iraeは一般的に死や最後の審判を連想させるメロディーで、暗いcontextで使われることが多いのですが、この曲ではト長調という明るい音楽のなかで使われているのが面白い。
この楽章の名前が「Danse des Ombres」=「影の踊り」というのですが全体的に暗い影というよりは人が光に当たって出来た影が人と一緒に動く踊り、みたいなイメージになるんですかね。
なんだったか歌でも自分の影法師に対する親しみみたいなのありますけど、日の光の暖かさと同時に影が自分の側にいつも居るあのほっとする感じを思う音楽です。
いつも紹介している曲たちよりももっと全般的な意味で、素直な意味で単純にいい曲です。
他のイザイのソナタと一緒にどうぞ。
