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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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停滞中。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
そしてまた間があいてしまった・・・本格的に停滞してきたようです。
全部停滞しているわけではなくてピアノと仕事以外ほぼ全て(この2つも集中力はちとばかり落ち気味ですが)。
ブログを含めて言葉を綴ることが難しくなってる状態です。
創作関連もアイディアは(列をなしてる)あるんだけど形にならない。他もなんだか・・・うーん。

まあ周期的に起こることなんで悲観もしてませんし思い詰めたりもしてませんし、なるべくいらいらもしないようにしてるのですがとにかくこのちょうど今、夕飯が終わってからお風呂に入って寝るまでの数時間がとにかく退屈で。
書くときはものすごい量を書いてて充実していたのが記憶にまだ新しいんですよ・・・
人に見せないものでもいいからなんか書けたら・・・と思うんですがどうもそういうのは関係ないらしく。

そういえば秋が来て(仮)からあんまり外に出てないですねえ。
ちょっと某方面に声をかけてみたんですが今作曲で忙しいらしく。
一人でもいいんですけどね、服見たりアルケミーゴシック買ったりすれば。
服はチュニックが一着~数着あるといいな、と。おしりが隠れる丈のトップ、といいますか。下にレギンスとかジーンズとかはいてロングブーツに合わせられるやつ。ああいう丈が安心するんですよね。
あとは思い切ってゴス系統の服も買ってみたいです。上着とか可愛いですし、スカートとかもブーツと合わせられるかも・・・と。アルケミーゴシックのこないだ買ったElementary Crux Angelicusが普段使いで着用できて周りからもそこそこ好評なのでちょいゴスいけるかな?と調子にのってる次第で(笑)
思い切って、というのはお店に行ったりそういうスタイルの物を試着したり実際買ったり、というのもあるのですがお値段的にもですね、ちょっと張るのですが。

アルケミーゴシック、次はSucre Vert Absinthe Spoonのペンダントを買おうと思ってます。これも普段用。ウェブで見たときはそんなに意識してなかったのですが前回実物をHaunted Bookshopで見て「いける!」と思ったので。
アブサン系統でなんだか揃っています。(ただこのペンダントのクリスタルは今まで買ったアブサン系統とは違う色ですが)

それから学校の友達とRooftop Barの類いに行ってみたいな、とちょっと計画したりしています。
こんど両親がメルボルンに来るので、ちょっと最近のメルボルンっぽいアクティビティとしてシティで屋上にあるバー、つまりRooftop Barに行ってみたいな、と思ってるのです。
ということで友達にどんなところがいいのか聞いて、情報が集まりつつあるので下見に行きたいな、と(どんなところか、はもちろんこの季節寒すぎやしないか、というのも含め・・・)。
今のところ候補は以下の通り:
1) Curtin HouseのRooftop CinemaのRooftop Bar
(私が唯一言ったことがあるとこ。シネマは夏季のみ。長い階段or古めかしいエレベーターで上がらなくちゃいけないけどカフェの外の咳にあるようなヒーターがあるのはチェック済)
2) Madame Brussels
(Facebookの「今ここに居る」を示す機能でちょくちょく出てくるんですよね、なんだか友達が結構行ってるのか。結構ポピュラーみたいです)
3) The Aylesbury
(これは初耳のところで、今回2人(ただしカップル)からおすすめがありました。景色が良いそうですがヒーターらしき物が写真ではないようです)

メルボルンってかなり「小」都会ですし、壮大な都会の景色でもないし摩天楼とはちょっといえないですし、でもRooftop Barからはなんとなく風情があるような、ああメルボルンだな、という景色が見えると思うのです。
少なくとも夏季にメルボルンに遊びに来たら夜にはこういうところで飲みに行くのもいいと思います。ちょっと前まではあんまりなかったと思われる文化ですが、それでもなんだかメルボルンらしい、れっきとしたメルボルン文化なんじゃないかなあ。おすすめおすすめ。

他にも両親が遊びに来たときにいろいろ遊びに行ったり食べたりプランしているのでそのときにまた紹介しますね~
(なんたってこういうときでないと観光とか良い物食べたりとかあんまりできませんからね、自分も楽しまなきゃ&学ばなきゃ)


今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」 第2楽章「ニシコウライウグイス」



まだまだ弾いていますこの曲。6月の終わりの夏の朝が舞台のこの曲ですが、その暖かな朝の日射しは冬に味わうと本当にありがたく感じます。

ニシコウライウグイスのオスは目の覚めるような黄色、いや金色をしてます。そしてこの不思議な鳴き声。
なんだかエキゾチックな雰囲気が漂う存在です。メシアンが言うところの「異国の王子の笑い声」。
他にもミソサザイとかクロウタドリとかいろいろ鳥が居るなか存在感が際立ってます。

なんといっても最初の2つの和音から始まり鳥の声をはさんで正午に向かって強まる「日射しの描写」が美しいんですよ。これに惚れて私は鳥カタに惚れ、弾くようになったのです。
太陽が一番高いところに昇った時のあの喜び、明るさ、心を満たす感じ。

あとは後半のニシコウライウグイスの鳴き声をものすごくスローにした黄金の虹も本当に幸せです。
メシアンが「レオナルド・ダ・ヴィンチの微笑み」(=モナリザの微笑み)、「虹の光」と形容する歌声の内側に居る、包まれる感じが好きで好きで。まだここを自分がどんな風に弾きたいか定まってないんですが、それだけ思い入れが強い、美しくしなきゃならない箇所。

ちなみにこのニシコウライウグイスという鳥、フランス語でLe Loriotというのですがこれはメシアンの奥さん、マダム・ロリオのLoriodというのと同じ発音なんです。
この鳥の姿の独特さ、歌の美しさももちろんあるんですがその類似も全く意識してないわけじゃないだろうな、と勘ぐってしまうわけですよ。

それを差し引いてもこの楽章はでも「愛の歌」だと思うんですよね。
雄から雌に向けた鳥のさえずりも愛の歌ですし、なんかこの「朝になってまた昇ってきた日の光への愛」みたいなものがあるんじゃないかと。
男女の愛よりももっと広義での愛の歌。弾いてて、聞いてて優しい気持ちになるような。

以前も書いてますが鳥のカタログで最初に聞く楽章として特におすすめです。

拍手[1回]

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The Orchestra Project 「モーツァルト 『大ミサ曲』 ハ短調」 感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
なんだか秋が来たような感じのメルボルン。まだブドウが安く買える季節です。
今日もかなり涼しかったですが行って来ました、オーケストラプロジェクトの再始動初コンサート!
今回はサウスメルボルン・タウンホールにて合唱団The Consort of Melbourneを迎えてモーツァルト「大ミサ曲」ハ短調の演奏。
この「大ミサ曲」、未完成の作品なのですが世界の様々な方によって完成されたバージョンが複数あって、今回はBenjamin-Gunnar Cohrsによる完成版の世界初演、というコンサートでした。
(ソリストはソプラノ:Kathryn Zerk, Siobhan Stagg、テノール:Timothy Reynolds、バス:Nicholas Dinopolous)

そもそもモーツァルトを目当てにコンサートに行く、というのがまずないので生でモーツァルトの音楽を聴くのもちょっと久しぶり。たまにならモーツァルトもがっつりな宗教音楽もいいですね。
今回はオケプロジェクトがどんな感じで進んでるかな、というのを兼ねて行ったのですがモーツァルトなので比較的小さいサイズのオケで、思ったよりも若めの年齢層でした。私の上の世代(メルボルンの音楽で言うところの)はあんまり居ない。

オケといえば面白かったのは楽器構成。クラリネットなし(時代的には微妙なところですね)、フルートが1人。トロンボーンは3人。割と金管ヘヴィな感じ(でも合唱が釣り合う)。
今回一番後ろに座ってたので(ホールの外から椅子を持ってくるほど満員でした!モーツァルト、初演のキーワードとPRがよかったのかな)見えなかったのですが小さいオルガンを持ってきたみたいでした。
ちなみにオルガンは去年のユースオケのトゥーランガリラでオンド・マルトノを弾いた人が弾いてました。
(そういえば予定通りオケプロジェクトが4コンサート行われたらキーボード族全員、つまりオルガン、ピアノ、ハープシコード、チェレスタ全部使われるはずだったんですね)

それにしても行ってよかった聴いてよかった。
先ほども書きましたがたまにはこういうのもいいですね。ちょうどイースターサンデーでしたし。
この曲自体についてはどこまで原稿が残っているか(プログラムにはどこがモーツァルトの死後再構築された部分か書いてあったのですが)、とか他の版はどうなってるか、とか各楽章の調がどうなってるか、とかいろいろ分析したりしないと書けないようなところが多々ありますが・・・
再構築した部分については納得の再構築でした。こういう作業って賛否両論あるイメージはありますが、未完成のまま演奏しないでおくのも勿体ない曲ですし。

全体的にかなりのボリュームなのに短く感じるような、グルメレポート的に言えばがっつりだけどもたれない、みたいな(笑)そんな感じでした。ちょこちょこモーツァルトのオペラっぽい感じのところもあって。
モーツァルトの宗教曲というとレクイエムが有名ですが、大ミサ曲はとっても健全な音楽でした(笑)というかそもそもレクイエムがいかに特殊に病んでるか、ということだと思います。
モーツァルトが書いた部分だと第4部の繰り返される「Hosannah」コーラスがものすごく気持ちよかったです。合唱とオケが一つになる感じとか、響きとか。
再構築部分だと一番最後の「Agnus Dei」~「Dona Nobis Pacem」がすごかった。この最後のセクションでハ短調に戻り濃く暗くなって大丈夫か?と思ってたらDona Nobis Pacemまでその同じ暗さ・曲調で進んで(「われらに平安を与え給え」ですからここで長調に変わるのが自然かと思ったのですよ)、そして4人のソリストの最後の登場でハ長調になったのはなんだかびっくりでしたし興味深かったです。
あんなDona Nobis Pacemは聞いたことがなかったですわー。なんか嘆願みたいなところがあって。強烈でした。

残念ながら後ろの方に座ってるとソリストの歌ってるのがはっきりは聞こえず(とくに男声)そこに関しての感想は書けないのですがオケは木管がよかったです。フルートのソロもなるほどと思いましたし、あとオーボエの活躍、再構築部分ではいいファゴットソロもあったり。
あと何が凄かったってオルガンの最後の音!一番低いドのペダル音が最後の最後だけ響き渡るのはちょっと笑っちゃいそうにもなりながら凄い好きでした。

今回はオケも小さくて知ってる人も少なかったので少し挨拶しただけで帰ってきちゃいました(あと夕方にCANTAのustreamがあったので・・・)。
次回、マーラー6番ではオケも大幅に大きくなりますし(オケのレパートリーの中でも大きい部類に入ります)、こないだ来たメールによるとまた違うメンバーが呼ばれる可能性があるので楽しみです。
もちろん自分にお呼びがかかるといいな、という楽しみもありますが。なんたってマーラー6番。

今日の初コンサートが成功に終わり、オケプロジェクトにとって今年これからがあらゆる意味で素晴らしいものになるよう祈りながら次のお知らせを待つことにします。


今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「青少年のための管弦楽入門」



今日のモーツァルトは紹介できそうにないですし、前回フーガやるっていったんでフーガです。
といってもフーガだけではない曲。ちょっと特殊な例になるかな。

その名の通りこのブリテンの「青少年のための管弦楽入門」は一般に向けてオーケストラにはこんな楽器があるよ、こんな音を出すよ、合わせるとこんな働きでこんな音楽を作るよ、という紹介のために書かれた曲。
音楽に合わせて語りを入れるバージョンが演奏されることもあり、去年のABCのカウントダウンではオーストラリアでは非常に有名なBarry Humphries扮するDame Edna Everageが語りを担当しているバージョンが放送されました。面白かったー!

オケの楽器について知りたい、音を覚えたい、という場合には私はいつもプロコフィエフの「ピーターと狼」とこの曲をおすすめしていますが、ピーターと狼がストーリーメインで進むのに対してこちらは「教える」のが主目的。
語りがあってもなくても詳しくわかりやすく教えてくれます。
最初の方ではパーセルによる主題のバリエーション、という形式で弦・木管・金管・打楽器とグループ分けして、そして個々の楽器をそれだけで聞かせるセクションに移行します。
で、この個々の楽器の紹介セクションのなにがにくいって楽器をただそれぞれ聞かせるだけでなくそれぞれの楽器の性格や得意を表すようなパッセージを作曲家が書いてくれてるところ。
ちょっとおどけたフットワークの軽いクラリネット、音を重ねて共に奏でるホルン、息の長いメロディーを歌わせるオーボエ・・・
いろんな楽器の音だけでなくどんな性格か、何が得意か、というのまで学べちゃう。(このブログで常々話していることにも通じるところがあります。ただキーボード族は居ないのが残念。)

で、一通り紹介が終わってフィナーレが全オケが駆け回るフーガとなっています。
ピアノで弾くフーガよりもかなりテンポが速く声部が多く複雑な構成となっていますが、主題が入ってくるところがものすごくはっきり示されてる(食い気味にみんな弾き始める・・・といったら大げさかな)ので入ってくるところはわかりやすいと思います。ただ速い!
で、最後の方でこの曲の元となったパーセルのメロディーがフーガの下に輝くように現れて音楽が「一つになる」感じがまたよいのですよ。
(ブリテンと同じイギリスの20世紀の作曲家、ウォルトンの「スピットファイア」の前奏曲とフーガでも似たような部分ありますね。イギリス的なもんなんでしょうか)

ちょっと長さはありますが、オケの「楽器」個々とオケ全体の音、オケがどんなことができるか、というのを聞くならやっぱりこの曲をおすすめしたいと思います。
フーガとしてもその「遁走」的な性格、さらには20世紀に進化したフーガの形、ちょっと変わった例ながらもいろいろ味わえると思いますよ~

リンクしたのはラトル指揮の録音。試聴はないのですがラトルが指揮している、ということと個々の楽器のところが別々のトラックになっている、というのが大きなポイントだと思います。
さらに同じCDに他のブリテンの作品がいろいろ収録されている中最後に「Sinfonia da Requiem」が入ってるのもオイシイですね!是非こちらも!

拍手[1回]

遁走曲でぐるぐる
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は外の世界はイースター休み。なんとか仕事も一段落して気持ち的には落ち着いた感じ。
ただ書き物とピアノに関してはちょっとずつそわそわしている感じ。ちょっと前みたいな大々的なアウトプット欲とは違うんですけどなにやら落ち着きのない感じ。

ピアノは最近とんでもないことに気がつきました。
レッスンに向けて、演奏に向けてといろいろやってたらなんと、4つもフーガを今弾いている計算に。
ラヴェルの「クープランの墓」のフーガと、バッハの平均律第2巻第8番のフーガ、そして同じくバッハのトッカータホ短調には2つフーガが入ってるのです。
これだけそろってショスタコが入ってないのがむしろちょっと惜しい。

でもラヴェルのあれはあんまり「フーガ」を意識して弾くと自分の解釈・イメージから遠ざかるのですよね。元々が修善寺の旅館での景色を見て「これだ!」と思ったイメージを再現するよう弾いてるので。
あとフーガという形式自体がバロック時代だとドイツがメイン、みたいなところがあるので形式を意識しすぎるのはやっぱりラヴェルでのフランスのタッチを邪魔しかねないのです。

バッハの嬰ニ短調(平均律)のフーガはずっと自分がこの曲で表現したいのは何だろう、と悩み続けてたのがやっと答えが出た感じです。今日。(笑)
もともとこの曲を弾き始めたのがこのフーガの一部が引用されているクラムの「夏の夜の音楽」(マクロコスモス第3巻)がきっかけだったので、こっちを弾くことになるのかは全く分からないながらもリンクしたイメージが欲しいな、と思って。だいぶ欲張りなあれですが、結局なんとかなるものですね。
詳しくはまだあんまり言葉にしたくはないのですがバッハの方が「人間」フォーカスで、クラムの方が「宇宙」フォーカスで(たまに人間の方を見下ろすようにフォーカスする)、同じ世界にいる感じ。

バッハのトッカータホ短調、最初のフーガはスローなやつで最後のフーガは速い、というかせわしくアクティブな感じ。
全体的にハープシコードで弾くイメージよりはオルガンで弾く感じで、それがまた好きなんですよね。もっと(バッハに限らず)オルガンを聴いて楽器がどういうことをできるか、どういうことをするかを検討しないと。
この曲も本当つきあい長いんで(最初に弾いてから10年くらいかな)、改めて新しいイメージとか解釈を構築してみるのもいいかな、なんて思ったりもしています。

フーガは前も書いたと思うのですがメロディーと伴奏、という形式でなく複数のメロディーがほぼ対等なポジションで絡み合う音楽の形式なんです。
それが3声だったり4声だったりたまに5声だったり(以前弾いた平均律第1番の変ロ短調とか)、つまり一つの手で複数の声部を担当するようになっていて、それがちょっと特殊な(でもどんなピアニストも身につけることになる)スキルになってます。
ちなみに日本語ではフーガは遁走曲、というのですが私が思うに「音楽が逃げてる」というか弾き手・聴き手がメロディーの始めの部分である「テーマ」の部分を追っかけながら聴く、という感覚の方が説明するには正確かも。

フーガはバロック時代と20世紀によく使われた形式で、20世紀のそれはフーガを書く、という精神よりも表現したいことがあってそれを表現フーガという形式を選ぶ、みたいなイメージがあります。つまりは付加価値があるフーガ、なんですけどおそらくフーガの方が元々表現したいことの付加価値かも。
前述ラヴェルにもそんな雰囲気はありますし、やはりショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガの中の色んな「キャラクター」を持ったフーガはその良い例だと思います。

私も表現したいこと最優先でピアノを弾いてるようなところがあるのでそういった20世紀のキャラクターなフーガも好きなんですが今回バッハ2曲弾いて「純粋なフーガ」を弾くのもやっぱり好きだな、と改めて思いましたね。
そもそもバッハに限らずですが特にバッハで「伝統的な」解釈で弾くのでなく今ここにいる私ならではの解釈を構築していくのが楽しい。キャラクター的な部分があるフーガとはちょっとそこのところアプローチが違います。
今の状態が(気づいてみると)なかなか面白いんでそのうちバッハとショスタコと、どっちも今まで弾いたことないまっさらな前奏曲とフーガを平行してやってみるのも面白そうです。さらに言えば調も同じでそろえたり(できれば)。

さて、日曜日はオーケストラプロジェクトの第1コンサート、モーツァルトのハ短調ミサのコンサートがあるのでとても楽しみです。
一日休めるのですが明日はどうしようか、少しくらいはやっとこうかちょっぴり悩みながら・・・
少しはゆとりがあるから休むべきかもしれないですがさてどうしたらいいか。


あ、今日の一曲は遅くなっちゃったんでお休みです。次回フーガに関する曲を選ぼうと思います。

拍手[1回]

圧倒的大人数の・・・(楽器と性格: バイオリン)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
最近ちょっとピアノを増やしたり仕事もコンスタントに忙しかったりで疲れていたり、頭が痛かったり(今)でちょっと更新停滞気味。
でもそろそろいい加減やらなきゃ、と思ったので久しぶりに楽器と性格の企画です。

恒例のおことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。

バイオリンは元々やらないかも・・・と思ってたのです。
なぜかというと弾いてる人口と楽器に出会う機会が桁外れに多いのと、それから本人の意思以外のきっかけで始めることが多い、ということからこういうステレオタイプみたいなのを考えるのには向いてない、と思ったのです。
割と楽器を人に割り当てるときでもなんとなく、で選んじゃう確率が高かったり。
でも割り当てをやってきて後ろ向きに見てみるとちょこちょこ共通点があったり、少しばかり傾向が見えてきたり。

まず思うのはバイオリニストって器用じゃないとつとまらないような。
なんといっても機動力が高い(頭の回転の速さも求められるかな)楽器で、その技巧を見せびらかすことが求められる曲ももちろん多い。レパートリーも多岐にわたりますし、もちろんその活躍はクラシックにとどまらずジャズ、民族音楽などでも使われる楽器。
そしてクラシックの中でもソロ・オケ以外での室内楽で本当に色んな楽器の組み合わせでバイオリンは登場するので、臨機応変に、器用に動く楽器なんですよね。
(余談ですが私が今までやってきた楽器割り当てでは特に「変身」「変装」などをスキルとして持ってるキャラがバイオリンに集まっちゃったりするんです)

そしてソロで弾いたりすることも多いながらもやっぱり社交的な楽器だと思うんです。
先ほど室内楽でいろんな楽器とお仕事をする、と書きましたが、なんたってオケにいれば20人を超えるバイオリニストがいるわけで、これは他の楽器と比べてもダントツに多いです。
ボウイング(弓の動かし方)もみんなそろってなきゃいけないですし、バイオリンというセクションで音を合わせるためにやっぱり周りに普段から合わせたりすることが多かったり。
人数が多いからバイオリンクラス、とか授業をやってもフィードバックが活発だったりするようです。

でもその大人数の中の個人、個人の集まりとしての集団、を考えるのもバイオリンは面白い。
よく言われることですがソロでの弾き方と室内楽での弾きかた、オケでの弾き方はどの楽器も違います。でもバイオリンみたいに集団で弾いていても決して個を消しているようには感じなくて、ごく自然に周りと合わせるんですよね。
もともとバイオリンって楽器や奏者の個性がものすごく強いんです。(楽器も世界に一つ、ですからねー)それが集まってまた別の生き物になるのはやっぱり面白いです。

バイオリンはたいていどこでもメロディーを弾く楽器です。目立って当たり前、主役で当たり前・・・だったりするのですが同じパートを何人もで弾いてるのでどうしても後ろの方に座ってる奏者とか、前の奏者に頼り気味になったりするのも弦楽器、特にバイオリンの特徴。変に思い詰めすぎず、ちゃっかりしたところがあるのもバイオリンの器用さと世渡り・・・っていうことなのかしら。

バイオリニストと楽器は(他の楽器よりもかなり高レベルな意味で)恋人同士、と私は思ってます。
先ほど書きましたが楽器も奏者も個性が強いのでそれはもう生き物と生き物のつきあいなのです。
よく名器としてストラディバリウスがあげられますがどんな名器でも奏者との相性はあって必ず合うとは限らないのです。
大学にいる間もバイオリン友達は複数回楽器を変えたり(前のを売って新しいの買ったり)してる人が多かった気がします。良い楽器でもそれより自分に、というか「今の自分のステージ」に合うものを探してるのです。運命の楽器に出会うのは本当に難しい。
・・・といったところで「人間の」恋人選びにこれがどれだけ当てはまるかは不明です(笑)

あとバイオリンは大人数のなか一定の確率で「天才型」(仮)の奏者がでるイメージがあります。
直感・感性に優れていて、技巧もものすごくて、頭の回転も速くて飲み込みもよくて、聞いた途端天才だと分かるような表現力もあって。若い内から成長も速かったり。
でも他の奏者に合わせたりすることだったり社交的なことが少し苦手だったり(教えることも苦手だったり)で、ソロでなんとかやっていこうとする孤高の奏者。
他の楽器でもこういうスター的・孤高の天才芸術家的なタイプの奏者はもちろん出ますが全体の人数が多いのと、あと他のなんらかの理由でバイオリンにおいての例が突出する気がします。
(ピアノもそうですよね、メジャーどころの、ソロレパートリーな結果はソリストとしてスター扱いしやすいといいますか。あと子供の時に天才児として扱われやすいですね、この2つの楽器は)

・・・と、あくまでイメージですがなんだかんだでやっぱりあるんですよね、傾向が。あれだけ大きい集団なのに。
この楽器と性格シリーズ、今回が最後でなくピアノもちょっと書いてみようと思ってます。
ピアノはオーケストラのレギュラーメンバーではないですし、今日このエントリーの最初に書いたバイオリンと同じ理由で書かないかなーと思ってたんですがピアノもちょこちょこあるようなので。
なので次回いつになるか分かりませんが最終回、書くと決めたからにはちゃんとまとまるようにしようと思います。


今日の一曲: ジャン・シベリウス バイオリン協奏曲 第3楽章



以前チェリストにとっての「神」協奏曲はドヴォルザーク、と書きましたがバイオリニストにとっての「神」協奏曲はおそらくこれだと思います。
シベリウスのバイオリン協奏曲はとにかくバイオリニストに愛されている!技巧こそそんなに派手じゃないものの音楽的な魅力、シベリウスならではの音楽の性格が本当に満たされる感じです。

全体的にも「タピオラ」とか「フィンランディア」とか、交響詩みたいな性格があるなかもちろん主役はソロのバイオリン。雄弁な英雄であり賢者であるような、そんな語り手みたいな役割。語って歌って踊って楽器を縦横無尽に弾き回ります。
北欧らしい冷たさと情熱の熱さを兼ね備えた音楽ですが、特に第3楽章はスラヴ界隈、ヨーロッパの東部の民族音楽を思わせますね。ロシアの音楽に通じるところのある土臭さと重めのステップ。

バイオリンは高音楽器ですがこの楽章では冒頭からそのgutsyなG弦の低音が気持ちいいです!それはソロバイオリンだけじゃなくてオケのバイオリンセクションも負けず。
あとティンパニの音がね、また民族舞踊的でいいんですよ(笑)ホルンもシベリウスにかかると角笛っぽいと思うのは気のせいでしょうか。

そしてやっぱり演奏に愛を感じるんですよね。ものすごーく楽しくてものすごーく充実する、ものすごーく難しくてもやりがいがある、素晴らしい曲だっていうのが音楽だけでなく演奏からも伝わってくるのです。
私が(父に)買ったのはフランク・ペーター・ツィンマーマンの演奏。全体的にちょっとクールさがあるかっこいい演奏です。
他にもたくさんの素晴らしい奏者が録音を残しているのでとにかくアタックしてみるのをおすすめします♪
(リンクしたのはオイストラフの演奏。これも聞いてみたいなあ!というか一通り聞き比べたい・・・)

(でも頭の中ではこの曲を「この方がバイオリニストで弾いたら絶対すごい!」と割り当てた方の演奏を想像するのが一番テンションが上がるのです。聴覚だけでなく視覚でも再現できたらなあ!)

拍手[1回]

Concept playlistブレインストーミング
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
昨日の夜夏時間が終わって(当たり前なのですが)一気に夜が早くなりました。仕事しててびっくり。
気温に関してはまだ29℃の日も来るらしいですがどんどん秋に、冬になるようです。

先月、特に後半はものすごくアウトプットにエネルギーが向いてたようで、ブログも連続更新があったり、書き物などもだいぶはかどり。(数えると自分で驚きます)
外に行くこともちょこちょこあってここでは書きたいことは次々出てきたような感覚。
ちなみにピアノはそんななかでも平常運転。時間を決めてるのと時間帯も決まってる(昼)のとエネルギー消費が書き物より大きいのがありますが、安定して続いているというのはやっぱりいいですね。

ただいざそのアウトプットのラッシュがおさまってみるとブログも書くネタがなくなってくる(汗)あれもこれもとは思ってるのですが。
それにストーリー諸々も書き終わりor区切りがついて新しいのを始めるのには若干大きなステップが必要で、ちょっとこれは間をおきたかったり。
でも何も書かないのもあれですし、何かせずにはいられない気持ちもあり。
そんなときにちょこちょことやる諸々もあるのですが、その中で前々からやりたいなーと思ってたけど手をつけられてないことがあります。

iTunesで普段ipodの音楽、コンピュータの音楽を整頓するとき、私はプレイリストを「聴く用」に作ってるのではなく「思いついたらすぐ探せる・参照できるように」作ってるのです。クラシック以外はおおまかなジャンル分けですが、クラシックは楽器ごとだったり地域ごとだったり、とにかく自分が探しているものがある程度(多くの場合はぴったり)はっきりしている場合に使いやすいようまとめてあります。
で、普段は完全ランダム再生。これも仕事のときとか良いんですが(両親には前回の一時帰国のときちょっとランダム過ぎると言われてからまだジャンル的にも広がってます)ちょっと心の調子が悪かったりとかするともうちょっと好みがうるさくなったりするのが難点。

仕事に趣味に一日ほとんど触れて過ごしてるこのPCはソニーのノートブックで、最初からついてくるアプリケーションMedia Galleryで独自のジャンル分け(例:Lounge, Rainy Days, Extremeなど)をしてくれるのですが、特にクラシック音楽の分け方はちょっと無理がありますし何よりPCに入ってる曲数が半端なく多いんで(自分の音楽ファイルは聴く用だけでなくコレクション、参照用を兼ねてるのです)ちょっと膨大になったり無理が出てきたりしたり。面白いこといろいろあるアプリケーションなんですがちょっと使い勝手がベストじゃなかったり。

それだったら自分で手動でやるのが一番いいじゃん、ってことになるんですよね。自分で使うものだし、音楽を選ぶことにはある程度自信がある。自分のために選ぶなら、自由度MAXならなおさら。要するにこのブログでやってるようなことと同じですしね。
ただやっぱり曲の多さ=手間の膨大さがやっぱりネックなんですが。本当にiTunesのライブラリの頭から始めて、途中で止めるんだったら一旦どこまで行ったかメモしなくちゃいけなさそうですし。
具体的なプレイリストのアイディアもまだ事に踏み切るほど(=何回もライブラリ行ったり来たりしなくていい程度に)固まったわけじゃないですし。

でもこんなのやりたいな、ってのはちょこちょこありますよ。(そもそもジャンルを超えて共通エレメントからプレイリストを作る、というのはテンションちょっと上がります)
やっぱり「雨」関係の曲は一旦一覧としてまとめてみたいです。
クラシックだったらドヴォルザークの交響曲第7番第3楽章とか、ラヴェルのピアノ三重奏曲とか。そこにたまの「100mmの雨~雨男村の子守唄」とか、Aquaの「Good morning sunshine」とか、将来的にFace to aceの「RAIN」とか。あと沖縄の音楽のCD(父所有)で「愛の雨傘」ってのも入れたい。

もう一つはっきりやりたいな、と思ったのが「猫」プレイリスト(笑)
フォーレの「ドリー」組曲の「Mi, A-Ou」とか「Kitty Waltz」(オケ版とギターデュエット版)から始まって、あとはACEさん&大橋隆志さんの「Cats in the Cellar」もありますし(笑)あとホヴァネスの「Fred the Cat」がプレイリストをランダムで再生したときいいクッションになるような気もしないでもないですし。それが成立するにはもちょっと曲が必要かも。

あとは「夜」なプレイリストもできたら複数あると嬉しいかな。夜中はやっぱり聴く曲の幅がぐっと狭まります。
「夜に聴く曲」プレイリストだったらボサノヴァとかジャズとかアコースティックギター周りを中心にしてクラシック入れてったり、ピアソラ入れたり、全体の具合を見ながら他のも入れてったり。
「夜をイメージした」プレイリストだったらクラムをセンターに据えたいですね。ショスタコも入ってくるかな。
そもそも時間帯ってのはやっぱり音楽のチョイスに大きいと思うんでラフなアイディアだけでも朝・夕・夜は作っとくのがいいかも、と思ってます(昼はまずなんでも聴けるし昼食後はピアノやるんで)。

あとは始めたら面倒くさくなっちゃいそう(思い入れすぎて)・・・と思うのが四大元素でまとめてみる、とか。(ピアノ音楽の「水」確率半端ないですしね!でも特に炎は本当に実際やってみたら面白いと思うんですよ)
色でまとめ始めたらもうダメだと思います(笑)少なくとも「聞く用」には必要、というわけではないんで勝手に頭の中でやればよさそう。細かくなる。
細かくなる、といえばMDで創作のキャラクターとかストーリーとかのイメージコンピレーションをやってるんですがあれも始めると大変ですね。
逆に料理・皿洗い・運転(未来形)用のプレイリストもあったらいいな、と思うんですが・・・今一応仮の、というかやっておいて納得できてないのがですねえ。なんでそうなるかがよく分からない。

何かと「納得できない」となっちゃうのをなんとかしなくちゃいけないんですよね・・・後で変えたりできるにしても、なんかこう、ムキになってしまう気持ちを。(遊びに本気になってしまう某楽器区分の性格丸出しですがな(汗))
元々はなにかほんのり思いついたときに作って、ほんのりした感じに応じて使う、そんなプレイリスト群になるはずなんですが。もっと気軽にアプローチしたいです。
文書きにはちょっと・・・とかいうときにちまちま曲を溜めていくのっていい作業だと思うんですが。あと新しいCD買ったときに入れるのがさらに楽しみになりますし。

最近あらゆることなんでもそうですがやりたい気持ちはあるのに行動が追いつかない、というあれとなってるんでうsが・・・でもちょこちょこ、今すぐつかえなくても気長に、気楽にやってければと思います。ブログでちょっと紹介したりなんだりとかもできますしね、のちのち。

とりあえず「猫」プレイリスト候補曲が今後増えるか、見物ですね(笑)


今日の一曲: Shiny Entertainmentのゲーム「Sacrifice」より Stratosサウンドトラック (Kevin Manthei作曲)

SacrificeのWikiにありました:サウンドファイルのページはこちら

最近書き物がらみでよく話していたのでこのゲームから曲を一つ。
この一人称視点のリアルタイム戦略ゲームの世界で鍵となる5柱の神のうち天空の神「Stratos」の領土でBGMとして使われる曲です。
Stratosは天空の神であり、知識を司る神様でもあるみたいです。とにかく自分が他の神々と比べて抜きんでてる存在だと自負しているらしく(ただあながち全くの虚勢ではないです)。
彼の領土は標高(?)が高く寒冷な雪山・雪原で、建築物も氷でできてたりして、そこから他の神々を見下ろして(そして見下して)過ごしているわけです。

この曲は曲単体としてはそんなに面白かったり中身があるわけでもないです。(Persephone, James, PyroのBGMは割と曲らしい曲になってますが、CharnelとStratosはもっと抽象的な、音を伸ばした和音と音色の色彩、みたいな感じなんです。)
ただ、この音楽がStratosの領土のマップで流れるのはたまらない一致感を感じます。
ロングトーン(伸ばされた音)が多くを占めている曲調は目印の少ない白い世界にぴったりですし、途中で奏でられるハ長調の和音(変化しますが)は目の前に悠々と広がる雪原を表すようですし。
あと途中で弦楽器がトレモロ(細かい刻み)をブリッジの近くで(sul ponticelloといいます)奏でますが、この一風変わった音が寒さだったり、空気の冷たさ、厳しさ、氷のとがった感じを表しているようで。Sul ponticello奏法はクラシックだとここぞというときに使われますがゲーム音楽ではあんまり出会ったことがないかも(そんなにゲームやってませんが)。
先ほど「和音と音色の色彩」と書きましたがSul ponticelloだけでなくシンセの音とか実際の楽器とか、とにかくチョイスが確実でゲームの中で見る景色にぴったりの空間が作られてるのはびっくりです。

Sacrificeの戦闘以外のBGM全部に共通することですが、戦ってなくて歩いたり準備したりしてる間に各神のBGMが流れてるとこれから何かが起こる、的なちょうどいい緊張感があって、それがまた好きだったりします。
ゲームの音楽としても素晴らしいですし、単体でもいけますし、そして聴きながらゲームの中の景色も思い浮かべられる、いろいろ楽しめる音楽です。

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