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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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オーストラリア国立音楽アカデミー 「Sound Bite」感想
前回のエントリーに拍手多謝多謝です!
最近ちょっとアウトプットモードが強くなっててピアノに書き物に表現することに飢えてるようです。
いろいろ追いつかない!なんでも表現欲を刺激する!という贅沢な悩み。
落ち着いて形にしていければ、と思います。

さて、昨日は国立アカデミーのコンサートに行って来たので感想を。
トゥーランガリラの彼(以前からさんざん本名コンサート告知でででますね、Peter de Jagerっていうんです)が書いた曲が初演されるというところで行って来ました。
プログラムはこんな感じ(今回は編成も書きます):

Hindson 「Light Music」 (木管五重奏: フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット)
ドビュッシー バイオリンソナタ (バイオリン、ピアノ)
De Jager 「Crystals」 (クラリネット、ピアノ)
ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 (バイオリン、ビオラ、チェロ、ピアノ)

これらの曲は国立アカデミー在学中の生徒達、先生&卒業生(ピーター)により演奏されました。最初の曲、そして3曲目は作曲家がその場に居る演奏となりました(ピーターは自分の曲でピアノを演奏したり)。
プログラムに曲の説明がなかったので作曲家2人とも口頭で曲の説明をしました。(ピーターはちょっと戸惑い感が。やっぱり自分の書いた曲について人前でしゃべるのは別の話ですもんねー)

HindsonのLight Music、その名の通り「光」を題材とした音楽でした。
第1楽章の「Strobe(ストロボ)」は光の点滅する明・暗の二極性、その表現が以前オケで弾いたことのある彼の作品「Speed」に似たような感覚がありました。スタイルとしてはアメリカのミニマル・ミュージックに似てる感じ。
対照的に「A Single Match(一本のマッチ)」は全く違う流れ、闇の色彩、音色の世界。特にこっちの楽章を聞いて「最近いいファゴットいっぱい聞けて嬉しいなー」と思いましたし、ホルンの弱音の自然さと、何にもないところからすっと入ってくるのにびっくりしました。

ドビュッシーのバイオリンソナタはバイオリンのちょっと暗いところのある音色が曲にふさわしくてかっこよかったのと、あと特に第3楽章でピアノが輝いてました!まだアカデミーの1年はまだ始まったばっかりで、他の人と一緒に弾くアンサンブルのタッグがまだ固まってないのかな?と思ったところもありましたがこれから楽しみです。

ピーターの曲は、「結晶」のようなパターンを敷き詰めたり、並べたりするような音楽で、5つの楽章がそれぞれそういった結晶からなる世界の一部を切り取ったような性質を持ってて。確かになんか小さめの窓の中にサンプルとして展示されてる作品を見るような、そういう感覚がありました。
一見無機質なようだけど、全然そうじゃないんですよね。なんか意思があって、命がある。見ているのはそのほんの一部だけれど、一部から果てしなく広がる世界を垣間見ることができるというか。
今回この曲はクラリネットとピアノで演奏されましたが本人曰く本来はサックスとピアノのために書いた曲だそうで。クラリネットの弱音とか器用さとかがこの曲の表現にぴったりで、サックスでできるのかなあ、と思ったのですが彼はサックスバージョンに結構自信があるようなのでそっちも聞いてみたいですね。
あと、前回聞いた彼の曲(トランペット+ピアノ2台伴奏、近いうちに協奏曲に仕立てるそうです)も今回の曲もピアノが「伝統的なピアノ的な音楽」とは全く別の、ピアノ<音楽全体みたいな動きをしていて面白かったです。ピアノパートの半分がクラリネットと絡んでたり、ピアノだからできることだけど、ピアノらしい機能とは違う。

そしてブラームスのピアノ四重奏曲。ピアノパートは友達が弾いてました。
これもまた難しい曲(特にピアノ!)をこの早い時期にしっかり演奏しますね!凄い!
重厚で濃厚なブラームスをいただきましたよ。音響もあるのかちょっとビオラが聞こえにくかったのが残念。(ピアノ四重奏曲の魂ですからね、あの楽器は)
あとは堅実なテンポだった(本来の勢いでやるのはやっぱり至難の技なんでしょうね)第4楽章、ピアノのカデンツァの潔さが気持ちよかったです。

コンサートのあとは近くのバーにちょっと飲んだり食べたりしに行きました。
ピーターを含む演奏側・聴衆側の友達と一緒に飲んでました。ライチ・リキュールとトニックウォーターをたまに飲むのですがピーターにも薦めた結果はまりました(笑)好みが似てる(でも彼は長調好みで私は短調好み)のと、あと甘党なのを知ってるため想定内のリアクションでしたが。
国立アカデミーは結構集中的に音楽いろいろやるため音楽以外の趣味とか勉強とかもした方が良い、という話だったり、生まれ変わったらどんな生き物になるか、とか。
コンサートを聴きに来てたビオラの後輩(今年アカデミー在学、大学時代はよくオケのリハーサルではグランドピアノを動かすのを手伝ってくれました)がシロナガスクジラになりたい、といってたのも面白いですが、彼に関しては今度これもまた名曲のフォーレのピアノ四重奏曲を弾く、となったとき「ビオラパートメロディーいっぱいあるじゃん」と思ったらほとんど他の弦楽器とユニゾンだった、という話に笑いました。それなんか分かる!ビオラファンとして!
(ちなみに元ビオラ弾きの妹に話したら共感が得られました)

ピーターとは結果おそろいの飲み物を飲んでピッツァを分けて(羊肉のピッツァでした、チーズとヨーグルトがおいしかった!)、で駅まで一緒に歩きました。
昨日は夜まで暖かかったので歩くのにはなんだか心地良い感じで、毎回のことですがピアノのことや音楽のことやなんかいろいろしゃべりながら歩いて。
あとファンフィクション周りちょっとしゃべりましたね、向こうもちょっと知ってるみたいで。自分の諸々(オリジナルもそうでない範囲に入るものも)書き物について話をした自分にちょっとびっくり。うまくどうもいろいろ説明できないんですよね、なんか。(今アウトプットモードで空回ってるのもあるかなー)
やっぱり一緒にいると心が穏やかになります。今書いた「うまく説明できない」部分もそんなにフラストレーションを感じないというか。向こうがなんかなんとなく分かっててそれで大丈夫な感じなところがあって。

そしてまた土曜日に一緒にご飯たべたり散歩したりするんですよ(笑)
向こうがそこそこ乗り気でなんかちょっとだけびっくりした、というか・・・向こうも楽しく思ってくれてるのだったら、心地よく思ってくれてるんだったらいいなあ、嬉しいなあ、と。ちょっとそこんとこ自分は自信ないので(汗)
自信はないですが素直に楽しみです。

今年はもうちょっと人に会ったりコンサートに行ったりできればいいな、と思います。
去年のユースオケの指揮者さんと同門の先輩が日曜日にMonash大学でコンサートやってるのも聴きに行きたいですし、ピーターもこれからもっと弾いたり作曲のお披露目があったりあるので、なんとか都合をつけながらいきたいと思います。
そして自分のこともなんとか。
今年もうちょっと音楽を自分の中で大きくしていく作戦、とりあえず順調ということで。


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 第4楽章



ブラームスのピアノ四重奏曲の中でも一番ポピュラーな曲の一番ポピュラーな楽章。
前ブラームスは曲をしめるのがちょっと苦手、という話をしましたが(あくまでも私の個人的な印象です)、この曲は例外。抜群に盛り上がる最高のエンディングです。

この楽章は「Rondo alla Zingarese」という副題がついてます。つまり「ジプシー風ロンド」。
「ハンガリー舞曲」と似たようなテンションというかスタイルなのでそちらが好きな人は是非、そしてそちらを知らない方も同じく是非(笑)
様々なセクションが立ち替わり入れ替わり現れるロンド、この曲の場合はA-B-A-C-D-B-C-A形式になってるらしいのですが、どのセクションもキャラが立ってて魅力的。私はCセクションがお気に入り。たたずまいの堂々としてる、そして情熱的な感じがハンガリーらしいと思うのですよね-。
でもA部分とか、速いセクションのクレイジーさもまた捨てがたいです。

なんと言っても基本速い!ので自分のパートを転ばず弾いて、アンサンブルをきっちりそろえて、かつ勢いを殺さないのは本当に難しいみたいです。でもその反面、それが全部揃うとこの上なくエキサイティングな演奏になります。めちゃくちゃかっこいい曲ですよ!これで盛り上がらないで何で熱くなる!というくらい。

ちなみにこの曲(全楽章)、シェーンベルクがオケ編曲したバージョンもあります。これはこれでまた別の感性が入ってきて面白いですし、曲のスピリットがオケでうまく生きてて楽しいです(原曲聞いてて「ここオケっぽいなー」って思うところがありますしね)。ということでオケ版もおすすめ。

ブラームスはピアノ四重奏曲を3曲残してて、私は第3番がお気に入り(ピーターはちょっとマイナーな第2番、といってました)。ピアノ三重奏とはまた違うアンサンブルの魅力があって、私はビオラの音が居る、ということに弾いてても聞いてても安心を覚えますし、ピアノとしての立ち回りも、各楽器の役割や絡みもこっちの方が親しみやすいところがあります。
第1番だけ、という録音でも良い物いっぱいありますが今回はあえて3つ揃ってる、しかもどれもが最高水準の演奏、という録音をセレクト(ただ試聴はないみたいです)。スターン、ラレード、マ、アックスの4人のタッグは最高です!(他のいろんな室内楽の曲(ソナタから何重奏まで!)でもこのメンバーの演奏はハズレないのでおすすめですよ~)

拍手[1回]

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ホルンとチェロの「オイシイ」パート
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
最近コンサートにリハーサルにブログのトピックは何かとつきないですね。(本当はキーワードto音楽とかもやりたいのですがなかなか余裕ができず)
明日は前にも書きましたがトゥーの彼の作曲した曲(とその他諸々)を聴きに国立アカデミーへ行く予定。
あと先日聖飢魔IIのDVD「まわりやがれ」をやっと通して見れたので(いろいろ背景や経緯など周りのことを全く知らないですが)ちょっと感想も書けたらなーと思ってます。なんとかかけたら。

さて、前々から「チェロとホルンは似たもの同士」みたいなことを母と私の間で話してて。
弦楽器と金管楽器、そして性格の特徴や楽器の大まかな性質のカテゴリ(自分で勝手に使ってるやつ)で違うところはあるんですが、例えば以下のようなところが似てます。
1) メロディーを主に担当する楽器ではない
2) 音域・音量の域がかなり広い
3) でも音は大きくてナンボ・・・というか大きい音で歌い上げるのが好き
オケでも特に後期ロマン派以降の作品なんかだと目立ってるときは似たようなパートを弾いてることが多いです。シュトラウスの「英雄の生涯」の冒頭だったり、エルガーの「南国にて」とか、マーラーやブラームスの交響曲だったり。

そしてホルンとチェロはショスタコーヴィチの音楽でも似たような盛り上がりを見せます。
以前ホルン友達と「ショスタコーヴィチはチェロがホルンが好きか」という議論をしたことがあるのですが(笑)、少なくともオケという舞台ではそれが良い勝負になるくらいどっちのパートも充実している印象があります。
ショスタコの音楽をチェリスト時代に弾いて楽しくないことなんか一つもなかったですし、チェロが弾いてて楽しくない、下手に書かれてるパートもものすごく少ないですし。とにかくチェロをオケで弾いてて充実するのです。
そしてその頃向こうから聞こえてくる、さらに今チェレスタ弾きとして隣で吹いているホルンパートを見ても難しいながらも楽しそうなのがものすごく分かりますし、本当に輝いてると思います。

それで日曜日のリハーサルではチェロ・ホルンにとって本当においしい、楽しい、心満たされるオケのパートってなんだろう、といろいろ考え始めたのです(なんたってずっと休みですからね!)。
とりあえずこれまで弾いた曲で参考になりそうなもので、かつスコアがあるのはマーラー5番、ショスタコ5番とショスタコ11番、プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」あたりかな。まだ考えはじめなのでぼんやりとしてますが全般的にちょろっと書いてみます。
(あくまでもいち元チェロ奏者&ホルンファン(笑)の見解ですが・・・)

先ほども書いたのですがオーケストラにおいてホルンもチェロも「主にメロディーを担当するパート」ではないんですよね(バイオリンやフルート、オーボエなどはメインメロディー楽器)。もともとチェロはベースライン担当が進化したもので、ホルンも元は吹ける音とかが限られた難しい楽器だったところから進化したもので。それも近代においてはだいぶ変わりましたが。
この2つの楽器はベースラインから伴奏から内声からメロディーから何でも担当できる楽器なんです。
そんななかメロディーを担当することも少なくないですし、メロディーがもらえるときはかなり情熱的な、meatyな・・・いわば舞台の一番前みたいなパートがもらえることがあって、それももちろん(はめをはずせるくらい)嬉しいですし、楽しいですし、はっきりいって完全に陶酔します(笑)
(ロミジュリの「ティボルトの死」とか、チャイコフスキーの5番の第2楽章とかが良い例ですね)

でもそれだけじゃないんですよ。ホルンとチェロは主演男優(女優)賞をもらって嬉しいのと同じほど助演男優(女優)賞に燃えるようなところがあって。
例えば初めて聞いた人はメインのメロディーに耳が行っててなかなか気づかないようなサポートパートにちょっと命かけてたりとかするのがチェロとホルン。
特にチェロはカウンターメロディー、つまりメインのメロディーの下で流れる(メインメロディーに答えたりなんだりする)別のメロディーに対してちょっとだけフェチみたいのがあるかな、という感があります。そういうのにくすぐられる、みたいな。(特にチェロはなんか趣味が「玄人好み」みたいなイメージがあるのです)

そういうとこやっぱりショスタコは長けてるような気がしますね。
主役じゃないけど、独特の意味があるというか、別の意味で大事というか。
ショスタコの第11番に関してはホルンパートをずっと隣で追ってると一番前に出ることはなかなか少ないけど、例えば5拍子が出てくるとこなんかトリッキーながらも味のある、楽しそうなパートがあるんですよね。
マーラー5番の第1楽章でもバイオリンがメインメロディーを奏でてる下でチェロが別の歌を歌ってるのが楽しかったり。

あとはそのメインの部分と「関係なく動く」みたいなところがいいのかな。
もちろん主役は一番目立たなくちゃいけないですが、その範囲で好きに表現できる感覚。サブキャラクターもメインと同じくらい精巧に作り込まなきゃいけない、という意味ではショスタコとかマーラーはチェロ・ホルンパートをうまく「名脇役」として作り込んでくれてますし、生き生きと全力で脇役を演じたい!と思わせてくれるような曲を書いてくれる作曲家だと思います。
似たようなところで「こんな細部まで完璧に作ってある!」みたいな魅力もあるのかな。

ホルンもチェロも他の楽器を引き立てるのがうまくてそういうのが嫌いじゃないけれど、そればっかりじゃ楽しくないな、みたいなところがあって。
他人のために尽くすのもいいけれど、自分のために、自分が楽しみたい。他の人の話を聞くのもいいけれど自分の言い分も聞いて欲しい。
そして楽しむときはとことん楽しみたい。
例えて言えばそういう欲求をクオリティ高く・バランス良く満たしてくれるのが「良いチェロパート、ホルンパート」になるのかな、と思います。

ここまで書いたら「どの楽器でもそうなんじゃないか」と言われそうですが、でもバイオリンだったらほとんどいつも主役で当たり前、とかビオラは「自分が前に出たい」欲求がそんなには高くなかったり、とか楽器とその役割によって感じ方は違ってくると思います。
チェロもホルンも役割の幅が広いからこそ、みたいなことがあってこういう考えに至ったところがあると思うんですよね。なかなかここんところの思い入れを伝えるのは難しい。うーん。

15の時からユースオケや大学のオケで奏者をやってきて、幸いにもメルボルンのこういう若い人のためのオケってどの楽器にとってもいいチャレンジになる、弾いてて&聴いててものすごく楽しくて充実する大曲・名曲を多く取り扱ってて、演奏するたびチェリストとして、チェレスタとして本当にたくさんの素晴らしい機会に恵まれてきたと思います。
もうチェリストとしてのオケの喜びは味わえないけれど、いろんな曲を深く詳細まで知って他の色んな楽器それぞれの喜びを自分の喜びとしてこっそり共感していけたらいいな、と思います。(音楽として、そして諸々ネタにするためにも!(笑))


今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 第2楽章



あれ、これ以前紹介したかな・・・
脇役としてのホルン・チェロでなくて「主役」として輝く印象が強い曲ですが、それぞれのパートを意識して追ってみるとどっちも伴奏だったりカウンターメロディーだったり幅広く活躍しています。そもそも色んな楽器が本当にいろんな役を演じてる曲ですなあ。それがやっぱいいオケ曲なような気がします。

この曲ってもう4回も弾いてるんですが(笑)第2楽章のホルンソロとそれに続くチェロセクションソロの美しさにはやっぱり弱い!(笑)
(ただこれ先にホルンが吹くメロディーなのにチェロ弾きは「このメロディーは俺達の」と意地になったりもするんですよねー。大人げないぞ(笑))

あとなんでしょうね、チャイコフスキーでよくある「何度聞いても否応なしに盛り上がってしまう」ちょっとオーバーにも思えるセンチメンタリズム。弾いてても、聴いてても歌い上げられずには居られないこのメロディー。
文句なしで幸せですよね、チャイコフスキーの「ロマンチック」って。

もうね、ステレオで(常識内の)大音量でおいしいお酒とおいしいチーズをお供にソファにゆったりくつろいで聴くような贅沢な曲です(笑)そして胸の中から、腹の底から歌い上げてください(笑)

ロマンチックといえばマゼール、というイメージがあるので彼の指揮の録音をチョイスしましたがなんとmp3でチャイコフスキーの交響曲が全部そろっちゃうのですね。オケはちなみにどこなんだろう。

拍手[2回]

まだまだ先は長い
前回のエントリーに拍手どうもです!
昨日、今日とリハーサル行ってきました。
まずコンサートのお知らせから(まだ先ですがリハーサルが少ないので)。

メルボルン・ユース・オーケストラ 第1コンサート
2012年4月29日 2:30開演 Iwaki Auditoriumにて
指揮者: Imre Pallo
ツィンバロム: Rob Cossom
<プログラム>
コダーイ 「ハーリ・ヤーノシュ」組曲
ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 「1905年」

今週末は実際にコンサートを指揮する指揮者さんとのリハーサル(あ、こないだのコンサートで知ったのですが前回のリハーサルを担当した方、メル響でコンマスの隣に座っている人でした)。
実はこの指揮者さん、上記コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」の初演で主演をつとめた方の息子さんだそうで(お父さんとファーストネームが同じみたいです)。
ハンガリー訛りが結構強くてちゃんと聞いてないとたまに聞き逃しますけどユーモアのセンスがなんか好みです(笑)蚊のことを「mozzie」って言ってたからオーストラリアにも何度か来てるのかしら。

昨日のリハーサルはでもちょっとそんなに良くなかった部分もありましたね。
去年と比べちゃうのは酷ですし、みんなが自分と同じようなオケ経験だったり、ショスタコに対する情熱や曲を良く知ってるわけでもないのは重々分かってるのですが、やっぱりどうも不満に思うところはあって。
ショスタコの11番は決して簡単な曲ではないですし複雑に書かれてるところも多いですが、それでももうちょっと(仮にも第2楽章では数千人単位で人が死んでる曲なので)エネルギーを入れて弾いて欲しかったな、と。ちゃんと録音聞けばエントリーもそこまで難しいのはそんなに多くないですし。
・・・と厳しいことを思いながら昨日のリハーサルを終え。

でも今日は私が参加する前のリハーサルで結構きっちりやったのか(特に弦は)かなり自信もパワーも演奏もグレードアップしてましたね。
今まで打楽器が全員そろってないのはちょっと残念ですが・・・まあ人数そろえるのは難しいです。(トゥーランガリラの時も懸念事項でしたね、あのときは11人そろえるので難易度MAXでしたが)でもやっぱりショスタコ11番は「打楽器の交響曲」と言えるほど打楽器が活躍する曲ですし、ハーリ・ヤーノシュもまたキャラクター付けには打楽器が不可欠ですしね。

やっぱりショスタコの11番に関しては熱くなってしまうのです。
14の時にユースオケのサマーキャンプで初めてトップのオケに入れて、そこで第2楽章の後半を弾いて。部分的に弾いたものでは初めての交響曲。
何度も書いてますがその年に入院したときはこの曲ばっかり聞いてましたしショスタコやソヴィエト史を好きになるきっかけの曲で。

チェレスタパートとしては本当に少ししか、それもめちゃくちゃ静まりかえってるところしか弾くところがなくて。
それが本当に大切な役割なのはこの曲のメインアクションや真髄みたいなところに全く貢献できないのがなんかもどかしいような、消化不良というか欲求不満というか。
ショスタコ全般チェロパートはめっちゃ楽しいですし、隣にいるホルン軍団のパートもものすごく充実で、ものすごーくうらやましくなりますね。(ちなみにショスタコのチェロ・ホルンパートに関しては今日リハーサルの間にいろいろ思うことがあったのでまた別の機会に書きたいです。まとめられるかな)
あとは第3楽章のビオラセクションソロとか第4楽章のコールアングレソロとか、スネアドラムやティンパニのパートとか、生まれ変わって別の楽器弾いたら絶対弾きたいですし。いろいろおいしい交響曲。

さて、次のリハーサルはだいぶ間が開いて4月中旬以降(要チェック)。なんか妙なスケジュールになってちょっと心配ですが4月には改めて身を入れてリハーサルに臨みたいと思います。
そして何よりもオケメンバーが全員!揃いますよう!


今日の一曲: コダーイ・ゾルターン 「ハーリ・ヤーノシュ」組曲 第5楽章「間奏曲」



ショスタコはもうちょっと先にとっておきたいのであしからず。
この曲って偉大!と思える曲でも心にしみる曲でもないのに、しかも繰り返しの多いことこの上ないのに、何年たっても気軽に聞けて、愛しく思えてしまうのが不思議。

弦の勢いのある、エキゾチックなメロディーに乗っかって奏でられるツィンバロムの音色だったり、ちょっとひねったリズムや魅力的な楽器の使い方、なんか心をくすぐるんですよね。
リハーサルで思ったのは昼間部のホルンのトリルとか装飾がついたソロ+デュエット、録音だとすっと弾いてるけど本当はかなり難しい!
他にも一番最初の音のタイミングだったり、細かいアーティキュレーションだったり、ちょっと聴きでは分からない水面下のトリッキー部分がいろいろあって、改めて見てみると面白いです(でもこの曲の他の楽章にも言えることですけどね)。

やっぱりでもツィンバロムの音色に真っ先に耳を傾けて欲しいです。Twitterのフォロー先さんが「お琴のような」音色といってたので日本人には結構なじみがあるはず?
ツィンバロムも面白い楽器で、確かにお琴のような楽器なのですが小さな細い撥で弦をたたいて音を出すのです。イランにもほぼ同じ楽器がありますし、古代の中国にもあったようなことを聞いているのですが、影響とか伝達とかの関係はちょっと分からないです。(そういえば大学の授業で見た韓国の琴みたいな楽器は撥でひっかけて弾いてたような記憶も・・・)
撥で叩くならではのトリル・トレモロ・連打などのテクニックやタッチなどがまたたまらなく魅力的です。

4月のリハーサルにはきっとツィンバロムのソリストが参戦してくるはず。その音色を生で聞くのが楽しみでたまりません~

今日は趣向を変えて別の録音を。コダーイとバルトーク、ハンガリーコンビのカップリング曲なのですがバルトークの方は意外にも「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」を持ってくる、という。

拍手[1回]

メル響「Symphonie Fantastique」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日もコンサート感想です。さらにまた来週の火曜日あたりまたアカデミーのコンサートに行く予定が。
トゥーランガリラの彼が作曲した曲の初演があるのでできる限り行きたいのです。

さて、昨日のメル響のコンサート(今年初!)はこんなプログラムでした:
<メル響 Symphonie Fantastique>
指揮者: Matthias Pintscher
デュカス 「魔法使いの弟子」
ストラヴィンスキー バイオリン協奏曲 (バイオリン: Kolja Blacher)
(休憩)
ベルリオーズ 「幻想交響曲」

バイオリンのソリストはメル響ともう何回も弾いてらっしゃる方で、私も今回初めてじゃないはず。
そして指揮者の方は作曲家としても活躍している方で、ホルストの「惑星」の追加曲の一つ、「オシリスに向かって」を作曲した人でもあります。
そしてプログラムはフランスとフランスに近い作曲家のオケ使いの匠による色彩鮮やかな楽しい曲揃い。
やっぱ3人とも楽器の使い方が素晴らしい、とその精密さに驚くだけじゃなく、聴いてて素直に楽しい音楽。
こうやって聴いてるとメシアンがデュカスから作曲を習った、というのがなんとなーく納得するような、デュカスとベルリオーズのスタイルになんか共通点があるような、みんなファゴット好きだな(笑)とか思うこといろいろ。

今回メルボルン・タウンホールでのコンサートだったのですが席がホール下階の最前列(汗)見事に何にも見えないしバランスとか音響もちょっとあれなのですが、とりあえずソリストのバイオリンの弓が弦とコンタクトする音は間近に聞こえました(笑)
あとこれも見えたらよかったのに、というのが休憩の時にシンバル奏者の方(こんどユースオケのコンサートでツィンバロム弾く人です)がクラッシュシンバル(2枚を打ち合わせるタイプ)で細かい刻みとか練習してて(96 bpmで十六分音符までいく)、なんかそういうエクササイズがあるんでしょうけどコントロールがものすごくて大変びっくりしました!どうやってるか見てみたかったなあ・・・

デュカスはホルン、鉄琴、ファゴットが大活躍。コントラファゴットのパートはもちろんコントラフォルテでしたよ-(見なくても音で分かるしここで使わなくてどこで使う!)もうね、ぼいぼい言ってました(笑)あのソロはいいですねー

ストラヴィンスキーのバイオリン協奏曲ってがっつり魂派、とか心が満たされる満足さを感じるコンチェルトとは違うのですが面白いですね。ちょっとインテリ、というかストラヴィンスキーの頭脳派なところが強く出てる、というか。書き手と弾き手と聴き手のマインドゲームというかlight-heartedな戦略のふっかけあいみたいなところがある、みたいなところがあるような。説明が難しい。そして気まぐれさがとにかく快感。
ストラヴィンスキーってフランス的なスタイルの曲をいろいろ書いてますが、似てるとすれば同じくバイオリンが活躍する「兵士の物語」かなあ。

そしてベルリオーズ。
第1楽章にちょっとmanicな狂気が足りなかったかな、とか第2楽章でもっとハープが聴きたかったな、と思ったのですが全体的に楽しい演奏でした。
もう生きててずっとずっと知ってる曲で一回弾いてるんですがそれでも「こんなとこにこんなパートあったのか!」という発見もあり。あと第4楽章で最初のセクションを繰り返すのは本当に初めて聴きました。
第3楽章のティンパニの遠雷すごかったです。クレッシェンドが「これ遠雷じゃない近さ!」というほどでかくて。近いと言えばステージ横の鐘がすっごい近かった!(笑)
デュカスでもそうでしたがファゴットの音の響きが(こういう言葉はあんまりファゴットに使わないのですが)輝かしいオーラを放って広がってる様は心の底からかっこいい!と思いました。(ファゴットはやっぱりフランスの作曲家がうまく使いますね~)
それからベルリオーズではテューバが2人だったのですが、Dies Iraeの超低音がもうobsceneとしかいいようがない下品な音で、この世のものじゃない(まさにこの楽章!)音が最高でしたね!絶対楽しいじゃん、という。

たとえばマーラーの交響曲を聴き終わったときみたいな後に続く充実感、みたいなものだったり、感動した!って感じとは違った、とにかくすがすがしい、書く側、弾く側、聴く側みんなにとって素直に楽しいコンサートで、まるで浴びるように百もの色と感覚を感じることができて。音楽大好き、オケ大好き、フランス音楽大好き、を強く心に抱くようなコンサートでした。
誰かと一緒に、クラシックに詳しくない人と一緒に行ってもまた楽しいコンサートだっただろうなあ。

そして明日明後日はユースオケ(の間を縫って仕事も・・・)。
チェレスタ弾きちょろちょろがんばってきますよ~そして休みも多いのでちょっとリラックスする機会になれば、と。
あとはピアニスト相棒見つかるといいな・・・


今日の一曲: ポール・デュカス 「魔法使いの弟子」



(この人フランス人なのに英語表記なんですね、初めて知りました。そして戻って全部直してきました)
ディズニーの「ファンタジア」で有名になり、もはやあのアニメーションとは切っても切れないようなイメージになっている曲(でもファンタジアの多くの曲のように指揮者ストコフスキにより編曲がされているようです・・・もったいない)。
曲の元としてゲーテの詩があったり、ファンタジアの中では特に原曲・原典に忠実なアニメーション作りとなっているのと、あと曲が元の詩をうまく表現しているなど複数の要因による結果ですかね、その結びつきの強さは。

ちなみにオケの世界では一部の楽器のオーディションに使われることでも知られています。
ソロが多いファゴットはもちろん、鉄琴(聴いたらきっとどこか分かると思います)、そしてホルンもオーディション出現頻度が多いらしいです(メインメロディーのあたり、とは聴いていますが正確には分からないです)。
ホルンとファゴットはでも実戦(=オケで実際に演奏するとき)だとチームワークもものすごくものをいいますね。昨日聴いてて「ここ合わせるの緊張するだろうな」ってところがちらほらと。

聴いてて本当に魔法が魔法に聞こえるのはやっぱりすごいと思いますよ。
楽器の使い方のうまさ、的確さ、センスももちろんそうなのですが、繰り返されるモチーフ・テーマを変形させたり重ねたりするやり方に感覚的な天才さだけでなく頭脳プレーの巧みさも感じられますし。
ただ杖を振れば現れる魔法でなく頭で考え、イメージして自分のエネルギーを消費して形にする魔法なんだな、と。

そのまま聴いていても楽しいですし、物語と照らし合わせながら聴いても楽しいですし、楽器の働きに注目しても面白いですし、曲を通じて繰り返されるテーマを探しながら聴くのも面白い。
何度でも、どんなレベルでも色んな視点で楽しめる名曲です♪

(リンクはやっぱりこういう曲はこの人で聴きたくなるでしょう!ということでデュトワの指揮で。他にもちらほら面白いのが入ってます。)

拍手[1回]

「Australian Voices - Nigel Westlake」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
一昨日書いたのですがコンサート行ってきました。
私の第2の師、といえる(or である)Michael Kieran Harveyが演奏するコンサート、ということでいったのですが国立アカデミー主催なのでほかにも知ってる人結構いました。
コンサートはこんな感じでした。

<Australian Voices - Nigel Westlake>
Matthew Hoy (チェロ、監督)
Michael Kieran Harvey (ピアノ)
+国立アカデミーの生徒

プログラム:
Westlake 「Tall Tales But True」
Westlake ピアノソナタ第1番
Westlake 「High Tension Wires」
Westlake 「Rare Sugar」

上記にあるように今回はオーストラリアの作曲家Nigel Westlakeをフィーチャーしたコンサートでした。
ABC Classicsの20世紀カウントダウンではオーストラリアの作曲家のなかで一番高い順位にランクインしていましたWestlake(第29位、「Antarctica Suite」)。IMAXでも上映された映画「Antarctica」や世界的に有名な「ベイブ」など映画音楽も多く手がけたり、テレビ音楽、ニュースのテーマ音楽など広く作曲を手がけている人で。
そして元はフュージョンバンドでドラムをたたいてたこともあるそうです。
ということでいわゆるクラシック音楽のコンサートですがどの曲もクラシックの外にもたくさん影響が感じられるコンサートでした。

そしてさすがはドラマー、というかリズムの強さ!(オーストラリア音楽全体リズムが強い傾向はあります)
なんかリズムの細胞みたいのがあって、それが増殖するみたいな感覚だったり、特定のリズムのパターンが進化ししたりする感覚がリズム好きとしてはたまらない!
さらに演奏する側もさすがアカデミーの若人たち、若い前向きなエネルギーにあふれていますよ。弾いててどの曲も(特にHigh Tension Wires)ものすごーく楽しそうでした。特に複数の奏者が一緒に弾くとエネルギーが増幅するみたいなところのある音楽。

マイケル演奏のピアノソナタ第1番に関しては一言:
もうめちゃくちゃやるなあこの人!(奏者に向けて)
なんでしょうね、前々から頭脳と感性と感情と表現(ピアノを弾くこと)がぶっといラインでつながってるような人なんですが、この曲をものすごく瞬時に、でもものすごく包括的に・詳細に解っている、頭と両手でがっちり把握している感じがひしひしと。あとタッチが瞬時に自由自在に変えられるのが本当にすごい。
そしてこの曲、マイケルのためにWestlakeが書いた曲で、初めて書いた大規模ピアノ曲だそうですが、ピアニストじゃない作曲家がこんなピアノソナタを初めてで書くのか!というのもまあびっくり。
リズムから主にくるものだと思うのですが私もすこーしだけこの曲に何か求めるもの、通じるもの、ちょっとだけもしかしたら理解しかもしれない?ものを感じたのでいつか弾ける・・・かなあ・・・と思いました。

そしてコンサートの後は顔見知りに挨拶して、マイケルに挨拶して。久しぶりでした、前回いつだったかなあ・・・
そうやってマイケルにくっついてたらスタッフ側中心のピアニスト(+監督だったチェリスト)との集まりに混じることになり。
で、初対面の人もいる中いきなり「男できた?」と聞くのにはもうツッコミ入れるあれもなく「できてないよ!(笑)」と普通に答えてしまった(笑)
そしてそこからピアニスト・教育者が集まってるにも関わらず延々とウサギの話に。マイケルと私は元ウサギ飼い主友達でもあるのです(笑)といっても私はもう数年飼ってないですし、今回マイケルのウサギもお亡くなりになったという事情ですが。
ウサギの行動についての話やケガ・病気の話だったり本当に長々とそんな話ばっかりで(笑)

でもそれに混じって、そしてその後改めてゆっくりとありがたい話も聞けました。
マイケルは今のオーストラリアの音楽の行方を案じてるだけでなく、政治や科学や世界全体の行方などについて本当に真剣に考えてる人で。
なかなか自分にはついていけない部分もあるんですが、世界が深刻な状況にあっても音楽をやることの意義だとか、少しでも反芻して学べるところがあったらな、と思っています。

オーストラリアの中でも格差はあるようですが、それでも今アメリカとかと比べるとオーストラリアはまだ音楽において前に進む力が強い、みたいなことをマイケルはいってました。ここ数年オーストラリアで今まさに作曲されているような音楽をいろいろ聴いてますが、確かにオーストラリアの現代音楽ってまだ勢いと前向きなエネルギーにあふれてるように思えますし、奏者のスタイルにしてもそうですし(昨日の演奏を聴くと若い人しっかり地元の音楽引っ張ってるな!と本当に思います)。

自分にできるのは今の作曲家の背中を押すことだ、というマイケル。奏者としてまだまだオーストラリアの「イマココ」の音楽を引っ張ってってるイメージがあるのですが最近は1時間以上は演奏しない、とか数年たったら最後のメルトダウン(実際どういうものかはわからないですが)がくるかも、とかいわれるとなんだかやっぱり悲しいものがあるな、と。
なんかそういう言われ方すると、ね・・・後を追っかけてるオーストラリアのメシアン弾きとしてもっと自分ちゃんとしなくちゃいけないなあ、と思っちゃうのです。(できたらやっぱりオーストラリアの現代音楽ももっと弾きたいです。ただやっぱり優先順位があって・・・)

そんな強烈に考え、感じ、表現して、強烈に後ろ向きで前向きで、現実的ながら一部それを超えてるようなところもあり、とにかくクレイジーなマイケルをある種のRole modelとして、心の中でも師として、これからピアノ弾きとして(メシアン弾きとして、ある種の現代音楽弾きとして)進んでいければなあ、と思わされた一晩でした。

ということで明日はメル響のコンサートに行ってきます~
そういえば秋ですしキーワードto音楽もそろそろやりたいですなあ。


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 「二人でお茶を」より「タヒチ・トロット」



コンサートで初めましての曲って「今日の一曲」ができる場合とできない場合があるのですが、今回はできない場合でした(汗)
オケ曲が最近少なかったですし、最近買ったCDからも紹介していきたいと思うのでちょっとツボったこの曲を。

正確に言えばショスタコーヴィチの作曲でなくてミュージカル曲の編曲なんですよね、このタヒチ・トロットという曲は。
ショスタコーヴィチといえば交響曲、弦楽四重奏曲など「お堅い」ジャンルがメジャーですが、映画音楽も多く手がけている作曲家なんです(あれ、Westlakeと重なるところが)。若い頃はサイレントムービーにピアノ即興で音楽をつけるアルバイトもやってたそうで、ポピュラー音楽文化には結構親しみが深かったようです。
その独特な闇と皮肉と毒が特徴的なのでショスタコーヴィチが音楽スタイル的に「器用」というイメージはちょっとないですが、でもジャズ組曲(同じCDに入ってる)にしろ、この曲にしろ、映画音楽のオケアレンジにしろ、いろいろ聞いてみると「この人いろんなスタイルをものにしてるなー」という感がじわじわ出てきます(これもちょっとWestlakeににてるとこあるかも)

そもそもショスタコだって明るい、Light-heartedで無邪気な曲をかけるんだよ、という(笑)
手回しオルガンっをちょっと思わせる音色や、ちょっとだけ崩したような、カジュアルでリラックスしたおしゃれなスタイルもお手の物。
やっぱりチェレスタ弾きとしてはちょこちょこフレーズの終わりに合いの手を入れるチェレスタパートやハープや鉄琴との絡みがいとおしい♪

コンサートのアンコール(プログラムによってはきっと効果覿面ではないかと)だったりライトミュージックコンサートだったり、デザート的な味を添えるような使い方が見てみたいですね。

(リンクしたCDは持っているのと同じです。なかなかショスタコーヴィチをいいアングルから捕らえてる、聞いてて楽しいかっこいい曲揃いです)

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