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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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伝統的?なクリスマス
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪

昨日から今日までクリスマス&Boxing Dayを親友の家族のうちで過ごして来ました。
母が日本に帰ってから毎年、恒例になっているイベントです。
オーストラリアではクリスマスは家族で過ごすため、親友の家族全5人(妹が一人留学中にて欠席)、親友のパートナー(彼氏、というよりはもうパートナーですね)、庭にある家にすんでいるおばあちゃん、一番下の妹の彼氏に加えてさらに親戚一同集まっていました。以前のクリスマスで会ったことのある人もいればそうでない人もいて。
昨日の昼は天気が良くて暑かったため私たちが来る前にビーチで散歩だったり泳いだりもしてたそうで。

手作りのプディング、そして手作りのアイスクリーム(ピスタチオなどが入ってる、プディング用特製だそうで)をいただきながらいろいろな話を聞きました。一番印象に残っている話が親友のいとこが話していた介助犬の話。
介助犬と言っても視覚が不自由な人、聴覚が不自由な人など実に多様な目的での補助のためにトレーニングが行われていますが、糖尿病での血糖値の上下を嗅ぎ取る犬だったり、脳の障害などでまっすぐ歩いているかわからない患者さんの歩行を助ける犬、さらには統合失調症などで幻覚が見えているかもしれない場合にそれが幻覚かどうかを判断してくれる犬までも訓練されているそうです。

私たちが家に到着したころはもう雨が降り始めて、雨がオンオフしながらたくさん稲光が見えたり雷の音も聞こえたり。(メルボルンでも地域によっては霰・雹も降ったらしいですね。そのホワイト・クリスマス違うと思う・・・)
もう10歳になる犬(半分はチワワ、もう半分は忘れた)が午後からずっと怖がってました。

夕食には(伝統通り?)七面鳥を少しいただいたり、親友手作りのサラダ(こないだもいただいた)やジャガイモや、そして久しぶりに親友のお母さん手作りのパンをいただきました♪一番下の妹はもう飽きた、といってますが私はものすごく好きなんですよね~穀物がいろいろ入ってて、わりとみっちりな質感。

親友の家族の家は大家族とあって家2つ分の敷地に家が建ててあるのですが、庭も(一部おばあちゃんの家になったながらも)とっても広い!
外からは見えませんがおばあちゃんの家の前とあとリンゴの木にちょっとイルミネーションが飾られていました。
そして昔庭の大きな木に登ってシティの方向にWest Gate Bridgeを見たりしたのですが、その木がなくなってた!
・・・と思ったら去年のクリスマスにはもうなかったよ、と言われたです(笑)あれーおかしいなあ・・・
そして反対側の庭にあるジャカランダの木は20年前にいただいたものらしいのですが、今年やっと初めて花が咲いたそうで。青紫の綺麗な花が上の方だけちょっと咲いてました。今後増えるといいな。

夜は「カールじいさんの空飛ぶ家」を見たりなんだりしながら、途中でちょっと寝る前に散歩にいくという親友についていったり。
あそこらへんのエリアは結構裕福なエリアで、きれいな家も多く、家の外や中にイルミネーションが施してある家も多く。散歩してるとなんかいいですね。あと嵐はすでに去ってたのですが遠くに稲光が見えたりもしました。

次の朝からもうずっとまったりしてましたねー。
Upwordというボードゲームを初めてしましたよ。Scrabble、といって英語圏ではおなじみの文字をつなげて言葉を作っていくボードゲームがあるのですが、あれを上にも積み重ねられるようにしたやつで。辞書は使えるのでボキャブラリーは問題ないですが、初めてなのでどれだけポイントを多くできるか、という考え方までは追いつけず。
あとは親友が初めて歩いたときの話から昔のアルバムを見たりもしました(笑)私が写ってるやつもちょっとだけありましたね~
それにしてもおばあちゃん(今年で91歳になった)の元気なこと(笑)撮った写真をphotoshopで加工したり、皿洗いしちゃったり、外出にスクーターを使い始めたり。やっぱり近くに住んでるとお互い安心ですしねー。

そんなこんなで昼ご飯の後は海のほうへ散歩。気温は低いですがものすごい風を利用してウインドサーフィンとかカイトサーフィンをやってる人がたくさん。
ぐるっと回って帰ってきたら庭のトランポリンで玄米茶をいただきながらゆっくりしました。Boxing Dayといえばメルボルンではいろんな店のセールだったり、クリケットで盛り上がるのですがもうなにもせずまったりと(笑)
最寄りの店が並ぶ通りも大分今日は静かでしたね-。

なので帰ってきてもあんまり疲れたとかいう感じはなく、なんか休めて良かったです。
明日から2日はしっかり働いてしっかり練習しなきゃならないのですが、今年も良いクリスマスを過ごせました。
家族の一員として毎年加えてもらえて、たくさん美味しい食べ物とお茶と(お茶を半端なく勧められる!)楽しくて安らげる時間をいただいて、親友とその家族にたくさん感謝です。


今日の一曲: ピーター・ウォーロック 「カプリオール組曲」(弦楽オーケストラ版) 第6楽章「Mattachins」



ちょくちょくipodを全ランダムにして再生するのですが、今日夕飯を準備してるときはなぜかウォーロックとフォーレをやたらと聞かせたがってて(笑)なんか機械なのに感情というか気分があるみたいだ、と思ったほどです。そもそもウォーロックに関してはCD1枚分とかしか入ってないのに。

そんなウォーロックの作品で私が好き!といったら歌曲ですが、愛着がある、といったらこの「カプリオール組曲」です。
中学・高校の時は弦楽オーケストラと吹奏楽は普段は別々に練習して、コンサートによっては吹奏楽の一部が弦楽オーケストラと一緒になってフルオケとして弾いたり、というシステムになっていて。
なので弦楽オーケストラの曲(ほとんどがイギリスのもの)は弾いた経験が多いのです。
「カプリオール組曲」もそんな中で複数回弾いてる、愛着の強い曲です。
いわゆるよくある「20世紀の古音楽リバイバル」的な曲で、スケールも大分小さいのですがどの楽章も魅力がありますよ♪

「Mattachins」というのは「剣の舞」のことらしいです。といってもハチャトゥリアンのそれのような危うさというかスリルはないみたいです。
むしろ曲調は明るくてテンポは落ち着いてて、チェロとコントラバスのベースラインは重々しい、しっかりしたステップを表し。
でもたまに出てくる不協和音の使い方が20世紀だな~と思いますし、そして剣の刃を思わせるようで。
「私が好きなウォーロック」(=薄暗さとか渋い色彩とかそういう弦の使い方とか)、とは違いますがそういう細かいところの感じが好きです。

(今リンクする録音探してたらギター四重奏版、なんてのもありました。もとはピアノ連弾で、オケ版もあって、ほかの編曲もいろいろあるとwikipediaにあったのですがびっくりですね~バロック以前のギター音楽(編曲も含む)は好きなんで興味津々です。でもリンクするのは弦楽版。)

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フライングクリスマス
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
今日は無事仕事案件その1も終わり、次のにも手つけながらピアノも練習し、洗濯機も回して(笑)夜ご飯は昨日の残りの親子丼(乗せる前の状態で保存)、と引き続き何の変哲もない忙しい日常を送っていました。

が、明日はクリスマス、ということでまずはこちら。
Christmas drawing 2011  ちょっと早めですがメリークリスマス、というかHappy Holidays!
やっとFaber-Castellの色鉛筆を真面目に使った(笑)
上にいるのは鳥のカタログにもでてくる(楽章の題名にもなってる)イソヒヨドリ。鳴き声の美しさ(一応一つパッセージを鳥カタから再現)もありますが、どうしてもクリスマスモチーフは色が偏るので、頭の中で絵をプランしてたらこの鳥の色がぴったり来た、ということです。
でかく描きすぎてスキャナで読み込めなかった結果、携帯で撮ってアップという形に。一応補正したんですが、どうも暗い。編集が単にうまくないだけか。
(後ほどtwitter, pixiv, facebookにも上げますがサイトには上げないかも・・・)

幼稚園の頃は(キリスト教系の幼稚園だったので)ページェントで天使ガブリエルを演じたりもしましたが、20年たってすっかり無神論者としての価値観がかたまり(もちろんそれでもメシアンとかバッハは心から引きますが)、なんというか「商業的な」「現代文化的な」クリスマスにも割と反発する思いがあったりで。

そんな私のクリスマスは今年もセカンドファミリー、つまり親友の家族と過ごすクリスマス。
親友も家を出て職に就いたこともあり、昔(学校にいたころ)のようにはお互いの家に行ったりする機会が減ったり、妹の双子達とも会う機会も減ったり、ジンジャーブレッドハウスを作る習慣も途絶えがちで。(ちなみに双子の上の子はいま北欧の方で留学中なので今回欠席。でももうすぐ帰ってくるはず)
遊びに行ってお世話にいって特別に何をする、というのがなくても一緒に居れること、昔のようにゆっくり時間を過ごせることがなによりも楽しみです。
しかも今回次の日に友達で集まるかもしれないので泊まりかも・・・ということで今回フライング気味にクリスマスの話をしているという事情です(笑)

今日ちょっと思ってたのは西洋の暦がB.C.からA.D.に変わる頃、中東の方でもきっと新生児の死亡率って低くなかったと思うし、ましてや助産婦さんとかお医者さんのいない、衛生的に問題のある厩の中でイエス・キリストが無事生まれて聖母マリアも無事で、というのは神の子云々無視してもなんだかすごいことだったんだな、と。(すっかり職業病です!)
でも約2000年たった今の世で、医学的な進歩だったりその周りの進歩だったりで新生児の死亡率が(少なくとも先進国では)大分下がったにもかかわらず、赤ちゃんが生まれるっていうのは関係者全員にとってものすごく大変なことで、安全性が上がったとしても一つの命が生まれるというのはものすごい奇跡なんですよね。
・・・と、今年出産した友達と生まれた赤ちゃんの事を思い出してちょっと考えにふけってました(笑)

あとは毎年気になる「ベツレヘムの星」の話をちょっと調べてたり。
今ではあれは超新星爆発ではないか、といわれてるみたいですね。確かに木星や土星みたいな明るい惑星だけじゃなくて全天で一番明るい恒星であるシリウスや、それを含めた冬の大三角、オリオン座とかが見えるなかで「きわだって明るい星」が突然現れる、または存在する、というのも難しいですしねー。
(でも方角によっては星がまばらなところがあって、そうすると他の星に囲まれてる場合よりも明るく見える場合もありますからね、アルファードみたいに)
でもあの時代だと夜方角とかを知るのにはきっと星を見るのが主流だったと思いますし、おそらくそういう知識があるであろう三博士が今までのナビゲーション法をほっぽっていきなり現れた星を容易に代わりにしてそれだけを便りに進んでしまう、というのは大分リスキーではないかな、とも思います(笑)・・・・というかキリスト教をはじめとした宗教ってそういうとこありますが(苦笑)

小さい頃からたまーに「三博士の旅の情景」というのを想像することがたびたびあるんですよね。
考えてみると例えば巡礼とかで似たような旅の風景、というのは(キリスト教限らず)いろいろあるんですが、私の創作にもそういう感じの情景は少なからずあって。天竺への旅もそうですもんね(今こっちのテレビ(SBS)で西遊記(新)がやってるんですよ)
想像してるところはなんか砂漠だったり森だったり、そういう周りに人の生活がないところを星で方向を見ながら目的地に向かって進んでいく、みたいなイメージで。

それがこないだアルヴォ・ペルトのLamentateについて読んでたときに出てきた「心の砂漠」となんかつながるところがあったんです。またフォローアップしなくちゃいけないトピックなのですが、確かペルトが言ってたのは、人間は心と向き合う時(だったかな?)には本当に外の世界のいろいろを断って、「心の砂漠」で一人きりになることが必要だ、というようなことだったような覚えがあるんですよ。(Lamentateに関してはエントリー一つ割けますし、あと自分でももっとじっくり向き合ってみたいと思ってるのでまた後ほど)
その「心の砂漠」を作ってその中を旅して真理(としておく)を見つける、という過程がが例えば巡礼の旅だったり、三博士が幼子キリストを見つける旅に直接的・象徴的に現れてるような気がするんですよね。
(で、ここで「それなら無神論者にとっての心の砂漠と旅はどうなるのか」という思考に至るのですがそれもまた別の日に)

だから結局のところ私が言いたいのは、直接的にも象徴的にも、方向を示してくれる星を見るためには人工的なイルミネーションを消して小さな光を信じながら闇の中を進まなくちゃいけない、みたいなところなのかな。

まあこうやってちょっとちくちく苦言が入るわけですが、そんな私がクリスマスを祝う音楽は聖飢魔IIの「悪魔のメリークリスマス」だったり、以前紹介しましたCoventry Carolとそれを引用しているクラムの「A Little Suite for Christmas」だったり、そういうちょっと冷静に物事を見るというか否定的な、闇の部分のクリスマスに加えて、「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」でキリスト教がなかったらメシアンもこういう音楽書かなかったもんな、と少しばかりありがたく思ってみたり、「Away in a Manger」みたいな賛美歌を思って学生時代を思い出したり。
いろいろあるけど、複雑に絡み合って全部ひっくるめてクリスマスしております。

ということで明日から明後日までゆっくり楽しんできます~
(イコール明日は更新お休みです)


今日の一曲: ジョージ・クラム 「A Little Suite for Christmas」 第4楽章「Adoration of the Magi」



Adoration of the Magi=東方三博士の礼拝はダヴィンチ、ボッティチェッリ(+それをモチーフにしたレスピーギ)、メシアンなどがクリスマスのストーリーの重要なエレメントとして芸術作品で扱っています。
そもそもキリストの誕生には聖家族・天使達・羊飼い・三博士という様々な「エレメント」を代表するキャラクターが用いられていて、東方の三博士にとってはキリストは「預言者が待ち望んでいた主」である、という側面を司っている、というか・・・嗚呼説明下手。

「東方」というのはどこなのか、というのは聞いたことないんですよね。
絵画では肌の色が変えてあったりするのも見たことがありますし、この曲だとペンタトニック=五音音階を使うことでオリエンタルな雰囲気を出しています。(そこまで東ではないとは思いますが・・・(笑))

どこか呪文を唱えるようなメロディーだったり、特殊奏法とピアノの響きが厳かな、神秘的な雰囲気を作りだします。
よく「打楽器の音は他の種類の楽器で再現しがたい」とは言われますが、まるで銅鑼の響きがピアノから聞こえたり。
あとは同じクラムの「夏の夜の音楽」の「Wanderer-Fantasy」を思わせるようなパッセージで「旅してきた」ことを表したり。(典型的クラムですねー)

最初にこの曲集を好きになったのもこの曲がきっかけだったりします。
雰囲気が直感的に気に入ったのですねー。ドビュッシーとかでみるこういう「もろオリエンタル」なクリシェに案外弱いのもありますし、あとこの曲では特殊奏法がものすごくわかりやすく的確に使われてるなーと。
表現したい世界観があるのが分かる、というか。うん、必要だな、というか。
こんなに小さな曲だけれど、クラム独特の、題材独特の世界観とキャラクターがあって、それを愛せずにはいられないのです。

拙い説明になってしまいましたが、A Little Suite for Christmasは手のひらサイズの愛らしい組曲で、クリスマスにまつわる闇も忘れないで元の慎ましい(けれど喜ばしい)クリスマスも表現する素敵な曲です。
(そしてこのリンクしたCDにはApparitionとSongs, Drones and Refrains of Deathもカップリングされてる、というなんだか最高の組み合わせです!メルボルンの夏の夜には特に良い!)

拍手[1回]

師走多忙中。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
お返事は別の場所でしたのですが、ちょっと捕捉として。

いわゆる「Tバック」についての話なのですが(爆)、私が使っている電子辞書(セイコーインスツルメンツのSR-A10002)には英和辞典としてランダムハウス英和大辞典とリーダーズ英和辞典/リーダーズ・プラスが収録されていて、前回のエントリーで「Thong」を引いて「ひも型の超ビキニ」とでてきたのは前者ランダムハウスで。(ちなみに地域特定はなかったです)
リーダーズの方でThongを引くと「(かろうじて股間をおおう程度の)ひも状の水着」と出ます(笑)
ついでにこれを英英辞典(オックスフォードアメリカン・オックスフォードadvanced learners)で引くと「a skimpy bathing suit or pair of underpants like a G-string」と出ます。訳すると「G-string(Tバックの別名)のような布の少ない水着・下着」、みたいなことですか。こちらではG-stringという言葉を使うのですが、これを引くともっと面白い説明がでてくるのですが今回はここらで(笑)

最近ブログのネタが詰められなくてですねえ・・・
仕事をちゃんと終わらせて休みの日を作らなきゃ、とか夜ご飯をどうするか、とかいつ出掛けるか、いつ洗濯機回すか、とかスーパーがいつ休みで何を買わなくちゃいけなくて、とか生活の細々したものに追われてじっくり考えをまとめる余裕が全くない!

昨夜はちょっと自分の創作の色々を思って涙を流すこともあったのですが・・・
創作のことを思う、考える形はいろいろありますが、たまにはそうやってempathyをもって想ってあげることも大事ですね。というかもっとそうやって心で感じて頭で考えてあげなくちゃいけないと思います。ふとしたことがきっかけで、言えば気まぐれで生まれたようなキャラクターやアイディアや出来事だけれど責任を持って大切に、全力で表現してあげないと、ということをもっと自覚しなくちゃなあ、と。

それでも書き物が進んでるわけでもないですし(なんとなーく目の前の方向は分かってるのですが)。
ピアノもできない日がちょこちょこあって、練習しててもなかなか思うような練習だったり、弾き方だったり、時間のかけ方ができなかったりして。
それをあんまりストレスに感じないようにはしていますが。

そんな多忙の中でもいろいろできることはやってます。
こないだ大学の図書館が休みになる前にがっつりCD借りてきて、仕事しながら聞いています(もちろん頭に入ってくるものに限りはありますが・・・)。内訳は以下の通り:

ブラームス 弦楽六重奏第1番・第2番、それから第1番の第2楽章のピアノ版 (Stern/Lin/Laredo/Tree/Ma/Robinson、ピアノはAx)
プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第1~5番 (アシュケナージ演奏、プレヴィン指揮)
イスラエル関連フルート音楽(編曲など)
フルート音楽 by ライネッケ、ミヨー、マルタン、ヒンデミット、プロコフィエフ

所謂スタンダードなクラシック音楽もいいけれど、どうしてもやっぱりヘブライ・ユダヤ音楽には弱いですね~(笑)もう大好きです!
もともとラヴェルの「カディッシュ」のフルート版があると聞いて借りたCDだったのですが、民族音楽系のトラックがぐいぐい来ます。
クレズマーをクラリネットやバイオリンといった鋭い音の、激情がストレートに出せる楽器で聞くのに慣れてるので、同じ文化の音楽を比較的ひょうひょうとした、柔らかい音色のフルートで聞くのは新鮮でした。(調べてみるとフルートでクレズマーというのもあるようですがね)
感情的すぎない、クールで透明な美しさがまたいいです。

話は変わってこないだ水曜日にマッサージを受けてきました。
大分ひどく張ってると言われました、肩から背中まで(汗)ちと痛めにやってもらったのですが、これは今度また行かなくちゃなあ・・・
で、アロママッサージだったんですが使ったブレンドはローズマリー、ベルガモットとユーカリのオイルで、芳香浴にはそのうちベルガモットのオイルを使って。リラックスして寝転がっていたからか、室内だったからか。はたまた芳香浴の影響かそのときは結構息が楽だったんですよね。
もう数日吸引ステロイドを使ってますが、普段生活してると未だに息苦しいのでなんとかならないかなあと思ってて。なんとか参考にならないかなあ。

ベルガモットオイルといえば家でショットグラスに詰めたティッシュに垂らして(アロマのバーナーとか火は使えないんで)使ってるんですが、いつのまにかなくなってしまって、また買わないとなあ・・・
最近(音楽をかけながら)天気の良いときは窓を開けて仕事をしてるのですが、夏の外気が気持ちいいだけじゃなく、アロマオイルを使った後空気が動くので鼻が慣れることがないことが分かったので、夏の間はどんどん活用したいな、と思っている次第です。

とりあえず年末年始、最低でも25~26日(親友の家でクリスマス)、31~3日は休みたいから今しっかり働かなければ。
休みの日はなるべくしっかり休んで、ピアノやって。そして年が明けたらVictorian Gothicにアルケミーゴシックのあるアイテムを買いに行くのを楽しみにしています。
がんばらねば。


今日の一曲: トラジ・ハイジ 「ファンタスティポ」



上記ヘブライ系の曲にしようと思ったんですけどねえ、探ると結構文化的な背景とか一杯出てきて今度ゆっくり知ってから・・・ということに。
これ、どれくらい知られてるんですかねえ。TOKIOの国分太一さんとKINKI KIDSの堂本剛さんが主演だった映画「ファンタスティポ」からの歌なんですが。妹がTOKIOファンなので家にDVDがあって、それと共にこの歌のCDもあって。

実際映画を見て素晴らしいかどうかは別として、なんか面白かったですし、シュールな世界の中に広く共感するところがある「普通」の、でも大切な価値観が見えたりして。
それに兄弟関係にしていろいろ思うことがあったんですよね。
私は2姉妹の長女なので、どうしても主人公の兄弟2人のうち、国分さん演じる長男「トラジ」に共感することが多く。できる・頼れる上の子でいたいし、できる子ではあるはずけれどどうしても上手くいかない、どうしても下の子の方が家族の中でも上手くやってるんじゃないか、といういろいろがあったりで。
(うちの場合私の方が病気の色々で両親のattentionを多く受けていた、というのは確かなのですが、同じく病気のあれで色々わかり合えないことたくさんあったのも事実で。)

それからこの歌にあるなんとなーくこう、子供と大人の狭間にいる感覚にもう何年も親しみを感じてきて(笑)いつになったら大人になるんでしょうね。
それがまた自分の創作の世界に通じるようなものがあって、ちょこちょこ聞きたくなる歌でもあるのです。

あと、これもまだ追求してないところなんですが、ちょっとどこかの民族音楽的な雰囲気があって、それが音階なのか楽器のサウンドなのか、よく分からないんですがちょっと心地良かったりします。
(あと嬰ヘ短調という調がなんか曲の雰囲気、心象なんかに合ってる感もあるんですよねー)

唐突に選んだ形になっちゃいましたが、今日再び自分の心を動かした歌でした。

拍手[1回]

割と使ってるオージースラング
前回のエントリーにも拍手ありがとうございます~
注射箇所はまだ押すと痛いですし、気道も相変わらずですが予定通りしっかり働いております。
(↑明日のマッサージでは言った方がいいですね、そういえば)

オーストラリアに来て来年の3月で16年。来たときはちょうど日本で小学校4年を終えたところで、日本では全く英語をやってなかったのですが日本人が1クラスに1人はいる、ESL(外国語としての英語の授業)の体制もちゃんとしてる現地校に入って。
ということで私が日常で使う(書く・話す)英語というのはほぼ100%オーストラリア英語といっていいと思います。
(ただ仕事に関してはアメリカ英語が一応基本)

とは言ってもやはりなんというか私が(生まれの国だけでなく性格というかキャラ的に)あんまりばんばんオージースラング使ってるとちょっと変かな、と思いますし、あとメルボルンみたいに都会(オーストラリア基準)だとそんなにみんな訛りが強いわけでも、がつがつスラングで話す訳でもないですし。
それでも結構日常でいつのまにか、というか主に友達などが使うのにならうような形で自分の話す英語にもオージースラングが自然と入ってくるようになったと思います。

オージースラング、というと「言葉を短縮する」ものが比較的多く知られていると思います。
例えば野菜=VegetableはVegie、オーストラリア人=AustralianはAussie、オージーフットボール=Footieなど「-ie」を語尾に付けるものが多いです。
(他にも私でもよく使うものだったらバーベキュー=Barbie、サングラス=Sunnies、ビスケット=Bikkies、朝ご飯(Breakfast)=Brekkie、プレゼント=Pressie、チョコレート=Chokkieなどなど)
あとは-ieでない短縮だと午後=AfternoonがArvoとか、お茶=A cup of teaがCuppaとか。パジャマはPJ's。それから面白いのはトイレをDunnyといったりLooといったり、割と何パターンかあったりすること。
雰囲気というか傾向としては略語、というよりも「愛称」みたいなところがありますね。-ie語尾はオーストラリアに限らす英語では可愛い印象を持たせる場合があるので(例:子猫=KittenがKittyに)。長くて面倒くさい場合よりも生活に深く根付いている、愛着がある言葉がこういう風に省略される傾向にあるのではないかと私は思います。
(あとオーストラリアは特に女の子は子供・赤ちゃんが使う言葉を大人でも使ってることはよくありますね。さよなら、をTa ta、といったりありがとうがTaだったり。)

で、今実際のスラングのスペルをチェックするのにこのサイトを見てたわけですが、一つずつ見ていくと「これオーストラリア英語だったの!?」というものが結構ありますね(汗)方言の「全国区じゃないの?」みたいな。
Bloke(男性を表す言葉)とか、Chemist(薬局)とか、Chook(鶏)、My pleasure(どういたしまして)、Full stop(ピリオド)などなど・・・というか今書きながらも「これ本当にオーストラリアだけなのかなあ」という気持ちで一杯です(笑)どうも確信が持てなくてここに書かなかったのもちらほら。
そういえば以前イギリスの人と話してたとき「Dot point」(箇条書きの頭の印)が通じなかったなあ、と。向こうではBullet pointというようです。(ただ改めて考えてみるとDot pointはちょっとおかしいかもしれない、頭痛が痛い的な意味で)

もちろん同じ言葉でアメリカやイギリスとオーストラリアで違う意味を持つ物もあって。
一番はっきり違ってて、しかも笑える例が「Thongs」。こちらではビーチサンダル(うちの祖母が「つっかけ」とよぶやつかな)のことを指すのですが、イギリスではいわゆるTバックのことを言うそうで(笑)
学校のオケでイギリスに行ったときに「軽々しくThongっていっちゃだめだからね(笑)」と友達間で話してました(笑)でも形状は確かに似てますもんね~
で、もっと面白いのが、今電子辞書で確認するためにThongをひいたら「ひも型の超ビキニ」と書いてありました(Tバックのことですね、いわずもがな)。そんなにがんばらなくちゃいけなかったか!超ビキニって!(笑)
ちなみに辞書によるとThongs=サンダルな地域はオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダだそうです。

あとオーストラリアの方言、という話とはちょっとずれるのですが「感嘆詞」の使い方ってやっぱり面白いですね。
以前日本のTVでとある女子アナウンサーの方が「Gosh」と言ってたのを聞いて「お、帰国子女かな」と分かるくらい、表現の豊かを密かに問われる言語のエリアだと思います。
感嘆詞はなかなか教科書では教えてくれませんからね~ネイティブの人と話をしたりして、ある程度気を許したり盛り上がったりしたときに使われる物で。
で、感嘆詞のレパートリーって個人によって違うもので、わりとキャラを明確に示すものだったりもします。
一応16年間で友達やメディアなどから習得して取捨選択して自分に合わせた感嘆詞のレパートリーは大体以下の通りかな。

ポジティブな感情を表す: Yay, Woo hoo, Sweet!, Boo yeah, Score, Rad(稀に), Legend (稀に), Awesome, Great, Yes など
ネガティブな感情を表す: Eewww, shoot, boo, sheesh, pity that, bummer(稀に), D'Oh (完全にthe Simpsonsの影響), oh no, no way など
その他: Oh god, my god, I see, gee, Oh-kay, seriously など

ネガティブな感情を表す感嘆詞で友達が「Bah Humbug!」というのを使うのですが(腹立たしいときに使うフレーズで、なんとタイムリーなことに元はチャールズ・ディッケンズの「クリスマス・キャロル」のスクルージの台詞だそうで)、私も自然に会話(またはメール)で使えるようになりたいフレーズの一つです(笑)

ちなみに英語では所謂Swear wordsという、「汚い言葉」みたいなものが割とあって、日常でも比較的良く使われています(?)。さきほどの感嘆詞からはとりあえず抜きました。といっても私はそんなにそういう言葉は使わないですね。全く使わない、というわけではないですが。他人にそういった言葉を使うことは非常に稀です(家に居て自分で自分に悪態つくのはちょくちょく)。たまにFのつくやつと、Bがつくやつと、Sがつくやつと。その他のMから始まるやつとかCから始まるやつとかDから始まるやつとかは使わないなあ。他にあったっけ。

大分脱線しましたが私が話す(書くのはまたちょっと別~)英語というのはこんな感じ、ということで。
今回さらに脱線するんで書かなかったのはこれまた友達の影響で文語文で使うような言葉を話すこともあるんですよね。Alas、とか'Tisとか、そういう「主に文面で見る言葉」をわざとぶっこんでみたり。それもまた自分の話すスタイルからそう外れた物ではなくて、ちょっとばかりしっくりくるようなところがあって。
めちゃくちゃくだけたしゃべり方よりはちょっと堅い方が性に合うのかな、と。(日本語だと割と堅めの口語になるんですがねえ)
どんな言語でもそうですがしゃべり方、言葉の選び方というのは自分のプレゼンでもありアイデンティティの現れなのだな、と思います。


今日の一曲: フランシス・プーランク トランペット、ホルンとトロンボーンのためのソナタ 第3楽章「ロンド」



前回に続いて今回はちょっと違った金管のための曲。これもなんか昔から知ってる曲っぽいです。(うちにはプーランクの小規模器楽曲全集みたいなCDセットがあるので・・・)
それにしても金管五重奏(トランペット×2、ホルン、トロンボーン、テューバ)ならまだしもこの3つの楽器を取り出して、というところがまず面白いですね。一応3人いるので三和音は奏でられるし、その気になれば3声のフーガだって吹けちゃう。
ただし他にこの編成で曲が少ないことを考えるとやっぱりなにか足りないものがあるのかな。
(プーランクはいろんな楽器やいろんな楽器の組み合わせで曲を書いてますが、他にも「クラリネットとファゴットのためのソナタ」を書いていて、なんかこう最小限の楽器で書くことを実験してたのかなあ、という印象を受けます)

ソナタ自体も本当に小さな楽章の集まりなのですが、それにしてもプーランクらしいちょっとひねくれたユーモアがそこここで顔を出す、なんとなく笑顔になるというかたまに笑っちゃうこの第3楽章。
長調になったり短調になったり、強弱で遊んだり、トロンボーンのスライドが(1回)入ったり。
金管五重奏の時と違って結構各パートが独立しているというか、ブラスが集まった時の「共に奏でる・合わせる」感とはちょっと違う立ち位置にあるのがまた不思議。

プーランクは結構当たり外れが大きい作曲家という印象が私にはあって(外れの曲も弾いてきました)、一見あんまり意味のないような、とるにたらないような曲でも「当たり」になることがちょくちょくあるのが彼の音楽の特徴だと思います。
あんまり巨大な曲は書きませんし、がっつりじっくり派でもないですし(フランスの作曲家ですしね)、でも独特な魅力を持った、まるでいたずらのような感覚で心を動かす曲を書くプーランク。
だからこの曲も含め、彼の作品は愛せずにはいられません。少なくとも憎めない感はあります。
ユーモアのセンスもそれを表現するセンスも、フランスのエスプリの大事な一側面というか、それだけで特殊な才能なんじゃないかな、とつくづく思います。

拍手[1回]

年末に向けて・・・
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
前のエントリーがこのブログの448つめのエントリーで、音楽カテゴリ200つめのエントリーで(割合としては案外少ない)。
500エントリーまでいったらベストセレクション自画自賛企画をやってみようと思ってるのですが(笑)自分から見た出来としては前回のエントリーはわりと有力な候補かも・・・?

今日はちょっと精神病院でない方のお医者さんに行って来ました。父がこちらにいたころからお世話になっているGPです。
以前も書いたかもしれませんがこちらでは身体の不調の際にはかかりつけの一般開業医に行くシステムとなってます。専門家への照会など(メンタルのも含めて)も行う、ファーストコンタクトの役割をしています。病院は入院の時に主に行くところかな。

今回はまず最近悩まされている咳喘息のための薬(吸引ステロイド)の処方をもらうのと、あとは予防接種をしてもらいに行きました。
こちらでは破傷風の予防接種を10年に1回行う事になってて、例えば学校のキャンプの時とか参加表明書類に「10年以内に破傷風の予防接種を受けてますか?」という項目がかならずあって。でもなかなか社会人の生活だと必要性も減って、10年に一度だと忘れられてしまうことが多いそうです。
私は前回受けたのが2001年ということをなんとなく覚えてて、それで受けた方がいいかな、と思って今回お願いしました。
友達とキャンプ行くようなことがあれば気兼ねなく行けますし、あと日本でも震災後がれきなどによる怪我から破傷風になるケースがあった、というニュースを聞いているのでやっぱり大事だと思います。

そして破傷風の予防接種は(少なくともこちらでは)百日咳とジフテリアとの三種混合なので、そちらもやっぱり予防接種しといた方がいいそうです。
最近友達が百日咳に実際かかったのもあって大切さを実感したり、あと医薬翻訳の仕事をしてるとそういうことにも関心が高まりますし・・・といっても実は他に何が必要なのかは知らないので最近看護師さんになった親友に聞いてみるのもありかな、と思います。
(彼女自身は職業柄研修や就職の際に結構いろいろな予防接種を受けているそうです。)

破傷風の予防接種は注射部位が痛くなることでよく知られていますが、私の場合は前回も今回もそこまでひどいことはなかったです。ただし注射部位はちょっと押してやったりすると痛いです。注射自体は血液検査で慣れっこなんですけどね~
まあとりあえずこのことに関しては向こう10年間心配なし、ということで。

最近はちょっと疲れ気味だったのもあり、前腕の筋肉がぴくぴくしてたりもするのでここ数日はちょっと色々ペースを落とし気味にしていました。水曜日にはマッサージを予約したりしてます。(ちゃんと腕のところに○付けないと(笑))奮発してアロママッサージですよ。
仕事量も年末年始数日休めるように多少調整はしてますが、これからクリスマスまでの間にしっかり働かなきゃいけません。もちろんピアノもがんばらなきゃ。
ついでに咳喘息もしっかり治して、外に出るにも眠るにも支障がないようにしなければ。
(息苦しいのはどうもやっぱりストレスがかかるんですよねー・・・実際にこれくらいのtrafficで酸欠になるとか全然ないはずなんですが)

そしてそんな中クリスマス用の絵も描いてありますし、年末年始のためのショートストーリー2つもスタンバイ万全ですし。気をつけないと気がはやって早くアップしてしまいそう(笑)
メインの書き物の方をあとは始めたり、ほかにもちょこちょこいろいろやることは出てきそうですし。
やりたいことがたくさんありすぎていつも焦ってしまう&逆に動けなくなってしまうので、いつものようにゆっくり無理せずと言い聞かせないと。

なんだかもうあっという間に19日で、仕事など本当に大丈夫かな、と思ってますが・・・とりあえずあまり怠けすぎないように進みたいと思います。
そういえば大学の図書館からいくつかCDを借りてこないと。これは宿題です(笑)図書館が休みの間だと普段は1週間のCDも長く借りれる、という魂胆で。

それではまた次回~


今日の一曲: グスタフ・ホルスト 吹奏楽のための組曲第1組曲 第1楽章「シャコンヌ」



今日の一曲のセレクションや普段の語りはどうしてもオケの方に傾いてしまうのですが吹奏楽も私を育てた大事なサウンドです。
特に両親が好きなこと、そしてイギリス元植民地圏に住んでることもあってイギリスの吹奏楽はものすごく馴染みが深い、ものすごく好きなジャンルだったりします。

シャコンヌはパッサカリアのように最初に現れるベースライン・一連の和音進行が繰り返され、その上がバリエーション(変奏曲)みたいに展開されていく音楽です。一番有名なのはバッハの無伴奏バイオリンのやつかな(パルティータニ短調のシャコンヌ)。
吹奏楽でこういうパッサカリアとかシャコンヌとかやると低音のテューバやトロンボーンなんかがよく支えてくれてるなあ、と思いますし(下手すりゃずっと繰り返しですからねー)、そしてすごい心地良い安定感があるのを感じます。

そしてイギリス吹奏楽のこの輝かしくて堂々としているけど優しくて丸くて高貴な音。めちゃくちゃ「金色」ですよね(笑)それもインカゴールドみたいに黄味がかってるのではなくてもっと優しいゴールデン。これは金管楽器の音の美しさももちろんそうですが、木管楽器の音色のこれまた上品な、非常に節度のある感じもまた貢献していると思います。

前回のエントリーで書きましたが、この曲は第1楽章にもかかわらずこれで終われちゃう、満足できるような性質を持っています。だからって第1楽章、つまりオープニングとしてふさわしくないわけではないんですねえ。
シャコンヌやパッサカリアというジャンルは一般的に自己完結的な感じがあると思います。繰り返して展開していく、盛り上げていくことで一つのまあるい世界を作る、みたいな。

そして吹奏楽に限らずですがイギリスのメロディアスな音楽って聞いてるだけでイギリスが好きになるような、イギリス人になった気分でイギリスが誇らしくなるようなところがあり。例えばエルガーの「威風堂々」の中間部だったり、ホルストの「惑星」の「木星」の中間部だったり、本当に愛国心というか誇らしさを感じるような音楽がいっぱいあって。それは熱狂的な愛国心ではなく、ものすごく落ち着いて「うん、よかった」と心の底から言えるものだと私は思います。イギリス人じゃなくてもそういう気持ちにしてしまう、という点では凄いと思いますね。

イギリスの吹奏楽を聴くときは是非イギリスのバンドで聞くのをお勧めします。きっと何度も言ってることだとは思いますが、特にイギリス音楽では重要です。
そして第1組曲、とあるということは第2組曲もあるということで、こちらも楽しく聞けるお勧めの曲です♪

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