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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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国毎に音楽紹介:オーストラリア編
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪

ABCのClassic 100 Countdown、まだまだ続いております。スポーツに匹敵する盛り上がりです、一人で(笑)(まとめはこちら
今日は41位まで来ましたが、Sculthorpe2曲(Kakadu、Small Town)にEdwards2曲(Dawn Mantras、バイオリン協奏曲Maninyas)とオーストラリアの音楽祭りでした♪いいですね!オーストラリアの音楽を国民が票を入れるほど愛しているということも素晴らしいですが、違うスタイルで「オーストラリアの音楽」を探して言った2人の作曲家の作品を対照的に聴けるのもまた貴重。
まだSculthorpeもEdwardsもまだ候補曲が残ってますし(Sculthorpeのレクイエム入ってないかな)、Vineなどの作曲家も居ますし。世界中で名曲とされている曲のなかにオーストラリアの曲がどれくらい上位に食い込んでくるか楽しみです。
そしてオーストラリアの曲に出会えてよかったです(Maninyas以外はお初)。そしてオーストラリアの音楽にものすごくほっとするもの、これがHomeだ、みたいな感覚を本当に覚えて。(それについてはまたちょっと後に)
本当によかったです。

ということで本来は今回は同じ「国毎に音楽紹介」でドイツ音楽をやろうと思ってたのですが、急遽オーストラリアにチェンジすることにしました。ネタはだいたいまとまってるのでドイツもあんまり間開けずにやりたいと思います(礼)

実はオーストラリアの音楽についてはこちらのエントリーで前取り扱ってますが、それを二番せ・・・じゃなくてちょっとだけ参照しながら話を進めたいと思います。

オーストラリアはイギリスから来た流刑囚(このことについては上記エントリーを参照)だったり、それよりもはるかに多いイギリスを初めとしたヨーロッパからの移民によりたてられた国です。
なので白人社会においての民族音楽的影響はヨーロッパ、特にイギリスが大変強いです。少なくともオーストラリア建国当時口ずさまれていた歌や奏でられていた音楽は移民するまえのお国のもので、それをベースにオーストラリアの新しい音楽が作られた、という経緯でしょうね。

そして歴史を積み重ねていく内に原住民アボリジニとの関係だったり、イギリスとの関係だったり、周りの国の関係だったり、いろいろオーストラリアの国としてのスタンスが変わっていって。
それと同時に音楽的なオーストラリアのアイデンティティについても見直す必要がでてきます。
それで見つめ直した結果今も進歩し続けるオーストラリアの音楽ができたわけです。

イギリス・ヨーロッパ以外のオーストラリア音楽への影響はなにがあるか。
まずは原住民アボリジニの音楽ですね。長く伸ばされるドローン(民族楽器Didjeridooをまねたり、実際に使ったり)や、打楽器の変拍子だったり速く長く繰り返されるリズムなどに見られます。(このリズムの強さが例えば日本の音楽よりも自分がオーストラリアの音楽を心に近く感じる要因だと思います)
Peter Sculthorpeなどは地理的に近いアジアの影響も指摘しています。例えばtuned percussion(音の高低があるベルや銅鑼など)の使い方なんかはなるほどインドネシアのガムランだったり、日本を含む他のアジア諸国の音楽の影響がちらほら見られたり。

でもなんといってもオーストラリアの音楽にアイデンティティを見つけるに当たって作曲家たちが目を付けたのがこの国の自然ですね。世界の他のどこにも見つからない色彩や生き物や気候や、そういうものを表現しようとした結果今のオーストラリアの音楽のユニークさがあるのかな、と思います。

あとは現代社会の(例えばクラシック以外のジャンルの音楽の)イメージやエレメントを取り入れてみたり、というのにも割と積極的だったり。
でも社会的なトピックを直接的に扱うことは少ないような気がします。シンボリック、というか抽象的、というか。それもまたお国柄なのかな。

そんなオーストラリアのクラシック音楽は現代音楽、というか今正に進歩中で、話に上る作曲家のほとんどが今も存命中・活動中です。
さらに私の友達でも作曲をやっている友達が何人かいて、オーストラリアの作曲の未来を担っています。
カウントダウンについてもかきましたが、オーストラリアではクラシック音楽のいわゆるマニアじゃない人でもオーストラリアの現代音楽を愛してサポートしている人が結構いるようなので。
ただただ素晴らしいと思いますね。もっと外にもオーストラリアの音楽が知られて欲しいです。

(実際この企画でいろんな人が投票して、好き嫌いはともかくオーストラリア内外の現代音楽に興味をもったり出会ったり発見したりしているようで。とっても良い機会になっているようですね)

それではオーストラリアの主な作曲家とスタイルを前回にならって紹介します。
(ジャンル紹介はするほど得意ジャンルがかたまってなかった・・・)

パーシー・グレインジャー (子供たちのマーチ「丘を越えて彼方へ」、ロンドンデリーの歌、リンカーンシャーの花束) 古き良きイギリスを持ってきたような、民謡に基づいた作品が多いです。あと吹奏楽も。
ピーター・スカルソープ (レクイエム、カカドゥ、小さな町、太陽の音楽IIII) 私の印象としては「湿ったオーストラリア」。熱帯雨林などのイメージが強く、Didjeridooを使ったり、原住民の音楽の影響が濃い音楽。
ロス・エドワーズ (バイオリン協奏曲Maninyas、Ecstatic Dances, Dawn Mantras) 虫の声を模したようなスタイル、変拍子のリズムが特徴的で、尺八を用いることでも知られています。
カール・ヴァイン (ピアノ協奏曲、ピアノソナタ(3曲)、5つのバガテル) 私の友人であるマイケルとの活動が多く、そのためピアノ曲を多く書いて、かなりリズムが強く技巧の凝った音楽を書きます。
ブレット・ディーン (Polysomnography、Ariel's Music、Komarov's Fall) とっても理系で複雑な、綿密だけれど繊細な音楽を書きます。最後の曲はサイモン・ラトルの「惑星」関連のプロジェクトに向けた一曲。
マシュー・ハインドソン (Speed、罪と罰、AK-47) 現代社会・都会よりのスタイル。テクノをベースにしたSpeedはよく知ってますが他のはまだ・・・
グレアム・クーネ (Elevator Music、Inflight Entertainment、Powerhouse) こちらもモダンなリズムが特徴的なスタイル。オーケストラの中での打楽器の活躍がめざましいです。
マイケル・キーラン・ハーヴィー (48 Fugues for Frank、Addict、ピアノソナタ) 上記マイケルです(笑)本人のものすごい思考と感情と技巧を尽くして表現するピアノ作品が印象的。クラシック音楽の伝統の精神を組みながら強く現代と結びつけるスタイルです。

他にもBrenton Broadstock、Nigel Westlake、Malcolm Williamsonなどたくさん居ますがまだ聞き込まないと書けないので割愛させていただきます。
オーストラリアの諸作曲家のプロフィールや作品などはAustralian Music Centreのウェブサイトでデータベース化されています。試聴・楽譜などもある様子?

そして今日カウントダウンで放送されていたオーストラリアの音楽はこちらのバックナンバー(part 9, 10)で聴けます。なかなかない機会だとおもうので是非お試しあれ。


今日の一曲: ピーター・スカルソープ 「小さな町」



今日初めてであった曲です(もちろんカウントダウンで)。

諸外国のオーストラリアに対するイメージ、というのはやっぱり「田舎」というのがあるかもしれません。
ただっぴろいほぼ不毛な土地にみすぼらしい小屋建てて羊飼ってカンガルーがはねてて・・・というのは若干言い過ぎかもしれませんがそういうイメージを抱かれてるな、という感じはありますよ(笑)

田舎は田舎でもやっぱり日本の田舎とも、アメリカの田舎とも、イギリスの田舎とも違います。
足下の枯れた草、めまぐるしく移り変わる空、つねに皮がむけてるユーカリの木、鳥の声・・・
そしてそこに流れる乾いた、ゆっくりとした、そしてどこかそれでも厳しいものがある、そんなユーカリの匂いをした空気がまた独特で。

この曲を聴いたときそんなオーストラリアの「田舎」を強く思いました。
まるでユーカリのあの灰緑の色と、空の青と、大地の赤が見えるような。
そこに流れる空気と時を感じられるような。
そして周りの果てしなくはないけれどゆったりとした、がらんとした距離を感じるような。
完全に人間の世界でもなければ完全に自然世界でもないこの境界にたたずんでいるような、そんな感じでした。

この曲ではあるメロディーが引用されます。
それは11月11日、終戦記念日(第1次世界大戦)で黙祷を捧げるときにトランペット(正確にはビューグル)のソロで演奏される「Last Post」というファンファーレのようなもの。(静かなファンファーレですが)
結構田舎の方にいくと戦争の記念碑が建ってたりするのをよく見ますし、きっとああいう町だと町の一カ所で黙祷と共に奏でられるビューグルの音が周りのbushに響き渡っていくのかな、と・・・
(そういうこともあってこの「小さな町」自体も11月11日に演奏されることが結構あるですよ、ラジオのトークによると)

こうやってこの曲だったり、カカドゥ、Dawn Mantras、Maninyasを聞いてると自分がいかにオーストラリアに馴化したか、というのが身にしみます。
自分にとって「故郷」というのはとりあえずのところないと思ってるのですが、こういう音楽を聴いてるとat homeな感覚というか、「オーストラリアっぽい」のが親しく、誇りに思えて、自分のことのように思えて。
音楽って結構みんなそうなんですが、自分の愛するオーストラリアをこの国の音楽には感じます。
もっとそんなオーストラリアの音楽と出会いたいですね。

リンクはメルボルン交響楽団の演奏(試聴付)。指揮者は大分お年ですが偉大な指揮者として有名なJohn Hopkinsです。(一度だけ彼のバトンで弾いたことあります・・・チェロを)
同じCDに入っています以前紹介した太陽の音楽IIIもおすすめの曲です♪

拍手[1回]

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コンサート「Otaka Conducts Brahms」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

コンサートの感想の前にFacebookでのメルボルン音楽家界隈ネタ2つ。
1)今日国立アカデミーにHyperbass Fluteなるものが現れ当事者およびFacebookで写真を見た人みんなを騒がせていました。もはやフルートとは思えないその姿。写真はLow Flutesというサイトのこんな写真があります。
フルートもクラリネットも大きくなればなるほど配管風になりますねえ・・・

2)自分のツイートコピペ: こちらの友達が日本の大学にメールを書いたら返事がぼろぼろの機械翻訳で返ってきて、facebookで大変ネタになっております。恥ずかしいのは英語を知らないことではなくて、労力と時間を費やさないこと。海外からも興味を持って問い合わせている人に対して失礼ではないかと。
メール自体はネタになるだけあってかなり笑えるものですし、憤慨するよりは笑いで反応するオージー友達ですがちゃーんと見てますよ。
(この手の話はやっぱり自分が翻訳やってることもそうですが、「気持ちを込める・伝える」というのは音楽でもそうですからついつい小言っぽくなってしまいます・・・まだ頭のなかでいろいろ言いたいことが。)

さて、昨日のメル響のコンサートの感想。
プログラムはこんな感じ:

指揮者: 尾高忠明
フォーレ 「ペレアスとメリザンド」組曲
武満 A String around Autumn (ビオラ: Lawrence Power)(この作品はオーストラリア初演でした)
(休憩)
ブラームス 交響曲第1番

この前メル響のFacebookから聞いていたのですが、メル響でコールアングレを演奏していた方が今回の公演でお別れ、ということで(ブラームスではパートがないため)前半の終わりでステージ上で花束を渡されお別れの挨拶を。その数日前にオケからお別れにいただいていたケーキがまた傑作なのでこちらを参照。

フォーレは彼の繊細さ、柔軟さが十分楽しめた演奏でした。最終楽章の「メリザンドの死」、いいですねー。同じくフォーレのレクイエムの「Libera Me」のような(というか同じ調ですね、確か)。濃いわけじゃないんだけどものすごく暗いなにかは確かにあって。
あと「シシリエンヌ」のフルート、そしてハープの美しさ!やっぱり素直にいいですわー。

武満はこのコンサートで一番輝いてたかな。
やっぱり彼の音楽を一番特徴付ける打楽器群(ビブラフォーン!シンバル)がすごかった、というのとあと弦のサウンドが素晴らしく「武満の宇宙サウンド」で。指揮だったり解釈もものすごーく心地良くて、ああこれが武満の音楽なんだな、という感じがすごくしました。
武満の音楽ってすごく好きなんですけどあんまり深くはまだ理解したり感じたりできていないのであんまり語れないんですよね・・・感覚的には自分が求めているもの、自分が創りたいもの、感じたいものそのもの、みたいなところもあるのでなんとかとっかかりが欲しいです。
ピアノではちょっと弾いてるのですが、オーケストラで弾きたいという気持ちが強いですね。そうじゃなくちゃ感じ取れないものがあるような気がして。

ブラームスは第1楽章がちょっとこじんまりしてたのがちょっと残念だったりしましたが他は素晴らしい演奏でした。
なんといっても第1楽章・第4楽章でのホルンセクションのかっこよさ!勇ましいぞ!
あと第4楽章のトロンボーンのコラールが昔からこの交響曲で1番に好きなところだったのですが、これもまた涙ぐみそうになるほど神々しくて。(ちなみに同じブラームスのドイツレクイエムの最終楽章のトロンボーンのコラールもすごいですよ~)
それから第2楽章のコンマスと第1ホルンのソロだったり、あと第2楽章や第3楽章のオーボエやクラリネットや、聞き所は本当にたくさんあって。

尾高さんが指揮しているのを見ていると自分の中での「指揮者像」(なんだかPhaedrusの話だったっけこういうの)というのは彼のことなのかなあ、と思います。
指揮においての振り方だったり、たたずまいだったり、いろいろ。きっと小さい頃思い描いていた「指揮者」の姿なのかな。
あとなんとなくリハーサル風景を見てみたいなあ、と思いました。

こないだのエントリーでも書きましたが今年のメル響のコンサートは次回、来週で行き納め。ショスタコの5番です!楽しみ!

そしてABCのClassic 100 20th Century、続いています。まとめも続いています。
すごいですねえ、イギリス勢の安定した食い込み。ブリテン絶好調!
そしてどうしてもみんなマーラーに票を入れてしまう、という。みんなやっぱりマーラーには弱いのかな(私を含めて)。
「入れられなかった!」とか「入れれば良かった!」と思うような良い曲、手堅い曲ががんがん入ってきているのでまだまだ毎日楽しみです♪


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第4楽章



もう有名中の有名と言えるこの曲・この楽章。
ブラームスが「ベートーヴェンを超えなきゃ」と思いながら21年かけて悩みながら書き上げた名曲としても有名です。
そしてこの第4楽章もそのメインテーマの美しいメロディーで有名ですね。

20代から40代までかけた、ということでこの曲は本当にブラームスの人生だったり人格をとっても反映している、むしろ移入している感じがあります。
この第4楽章はこの曲の中でも特にベートーヴェンの第9だったり運命だったりに似たところがあって。それはやっぱり「超えるべき存在」であった偉大な先人ベートーヴェンへの尊敬だったり、自分が影響を受けてもそれは仕方ないことだという悩みの末の開き直りみたいなものもちょっとあり。

あとこのフィナーレにこの交響曲で出てきたテーマやメロディーがいちいち戻ってくるのは「なんとか交響曲という一つの世界として(これもベートーヴェン的なシンフォニーの哲学、みたいな)ちゃんと完結したい」という思いが表れているようでもあり。なんかものすごく迷走するんですよね、ブラームスの音楽のエンディングって。どういう風に終わらせようか、と悩んでるうちにどんどん長くなる。でもそんなブラームスが好き。

だからあのトロンボーンのコラールが最後の方でフルオーケストラで高らかに奏でられるころには心の底からブラームスに感情移入してなんともいえない気持ちになるんです。「よかったねえ!」というのと「やっと!」という感情と、その他諸々混じり合って。

ブラームスの音楽は本当に人間であること、この地球、この世界に生まれその一部となったことに対する賛歌のようですね。
それもまたベートーヴェンの精神をすごく濃く受け継いでいるんじゃないかな、と思います。(むしろ自分にとってはベートーヴェンよりもブラームスの方が「人間のエッセンス!」という気がします)

ブラームスの音楽ってものすごく好きなんですがこういう風に外的刺激がないとなかなか語れない感じで・・・これから夏にかけてブラームスを聴く・語る機会がちょっと減ると思いますが(苦笑)思いは忘れずちょこちょこここで紹介していきたいと思います。

(リンクしましたのはベルリンフィルの演奏。がっつり系・重厚系が好みなので)

拍手[1回]

近況界隈の話。
遅れてすみません!前回&前々回のエントリーに拍手ありがとうございます♪

まずはお知らせから。
昨日始まったABC Classic 100 20th Century Countdown、メルボルン時間午前9時~午後5時(?)まで毎日続いています。今日の終了時点で78位まで発表されています。トップ5位から1位はアデレード交響楽団により12月3日に演奏・放送されます!
Togetterでまとめています→こちら
インターネットで日本からも聴けます→こちら バックナンバーはページ下部、リアルタイムで聴くのは右側のListen Liveから。
20世紀の音楽はポピュラーなもの、玄人好みなもの、マニアックなものいろいろ出てきていますが聴いてみると結構面白いですよ。素晴らしい音楽と出会えるいい機会です。
(改めて認識したので明日はずっとかける予定です~)

今日は一日休みでちょっと出かけて来ました。
Quetiapineを止めた後の様子見も兼ねてましたが、概ね良好です。まだちょっと気をつけなくちゃいけませんが。

なんだかあっというまに11月も末ですね。
明日と来週1回でメル響にいくのも今年最後(メサイアは行かないので)ですし。
そして遠く日本での聖飢魔II Tribute to Japan公演ももう目の前(時間的に)。11月30日と12月1日にはそちらの方向に思いを馳せていることでしょう。いろんな意味で特別な、思うところのあるミサ。

そしてメルボルンもすっかりシティはクリスマス色。
アメリカだと数日前にThanksgivingがあって、そのあとクリスマス商戦が始まるみたいなイメージがあるのですが、こちらはそれがないのでおそらくクリスマスはアメリカより早く始まってるのではないかと。
通りの電線の飾りだったり、クリスマスツリーのオブジェだったり、あと今Swanston StreetとCollins Streetの角には今年もサンタポストが設置されてるかな?(未確認)
でも一番クリスマスを強く感じるのはシティのショッピングセンターMyerのBourke Street Mallに面したショーウィンドウ。毎年クリスマスのショーウィンドウになるのですが、今年のテーマは「Santa Claus is Coming to Town」だそうで。
今日もそのショーウィンドウを見に親子連れの長い列ができてましたね。すっかりクリスマスです。

でも天候に関していえばまだまだ夏は先。今年の春は雨が多いです。
ビーチに行ったりピクニックしたり、そういう感じの天気でないのが残念。あしたも夜は暖かいながらも雨も降るようなので、コンサートの後は雨の中を歩いてCrown Casinoまでいって鴨ラーメンでも食べようかな、と。

調子が回復してきたとはいえこの食欲のなさはどうかしたものか。
とにかくお腹がすかない!空かないから何を食べようか、何を食べたいかというのも決められないのがまた難点。明日の鴨ラーメン、というのも自分の過去の記憶データから呼び出しているだけで(汗)
そのくせ液体は飲みたがるのもまた問題。喉を通る感覚に飢えているのかなんだか。
感情面でわりと普通の起伏になっても、食欲が普通じゃないと「健康」である気がしないんですよねえ・・・感覚的に。まあ「健康」というのも相対的な言葉ではあるのですが。

あと12月はバースデーラッシュもあるんですよね。こっちに来て以来の友達は12月生まれが本当に多いです(こっちの学校って同じ学年でも次の年に生まれた人も多いですし、7月生まれながらも同学年の友達のなかではかなり早く生まれている方だったりするです、私)。
あとはちょっといま連絡を待っている、初めて誕生日を祝うことになるであろうとある友達の誕生日もかなりすぐ迫ってるんでとりあえず連絡くれよーと思ってます。ご飯とお酒に誘いたいんですが(食欲が戻ってくれないことにはどことか決められないけど・・・)。

そしてやっぱりお酒が飲みたい(笑)
頻度としてそんなに飲むわけでもないしアルコール中毒とはほど遠いほどお酒を飲む機会も少ないですが、私わりとしょっちゅう飲みたいって言ってるような印象がありますね(汗)
美味しいものは食べ物飲み物いろいろありますが、まだお酒の世界はいろいろ探検できてない、探検したいところがあって、割とわかりやすい芸術の分野だったりもして。
あとは友達と(またはオケで)お酒を飲む場、雰囲気とかも好きですし。
そしてやっぱりさっきの「液体を飲み込む事への執着」ですかね。食べ物を食べるより楽なのもありますし。

明日からきっとまた仕事も入るでしょうし(入って欲しいです、ある程度)、そうすると目の前が結構慌ただしくなりそうですが、なんとか落ち着いたままいきたいですね。


今日の一曲: エイトル・ヴィラ=ロボス ブラジル風バッハ 第5番 第1楽章「アリア(カンティレーナ)」



先ほど書きましたカウントダウンで84位にランクインしました。
他のブラジル風バッハがこれより上位に入ってるかどうかが気になりますが・・・

ブラジル風バッハはそれぞれの曲が違う楽器編成のために書かれています。(ベリオのSequenzaみたい・・・と前回いった気が)
私は最近ちょこちょこ第4番を弾き始めてるのですが、これはピアノ独奏のための曲(オケ編曲もあります。友達に借りるんだった)
第5番はなんだったかなーと思ったらチェロ8台とソプラノ歌手のための曲でした。全2楽章。
第1番も実はチェロ8台のための曲で、チェロアンサンブルのためにヴィラ=ロボスは本当に素敵なレパートリーを残してくれてるのに感謝感謝。

第1楽章はソプラノ歌手は歌詞無し(いわゆるヴォカリーズと言われる歌い方)で終始歌います。
その下にはチェロアンサンブルのピチカートを中心とした伴奏。
途中でチェロが1人ソプラノ歌手のパートを真似するようなところがあるのですが、これはある意味オペラなどであるような女声+男声のデュエットよりもなんだか大人ーな雰囲気があってよろしいのですよ♪

曲を通じてチェロたちの和音の色彩、そしてソプラノの声の色彩がすごくユニークな、とっても渋い?というのもちょっと違うなあ、魅惑的な暗さと渋さ、でも重すぎず、優雅さを失わず、ブラジルだから&ヴィラ=ロボスだからこそのいい味を出しています。
このランキングでトップは狙えないながらも100位までに入るにふさわしい曲なことうけあいです♪

ヴィラ=ロボスは父が好きで小さい頃からいろんな彼の曲を聴いてきたのですが、今年はちょこちょこ縁があるのでもっとまじめに広く聞いてみたいと思います。(うちの録音あんまりよくなくて、ちょっと萎えちゃってたので・・・(汗))
そしてチェロアンサンブルでヴィラ=ロボスが弾けるほどの腕まで上りつめてたらなあ!と(笑)めっちゃ楽しそうなんですよ!

拍手[1回]

回復の様子。
どうやら調子が戻っているようです。
ピアノも変に興奮してエネルギーをロスせずに弾けますし、聖飢魔IIも聴けますし、テレビも普通に見れますし。
天気が悪いので上方向に行きにくいのもあるかな。
なんにしても自分の中の感覚に敏感にならなくていい、心置きなく好きなものが楽しめる、ということで。

ただ昨日仕事してピアノして、ブログは休んだけどいろいろ書き物してたため今日は大分指が疲れて&痛くてピアノでもちと無理させながらの練習でした。
本職とその他の仕事と趣味がみんな同じ動きをして似たような筋肉を使うのがなんだか間抜けなようで(笑)
次回マッサージにいったら腕と手とお願いしなくちゃです。そして明日はさすがにピアノは休もうと(汗)

今日はこないだ借りてきたジョージ・クラムのStar-Childのスコア(A4の4倍くらいあるでっかいやつ)をひっぱりだして、スコアを見ながら聴いてみました。がつんとショックがきますね、いろんな意味で。こういう音楽を一人の人間が創り上げるか!というのと、楽器の使い方やなんかいろいろについて自分の中の観念を覆されるというか。
本当にいろんなことがまだ要消化なのですが、新しい世界に出会ったような気がします。これからじわじわイメージだったり刺激だったり来そうなのでもっと聞き込まなきゃ、と思います。
自分の知り得るどんな曲とも様々な意味で全く違う唯一無二(one and onlyであり、nothing that is anything like it)の音楽なのですが、ちなみに「強いていえば」ブリテンの戦争レクイエムに似ている雰囲気もあったかなー。これもまた説明しにくいのですが、世界観の共通点もありそう。

そして今日は以前このブログでも紹介しました、こちらのラジオABC Classic FMの「Classic 100 20th century countdown」が始まりました。メルボルン時間朝9時から夕方5時までの間に100位までに入った曲が100位から順に放送される、というシステムのようです。
放送と同時に曲がTwitterで発表されるため(企画ハッシュタグ: #Classic100)、TLで流れていってしまわないよう、後で参照できるようにTogetterでカウントダウンのツイートをまとめることにしました。
こちらのまとめです。Favもviewもいただけて、しばらくtogetterのトップにも載っていたようで大変ありがたいです♪
今現在88位まで発表されていますが、なかなか手堅い曲も入ってますし、ポピュラー系もこの順位にとどまったり、投票した人の種類と数がものすごく気になります(私の音楽友達も投票したようですが、実際どんな人が票入れてるんだろうなあ・・・)
とりあえずまとめのタイトルにあるとおり随時更新していきます。第1位は12月3日にアデレード交響楽団による演奏・放送という形の発表となるそうなので、なんとか続けて行くつもりです。お楽しみに♪


今日はまだ書き物したいのでここら辺で。今日の一曲もお休みです~


拍手[1回]

赤ちゃんが眠るときの音楽セレクション
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪
興奮的なものは大分治まってきたようですが薬の副作用としての眠気に朝悩まされております。
薬への慣れもありますし、あんまり長くは飲まなくて良いはずなのでもうちょっとこのまま様子見となりそうです。

こないだの週末に友達のところに泊まりで遊びに行きまして、その時にちょっと頼み事をされまして。
その友達の赤ちゃんが眠る時に眠る合図みたいな、ルーチン作りみたいなものとしていくつか曲を選んで欲しい、ということで。
何回かここでも「様々な用途に合った音楽を人とふれ合って人の気持ちと音楽について考えながら選んでみたい」ということを書いていますが、その第一歩が叶った、ということで大変嬉しく思っています。色々最近ありますが楽しんで悩みながら考えさせていただいています。

基本的な要望としては聞き流せる位の、強弱のアップダウンが激しくないもの、ということでした。
週末赤ちゃん(とお母さん)の暮らしを間近で見ていましたが、風邪を引いている時以外は寝付くのもあんまり問題なかったようで。しかも夜もずっと9~10時くらいから朝まで一晩寝てくれるようで。
音楽を選ぶ側としてはあんまり神経質にならなくて良さそうで一安心。

大きな音や突然音が大きくなったりなどは赤ちゃんがびっくりするのでアウト、というのは当たり前で。
あと以前行った音楽と発達心理学に関するレクチャーで乳児はメロディーや調、拍子やリズムなどほとんどの音楽的要素の「相対的な変化」が分かるそうなんですよ。一見赤ちゃんには難しいだろうと思われるような物でもちゃんと脳は分かって学ぼうとしている。
だから乳児が学ぶに当たっては本当に様々な音楽を聞かせることで興味を広げることができますし、それを今回は逆に利用して「変化を制限する」ことで刺激を少なくする、ということもできます。

とりあえず私が今回曲を選ぶにあたって考慮したのは以下の点です。
1) 強弱のアップダウンが激しくないものを選ぶ
2) 楽器編成は比較的小さめ
3) CDを通して楽器編成やテンポなどをあんまり変えすぎない
4) 感情的なcontentを抑える
5) 音域も小さく抑える
6) 短すぎる曲は変化を起こすのでなるべく避ける(今回一応3分くらいを目安としました)
・・・などなど。つまりは小さいスケールで穏やか、または感情がフラット気味な曲を選んで、それぞれの曲の間に大きな変化がないようにする、ということになります。
それから人間の声(しかも知らない人間の声)がない方がいいかな、と思ったのと、お母さんの声を聞いたほうがいいぞ、という思いから器楽曲にしぼってあります。ついでながら(自分の感覚ですが)安定感を重視して伴奏ありの器楽曲をなるべく選ぶようにしてみました。
必ずしも、というわけではないですが楽器編成を絞るに当たって弦楽器周りが多くなったのでそっちに制限してみました。音域についても同じような経緯で高音域寄りに。

実際に選んだ曲は以下のとおり。今回CD一枚分、としたことで若干「時間稼ぎ」っぽいチョイスもありますが、全体的にもこれで最終調整としています。
赤ちゃんもまた人それぞれでみんながみんなこのチョイス、となる訳ではありませんが一般的に赤ちゃん(そして大人)が眠るときに特におすすめできる曲は*でマークしますね~

1) アルヴォ・ペルト 「鏡の中の鏡」(Spiegel Im Spiegel)*
2) モーリス・ラヴェル 「マ・メール・ロワ」より第1楽章、第2楽章(オーケストラ版)*
3) フランソワ・プーランク フランス組曲より「パヴァーヌ」(チェロ+ピアノ版)*
4) オットリーノ・レスピーギ 「鳥たち」(Gli Uccelli)より「はと」、「ナイチンゲール」*
5) エリック・サティ ジムノペディ 第2番*
6) アレクサンドル・スクリャービン ピアノのための練習曲 op. 8-8
7) オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より 第1楽章「父のまなざし」*
8) モーリス・ラヴェル 「鏡」より「鐘の谷」*
9) Peggy Granville Hicks ハープのためのソナタより「パストラール」
10) レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏(Phantasy Quintet) 第3楽章*
11) モーリス・ラヴェル カディッシュ(バイオリン+ピアノ版)*
12) フェデリコ・モンポウ 「内なる印象」(Impresion Intimas)より「悲しい鳥」*
13) フランソワ・プーランク ギターのためのサラバンド
14) エンリケ・グラナドス スペインの踊りより「オリエンタール」*
15) ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガより フーガ第13番(嬰ヘ長調)*

基本的に最初は楽器と作曲家で絞りました。
ラヴェルやモンポウ、サティ、メシアンのスローな曲は真っ先にみるところです。あとは小編成といえばレスピーギやプーランク、ヴォーン=ウィリアムスあたりも目の付け所。
楽器で言えばまずピアノ。それからバイオリン、ハープ、ギターあたり。それから弦楽オーケストラもちょこちょこ。弦楽四重奏やビオラは音的にフィットするものが意外と手持ちにはなかったです。
ギターに関してはもっと自分がぱっと取り出せるような知識を持ってたらもっと入れてたかもしれません。バロック時代の曲のギター版とか、いろいろあるような気がするんですよねえ・・・

あとは記憶内に検索をかけて曲単位で「こんなのもあったぞ」というものを一つずつチェック。
ショスタコーヴィチやグラナドスなんかは作曲家から入ると適してないイメージがあり除外されがちですが、曲単位で考えると結構あったりするんですよね。特にショスタコ。前奏曲とフーガだったり弦楽四重奏だったり、たまーに単独で用途に合う物があるんです。

あとは演奏のチョイスまでこだわりたいところ。一番顕著な例がメシアンの「父のまなざし」なのですが、これは演奏する人によってかなりテンポが変わるわけです(それこそ2~3倍の速さとかいう単位で)。手持ちので一番ゆっくりだったのはマイケルの録音で、勿論それを選んだわけですがこの用途の場合もっと遅くてもいいですし、なるべく遅い方がいい。
派手な演奏、感情的な演奏はやっぱり除外。あとグレン・グールドはスタイル的にいいながらも鼻歌歌うんでちょっと除外したい気持ちが(笑)
あと録音の状態がよい(=一般的に新しい)ものを選ぶのも基本ですね。ノイズは極力避けること。

で、あんまり偏りがないようにいろいろ並べて。眠りにつくまでどれくらいの時間がかかるか分からないのですがとりあえず第1曲目、第2曲目には長い(つまりなるべく変化しない)ものを配置。
似たような作曲家やスタイルの曲ばっかり集めるとどっかでリミットにたどり着いて落差が生じるかな、と思ったのでちょこちょこっとバラエティに富ませて見ました。
なんせ赤ちゃんの好みはわからないですし、あとは音楽がある方向に偏ってると気に入らなかった時にちょっと精神状態が違ったときに全部だめーってことになるような気もちょっとするので、そこのところのバランス難しいんですが実験的にある程度幅を持たせてみました。
まあ赤ちゃんも成長速いですし(需要は見えないレベルで変わる可能性大)、今の時点で暫定として、というところもありますし。
もうちょっと微調整したら連絡して送りたいな、と思います。

最後に今回のこれと直接関係あることではないのですが赤ちゃんと音楽について一つ。
赤ちゃんにとってお母さんの歌声を聞くことは本当に大切です。「赤ちゃん言葉」にもみられるとおりメロディーを伴う言葉は赤ちゃんにとって感情が(普通の言葉より)伝わりやすいもので、お母さん自身の声と音楽のコンビネーションは大切なコミュニケーションでもあります。
さらに、子供が成長するにあたって歌を歌うことを恥ずかしく思って躊躇うようになってしまう昨今の傾向に関しても母親が子供に、そして子供と歌ってあげる、ということがキーになる、という話もありました。
上手でなくてもいいからお母さん自身の声を聞かせてあげる、歌うところを見せるのが大切だそうですよ。

今回選んだ曲が友達と赤ちゃんの助けになってくれるよう願っています。
(そしてまたこういう依頼がどこかからくることを願っています♪)


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガ 第13番



24の前奏曲とフーガはショスタコーヴィチがいろんなスタイルでいろいろ書いてみたためショスタコーヴィチ「らしくない」曲もいっぱい混じってます。
そんななかで「24の前奏曲とフーガ」の本家であるバッハに一番似ているスタイルのものを一つ私が選ぶとしたらこの第13番、嬰ヘ長調になると思います。

前奏曲はむしろ他のショスタコーヴィチの「牧歌的」な前奏曲ににています。どこか即興的な、蝶が舞うようなあでやかさと気まぐれさと繊細さがあり。
そして今回のセレクションに入れたフーガがまた見事なのです。
ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」の中で唯一の5声のフーガ。楽譜も堂々の3段です(といっても特にあれですが)。
かなり長く、ゆったりとした、あまり飾らないし毒も少ない、悠々と流れる音楽です。

どこがバッハに似ているか、と言われると難しいのですが、実際こういう主題で始まるバッハのフーガがあること、そしてなんといってもたたずまいがバッハ風だと私は思います。
先ほど「悠々」という言葉を使いましたし、「たたずまい」という言葉も使いましたし。なんかこうゆったりと構えている、悟ったような、でも超越はしていなくて現実的に冷静に見つめる感じ。
人であり、神であり・・・というのは言い過ぎでしょうか。

本来(というのも変ですが)♯を読むのがものすごく苦手で、♯6つの嬰ヘ長調なんか見てもやるものか、と思ってたんですがクラムのお気に入りだったというバッハの平均律の第2巻嬰ニ短調も♯6つですし、これもなかなか心に呼びかけるものがありますし・・・
そのうちどちらも弾きたいと思います。いつか。

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