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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
最近あんまりブログに書けるようなことを考えてないんですよねー・・・
出かける前に仕事しなきゃ、というのだったり、前回書いたようなピアノのことも頭でぐるぐるしてますし。
あとは日本に行ってる間にプランしてた絵もちょっと遅れてますが描いてます。あとはスキャンして色を塗るだけ、なんですが今回は今までの直感的な色のチョイスでないのでちょっとまだ悩んでます。
そして今日11月10日はデーモン小暮閣下の誕生日、ならぬ発生日ということで昨夜からうちは妹と私それぞれ聖飢魔IIで盛り上がってます(笑)
最近ぐんぐん食いついてます。CDだけでなくDVDもあってかなり情報量が多いし、視覚にも聴覚にも強烈なので脳内の処理が結構労力かかるのですが、本当に良い音楽で、Performance、Entertainmentとしても素晴らしいですし。トークとか衣装とか全部ずっとまだ詳細までじっくり見れてませんが・・・
前書いたか分かりませんがクラシック好きだから自分は聖飢魔IIが好きなんだろうな、というような部分があり。
そしてやっぱり彼らから学ぶものがあるな、とぼんやりながら思います。さすがに楽しむのもいっぱいいっぱいなので何かはまだ分かりませんが(汗)
まだまだ日は浅いですし、外に出なかったんで今日はアップルパイでDemonmassを祝えなかったのですが確実に信者となりつつあります。
いろいろわたわたしながらも明日は田舎の友達の家に向けて出発です。郊外へのバスは夕方出発。夕飯はどうするか決めてません(汗)そして向こうは夜は結構冷えるだろうな・・・
朝は仕事、昼は仕事またはピアノ・・・ピアノできたらいいな・・・
今回友達2人と一緒にバスで行くんですがあんまり何持ってくとかどこで落ち合うとかそういう話をあんまりせず最低限決めておいてめいめい後は自分で、という形だったのでなんだか実感が湧かないです。なので昨日「明後日!?」とパニクりました(汗)
一応仕事は持ってくことになりそうですがまだ確定してないのでできたら向こうで働かなくていいよう願ってます・・・
今は大学在学中の友達の試験、そしてリサイタル試験のシーズンです。音楽科だと大抵最終年、そして最終年でなくてもリサイタル試験は友達や家族などが聴衆として聴きに行っていいようになってまして、Facebookを通じていくつかお誘いがあるんですが、みんな平日の昼間なのでなかなか難しいんですよねー・・・
なんだか不義理をしているようで申し訳ない(汗)
ここ数週間メル響でSecret Symphonyという企画がTwitter経由で行われていまして。
曲や場所などに関するヒントがTwitterで流れて、それを元にコンサートの詳細を当てて(最初に当てた人はなんかもらえるらしい?)、見つけたコンサートを聴きに行く、というもの。謎解きの答えはコンサートの数日前には発表される様子。
1回目はParis Catという素敵そうなジャズクラブで1920年代の音楽をフィーチャーしたコンサートが行われたそうで、すでに第2回のコンサートのヒントも出てきてます。どうやらメシアンの「時の終わりのための四重奏曲」が弾かれるらしいのですが場所のヒントがわからない(汗)分かっても行けるかどうかわからないですが・・・でもあの曲は是非聴きに行きたい!
聴きに行きたいといえばMelbourne Recital Centreで行われるこのコンサート。
クラムの音楽を大々的にフィーチャーしたコンサートです!しかもこないだユースオケで「惑星」を指揮した彼がBlack Angelsでバイオリン参戦、ということで大変にわくわくしています♪
今日とりあえずチケットを買ったのでなんとか仕事とか都合を付けて行かなくちゃ!
あとは今日やっと先生にメールしました・・・が、まだレッスンの約束はしてません(汗)
まだまだちょっといろんな曲のいろんなところ対処しなくちゃいけないので・・・とりあえずこの頃のチェレスタ弾き報告だったり、あと先生元気にしてるといいな、と思いまして。
でもこれも今月中にはなんとかできたらな、と思います。
あと今月中といえば髪の毛切って染めて、あとトゥーランガリラの彼からもまだ連絡がきてませんし・・・
なんかちょこちょこ忙しいことがあったりですが、ちゃんと仕事も練習もしながら外にもでたりしたいと思います。
あわただしいぞ11月!
それでは次回はおそらく月曜日になると思います。ちょっと早いですが皆さん良い週末を~
今日の一曲: 聖飢魔II 「20世紀狂詩曲」
そろそろ室内楽とか弦楽器ものも触れたいなーとか思いつつ、今日は発生日なので外せません。
普段から「風刺」というものに憧れていまして。
もともと熟考が必要な性質なので時事問題に対してその場で反応を示すことが大変苦手で。今ここ、を表現に繋げていくことがものすごーく苦手だということを自覚しています。
創作とかにもほんとうにちょこちょこーっとしかそういうエレメントが組み込めなくて、表現に関して多き悩みの一つです。
「風刺」に対する憧れ、というのは特にショスタコーヴィチの音楽に対する憧れだったり愛として現れることが多いです。
それからそういう風刺的な表現が自分の理想と合わない物にであった時のもどかしさの強さ、という形でもしばし現れます。
そんななかこの「20世紀狂詩曲」を聴いてじっくり歌詞を読んで(必須)、また違う形で「風刺」に憧れました。
歌詞に書いてあることは20世紀の終わりでも21世紀になった今でも真実であり図星であり。
それがヒップホップ的にちゃんとまとまってて(聖飢魔IIは本当にいろんなジャンルの音楽をものにするなー)そもそもヒップホップがこういう用途で使われるのって本来正しいはずだし、語呂も良いし表現も正確でユーモアもあって。(矛盾したフレーズばっかり集めてるとこ好きです、めっちゃ)
全てが正に「痛快」なんですよね。
そして音楽自体もパンチがあります。めちゃくちゃパワフル。特にギター勢(ベースを含む)。
それから閣下とエース清水長官のツインボーカルの破壊力!ツインボーカルと言えば「精神の黒幕~LIBIDO~」(実は今日の一曲はこの曲と迷った)でもすごいですが、そっちとスタイルが全く違うのもまたオイシイ♪
私自身20世紀の音楽を多く好んで弾いて、それは音楽自体が好きだからだけではなくて19世紀の終わりのfin-de-siecleからの時代の流れが本当に興味深くて、その中での時の流れと人間の動きだったり、それがいろんな分野に現れる様を本当に感じたくて、それをひっくるめて体感したい、という思いがあり。
それが自分が20世紀の音楽を追い求めて愛する故であり、20世紀の音楽を弾いて突き詰めたいと思うことであり・・・
だから、というか「100年かけて何を学び/100年がかりで何を失くした?」の部分は自分にとってものすごく訴えかけるものがあります。(そのテーマでなんかリサイタルできないか、とか思うのは容易だと思いますが・・・)
ほーらこんなところにも自分とクラシック音楽への影響が(笑)
今年のミサの後聖飢魔IIの活動がどうなるか、というのは妹とよく話していますがこれからも閣下ならびに構成員の皆様には様々な形で長らくご活躍を願っています。
最近あんまりブログに書けるようなことを考えてないんですよねー・・・
出かける前に仕事しなきゃ、というのだったり、前回書いたようなピアノのことも頭でぐるぐるしてますし。
あとは日本に行ってる間にプランしてた絵もちょっと遅れてますが描いてます。あとはスキャンして色を塗るだけ、なんですが今回は今までの直感的な色のチョイスでないのでちょっとまだ悩んでます。
そして今日11月10日はデーモン小暮閣下の誕生日、ならぬ発生日ということで昨夜からうちは妹と私それぞれ聖飢魔IIで盛り上がってます(笑)
最近ぐんぐん食いついてます。CDだけでなくDVDもあってかなり情報量が多いし、視覚にも聴覚にも強烈なので脳内の処理が結構労力かかるのですが、本当に良い音楽で、Performance、Entertainmentとしても素晴らしいですし。トークとか衣装とか全部ずっとまだ詳細までじっくり見れてませんが・・・
前書いたか分かりませんがクラシック好きだから自分は聖飢魔IIが好きなんだろうな、というような部分があり。
そしてやっぱり彼らから学ぶものがあるな、とぼんやりながら思います。さすがに楽しむのもいっぱいいっぱいなので何かはまだ分かりませんが(汗)
まだまだ日は浅いですし、外に出なかったんで今日はアップルパイでDemonmassを祝えなかったのですが確実に信者となりつつあります。
いろいろわたわたしながらも明日は田舎の友達の家に向けて出発です。郊外へのバスは夕方出発。夕飯はどうするか決めてません(汗)そして向こうは夜は結構冷えるだろうな・・・
朝は仕事、昼は仕事またはピアノ・・・ピアノできたらいいな・・・
今回友達2人と一緒にバスで行くんですがあんまり何持ってくとかどこで落ち合うとかそういう話をあんまりせず最低限決めておいてめいめい後は自分で、という形だったのでなんだか実感が湧かないです。なので昨日「明後日!?」とパニクりました(汗)
一応仕事は持ってくことになりそうですがまだ確定してないのでできたら向こうで働かなくていいよう願ってます・・・
今は大学在学中の友達の試験、そしてリサイタル試験のシーズンです。音楽科だと大抵最終年、そして最終年でなくてもリサイタル試験は友達や家族などが聴衆として聴きに行っていいようになってまして、Facebookを通じていくつかお誘いがあるんですが、みんな平日の昼間なのでなかなか難しいんですよねー・・・
なんだか不義理をしているようで申し訳ない(汗)
ここ数週間メル響でSecret Symphonyという企画がTwitter経由で行われていまして。
曲や場所などに関するヒントがTwitterで流れて、それを元にコンサートの詳細を当てて(最初に当てた人はなんかもらえるらしい?)、見つけたコンサートを聴きに行く、というもの。謎解きの答えはコンサートの数日前には発表される様子。
1回目はParis Catという素敵そうなジャズクラブで1920年代の音楽をフィーチャーしたコンサートが行われたそうで、すでに第2回のコンサートのヒントも出てきてます。どうやらメシアンの「時の終わりのための四重奏曲」が弾かれるらしいのですが場所のヒントがわからない(汗)分かっても行けるかどうかわからないですが・・・でもあの曲は是非聴きに行きたい!
聴きに行きたいといえばMelbourne Recital Centreで行われるこのコンサート。
クラムの音楽を大々的にフィーチャーしたコンサートです!しかもこないだユースオケで「惑星」を指揮した彼がBlack Angelsでバイオリン参戦、ということで大変にわくわくしています♪
今日とりあえずチケットを買ったのでなんとか仕事とか都合を付けて行かなくちゃ!
あとは今日やっと先生にメールしました・・・が、まだレッスンの約束はしてません(汗)
まだまだちょっといろんな曲のいろんなところ対処しなくちゃいけないので・・・とりあえずこの頃のチェレスタ弾き報告だったり、あと先生元気にしてるといいな、と思いまして。
でもこれも今月中にはなんとかできたらな、と思います。
あと今月中といえば髪の毛切って染めて、あとトゥーランガリラの彼からもまだ連絡がきてませんし・・・
なんかちょこちょこ忙しいことがあったりですが、ちゃんと仕事も練習もしながら外にもでたりしたいと思います。
あわただしいぞ11月!
それでは次回はおそらく月曜日になると思います。ちょっと早いですが皆さん良い週末を~
今日の一曲: 聖飢魔II 「20世紀狂詩曲」
そろそろ室内楽とか弦楽器ものも触れたいなーとか思いつつ、今日は発生日なので外せません。
普段から「風刺」というものに憧れていまして。
もともと熟考が必要な性質なので時事問題に対してその場で反応を示すことが大変苦手で。今ここ、を表現に繋げていくことがものすごーく苦手だということを自覚しています。
創作とかにもほんとうにちょこちょこーっとしかそういうエレメントが組み込めなくて、表現に関して多き悩みの一つです。
「風刺」に対する憧れ、というのは特にショスタコーヴィチの音楽に対する憧れだったり愛として現れることが多いです。
それからそういう風刺的な表現が自分の理想と合わない物にであった時のもどかしさの強さ、という形でもしばし現れます。
そんななかこの「20世紀狂詩曲」を聴いてじっくり歌詞を読んで(必須)、また違う形で「風刺」に憧れました。
歌詞に書いてあることは20世紀の終わりでも21世紀になった今でも真実であり図星であり。
それがヒップホップ的にちゃんとまとまってて(聖飢魔IIは本当にいろんなジャンルの音楽をものにするなー)そもそもヒップホップがこういう用途で使われるのって本来正しいはずだし、語呂も良いし表現も正確でユーモアもあって。(矛盾したフレーズばっかり集めてるとこ好きです、めっちゃ)
全てが正に「痛快」なんですよね。
そして音楽自体もパンチがあります。めちゃくちゃパワフル。特にギター勢(ベースを含む)。
それから閣下とエース清水長官のツインボーカルの破壊力!ツインボーカルと言えば「精神の黒幕~LIBIDO~」(実は今日の一曲はこの曲と迷った)でもすごいですが、そっちとスタイルが全く違うのもまたオイシイ♪
私自身20世紀の音楽を多く好んで弾いて、それは音楽自体が好きだからだけではなくて19世紀の終わりのfin-de-siecleからの時代の流れが本当に興味深くて、その中での時の流れと人間の動きだったり、それがいろんな分野に現れる様を本当に感じたくて、それをひっくるめて体感したい、という思いがあり。
それが自分が20世紀の音楽を追い求めて愛する故であり、20世紀の音楽を弾いて突き詰めたいと思うことであり・・・
だから、というか「100年かけて何を学び/100年がかりで何を失くした?」の部分は自分にとってものすごく訴えかけるものがあります。(そのテーマでなんかリサイタルできないか、とか思うのは容易だと思いますが・・・)
ほーらこんなところにも自分とクラシック音楽への影響が(笑)
今年のミサの後聖飢魔IIの活動がどうなるか、というのは妹とよく話していますがこれからも閣下ならびに構成員の皆様には様々な形で長らくご活躍を願っています。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
このシリーズもあと2回。あんまり間があかないようにします~
最近ちょっと仕事の手違い?というのかな?で数日休みがあり。
ピアノの練習だったり家のことだったりしながら過ごしてました。(明日からまた仕事です)
最近暖かくはなってきたものの天気が不安定で、低気圧から高気圧に変わるときにどうもうとうとしてしまって。
ほとんど毎日昼寝していました。どうしても体が必要とするんですよね。
そんななか今週末に向けてのプランが動き出しました。
8月21日に出産した友達の、その赤ちゃんに会いにまた北東の方へ向かうことになったのです♪
Facebookで写真はもう何枚か見てその可愛いことやたまらない!のですが実際に会いに行くのはこれが初めて。大変楽しみです。
(Facebookでみた写真、お父さんが写真をとってるのかお父さんと赤ちゃんの写真はまだないんですよねー。でも友達がすっかりお母さんの表情になってて本当にびっくり!オーストラリアで初めて学校に行ったあの5年生の日に初めて話した時のことを思い出しました・・・)
Southern Cross駅からバスで金曜の夜みんな(というほど多くもないですが)で出発、日曜の夜戻る、というプラン。もしかしたら仕事持ってかなきゃいけないかもですがまた息抜きになるといいな、と思います。
向こうのバス停からいきなり相乗りになるけど赤ちゃんびっくりしないでねー(汗)
ピアノの練習はわりとはかどってる感じです。
というのも割と苦になることなく音楽的に自分にしっくり来る、好きで弾いてる感じの曲ばっかりなので。
ちなみに以前のせたのとあんまり変わってませんがリストはこんな感じ:
メシアン 「鳥のカタログ」より第8楽章「ヒメコウテンシ」
クラム Eine Kleine Mitternachtmusik
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番 第2楽章
ラヴェル 「クープランの墓」より「フーガ」
バルトーク 「戸外にて」より第1番「笛と太鼓と」、第4番「夜の音楽」
スクリャービン 「炎に向かって」
今クラムでいろいろ迷ってますね-。一応1~4楽章まで弾いてますが曲全体、各楽章のイメージ・・・というか自分の創り出したい世界がまだまだはっきりしてなくて。
ツイッターでも真夜中に延々つぶやいてたんですが、「都会の音楽」が得意じゃないのと、元になった音楽がまたジャズなのがまだうまいこと「つかめて」ない要因だったり。
ゆっくりブレインストームとかイメージをふくらませるようなmind frameになってないんで・・・(特にこの曲は夜に考えるのが一番なので、夜にもうちょっと心に余裕を持ちたいところ・・・)
あとはシティで夜バーでお酒飲んだり歩いたりして、ってのもこの曲には効きそうかも・・・?せっかく暖かくなったんだからもうちょっと飲みに行きたいぞー。
その分バルトークの「夜の音楽」やメシアン、ラヴェルなんかは日本で経験した夏の風景やsoundscape、こちらで今感じ始めている春夏の感覚をぐんぐん表現に繋げて行けてるかな、と思います。
「自然の音楽」という属性もそうですが、「ピアノをピアノでなく他の音に似せる」という曲が性に合ってるような気がします。
スクリャービンとプロコフィエフはどっちかというと最近妹のDVDで見てる聖飢魔IIの演奏の影響をちらほらと目立たないところで(=ちょっと言葉では説明しにくいのでしないでおく)感じています(笑)いえ、まじめな話。スクリャービン特に。
スクリャービンは今ページがちょっと破れつつあるので暗譜中(笑)音さえ覚えられれば表現の方はゆるぎない!という感じ。この曲が自分にしっくり来てるのがちょっとまだびっくりながら本当に心地良い!
(でも暗譜難しいですね・・・音の連なりがロジカルじゃないので。)
スクリャービンもラヴェルも音の連なりを見ながら聴きながら弾いていくだけでそれらを「どう」弾くかが自ずと分かってくるのがとっても気持ちいいです。ラヴェルはそのままナチュラルにそれを変えず、スクリャービンはそれをちょっと誇張して、というかもうちょっと増幅して。
クラムは他の曲よりももっともっと表現を大げさに、がキーかな、と思ってます。パロディーだったりジャズやブルースっぽいのだったり、ちょっとtheatricalな方向に持っていけるか・・・うーん。
クラムに関してはちょっと焦ったりしてる節もあります。トゥーランガリラの彼も近いうちこの曲を弾き始めるので、それまでに完璧に弾けなくてもいいけど自分なりの解釈だったりアイディアだったりをしっかり持っておきたい、というのがやっぱり本音かな。
あんまり意識しちゃあいけないけれど、頑張らなきゃ。
今はまだですが、そのうち「プログラムに組める曲」というのを集め始めなきゃ、と思ってます。ただ曲を集めるんじゃなくなんか共通点を繋いでみたり、弾くのとは違う表現方法。
とりあえず数集めなきゃ始まりませんがね-(苦笑)
でも今弾いてる曲はそのための力になってくれると思います。特にスクリャービン。そして力になるかわからない曲の生かし方も考えたいです。
一応昨日一時帰国のときから構想してる絵に手を付けたもののいろいろできてないことやりたいことまだまだいっぱいで。
あと会いたい友達もいっぱい居るんでなんとか都合を付けないとなあー・・・
もっと外にでたい欲が高まるメルボルンの11月です(笑)
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Eine Kleine Mitternachtmusik」より第4楽章「Cobweb and Peaseblossom」
ただいま考えあぐねたり音をさらったりいろいろ楽しんでる一曲です。
CobwebとPeaseblossomはシェークスピア「真夏の夜の夢」にでてくる妖精の女王ティターニアに仕える妖精たちの名前(他にMothとMustardがいるそうです)。
「夜」と「魔法」がこの曲に登場することになった要因となるキーワードかなー・・・これもまた弾き手(私)の解釈の加減で変わりますが・・・
「真夏の夜の夢」といえばメンデルスゾーンがバレエにしたのが有名ですが、この楽章が「スケルツォ」であること以外はメンデルスゾーンの作品とはどうやら関連はない様子・・・?(メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」で一番有名な楽曲の一つが「スケルツォ」、というつながりで)
これらの妖精の扱いもまたどうやら原作とバレエでは違いそうなので、きっとクラムはシェークスピアの原作をベースにしている・・・と思われます。
この曲自体はクラムの典型的なスケルツォ。
(マクロコスモス第1巻の第2楽章「プロテウス」と似ていますが、性格の違うマクロコスモス第2巻第6楽章「ガーゴイル」とも似たところがあったり)
気まぐれで唐突な強弱差だったり、断片的なパッセージの遊技だったり、ふいに訪れるサスペンスに満ちた休符だったり・・・
あー、なんでクラムはこの楽章に「パック」の名を付けなかったんでしょうね、というくらいの悪戯、気まぐれ、小さなささやかな魔法。
はねたり転がったりはじけたり・・・決して派手ではないし大がかりでもないけれど、この手で自由に動かせるのに思わず悪戯妖精のような笑みを浮かべてしまいます(笑)
クラムもこういうスケルツォをいくつも書いたのは彼自身こういう悪戯的な音楽が、魔法が好きだったからなのかな・・・と推測しています。
このシリーズもあと2回。あんまり間があかないようにします~
最近ちょっと仕事の手違い?というのかな?で数日休みがあり。
ピアノの練習だったり家のことだったりしながら過ごしてました。(明日からまた仕事です)
最近暖かくはなってきたものの天気が不安定で、低気圧から高気圧に変わるときにどうもうとうとしてしまって。
ほとんど毎日昼寝していました。どうしても体が必要とするんですよね。
そんななか今週末に向けてのプランが動き出しました。
8月21日に出産した友達の、その赤ちゃんに会いにまた北東の方へ向かうことになったのです♪
Facebookで写真はもう何枚か見てその可愛いことやたまらない!のですが実際に会いに行くのはこれが初めて。大変楽しみです。
(Facebookでみた写真、お父さんが写真をとってるのかお父さんと赤ちゃんの写真はまだないんですよねー。でも友達がすっかりお母さんの表情になってて本当にびっくり!オーストラリアで初めて学校に行ったあの5年生の日に初めて話した時のことを思い出しました・・・)
Southern Cross駅からバスで金曜の夜みんな(というほど多くもないですが)で出発、日曜の夜戻る、というプラン。もしかしたら仕事持ってかなきゃいけないかもですがまた息抜きになるといいな、と思います。
向こうのバス停からいきなり相乗りになるけど赤ちゃんびっくりしないでねー(汗)
ピアノの練習はわりとはかどってる感じです。
というのも割と苦になることなく音楽的に自分にしっくり来る、好きで弾いてる感じの曲ばっかりなので。
ちなみに以前のせたのとあんまり変わってませんがリストはこんな感じ:
メシアン 「鳥のカタログ」より第8楽章「ヒメコウテンシ」
クラム Eine Kleine Mitternachtmusik
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番 第2楽章
ラヴェル 「クープランの墓」より「フーガ」
バルトーク 「戸外にて」より第1番「笛と太鼓と」、第4番「夜の音楽」
スクリャービン 「炎に向かって」
今クラムでいろいろ迷ってますね-。一応1~4楽章まで弾いてますが曲全体、各楽章のイメージ・・・というか自分の創り出したい世界がまだまだはっきりしてなくて。
ツイッターでも真夜中に延々つぶやいてたんですが、「都会の音楽」が得意じゃないのと、元になった音楽がまたジャズなのがまだうまいこと「つかめて」ない要因だったり。
ゆっくりブレインストームとかイメージをふくらませるようなmind frameになってないんで・・・(特にこの曲は夜に考えるのが一番なので、夜にもうちょっと心に余裕を持ちたいところ・・・)
あとはシティで夜バーでお酒飲んだり歩いたりして、ってのもこの曲には効きそうかも・・・?せっかく暖かくなったんだからもうちょっと飲みに行きたいぞー。
その分バルトークの「夜の音楽」やメシアン、ラヴェルなんかは日本で経験した夏の風景やsoundscape、こちらで今感じ始めている春夏の感覚をぐんぐん表現に繋げて行けてるかな、と思います。
「自然の音楽」という属性もそうですが、「ピアノをピアノでなく他の音に似せる」という曲が性に合ってるような気がします。
スクリャービンとプロコフィエフはどっちかというと最近妹のDVDで見てる聖飢魔IIの演奏の影響をちらほらと目立たないところで(=ちょっと言葉では説明しにくいのでしないでおく)感じています(笑)いえ、まじめな話。スクリャービン特に。
スクリャービンは今ページがちょっと破れつつあるので暗譜中(笑)音さえ覚えられれば表現の方はゆるぎない!という感じ。この曲が自分にしっくり来てるのがちょっとまだびっくりながら本当に心地良い!
(でも暗譜難しいですね・・・音の連なりがロジカルじゃないので。)
スクリャービンもラヴェルも音の連なりを見ながら聴きながら弾いていくだけでそれらを「どう」弾くかが自ずと分かってくるのがとっても気持ちいいです。ラヴェルはそのままナチュラルにそれを変えず、スクリャービンはそれをちょっと誇張して、というかもうちょっと増幅して。
クラムは他の曲よりももっともっと表現を大げさに、がキーかな、と思ってます。パロディーだったりジャズやブルースっぽいのだったり、ちょっとtheatricalな方向に持っていけるか・・・うーん。
クラムに関してはちょっと焦ったりしてる節もあります。トゥーランガリラの彼も近いうちこの曲を弾き始めるので、それまでに完璧に弾けなくてもいいけど自分なりの解釈だったりアイディアだったりをしっかり持っておきたい、というのがやっぱり本音かな。
あんまり意識しちゃあいけないけれど、頑張らなきゃ。
今はまだですが、そのうち「プログラムに組める曲」というのを集め始めなきゃ、と思ってます。ただ曲を集めるんじゃなくなんか共通点を繋いでみたり、弾くのとは違う表現方法。
とりあえず数集めなきゃ始まりませんがね-(苦笑)
でも今弾いてる曲はそのための力になってくれると思います。特にスクリャービン。そして力になるかわからない曲の生かし方も考えたいです。
一応昨日一時帰国のときから構想してる絵に手を付けたもののいろいろできてないことやりたいことまだまだいっぱいで。
あと会いたい友達もいっぱい居るんでなんとか都合を付けないとなあー・・・
もっと外にでたい欲が高まるメルボルンの11月です(笑)
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Eine Kleine Mitternachtmusik」より第4楽章「Cobweb and Peaseblossom」
ただいま考えあぐねたり音をさらったりいろいろ楽しんでる一曲です。
CobwebとPeaseblossomはシェークスピア「真夏の夜の夢」にでてくる妖精の女王ティターニアに仕える妖精たちの名前(他にMothとMustardがいるそうです)。
「夜」と「魔法」がこの曲に登場することになった要因となるキーワードかなー・・・これもまた弾き手(私)の解釈の加減で変わりますが・・・
「真夏の夜の夢」といえばメンデルスゾーンがバレエにしたのが有名ですが、この楽章が「スケルツォ」であること以外はメンデルスゾーンの作品とはどうやら関連はない様子・・・?(メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」で一番有名な楽曲の一つが「スケルツォ」、というつながりで)
これらの妖精の扱いもまたどうやら原作とバレエでは違いそうなので、きっとクラムはシェークスピアの原作をベースにしている・・・と思われます。
この曲自体はクラムの典型的なスケルツォ。
(マクロコスモス第1巻の第2楽章「プロテウス」と似ていますが、性格の違うマクロコスモス第2巻第6楽章「ガーゴイル」とも似たところがあったり)
気まぐれで唐突な強弱差だったり、断片的なパッセージの遊技だったり、ふいに訪れるサスペンスに満ちた休符だったり・・・
あー、なんでクラムはこの楽章に「パック」の名を付けなかったんでしょうね、というくらいの悪戯、気まぐれ、小さなささやかな魔法。
はねたり転がったりはじけたり・・・決して派手ではないし大がかりでもないけれど、この手で自由に動かせるのに思わず悪戯妖精のような笑みを浮かべてしまいます(笑)
クラムもこういうスケルツォをいくつも書いたのは彼自身こういう悪戯的な音楽が、魔法が好きだったからなのかな・・・と推測しています。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪
そろそろやらなければ、と思い。いつもなら楽器と性格は抜けがないようにメモ書いてからやるのですが今回はいきなりいってみます。
恒例のおことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
ビオラ、というとバイオリンと同じ形でちょっと大きい、というイメージしか一般にはないと思われます。
もう一歩踏み込むと「バイオリンと似てるけど地味なイメージ」とか「メロディーがもらえない」「目立たない」「バイオリニストが定員オーバーでビオラに転向」なんていうイメージもありますね。
形こそ似ていますがビオラは求められる役割、クオリティがバイオリンと全く異なり、もちろん向いている人も違うタイプの人ですし、さらにバイオリンもうらやむような魅力があるのです。
弦楽器においてビオラはバイオリンより低い音で、チェロより高い音を奏でます。
ビオラの4本の弦の内3つの弦(上からA, D, G)はバイオリンと一緒ですが、バイオリンのトップのE弦がない代わりに下側にC弦がついています。
このC弦のがっつりした深い暖かい響き(もちろん胴体の大きさにもありますが)がビオラのアイデンティティといえるものだと思います(笑)
バイオリンを弾いてる人の間にはバイオリンの一番下のG弦とは違ったおおらかさのある響きをうらやましい、という、いわゆるC弦コンプレックスともいえるものがたまーに見られます。バイオリンにはまね出来ない、バイオリンとは違うクオリティの片鱗(もっとありますよ)がこのC弦にはあるのです。
私もビオリストを多く知っていますが、ビオラ奏者でバイオリンから入らなかった人、というのは1人しかいません。
こちらだと大抵お稽古的なものとして子供のころバイオリンを始め、小学校のオーケストラだったり、その他先生のすすめでビオラに転向する、というのがスタンダードな流れでしょうか。
うちの妹も「出世早いよ!」(人数が少ない、競争がゆるめなので)といってビオラにそそのかしました(笑)
バイオリン・ビオラを「弾く」ほうだったり「教える」ほうだったりで掛け持ちすることは多いみたいです。もしも町中(?)でバイオリンケースのような(四角い)ケースだけどちょっとでかくないか?と思うようなケースが担がれているのを見たら、それはバイオリン・ビオラが互い違いに入るようにしているケースかもしれません。
弦楽四重奏でもピアノ四重奏でもオーケストラでも、バイオリンとチェロの間にビオラがいることが多いです。(今年お世話になってる指揮者さんはビオラをステージ前側に位置するのが好きみたいです。そこはやっぱり指揮者のバランス・音の好み、音響などで動かす自由はある程度あるようです)
ビオラは音域もバイオリン・チェロの真ん中に位置しますが、役割としてもこの2つの楽器の間を仲介する、というような役割があります。
バイオリン、チェロとも結構主張の強い、自分の色をがんがんだしてくる、さらに必ずしも意思が一致しない楽器群で、音楽をharmonizeさせるのではなく「ソリスト同士の絡み」みたいになってしまうことがあります。
それをビオラがハーモニーラインを提供したり、暖かい音色でうまく解け合わせることによってアンサンブルができあがる、といっても過言ではないと思います。
だからビオラは自分が前に出るよりは人と人の間の関係やコミュニケーションをスムーズにする、仲人や交渉人のような役割を好みます。自分が輝くことよりも、周りが平和で仲良く、みんなで楽しく美しい音楽を作っていることを大事だと思うタイプ。だからやっぱりバイオリンとはまた根本的に求められるもの、向いている性格が違いますし、好みが分かれるところだと思います。
(似たような役割の楽器は木管だとクラリネット、金管だとホルンが居ます。が、クラリネットはバイオリン的な役もしますし、ホルンはチェロと似たようなパートも担いますので、ミドルのミドルな楽器だったらやっぱりビオラ、だと思います)
むしろビオラは目立つことをあまりよしとしない、というかちょっと引っ込み思案で控えめな性格があると思います。弦楽器で人数がある程度いることをいいことにみんなでそろってこそこそ隅に隠れてしまう傾向が(笑)
19世紀以降だとその音色の暖かい美しさなどを買われてソロのメロディーとかももらえちゃうんですが、ちょっとおどおどしながら頑張らなくちゃと責任感を感じてしまうタイプです。
あと規律は基本従いますが自分から作ることはなく。人の和を大事にする&控えめ=文句などは言わずに我慢してしまう、という傾向も。
例えば自分の意思ではなくお稽古としてバイオリンを始めた中で一定人数こういう「ビオラに変えて良かったなー」と思う人がいるんではないでしょうか(笑)
ビオラ、というのは聞いて分かるとおりイタリア語では女性形で表される楽器です。
ソロレパートリーや室内楽でもなにかと「女性的な」イメージの音楽が多いです。ブラームスとか、ヒンデミットのop.11-4とか。バイオリンとは違い内向的な繊細さが求められるので弾き手にも似たような感性が必要とされています。だから男性でもものすごく男性的、というよりは感情だったり性格だったり趣味だったりに細やかな女性みたいな側面があったり・・・するのではないでしょうか?
ビオラ、というのは今でも所謂「マイナー」な楽器で、室内楽などでは需要が高いもののソロのレパートリーはものすごく少数です。結構チェロやバイオリンの編曲などでつないでいます。
さらにあんまりその魅力というか良さというか、世界の深さが一般には分かってもらえない楽器でもあり。
なのでビオラ奏者というのは平たく言えば「オタク」な傾向が少なからずあります。狭い深い世界を他がなんといおうとも気にせずもくもくと一人で掘り進んでいくタイプ。
ビオラのレパートリーだと結構20世紀の音楽とかも多く、さらにはオーケストラのパートでツボったりしてるのも聞いただけじゃわからないような(=メロディーじゃない)部分だったり、とにかく他人に分かってもらえなかったりします(笑)
基本ビオラの集団は似たもの同士、という次元以上で平和主義&「オタク同士」という仲の良さが特徴的だと思います。(実力主義プロ気質集団のチェロと比べるとゆるーい、趣味の集まりというか、なあなあなところ多そうですね)
あとここまでに絡められなかったビオラ知識2つ。
ビオラは「後打ち」職人です(ホルンと並んで)。1,2,3,4拍ある内、弱拍である2,4を担当します。地味です。でも淡々とこなします。文句言わずむしろ密かに楽しんでる節もないことないです。
あとビオラはバイオリン・チェロとは違って楽器に3/4、1/2など決まったサイズがなくてわりとゆるーく何インチ、幅はこれくらい、とかいう決め方をします。
私はビオラ奏者の友達を通してそんなビオラの魅力にぞっこんです(笑)なんでしょうね、やっぱり自分のチェロ奏者である部分とは別の部分で響くものがあります。第2のふるさと(第1がチェロとピアノとチェレスタ・・・あれ?)ビオラの曲ってこう全体に「タイプだな-」と思う曲が多いですしね。
あくまでも私の想像ですが、バイオリンは天を翔け、チェロは地に腰を据えるけれどビオラは地上からちょっと離れてふわふわ浮いているイメージもあり、バイオリンは脳と、チェロは腹と、ビオラは心臓と関連させたくなるイメージもあります。
さらにピアノ・バイオリン・チェロ編成でソリストが3人集まったみたいなピアノ三重奏よりも、もっとアンサンブルとして調和しているピアノ・バイオリン・ビオラ・チェロのピアノ四重奏の編成が好きです。
この記事に心当たりのあるバイオリン奏者のみなさん、今でも遅くないです!(笑)
というのは冗談としてももっともっとオケにおいて、室内楽において、そしてソロのレパートリーでもビオラを聴いてあげて下さい。
引っ込み思案ではありますがなんせオタク気質なので一度アプローチすればその深い世界を(音楽・言葉で)多く語ってくれるでしょう。
今日の一曲: パウル・ヒンデミット ビオラとピアノのためのソナタop.11-4
これ、ずーっと前紹介したと思うんですがあえてもう一回。
ビオラの魅力を知って欲しい、と思ったらこの曲が一番強く自分の心のドアを叩きます。
ヒンデミットはオケの楽器のみならず本当にたくさんの楽器それぞれのために1つ以上ソナタを残しています。
そんななかでもビオラに関してはピアノ付きが3つ、無伴奏が4つ(そして協奏曲タイプの曲も複数)残しています。
それもそのはず、ヒンデミットは自身ビオリストでもあったのです。
ちょっと聴きあんまり「美しくない」と思われるような曲も書く中、今回のこのビオラソナタはヒンデミットらしい独特の苦み(?)を失わないままものすごく美しい音楽でもあります。
ヒンデミットはドイツ人ながらもイギリス音楽と酷似した息の長く透明な、「牧歌的な」スタイルで書くことが多く、最初の楽章「幻想曲」ではそんなヒンデミットの一面が濃く現れています。
第2,3楽章に渡って続くバリエーションではとってもシンプルなテーマが様々な形に姿を変えながら、ビオラの魅力が色々見れるのが良いですね~力強かったり、暗かったり、風に乗るようだったり優しかったり。
ピアノとの絡みもまあ気持ちいいです♪
この曲を聴くとどうしても「これはバイオリンでもチェロでも、他のどの楽器でもまね出来ないな」と確信を得るんですよね。
ヒンデミットも(さすが自分の楽器、ということで)この楽器の本質、本当の魅力を知っていて、豊かに表現していて。
全部ひっくるめてやっぱりこれだなーと思います。
数あるビオラ奏者の演奏のなかでも是非ともリンクしたキム・カシュカシアンの録音を聞いてもらいたいと思います。彼女の音のぶれない強さと繊細さはすごいの一言です。ピアニストの演奏も素晴らしいですしね~
そろそろやらなければ、と思い。いつもなら楽器と性格は抜けがないようにメモ書いてからやるのですが今回はいきなりいってみます。
恒例のおことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
ビオラ、というとバイオリンと同じ形でちょっと大きい、というイメージしか一般にはないと思われます。
もう一歩踏み込むと「バイオリンと似てるけど地味なイメージ」とか「メロディーがもらえない」「目立たない」「バイオリニストが定員オーバーでビオラに転向」なんていうイメージもありますね。
形こそ似ていますがビオラは求められる役割、クオリティがバイオリンと全く異なり、もちろん向いている人も違うタイプの人ですし、さらにバイオリンもうらやむような魅力があるのです。
弦楽器においてビオラはバイオリンより低い音で、チェロより高い音を奏でます。
ビオラの4本の弦の内3つの弦(上からA, D, G)はバイオリンと一緒ですが、バイオリンのトップのE弦がない代わりに下側にC弦がついています。
このC弦のがっつりした深い暖かい響き(もちろん胴体の大きさにもありますが)がビオラのアイデンティティといえるものだと思います(笑)
バイオリンを弾いてる人の間にはバイオリンの一番下のG弦とは違ったおおらかさのある響きをうらやましい、という、いわゆるC弦コンプレックスともいえるものがたまーに見られます。バイオリンにはまね出来ない、バイオリンとは違うクオリティの片鱗(もっとありますよ)がこのC弦にはあるのです。
私もビオリストを多く知っていますが、ビオラ奏者でバイオリンから入らなかった人、というのは1人しかいません。
こちらだと大抵お稽古的なものとして子供のころバイオリンを始め、小学校のオーケストラだったり、その他先生のすすめでビオラに転向する、というのがスタンダードな流れでしょうか。
うちの妹も「出世早いよ!」(人数が少ない、競争がゆるめなので)といってビオラにそそのかしました(笑)
バイオリン・ビオラを「弾く」ほうだったり「教える」ほうだったりで掛け持ちすることは多いみたいです。もしも町中(?)でバイオリンケースのような(四角い)ケースだけどちょっとでかくないか?と思うようなケースが担がれているのを見たら、それはバイオリン・ビオラが互い違いに入るようにしているケースかもしれません。
弦楽四重奏でもピアノ四重奏でもオーケストラでも、バイオリンとチェロの間にビオラがいることが多いです。(今年お世話になってる指揮者さんはビオラをステージ前側に位置するのが好きみたいです。そこはやっぱり指揮者のバランス・音の好み、音響などで動かす自由はある程度あるようです)
ビオラは音域もバイオリン・チェロの真ん中に位置しますが、役割としてもこの2つの楽器の間を仲介する、というような役割があります。
バイオリン、チェロとも結構主張の強い、自分の色をがんがんだしてくる、さらに必ずしも意思が一致しない楽器群で、音楽をharmonizeさせるのではなく「ソリスト同士の絡み」みたいになってしまうことがあります。
それをビオラがハーモニーラインを提供したり、暖かい音色でうまく解け合わせることによってアンサンブルができあがる、といっても過言ではないと思います。
だからビオラは自分が前に出るよりは人と人の間の関係やコミュニケーションをスムーズにする、仲人や交渉人のような役割を好みます。自分が輝くことよりも、周りが平和で仲良く、みんなで楽しく美しい音楽を作っていることを大事だと思うタイプ。だからやっぱりバイオリンとはまた根本的に求められるもの、向いている性格が違いますし、好みが分かれるところだと思います。
(似たような役割の楽器は木管だとクラリネット、金管だとホルンが居ます。が、クラリネットはバイオリン的な役もしますし、ホルンはチェロと似たようなパートも担いますので、ミドルのミドルな楽器だったらやっぱりビオラ、だと思います)
むしろビオラは目立つことをあまりよしとしない、というかちょっと引っ込み思案で控えめな性格があると思います。弦楽器で人数がある程度いることをいいことにみんなでそろってこそこそ隅に隠れてしまう傾向が(笑)
19世紀以降だとその音色の暖かい美しさなどを買われてソロのメロディーとかももらえちゃうんですが、ちょっとおどおどしながら頑張らなくちゃと責任感を感じてしまうタイプです。
あと規律は基本従いますが自分から作ることはなく。人の和を大事にする&控えめ=文句などは言わずに我慢してしまう、という傾向も。
例えば自分の意思ではなくお稽古としてバイオリンを始めた中で一定人数こういう「ビオラに変えて良かったなー」と思う人がいるんではないでしょうか(笑)
ビオラ、というのは聞いて分かるとおりイタリア語では女性形で表される楽器です。
ソロレパートリーや室内楽でもなにかと「女性的な」イメージの音楽が多いです。ブラームスとか、ヒンデミットのop.11-4とか。バイオリンとは違い内向的な繊細さが求められるので弾き手にも似たような感性が必要とされています。だから男性でもものすごく男性的、というよりは感情だったり性格だったり趣味だったりに細やかな女性みたいな側面があったり・・・するのではないでしょうか?
ビオラ、というのは今でも所謂「マイナー」な楽器で、室内楽などでは需要が高いもののソロのレパートリーはものすごく少数です。結構チェロやバイオリンの編曲などでつないでいます。
さらにあんまりその魅力というか良さというか、世界の深さが一般には分かってもらえない楽器でもあり。
なのでビオラ奏者というのは平たく言えば「オタク」な傾向が少なからずあります。狭い深い世界を他がなんといおうとも気にせずもくもくと一人で掘り進んでいくタイプ。
ビオラのレパートリーだと結構20世紀の音楽とかも多く、さらにはオーケストラのパートでツボったりしてるのも聞いただけじゃわからないような(=メロディーじゃない)部分だったり、とにかく他人に分かってもらえなかったりします(笑)
基本ビオラの集団は似たもの同士、という次元以上で平和主義&「オタク同士」という仲の良さが特徴的だと思います。(実力主義プロ気質集団のチェロと比べるとゆるーい、趣味の集まりというか、なあなあなところ多そうですね)
あとここまでに絡められなかったビオラ知識2つ。
ビオラは「後打ち」職人です(ホルンと並んで)。1,2,3,4拍ある内、弱拍である2,4を担当します。地味です。でも淡々とこなします。文句言わずむしろ密かに楽しんでる節もないことないです。
あとビオラはバイオリン・チェロとは違って楽器に3/4、1/2など決まったサイズがなくてわりとゆるーく何インチ、幅はこれくらい、とかいう決め方をします。
私はビオラ奏者の友達を通してそんなビオラの魅力にぞっこんです(笑)なんでしょうね、やっぱり自分のチェロ奏者である部分とは別の部分で響くものがあります。第2のふるさと(第1がチェロとピアノとチェレスタ・・・あれ?)ビオラの曲ってこう全体に「タイプだな-」と思う曲が多いですしね。
あくまでも私の想像ですが、バイオリンは天を翔け、チェロは地に腰を据えるけれどビオラは地上からちょっと離れてふわふわ浮いているイメージもあり、バイオリンは脳と、チェロは腹と、ビオラは心臓と関連させたくなるイメージもあります。
さらにピアノ・バイオリン・チェロ編成でソリストが3人集まったみたいなピアノ三重奏よりも、もっとアンサンブルとして調和しているピアノ・バイオリン・ビオラ・チェロのピアノ四重奏の編成が好きです。
この記事に心当たりのあるバイオリン奏者のみなさん、今でも遅くないです!(笑)
というのは冗談としてももっともっとオケにおいて、室内楽において、そしてソロのレパートリーでもビオラを聴いてあげて下さい。
引っ込み思案ではありますがなんせオタク気質なので一度アプローチすればその深い世界を(音楽・言葉で)多く語ってくれるでしょう。
今日の一曲: パウル・ヒンデミット ビオラとピアノのためのソナタop.11-4
これ、ずーっと前紹介したと思うんですがあえてもう一回。
ビオラの魅力を知って欲しい、と思ったらこの曲が一番強く自分の心のドアを叩きます。
ヒンデミットはオケの楽器のみならず本当にたくさんの楽器それぞれのために1つ以上ソナタを残しています。
そんななかでもビオラに関してはピアノ付きが3つ、無伴奏が4つ(そして協奏曲タイプの曲も複数)残しています。
それもそのはず、ヒンデミットは自身ビオリストでもあったのです。
ちょっと聴きあんまり「美しくない」と思われるような曲も書く中、今回のこのビオラソナタはヒンデミットらしい独特の苦み(?)を失わないままものすごく美しい音楽でもあります。
ヒンデミットはドイツ人ながらもイギリス音楽と酷似した息の長く透明な、「牧歌的な」スタイルで書くことが多く、最初の楽章「幻想曲」ではそんなヒンデミットの一面が濃く現れています。
第2,3楽章に渡って続くバリエーションではとってもシンプルなテーマが様々な形に姿を変えながら、ビオラの魅力が色々見れるのが良いですね~力強かったり、暗かったり、風に乗るようだったり優しかったり。
ピアノとの絡みもまあ気持ちいいです♪
この曲を聴くとどうしても「これはバイオリンでもチェロでも、他のどの楽器でもまね出来ないな」と確信を得るんですよね。
ヒンデミットも(さすが自分の楽器、ということで)この楽器の本質、本当の魅力を知っていて、豊かに表現していて。
全部ひっくるめてやっぱりこれだなーと思います。
数あるビオラ奏者の演奏のなかでも是非ともリンクしたキム・カシュカシアンの録音を聞いてもらいたいと思います。彼女の音のぶれない強さと繊細さはすごいの一言です。ピアニストの演奏も素晴らしいですしね~
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
日頃訪れていただいている読者さん、いつもどうもです~
今日はちょっとまだ考えまとめ中、自分でもなかなかまとまってない話について・・・
このところ(大雑把な時期範囲ですが)オーストラリアで盛んに叫ばれていることがあります。
それは同性同士の結婚を法律で認めてはどうか、ということです。
いろんな新聞やネットで何回も国民意識を調べる投票が行われていますが票の伸びこそ違えどどこにいっても賛成が多数で。
さっさと法変えちゃえよーという声が良く聞かれます。
同性結婚を法律で認めるかどうか、というのはもう何年前からも議論されていたことで、確か高校の英語の授業で新聞などから時事問題を読んだり分析したり意見を交わし合ったり文にしたり、という授業でもわりと「ベタな方の」トピックという認識だったんですよね。つまりメディアでよく扱われる、結構身近であり活発に議論が行われている、そして価値観や社会に大きな影響を与える、というトピックで。
それが最近特に認めようじゃないか、という一般社会からのプレッシャーが強くなってきてる、というか。
社会の価値観に法律・行政が追いついていない一例だと思います。
毎年秋に行われるシドニーのMardi Grasのお祭りの規模から垣間見れると思いますが、オーストラリアはジェンダーマイノリティの方がかなりいますし、社会としては割とそういう人に対して寛容な国のようです。
街で女性同士、男性同士で手を繋いだりキスしたりだとかはそんなには珍しくないですし、話すにも同性が好きでも異性が好きでも特にみんな扱いは変わりません。
オーストラリアは一応キリスト教徒の多い国ではあります。ただ知り合いに同性愛者の人がいたりするケースも多く、そういう人が差別されたりせず、好きな人と幸せになることを願っている人がきっと多いのかなーと思います。そういう意味では本当にこの国の多くの人に影響する問題だと思われますね。
音楽を始め芸術畑にはゲイが多い、ということは一般的に言われています。実際にそうなのかは分かりませんが音楽関連で人付き合いをするようになってから知り合いにゲイの方がだんだん増えて、今年になってからはゲイの(直接の)友達も数人できました。
色々話を聞く限りでは例えば日本の新宿二丁目みたいにゲイの方が集まるエリア、というのはないようなんですが特化したクラブやなんかはあるみたいで。
いろいろなんだかとっても身近なことになりつつあり、新しく知ること学ぶことたくさんあります。
こないだ書きましたが友達、後輩たちがなんといっても愛しいので(笑)みんな幸せになって欲しいなと思っています。
恋人がいるとかいないとかもまだわかりませんが、例えば同性愛者の友達が結婚したいなーと思ってて結婚できなかったら悲しいな、つらいな、とは思います。
結婚=幸せとは限らないし、結婚が幸せの唯一の形だとは思わないし、幸せになるには結婚しなくちゃいけないとも思いませんが結婚を望む人が異性だろうが同性だろうが結婚できるようになるといいな、と。
以前このブログに書きましたが私も自分で同性が好きか異性が好きか、スタンスが大分曖昧なところにあるので。今まで恋愛対象として好きになった人は男性だけれど女性に心惹かれるところも多々ありますし、女性をこれからを好きにならないとは限らないし。ついでながらなかなか他人を恋愛対象として見ないようになったのでどっちにはっきりした偏りがあるわけではない、みたいなところもありますし。
だから将来自分が同性を好きになってつきあって結婚したいと思って、そういう壁があったら辛いだろうな、とも思います。
一見他人事とも見えることけれど本当は他人事じゃない、とっても身近で大切な話なんですよね。
ただ全く変わる見込みがないわけでなく、きっと同性婚はオーストラリアで(国レベル、または州レベルで)法律で認められることは間違いないと思います。
それに関してどれくらい時間がかかるのか、が今のところわかりませんが・・・民意は賛成、ということみたいなので。そんなに悲観はしていません(少なくとも私は)。
私の直接の友達、知り合いだとまだ男女で結婚する人も少ないです・・・友達の友達とかなら結構居ますが。こないだ出産した友達も結婚はしない、ということですし。結婚式なんか高校生の時に数学の先生の結婚式行ったっきりです(笑)
異性同士でも同性同士でも幸せを祝える機会になるべく多く立ち会えるといいな、と願っています(自分のことは完全にほったらかしで(笑))
今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 「くるみ割り人形」より「金平糖の妖精の踊り」
同性愛者、と一口に言ってももちろん一人一人個人の性格はありますし、大まかなタイプも複数あります。
いわゆる「おネエ」と呼ばれる雰囲気がある人だったり、全くそういったわかりやすい雰囲気・特徴がない人だったり。
女性が嫌いな男性のゲイの方もいれば、女の子たちとまるで自分が同性であるかのようにアクティブにつるむ男性のゲイの方もいます。
そんななかチャイコフスキーは恋愛対象としては男性に惹かれるけれど、女性を美しい、別の意味で愛しい存在として見ていたようです。(ロルカと似た感じですね)
チャイコフスキーがいわゆる「おネエ」的な面があったという話は聞きませんが、ものすごく内向的でこじんまりしたスケールの音楽を書くときのとても女性的な繊細さは大変特徴的です。
「くるみ割り人形」の主人公、小さな少女クララの愛らしさ、勇敢さ、そして素直さ、かわいらしさ、純真さはステージにダンサーが立つまでもなく、言葉なきこの音楽にあふれています。
さらにこの「金平糖の妖精の踊り」。
金平糖の妖精が誰か、というのは複数解釈がありますが(お菓子の国の女王である、とかクララが変身した姿だったり)、そのはかなくしなやかながら凛とした部分もある、ある意味「象徴的(symbolic)な」女性の化身ともいえる、そんな不可思議な、ガラス細工をも思わせるような「存在」・・・
バレエの衣装も白いチュチュに銀色の刺繍や飾り、とまるで雪のような、氷のような、人間離れした感覚を思わせます。
それをチャイコフスキーはおそらく同性愛者として独特な感性と表現で創りあげます。
ご存じのとおり、この「金平糖の妖精の踊り」はチェレスタという楽器が世に出ることとなった初めての曲といわれています。
やわらかく丸く、機動力と繊細さ、愛らしさを兼ね備えなおかつ鍵盤で弾けるというこの楽器の特性は(もちろんその用途と意味、表現の幅は現代において大きく広がりましたが)今でもこの金平糖の妖精という存在と深く深く関連づけられています。
そしてこの曲から今に至るまで私がチェレスタの魅力について一番強く思うこと、それは「チェレスタは闇の中で一番美しく輝く」ということです。
有名な曲ではありますがあらためて耳を傾けていただければ、と思います。
日頃訪れていただいている読者さん、いつもどうもです~
今日はちょっとまだ考えまとめ中、自分でもなかなかまとまってない話について・・・
このところ(大雑把な時期範囲ですが)オーストラリアで盛んに叫ばれていることがあります。
それは同性同士の結婚を法律で認めてはどうか、ということです。
いろんな新聞やネットで何回も国民意識を調べる投票が行われていますが票の伸びこそ違えどどこにいっても賛成が多数で。
さっさと法変えちゃえよーという声が良く聞かれます。
同性結婚を法律で認めるかどうか、というのはもう何年前からも議論されていたことで、確か高校の英語の授業で新聞などから時事問題を読んだり分析したり意見を交わし合ったり文にしたり、という授業でもわりと「ベタな方の」トピックという認識だったんですよね。つまりメディアでよく扱われる、結構身近であり活発に議論が行われている、そして価値観や社会に大きな影響を与える、というトピックで。
それが最近特に認めようじゃないか、という一般社会からのプレッシャーが強くなってきてる、というか。
社会の価値観に法律・行政が追いついていない一例だと思います。
毎年秋に行われるシドニーのMardi Grasのお祭りの規模から垣間見れると思いますが、オーストラリアはジェンダーマイノリティの方がかなりいますし、社会としては割とそういう人に対して寛容な国のようです。
街で女性同士、男性同士で手を繋いだりキスしたりだとかはそんなには珍しくないですし、話すにも同性が好きでも異性が好きでも特にみんな扱いは変わりません。
オーストラリアは一応キリスト教徒の多い国ではあります。ただ知り合いに同性愛者の人がいたりするケースも多く、そういう人が差別されたりせず、好きな人と幸せになることを願っている人がきっと多いのかなーと思います。そういう意味では本当にこの国の多くの人に影響する問題だと思われますね。
音楽を始め芸術畑にはゲイが多い、ということは一般的に言われています。実際にそうなのかは分かりませんが音楽関連で人付き合いをするようになってから知り合いにゲイの方がだんだん増えて、今年になってからはゲイの(直接の)友達も数人できました。
色々話を聞く限りでは例えば日本の新宿二丁目みたいにゲイの方が集まるエリア、というのはないようなんですが特化したクラブやなんかはあるみたいで。
いろいろなんだかとっても身近なことになりつつあり、新しく知ること学ぶことたくさんあります。
こないだ書きましたが友達、後輩たちがなんといっても愛しいので(笑)みんな幸せになって欲しいなと思っています。
恋人がいるとかいないとかもまだわかりませんが、例えば同性愛者の友達が結婚したいなーと思ってて結婚できなかったら悲しいな、つらいな、とは思います。
結婚=幸せとは限らないし、結婚が幸せの唯一の形だとは思わないし、幸せになるには結婚しなくちゃいけないとも思いませんが結婚を望む人が異性だろうが同性だろうが結婚できるようになるといいな、と。
以前このブログに書きましたが私も自分で同性が好きか異性が好きか、スタンスが大分曖昧なところにあるので。今まで恋愛対象として好きになった人は男性だけれど女性に心惹かれるところも多々ありますし、女性をこれからを好きにならないとは限らないし。ついでながらなかなか他人を恋愛対象として見ないようになったのでどっちにはっきりした偏りがあるわけではない、みたいなところもありますし。
だから将来自分が同性を好きになってつきあって結婚したいと思って、そういう壁があったら辛いだろうな、とも思います。
一見他人事とも見えることけれど本当は他人事じゃない、とっても身近で大切な話なんですよね。
ただ全く変わる見込みがないわけでなく、きっと同性婚はオーストラリアで(国レベル、または州レベルで)法律で認められることは間違いないと思います。
それに関してどれくらい時間がかかるのか、が今のところわかりませんが・・・民意は賛成、ということみたいなので。そんなに悲観はしていません(少なくとも私は)。
私の直接の友達、知り合いだとまだ男女で結婚する人も少ないです・・・友達の友達とかなら結構居ますが。こないだ出産した友達も結婚はしない、ということですし。結婚式なんか高校生の時に数学の先生の結婚式行ったっきりです(笑)
異性同士でも同性同士でも幸せを祝える機会になるべく多く立ち会えるといいな、と願っています(自分のことは完全にほったらかしで(笑))
今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 「くるみ割り人形」より「金平糖の妖精の踊り」
同性愛者、と一口に言ってももちろん一人一人個人の性格はありますし、大まかなタイプも複数あります。
いわゆる「おネエ」と呼ばれる雰囲気がある人だったり、全くそういったわかりやすい雰囲気・特徴がない人だったり。
女性が嫌いな男性のゲイの方もいれば、女の子たちとまるで自分が同性であるかのようにアクティブにつるむ男性のゲイの方もいます。
そんななかチャイコフスキーは恋愛対象としては男性に惹かれるけれど、女性を美しい、別の意味で愛しい存在として見ていたようです。(ロルカと似た感じですね)
チャイコフスキーがいわゆる「おネエ」的な面があったという話は聞きませんが、ものすごく内向的でこじんまりしたスケールの音楽を書くときのとても女性的な繊細さは大変特徴的です。
「くるみ割り人形」の主人公、小さな少女クララの愛らしさ、勇敢さ、そして素直さ、かわいらしさ、純真さはステージにダンサーが立つまでもなく、言葉なきこの音楽にあふれています。
さらにこの「金平糖の妖精の踊り」。
金平糖の妖精が誰か、というのは複数解釈がありますが(お菓子の国の女王である、とかクララが変身した姿だったり)、そのはかなくしなやかながら凛とした部分もある、ある意味「象徴的(symbolic)な」女性の化身ともいえる、そんな不可思議な、ガラス細工をも思わせるような「存在」・・・
バレエの衣装も白いチュチュに銀色の刺繍や飾り、とまるで雪のような、氷のような、人間離れした感覚を思わせます。
それをチャイコフスキーはおそらく同性愛者として独特な感性と表現で創りあげます。
ご存じのとおり、この「金平糖の妖精の踊り」はチェレスタという楽器が世に出ることとなった初めての曲といわれています。
やわらかく丸く、機動力と繊細さ、愛らしさを兼ね備えなおかつ鍵盤で弾けるというこの楽器の特性は(もちろんその用途と意味、表現の幅は現代において大きく広がりましたが)今でもこの金平糖の妖精という存在と深く深く関連づけられています。
そしてこの曲から今に至るまで私がチェレスタの魅力について一番強く思うこと、それは「チェレスタは闇の中で一番美しく輝く」ということです。
有名な曲ではありますがあらためて耳を傾けていただければ、と思います。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
オケ小話やりたいです!いろいろ考えてます!
今回はええかげんにせい、ということでちょっと趣旨を変えて。
今日はなんと(そんなに暖かくないのに!)キョウチクトウの花が一つ咲いていて。一応メルボルンも春になって外に出るのが楽しい季節になってきました。週末は30度超えです。
ショッピングセンターに行くのもいいけれど、メルボルンには素敵なマーケットが日曜・土曜に開かれます。
普段食べる野菜や、日常品を買うのにも良いけれど観光にももってこいのマーケットを今日はいくつか紹介してみようと思います。
各マーケットに出ている店や商品についてはリンクしています公式ページを是非参照してください~
<Arts Centre Market>
場所: サウスバンク(シティから徒歩数分)
開催: 日曜、10:00 - 16:00
シティにいちばん近いマーケットです。今はHamer Hall周りの工事で規模収縮していますが、メルボルンらしい、オーストラリアらしいお土産を買うにはここが一番!
クラフト系統、食べ物、服や鞄などいろいろあるなか写真をポストカードにしたものがとっても素敵!送ったり飾ったり、Artyな街メルボルンのいい思い出に。
それからちょっとお値段は張るのですが鉱物(めのうなど)のディスクを回すタイプの万華鏡のお店では毎回足が止まりますね!一番小さいのでも200ドルだったかな、とっても美しいのですが軽々しくは買えないなあ・・・
<St. Kilda Market>
場所: St. Kilda Beach(シティから16番・3a番・96番のトラムで南へ15分ほど)
開催: 日曜、10:00 - 17:00
St. Kildaのビーチ、海を見渡すことができる活気にあふれたマーケット。
私は以前ラベンダー入りのヒートバッグ(レンジでチンするタイプ)をここで買っています。他にもアクセサリーやクラフトなどが充実している印象でした。
先ほどのマーケットは屋根の下の部分もありますが、こちらのSt. Kildaは完全に陽の下なので春や夏には特にしっかり日焼け対策をしていくことを強くおすすめします。
<Queen Victoria Market>
場所: シティ内、William StとVictoria Stの角あたり
開催: 火・木・金・土・日の朝~午後(詳しい時間はサイト参照)
シティ周りに住む人たちの毎日の買い物、ちょっとこだわりの品、お土産品、服などが広いマーケット内で全部カバーできます!
私がここで見つけたイチオシの品は手作りポートワインのお店にあったらチリ味、チョコレート味など様々なポートワイン。味見もできたはず。
日常も愛用される、このようなタイプのマーケットには他にもPrahran MarketやSouth Melbourne Marketがあります。後者では春の間、期間限定(今年は10/20~11/24)でStyle After Darkという夜間マーケットがやってるそうです。生演奏などもある楽しそうなイベントです♪
<Rose Street Market>
場所: Fitzroy(シティから112番トラムで北に10分ほど)
開催: 土日 11:00-17:00
Rose Street Artists Marketの名の通り、ユニークなクラフト品がそろったマーケット。規模は小さいですがここでしか見つからない、世界に一点だけのものがたくさんあります。中にあるカフェで一服しながらゆっくり悩みたいところです。このマーケットの雰囲気、そして置いてあるものの魅力がたまらない!
Facebookで友達から聞いた話なのですが、このRose Street Market、William Gibsonの小説「Zero History」で言及があるそうです。メルボルン在住の人にはおもわずにやり、な登場ですね~
最後にメルボルンの外になりますが、お気に入りのマーケットをもう一つ。
<Salamanca Market>
場所: ホバート(タスマニア)、シティから徒歩数分
開催: 土曜日 8:00 - 15:00 (祝日の扱いについてはサイトを参照)
もはや観光地として大変に有名なタスマニアの州都ホバートのマーケット。出店店舗数の多さ、取り扱い品のバラエティ、訪れる人の数などでは自分が知ってる中でも最大級のマーケットです。
タスマニアが誇るラベンダーの品や、オーストラリアの様々なはちみつ、木の工芸品、シープスキンなどなど目移りしてしまうラインアップ!
私個人としてはやっぱり昆虫の標本の店(まだ買えて)に一番心惹かれます♪
公式サイトにあるこちらのガイドを参考に是非早起きして参戦してください~
今日の一曲: エマニュエル・シャブリエ 「スペイン」
サラマンカ、というのがもともとスペインの地名であること、それからこの曲の雰囲気が活気のある週末の朝のマーケットに似ている印象ということからのチョイス。
ちなみに友達がスペインに旅行にいったときにマドリッドにいったら「即座にこの曲が頭のなかで聞こえてきた」そうです♪
シャブリエはフランスの作曲家。このブログでも何回か言及していると思いますがスペインに関する有名な曲を書いている作曲家の多くがフランスの作曲家だったりします。スペインはイスラムの文化に影響を受けたりと国境(山脈)一つへだてただけでこれほど違うのか、というエキゾチックな雰囲気があり、身近ながらもとても異なるなにかがあったんだな、と思います。
民族性としてもやっぱりスペインは陽気で情熱的で奔放で、というイメージが強く、それがこの曲にも現れています。Playfulというか、とにかく自由で太陽のような明るさで。
でも曲の華やかさはフランス人が書いたもの特有、といえるようなものもありますね。
この曲で特徴的なのが最初から聞いていくと2拍子に聞こえるけれど本当は速い3拍子なんだぜ!というリズム(何回か聞くうちに最初から3拍子で数えようとしてみてください、難しいですよー)。
そしてもう一つ言及したい!と強く思うのがファゴットの活躍。オーボエの兄弟であり歌わせる方が得意なのですが、今回はわりと歯切れの良い、早めのパッセージを奏でます。(確かオーケストラのオーディションでも使われるはず、ここは)
ファゴットのちょっと間の抜けたような、carefreeな音色が本当に魅力的に聞こえる一曲です。
リンクした録音はこの曲やシャブリエの他の曲以外にもラヴェルのボレロなども楽しめる一枚。
ボレロだけじゃなくラヴェルだったらスペイン狂詩曲とか道化師の朝の歌などもスペインつながりで入れて欲しいなあ~フランス人の書いたスペイン音楽のベストアルバムがあったら面白そうなんですが。
オケ小話やりたいです!いろいろ考えてます!
今回はええかげんにせい、ということでちょっと趣旨を変えて。
今日はなんと(そんなに暖かくないのに!)キョウチクトウの花が一つ咲いていて。一応メルボルンも春になって外に出るのが楽しい季節になってきました。週末は30度超えです。
ショッピングセンターに行くのもいいけれど、メルボルンには素敵なマーケットが日曜・土曜に開かれます。
普段食べる野菜や、日常品を買うのにも良いけれど観光にももってこいのマーケットを今日はいくつか紹介してみようと思います。
各マーケットに出ている店や商品についてはリンクしています公式ページを是非参照してください~
<Arts Centre Market>
場所: サウスバンク(シティから徒歩数分)
開催: 日曜、10:00 - 16:00
シティにいちばん近いマーケットです。今はHamer Hall周りの工事で規模収縮していますが、メルボルンらしい、オーストラリアらしいお土産を買うにはここが一番!
クラフト系統、食べ物、服や鞄などいろいろあるなか写真をポストカードにしたものがとっても素敵!送ったり飾ったり、Artyな街メルボルンのいい思い出に。
それからちょっとお値段は張るのですが鉱物(めのうなど)のディスクを回すタイプの万華鏡のお店では毎回足が止まりますね!一番小さいのでも200ドルだったかな、とっても美しいのですが軽々しくは買えないなあ・・・
<St. Kilda Market>
場所: St. Kilda Beach(シティから16番・3a番・96番のトラムで南へ15分ほど)
開催: 日曜、10:00 - 17:00
St. Kildaのビーチ、海を見渡すことができる活気にあふれたマーケット。
私は以前ラベンダー入りのヒートバッグ(レンジでチンするタイプ)をここで買っています。他にもアクセサリーやクラフトなどが充実している印象でした。
先ほどのマーケットは屋根の下の部分もありますが、こちらのSt. Kildaは完全に陽の下なので春や夏には特にしっかり日焼け対策をしていくことを強くおすすめします。
<Queen Victoria Market>
場所: シティ内、William StとVictoria Stの角あたり
開催: 火・木・金・土・日の朝~午後(詳しい時間はサイト参照)
シティ周りに住む人たちの毎日の買い物、ちょっとこだわりの品、お土産品、服などが広いマーケット内で全部カバーできます!
私がここで見つけたイチオシの品は手作りポートワインのお店にあったらチリ味、チョコレート味など様々なポートワイン。味見もできたはず。
日常も愛用される、このようなタイプのマーケットには他にもPrahran MarketやSouth Melbourne Marketがあります。後者では春の間、期間限定(今年は10/20~11/24)でStyle After Darkという夜間マーケットがやってるそうです。生演奏などもある楽しそうなイベントです♪
<Rose Street Market>
場所: Fitzroy(シティから112番トラムで北に10分ほど)
開催: 土日 11:00-17:00
Rose Street Artists Marketの名の通り、ユニークなクラフト品がそろったマーケット。規模は小さいですがここでしか見つからない、世界に一点だけのものがたくさんあります。中にあるカフェで一服しながらゆっくり悩みたいところです。このマーケットの雰囲気、そして置いてあるものの魅力がたまらない!
Facebookで友達から聞いた話なのですが、このRose Street Market、William Gibsonの小説「Zero History」で言及があるそうです。メルボルン在住の人にはおもわずにやり、な登場ですね~
最後にメルボルンの外になりますが、お気に入りのマーケットをもう一つ。
<Salamanca Market>
場所: ホバート(タスマニア)、シティから徒歩数分
開催: 土曜日 8:00 - 15:00 (祝日の扱いについてはサイトを参照)
もはや観光地として大変に有名なタスマニアの州都ホバートのマーケット。出店店舗数の多さ、取り扱い品のバラエティ、訪れる人の数などでは自分が知ってる中でも最大級のマーケットです。
タスマニアが誇るラベンダーの品や、オーストラリアの様々なはちみつ、木の工芸品、シープスキンなどなど目移りしてしまうラインアップ!
私個人としてはやっぱり昆虫の標本の店(まだ買えて)に一番心惹かれます♪
公式サイトにあるこちらのガイドを参考に是非早起きして参戦してください~
今日の一曲: エマニュエル・シャブリエ 「スペイン」
サラマンカ、というのがもともとスペインの地名であること、それからこの曲の雰囲気が活気のある週末の朝のマーケットに似ている印象ということからのチョイス。
ちなみに友達がスペインに旅行にいったときにマドリッドにいったら「即座にこの曲が頭のなかで聞こえてきた」そうです♪
シャブリエはフランスの作曲家。このブログでも何回か言及していると思いますがスペインに関する有名な曲を書いている作曲家の多くがフランスの作曲家だったりします。スペインはイスラムの文化に影響を受けたりと国境(山脈)一つへだてただけでこれほど違うのか、というエキゾチックな雰囲気があり、身近ながらもとても異なるなにかがあったんだな、と思います。
民族性としてもやっぱりスペインは陽気で情熱的で奔放で、というイメージが強く、それがこの曲にも現れています。Playfulというか、とにかく自由で太陽のような明るさで。
でも曲の華やかさはフランス人が書いたもの特有、といえるようなものもありますね。
この曲で特徴的なのが最初から聞いていくと2拍子に聞こえるけれど本当は速い3拍子なんだぜ!というリズム(何回か聞くうちに最初から3拍子で数えようとしてみてください、難しいですよー)。
そしてもう一つ言及したい!と強く思うのがファゴットの活躍。オーボエの兄弟であり歌わせる方が得意なのですが、今回はわりと歯切れの良い、早めのパッセージを奏でます。(確かオーケストラのオーディションでも使われるはず、ここは)
ファゴットのちょっと間の抜けたような、carefreeな音色が本当に魅力的に聞こえる一曲です。
リンクした録音はこの曲やシャブリエの他の曲以外にもラヴェルのボレロなども楽しめる一枚。
ボレロだけじゃなくラヴェルだったらスペイン狂詩曲とか道化師の朝の歌などもスペインつながりで入れて欲しいなあ~フランス人の書いたスペイン音楽のベストアルバムがあったら面白そうなんですが。
