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今日一番自分にとってインパクトがあったニュースはドイツが第一次世界大戦の際負った借金の最後の支払い(7千万ユーロ分)が今日行われる、ということ!なんだか自分とは関係のないはずなのに心の底から「ほんと頑張ったなあ、よかったなあ」と思って一人で盛り上がっているのですが・・・
それは「今日の一曲」の方で。
メルボルンでは昨夜から「夏時間」が始まり(NZではもう一週間前から始まってたそうです。早い!)、今日は昼の気温が24℃とかなり暖かく。
昨日仕事がんばってたのでスーパーに買い物もゆっくり行けて春の恩恵をしっかり受けられてよかったです♪
買った度入りサングラスもこれからの季節役に立ちそうです。
キーワードto音楽はそんな「春」の季語をお題に10つほど。
季語は基本(最近新しい時代に合わせて増えてはいますが)日本のものなので、西洋のクラシック音楽にあてはめるとなると随分と幅が狭まりますが・・・とりあえず。
どれもぜひぜひ春に聴いて欲しい、春という季節にぴったりのお奨めです♪(日本は秋です、分かってます(笑))
「山焼く」 クラム マクロコスモス第1巻「Spring Fire」
もうそのままですね!でも炎のちろちろした先っちょだったり、目にも止まらぬ速さで広がって行く・・・わくわくすると同時に恐ろしい、そして夏の暑さではなく背景が春の気温っぽいところもチョイスの理由です。
「春の海(または春の波)」 レスピーギ「ボッティチェッリの3枚の絵」から「ヴィーナスの誕生」
元の絵もそうなんですが、春っぽいですよね。穏やかで、冷たくないのどかな雰囲気で。ヴィーナスが生まれるなら花々や鳥たちが祝福を上げるのが似合う春が良い!と思います。もちろん音楽も明確に「春」を指し示してそう。
「東風(こち)」 ラヴェル ソナチネ第3楽章
ラヴェルはどっちかというと夏のイメージなのですが、弾いてるとあんまりこの曲はあんまり夏の雰囲気じゃないなあ、と・・・そこまでパワーがないような、でももっと爽やかで、心地良い風です。方角的にも東以外はしっくりこないかも?
「春の夢」 メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし 第15番 「幼子イエスの口づけ」
この曲の暖かな心地よさといい、「庭」と楽譜に書いてあるときに思わずイメージしてしまう花にあふれた秘密の庭園といい・・・眠りの性質もなんか、「春眠暁を覚えず」に近くないことないかなあ、なんて・・・
「山笑う」 ブラームス ホルン三重奏曲 第4楽章
山の話はドイツの作曲家に任せろ!みたいな印象がありまして・・・何でしょう、ものすごく笑ってる曲ですね。どっしりした人or物が笑ってる感じです。(特に第3楽章のあの悲しみの後だと身にしみる喜びです)
「落花」 ブラームス ロマンス op.118-5
またブラームス。音もなく静かに散っていく小さな花びらの一つ一つの美しさと切なさ、そしてその花びらが一枚一枚積もって行き、風にながれていく様子が浮かぶ曲です。ささやかな春の情景と心持ち。
「長閑(のどか)」 ベルリオーズ 幻想交響曲 第3楽章 「野の風景」
もうこれもそのまま、なんですけど・・・最初のオーボエとコールアングレの呼び掛け合いをのどかと言わずしてなんというか!という話で(笑)時間と空間両方の意味でものすごいスペースというか広さを感じます。
「風炎(フェーン)」 ブラームス ハンガリー舞曲第6番
フェーン現象の「フェーン」は春の季語です。是非使いたかったのですが難しかった!ともすれば夏的な曲になってしまうので。乾いてて、勢いがあって、夏じゃない風ということでこの曲をチョイス。うーん、なんか他にあったかなあ・・・
「春嵐」 ブラームス ピアノ協奏曲第1番 第1楽章
ブラームス4度目(!)。どうしても春で、どうしても嵐で、そして途中「青天の霹靂」と呼んでいるところがあって。青は春の色ですからね。ブラームスは冬に弾きたくなるけど春が結構得意みたいです。ピアノ協奏曲第2番も春っぽい。
「春雨」 シューベルト アルペジオーネ・ソナタ 第1楽章
部屋の中から窓の外を見てて・・・暖かくなりきってない天気で寒くもなければ暖かくもなく、なんだか春がもったいないような、不思議と心地良いような、だるいような、切ないような・・・そんな風景です。
ブラームスの多さにはあえてツッコミをいれないことにして・・・(笑)
やっぱりまあるい、あったかい曲が多いですね。なんというか愛に満ちあふれて、ちょっぴり切なく。
ただ「春」という繁殖の季節だったり芽吹きの季節だったりの意外なパワフルさとかわくわくするような躍動感、というものはカバーし損ねたかな。
夏はもっとストレートそうですが、夏になる前に別のトピックで1回はまたやりたいです~
連想ネットワークが繋がるし楽しいエクササイズ♪
今日の一曲: リヒャルト・ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲
ワーグナー嫌いな私が今日ブログのメインの内容をすっとばしてこの曲を選んだ理由。
先ほど書きましたようにドイツが第一次世界大戦の際負った借金の最後の支払い(7千万ユーロ分)が今日行われる、というニュースで盛り上がっていまして。
終戦後にどれだけ支払いを命じられたのかはわからないのですが、敗戦の責任と支払いを一手に負って、そのまま国がダメージを受けたままその状況の影響もありナチスが台頭し、第2次世界大戦があって、また条約が改定されたり新しい借金を負ったり国が分裂して統合して(ちなみに今日は東西ドイツ統合20周年でもあります)、90年ほど苦しんで他の国にお金を払って・・・
自分とは遠く離れたことはずなのに妙に親身に本当によかったなあ、と思ってしまう不思議。
ドイツらしい曲、というと好きなはずのブラームスをすっとばして一番最初に頭に浮かぶのがこの曲。
ワーグナー自身反ユダヤな人で、「気が合うじゃん」と思った(そして彼の音楽が好きだった)ヒトラーがこの曲を初めワーグナーの音楽を政治に悪用していたこともあって(実際イスラエルではワーグナーはほとんどといって演奏されません!)。
さらにワーグナーはロマン派の音楽、ドイツの音楽というものを崩壊寸前まで成長、膨張させてロマン派を破綻させた張本人といっても過言じゃなく(じっさい20世紀の音楽家ってみんなワーグナーを意識しても無意識でも反面教師の筆頭として扱ってる人達ばっかり!)・・・
この曲を「ドイツ」という国のイメージにするのには多少気がひけるのですが・・・
でもこの曲のオープニングを聴くとふっと頭に浮かぶ建築みたいな黄金比率の長方形といい、ブラームスやブルックナーの音楽にも共通するドイツの山や川を中心とする自然の風景と良い、きちょうめんだったりどっしりしている国民性のイメージと良い、一番分かりやすい意味で「ドイツ」なんだなあ、と思ってしまうのです。
好き嫌いを取り除くと、私にとってこの曲はかなり特別なポジションにあります。
この曲は唯一!私の家族全員が(同時じゃないですが)弾いた曲、なのです。
(ただ妹は高校で弾いたんで簡単にアレンジしたバージョンですが・・・)
妹がまだこの曲を弾くずっと前、ユースオケのサマーキャンプで持ち帰ってきたこの曲をCDをかけて練習していると、父と母もいつの間にか一緒に弾いてて。
きっと一生忘れられない、素敵な大事な思い出・・・なのですがなんでこの曲じゃなきゃいけなかったかなあ(泣)
総合でやっぱりワーグナーとその音楽というのは(ワーグナーは総合的な創作家としてはきっと最高峰だとおもいます、でも!)許せないというか好きになれないものだと思いますが・・・
今日はどうしてもこの曲が聴きたくなりました。ドイツという国を身近に感じたかったのかなんなのか・・・
なんにせよ、曲のことはとうとうほとんど話しませんでしたが(汗)ドイツはまだまだこれからなんだな、と・・・ものすごく言葉にするのが難しい気持ちです。
言葉に出来ないのがもどかしい!
それは「今日の一曲」の方で。
メルボルンでは昨夜から「夏時間」が始まり(NZではもう一週間前から始まってたそうです。早い!)、今日は昼の気温が24℃とかなり暖かく。
昨日仕事がんばってたのでスーパーに買い物もゆっくり行けて春の恩恵をしっかり受けられてよかったです♪
買った度入りサングラスもこれからの季節役に立ちそうです。
キーワードto音楽はそんな「春」の季語をお題に10つほど。
季語は基本(最近新しい時代に合わせて増えてはいますが)日本のものなので、西洋のクラシック音楽にあてはめるとなると随分と幅が狭まりますが・・・とりあえず。
どれもぜひぜひ春に聴いて欲しい、春という季節にぴったりのお奨めです♪(日本は秋です、分かってます(笑))
「山焼く」 クラム マクロコスモス第1巻「Spring Fire」
もうそのままですね!でも炎のちろちろした先っちょだったり、目にも止まらぬ速さで広がって行く・・・わくわくすると同時に恐ろしい、そして夏の暑さではなく背景が春の気温っぽいところもチョイスの理由です。
「春の海(または春の波)」 レスピーギ「ボッティチェッリの3枚の絵」から「ヴィーナスの誕生」
元の絵もそうなんですが、春っぽいですよね。穏やかで、冷たくないのどかな雰囲気で。ヴィーナスが生まれるなら花々や鳥たちが祝福を上げるのが似合う春が良い!と思います。もちろん音楽も明確に「春」を指し示してそう。
「東風(こち)」 ラヴェル ソナチネ第3楽章
ラヴェルはどっちかというと夏のイメージなのですが、弾いてるとあんまりこの曲はあんまり夏の雰囲気じゃないなあ、と・・・そこまでパワーがないような、でももっと爽やかで、心地良い風です。方角的にも東以外はしっくりこないかも?
「春の夢」 メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし 第15番 「幼子イエスの口づけ」
この曲の暖かな心地よさといい、「庭」と楽譜に書いてあるときに思わずイメージしてしまう花にあふれた秘密の庭園といい・・・眠りの性質もなんか、「春眠暁を覚えず」に近くないことないかなあ、なんて・・・
「山笑う」 ブラームス ホルン三重奏曲 第4楽章
山の話はドイツの作曲家に任せろ!みたいな印象がありまして・・・何でしょう、ものすごく笑ってる曲ですね。どっしりした人or物が笑ってる感じです。(特に第3楽章のあの悲しみの後だと身にしみる喜びです)
「落花」 ブラームス ロマンス op.118-5
またブラームス。音もなく静かに散っていく小さな花びらの一つ一つの美しさと切なさ、そしてその花びらが一枚一枚積もって行き、風にながれていく様子が浮かぶ曲です。ささやかな春の情景と心持ち。
「長閑(のどか)」 ベルリオーズ 幻想交響曲 第3楽章 「野の風景」
もうこれもそのまま、なんですけど・・・最初のオーボエとコールアングレの呼び掛け合いをのどかと言わずしてなんというか!という話で(笑)時間と空間両方の意味でものすごいスペースというか広さを感じます。
「風炎(フェーン)」 ブラームス ハンガリー舞曲第6番
フェーン現象の「フェーン」は春の季語です。是非使いたかったのですが難しかった!ともすれば夏的な曲になってしまうので。乾いてて、勢いがあって、夏じゃない風ということでこの曲をチョイス。うーん、なんか他にあったかなあ・・・
「春嵐」 ブラームス ピアノ協奏曲第1番 第1楽章
ブラームス4度目(!)。どうしても春で、どうしても嵐で、そして途中「青天の霹靂」と呼んでいるところがあって。青は春の色ですからね。ブラームスは冬に弾きたくなるけど春が結構得意みたいです。ピアノ協奏曲第2番も春っぽい。
「春雨」 シューベルト アルペジオーネ・ソナタ 第1楽章
部屋の中から窓の外を見てて・・・暖かくなりきってない天気で寒くもなければ暖かくもなく、なんだか春がもったいないような、不思議と心地良いような、だるいような、切ないような・・・そんな風景です。
ブラームスの多さにはあえてツッコミをいれないことにして・・・(笑)
やっぱりまあるい、あったかい曲が多いですね。なんというか愛に満ちあふれて、ちょっぴり切なく。
ただ「春」という繁殖の季節だったり芽吹きの季節だったりの意外なパワフルさとかわくわくするような躍動感、というものはカバーし損ねたかな。
夏はもっとストレートそうですが、夏になる前に別のトピックで1回はまたやりたいです~
連想ネットワークが繋がるし楽しいエクササイズ♪
今日の一曲: リヒャルト・ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲
ワーグナー嫌いな私が今日ブログのメインの内容をすっとばしてこの曲を選んだ理由。
先ほど書きましたようにドイツが第一次世界大戦の際負った借金の最後の支払い(7千万ユーロ分)が今日行われる、というニュースで盛り上がっていまして。
終戦後にどれだけ支払いを命じられたのかはわからないのですが、敗戦の責任と支払いを一手に負って、そのまま国がダメージを受けたままその状況の影響もありナチスが台頭し、第2次世界大戦があって、また条約が改定されたり新しい借金を負ったり国が分裂して統合して(ちなみに今日は東西ドイツ統合20周年でもあります)、90年ほど苦しんで他の国にお金を払って・・・
自分とは遠く離れたことはずなのに妙に親身に本当によかったなあ、と思ってしまう不思議。
ドイツらしい曲、というと好きなはずのブラームスをすっとばして一番最初に頭に浮かぶのがこの曲。
ワーグナー自身反ユダヤな人で、「気が合うじゃん」と思った(そして彼の音楽が好きだった)ヒトラーがこの曲を初めワーグナーの音楽を政治に悪用していたこともあって(実際イスラエルではワーグナーはほとんどといって演奏されません!)。
さらにワーグナーはロマン派の音楽、ドイツの音楽というものを崩壊寸前まで成長、膨張させてロマン派を破綻させた張本人といっても過言じゃなく(じっさい20世紀の音楽家ってみんなワーグナーを意識しても無意識でも反面教師の筆頭として扱ってる人達ばっかり!)・・・
この曲を「ドイツ」という国のイメージにするのには多少気がひけるのですが・・・
でもこの曲のオープニングを聴くとふっと頭に浮かぶ建築みたいな黄金比率の長方形といい、ブラームスやブルックナーの音楽にも共通するドイツの山や川を中心とする自然の風景と良い、きちょうめんだったりどっしりしている国民性のイメージと良い、一番分かりやすい意味で「ドイツ」なんだなあ、と思ってしまうのです。
好き嫌いを取り除くと、私にとってこの曲はかなり特別なポジションにあります。
この曲は唯一!私の家族全員が(同時じゃないですが)弾いた曲、なのです。
(ただ妹は高校で弾いたんで簡単にアレンジしたバージョンですが・・・)
妹がまだこの曲を弾くずっと前、ユースオケのサマーキャンプで持ち帰ってきたこの曲をCDをかけて練習していると、父と母もいつの間にか一緒に弾いてて。
きっと一生忘れられない、素敵な大事な思い出・・・なのですがなんでこの曲じゃなきゃいけなかったかなあ(泣)
総合でやっぱりワーグナーとその音楽というのは(ワーグナーは総合的な創作家としてはきっと最高峰だとおもいます、でも!)許せないというか好きになれないものだと思いますが・・・
今日はどうしてもこの曲が聴きたくなりました。ドイツという国を身近に感じたかったのかなんなのか・・・
なんにせよ、曲のことはとうとうほとんど話しませんでしたが(汗)ドイツはまだまだこれからなんだな、と・・・ものすごく言葉にするのが難しい気持ちです。
言葉に出来ないのがもどかしい!
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Grand FinalでのCollingwoodの勝利、そして映画Tomorrow when the war beganの数カ国での上映あるかも?のニュースに間接的にちょっぴりわくわくしながら・・・
今日は一日なかなかお仕事頑張りました♪
今日頑張って明日明後日気温が高いときに遊ばないにしても外に出たい!という思いでがんばりました。
明日はピアノも午前中にできちゃいそうです。
ピアノで今弾いているのは:
ラヴェル:古風なメヌエット、シマノフスキ:メトープ、メシアン:モリフクロウ、ブラームス:ラプソディート短調、ショスタコーヴィチ:前奏曲とフーガハ短調。
大学2年生くらいから1曲だけ20世紀より前の音楽、みたいなレパートリーの組み方がずーっと続いてきました。
もちろん100%意図せず、というわけではないです。
やっぱり20世紀以降の方に弾きたい曲、好きな曲が集中していて。なので半分自然とそっち偏りになっちゃいますし、それを止める・変える気がまったくといってないので(苦笑)
だからってそれ以前の曲がまったく好きではないわけでもないですし。ただ偏食なんでどの時代にも弾かない曲はたくさんありますが。
前言った覚えがものすごくあるんですけど、これでも昔はメシアン嫌いだったです。
中学生~高校生のころはもっぱらロマン派好き&弾きで(まあ若いですしね、思春期には特に共感しやすいスタイルだとおもいます)。
でも父と母の趣味で本当に生まれる前から割と20世紀音楽はいっぱい聴いてきました。
ストラヴィンスキーだったり、バルトークだったり、ショスタコーヴィチだったり、プーランクだったり・・・決して「前衛」といわれるあたりの音楽ではありませんが、時代の巨匠の斬新かつパワフルなサウンドを聴いて育てられました。
覚えているうちで一番早くに好きだった曲といえばハチャトゥリアンの「剣の舞」ですが、ストラヴィンスキーの「春の祭典」もディズニーの「ファンタジア」の恐竜のイメージで(でもそれ以前にも親しんでました)ものすごくビビッドに感じてた記憶が強いです。
そういえば音楽に「はまった」のもホルストの「惑星」(1914年作曲です)がきっかけですね。
以前母からもらい受けて読んだ本の中に作曲家の芥川也寸志さんの「音楽を愛する人に」という本があって。
その中で芥川さんは小さい頃に父である芥川龍之介(作家の、です)さんの好きだったストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を聞いて育ったため、学校に入ってから知ったベートーベンの「月光」なんかがやけに単純に聞こえた、というくだりがあったのですが・・・
それを読んでものすごく!自分の気持ちを代弁された気がしましたね!
変拍子だって、変調・無調だって普通のことだと思ったのに・・・という感覚。
ユースオケでも今から思い返してみれば20世紀音楽、結構弾いてますね。
ストラヴィンスキー、ショスタコ、バルトークなど・・・知ってる曲も知らない曲もありましたが、結構奏者にとっても聴き手にとっても手応えのあるクオリティの高い曲といっぱいお知り合いになりました。
素敵だった出会いはやっぱりロス・エドワーズを初めとするオーストラリアの作曲家だったり。
そういう「機会」があったことに今でも感謝しています。
そうやってある日突然ラヴェルを初めフランス音楽にぴんときたり、いきなりヴァレーズを弾く事になったりいろいろあったのですが、本当の意味での現代音楽への「目覚め」はやっぱり大学2年のとき。
きっかけはやっぱり先生でした(本当に感謝しています)。ダイジェストにすると:
「日本の作曲家の曲も弾いてみたら」→私が武満の「遮られない休息」を選ぶ→愛着が湧く→武満が影響を受けたメシアンのことが気になる→メシアンを弾く→はまる
・・・という経緯から好奇心が四方八方に伸びてやれヒンデミットだ、やれクラムだ、ルトスワフスキ、シマノフスキ、etc. etc. etc.、と・・・蜘蛛どころかテズルモズルの様に現代音楽の世界に迷い込んだのを楽しんで今に至っているわけです。
もちろん現代音楽は20世紀だけでなく、21世紀の音楽も含みますし、20世紀の音楽がすべて「現代音楽」というわけでもありません。(ラフマニノフやレスピーギとちょっと20世紀?と思うスタイルでも時代的には20世紀ですよ~ラフマニノフはスタイルも案外20世紀風です)
そこは難しいのですが・・・20世紀も21世紀も、現代音楽もそうでないものも結構好きなもの多くて。
ただ「前衛」と呼ばれるスタイルの、例えばブーレーズとかシュトックハウゼンとかはいまいちぴんとこないかなあ・・・
20~21世紀の音楽でもちょっと古風だったり、時代の波とはちょっと違うところにあるようなスタイルがしっくりくるのかな・・・リゲティやクラムもばりばり現代音楽だけれど「前衛」とは違いますものね。
聞く方としては(メルボルンは日本ほどではないですが)ちょっぴり敬遠しがちなレパートリーだということを考慮しても、それでもプロになったら20世紀以降の音楽を専門でいきたいなーとか思ってます。
だってやっぱり私の「声」はこういう音楽だと真に感じますから。「表現」するのにもっともふさわしい言語だと信じてますので。
そんなこんなでこういう趣味と専門のピアニストになってしまったのですが、そのことについて驚いたことはあんまりありません。もともと音楽に限らず「へんなもの」が好きだったり好奇心の幅が広かったりしたので。
そして「色彩」というものに魅せられるようになってこのジャンルの世界が無限に広がったのも大きかったかなあ・・・
でもなんといってもそういった「変な」音楽にたいして偏見を持つ以前に親しんでたからこそここまで好奇心を追っかけられたかな、ということをよく思います。現代音楽に関してはその世界の素晴らしさから偏見のために遠ざかってる人がたくさんたくさんいるので・・・聞き慣れさえすれば楽しいものなのに。
偏見は百害あって一利なしだな、と音楽を通じていつも思い知ります。
もっともっとこの素敵な世界を探検したいですし、もっともっとこのスタイルで暴れ回りたい!
なので明日も練習頑張っちゃいます!
このブログでステップ制で現代音楽おすすめ集をやろうかなー。それもまた面白そう。
そしてこんどクラムのことに絞って語りたいと思ってます♪
(でも最近メンタルヘルスのこと書いてないんだよなあ~・・・勉強にも手が回ってないのでしょうがないのですが触発されたら書きたいと思います!)
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 4つのリズムの練習曲より 「火の島I」
私自身が間違ったこともあって毎回言うのですが「火の鳥(L'oiseau de feu)」ではなく「火の島(Ile de feu)」です。(メシアンだから鳥、と思ってしまうインプリンティングもちょっぴりあると思います。ちなみに火の鳥はストラヴィンスキーですねー)
実は曲の習得+暗譜自己記録があるのはこの曲。2分強(5ページ)の曲を2週間で習得、さらに暗譜できたのはメシアンとのフィット感や習得前に弾きたい弾きたいと強く念じながら何回も聴いていたこともあるんじゃないかと思います。
メシアンの曲のうちでは「20のまなざし」での同じくらいの長さの曲と同じくらいのレベルでメシアン慣れしてればそんなに難しいことはないです。
(ただ4つの練習曲のうちこれとこれ以外の3曲の間に相当の難易度格差があるんですよねー。困る!)
自慢はそこくらいにして。
色彩や自然を描写する力などよりも、メシアン自身は自分の作曲家としての専門分野は「リズム」だと語っていたらしいです。
イレギュラーで力強い、エキゾチックなリズムはこの「4つのリズムの練習曲」でも健在です。
でも何よりも一番伝えたいのは・・・この「火の島」のこと。(イッテQ!でやってましたね、パプアの火山!)
「火の島」というのはパプア・ニューギニアのこと。メシアンは(きっと鳥のいろいろのことで)この島を訪れていますが、メシアンの感じたこの不思議な島の魅力がぎゅっと凝縮されてます。
深いジャングル、フウチョウの不思議な鳴き声、火山の爆発、現地民族の不思議な儀式・・・わりと「本能」的な、「野蛮」なところがまた魅力的。
オーストラリアの原住民とパプアの原住民は同じ祖先ですが、どこかリズムもつながってるのかなーとか思ったり。
リズムは脳の原始的な部分(小脳など)で感じている、という説もありますが、この地球の自然のrawなパワーをこの曲のリズムを通じて難しいことなしに本能のまま楽しんでほしいな、と弾き手として思います。
追記:リンクしたムラーロの録音なんですが、生演奏だってことに毎回驚きです!(あれ、私の持ってるのといっしょですよね?)
今日は一日なかなかお仕事頑張りました♪
今日頑張って明日明後日気温が高いときに遊ばないにしても外に出たい!という思いでがんばりました。
明日はピアノも午前中にできちゃいそうです。
ピアノで今弾いているのは:
ラヴェル:古風なメヌエット、シマノフスキ:メトープ、メシアン:モリフクロウ、ブラームス:ラプソディート短調、ショスタコーヴィチ:前奏曲とフーガハ短調。
大学2年生くらいから1曲だけ20世紀より前の音楽、みたいなレパートリーの組み方がずーっと続いてきました。
もちろん100%意図せず、というわけではないです。
やっぱり20世紀以降の方に弾きたい曲、好きな曲が集中していて。なので半分自然とそっち偏りになっちゃいますし、それを止める・変える気がまったくといってないので(苦笑)
だからってそれ以前の曲がまったく好きではないわけでもないですし。ただ偏食なんでどの時代にも弾かない曲はたくさんありますが。
前言った覚えがものすごくあるんですけど、これでも昔はメシアン嫌いだったです。
中学生~高校生のころはもっぱらロマン派好き&弾きで(まあ若いですしね、思春期には特に共感しやすいスタイルだとおもいます)。
でも父と母の趣味で本当に生まれる前から割と20世紀音楽はいっぱい聴いてきました。
ストラヴィンスキーだったり、バルトークだったり、ショスタコーヴィチだったり、プーランクだったり・・・決して「前衛」といわれるあたりの音楽ではありませんが、時代の巨匠の斬新かつパワフルなサウンドを聴いて育てられました。
覚えているうちで一番早くに好きだった曲といえばハチャトゥリアンの「剣の舞」ですが、ストラヴィンスキーの「春の祭典」もディズニーの「ファンタジア」の恐竜のイメージで(でもそれ以前にも親しんでました)ものすごくビビッドに感じてた記憶が強いです。
そういえば音楽に「はまった」のもホルストの「惑星」(1914年作曲です)がきっかけですね。
以前母からもらい受けて読んだ本の中に作曲家の芥川也寸志さんの「音楽を愛する人に」という本があって。
その中で芥川さんは小さい頃に父である芥川龍之介(作家の、です)さんの好きだったストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を聞いて育ったため、学校に入ってから知ったベートーベンの「月光」なんかがやけに単純に聞こえた、というくだりがあったのですが・・・
それを読んでものすごく!自分の気持ちを代弁された気がしましたね!
変拍子だって、変調・無調だって普通のことだと思ったのに・・・という感覚。
ユースオケでも今から思い返してみれば20世紀音楽、結構弾いてますね。
ストラヴィンスキー、ショスタコ、バルトークなど・・・知ってる曲も知らない曲もありましたが、結構奏者にとっても聴き手にとっても手応えのあるクオリティの高い曲といっぱいお知り合いになりました。
素敵だった出会いはやっぱりロス・エドワーズを初めとするオーストラリアの作曲家だったり。
そういう「機会」があったことに今でも感謝しています。
そうやってある日突然ラヴェルを初めフランス音楽にぴんときたり、いきなりヴァレーズを弾く事になったりいろいろあったのですが、本当の意味での現代音楽への「目覚め」はやっぱり大学2年のとき。
きっかけはやっぱり先生でした(本当に感謝しています)。ダイジェストにすると:
「日本の作曲家の曲も弾いてみたら」→私が武満の「遮られない休息」を選ぶ→愛着が湧く→武満が影響を受けたメシアンのことが気になる→メシアンを弾く→はまる
・・・という経緯から好奇心が四方八方に伸びてやれヒンデミットだ、やれクラムだ、ルトスワフスキ、シマノフスキ、etc. etc. etc.、と・・・蜘蛛どころかテズルモズルの様に現代音楽の世界に迷い込んだのを楽しんで今に至っているわけです。
もちろん現代音楽は20世紀だけでなく、21世紀の音楽も含みますし、20世紀の音楽がすべて「現代音楽」というわけでもありません。(ラフマニノフやレスピーギとちょっと20世紀?と思うスタイルでも時代的には20世紀ですよ~ラフマニノフはスタイルも案外20世紀風です)
そこは難しいのですが・・・20世紀も21世紀も、現代音楽もそうでないものも結構好きなもの多くて。
ただ「前衛」と呼ばれるスタイルの、例えばブーレーズとかシュトックハウゼンとかはいまいちぴんとこないかなあ・・・
20~21世紀の音楽でもちょっと古風だったり、時代の波とはちょっと違うところにあるようなスタイルがしっくりくるのかな・・・リゲティやクラムもばりばり現代音楽だけれど「前衛」とは違いますものね。
聞く方としては(メルボルンは日本ほどではないですが)ちょっぴり敬遠しがちなレパートリーだということを考慮しても、それでもプロになったら20世紀以降の音楽を専門でいきたいなーとか思ってます。
だってやっぱり私の「声」はこういう音楽だと真に感じますから。「表現」するのにもっともふさわしい言語だと信じてますので。
そんなこんなでこういう趣味と専門のピアニストになってしまったのですが、そのことについて驚いたことはあんまりありません。もともと音楽に限らず「へんなもの」が好きだったり好奇心の幅が広かったりしたので。
そして「色彩」というものに魅せられるようになってこのジャンルの世界が無限に広がったのも大きかったかなあ・・・
でもなんといってもそういった「変な」音楽にたいして偏見を持つ以前に親しんでたからこそここまで好奇心を追っかけられたかな、ということをよく思います。現代音楽に関してはその世界の素晴らしさから偏見のために遠ざかってる人がたくさんたくさんいるので・・・聞き慣れさえすれば楽しいものなのに。
偏見は百害あって一利なしだな、と音楽を通じていつも思い知ります。
もっともっとこの素敵な世界を探検したいですし、もっともっとこのスタイルで暴れ回りたい!
なので明日も練習頑張っちゃいます!
このブログでステップ制で現代音楽おすすめ集をやろうかなー。それもまた面白そう。
そしてこんどクラムのことに絞って語りたいと思ってます♪
(でも最近メンタルヘルスのこと書いてないんだよなあ~・・・勉強にも手が回ってないのでしょうがないのですが触発されたら書きたいと思います!)
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 4つのリズムの練習曲より 「火の島I」
私自身が間違ったこともあって毎回言うのですが「火の鳥(L'oiseau de feu)」ではなく「火の島(Ile de feu)」です。(メシアンだから鳥、と思ってしまうインプリンティングもちょっぴりあると思います。ちなみに火の鳥はストラヴィンスキーですねー)
実は曲の習得+暗譜自己記録があるのはこの曲。2分強(5ページ)の曲を2週間で習得、さらに暗譜できたのはメシアンとのフィット感や習得前に弾きたい弾きたいと強く念じながら何回も聴いていたこともあるんじゃないかと思います。
メシアンの曲のうちでは「20のまなざし」での同じくらいの長さの曲と同じくらいのレベルでメシアン慣れしてればそんなに難しいことはないです。
(ただ4つの練習曲のうちこれとこれ以外の3曲の間に相当の難易度格差があるんですよねー。困る!)
自慢はそこくらいにして。
色彩や自然を描写する力などよりも、メシアン自身は自分の作曲家としての専門分野は「リズム」だと語っていたらしいです。
イレギュラーで力強い、エキゾチックなリズムはこの「4つのリズムの練習曲」でも健在です。
でも何よりも一番伝えたいのは・・・この「火の島」のこと。(イッテQ!でやってましたね、パプアの火山!)
「火の島」というのはパプア・ニューギニアのこと。メシアンは(きっと鳥のいろいろのことで)この島を訪れていますが、メシアンの感じたこの不思議な島の魅力がぎゅっと凝縮されてます。
深いジャングル、フウチョウの不思議な鳴き声、火山の爆発、現地民族の不思議な儀式・・・わりと「本能」的な、「野蛮」なところがまた魅力的。
オーストラリアの原住民とパプアの原住民は同じ祖先ですが、どこかリズムもつながってるのかなーとか思ったり。
リズムは脳の原始的な部分(小脳など)で感じている、という説もありますが、この地球の自然のrawなパワーをこの曲のリズムを通じて難しいことなしに本能のまま楽しんでほしいな、と弾き手として思います。
追記:リンクしたムラーロの録音なんですが、生演奏だってことに毎回驚きです!(あれ、私の持ってるのといっしょですよね?)
何日か休みがあって・・・というか仕事がこなかったのですが、今日は働きましたよ~。
今日はメルボルンはぽかぽかな天気だったのですが、南向きの私の部屋はまだ寒く。
(南半球なので太陽は東から上って北側を通り西に沈むのです)
PCに向かって仕事をしているのですが、仕事をするときはBGMをかけてます。
そこはやっぱり人それぞれで、音楽は仕事効率を下げるという研究結果がでてたりもしますが、なんとなくplay=workみたいな法則が音楽畑の私にインプットされているのかなんなのか、音楽を聴いてるとテンションがあがりますし、仕事してるなって感じはしますし。
基本「癒し」とか「脳活性化」という言葉には懐疑的なのですがただ単純に心地良くて気持ちが適度に興奮して自分個人は好きです。
ipodに入っている6456曲(時間にすると23日ほど、もちろん同じ曲を違う奏者で、とかも持ってます)の曲を全曲ランダム再生している、というだけなのですが。
散歩(買い物)のときとか料理・皿洗いの時とか「○○を聴きたい」「○○を聴こう」とはっきり意図をもって聴いていないときはランダム再生です。ただ仕事の時はあまり曲を飛ばさない傾向にあります。色んな曲をオープンな心でざーっと聴けるユニークな環境なのかな、と。
まだまだ仕事を始めて数ヶ月ですが、そうやってざーっと聞き流している内にどんな曲がBGMに向いているのか、向いていないのかが分かってきた気がします。
・・・といっても曲の数が多いんでさすがにプレイリストは作る気になれませんが(なんたって創作のサントラさえ手が回ってない!)、ちょっと傾向と対策?をまとめてみようと思います。
(あくまで私にとっての向き・不向きです)
仕事BGMで一番テンションが良い方向に上がって「こりゃいいな!」と思える作曲家はJ.Sのバッハだと思います。
テンションがこう自然に上がるのもそうですし、思考の邪魔にならないんですよね。先ほどのこりゃいいな、というのも改めて考えてみるとそうなのであって、実際に聴いているときはすーっと入って来てすーっとでる自然さ。
ただ声が入ってたり、ハープシコードだとちょっとやっぱり耳と脳にひっかかる感があるのですが。
無伴奏チェロ組曲、フランス序曲、フランス組曲&イギリス組曲あたりが特にいいですね。
朝にこれが回ってくると嬉しい!というのはマーラーです。
音量や音の輝かしさ、内容の濃さで邪魔になるかと思えばそうでもなく。
あと一楽章・一曲が長いのも幸いしてるのかな。
朝には一時期ほど弱くはありませんが強くない私にとって、例えば交響曲第1番の第1楽章や交響曲第4番、不思議な子供の角笛あたりが朝の一人に回ってくると「朝っていいなあ」とすがすがしい気持ちになれます♪
やる気がでるのはバルトークでしょう。
あのリズムとパワーで目は覚めるわ刺激は感じるわで。
気持ち音量を低めにして、舞踏組曲だったりピアノ協奏曲(どれでも!)だったり聴いてると仕事ははかどるかは別として気分が高まって顔がにやにやしちゃいます(笑)
あと自分だけなのかわからないのですがバルトークを聴くと足踏みしたりちょっと身体が動いたりするので姿勢がほぐれるような気がします。
リゲティのある種の無機質さも思考の邪魔にならなくていい感じがします。
慣れてない人にはやっぱり複雑な音楽なので気が散る、という方もいるのかもしれませんがある程度脳がバックグラウンドにやってしまうことを覚えたら幾何学的な曲調が結構心地良く感じます。
すっと入るのはやっぱりピアノ作品でしょうか。練習曲とかMusic Ricercareあたり?
そしてやっぱり自分の頭と心に身近なメシアンも心地良いです♪
メシアンのスローな音楽も心地良いですが、なんせリズム専門の作曲家と自称するだけあって彼のリズミックな音楽も聴いてて元気がでます。20のまなざしはそのどっちもいいものがいっぱいありますね。
さらに鳥のカタログはやはり鳥の声とその周りの自然の風景が描かれているだけあってそういったものを感じながら、外の鳥の声にも耳を傾けながら心の隅にちょっとした余裕を作ってくれます。
ただオケ曲はちょっと耳にひっかかるか・・・な。
他にもなにげにプーランク、ドビュッシー、プロコフィエフもいいかな。
好きなんだけど「聞き流す聴き方しちゃうともったいないなー」と思っちゃうのがラヴェル、ショスタコ、ヴォーン=ウィリアムスあたり。なんでしょうね、生きてるうちなら何度でも聞けるのに一回一回を無駄に聞き過ごしたくなくなっちゃう。
これはあんまり向いてないなーと思ったのがまずリスト。派手さときらびやかさ、それに加えて私自身があんまりリストを聴く方でも得意としていない、むしろ嫌いな部分もあって仕事のBGMには不向き、と判断。
あとは似たような理由でワーグナーもだめだなあ。
明日も一日仕事の予定で・・・
仕事も楽しみなのですが、BGMという形でどんな音楽に思いがけず巡り会えるかも楽しみです。
コンポに繋ぐとipodの画面が見えないのでふと気づくと「これいいじゃん」と思う曲に仕事を始めてからいくつか出会ってて。そういう出会いの形も大好き♪わくわくします。
仕事も大事ですが、20度超えの日が続いているあいだちょっとでも外にでないと!
ピアノも時間を作ってがんばるぞー♪創作もちびちびやってみたり。
そして休むのも忘れません!
今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第1番 第1楽章
今年生誕150年、マーラーといえば交響曲!その9つ・・・プラス諸々の類似作品は交響曲のジャンルでも音楽全体でも特別な存在です。
「偉大な交響曲」のアンケートでも厳しい目と知識を持った玄人の強い支持を獲得していましたが、そこまで全然詳しくない人にもポピュラーな作曲家。
そのマーラーの最初の交響曲(第3楽章は以前紹介しましたね)の最初の楽章がこちら。
若かりし偉大な作曲家の「はじめの一歩」なのです♪
そしてマーラーを聴いたことがない、という人に一番最初に聴いて欲しいのがやっぱりこちら。マーラーと一緒に音楽の世界に第一歩を踏み出す感じで。
先ほど朝に聴くとすがすがしい、と言いましたが春という季節にもまたぴったりなこの第1楽章。
まるで森の中の小屋で朝日と鳥の声に目を覚まして、朝の森の大自然のなかに散歩に行く、みたいな。
全てが若々しく、すがすがしく、きらきらしていて。
霧がかかっていたり、小鳥がさえずってたり、花が咲いていたり、そよ風が心地よかったり・・・
そのわかりやすい大自然のイメージが身にしみて心地がただただ良くて、ちょっぴりくすぐったい。
ものすごく笑顔になりますね~朝から♪
この楽章を聴いたところでまだまだマーラーの素晴らしい音楽の世界の第一歩なのですが・・・
でもこの「大自然」「世界」を網羅する曲調はマーラーのどの曲にも共通するもの。
マーラーはその音楽を通じてこの世界の全ての素晴らしさを感じさせてくれて、私(そしてマーラーの音楽を愛する私の音楽家友人多数!)はそこが大好きです。
森羅万象を全身で感じられる彼の音楽を是非もっとたくさんの人に聴いて愛してもらえたらなあ、といつもこっそり(笑)願っています。
今日はメルボルンはぽかぽかな天気だったのですが、南向きの私の部屋はまだ寒く。
(南半球なので太陽は東から上って北側を通り西に沈むのです)
PCに向かって仕事をしているのですが、仕事をするときはBGMをかけてます。
そこはやっぱり人それぞれで、音楽は仕事効率を下げるという研究結果がでてたりもしますが、なんとなくplay=workみたいな法則が音楽畑の私にインプットされているのかなんなのか、音楽を聴いてるとテンションがあがりますし、仕事してるなって感じはしますし。
基本「癒し」とか「脳活性化」という言葉には懐疑的なのですがただ単純に心地良くて気持ちが適度に興奮して自分個人は好きです。
ipodに入っている6456曲(時間にすると23日ほど、もちろん同じ曲を違う奏者で、とかも持ってます)の曲を全曲ランダム再生している、というだけなのですが。
散歩(買い物)のときとか料理・皿洗いの時とか「○○を聴きたい」「○○を聴こう」とはっきり意図をもって聴いていないときはランダム再生です。ただ仕事の時はあまり曲を飛ばさない傾向にあります。色んな曲をオープンな心でざーっと聴けるユニークな環境なのかな、と。
まだまだ仕事を始めて数ヶ月ですが、そうやってざーっと聞き流している内にどんな曲がBGMに向いているのか、向いていないのかが分かってきた気がします。
・・・といっても曲の数が多いんでさすがにプレイリストは作る気になれませんが(なんたって創作のサントラさえ手が回ってない!)、ちょっと傾向と対策?をまとめてみようと思います。
(あくまで私にとっての向き・不向きです)
仕事BGMで一番テンションが良い方向に上がって「こりゃいいな!」と思える作曲家はJ.Sのバッハだと思います。
テンションがこう自然に上がるのもそうですし、思考の邪魔にならないんですよね。先ほどのこりゃいいな、というのも改めて考えてみるとそうなのであって、実際に聴いているときはすーっと入って来てすーっとでる自然さ。
ただ声が入ってたり、ハープシコードだとちょっとやっぱり耳と脳にひっかかる感があるのですが。
無伴奏チェロ組曲、フランス序曲、フランス組曲&イギリス組曲あたりが特にいいですね。
朝にこれが回ってくると嬉しい!というのはマーラーです。
音量や音の輝かしさ、内容の濃さで邪魔になるかと思えばそうでもなく。
あと一楽章・一曲が長いのも幸いしてるのかな。
朝には一時期ほど弱くはありませんが強くない私にとって、例えば交響曲第1番の第1楽章や交響曲第4番、不思議な子供の角笛あたりが朝の一人に回ってくると「朝っていいなあ」とすがすがしい気持ちになれます♪
やる気がでるのはバルトークでしょう。
あのリズムとパワーで目は覚めるわ刺激は感じるわで。
気持ち音量を低めにして、舞踏組曲だったりピアノ協奏曲(どれでも!)だったり聴いてると仕事ははかどるかは別として気分が高まって顔がにやにやしちゃいます(笑)
あと自分だけなのかわからないのですがバルトークを聴くと足踏みしたりちょっと身体が動いたりするので姿勢がほぐれるような気がします。
リゲティのある種の無機質さも思考の邪魔にならなくていい感じがします。
慣れてない人にはやっぱり複雑な音楽なので気が散る、という方もいるのかもしれませんがある程度脳がバックグラウンドにやってしまうことを覚えたら幾何学的な曲調が結構心地良く感じます。
すっと入るのはやっぱりピアノ作品でしょうか。練習曲とかMusic Ricercareあたり?
そしてやっぱり自分の頭と心に身近なメシアンも心地良いです♪
メシアンのスローな音楽も心地良いですが、なんせリズム専門の作曲家と自称するだけあって彼のリズミックな音楽も聴いてて元気がでます。20のまなざしはそのどっちもいいものがいっぱいありますね。
さらに鳥のカタログはやはり鳥の声とその周りの自然の風景が描かれているだけあってそういったものを感じながら、外の鳥の声にも耳を傾けながら心の隅にちょっとした余裕を作ってくれます。
ただオケ曲はちょっと耳にひっかかるか・・・な。
他にもなにげにプーランク、ドビュッシー、プロコフィエフもいいかな。
好きなんだけど「聞き流す聴き方しちゃうともったいないなー」と思っちゃうのがラヴェル、ショスタコ、ヴォーン=ウィリアムスあたり。なんでしょうね、生きてるうちなら何度でも聞けるのに一回一回を無駄に聞き過ごしたくなくなっちゃう。
これはあんまり向いてないなーと思ったのがまずリスト。派手さときらびやかさ、それに加えて私自身があんまりリストを聴く方でも得意としていない、むしろ嫌いな部分もあって仕事のBGMには不向き、と判断。
あとは似たような理由でワーグナーもだめだなあ。
明日も一日仕事の予定で・・・
仕事も楽しみなのですが、BGMという形でどんな音楽に思いがけず巡り会えるかも楽しみです。
コンポに繋ぐとipodの画面が見えないのでふと気づくと「これいいじゃん」と思う曲に仕事を始めてからいくつか出会ってて。そういう出会いの形も大好き♪わくわくします。
仕事も大事ですが、20度超えの日が続いているあいだちょっとでも外にでないと!
ピアノも時間を作ってがんばるぞー♪創作もちびちびやってみたり。
そして休むのも忘れません!
今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第1番 第1楽章
今年生誕150年、マーラーといえば交響曲!その9つ・・・プラス諸々の類似作品は交響曲のジャンルでも音楽全体でも特別な存在です。
「偉大な交響曲」のアンケートでも厳しい目と知識を持った玄人の強い支持を獲得していましたが、そこまで全然詳しくない人にもポピュラーな作曲家。
そのマーラーの最初の交響曲(第3楽章は以前紹介しましたね)の最初の楽章がこちら。
若かりし偉大な作曲家の「はじめの一歩」なのです♪
そしてマーラーを聴いたことがない、という人に一番最初に聴いて欲しいのがやっぱりこちら。マーラーと一緒に音楽の世界に第一歩を踏み出す感じで。
先ほど朝に聴くとすがすがしい、と言いましたが春という季節にもまたぴったりなこの第1楽章。
まるで森の中の小屋で朝日と鳥の声に目を覚まして、朝の森の大自然のなかに散歩に行く、みたいな。
全てが若々しく、すがすがしく、きらきらしていて。
霧がかかっていたり、小鳥がさえずってたり、花が咲いていたり、そよ風が心地よかったり・・・
そのわかりやすい大自然のイメージが身にしみて心地がただただ良くて、ちょっぴりくすぐったい。
ものすごく笑顔になりますね~朝から♪
この楽章を聴いたところでまだまだマーラーの素晴らしい音楽の世界の第一歩なのですが・・・
でもこの「大自然」「世界」を網羅する曲調はマーラーのどの曲にも共通するもの。
マーラーはその音楽を通じてこの世界の全ての素晴らしさを感じさせてくれて、私(そしてマーラーの音楽を愛する私の音楽家友人多数!)はそこが大好きです。
森羅万象を全身で感じられる彼の音楽を是非もっとたくさんの人に聴いて愛してもらえたらなあ、といつもこっそり(笑)願っています。
巷はすっかりお祭りシーズン!
・・・というと多少語弊があるのですが。
今は小中高校も休みで、Royal Melbourne Showというお祭りも今週末までやっていて。
加えて昨日メルボルンでおそらく一番盛り上がるイベントがありました。
それはオーストラリアン・フットボール、ことFootieのグランドファイナル!
それまでのシーズン1位と2位が戦う試合で、今年は対戦するのはどっちもVIC州内のチーム。(リーグのチームがほとんどVIC州のチームなのですが、ここ数年グランドファイナルで戦うのがどちらも州内のチーム、というのはあんまり無かったです・・・)
普段はあまりクリケットもFootieも応援してるとかしているわけでもないんですが、やっぱりメルボルン中が熱狂するこの季節はどうしても気になっちゃいますね~。
しかも昨日のその大事な試合は結果引き分け、来週に再試合となりました。
なんでも史上3回目のグランドファイナル引き分け、ということなのですが、この再試合をするルールについては見直しがされるかも・・・?という話もあるのですが、とりあえず来週末もお祭り騒ぎは続きそうです。
ただ私の心が一番躍るお祭りと言えば・・・メルボルン国際金管フェスティバル!
公式サイトはここなのですが・・・今日から一週間サウスメルボルンの国立音楽アカデミーでコンサートなどの公開イベントの他、奏者のためのウォームアップセッション、クラス、マスタークラス、コンペなどのイベントを開催している、金管奏者による金管奏者のための金管フェスティバルなのです。
毎年海外からもたくさん奏者やアンサンブルが来豪してコンサートやマスタークラスを受け持ちますし、同時にそういった奏者との触れあいやBarry Tuckwell Brass Prize(毎回違う金管楽器のためのコンペ)を初め若い金管奏者が羽ばたくための機会を提供する場でもあります。
大学にいた頃は金管奏者の友達が多かったこともありコンサートにいったり、ウォームアップの話を聞いたり、ファイナルコンサートの後の打ち上げについてったりよくしたものですが、卒業してからはあんまりで。
でも毎年1つは金管フェスティバルのコンサートに行こうと決めています。
なぜなら両親が金管奏者である私にとってブラスは自分のルーツ。自分のルーツである音、音楽、そして金管奏者という人々を再確認するという意味でもこのフェスティバルは私にとってものすごく大切なイベントなのです。
金管奏者の方々がみんな好きで、一緒にいて楽しくて。
オケのマネージャー時代でも一番可愛がってくれたのは金管奏者達。みんな良い奴で、陽気で楽しい人達。
私もピアニストながら少し金管コミュニティに貢献できたことがありまして。
主にホルンに関して楽器の購入やとある名奏者である友達の日本デビューについて家族で裏で糸ひいてたり(笑)
その際オーストラリア人の世界的ホルン奏者のバリー・タックウェル(先述コンペの人ですね)の通訳を非公式ながらつとめたり。
タックウェル氏に「名誉金管奏者」だね、と称号をいただいたこともあります(笑)
それくらい好きで、何かできることがあったら力になりたくて。金管コミュニティというものは。
そうやって金管奏者と触れあっているうちにいろんなことを学びました。
楽器の形こそ違えど音の出し方が同じで繋がっている集団のチームワークの大切さ。
唇というものがいかに繊細で可能性を秘めた筋肉かということ。
金管楽器の音の美しさ、凄さ、アンサンブルとしての音の圧倒的さ。
エクササイズやウォームアップの文化、そして呼吸エクササイズのやり方。
そしてなによりもコンサートの後に金管楽器達で集まって音楽やら全然関係ない事やら下ネタを肴にお酒を飲んで談笑し騒ぐことの楽しさ。
もちろん両親はメルボルンで金管楽器をやってたわけじゃないですが、こういう集団が私の源だと思うとなんだか楽しくて誇らしくて。
だから明日、Empire Brassのコンサートに行ってきます。
海外アーティストのコンサートはちょっぴりお値段がはるんですけどお値段以上の価値があること間違いなし!コンサート前の美味しいピッツァも合わせて楽しみです!
最後に金管フェスティバルで何年か前にやってて友達から伝授された呼吸エクササイズを一つ。
(注:拍のスピードと一回に数・吐く息の量は終始一定です)
8拍吸う→8拍吐くを2回
4拍吸う→4拍吐くを2回
2拍吸う→2拍吐くを2回
1拍吸う→1拍吐くを4回
これ慣れてないと最後のほうでちょっと過呼吸になります。なんたって最初に8拍吸って吐いてる同じ量の息を8分の1の時間で吸って吐くんですから。
何に効く・・・というのはちょっと聞いてないんですが(爆)でもやってみた感じ(今は咳がいまだにひどいのでやってませんが)横隔膜の動きが良くなるというか、肺活量の増加にも息のコントロール(同じ量を違う時間で呼吸してるので)にも効くんじゃないかと思います。
ついでなんですが、病院でやってたリラクゼーションも呼吸が大切なんですよね。これやってると数えることと息のコントロールに集中が行くんで結構落ち着く感じが個人的にします。
うーん、まだまだ金管の魅力とか思い出とか楽しさとか伝えきれていない気がする!
このブログでも今の創作ストーリーでも勿論ですが、いつか4コマ漫画かなんかでオケ生活を描いてみたいものです。
今日の一曲: ジャン=バティスト・アルバン 「ベニスの謝肉祭」
金管のショーピースといったらこれ・・・と思うのは安易でしょうか?いまいち自信がないのですが・・・(汗)
でもトランペットやホルンでこの曲を吹いてるのは耳にたこができるほど聞いたことがありますし、トロンボーンはわからないのですがテューバのバージョンがあるという話も聞いています。
バリエーション型のショーピースであるこの曲は・・・
その書各々のバリエーションでさまざまな演奏テクニックを披露するきらびやかな音楽です。
元のメロディのノリの良さ、伴奏をしているブラスバンドのノリの良さもあって例えばipodのランダム再生でまわってくると毎回聞いちゃう楽しい曲です。
で、一応ダブルタンギングもトリプルタンギングもいつの間にかできるようになった私は金管奏者になったつもりでちょっと鼻歌的にソロパートを歌ってみたり、声は全く出さなくとも舌と口の中のわずかな声だけで真似したりするのが個人的に楽しいです。(むしろ舌が勝手に動く!)
ただやっぱり最終バリエーション無理!「つもり」も全く駄目!(笑)
友達がホルンでこれ弾いてたときびっくりしましたがああいう1オクターブジャンプ、つまり指ではなく唇の変化を一秒の約12分の1(推定)でやるのは神技の域に入ります!(ちなみにその友人、オクターブトリルができるそうで(汗))
声であれをやろうとおもうともう駄目-(笑)でも駄目だなあ、と思うのも楽しいです。
うちにあるCDは父のさすがのチョイス、ウィンストン・マルサリスの録音。彼は神、というか「The God」ですからね。(ニュアンスの違い)
そのCDに他に入ってる曲でものすごいものがありますよ。マルサリスはCircular breathing、つまり息を吸ってる間に同時に吐ける、息継ぎの入らない演奏を出来る人なんですが・・・普段はちゃんと息を継ぐのですが、一曲聞いてて息継ぎが無く苦しいやつがあります。
でもそれも合わせて、音楽性・センス・パワー・テクニックみんなひっくるめて脱帽ですわー(白旗)
ブラス用の曲ってなんだか金管奏者達の楽しさ、というものが聞いて少し感じられるような気もします。
ぜひぜひこの曲でもコンサート後のどんちゃん飲めや歌えやの楽しい騒ぎをちょっぴり味わってください(笑)
・・・というと多少語弊があるのですが。
今は小中高校も休みで、Royal Melbourne Showというお祭りも今週末までやっていて。
加えて昨日メルボルンでおそらく一番盛り上がるイベントがありました。
それはオーストラリアン・フットボール、ことFootieのグランドファイナル!
それまでのシーズン1位と2位が戦う試合で、今年は対戦するのはどっちもVIC州内のチーム。(リーグのチームがほとんどVIC州のチームなのですが、ここ数年グランドファイナルで戦うのがどちらも州内のチーム、というのはあんまり無かったです・・・)
普段はあまりクリケットもFootieも応援してるとかしているわけでもないんですが、やっぱりメルボルン中が熱狂するこの季節はどうしても気になっちゃいますね~。
しかも昨日のその大事な試合は結果引き分け、来週に再試合となりました。
なんでも史上3回目のグランドファイナル引き分け、ということなのですが、この再試合をするルールについては見直しがされるかも・・・?という話もあるのですが、とりあえず来週末もお祭り騒ぎは続きそうです。
ただ私の心が一番躍るお祭りと言えば・・・メルボルン国際金管フェスティバル!
公式サイトはここなのですが・・・今日から一週間サウスメルボルンの国立音楽アカデミーでコンサートなどの公開イベントの他、奏者のためのウォームアップセッション、クラス、マスタークラス、コンペなどのイベントを開催している、金管奏者による金管奏者のための金管フェスティバルなのです。
毎年海外からもたくさん奏者やアンサンブルが来豪してコンサートやマスタークラスを受け持ちますし、同時にそういった奏者との触れあいやBarry Tuckwell Brass Prize(毎回違う金管楽器のためのコンペ)を初め若い金管奏者が羽ばたくための機会を提供する場でもあります。
大学にいた頃は金管奏者の友達が多かったこともありコンサートにいったり、ウォームアップの話を聞いたり、ファイナルコンサートの後の打ち上げについてったりよくしたものですが、卒業してからはあんまりで。
でも毎年1つは金管フェスティバルのコンサートに行こうと決めています。
なぜなら両親が金管奏者である私にとってブラスは自分のルーツ。自分のルーツである音、音楽、そして金管奏者という人々を再確認するという意味でもこのフェスティバルは私にとってものすごく大切なイベントなのです。
金管奏者の方々がみんな好きで、一緒にいて楽しくて。
オケのマネージャー時代でも一番可愛がってくれたのは金管奏者達。みんな良い奴で、陽気で楽しい人達。
私もピアニストながら少し金管コミュニティに貢献できたことがありまして。
主にホルンに関して楽器の購入やとある名奏者である友達の日本デビューについて家族で裏で糸ひいてたり(笑)
その際オーストラリア人の世界的ホルン奏者のバリー・タックウェル(先述コンペの人ですね)の通訳を非公式ながらつとめたり。
タックウェル氏に「名誉金管奏者」だね、と称号をいただいたこともあります(笑)
それくらい好きで、何かできることがあったら力になりたくて。金管コミュニティというものは。
そうやって金管奏者と触れあっているうちにいろんなことを学びました。
楽器の形こそ違えど音の出し方が同じで繋がっている集団のチームワークの大切さ。
唇というものがいかに繊細で可能性を秘めた筋肉かということ。
金管楽器の音の美しさ、凄さ、アンサンブルとしての音の圧倒的さ。
エクササイズやウォームアップの文化、そして呼吸エクササイズのやり方。
そしてなによりもコンサートの後に金管楽器達で集まって音楽やら全然関係ない事やら下ネタを肴にお酒を飲んで談笑し騒ぐことの楽しさ。
もちろん両親はメルボルンで金管楽器をやってたわけじゃないですが、こういう集団が私の源だと思うとなんだか楽しくて誇らしくて。
だから明日、Empire Brassのコンサートに行ってきます。
海外アーティストのコンサートはちょっぴりお値段がはるんですけどお値段以上の価値があること間違いなし!コンサート前の美味しいピッツァも合わせて楽しみです!
最後に金管フェスティバルで何年か前にやってて友達から伝授された呼吸エクササイズを一つ。
(注:拍のスピードと一回に数・吐く息の量は終始一定です)
8拍吸う→8拍吐くを2回
4拍吸う→4拍吐くを2回
2拍吸う→2拍吐くを2回
1拍吸う→1拍吐くを4回
これ慣れてないと最後のほうでちょっと過呼吸になります。なんたって最初に8拍吸って吐いてる同じ量の息を8分の1の時間で吸って吐くんですから。
何に効く・・・というのはちょっと聞いてないんですが(爆)でもやってみた感じ(今は咳がいまだにひどいのでやってませんが)横隔膜の動きが良くなるというか、肺活量の増加にも息のコントロール(同じ量を違う時間で呼吸してるので)にも効くんじゃないかと思います。
ついでなんですが、病院でやってたリラクゼーションも呼吸が大切なんですよね。これやってると数えることと息のコントロールに集中が行くんで結構落ち着く感じが個人的にします。
うーん、まだまだ金管の魅力とか思い出とか楽しさとか伝えきれていない気がする!
このブログでも今の創作ストーリーでも勿論ですが、いつか4コマ漫画かなんかでオケ生活を描いてみたいものです。
今日の一曲: ジャン=バティスト・アルバン 「ベニスの謝肉祭」
金管のショーピースといったらこれ・・・と思うのは安易でしょうか?いまいち自信がないのですが・・・(汗)
でもトランペットやホルンでこの曲を吹いてるのは耳にたこができるほど聞いたことがありますし、トロンボーンはわからないのですがテューバのバージョンがあるという話も聞いています。
バリエーション型のショーピースであるこの曲は・・・
その書各々のバリエーションでさまざまな演奏テクニックを披露するきらびやかな音楽です。
元のメロディのノリの良さ、伴奏をしているブラスバンドのノリの良さもあって例えばipodのランダム再生でまわってくると毎回聞いちゃう楽しい曲です。
で、一応ダブルタンギングもトリプルタンギングもいつの間にかできるようになった私は金管奏者になったつもりでちょっと鼻歌的にソロパートを歌ってみたり、声は全く出さなくとも舌と口の中のわずかな声だけで真似したりするのが個人的に楽しいです。(むしろ舌が勝手に動く!)
ただやっぱり最終バリエーション無理!「つもり」も全く駄目!(笑)
友達がホルンでこれ弾いてたときびっくりしましたがああいう1オクターブジャンプ、つまり指ではなく唇の変化を一秒の約12分の1(推定)でやるのは神技の域に入ります!(ちなみにその友人、オクターブトリルができるそうで(汗))
声であれをやろうとおもうともう駄目-(笑)でも駄目だなあ、と思うのも楽しいです。
うちにあるCDは父のさすがのチョイス、ウィンストン・マルサリスの録音。彼は神、というか「The God」ですからね。(ニュアンスの違い)
そのCDに他に入ってる曲でものすごいものがありますよ。マルサリスはCircular breathing、つまり息を吸ってる間に同時に吐ける、息継ぎの入らない演奏を出来る人なんですが・・・普段はちゃんと息を継ぐのですが、一曲聞いてて息継ぎが無く苦しいやつがあります。
でもそれも合わせて、音楽性・センス・パワー・テクニックみんなひっくるめて脱帽ですわー(白旗)
ブラス用の曲ってなんだか金管奏者達の楽しさ、というものが聞いて少し感じられるような気もします。
ぜひぜひこの曲でもコンサート後のどんちゃん飲めや歌えやの楽しい騒ぎをちょっぴり味わってください(笑)
音楽のことを書くうえでなんだかものすごく忘れていたことが一つ。
それはチェリストならかなりのこだわりがあるであろう・・・楽器ケースの話。
なんで忘れたんでしょ。
どんなケースも楽器の保護、持ち運びやすさ(重さ、形)などで作る側も選ぶ側も難しいですよね。
中身の大切さと高価さはあるけれど、頑丈なケースは大抵重く。例えばファゴット、チェロのように大きな重めの楽器だと大きい重いケースは不便を通り越してしんどいですから・・・
でも最近は「素材」の進化がめざましく、その一部が楽器やそのケースにどんどん使われているみたいで(楽器を運ぶ人でないながらも)ものすごくわくわくします。
楽器を弾く、というのが音楽を奏でるうえでのメインではありますが、例えばオケ生活ひっくるめたストーリーを書くと楽器を運ぶ情景を想像したり、ケースを購入する話とかがでてきたり。チェロのケースがずらーっとリハーサル場に並んでたり、リハーサルの後にみんながそれぞれのケースを背負ったり引っさげたりしながら帰って行ったり・・・
そういう情景もまた私は大好きで。音楽の演奏以外にもちょっと目を留めてもらいたいところでもあります。
昔からうちには母のホルンがそこらにおいてあって。(今は勿論母のいる日本にありますが)
いわゆる「かたつむり」みたいな形をしたケースなんですが、最近はどうも事情が違うようで。
大学にいたときみんなのホルンはベルが外せるようになっていて、亀の甲羅を連想させる、亀の甲羅のように背負うことも出来るようになっているんですよねー。しかもセミハードケースが主流、と。
やっぱり4.5mの金属の管ですからそれなりの重さはありますし、楽器が凹むと(特にベルの場合薄いので凹みやすい)音にも影響がでますしね。、
フルートのケースなんかはハードケースでも鞄にすっぽり入っちゃったり、クラリネットも持ち歩くのが一本の場合はリュックに入っちゃったり。でもそんなケースは珍しいです。
そんななかまた珍しいケースとして、トランペットの場合は多少特殊で、ケースをそのままバッグとして使う場合があるようです。Gig bagと呼ばれる物なんですが、ちょっとボストンバッグみたいな入れ物(中はしっかりパッドされてます♪)にトランペット何本か、マウスピース、ミュート、鉛筆、楽譜などトランペット奏者がいる様々な物を入れられるようになってます。
便利だしかっこいいのですが、たまーにぼろぼろになったgig bagも見ます。なんといいますか・・・味があるんですよね、歴史が(笑)
多少特殊なケースとしては打楽器の運搬ケースがあります。
ティンパニーを入れる大きな箱をはじめ、シンバルや銅鑼を収納するケース、ドラムのケース、小物を詰めるケースなどあって、こないだ話しましたように決まった物を決まった順番で入れないと入らないだろう!というパズルに近いものもあります。
たまにドラムケースが小物入れに使われていることがあって、二つ外見は同じケースなのに知らないで持つと一つは中が空洞のドラム入りで軽いのに、もう一つは何やら分からないものが色々と詰まっていて腰が抜けるほど重かったり!
でもやっぱり一番面白いのはチェロのケースだと思います。
ハープやコントラバスなどは普段はソフトケースで運搬して、飛行機に積むときなんかはハードケースをレンタルする場合が多いみたいですが、チェロは普段の運搬も飛行機に乗せるのも同じケースですませるので丈夫さと軽さのバランスがものすごく難しいです。
私の今持ってるチェロは普段ケースに入れて運ぶ分には5kgくらい。持てないことはないですが、もとの楽器の大きさもあってあまり持ち歩くには・・・うーん、そこそこしんどいです。(ただ平均より小柄な女性の私ですからどれくらい物差しになるかわかりませんが・・・)
そんな中大学時代話題になったのがAccord製のケース。お値段ははるのですが軽くて飛行機に積んでも安全で、スタイリッシュなデザインが何事にもクオリティを求め妥協をできるだけしたくないチェリストにものすごーく魅力的に映った、というわけで。実際に何人か購入したんですがかっこいいケースだったなあ♪
(ちなみにAccordはバイオリンなどのケースも出してて、普段見るようなバイオリンのケースよりも若干薄めで、いろんなデザインがあるのでこれまた話題になってました。)
バイオリンや他の楽器だとケースは黒、というのがスタンダードですが、チェロのケースの場合はデザインもまた多様。
一度ユースオケのサマーキャンプで14人?ほどチェリストがそろったときにチェロケースのバリケード作ったんですけど本当にいろいろなチェロケースがありました。
形はチェロの形にそった曲線的な物もあれば頑丈なものは四角ばっていたり。運搬を助けるために肩紐が付いていたり、車輪が付いていたりするものも多いです。
色に関しては見たことのあるものだけでも黒、白、オレンジ、緑、銀、赤、そして私の持っている青など無限にあります。
そして空港で貼られたステッカーや渡航先の国のステッカーなども貼られたりしてあって、なんだか他の楽器よりもファッション主張的な面も少なからずあるみたいです。(あくまで機能性重視なんですが、どこのケースもデザインが豊富に提供されてるので、ね)
音楽家が演奏する姿というのも素敵だけれど、楽器を運んだり持ったりしている姿もまた素敵だと私は強く信じています。
町中でケースを担いでいる人を見るとついついどんな楽器なのか、キーホルダーやステッカーなどはついているか、ちょっぴり見ちゃいますね。楽器を演奏する姿や奏でる音にも負けないくらいケースや担ぎ方で人が見えることってあるので。
あとバスとかで下校時間ごろ見る色んな学校の子供達が大きな楽器のケースを一生懸命運んでいると応援したくなりますよね。もしかしたら未来のマエストロ?
最近ちょっぴりだけ絵を練習しているのですが・・・(念のために言いますが入院してるわけではないです。)
もしも全身図が書けるようになったら楽器を弾いてる人物の絵とか楽器を担いでる人物の絵も描いてみたいです。いつになるやら。
今日の一曲: イーゴリ・ストラヴィンスキー 「プルチネルラ」より「Vivo」
なんだか随分と久しぶりなストラヴィンスキーなように思われます(笑)
ストラヴィンスキーの「3大バレエ」といえば「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」でこれらの曲は大曲名曲として広く知られていますが、その後に書かれたこのバレエ「プルチネルラ」もまた粋で素敵な曲なんです。
プルチネルラは・・・ある意味昔の曲のカバーアルバムみたいなもので。
バロック時代のペルゴレージなどの音楽を時には元の音楽に忠実に、時にはストラヴィンスキー&現代風にアレンジしたものです。
傾向としては最初の序曲は割と伝統的で聞きやすいのですがだんだんとモダンテイストが入って来たりしてこんなアレンジもあるんだなーとおもいながらグランドフィナーレ、という感じ。
そのなかこの「Vivo」。実は元々のペルゴレージの曲を昔チェロで弾いたことがあります。
低音楽器のための曲、というのを尊重したのかどうかは分かりませんが、ストラヴィンスキーのバージョンはものすごくオーケストラの楽器が活躍します。
それもなんとコントラバス、低音金管(トロンボーン族+テューバ)と重低音でっせ(笑)
ものすごく明るくてVivo=活発な曲なのですが、このアレンジだと良い感じによっぱらった中年のおっさんたちが路上で楽しく盛り上がっている快活さ。(良い意味で、です!)
ちょっと調子外れで普通とは違う意味でコミカルで。なんだか足取りが普通じゃない、みたいな。
前話しました低音金管の自然なチームワークも見れる曲でもありますし、コントラバスが単独でスポットライトを浴びる珍しい曲でもあります。
決して器用とは言えない楽器達がくりひろげるコミカルで思わず苦笑?とにかく笑ってしまう舞台の一幕。
いろんな意味で「こんな曲もあるんだな~」と気軽に楽しんでもらえたらどこか知らないところで現代音楽への扉が知らない間に開いているかも?
それはチェリストならかなりのこだわりがあるであろう・・・楽器ケースの話。
なんで忘れたんでしょ。
どんなケースも楽器の保護、持ち運びやすさ(重さ、形)などで作る側も選ぶ側も難しいですよね。
中身の大切さと高価さはあるけれど、頑丈なケースは大抵重く。例えばファゴット、チェロのように大きな重めの楽器だと大きい重いケースは不便を通り越してしんどいですから・・・
でも最近は「素材」の進化がめざましく、その一部が楽器やそのケースにどんどん使われているみたいで(楽器を運ぶ人でないながらも)ものすごくわくわくします。
楽器を弾く、というのが音楽を奏でるうえでのメインではありますが、例えばオケ生活ひっくるめたストーリーを書くと楽器を運ぶ情景を想像したり、ケースを購入する話とかがでてきたり。チェロのケースがずらーっとリハーサル場に並んでたり、リハーサルの後にみんながそれぞれのケースを背負ったり引っさげたりしながら帰って行ったり・・・
そういう情景もまた私は大好きで。音楽の演奏以外にもちょっと目を留めてもらいたいところでもあります。
昔からうちには母のホルンがそこらにおいてあって。(今は勿論母のいる日本にありますが)
いわゆる「かたつむり」みたいな形をしたケースなんですが、最近はどうも事情が違うようで。
大学にいたときみんなのホルンはベルが外せるようになっていて、亀の甲羅を連想させる、亀の甲羅のように背負うことも出来るようになっているんですよねー。しかもセミハードケースが主流、と。
やっぱり4.5mの金属の管ですからそれなりの重さはありますし、楽器が凹むと(特にベルの場合薄いので凹みやすい)音にも影響がでますしね。、
フルートのケースなんかはハードケースでも鞄にすっぽり入っちゃったり、クラリネットも持ち歩くのが一本の場合はリュックに入っちゃったり。でもそんなケースは珍しいです。
そんななかまた珍しいケースとして、トランペットの場合は多少特殊で、ケースをそのままバッグとして使う場合があるようです。Gig bagと呼ばれる物なんですが、ちょっとボストンバッグみたいな入れ物(中はしっかりパッドされてます♪)にトランペット何本か、マウスピース、ミュート、鉛筆、楽譜などトランペット奏者がいる様々な物を入れられるようになってます。
便利だしかっこいいのですが、たまーにぼろぼろになったgig bagも見ます。なんといいますか・・・味があるんですよね、歴史が(笑)
多少特殊なケースとしては打楽器の運搬ケースがあります。
ティンパニーを入れる大きな箱をはじめ、シンバルや銅鑼を収納するケース、ドラムのケース、小物を詰めるケースなどあって、こないだ話しましたように決まった物を決まった順番で入れないと入らないだろう!というパズルに近いものもあります。
たまにドラムケースが小物入れに使われていることがあって、二つ外見は同じケースなのに知らないで持つと一つは中が空洞のドラム入りで軽いのに、もう一つは何やら分からないものが色々と詰まっていて腰が抜けるほど重かったり!
でもやっぱり一番面白いのはチェロのケースだと思います。
ハープやコントラバスなどは普段はソフトケースで運搬して、飛行機に積むときなんかはハードケースをレンタルする場合が多いみたいですが、チェロは普段の運搬も飛行機に乗せるのも同じケースですませるので丈夫さと軽さのバランスがものすごく難しいです。
私の今持ってるチェロは普段ケースに入れて運ぶ分には5kgくらい。持てないことはないですが、もとの楽器の大きさもあってあまり持ち歩くには・・・うーん、そこそこしんどいです。(ただ平均より小柄な女性の私ですからどれくらい物差しになるかわかりませんが・・・)
そんな中大学時代話題になったのがAccord製のケース。お値段ははるのですが軽くて飛行機に積んでも安全で、スタイリッシュなデザインが何事にもクオリティを求め妥協をできるだけしたくないチェリストにものすごーく魅力的に映った、というわけで。実際に何人か購入したんですがかっこいいケースだったなあ♪
(ちなみにAccordはバイオリンなどのケースも出してて、普段見るようなバイオリンのケースよりも若干薄めで、いろんなデザインがあるのでこれまた話題になってました。)
バイオリンや他の楽器だとケースは黒、というのがスタンダードですが、チェロのケースの場合はデザインもまた多様。
一度ユースオケのサマーキャンプで14人?ほどチェリストがそろったときにチェロケースのバリケード作ったんですけど本当にいろいろなチェロケースがありました。
形はチェロの形にそった曲線的な物もあれば頑丈なものは四角ばっていたり。運搬を助けるために肩紐が付いていたり、車輪が付いていたりするものも多いです。
色に関しては見たことのあるものだけでも黒、白、オレンジ、緑、銀、赤、そして私の持っている青など無限にあります。
そして空港で貼られたステッカーや渡航先の国のステッカーなども貼られたりしてあって、なんだか他の楽器よりもファッション主張的な面も少なからずあるみたいです。(あくまで機能性重視なんですが、どこのケースもデザインが豊富に提供されてるので、ね)
音楽家が演奏する姿というのも素敵だけれど、楽器を運んだり持ったりしている姿もまた素敵だと私は強く信じています。
町中でケースを担いでいる人を見るとついついどんな楽器なのか、キーホルダーやステッカーなどはついているか、ちょっぴり見ちゃいますね。楽器を演奏する姿や奏でる音にも負けないくらいケースや担ぎ方で人が見えることってあるので。
あとバスとかで下校時間ごろ見る色んな学校の子供達が大きな楽器のケースを一生懸命運んでいると応援したくなりますよね。もしかしたら未来のマエストロ?
最近ちょっぴりだけ絵を練習しているのですが・・・(念のために言いますが入院してるわけではないです。)
もしも全身図が書けるようになったら楽器を弾いてる人物の絵とか楽器を担いでる人物の絵も描いてみたいです。いつになるやら。
今日の一曲: イーゴリ・ストラヴィンスキー 「プルチネルラ」より「Vivo」
なんだか随分と久しぶりなストラヴィンスキーなように思われます(笑)
ストラヴィンスキーの「3大バレエ」といえば「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」でこれらの曲は大曲名曲として広く知られていますが、その後に書かれたこのバレエ「プルチネルラ」もまた粋で素敵な曲なんです。
プルチネルラは・・・ある意味昔の曲のカバーアルバムみたいなもので。
バロック時代のペルゴレージなどの音楽を時には元の音楽に忠実に、時にはストラヴィンスキー&現代風にアレンジしたものです。
傾向としては最初の序曲は割と伝統的で聞きやすいのですがだんだんとモダンテイストが入って来たりしてこんなアレンジもあるんだなーとおもいながらグランドフィナーレ、という感じ。
そのなかこの「Vivo」。実は元々のペルゴレージの曲を昔チェロで弾いたことがあります。
低音楽器のための曲、というのを尊重したのかどうかは分かりませんが、ストラヴィンスキーのバージョンはものすごくオーケストラの楽器が活躍します。
それもなんとコントラバス、低音金管(トロンボーン族+テューバ)と重低音でっせ(笑)
ものすごく明るくてVivo=活発な曲なのですが、このアレンジだと良い感じによっぱらった中年のおっさんたちが路上で楽しく盛り上がっている快活さ。(良い意味で、です!)
ちょっと調子外れで普通とは違う意味でコミカルで。なんだか足取りが普通じゃない、みたいな。
前話しました低音金管の自然なチームワークも見れる曲でもありますし、コントラバスが単独でスポットライトを浴びる珍しい曲でもあります。
決して器用とは言えない楽器達がくりひろげるコミカルで思わず苦笑?とにかく笑ってしまう舞台の一幕。
いろんな意味で「こんな曲もあるんだな~」と気軽に楽しんでもらえたらどこか知らないところで現代音楽への扉が知らない間に開いているかも?
