忍者ブログ
~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Dis Moll
いつも訪問そして拍手ありがとうございます~
ここ数日連続更新ですねー・・・なにかと話したいことが出てくるんですよ。書き物とかにもエネルギーを割きたいけれどどうしても書かなくちゃ気が済まなくて。(できればこの後・・・)

つい最近弾き始めて、昨日もちょっと話していたバッハの「平均律クラヴィーア曲集」第2巻の第8番、嬰ニ短調。
そもそもが私は♯を読むのが嫌い、苦手で。以前ショパンの練習曲op.10-4を弾いた時、嬰ハ短調=♯4つにもかかわらず楽譜の読みにくさがネックでギブアップしてたり(汗)
でも今弾いてるこの曲はジョージ・クラムが好きだといった曲で、マクロコスモス第3巻「夏の夜の音楽」の最終楽章にも引用されているのでどこらへんが好きなのか知りたくて弾き始めたのです。
(ちなみに同じく第2巻、から嬰ヘ短調がお気に入りだったのはベートーヴェンだったっけ)

嬰ニ短調
ってものすごくレアな調なんですよね。
鍵盤で弾くと全く同じ音になる変ホ短調の方がずっと読みやすい、というのが主な理由で(それだけでないことは後ほどまた)。
なので嬰ニ短調で書かれている曲、というとさきほどのWikipediaのリンクにあるようにバッハの平均律第1巻の第8番(フーガのみ。前奏曲は変ホ短調表記)、同第2巻の第8番(前奏曲+フーガ)、スクリャービンの練習曲op.8-12くらい。
私の印象だと「嬰ニ短調」を特徴付けるのは(24keysvirusでは元ウイルスはバッハと以前書いてますが)後者のスクリャービンが一番だと思います。

嬰ニ短調と変ホ短調、鍵盤上の音は全く一緒ですが、やっぱり弾く側にとって楽譜面からの印象に差はでると思います。シャープとフラット、それぞれから最初に受ける感覚ってのは違うんじゃないかな。
それだけでなく、こうやって♯の多い曲を弾いてるとなんとなく思うのですが、曲の中で転調していくキーも♯基本の調と♭基本の調で違うんじゃないかと。
どちらもより読みやすい、記号が少ない方向に進みやすいはず・・・なんですよね。

で、今回の平均律第2巻の嬰ニ短調。
まずは前奏曲を練習し始め「ここ楽譜の音あってる?」というところがいくつかあって、パソコンでyoutubeからちょっと聴いてたのですが(持ってる録音はバロック時代のチューニングなので半音ほど低く参考にならない・・・)、そのときに妹がふとこんなことを。
「ずいぶん忙しい曲だね。」
この言葉をきっかけにしてこの曲に関するいろいろなことがどんどん明らかになったのです。

この前奏曲、バッハの「前奏曲」によくある典型的な「インヴェンション」形式なんですが、もともと最初聴いたときからちょっとどこか「もろい」ような、それもまた正確じゃないですがそんな感覚があって。
で、弾いてみるとバッハの音楽に感じる精密さというか完璧さみたいのの中になにやらちょっと脆弱性?とまではいわなくてもちょっとしたぎこちなさが見られたり。
バッハでよく見られるあのどっしりした、確固たる信仰みたいなのが見られないんですよねー。

で、この妹の言葉で気づいたのが確かにこの前奏曲は音が忙しいこと。むしろちょっと不自然なくらい。バッハの音楽はアドリブで装飾音をつけたりするんですがその余裕もほとんどない。
改めて感じて考えて見ると、この忙しさは不安定さをなんとか支えようとしてこうなった、というか・・・隙間、スペースを恐れたり不安に感じて詰め込んだ、というかそういう感覚に近いんですよね。興奮、というかものすごい焦り。

それはまずこのキーが先ほどのぎこちなさに見られるように「書きにくかった」こともきっとあるでしょうし。そして何よりもきっと嬰ニ短調というキーが不安定なことに加えて転調する先の調も不安定な、ちょっと躁的な性質を持った調が多い、という事があるんだと思います。
(あくまでも私の見解です。そして「変ホ短調」だとこのとおりではないんですよね。変ホ短調自体暗い落ち着きのある調で、転調する先も安定してる方が多いような。)

フーガの方はまだじっくり弾いてないので分からないのですが、その嬰ニ短調のフーガが引用されている前述クラムの「夏の夜の音楽」でも引用部分は進みながらも落ちてしまう、迷いながら一生懸命進んでいくような性質があったり。どれくらい関連があるかはまだ吟味中。
そして先ほど書きましたようにバッハの平均律で第1巻はフーガのみ嬰ニ短調で書かれてる・・・はずなのですが手持ちの楽譜はわざわざ変ホ短調に書き直してありました。(こういう版けっこうあるらしいですね。余計なお世話だと思います。上記「違い」を認識してからは)
このフーガも弾いたことはないんですが、楽譜面だけ見てみるとこれもまたちょっと音多くないか?という印象。これも後ほど検討。

そしてスクリャービンの練習曲(op.8-12)。スクリャービンはどっちかというと♯贔屓なんですよね(表現したい色彩もそうですし、若干躁気味な感覚もまたふさわしいというか)。
この曲の燃え上がるような興奮した感じはフラットで書いてしまうと印象として感じられないですし、フラットで書いてあるのを弾いても違和感がありそうで。

この曲の性質は変ホ短調よりも、例えば同じ♯短調の「嬰ハ短調」に近いものがある気がします。(24keysvirusでは「竜」。燃えさかる炎と冷酷さが同居する、と形容したと思います)
でも嬰ニ短調の方がずっと激高した感じがあって、落ち着きがなくて、変に明るい印象を受けるような。
自分が双極性障害を持っているのもあると思いますが、頭の中で警鐘が鳴るような、軽躁状態を連想するようななにかがある。

「嬰ニ短調」というこの調を通じてバッハが表現したかったものが何か、そしてそれにクラムが惹かれたのは何か、というのは確信が持てないのですが・・・
私はこの調から強く感じる不安さ、脆さ、切実さ、なんらかの狂気をこれからどう扱って、表現していけばいいのか・・・ということを考え始めてます。
そしてこの強烈な不安定さはいつか演奏するときのプログラムにおいてどう扱えばいいか、というのも改めて課題となりますね。この不安定さがうまく働かないようだったら抜群の安定さのトッカータホ短調が有力になるかなあ。


今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻第8番 嬰ニ短調



さんざん話したのと、まだいろいろ探っている途中なので説明は省きます。
先ほども書きましたがこの曲は前奏曲とフーガからなっていて、クラムがマクロコスモス第3巻「夏の夜の音楽」の第5楽章「星屑の音楽」の前半で引用されているのはこの内のフーガの一部です。

リンクした録音はグレン・グールドのもの。グールドの音楽の解釈はちょっと特殊で、あとたまに鼻歌歌ってるのが入ってたりもするので好みが分かれますが今日ちょろっと聴いた限りではそんなに変だということもなかったので、試聴もありますしこれにしてみました。

ちなみに同じく嬰ニ短調の曲として紹介しましたスクリャービンの練習曲op.8-12もまた名曲です。紹介は別の機会にしますがこちらも強くおすすめしますよ~

拍手[1回]

PR
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Comment:
Pass:
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック