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先ほど!クロノス・カルテットのKickstarterでのクラウドファンディング企画が期限まで12時間ちょっとを残して目標額に達しました!
結構ぎりぎりまで伸びがこなかったので心配でしたがなんとか達成したようでだいぶほっとしています。
残り48時間で寄付金1ドルごとに2倍にカウントされる(特典は元の額ベース)ことになったのでその時にアップグレードしとけばよかったなー・・・何はともあれ100ドル(+送料)にしたのでmp3、ミックスCDに加えて「special surprise」が楽しみです。
さて、ポケモンXYでは「好きなポケモン厳選してボックス埋める」目標まであと6匹くらいのとこまで来て引き続き厳選中。バランスとる用のポケモンも考えなきゃ、と思いつつ今日も片手に3DSを構え。
そしてもう片手では相変わらずAge of Wonders 3をぐりぐり操作中。キャンペーンの最後のミッションやるにはちょっとチキンなんでランダムマップでいろんなクラスの動かし方を学んでいます。
やっぱお気に入りはRogueかなー。
反撃を恐れず安全に大ダメージ与えるAssassin's strikeがまず頼もしいですし、特にv.1.2かなにかのパッチでHigh ElfのみBardが長弓持ち(最大3回攻撃)になったのもエルフメインで遊ぶことが多いのでかなり嬉しい(おかげですっかりcharm忘れて弓攻撃ユニット扱いです)。あと爆発力こそないかもしれませんが耐性・機動力・壁抜けのShadow Stalkerや機動力とseduceのSuccubusも重宝しています。
スキル・魔法だとBlindは便利ですし(ただフォーラムで議論があって仕様が変わる可能性もある)、あと戦闘内でQuick DashとかMoving Targetとかもう1ステップ流れを有利にできる&自軍のユニットを長く生かせる・活かせるスキルをもっと使えたらなあ。
それに加えて直接攻撃オンリーのAssassinを攻城戦でがんがん使えるようサポートできたら素敵だよなーと。あと戦闘外で都市を弱らせるスキルもできれば。
他のクラスは全くこういうところまで頭が回らないですねー。
Theocratはこないだクラス固有ユニットを(convert付きのEvengelist以外)あんまり使ってないなーということが判明。あとDevout属性に関する諸々をどうやって活用するのかイマイチ分かっていない。ただキャンペーンのときも書いたようにconvertや回復でタフで使いやすいのでそんなにがんばる必要がなかったり。
Sorcererもリーダーががんがん攻撃魔法投げるのが強くて(このクラスのメインである)召喚ユニットをそんなに使わないままの時が多いんですよね。Eldrich Horrorなんかタフで広範囲Breath攻撃やdominate持ちであるとかなり心強いんですが。Sorcererはちゃんと召喚すると金銭・マナの収支が他のクラスとちょっと違ってくるはずなんだけどそこんとこどうなんだろう。
今ランダムマップではこれまでちょっと苦手としてきたWarlord・HumanでこれまたあんまりやってこなかったEvil方針でゲームを進めています。少しAlignmentが悪に傾いただけで周りの無所属勢力が合う毎に敵対してきますね。外交の余地ほぼなし。
ただ以前のランダムマップで(善悪の関係から)取り扱いに困ったアンデッド族が今回友好的になってるのは面白いです。戦力になってくれるかどうか楽しみ。
Warlordは遊んでみたら結構面白いです。
ユニットに機能を追加するスキルがちょこちょこあって色んな形で各々のユニットが強くなる感が良いです。なんとかslayerを始め攻撃に有利になる機能が(全員に)追加されるとめっきり戦闘に強くなる実感がありますね。敵対してくる無所属ドラゴンとか巨人とかにも強気に出られます。実際今回のランダムマップで自軍ユニットの持ちがほんといいです(ただ比較的脆い種族でそうなるかは分からない)。なかなか死なない。金メダル付きも結構います。
ただWarlordで厄介だなと思うこともあります。クラス固有ユニットが召還なしで全部都市で開発するものばっかりなので施設開発とユニット生産と合わせてものすごくターン数を食う。あと前線で都市を攻略しても施設開発にターンかけないとクラス固有ユニットが前線で生産できない。
まあRogueでもDreadnoughtでも似たようなものではあるのですが、Rogueではそんなに感じないしDreadnoughtでは機械使ってないからなあ(汗)
あと人間はちょっと種族ユニットが中高レベルではちょっと楽しみがないというかでクラス固有に頼りがち。Knightの良さはちょうどこれから探っていくところ。
未だにArch druidとDreadnoughtには苦手感があるのですが少なくともArch druidは副将にいると地味に役に立ちます。システムの都合上オフェンス魔法とか召還とかはそんなに期待できませんがそこら辺で施設守ってる動物系モンスターをオート戦闘で勝手に味方に付けて拾ってきたり(笑)
Dreadnoughtはどこで機械と出会うか分からないのですがたまーに役に立つくらいかな。リーダとしても使えてないけど副将としてのDreadnoughtってなんかいいことあるのか?
ということで種族とクラスの組み合わせ(しかも拡張でこれから増えることが決まってる)を把握するのがほんと大変なゲームですがとりあえずWarlordが面白いことが分かって良かった。カスタムキャラでは今の時点でWarlordは2人しかいないのですがもっと増やすべきかも。モデル人材があればいいんだけど。
各方面もうちょっと細かいところまで把握してさらに深く戦略を練られるようにしたいです。
結局クラス(一部)の話だけになったけど今日はここらで。今日の一曲もおやすみ。
ちょっとキーワードto音楽じゃないけど企画的エントリーを準備してたりピアノで新しい曲を弾き始めたりしたので音楽の話もしたいです。
結構ぎりぎりまで伸びがこなかったので心配でしたがなんとか達成したようでだいぶほっとしています。
残り48時間で寄付金1ドルごとに2倍にカウントされる(特典は元の額ベース)ことになったのでその時にアップグレードしとけばよかったなー・・・何はともあれ100ドル(+送料)にしたのでmp3、ミックスCDに加えて「special surprise」が楽しみです。
さて、ポケモンXYでは「好きなポケモン厳選してボックス埋める」目標まであと6匹くらいのとこまで来て引き続き厳選中。バランスとる用のポケモンも考えなきゃ、と思いつつ今日も片手に3DSを構え。
そしてもう片手では相変わらずAge of Wonders 3をぐりぐり操作中。キャンペーンの最後のミッションやるにはちょっとチキンなんでランダムマップでいろんなクラスの動かし方を学んでいます。
やっぱお気に入りはRogueかなー。
反撃を恐れず安全に大ダメージ与えるAssassin's strikeがまず頼もしいですし、特にv.1.2かなにかのパッチでHigh ElfのみBardが長弓持ち(最大3回攻撃)になったのもエルフメインで遊ぶことが多いのでかなり嬉しい(おかげですっかりcharm忘れて弓攻撃ユニット扱いです)。あと爆発力こそないかもしれませんが耐性・機動力・壁抜けのShadow Stalkerや機動力とseduceのSuccubusも重宝しています。
スキル・魔法だとBlindは便利ですし(ただフォーラムで議論があって仕様が変わる可能性もある)、あと戦闘内でQuick DashとかMoving Targetとかもう1ステップ流れを有利にできる&自軍のユニットを長く生かせる・活かせるスキルをもっと使えたらなあ。
それに加えて直接攻撃オンリーのAssassinを攻城戦でがんがん使えるようサポートできたら素敵だよなーと。あと戦闘外で都市を弱らせるスキルもできれば。
他のクラスは全くこういうところまで頭が回らないですねー。
Theocratはこないだクラス固有ユニットを(convert付きのEvengelist以外)あんまり使ってないなーということが判明。あとDevout属性に関する諸々をどうやって活用するのかイマイチ分かっていない。ただキャンペーンのときも書いたようにconvertや回復でタフで使いやすいのでそんなにがんばる必要がなかったり。
Sorcererもリーダーががんがん攻撃魔法投げるのが強くて(このクラスのメインである)召喚ユニットをそんなに使わないままの時が多いんですよね。Eldrich Horrorなんかタフで広範囲Breath攻撃やdominate持ちであるとかなり心強いんですが。Sorcererはちゃんと召喚すると金銭・マナの収支が他のクラスとちょっと違ってくるはずなんだけどそこんとこどうなんだろう。
今ランダムマップではこれまでちょっと苦手としてきたWarlord・HumanでこれまたあんまりやってこなかったEvil方針でゲームを進めています。少しAlignmentが悪に傾いただけで周りの無所属勢力が合う毎に敵対してきますね。外交の余地ほぼなし。
ただ以前のランダムマップで(善悪の関係から)取り扱いに困ったアンデッド族が今回友好的になってるのは面白いです。戦力になってくれるかどうか楽しみ。
Warlordは遊んでみたら結構面白いです。
ユニットに機能を追加するスキルがちょこちょこあって色んな形で各々のユニットが強くなる感が良いです。なんとかslayerを始め攻撃に有利になる機能が(全員に)追加されるとめっきり戦闘に強くなる実感がありますね。敵対してくる無所属ドラゴンとか巨人とかにも強気に出られます。実際今回のランダムマップで自軍ユニットの持ちがほんといいです(ただ比較的脆い種族でそうなるかは分からない)。なかなか死なない。金メダル付きも結構います。
ただWarlordで厄介だなと思うこともあります。クラス固有ユニットが召還なしで全部都市で開発するものばっかりなので施設開発とユニット生産と合わせてものすごくターン数を食う。あと前線で都市を攻略しても施設開発にターンかけないとクラス固有ユニットが前線で生産できない。
まあRogueでもDreadnoughtでも似たようなものではあるのですが、Rogueではそんなに感じないしDreadnoughtでは機械使ってないからなあ(汗)
あと人間はちょっと種族ユニットが中高レベルではちょっと楽しみがないというかでクラス固有に頼りがち。Knightの良さはちょうどこれから探っていくところ。
未だにArch druidとDreadnoughtには苦手感があるのですが少なくともArch druidは副将にいると地味に役に立ちます。システムの都合上オフェンス魔法とか召還とかはそんなに期待できませんがそこら辺で施設守ってる動物系モンスターをオート戦闘で勝手に味方に付けて拾ってきたり(笑)
Dreadnoughtはどこで機械と出会うか分からないのですがたまーに役に立つくらいかな。リーダとしても使えてないけど副将としてのDreadnoughtってなんかいいことあるのか?
ということで種族とクラスの組み合わせ(しかも拡張でこれから増えることが決まってる)を把握するのがほんと大変なゲームですがとりあえずWarlordが面白いことが分かって良かった。カスタムキャラでは今の時点でWarlordは2人しかいないのですがもっと増やすべきかも。モデル人材があればいいんだけど。
各方面もうちょっと細かいところまで把握してさらに深く戦略を練られるようにしたいです。
結局クラス(一部)の話だけになったけど今日はここらで。今日の一曲もおやすみ。
ちょっとキーワードto音楽じゃないけど企画的エントリーを準備してたりピアノで新しい曲を弾き始めたりしたので音楽の話もしたいです。
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昨日更新したばっかり(そして昨日はかなり疲れた)ですがメンタルヘルスに関する話は考え始めてから時間が経つと書けなくなるので今日もつらつらと。
Twitterでもfacebookでも主にオーストラリアのメンタルヘルス団体をフォローしてて、関連団体の記事だけでなく一般の新聞のメンタルヘルス関連の記事も紹介されてるのをちょくちょく読んでます。やっぱり自分が探しにいかなくても向こうから流れてくるのはありがたい。
そんな中でThe Butterfly Foundationという摂食障害の患者さんを支援する団体からちょっと考えさせられる記事が流れてきたので今回書いてる次第です。
英語の記事ですがこちら。摂食障害と(特に写真主体の)ソーシャルメディアの影響の諸刃の剣についての記事。
結構知らないというか考えたことがないエリアだったのでものすごく興味深い記事でした。今現在形で色々思う事考えることあり。
自分は摂食障害を患ったことはなくて、患者さんと接点があったのは主に最初の入院のとき(もう14年も前になるんですね)。退院するときに交換する連絡先は住所とメールアドレスくらいの時代でした。
メンタルヘルスのケアやコミュニケーションにインターネットを活用という話は当時もあった気がしますがもちろん今あるみたいなものではなくて、そういうのが発達した頃には自分の精神的な状態もドクターとの連携含めたサポートのシステムもだいたい定まってきてインターネットを活用しようとは思ったことがなかった。
それから(未だに写真を撮る習慣が薄くて)Instragramとか写真主体のソーシャルメディアを使ったことがなく、そこにどんな世界が広がってるのかってのはなかなか想像がつかない。
仮に利用してたとしてもTwitterと同じくgeneralというかいろんなもので構成されてる広い世界では縁がないコーナーはとことん縁がなさそうですし。
例えばこの記事ではInstagramやTumblrに存在している摂食障害を煽るようなハッシュタグについて言及があります。こういう人に危険を及ぼすハッシュタグはサイトによってモニタリングされて検索できないようにされたりなど対策がとられているそうですが、ネットの諸々共通で縁の無い人はそういう画像に出会うことはほとんどない中探そうとする人には見つけられるもんなんですよね。
ただこういう比較的オープンで広いソーシャルメディアはネガティブなものが巣くうだけでなくポジティブなものも生まれ広がる場所になっている、と記事には書いてあります。
例えば摂食障害と闘ってる患者さんが自分が食べられるようになった食事を写真にとったり健康な体型を取り戻しつつある姿を写真にとったり(これについては難しい点があって後述)するハッシュタグもあり、自分や他の患者さんの闘病の助けになったりしているとか。
この記事を読んで一番強く思ったのは写真の力ってすごいなー、ということ。
A picture is worth a thousand wordsといいますけど例えばtwitterやfacebookで患者さんやその家族の体験談を読んだりするのとこういうメディアで写真で見るのとは大違い、というか一緒くたにはできないですね。そのメリットもデメリットも別に考えていかなくちゃいけない。
そして精神疾患の中でも摂食障害に関して特に写真の力が強いのもこの記事で知りました。
ソーシャルメディア以外でもテレビや雑誌などのモデルの姿が過度なダイエットを推進していたり、ボディイメージや摂食障害における理想の姿・比較対象として写真や映像の影響の大きさは聞いているのですが、それがソーシャルメディアでより身近でリアルな影響になる(そして苦しみも共有している)危険って改めて突きつけられるとすごいですね。
鬱とかに関しても自傷の写真を共有したりなんてことは聞いていますが摂食障害の場合は写真・映像とその共有にさらに複雑な危険があるみたいです。
すごく興味深いのが記事の後半にあった「患者さんが回復途中の姿を共有することに関するジレンマ」関連の話。前述比較的オープンで広いソーシャルメディアにはいろんな状況の人がいて、摂食障害から這い上がりつつある人の写真(=まだ平均よりだいぶ痩せている)を摂食障害に陥りつつある人がネガティブな目標としてしまったり、ということも有り得るそうです。こういう面でもソーシャルメディアは毒にも薬にもなりうる諸刃の剣。
そして自分の外見にとらわれないように闘病しているのにその過程を写真にとってアップする行為は外見にフォーカスしてその目標と矛盾しているのではないか、との悩みも書かれていました。
若い人は新しいテクノロジーを利用しながら新しい価値と活用法を開拓していきますが、若い患者さんは闘病にもそういう場で方法を色々試行錯誤してるってのもまた面白いです。
そういう広い環境の中での患者さん同士のコミュニケーション全般大変なんですよね。例えば病院のティーンエイジャーセクションだったら割と少人数でルールがあって看護師さんなどが監督してて病気の話をシェアしたり、とある程度管理された中でコミュニケーションができるのですがソーシャルメディアなどオープンな場だと話が違ってくる。色んな文化背景の人がいますし、関係者以外との境界もかなりあいまいで、悪意を持った人間もアクセスできるし、専門家の監督もなく。患者さんだけの集まりだとお互い病気の影響があるから難しいですしね。
あとはこの記事に関して思ったのは専門家の人達も大変だなーと。新しいテクノロジーや「場」に適応するのも利用するのも若い人の方がずっと早いしうまいし、色んな場や方法が出来て発展するのをちゃんと知って患者さんや闘病に関してソーシャルメディアなどの状況(危険も有用性も)を把握・予測してなくちゃいけないってことになりますもの。どうしても慎重な姿勢にならざるを得なさそうだけどちゃんと見て知ってる専門家の目があることでそういう玉石混淆なソーシャルメディアの利用も少しは良い方向にいく・・・といいなあ。
最初にも書きましたがメンタルヘルスとソーシャルメディア関連に関しては考えたことない分野でしたし、摂食障害のそれが自分に身近なものとは大分違ってて読んでて興味深い記事でした。
そしてずっと考えながら書いてて今日も疲れた(汗)でも今日の一曲はやります。
今日の一曲: トーマス・アデス Darknesse Visible
今年いつだったからかずっと弾いてるこの曲。まだ弾いています。最初(弾く前)思ってたよりもずっと自分に合う曲で、あと思ってたほど難しくなくて・・・と言いたいところなのですが最近新しい壁にぶち当たりました。後ほど。
Darknesse Visibleはピアノのための曲ですが、ジョン・ダウランドのリュートのための歌曲「In Darknesse Let Mee Dwell」という曲が元になってます。もちろんピアノで弾くときは詩はつきませんがこれが素晴らしく暗くて大変好きです。英語ならこちらで読めます。ちなみにStingもカバーしてるらしい。
その歌曲を編曲したのか、というとちょっと違って。作曲家曰く元の歌曲を「爆発」させたそうです。元の曲のドレミファソラシドをそのままに、ピアノの様々なオクターブにばらけさせた・・・という説明でどれくらい分かってもらえるだろうか(汗)
とにかく元の曲に一音も足すことなく(楽譜を見ると意外かもしれませんが実はいくつか抜かれてる)音の位置を変えて作り替えた=爆発のあとに残ったのがこの曲です。
そして楽譜としては珍しくカラーで印刷してあるのは元の曲の音の流れを示したもので音楽的な意味合いはないそう。
そういう経緯でこの曲は初聞きでは結構わかりにくい曲になっています。ですが!最後までたどり着くとだんだん元の曲に近い部分がでてくるので諦めないで欲しいです。最後のほぼオリジナルな部分から逆方向に曲が分かっていく感じ。(同じイギリスの曲で同じダウランドを題材としているブリテンの「ラクリメ」もそうだったなー)
あとわかりにくい感じはあるとはいえ元が昔の音楽なので不協和音ではないんですよね。なので深く考えなることなく音のかけらとその間の無限の闇を感じたいです。
この曲はちょこちょこ普段ピアノでやらないことするのが難しいです。音の長い連打が最初の壁だったのですが、最近ペダルがかなり難しいことが判明。響きを調整するためにペダルを(連打みたいに)細かく踏み換えてその表現がまた細かい。演奏で聞くと分からないですがすっごい大変なので大変だってここで書いておく。今日も変な筋肉痛になりました。
多分次の壁が音楽全体の作り方になるんだろうなあ・・・どんな音楽にしたいかは分かってるんだけど弾き始めると全部ふっとぶので(汗)
ぐだぐだ書いてしまいましたが付き合えば付き合うほど(そして元の歌曲も合わせて味わうと)なんとなく分かってきて闇にどんどんはまりこむ面白い曲です。
私もまだまだもっとこの闇にはまりたいと思っているので当分弾き続けます(笑)いつか自分の演奏で届けたい。
そしてリンクした録音には他にもいくつかアデスのピアノ曲が収録されてますがTraced Overheadも好きです。すっごい難しそうだけどこれも弾けるようになりたいです。
Twitterでもfacebookでも主にオーストラリアのメンタルヘルス団体をフォローしてて、関連団体の記事だけでなく一般の新聞のメンタルヘルス関連の記事も紹介されてるのをちょくちょく読んでます。やっぱり自分が探しにいかなくても向こうから流れてくるのはありがたい。
そんな中でThe Butterfly Foundationという摂食障害の患者さんを支援する団体からちょっと考えさせられる記事が流れてきたので今回書いてる次第です。
英語の記事ですがこちら。摂食障害と(特に写真主体の)ソーシャルメディアの影響の諸刃の剣についての記事。
結構知らないというか考えたことがないエリアだったのでものすごく興味深い記事でした。今現在形で色々思う事考えることあり。
自分は摂食障害を患ったことはなくて、患者さんと接点があったのは主に最初の入院のとき(もう14年も前になるんですね)。退院するときに交換する連絡先は住所とメールアドレスくらいの時代でした。
メンタルヘルスのケアやコミュニケーションにインターネットを活用という話は当時もあった気がしますがもちろん今あるみたいなものではなくて、そういうのが発達した頃には自分の精神的な状態もドクターとの連携含めたサポートのシステムもだいたい定まってきてインターネットを活用しようとは思ったことがなかった。
それから(未だに写真を撮る習慣が薄くて)Instragramとか写真主体のソーシャルメディアを使ったことがなく、そこにどんな世界が広がってるのかってのはなかなか想像がつかない。
仮に利用してたとしてもTwitterと同じくgeneralというかいろんなもので構成されてる広い世界では縁がないコーナーはとことん縁がなさそうですし。
例えばこの記事ではInstagramやTumblrに存在している摂食障害を煽るようなハッシュタグについて言及があります。こういう人に危険を及ぼすハッシュタグはサイトによってモニタリングされて検索できないようにされたりなど対策がとられているそうですが、ネットの諸々共通で縁の無い人はそういう画像に出会うことはほとんどない中探そうとする人には見つけられるもんなんですよね。
ただこういう比較的オープンで広いソーシャルメディアはネガティブなものが巣くうだけでなくポジティブなものも生まれ広がる場所になっている、と記事には書いてあります。
例えば摂食障害と闘ってる患者さんが自分が食べられるようになった食事を写真にとったり健康な体型を取り戻しつつある姿を写真にとったり(これについては難しい点があって後述)するハッシュタグもあり、自分や他の患者さんの闘病の助けになったりしているとか。
この記事を読んで一番強く思ったのは写真の力ってすごいなー、ということ。
A picture is worth a thousand wordsといいますけど例えばtwitterやfacebookで患者さんやその家族の体験談を読んだりするのとこういうメディアで写真で見るのとは大違い、というか一緒くたにはできないですね。そのメリットもデメリットも別に考えていかなくちゃいけない。
そして精神疾患の中でも摂食障害に関して特に写真の力が強いのもこの記事で知りました。
ソーシャルメディア以外でもテレビや雑誌などのモデルの姿が過度なダイエットを推進していたり、ボディイメージや摂食障害における理想の姿・比較対象として写真や映像の影響の大きさは聞いているのですが、それがソーシャルメディアでより身近でリアルな影響になる(そして苦しみも共有している)危険って改めて突きつけられるとすごいですね。
鬱とかに関しても自傷の写真を共有したりなんてことは聞いていますが摂食障害の場合は写真・映像とその共有にさらに複雑な危険があるみたいです。
すごく興味深いのが記事の後半にあった「患者さんが回復途中の姿を共有することに関するジレンマ」関連の話。前述比較的オープンで広いソーシャルメディアにはいろんな状況の人がいて、摂食障害から這い上がりつつある人の写真(=まだ平均よりだいぶ痩せている)を摂食障害に陥りつつある人がネガティブな目標としてしまったり、ということも有り得るそうです。こういう面でもソーシャルメディアは毒にも薬にもなりうる諸刃の剣。
そして自分の外見にとらわれないように闘病しているのにその過程を写真にとってアップする行為は外見にフォーカスしてその目標と矛盾しているのではないか、との悩みも書かれていました。
若い人は新しいテクノロジーを利用しながら新しい価値と活用法を開拓していきますが、若い患者さんは闘病にもそういう場で方法を色々試行錯誤してるってのもまた面白いです。
そういう広い環境の中での患者さん同士のコミュニケーション全般大変なんですよね。例えば病院のティーンエイジャーセクションだったら割と少人数でルールがあって看護師さんなどが監督してて病気の話をシェアしたり、とある程度管理された中でコミュニケーションができるのですがソーシャルメディアなどオープンな場だと話が違ってくる。色んな文化背景の人がいますし、関係者以外との境界もかなりあいまいで、悪意を持った人間もアクセスできるし、専門家の監督もなく。患者さんだけの集まりだとお互い病気の影響があるから難しいですしね。
あとはこの記事に関して思ったのは専門家の人達も大変だなーと。新しいテクノロジーや「場」に適応するのも利用するのも若い人の方がずっと早いしうまいし、色んな場や方法が出来て発展するのをちゃんと知って患者さんや闘病に関してソーシャルメディアなどの状況(危険も有用性も)を把握・予測してなくちゃいけないってことになりますもの。どうしても慎重な姿勢にならざるを得なさそうだけどちゃんと見て知ってる専門家の目があることでそういう玉石混淆なソーシャルメディアの利用も少しは良い方向にいく・・・といいなあ。
最初にも書きましたがメンタルヘルスとソーシャルメディア関連に関しては考えたことない分野でしたし、摂食障害のそれが自分に身近なものとは大分違ってて読んでて興味深い記事でした。
そしてずっと考えながら書いてて今日も疲れた(汗)でも今日の一曲はやります。
今日の一曲: トーマス・アデス Darknesse Visible
今年いつだったからかずっと弾いてるこの曲。まだ弾いています。最初(弾く前)思ってたよりもずっと自分に合う曲で、あと思ってたほど難しくなくて・・・と言いたいところなのですが最近新しい壁にぶち当たりました。後ほど。
Darknesse Visibleはピアノのための曲ですが、ジョン・ダウランドのリュートのための歌曲「In Darknesse Let Mee Dwell」という曲が元になってます。もちろんピアノで弾くときは詩はつきませんがこれが素晴らしく暗くて大変好きです。英語ならこちらで読めます。ちなみにStingもカバーしてるらしい。
その歌曲を編曲したのか、というとちょっと違って。作曲家曰く元の歌曲を「爆発」させたそうです。元の曲のドレミファソラシドをそのままに、ピアノの様々なオクターブにばらけさせた・・・という説明でどれくらい分かってもらえるだろうか(汗)
とにかく元の曲に一音も足すことなく(楽譜を見ると意外かもしれませんが実はいくつか抜かれてる)音の位置を変えて作り替えた=爆発のあとに残ったのがこの曲です。
そして楽譜としては珍しくカラーで印刷してあるのは元の曲の音の流れを示したもので音楽的な意味合いはないそう。
そういう経緯でこの曲は初聞きでは結構わかりにくい曲になっています。ですが!最後までたどり着くとだんだん元の曲に近い部分がでてくるので諦めないで欲しいです。最後のほぼオリジナルな部分から逆方向に曲が分かっていく感じ。(同じイギリスの曲で同じダウランドを題材としているブリテンの「ラクリメ」もそうだったなー)
あとわかりにくい感じはあるとはいえ元が昔の音楽なので不協和音ではないんですよね。なので深く考えなることなく音のかけらとその間の無限の闇を感じたいです。
この曲はちょこちょこ普段ピアノでやらないことするのが難しいです。音の長い連打が最初の壁だったのですが、最近ペダルがかなり難しいことが判明。響きを調整するためにペダルを(連打みたいに)細かく踏み換えてその表現がまた細かい。演奏で聞くと分からないですがすっごい大変なので大変だってここで書いておく。今日も変な筋肉痛になりました。
多分次の壁が音楽全体の作り方になるんだろうなあ・・・どんな音楽にしたいかは分かってるんだけど弾き始めると全部ふっとぶので(汗)
ぐだぐだ書いてしまいましたが付き合えば付き合うほど(そして元の歌曲も合わせて味わうと)なんとなく分かってきて闇にどんどんはまりこむ面白い曲です。
私もまだまだもっとこの闇にはまりたいと思っているので当分弾き続けます(笑)いつか自分の演奏で届けたい。
そしてリンクした録音には他にもいくつかアデスのピアノ曲が収録されてますがTraced Overheadも好きです。すっごい難しそうだけどこれも弾けるようになりたいです。
昨日の豪ABCでのコンサート放送面白かった-!
タスマニア交響楽団と合唱団によるMONA(Museum of Old and Artsというタスマニアの州都ホバート近郊の現代芸術を主にしたイベントなどもある美術館)で冬至の夜と闇と光をテーマにしたコンサートをやったのですが、これが演奏も素晴らしければ曲の取り合わせもセットアップもシチュエーションも全てすごくて感銘を受けました。
こういうイベントで冬至を感じるのもいいなあ、ということをちょっと長々とTwitterの方でつぶやいてしまいました。こっちではまあいいや。
さて、今日は随分長いことやってなかった国毎に音楽紹介をまたやってみようかなと。寒いメルボルンの冬(気温はそんなに低いわけじゃないですが)に熱くなるロシア音楽をテーマに。
地理歴史の関係で「ロシア」がどこら辺までを指すかはちょっと曖昧に。とりあえず一般に言われるロマン派のロシア音楽、それからソヴィエトの音楽のなかでも今のロシアに近い部分をおおまかに(バルト三国とかフィンランドとかは明らかに除外)カバー。「ロシア音楽」というと大体音楽畑の人達は一緒の範囲を指すのですが改めて定義しようと思うと難しいですね。
ロシアの歴史では西欧の影響が本格的に入ってきたのがピョートル大帝の時代で、クラシック音楽もやっとよく知られてる名前が出てくるのは19世紀、ロマン派から。
西欧化とはいいますが、ロシアの民謡がクラシック音楽の作品に頻繁に取り入れられるのもロシア音楽の特徴。ロシア民謡のメロディーはピアノでいえば片手の5本の指で弾けるようなシンプルで素朴なメロディーが多いです。
そしてロシアの歴史といえば先ほども言及があったようにでかい国土に様々な変化があって、一口にロシアといえども色んな文化を含んでいることも特徴的です。ロシアからずっと西の方に至るエキゾチックな風味だったり、北欧ノルウェーやフィンランドの音楽にも通じるところもあったり、西方のキリスト教のスタイルとはちょっと違った宗教音楽だったり。
ロシアの音楽で前から面白いと思ってるのがハーモニー。基本的な三和音を(七度とか足さず)使うことが多く、それから基本的な三和音の真ん中の音(和音が長調か短調か決まる音)を抜くopen fifthも頻繁に使われる。比較的シンプルで素朴な和音なんだけどその音の重ね方とか楽器の使い方でものすごく重厚なサウンドになるのがロシア。
重厚さもそうですが独特の土臭さ(多分和音がもとになってる)や寒さと熱さの共存、ある種の暗さや厳しさ、そして比較的ストレートな表現がロシア音楽の魅力だと思います。ちょっと前衛的な音楽でも比較的ストレートに響きやすいところがあるんだよなあ。
今楽器の使い方と書きましたが大編成のオーケストラが基本だったロマン派以降で活躍したロシアの作曲家はみんなオケの使い方がものすごくうまいですね。すでにそのメソッド的なものが確立してたってのもあるのですがチャイコフスキーとかリムスキー=コルサコフとかストラヴィンスキーとかラフマニノフとかショスタコーヴィチとかプロコフィエフとかみんな楽器使いが素晴らしい。
特にロシアの音楽は打楽器の使用数が平均多くてしかも打楽器に力が入ってる印象です。
あとロシアの音楽はバレエが強い。オペラももちろんありますがバレエが強い。チャイコフスキーの3大バレエからバレエ・リュス関連の作品まで、優れた踊り手を多く輩出する国であると同時に踊りのための音楽の作曲も充実。
それから特にロシア革命後のソヴィエトでの映画音楽のジャンルの大きさ(ショスタコ始め)ってかなりすごいと思います。クラシック音楽からの観点だとちょっと注目されない傾向にありますが。
1917年の革命によりロシアがソヴィエトになったことの政治的変化は大きいですが、音楽への影響も多大でした。革命前後に多くの作曲家(演奏家も)が国外亡命してヨーロッパやアメリカで活動したり、国内に残った作曲家も政府から圧力がかかって作品のアウトプットが大きく変わったところもあります。20世紀に起こったヨーロッパ全般のモダン化・前衛化と共通すること・ちょっと違うことがありますし、そして革命以前のロシア音楽の精神を受け継いでるところもあり、ソヴィエトはソヴィエトで色々面白いです。歴史の変動の影響をものすごく受けてる音楽ですからね(なので歴史的背景を調べながら音楽に会うのも楽しい)。
私は幼少の頃にロシア・ソヴィエトの音楽をピアノでよく弾く機会があったり(ピアノコスモスシリーズにて)、そしてよく考えれば生涯で最初に好きになったハチャトゥリアンの剣の舞とかムソルグスキーの展覧会の絵もロシア音楽。こっちに来てから最初に習ったピアノの先生がロシア人だったり、それからオケでもロシアの作品色々弾いて。重厚さや暗さやストレートさや感情表現が若い人に響きやすいと思うんですよね。ショスタコは中でも自分にとっては幼なじみのような音楽です。そんなわけで好きですロシア音楽(行き着くとこはそこか)。
ではロシアの主な作曲家の作品とスタイルを短く紹介のコーナーへ。
ピョートル・チャイコフスキー(交響曲第6番「悲愴」、くるみ割り人形、ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」)一番有名である意味元祖ロシアの作曲家。土臭さのある壮大な音楽も有名ですがミニチュアの世界の美しさも唯一無二。
ニコライ・リムスキー=コルサコフ(シェヘラザード、スペイン奇想曲、熊蜂の飛行)変幻自在の楽器使いで外国の風景まで音楽で描き出す、色彩とメロディーの印象が強い作曲家。
モデスト・ムソルグスキー(展覧会の絵、禿げ山の一夜、死の歌と踊り)実は有名な曲の多くは他の作曲家が編曲した版だったり。でも元のものもまた独特のしっかりとした魅力があります。
アレクサンドル・スクリャービン(練習曲 op. 8-12、詩曲「炎に向かって」、法悦の詩)ショパンのようなスタイルから独特の神秘と炎と共感覚の世界にはまりこんだ変わり者。音楽も思想もキャラクターもぶっとんでます。
セルゲイ・ラフマニノフ(交響曲第2番、合唱交響曲「鐘」、交響的舞曲)ロマンチックな作風が有名で、ピアニストとしても偉大な作曲家。ピアノ、オケ、合唱など各分野で楽器の使い方がうまいのが実はすごい。
セルゲイ・プロコフィエフ(ピアノ協奏曲第2番、交響曲第5番、ロミオとジュリエット)モダンだったり新古典派だったり何をやっても精密でパワフルな作品を書いています。弾く方は決まって難しいけど!
ドミトリ・ショスタコーヴィチ(交響曲第5番、チェロ協奏曲第1番、ビオラソナタ)ソヴィエトの圧力をもろに受けそれを音楽としてアウトプットした作曲家。公のための交響曲、私的な弦楽四重奏もありますが映画音楽を多く残したことも有名。
アラム・ハチャトゥリアン(ガイーヌ、スパルタクスよりアダージョ、バイオリン協奏曲)ロシアの西の方のエキゾチックなフレーバーが作品の随所に現れるちょっと毛色の違う作風が特徴的。
あとは残念ながらあぶれてしまった作曲家としてはグリンカやバラキレフ、ボロディン、そして革命後だとカバレフスキーやシチェドリンなんかもいます。ロシア出身ではないけれどシュニトケもソヴィエト音楽に大分近いような(あんまり詳しくないですが)。
プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの双璧の後の時代の作曲家ってちょっと知名度が下がるのですが結構まだまだいるんですよ。そこももっと知ってみたい。(シチェドリンはほんと出会って面白かったですし)
今回久しぶりにこのくくりで書いてみて思ったのはロシア音楽の面白さとか魅力って伝えるの難しいなあと。文章の拙さがまずあるのですがその音楽が自分に近すぎるというか当たり前というかで。同時に前述双璧の後の作曲家はあんまり知らなかったり死角も多いことに反省。
もっと面白いロシアの音楽に出会いたいです。
今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」 第1楽章
壮大なロシアの音楽の歴史の中からこれを選ぶのもどうかな、という感じはするのですがロシアのエッセンスの一部を濃く表していると思いますしあとこのブログではさっきまで言及したことが全くなかったことに気づいて(汗)
昔手が小さいけどものすごくパワフルな演奏をするロシア系の女性ピアニストのためにこの曲のページめくりをしたことがあったんですよ。以前書いてると思いますが普段あんまり意識してない曲でもページめくりするとその曲との独特な距離から好きになるところがありまして。
この曲も正にそうでした。スコアを見て聴くだけではなく、弾く手を見て曲を間近で浴びてなんてすごい曲なんだと圧倒されました。
タイトルの「偉大な芸術家の思い出に」というのはこの曲がニコライ・ルビンシテインの追悼のために書かれた作品を指しています。
最初の音から悲痛さがストレートにヒットする曲で、それだけでなく悲しさがものすごく長く続くのもすごい(これもまたなんかロシアっぽい気がする)。すすり泣きのような静かな悲しさから激しい慟哭、深い絶望など様々な悲しみを旅する壮大な音楽です。
本文の方で書いたロシアの特徴だと比較的シンプルなメロディーとハーモニー、重厚なサウンド、ストレートな感情表現、冷たさと熱さ、一種の土臭さ、厳しさと暗さなど多くの特徴が見られます。ピアノの技巧に関してもアルペジオとか和音の使い方などすっごいロシアだなーという感じがします。
この第1楽章もそうですし、変奏曲となってる第2楽章の最後の変奏(第1楽章への回帰の前の)もそうなのですが、長調(イ長調)だからといって曲調が明るかったりハッピーにならないところが何より凄いと思います。空に太陽が輝いててもその周りに暗雲が立ちこめてて激しく雨が降ってることがあるように、長調の音楽でも悲愴さがあって、辛さと悲しさに満ちている。むしろ長調で表現するからこそそれが痛々しい。ショスタコーヴィチがユダヤの音楽に関して「笑いながら泣く、明るい踊りで悲しみを表す」みたいなことを言ってたと思うのですが文化的にそういうものがロシアにもあるのかな。
色々とin-your-faceなストレートさが魅力のピアノ三重奏曲。もちろんピアノのパートは難しいです。弾きたいかというとちょっと微妙だなあ・・・技巧はもちろん音楽的・感情的に自分ができるかどうか自信がない(笑)
ところでチャイコフスキーはこんなに素晴らしい作品を書いてるのに室内楽作品は意外と少ないんですね。他ジャンルでの活躍も凄いですがちょっと勿体ない気も。
リンクしたのは手持ちの録音。カップリングがショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲です(ただこっちの演奏はちょっとイマイチだなあ)。曲の組み合わせはものすごく良いです。違いもあれば共通点も見えるコンビネーション。
タスマニア交響楽団と合唱団によるMONA(Museum of Old and Artsというタスマニアの州都ホバート近郊の現代芸術を主にしたイベントなどもある美術館)で冬至の夜と闇と光をテーマにしたコンサートをやったのですが、これが演奏も素晴らしければ曲の取り合わせもセットアップもシチュエーションも全てすごくて感銘を受けました。
こういうイベントで冬至を感じるのもいいなあ、ということをちょっと長々とTwitterの方でつぶやいてしまいました。こっちではまあいいや。
さて、今日は随分長いことやってなかった国毎に音楽紹介をまたやってみようかなと。寒いメルボルンの冬(気温はそんなに低いわけじゃないですが)に熱くなるロシア音楽をテーマに。
地理歴史の関係で「ロシア」がどこら辺までを指すかはちょっと曖昧に。とりあえず一般に言われるロマン派のロシア音楽、それからソヴィエトの音楽のなかでも今のロシアに近い部分をおおまかに(バルト三国とかフィンランドとかは明らかに除外)カバー。「ロシア音楽」というと大体音楽畑の人達は一緒の範囲を指すのですが改めて定義しようと思うと難しいですね。
ロシアの歴史では西欧の影響が本格的に入ってきたのがピョートル大帝の時代で、クラシック音楽もやっとよく知られてる名前が出てくるのは19世紀、ロマン派から。
西欧化とはいいますが、ロシアの民謡がクラシック音楽の作品に頻繁に取り入れられるのもロシア音楽の特徴。ロシア民謡のメロディーはピアノでいえば片手の5本の指で弾けるようなシンプルで素朴なメロディーが多いです。
そしてロシアの歴史といえば先ほども言及があったようにでかい国土に様々な変化があって、一口にロシアといえども色んな文化を含んでいることも特徴的です。ロシアからずっと西の方に至るエキゾチックな風味だったり、北欧ノルウェーやフィンランドの音楽にも通じるところもあったり、西方のキリスト教のスタイルとはちょっと違った宗教音楽だったり。
ロシアの音楽で前から面白いと思ってるのがハーモニー。基本的な三和音を(七度とか足さず)使うことが多く、それから基本的な三和音の真ん中の音(和音が長調か短調か決まる音)を抜くopen fifthも頻繁に使われる。比較的シンプルで素朴な和音なんだけどその音の重ね方とか楽器の使い方でものすごく重厚なサウンドになるのがロシア。
重厚さもそうですが独特の土臭さ(多分和音がもとになってる)や寒さと熱さの共存、ある種の暗さや厳しさ、そして比較的ストレートな表現がロシア音楽の魅力だと思います。ちょっと前衛的な音楽でも比較的ストレートに響きやすいところがあるんだよなあ。
今楽器の使い方と書きましたが大編成のオーケストラが基本だったロマン派以降で活躍したロシアの作曲家はみんなオケの使い方がものすごくうまいですね。すでにそのメソッド的なものが確立してたってのもあるのですがチャイコフスキーとかリムスキー=コルサコフとかストラヴィンスキーとかラフマニノフとかショスタコーヴィチとかプロコフィエフとかみんな楽器使いが素晴らしい。
特にロシアの音楽は打楽器の使用数が平均多くてしかも打楽器に力が入ってる印象です。
あとロシアの音楽はバレエが強い。オペラももちろんありますがバレエが強い。チャイコフスキーの3大バレエからバレエ・リュス関連の作品まで、優れた踊り手を多く輩出する国であると同時に踊りのための音楽の作曲も充実。
それから特にロシア革命後のソヴィエトでの映画音楽のジャンルの大きさ(ショスタコ始め)ってかなりすごいと思います。クラシック音楽からの観点だとちょっと注目されない傾向にありますが。
1917年の革命によりロシアがソヴィエトになったことの政治的変化は大きいですが、音楽への影響も多大でした。革命前後に多くの作曲家(演奏家も)が国外亡命してヨーロッパやアメリカで活動したり、国内に残った作曲家も政府から圧力がかかって作品のアウトプットが大きく変わったところもあります。20世紀に起こったヨーロッパ全般のモダン化・前衛化と共通すること・ちょっと違うことがありますし、そして革命以前のロシア音楽の精神を受け継いでるところもあり、ソヴィエトはソヴィエトで色々面白いです。歴史の変動の影響をものすごく受けてる音楽ですからね(なので歴史的背景を調べながら音楽に会うのも楽しい)。
私は幼少の頃にロシア・ソヴィエトの音楽をピアノでよく弾く機会があったり(ピアノコスモスシリーズにて)、そしてよく考えれば生涯で最初に好きになったハチャトゥリアンの剣の舞とかムソルグスキーの展覧会の絵もロシア音楽。こっちに来てから最初に習ったピアノの先生がロシア人だったり、それからオケでもロシアの作品色々弾いて。重厚さや暗さやストレートさや感情表現が若い人に響きやすいと思うんですよね。ショスタコは中でも自分にとっては幼なじみのような音楽です。そんなわけで好きですロシア音楽(行き着くとこはそこか)。
ではロシアの主な作曲家の作品とスタイルを短く紹介のコーナーへ。
ピョートル・チャイコフスキー(交響曲第6番「悲愴」、くるみ割り人形、ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」)一番有名である意味元祖ロシアの作曲家。土臭さのある壮大な音楽も有名ですがミニチュアの世界の美しさも唯一無二。
ニコライ・リムスキー=コルサコフ(シェヘラザード、スペイン奇想曲、熊蜂の飛行)変幻自在の楽器使いで外国の風景まで音楽で描き出す、色彩とメロディーの印象が強い作曲家。
モデスト・ムソルグスキー(展覧会の絵、禿げ山の一夜、死の歌と踊り)実は有名な曲の多くは他の作曲家が編曲した版だったり。でも元のものもまた独特のしっかりとした魅力があります。
アレクサンドル・スクリャービン(練習曲 op. 8-12、詩曲「炎に向かって」、法悦の詩)ショパンのようなスタイルから独特の神秘と炎と共感覚の世界にはまりこんだ変わり者。音楽も思想もキャラクターもぶっとんでます。
セルゲイ・ラフマニノフ(交響曲第2番、合唱交響曲「鐘」、交響的舞曲)ロマンチックな作風が有名で、ピアニストとしても偉大な作曲家。ピアノ、オケ、合唱など各分野で楽器の使い方がうまいのが実はすごい。
セルゲイ・プロコフィエフ(ピアノ協奏曲第2番、交響曲第5番、ロミオとジュリエット)モダンだったり新古典派だったり何をやっても精密でパワフルな作品を書いています。弾く方は決まって難しいけど!
ドミトリ・ショスタコーヴィチ(交響曲第5番、チェロ協奏曲第1番、ビオラソナタ)ソヴィエトの圧力をもろに受けそれを音楽としてアウトプットした作曲家。公のための交響曲、私的な弦楽四重奏もありますが映画音楽を多く残したことも有名。
アラム・ハチャトゥリアン(ガイーヌ、スパルタクスよりアダージョ、バイオリン協奏曲)ロシアの西の方のエキゾチックなフレーバーが作品の随所に現れるちょっと毛色の違う作風が特徴的。
あとは残念ながらあぶれてしまった作曲家としてはグリンカやバラキレフ、ボロディン、そして革命後だとカバレフスキーやシチェドリンなんかもいます。ロシア出身ではないけれどシュニトケもソヴィエト音楽に大分近いような(あんまり詳しくないですが)。
プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの双璧の後の時代の作曲家ってちょっと知名度が下がるのですが結構まだまだいるんですよ。そこももっと知ってみたい。(シチェドリンはほんと出会って面白かったですし)
今回久しぶりにこのくくりで書いてみて思ったのはロシア音楽の面白さとか魅力って伝えるの難しいなあと。文章の拙さがまずあるのですがその音楽が自分に近すぎるというか当たり前というかで。同時に前述双璧の後の作曲家はあんまり知らなかったり死角も多いことに反省。
もっと面白いロシアの音楽に出会いたいです。
今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」 第1楽章
壮大なロシアの音楽の歴史の中からこれを選ぶのもどうかな、という感じはするのですがロシアのエッセンスの一部を濃く表していると思いますしあとこのブログではさっきまで言及したことが全くなかったことに気づいて(汗)
昔手が小さいけどものすごくパワフルな演奏をするロシア系の女性ピアニストのためにこの曲のページめくりをしたことがあったんですよ。以前書いてると思いますが普段あんまり意識してない曲でもページめくりするとその曲との独特な距離から好きになるところがありまして。
この曲も正にそうでした。スコアを見て聴くだけではなく、弾く手を見て曲を間近で浴びてなんてすごい曲なんだと圧倒されました。
タイトルの「偉大な芸術家の思い出に」というのはこの曲がニコライ・ルビンシテインの追悼のために書かれた作品を指しています。
最初の音から悲痛さがストレートにヒットする曲で、それだけでなく悲しさがものすごく長く続くのもすごい(これもまたなんかロシアっぽい気がする)。すすり泣きのような静かな悲しさから激しい慟哭、深い絶望など様々な悲しみを旅する壮大な音楽です。
本文の方で書いたロシアの特徴だと比較的シンプルなメロディーとハーモニー、重厚なサウンド、ストレートな感情表現、冷たさと熱さ、一種の土臭さ、厳しさと暗さなど多くの特徴が見られます。ピアノの技巧に関してもアルペジオとか和音の使い方などすっごいロシアだなーという感じがします。
この第1楽章もそうですし、変奏曲となってる第2楽章の最後の変奏(第1楽章への回帰の前の)もそうなのですが、長調(イ長調)だからといって曲調が明るかったりハッピーにならないところが何より凄いと思います。空に太陽が輝いててもその周りに暗雲が立ちこめてて激しく雨が降ってることがあるように、長調の音楽でも悲愴さがあって、辛さと悲しさに満ちている。むしろ長調で表現するからこそそれが痛々しい。ショスタコーヴィチがユダヤの音楽に関して「笑いながら泣く、明るい踊りで悲しみを表す」みたいなことを言ってたと思うのですが文化的にそういうものがロシアにもあるのかな。
色々とin-your-faceなストレートさが魅力のピアノ三重奏曲。もちろんピアノのパートは難しいです。弾きたいかというとちょっと微妙だなあ・・・技巧はもちろん音楽的・感情的に自分ができるかどうか自信がない(笑)
ところでチャイコフスキーはこんなに素晴らしい作品を書いてるのに室内楽作品は意外と少ないんですね。他ジャンルでの活躍も凄いですがちょっと勿体ない気も。
リンクしたのは手持ちの録音。カップリングがショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲です(ただこっちの演奏はちょっとイマイチだなあ)。曲の組み合わせはものすごく良いです。違いもあれば共通点も見えるコンビネーション。
以前のエントリーで紹介しましたクロノス・カルテットのKickstartersでのクラウドファンディング企画、期限があと5日になりました!
1週間を切ったあたりからちょっと寄付額が上がるペースがちょっと速くなりますがそれでもまだターゲット額の半分を超したあたり。
現在進行形の現代クラシック音楽の作曲・編曲・演奏のために、というのはなかなか広くはぴんとこないような話ではありますが、クロノスは音楽に関して(クラシックに限らず)いつも面白いことをしています。是非是非応援して欲しいと思います。
・・・なーんてことをなんとなく(もっと短く)つぶやいてたら公式アカウントに捕捉されました(笑)Twitterでもこちらでもクロノス・カルテットと現代のクラシック音楽を引き続き応援していきたいです。
あと本題の前にもう一つ。
Limelight Magazineというオーストラリアのクラシック音楽・芸術関連マガジンがあるのですが(最近活用しようと思い始めてまだ使い勝手が分からないでいます)、そこで今オーストラリアの作曲家で偉大な10人を決める、という企画をやっています。Limelightのパネル投票と一般投票が半々ずつというweightになっていて、一般投票では3人まで投票(自由記述回答、要サイトアカウント)できるということで私も投票してきました。とにかくすごい音楽を書き世界で作品が演奏されるBrett Dean、オーストラリアの音楽の現在のアイデンティティを他に先駆けて作ったPeter Sculthorpe、そしてクラシックの枠を出るような活動も含め広くに訴える音楽を書くNigel Westlakeをチョイス。投票は7月2日までということで結果発表はその後になりますが楽しみにしています。
ここ1年くらいの間にネットラジオを活用することが多くなりました。
というのもまず部屋で使ってるステレオが日本で買って持ってきたものでオーストラリアのラジオの周波数とちょっと違ってたりってのが小さな発端だったかな。
あとはちょこちょこ海外のクラシックラジオチャンネルのことを知る機会があったり、それでラジオって一口にいっても今の時代とてつもないほどの選択肢があるのを実感したり。
まだまだ聴く頻度もバラエティも少ないのですが今日いくつか紹介したいなと思います。
ちなみに日本だとNHK-FMがクラシック充実してるみたいですが海外で聴けないので割愛(聴けないの残念ですねー)。
1)ABC Classic FM
オーストラリアの国営放送ABCのクラシックチャンネル。
バラエティに富んだプログラムとレパートリーを常に放送していて、マニアックな曲や現代音楽、オーストラリアの作曲家の作品も取り扱い、複数楽章の曲も基本フルで放送。国内外の名だたるオーケストラのコンサートの録音を放送したり、国内のオケのコンサートは生放送もやります。こちらのブログで紹介してるカウントダウン100を主催・放送してるのもここ。あとMusic Listingで放送予定が細かく見れるのも大変便利でたまに自分もTwitterで放送紹介したりもします。英語が分かる方は毎週日曜のメルボルン時間正午に放送されるKeys to Musicでのやさしい音楽解説もオススメ。
トータルで見てかなり質の良いクラシックチャンネルでオーストラリアでは第一選択チャンネルです。
2)ABC Classic 2
前述ABCが最近打ち出した新しいネット専用ラジオチャンネル。オーストラリアの演奏家による演奏に特化したチャンネルで、楽章単位で比較的聴きやすい曲を中心に放送しています。あと本拠ページがTumblrブログで、ちょっとしたクラシックネタや曲の紹介、クラシックに関連した記事へのリンクがあるのも面白い。特に良いなと思ったのがここの作曲家紹介。数行でウィットのある文章で作曲家を次々と紹介していく面白さ。リンクはしませんがアーカイブでリンクしてるアルヴォ・ペルトとのインタビュー記事やブリテンとピアーズについての記事など結構いいもの拾って来てます。これからも楽しみなクラシックチャンネルです。
3)3MBS Radio
メルボルンを拠点にしたコミュニティベースのクラシックラジオチャンネル。メルボルンの演奏家と広く繋がりがあり、様々なコンサートの放送やスタジオ演奏の放送などを多く手がけています。以前ここで紹介したベートーヴェンマラソンやシューベルトマラソンなども3MBSが主催・放送してます。以前3MBSで働いていた友人いわくメシアンの鳥のカタログを放送すると現代音楽がどーだこーだという電話が来るらしい(つまりちょっと保守的な放送レパートリーではあるのかも)ですがオーストラリアの音楽を支援している面もあります。
4)米国WQXRのQ2 Music
WQXRはアメリカのニューヨークとかニュージャージーとか東海岸そこら辺の由緒正しいクラシックラジオチャンネル。そちらも手広く色んな音楽扱ってて(サイト内検索書けたらこっちの演奏もあった)良さそうですが今回紹介したいのはその中のネット専門チャンネルQ2 Music。こちらは今存命の作曲家の作品に特化したチャンネルで、クロノス・カルテットの40周年マラソンをやったり現代の作曲家の特集を他にもやっているそうです。ネットという媒体だから海外からでもこういうピンポイントな専門チャンネルにアクセスできるのはありがたい!同時にすでに確立してるクラシックチャンネルのweb展開だからこそできることなのかな。
5)英国Classic FM
イギリスのClassic FMは結構聴きやすいレパートリーを楽章単位で放送、さらに映画音楽などもちょくちょく放送しているチャンネルですが、注目すべきはウェブコンテンツ。Twitterではちょっとした判じ絵的な謎解きをやってたりちょくちょくいいネタ探してきたり、公式サイトでの特集記事も面白い。クラシック音楽の様々な要素の解説だったり曲の紹介、作曲家の名言、そしてここでも毎年クラシック音楽の人気投票をやっている模様(そしてすごい英国偏りな結果!)。さらにユーモア関連の記事も色々あって、例えば「ビオラ奏者で困る10のこと」とか「作曲家同士の悪口特集」とか面白いです。ちょっとサイトのナビゲートが難しいのと画像が多いのが難点ではありますが色んなものが見つかります。
6)Nonesuch Radio
上記とはちょっと違う性質のラジオ。これはNonesuch Recordsというレコード会社のサイトで、クロノス・カルテットが何枚もCD(あとLP)出してたり映画のサントラ手がけてたりクラシックだと現代音楽が多めながら様々なジャンルを扱っている会社なのですが、このトップページにあるNonesuch RadioはNonesuchが出している様々なCDのトラックをオンデマンド・シャッフル形式で聞けるラジオです。「Nonesuch Mix」だとラジオ公開してる全トラックがランダムで再生されますがお好みでジャンル分けもできます。結構トラック数ありますしいろんなジャンルの音楽に手軽に出会えるのが楽しく、結構長い間楽しめます。バラエティに富むとはいえある程度枠のある安心さもありますし。ラジオとはちょっと違いますしクラシック以外も絡んできますが結構オススメ。
今6つ紹介しましたがネットで世界中から聞けるということは時差も考慮する必要があります。
1, 2, 3はメルボルン時間なので日本では放送時間はサイトの表示より-1時間(夏時間では-2時間)になります。
6はオンデマンドなので関係ないですが4,5はこっちからも外国でかなり時間差があるのでちょっと把握していません(汗)ただ4はニューヨーク時間で5はロンドン時間なはず。
同じクラシックというジャンルの放送でもお国柄があるというか、放送レパートリーって結構変わってくるんですよね。チャンネル毎の特色はもちろんですが国毎の違いも侮れない。
例えばオーストラリアの音楽を海外で扱ってくれることは稀ですし、前述英Classic FMの人気投票を見るとオーストラリアよりもさらに英国偏りな感じがありますし。
なのでラジオがネットに進出して世界中の音楽が世界中から聴けるようになったのは素晴らしいと思いますし、これを機にオーストラリアの音楽・演奏が国外の人に触れる機会が増えるといいなあ、と思います。(オーストラリアに限らずですがね。そのためにも自国の音楽を演奏する大切さです)
今日の一曲はお休みです。
1週間を切ったあたりからちょっと寄付額が上がるペースがちょっと速くなりますがそれでもまだターゲット額の半分を超したあたり。
現在進行形の現代クラシック音楽の作曲・編曲・演奏のために、というのはなかなか広くはぴんとこないような話ではありますが、クロノスは音楽に関して(クラシックに限らず)いつも面白いことをしています。是非是非応援して欲しいと思います。
・・・なーんてことをなんとなく(もっと短く)つぶやいてたら公式アカウントに捕捉されました(笑)Twitterでもこちらでもクロノス・カルテットと現代のクラシック音楽を引き続き応援していきたいです。
あと本題の前にもう一つ。
Limelight Magazineというオーストラリアのクラシック音楽・芸術関連マガジンがあるのですが(最近活用しようと思い始めてまだ使い勝手が分からないでいます)、そこで今オーストラリアの作曲家で偉大な10人を決める、という企画をやっています。Limelightのパネル投票と一般投票が半々ずつというweightになっていて、一般投票では3人まで投票(自由記述回答、要サイトアカウント)できるということで私も投票してきました。とにかくすごい音楽を書き世界で作品が演奏されるBrett Dean、オーストラリアの音楽の現在のアイデンティティを他に先駆けて作ったPeter Sculthorpe、そしてクラシックの枠を出るような活動も含め広くに訴える音楽を書くNigel Westlakeをチョイス。投票は7月2日までということで結果発表はその後になりますが楽しみにしています。
ここ1年くらいの間にネットラジオを活用することが多くなりました。
というのもまず部屋で使ってるステレオが日本で買って持ってきたものでオーストラリアのラジオの周波数とちょっと違ってたりってのが小さな発端だったかな。
あとはちょこちょこ海外のクラシックラジオチャンネルのことを知る機会があったり、それでラジオって一口にいっても今の時代とてつもないほどの選択肢があるのを実感したり。
まだまだ聴く頻度もバラエティも少ないのですが今日いくつか紹介したいなと思います。
ちなみに日本だとNHK-FMがクラシック充実してるみたいですが海外で聴けないので割愛(聴けないの残念ですねー)。
1)ABC Classic FM
オーストラリアの国営放送ABCのクラシックチャンネル。
バラエティに富んだプログラムとレパートリーを常に放送していて、マニアックな曲や現代音楽、オーストラリアの作曲家の作品も取り扱い、複数楽章の曲も基本フルで放送。国内外の名だたるオーケストラのコンサートの録音を放送したり、国内のオケのコンサートは生放送もやります。こちらのブログで紹介してるカウントダウン100を主催・放送してるのもここ。あとMusic Listingで放送予定が細かく見れるのも大変便利でたまに自分もTwitterで放送紹介したりもします。英語が分かる方は毎週日曜のメルボルン時間正午に放送されるKeys to Musicでのやさしい音楽解説もオススメ。
トータルで見てかなり質の良いクラシックチャンネルでオーストラリアでは第一選択チャンネルです。
2)ABC Classic 2
前述ABCが最近打ち出した新しいネット専用ラジオチャンネル。オーストラリアの演奏家による演奏に特化したチャンネルで、楽章単位で比較的聴きやすい曲を中心に放送しています。あと本拠ページがTumblrブログで、ちょっとしたクラシックネタや曲の紹介、クラシックに関連した記事へのリンクがあるのも面白い。特に良いなと思ったのがここの作曲家紹介。数行でウィットのある文章で作曲家を次々と紹介していく面白さ。リンクはしませんがアーカイブでリンクしてるアルヴォ・ペルトとのインタビュー記事やブリテンとピアーズについての記事など結構いいもの拾って来てます。これからも楽しみなクラシックチャンネルです。
3)3MBS Radio
メルボルンを拠点にしたコミュニティベースのクラシックラジオチャンネル。メルボルンの演奏家と広く繋がりがあり、様々なコンサートの放送やスタジオ演奏の放送などを多く手がけています。以前ここで紹介したベートーヴェンマラソンやシューベルトマラソンなども3MBSが主催・放送してます。以前3MBSで働いていた友人いわくメシアンの鳥のカタログを放送すると現代音楽がどーだこーだという電話が来るらしい(つまりちょっと保守的な放送レパートリーではあるのかも)ですがオーストラリアの音楽を支援している面もあります。
4)米国WQXRのQ2 Music
WQXRはアメリカのニューヨークとかニュージャージーとか東海岸そこら辺の由緒正しいクラシックラジオチャンネル。そちらも手広く色んな音楽扱ってて(サイト内検索書けたらこっちの演奏もあった)良さそうですが今回紹介したいのはその中のネット専門チャンネルQ2 Music。こちらは今存命の作曲家の作品に特化したチャンネルで、クロノス・カルテットの40周年マラソンをやったり現代の作曲家の特集を他にもやっているそうです。ネットという媒体だから海外からでもこういうピンポイントな専門チャンネルにアクセスできるのはありがたい!同時にすでに確立してるクラシックチャンネルのweb展開だからこそできることなのかな。
5)英国Classic FM
イギリスのClassic FMは結構聴きやすいレパートリーを楽章単位で放送、さらに映画音楽などもちょくちょく放送しているチャンネルですが、注目すべきはウェブコンテンツ。Twitterではちょっとした判じ絵的な謎解きをやってたりちょくちょくいいネタ探してきたり、公式サイトでの特集記事も面白い。クラシック音楽の様々な要素の解説だったり曲の紹介、作曲家の名言、そしてここでも毎年クラシック音楽の人気投票をやっている模様(そしてすごい英国偏りな結果!)。さらにユーモア関連の記事も色々あって、例えば「ビオラ奏者で困る10のこと」とか「作曲家同士の悪口特集」とか面白いです。ちょっとサイトのナビゲートが難しいのと画像が多いのが難点ではありますが色んなものが見つかります。
6)Nonesuch Radio
上記とはちょっと違う性質のラジオ。これはNonesuch Recordsというレコード会社のサイトで、クロノス・カルテットが何枚もCD(あとLP)出してたり映画のサントラ手がけてたりクラシックだと現代音楽が多めながら様々なジャンルを扱っている会社なのですが、このトップページにあるNonesuch RadioはNonesuchが出している様々なCDのトラックをオンデマンド・シャッフル形式で聞けるラジオです。「Nonesuch Mix」だとラジオ公開してる全トラックがランダムで再生されますがお好みでジャンル分けもできます。結構トラック数ありますしいろんなジャンルの音楽に手軽に出会えるのが楽しく、結構長い間楽しめます。バラエティに富むとはいえある程度枠のある安心さもありますし。ラジオとはちょっと違いますしクラシック以外も絡んできますが結構オススメ。
今6つ紹介しましたがネットで世界中から聞けるということは時差も考慮する必要があります。
1, 2, 3はメルボルン時間なので日本では放送時間はサイトの表示より-1時間(夏時間では-2時間)になります。
6はオンデマンドなので関係ないですが4,5はこっちからも外国でかなり時間差があるのでちょっと把握していません(汗)ただ4はニューヨーク時間で5はロンドン時間なはず。
同じクラシックというジャンルの放送でもお国柄があるというか、放送レパートリーって結構変わってくるんですよね。チャンネル毎の特色はもちろんですが国毎の違いも侮れない。
例えばオーストラリアの音楽を海外で扱ってくれることは稀ですし、前述英Classic FMの人気投票を見るとオーストラリアよりもさらに英国偏りな感じがありますし。
なのでラジオがネットに進出して世界中の音楽が世界中から聴けるようになったのは素晴らしいと思いますし、これを機にオーストラリアの音楽・演奏が国外の人に触れる機会が増えるといいなあ、と思います。(オーストラリアに限らずですがね。そのためにも自国の音楽を演奏する大切さです)
今日の一曲はお休みです。
前々回のエントリーでAge of Wonders 3の次回(初)の拡張で新しい種族が複数追加されると書きましたがフォーラムで今回出るのはこれからいくつか種族が追加されるうちの第1弾として一つ、という指摘がありました。実際の公式開発ブログの本文を見てみるとそうも読めますね。どっちとも読めるんだけど一つと読むのが妥当かな。とりあえずFrostling説が強いですが楽しみにしてます。
さて、昨日はコンサートに行ってきました。おなじみMelbourne Recital Centreでは海外の音楽家を招いてGreat Performersというコンサートシリーズをやっていますが今回はビオラ奏者Maxim Rysanovが来豪ということで、しかもショスタコーヴィチのビオラソナタを演奏、ということで行かないわけにはいかないコンサートでした。
大学やアカデミーでやるコンサートだとビオラ(とピアノ)のコンサートってのは珍しくないのですが、プロレベルだとそもそものソロ演奏人口の少なさかそれとも人口が少なく室内楽・オケでの忙しさでかあんまり聴く機会がないような。
私は不思議な縁からビオラ弾きが周りに結構多く、ビオラという楽器とそのレパートリー(少ないけど!)に心底惚れ込んでいるので今回は本当に楽しみでした。
プログラムはこんな感じ。
2014 Great Performersシリーズ
Melbourne Recital Centre, Elisabeth Murdoch Hall
ビオラ:Maxim Rysanov、ピアノ:Ashley Wass
フランツ・シューベルト バイオリンとピアノのためのソナタ(ソナチネ)ト短調 D.408(M. Rysanov編曲)
ローベルト・シューマン バイオリンとピアノのためのソナタ第1番 op. 105(M. Katmis編曲)
セルゲイ・プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」組曲より3曲(V. Borisovsky編曲)
(少女ジュリエット、騎士の踊り、マーキューシオ)
(休憩)
ドミトリ・ショスタコーヴィチ ビオラとピアノのためのソナタ op.147
今回のこのプログラムではショスタコ以外の3曲が元々別の楽器に書かれた曲の編曲。実際ビオラのためのレパートリーは(特に19世紀以前は)少なく、今でも編曲レパートリーはビオラのレパートリーで重要になっています(ということがちゃんとプログラムで説明してありました)。
ビオラで弾くことによって元々の曲にはない魅力が出てきたり、また別の物語になったり、そういうところがまた良いです。(一般的にビオラが弾くと渋さ、深さ、暗さが増す傾向があります。)
それが顕著に表れたのがシューマンのバイオリンソナタ。シューマンの作品によくある飛び翔るような曲調は(この曲の元自体は知らないですが)バイオリンでは正に燃えながら天を翔るようで、物理的でなく魂や感情、思考の音楽だなという感じがするのですが、このバイオリンソナタをビオラで弾くともうちょっと足が地に着くというか、飛んでっちゃわない感じが魅力的。ブレーキ書けた分燃える部分が増えてパワーが増す。
シューベルトの方はちょっと曲自体がぴんとこなかったのですがシューベルトにしては(ソナチネというどちらかというと小さなフォーマットで)軽い感じがモーツァルトのようで、それにほどよい暗さを維持するのがビオラの音のいいところかな。
プロコフィエフは前述2曲と違って元がオケ(しかも結構大きいオケ)の曲。それをビオラとピアノ2人でどう弾くかと思っていたらなかなかすごいアレンジでした。
ビオラって結構器用な楽器で音域も音色の幅もあり、しかもメロディーから超絶技巧から表現の深さもある楽器。そういった強みだけでなくビオラがオケや室内楽でとにかく伴奏の音型が強い、というのをソロに活かしたのがこのロミジュリの編曲でした。あんなパートやこんなパート、主旋律に限らずがんがんビオラのソロに弾かせてしまう大胆さ。弾く方にもかなり難しそう。でも聴き応えがあってものすごく楽しかったですしもっとビオラで聴きたい曲です。
それからビオラってちょっと音がくぐもったり重めだったりすところがあるのdすが、今回の演奏はこれだけ速い音、重音などを弾いてもずっとクリアで、特に重音(弓で弾いてもピチカートでも)の綺麗に同時に音が出てまっすぐ響くのが印象的でした。特に後述ショスタコでその強さが光りましたね。
そして今回のコンサートで唯一元からビオラのために書かれたショスタコーヴィチのビオラソナタ。ショスタコの最後の作品で、自分にとっても並ならぬ思い入れがある曲。今回生で聴く機会に出会えて本当によかった。(生で聴いたのが覚えてないな。第2楽章だけ友達と弾いたけど)
ちょこちょこ自分の思い描いてるショスタコと違うところはあれど素晴らしい演奏でした。
前述の演奏スタイルの魅力だったり、ショスタコの晩期らしい、ビオラらしい暗さと息の長さが美しく。曲が一つの世界で魂で、他にはない存在感がありました。
暗さといえばピアノの闇もよかったです。ビオラと別々に動く部分も多いながらビオラと同じ闇を語る、低音の質のショスタコらしさ。
アンサンブルとしても良かったのですが作品を通してちょくちょくあるビオラ一人の部分の間の取り方とか音のまっすぐさや姿勢などで作り上げる世界が印象強かったです。
ついでに言えば第3楽章の美しさはほんと前の日に見てきたアステカ展の生死観とすごい対照的でしたね。アステカの文化では自然死は9層の地獄行きで、そういう価値観とこのショスタコのビオラソナタのエンディングの「全うする」感じの差。長い間知ってる曲ですがこのタイミングでアステカ展に行ったことで新しい見方がやってくるとは。
ショスタコのビオラソナタは前述の通り自分にとって特別な曲で、それを語り出すとまた暴走が始まりそうで今はやめておきます。言葉で語れないことも多々ありますし。いつか弾きたいですし、それだけでなくいつか語れるようになりたい。
そしてまたビオラのコンサートに行きたいです。もっと20世紀以降のビオラレパートリーも聴きたいです。(今回聴いたRysanovも音の感じからするともっとそっちが聴きたいですし)
今日の一曲は後から調べたら結構びっくりしたこの曲。
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」組曲(V. Borisovskyによるビオラとピアノのための編曲)より「少女ジュリエット」
実は今回のプログラムによると演奏されるのは少女ジュリエット、騎士の踊り、ジュリエットの死の3曲とあったのですが実際の演奏を聴いてみたら最後がマーキューシオでフィニッシュで。
つまりは元々3曲のみを選んで編曲したんじゃなくてバレエの一部を何曲か編曲したということなんだな、と思って調べてみたらみつかったのがこのリンクした録音。
元のバレエの半分以上カバーしてるじゃないですか!どんだけ頑張ってビオラとピアノのため(一部ビオラ2台とピアノのため)に編曲したんだ!(汗)
ロミジュリは例えば作曲家自身によってオケのため、ピアノのための組曲に仕立てられた編曲もありますがそういう場合って割と元のバレエでの物語がちょこちょこっと進む分とかカットする場合も多く。
ただこのビオラとピアノのための編曲は割とカット部分が少なく流れが元々のバレエに近いままになってる箇所が多い。
しかもそのカットしないのが元々のバレエの版に近づけるためではなくカットしなかった部分でビオラの魅力と器量をさらに色々披露してしまおうというものすごいアレンジ。見事に付加価値が付いてきます。
少女ジュリエットはオケの弦楽器の各楽器のオーディションでも課題として登場することがあるほど技巧が問われる曲。オケでないんで若干テンポ落としてクリアさを維持する自由もありますがそれでも難しい。前述のとおりビオラはちょっと音がくぐもりますしね。
ただ速いパッセージも和音も(ジュリエットのドレスを表す)メロディーも、また主旋律でないところも全て魅せてくれるのがこの曲。ビオラって凄い!と驚きっぱなしです。
もちろんこの曲だけでなく他の曲もビオラという楽器をフルに使う面白い&素晴らしいアレンジになってます。某携帯会社のCMなどでも有名な「騎士の踊り」もしっかり聴き応えがある曲になってものすごく気に入ってます。
ビオラのために書かれた曲の素晴らしさももちろんですがこういったビオラ愛とビオラの魅力を引き出す曲も大好きです。
両方のレパートリーからの魅力的な曲の演奏でもっとビオラに惚れて欲しい!
さて、昨日はコンサートに行ってきました。おなじみMelbourne Recital Centreでは海外の音楽家を招いてGreat Performersというコンサートシリーズをやっていますが今回はビオラ奏者Maxim Rysanovが来豪ということで、しかもショスタコーヴィチのビオラソナタを演奏、ということで行かないわけにはいかないコンサートでした。
大学やアカデミーでやるコンサートだとビオラ(とピアノ)のコンサートってのは珍しくないのですが、プロレベルだとそもそものソロ演奏人口の少なさかそれとも人口が少なく室内楽・オケでの忙しさでかあんまり聴く機会がないような。
私は不思議な縁からビオラ弾きが周りに結構多く、ビオラという楽器とそのレパートリー(少ないけど!)に心底惚れ込んでいるので今回は本当に楽しみでした。
プログラムはこんな感じ。
2014 Great Performersシリーズ
Melbourne Recital Centre, Elisabeth Murdoch Hall
ビオラ:Maxim Rysanov、ピアノ:Ashley Wass
フランツ・シューベルト バイオリンとピアノのためのソナタ(ソナチネ)ト短調 D.408(M. Rysanov編曲)
ローベルト・シューマン バイオリンとピアノのためのソナタ第1番 op. 105(M. Katmis編曲)
セルゲイ・プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」組曲より3曲(V. Borisovsky編曲)
(少女ジュリエット、騎士の踊り、マーキューシオ)
(休憩)
ドミトリ・ショスタコーヴィチ ビオラとピアノのためのソナタ op.147
今回のこのプログラムではショスタコ以外の3曲が元々別の楽器に書かれた曲の編曲。実際ビオラのためのレパートリーは(特に19世紀以前は)少なく、今でも編曲レパートリーはビオラのレパートリーで重要になっています(ということがちゃんとプログラムで説明してありました)。
ビオラで弾くことによって元々の曲にはない魅力が出てきたり、また別の物語になったり、そういうところがまた良いです。(一般的にビオラが弾くと渋さ、深さ、暗さが増す傾向があります。)
それが顕著に表れたのがシューマンのバイオリンソナタ。シューマンの作品によくある飛び翔るような曲調は(この曲の元自体は知らないですが)バイオリンでは正に燃えながら天を翔るようで、物理的でなく魂や感情、思考の音楽だなという感じがするのですが、このバイオリンソナタをビオラで弾くともうちょっと足が地に着くというか、飛んでっちゃわない感じが魅力的。ブレーキ書けた分燃える部分が増えてパワーが増す。
シューベルトの方はちょっと曲自体がぴんとこなかったのですがシューベルトにしては(ソナチネというどちらかというと小さなフォーマットで)軽い感じがモーツァルトのようで、それにほどよい暗さを維持するのがビオラの音のいいところかな。
プロコフィエフは前述2曲と違って元がオケ(しかも結構大きいオケ)の曲。それをビオラとピアノ2人でどう弾くかと思っていたらなかなかすごいアレンジでした。
ビオラって結構器用な楽器で音域も音色の幅もあり、しかもメロディーから超絶技巧から表現の深さもある楽器。そういった強みだけでなくビオラがオケや室内楽でとにかく伴奏の音型が強い、というのをソロに活かしたのがこのロミジュリの編曲でした。あんなパートやこんなパート、主旋律に限らずがんがんビオラのソロに弾かせてしまう大胆さ。弾く方にもかなり難しそう。でも聴き応えがあってものすごく楽しかったですしもっとビオラで聴きたい曲です。
それからビオラってちょっと音がくぐもったり重めだったりすところがあるのdすが、今回の演奏はこれだけ速い音、重音などを弾いてもずっとクリアで、特に重音(弓で弾いてもピチカートでも)の綺麗に同時に音が出てまっすぐ響くのが印象的でした。特に後述ショスタコでその強さが光りましたね。
そして今回のコンサートで唯一元からビオラのために書かれたショスタコーヴィチのビオラソナタ。ショスタコの最後の作品で、自分にとっても並ならぬ思い入れがある曲。今回生で聴く機会に出会えて本当によかった。(生で聴いたのが覚えてないな。第2楽章だけ友達と弾いたけど)
ちょこちょこ自分の思い描いてるショスタコと違うところはあれど素晴らしい演奏でした。
前述の演奏スタイルの魅力だったり、ショスタコの晩期らしい、ビオラらしい暗さと息の長さが美しく。曲が一つの世界で魂で、他にはない存在感がありました。
暗さといえばピアノの闇もよかったです。ビオラと別々に動く部分も多いながらビオラと同じ闇を語る、低音の質のショスタコらしさ。
アンサンブルとしても良かったのですが作品を通してちょくちょくあるビオラ一人の部分の間の取り方とか音のまっすぐさや姿勢などで作り上げる世界が印象強かったです。
ついでに言えば第3楽章の美しさはほんと前の日に見てきたアステカ展の生死観とすごい対照的でしたね。アステカの文化では自然死は9層の地獄行きで、そういう価値観とこのショスタコのビオラソナタのエンディングの「全うする」感じの差。長い間知ってる曲ですがこのタイミングでアステカ展に行ったことで新しい見方がやってくるとは。
ショスタコのビオラソナタは前述の通り自分にとって特別な曲で、それを語り出すとまた暴走が始まりそうで今はやめておきます。言葉で語れないことも多々ありますし。いつか弾きたいですし、それだけでなくいつか語れるようになりたい。
そしてまたビオラのコンサートに行きたいです。もっと20世紀以降のビオラレパートリーも聴きたいです。(今回聴いたRysanovも音の感じからするともっとそっちが聴きたいですし)
今日の一曲は後から調べたら結構びっくりしたこの曲。
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」組曲(V. Borisovskyによるビオラとピアノのための編曲)より「少女ジュリエット」
実は今回のプログラムによると演奏されるのは少女ジュリエット、騎士の踊り、ジュリエットの死の3曲とあったのですが実際の演奏を聴いてみたら最後がマーキューシオでフィニッシュで。
つまりは元々3曲のみを選んで編曲したんじゃなくてバレエの一部を何曲か編曲したということなんだな、と思って調べてみたらみつかったのがこのリンクした録音。
元のバレエの半分以上カバーしてるじゃないですか!どんだけ頑張ってビオラとピアノのため(一部ビオラ2台とピアノのため)に編曲したんだ!(汗)
ロミジュリは例えば作曲家自身によってオケのため、ピアノのための組曲に仕立てられた編曲もありますがそういう場合って割と元のバレエでの物語がちょこちょこっと進む分とかカットする場合も多く。
ただこのビオラとピアノのための編曲は割とカット部分が少なく流れが元々のバレエに近いままになってる箇所が多い。
しかもそのカットしないのが元々のバレエの版に近づけるためではなくカットしなかった部分でビオラの魅力と器量をさらに色々披露してしまおうというものすごいアレンジ。見事に付加価値が付いてきます。
少女ジュリエットはオケの弦楽器の各楽器のオーディションでも課題として登場することがあるほど技巧が問われる曲。オケでないんで若干テンポ落としてクリアさを維持する自由もありますがそれでも難しい。前述のとおりビオラはちょっと音がくぐもりますしね。
ただ速いパッセージも和音も(ジュリエットのドレスを表す)メロディーも、また主旋律でないところも全て魅せてくれるのがこの曲。ビオラって凄い!と驚きっぱなしです。
もちろんこの曲だけでなく他の曲もビオラという楽器をフルに使う面白い&素晴らしいアレンジになってます。某携帯会社のCMなどでも有名な「騎士の踊り」もしっかり聴き応えがある曲になってものすごく気に入ってます。
ビオラのために書かれた曲の素晴らしさももちろんですがこういったビオラ愛とビオラの魅力を引き出す曲も大好きです。
両方のレパートリーからの魅力的な曲の演奏でもっとビオラに惚れて欲しい!
