×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
えーっと今チェックしたら楽器と性格チェロとかオケピアノとかを始め過去のエントリーに結構拍手がついてたのに初めて気づきました。ありがとうございます!そして気づくの遅くてすみません。
毎年秋冬は鬱方向に調子が悪くなるのが常なのですが今年も来ました。ずっしり来てます。
とりあえず無理はしない方向で(とはいえついつい、ということもちょっとあり)、ゆっくりめに生活しています。
なんといっても眠気がくるのが厄介。眠気に任せて昼寝るのもなかなかしんどいものです。
何よりピアノをちょっと手抜き中。今年はオケのコンサートもあるし年間スケジュールの再考もしたいのでリサイタルはやらないことを考え中。
で、恒例の「とりあえず仕事とゲームはなんとか進む」状態。仕事は今日一日分ありました。
ゲームは前回書きましたAge of Wonders 3のエルフのミッション4を終えて(自分の馬鹿さ100%でかなり待たせてごめんBormac!)次はDreadnoughtリーダーを操れる!と思ってたのですがどうやら勝利条件が4勢力撃破というかなり大規模なものになってきて。なんだか勇気が出なかったのでキャンペーンゲームはちょっとだけ保留中。
なので昨日はちまちま復元した(そしてスクショ撮った!)カスタムキャラを使ってランダムマップ遊んでました。ちなみにマルチ・ランダムマップでは自分が操作するキャラだけでなくAIをカスタムリーダーにするかも決められます。なので自分が作ったキャラクター同士を戦わせることもできる。
そして「自分が操作するキャラのみカスタムから選択」にしても自分が作ったキャラがAIプレイヤーになって現れることもあります。最初誰がどこにいるか分からない状態で突然会ったときの喜び!
(ただ副将=Heroesにはカスタムキャラは現れないっぽい。ランダム構成ではないみたいだしどっかに副将リストあるのかな)
そして大体AoW3やってるときはもう片手で3DSでポケモンやってます。孵化作業なので片手です。
今トリトドンをひがしのうみ・特殊受けで厳選しようとしてるのですがミラクル交換で回ってきてたのはにしのうみ・物理受け。色はともかく(にしのうみ遺伝用がちゃんといます)物理受けが今多いのかな・・・物理受けはなんだかんだで何匹か居るんですよ。今厳選済みのボックス半分埋まってますし。(そろそろバランスをとることも考えねば・・・)
一応生活の諸々もなんとか維持・・・できてるのだろうか(汗)
料理だと最近だし茶漬けのバリエーションとポーチドエッグのバリエーションで模索中。
こないだクックパッドで見つけて作ったささみのあれのだし汁のバリエーション(だし茶漬け・おじや風)は楽しかったです。だし汁だけ作っておいてもいいかな。
夕飯のおかずの残りを使ったり、梅干しとか塩昆布(乾燥)とか海苔とか足したり工夫してます。残りご飯が消費できるのはありがたい。
ポーチドエッグは友達に作り方習って以来パンに乗せて塩こしょうするのが多いですが(その際にパンにベジマイト薄く塗るとまたおいしいです)、温泉卵代わりにおそばにのせたりだし茶漬けの具にしたり、今日はご飯にのせて醤油かけて変則卵かけご飯にしました(生食用の卵が容易に手に入らないので)。割と色んなところで使える。
そういえば友達に教わったポーチドエッグの作り方。
お湯を卵の高さよりちょっと深めに入れて沸かし、塩ひとつまみ・酢を卵1つにつき大さじ1杯入れておく。そこに小さい容器に割り入れておいた卵を静かに入れて、火を止めて蓋をして3分~3分半くらい動かさずに待ったら穴あきお玉かなにかで引き上げるだけ。
多分これでいいはず。あんまり早いと卵が固まってない部分もあるので3分半くらいを意識してま
す。酢を入れるとはいえできあがった卵はそういう味はしない(と思う)ので前述の通りいろんなところに使えます。ただ蕎麦にのせる時は固すぎるとちょっと虚しい。
ということで若干スローダウンはしていますがまだまだ大丈夫っちゃあ大丈夫ですかね。
無理して完全ストップしないようちょっとペース落としてぼちぼちできる生活スタイルでよかった。とりあえず寝過ぎないように頑張ります。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 「夢のあとに」(チェロ版)
米Amazonでの録音
紹介待ちの曲がちょっとあるのですが今日は道草。
フォーレを紹介するのは去年のリサイタル以来かな。ただこちらはフォーレの初期のとても有名な作品。
「夢のあとに」はop.7の3曲セットの歌曲のうちの1つなのですが、これだけ抜き出されて歌われたり楽器で弾かれたりすることもあります。(pdf楽譜でお世話になってるIMSLPの当該ページにはテノールサックスとアルトサックスの録音があるみたいですね)
今ちょっと調べたら歌詞になってる詩(元々作者不明のイタリア語の詩をロマン・ビュシーヌがフランス語に訳したっもの)もちょっと素敵な感じなのですが、やっぱりチェロを弾いていた身なのでチェロバージョンが一番だと思ってます。暗さのある深い音で息を超えた長く伸びるメロディーは惚れられずには居られない。
フォーレってソナタとか小品とかチェロのための曲を書いているのですが(手持ちだとこのCDに収録されています)、とにかくチェロにメロディーがしっくりくる。エレジーにしろシシリエンヌにしろ、チェロがチェロとしてものすごく輝いている。
そして歌曲を編曲したこの「夢のあとに」もほんとチェロで歌うように書かれたような感じです。
なんだろうなあこの気持ち。ショスタコ始め他に「これこそチェロの魂!」という作曲家はいるんですが「これこそチェロの歌の魂!」というのはやっぱりフォーレだろうなあ。
こっちでチェロを習うとフォーレのチェロ曲の一番いいところってAMEB試験のグレード7(8+Amus、LMusまである)くらいまでに出尽くしちゃって大学に入ってプロを本格的に目指す頃には通り過ぎちゃってる感があるのですが改めて音楽家として成長して(?)振り返ってみると素晴らしいです。
そういうとこも含めてアンコールにいい曲なんじゃないかな。もっとアンコールで聴きたい。
手持ちのロストロポーヴィチの小品集のCDは日本のAmazonでは見つからなかったのでリンクしたのは米アマゾンでの同じ録音。
あとようつべにもアップされてたのがこちら。ロストロは大曲の演奏もすごいのですが小曲の演奏・チョイスも素敵です。私にとっていつまでも「これこそチェロ」な演奏。
毎年秋冬は鬱方向に調子が悪くなるのが常なのですが今年も来ました。ずっしり来てます。
とりあえず無理はしない方向で(とはいえついつい、ということもちょっとあり)、ゆっくりめに生活しています。
なんといっても眠気がくるのが厄介。眠気に任せて昼寝るのもなかなかしんどいものです。
何よりピアノをちょっと手抜き中。今年はオケのコンサートもあるし年間スケジュールの再考もしたいのでリサイタルはやらないことを考え中。
で、恒例の「とりあえず仕事とゲームはなんとか進む」状態。仕事は今日一日分ありました。
ゲームは前回書きましたAge of Wonders 3のエルフのミッション4を終えて(自分の馬鹿さ100%でかなり待たせてごめんBormac!)次はDreadnoughtリーダーを操れる!と思ってたのですがどうやら勝利条件が4勢力撃破というかなり大規模なものになってきて。なんだか勇気が出なかったのでキャンペーンゲームはちょっとだけ保留中。
なので昨日はちまちま復元した(そしてスクショ撮った!)カスタムキャラを使ってランダムマップ遊んでました。ちなみにマルチ・ランダムマップでは自分が操作するキャラだけでなくAIをカスタムリーダーにするかも決められます。なので自分が作ったキャラクター同士を戦わせることもできる。
そして「自分が操作するキャラのみカスタムから選択」にしても自分が作ったキャラがAIプレイヤーになって現れることもあります。最初誰がどこにいるか分からない状態で突然会ったときの喜び!
(ただ副将=Heroesにはカスタムキャラは現れないっぽい。ランダム構成ではないみたいだしどっかに副将リストあるのかな)
そして大体AoW3やってるときはもう片手で3DSでポケモンやってます。孵化作業なので片手です。
今トリトドンをひがしのうみ・特殊受けで厳選しようとしてるのですがミラクル交換で回ってきてたのはにしのうみ・物理受け。色はともかく(にしのうみ遺伝用がちゃんといます)物理受けが今多いのかな・・・物理受けはなんだかんだで何匹か居るんですよ。今厳選済みのボックス半分埋まってますし。(そろそろバランスをとることも考えねば・・・)
一応生活の諸々もなんとか維持・・・できてるのだろうか(汗)
料理だと最近だし茶漬けのバリエーションとポーチドエッグのバリエーションで模索中。
こないだクックパッドで見つけて作ったささみのあれのだし汁のバリエーション(だし茶漬け・おじや風)は楽しかったです。だし汁だけ作っておいてもいいかな。
夕飯のおかずの残りを使ったり、梅干しとか塩昆布(乾燥)とか海苔とか足したり工夫してます。残りご飯が消費できるのはありがたい。
ポーチドエッグは友達に作り方習って以来パンに乗せて塩こしょうするのが多いですが(その際にパンにベジマイト薄く塗るとまたおいしいです)、温泉卵代わりにおそばにのせたりだし茶漬けの具にしたり、今日はご飯にのせて醤油かけて変則卵かけご飯にしました(生食用の卵が容易に手に入らないので)。割と色んなところで使える。
そういえば友達に教わったポーチドエッグの作り方。
お湯を卵の高さよりちょっと深めに入れて沸かし、塩ひとつまみ・酢を卵1つにつき大さじ1杯入れておく。そこに小さい容器に割り入れておいた卵を静かに入れて、火を止めて蓋をして3分~3分半くらい動かさずに待ったら穴あきお玉かなにかで引き上げるだけ。
多分これでいいはず。あんまり早いと卵が固まってない部分もあるので3分半くらいを意識してま
す。酢を入れるとはいえできあがった卵はそういう味はしない(と思う)ので前述の通りいろんなところに使えます。ただ蕎麦にのせる時は固すぎるとちょっと虚しい。
ということで若干スローダウンはしていますがまだまだ大丈夫っちゃあ大丈夫ですかね。
無理して完全ストップしないようちょっとペース落としてぼちぼちできる生活スタイルでよかった。とりあえず寝過ぎないように頑張ります。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 「夢のあとに」(チェロ版)
米Amazonでの録音
紹介待ちの曲がちょっとあるのですが今日は道草。
フォーレを紹介するのは去年のリサイタル以来かな。ただこちらはフォーレの初期のとても有名な作品。
「夢のあとに」はop.7の3曲セットの歌曲のうちの1つなのですが、これだけ抜き出されて歌われたり楽器で弾かれたりすることもあります。(pdf楽譜でお世話になってるIMSLPの当該ページにはテノールサックスとアルトサックスの録音があるみたいですね)
今ちょっと調べたら歌詞になってる詩(元々作者不明のイタリア語の詩をロマン・ビュシーヌがフランス語に訳したっもの)もちょっと素敵な感じなのですが、やっぱりチェロを弾いていた身なのでチェロバージョンが一番だと思ってます。暗さのある深い音で息を超えた長く伸びるメロディーは惚れられずには居られない。
フォーレってソナタとか小品とかチェロのための曲を書いているのですが(手持ちだとこのCDに収録されています)、とにかくチェロにメロディーがしっくりくる。エレジーにしろシシリエンヌにしろ、チェロがチェロとしてものすごく輝いている。
そして歌曲を編曲したこの「夢のあとに」もほんとチェロで歌うように書かれたような感じです。
なんだろうなあこの気持ち。ショスタコ始め他に「これこそチェロの魂!」という作曲家はいるんですが「これこそチェロの歌の魂!」というのはやっぱりフォーレだろうなあ。
こっちでチェロを習うとフォーレのチェロ曲の一番いいところってAMEB試験のグレード7(8+Amus、LMusまである)くらいまでに出尽くしちゃって大学に入ってプロを本格的に目指す頃には通り過ぎちゃってる感があるのですが改めて音楽家として成長して(?)振り返ってみると素晴らしいです。
そういうとこも含めてアンコールにいい曲なんじゃないかな。もっとアンコールで聴きたい。
手持ちのロストロポーヴィチの小品集のCDは日本のAmazonでは見つからなかったのでリンクしたのは米アマゾンでの同じ録音。
あとようつべにもアップされてたのがこちら。ロストロは大曲の演奏もすごいのですが小曲の演奏・チョイスも素敵です。私にとっていつまでも「これこそチェロ」な演奏。
PR
ちょっとAge of Wonders 3関連で本題前に一つ報告。
昨日プレイしててある街を落としたら船の塊(フリゲートが3隻一つのグループに入ってた)が残ってたので攻撃しようとしたらゲームが不安定になって落ちてしまい。
で、もう一回立ち上げたときにちょっとこのアカウントのこのファイル消してみてちょ的なダイアログが出たので(割と何らかのエラーでその対処で直ること多いらしい)やってみたらアカウントに紐付けされてるオートセーブ・クイックセーブ・カスタムキャラが全部消えちゃいました。
どのみちプロフィール関連ファイルが壊れてて消すしかなかったんだけどやっぱりカスタムキャラは数字の組み合わせなりスクショなりで記録を残して、セーブするときも毎ターンのオートセーブ、Ctrl+Sのクイックセーブだけに頼らず手動でメニューからこまめにセーブすることが大事ですね。
(とりあえず記録があった分のカスタムキャラは再現できたので他は今日のブログ書き終わったらちまちま作り直す予定)
さて、Elven Courtキャンペーン第4ミッション。
今回は第2ミッションの終わりでDraconianの国を再建に行ったReskarが戻ってきました・・・が、その前にイントロのストーリー部分がかなり大変なことに。
キャンペーン通じての主人公Sundrenは前作でいうWood elfの母JuliaとDark elfの父Saridasの間に生まれてますが、兄Thannisの死に対する反応が父・母それぞれの種族の方向に行ってしまい。
なんだか気まずい通り超してちょっと家庭崩壊的な方に進みつつあります。しかもただの家庭崩壊でなくせっかく一つになったエルフ族に亀裂が入るような。
Sundrenはしっかりしてるというかそれでも淡々として前向きというか、若干そういうとこが心配になりながらもとりあえずは父の命でキャンペーン初の列島マップへ。
この第4ミッションは海移動が厄介。パーティが船に乗るという行動で1ターン必要なのが一番困る。このずれが戦況を変えるまではいかなくともちょこちょこめんどくさい。
あと海にクラーケンとかベビークラーケンとかちょこちょこ落ちてますがそれはとりあえず放置。ゆっくりプレイするといってもそこまでしない。
今回のミッションの相手は人間の海賊Isabella(多分マルチで見たOscarの親戚)。Sundrenと同じRogueなので種族的にそんな心配することはなけれどRogueならではのせこせこした技には注意が必要(こっちも使うけどね!)
とりあえずユニット寝返らせ系スキルには常に注意(こっちもかけるけどね!)、かかったら即Dispel。リーダーキャラは寝返ると即ミッション敗北なので距離をとることでなんとか回避。
寝返らせ系スキル好きです。SundrenはCharm、NomlikもConvert持ってますし前回ミッションではTheocratのEvangelistユニットでConvertかけまくりました。特に城攻めで相手のユニットをうまく殲滅させられなかったときに至近距離からとどめを刺して、しかも寝返ったユニットをおとりにしたりなんかもできる。運良く生き残ったら戦の後自軍に追加されますしね。(ただしそれはおまけくらいに思ってます)
で、このミッションにはMerlinが現れてそれをきっかけに途中で大きな分岐があります。
(なんだかこのミッションからちょっとストーリー性がぐっと増してちょっとSacrificeのストーリーの流れみたいになってきた感にわくわく。さすがRPG的側面を充実させてきましたねー)
途中で諸々の流れからIsabellaを倒して人間を滅ぼすか(父方面)、それとも人間となんとか和解を試みるか(母方面)を選ぶことに。
このミッションのみならずこれからの展開に大きく影響を及ぼす選択肢ですので、必ずこまめにセーブして2つの分岐に別々のセーブファイルを残すことをおすすめします。
この選択肢によってこの次と次の次に進むミッションが違ってくるのと、あと今まで一緒に旅してきた仲間がこの場で去ることになります。
今までにも伏線がありましたが人間を滅ぼすことにするとハト派のNomlik(Goblin Theocrat)が去り、和解を試みることにするとタカ派のGroshak(Orc Sorcerer)が去ります。
Nomlikは去るときにアイテムを残していきますがGroshakは残していきません(ただこれまで道草あんまり食べないで進んできたにも関わらずアイテムかなりダブってるので大差はないかな)
この2人は使う魔法・スキルの性質も違うのでどっちが抜けてもちょっと不便にはなりますね。
私はハト派ルートを選んだのですが戦場でGroshakの広域魔法がないのはちょっと痛い。ただタカ派ルートを選んでNomlikがいなくなったら今回ユニットで補いにくい回復・Convert要員が一人少なくなってそれも不便。
そして本ミッションのクリア条件もハト派ルート・タカ派ルートで変わってきます。タカ派だとマップの人間の街とか全滅させなきゃいけないので手間はかかりますがでも結局ハト派でも勢力は広げていくのでそんなに変わらないかも。海が多いとはいえ広いマップを回って捜索中の人物を探すにもかなり時間がかかる。今現在半分くらいまだ見えてない部分があります。
今回Rogueクラスを生産できるようにする事を優先したため現在Rogueユニットを中心に生産してます(種族中級ユニットが出来るとこはまだ少ないな)。実際財政・効率はどっちがいいんだかわからないのですがとりあえずAssassinとかBardとか使えるのは嬉しい。まだそんなに使ってませんが。もっと使いこなしたいRogueユニット&スキル。
さて今回はここら辺で。Sundrenが今回選んだ道が面白い展開につながるといいな。とりあえずマップをなんとか開けなくちゃ。
今日の一曲:Age of Wonders 3 サウンドトラックより「Remembering Snowscapes」
(公式がYoutubeにサウンドトラックのプレイリストをアップしてます)
今回Age of Wonders 3(第4作)が11年待ったファンの期待に応えて発売になり、新しい要素やシステムも満載ながら第1作を始め前作に回帰したようなエレメントもあり。
それが顕著に表れてるのがこのデラックス版特典のサウンドトラック。
前作3つのサントラはSteamでセットで買った特典についてくるのですが、タイトルを見比べてみると同じタイトルのもあり、同じでないけどリメイクだと分かるのも有り。(あとAoW3の新しい曲をリメイクしたのもありますよ)
特に第1作と比べるとほんと洗練された音楽になりました。使用サウンドもそうですが曲調もアレンジもハイレベル。デラックス版にしてよかったー。
何回か通して聴いてもこれだ!という曲は見つからなかったのですがあくまでもBGMだしそんなにキャラがたってないほうがいいのかな(結構がっつりですけどね、BGMと考えると)。
そんな中でBGMとしても綺麗だし曲としてもある程度長さと展開と内容があると思ったこのRemembering Snowscapes。第1作のサントラのSnowscapesのリメイクではなさそうですが関係はさていかに。
コード進行とそれを紡ぐアルペジオの音がとても好きです。厳しい冬の地というより美しさが目立つ曲。
この曲を聴くと本作にFrostlingsが種族に入ってないのがとても残念になります。懐かしい。そういう意味でもremembering snowscapes。
そもそもマップで雪山もそんなに見てないですからね。どれくらい出てくるのかな。そしてこの曲はそういうとこで使われてるのか、それとも別の使われ方をしているのか。
さらに果たして(普段音無しでプレイしている)私は運良くこの曲が使われてるのに出会えるのか。
ちなみにデラックス版の特典はこのサントラの他にマルチプレイヤー用の特大マップがあります。まだマップの中身は見てないのですがマップ説明に「超でかいよ!」(意訳)と注意があるので相当でかいマップみたいです。プレイ&クリアした人はいるのかな。
(もはや今日の一曲の話でもない・・・でもデラックス版おすすめです)
昨日プレイしててある街を落としたら船の塊(フリゲートが3隻一つのグループに入ってた)が残ってたので攻撃しようとしたらゲームが不安定になって落ちてしまい。
で、もう一回立ち上げたときにちょっとこのアカウントのこのファイル消してみてちょ的なダイアログが出たので(割と何らかのエラーでその対処で直ること多いらしい)やってみたらアカウントに紐付けされてるオートセーブ・クイックセーブ・カスタムキャラが全部消えちゃいました。
どのみちプロフィール関連ファイルが壊れてて消すしかなかったんだけどやっぱりカスタムキャラは数字の組み合わせなりスクショなりで記録を残して、セーブするときも毎ターンのオートセーブ、Ctrl+Sのクイックセーブだけに頼らず手動でメニューからこまめにセーブすることが大事ですね。
(とりあえず記録があった分のカスタムキャラは再現できたので他は今日のブログ書き終わったらちまちま作り直す予定)
さて、Elven Courtキャンペーン第4ミッション。
今回は第2ミッションの終わりでDraconianの国を再建に行ったReskarが戻ってきました・・・が、その前にイントロのストーリー部分がかなり大変なことに。
キャンペーン通じての主人公Sundrenは前作でいうWood elfの母JuliaとDark elfの父Saridasの間に生まれてますが、兄Thannisの死に対する反応が父・母それぞれの種族の方向に行ってしまい。
なんだか気まずい通り超してちょっと家庭崩壊的な方に進みつつあります。しかもただの家庭崩壊でなくせっかく一つになったエルフ族に亀裂が入るような。
Sundrenはしっかりしてるというかそれでも淡々として前向きというか、若干そういうとこが心配になりながらもとりあえずは父の命でキャンペーン初の列島マップへ。
この第4ミッションは海移動が厄介。パーティが船に乗るという行動で1ターン必要なのが一番困る。このずれが戦況を変えるまではいかなくともちょこちょこめんどくさい。
あと海にクラーケンとかベビークラーケンとかちょこちょこ落ちてますがそれはとりあえず放置。ゆっくりプレイするといってもそこまでしない。
今回のミッションの相手は人間の海賊Isabella(多分マルチで見たOscarの親戚)。Sundrenと同じRogueなので種族的にそんな心配することはなけれどRogueならではのせこせこした技には注意が必要(こっちも使うけどね!)
とりあえずユニット寝返らせ系スキルには常に注意(こっちもかけるけどね!)、かかったら即Dispel。リーダーキャラは寝返ると即ミッション敗北なので距離をとることでなんとか回避。
寝返らせ系スキル好きです。SundrenはCharm、NomlikもConvert持ってますし前回ミッションではTheocratのEvangelistユニットでConvertかけまくりました。特に城攻めで相手のユニットをうまく殲滅させられなかったときに至近距離からとどめを刺して、しかも寝返ったユニットをおとりにしたりなんかもできる。運良く生き残ったら戦の後自軍に追加されますしね。(ただしそれはおまけくらいに思ってます)
で、このミッションにはMerlinが現れてそれをきっかけに途中で大きな分岐があります。
(なんだかこのミッションからちょっとストーリー性がぐっと増してちょっとSacrificeのストーリーの流れみたいになってきた感にわくわく。さすがRPG的側面を充実させてきましたねー)
途中で諸々の流れからIsabellaを倒して人間を滅ぼすか(父方面)、それとも人間となんとか和解を試みるか(母方面)を選ぶことに。
このミッションのみならずこれからの展開に大きく影響を及ぼす選択肢ですので、必ずこまめにセーブして2つの分岐に別々のセーブファイルを残すことをおすすめします。
この選択肢によってこの次と次の次に進むミッションが違ってくるのと、あと今まで一緒に旅してきた仲間がこの場で去ることになります。
今までにも伏線がありましたが人間を滅ぼすことにするとハト派のNomlik(Goblin Theocrat)が去り、和解を試みることにするとタカ派のGroshak(Orc Sorcerer)が去ります。
Nomlikは去るときにアイテムを残していきますがGroshakは残していきません(ただこれまで道草あんまり食べないで進んできたにも関わらずアイテムかなりダブってるので大差はないかな)
この2人は使う魔法・スキルの性質も違うのでどっちが抜けてもちょっと不便にはなりますね。
私はハト派ルートを選んだのですが戦場でGroshakの広域魔法がないのはちょっと痛い。ただタカ派ルートを選んでNomlikがいなくなったら今回ユニットで補いにくい回復・Convert要員が一人少なくなってそれも不便。
そして本ミッションのクリア条件もハト派ルート・タカ派ルートで変わってきます。タカ派だとマップの人間の街とか全滅させなきゃいけないので手間はかかりますがでも結局ハト派でも勢力は広げていくのでそんなに変わらないかも。海が多いとはいえ広いマップを回って捜索中の人物を探すにもかなり時間がかかる。今現在半分くらいまだ見えてない部分があります。
今回Rogueクラスを生産できるようにする事を優先したため現在Rogueユニットを中心に生産してます(種族中級ユニットが出来るとこはまだ少ないな)。実際財政・効率はどっちがいいんだかわからないのですがとりあえずAssassinとかBardとか使えるのは嬉しい。まだそんなに使ってませんが。もっと使いこなしたいRogueユニット&スキル。
さて今回はここら辺で。Sundrenが今回選んだ道が面白い展開につながるといいな。とりあえずマップをなんとか開けなくちゃ。
今日の一曲:Age of Wonders 3 サウンドトラックより「Remembering Snowscapes」
(公式がYoutubeにサウンドトラックのプレイリストをアップしてます)
今回Age of Wonders 3(第4作)が11年待ったファンの期待に応えて発売になり、新しい要素やシステムも満載ながら第1作を始め前作に回帰したようなエレメントもあり。
それが顕著に表れてるのがこのデラックス版特典のサウンドトラック。
前作3つのサントラはSteamでセットで買った特典についてくるのですが、タイトルを見比べてみると同じタイトルのもあり、同じでないけどリメイクだと分かるのも有り。(あとAoW3の新しい曲をリメイクしたのもありますよ)
特に第1作と比べるとほんと洗練された音楽になりました。使用サウンドもそうですが曲調もアレンジもハイレベル。デラックス版にしてよかったー。
何回か通して聴いてもこれだ!という曲は見つからなかったのですがあくまでもBGMだしそんなにキャラがたってないほうがいいのかな(結構がっつりですけどね、BGMと考えると)。
そんな中でBGMとしても綺麗だし曲としてもある程度長さと展開と内容があると思ったこのRemembering Snowscapes。第1作のサントラのSnowscapesのリメイクではなさそうですが関係はさていかに。
コード進行とそれを紡ぐアルペジオの音がとても好きです。厳しい冬の地というより美しさが目立つ曲。
この曲を聴くと本作にFrostlingsが種族に入ってないのがとても残念になります。懐かしい。そういう意味でもremembering snowscapes。
そもそもマップで雪山もそんなに見てないですからね。どれくらい出てくるのかな。そしてこの曲はそういうとこで使われてるのか、それとも別の使われ方をしているのか。
さらに果たして(普段音無しでプレイしている)私は運良くこの曲が使われてるのに出会えるのか。
ちなみにデラックス版の特典はこのサントラの他にマルチプレイヤー用の特大マップがあります。まだマップの中身は見てないのですがマップ説明に「超でかいよ!」(意訳)と注意があるので相当でかいマップみたいです。プレイ&クリアした人はいるのかな。
(もはや今日の一曲の話でもない・・・でもデラックス版おすすめです)
いきなりですが問題。
自殺に関する次の記述は本当でしょうか、根拠ない誤解でしょうか。
(1)自殺は生きる勇気がない臆病者のすることである。
(2)自殺の多くは衝動的なものである。
(3)自殺者の多くは遺書を残す。
(4)人が亡くなった場所の現場検証から死因が自殺でないことがわかる。
(5)10歳未満の子供が自殺することはない。
答えは5つ全て「根拠ない誤解」です。
「自殺」という行為は多くの文化・宗教でタブーとされていて精神医学的な研究も難しいところが多く、これまで自殺について人々が抱いてきたイメージは根拠に乏しいことがだんだん研究で分かってきています。
その様々な誤解を考察し、一つ一つ丁寧に解いていくのがこの本。
著者Thomas Joinerは精神医学の中でも自殺にフォーカスした研究者で、父を自殺で亡くしている遺族でもあります(ちなみに自殺の研究に注力したのは父が亡くなる前で特にそれと関係はないそう)。
ちょっと注意した方がいいと思うのがこの本には実際の自殺のケースや方法についての記述があること。読んでて結構しんどいところありました。実際しんどい話は避けて通れないトピックですし、データや研究の結果だけでなく実際のケースを紹介することで厳しい現実が目の前につきつけられる。
ただこれまで積み重ねてきた研究の結果やデータを存分に使っての誤解への反論とはいえ、それだけではないのがこの本の強み。個々のケースの扱いで自殺が一般論で語れないものであること、人間の死であることになんら変わりないことの重要さが強調されています。(ただし自殺という行為にある程度共通する要素ももちろんあって、繰り返し強調されています)
自殺についてこの本で紹介されているような誤解はそもそもどうして浸透してしまってるかというとなんとなくそう見える・解釈できるからだったり、フィクションの作品からの印象だったりメディアの報道の仕方だったり、様々な原因があります。
(ただフィクションでの自殺の扱いについてはポジティブなものもあり、その少ないケースはかなり意外な形と切り口で結構びっくりしました)
自殺を実際は関連のない要素と結びつけたり、一部のインパクトがあるケースを自殺全体に一般論として当てはめたりして作られたそんな誤解を著者はこれまでに積み重ねられた研究結果で反論していきます。
この本が書かれたのは2010年ですがオーストラリア含め色んな国で調査・研究したデータが集まってきていて全貌が明らかになりつつある部分がちょこちょこあるのが読んでいて分かります。(そして困難もあるであろうその研究方法にも言及があるのがまた良い)
そして「一見関連あるような要素の関連性を否定する」科学的なプロセスがしっかり書いてあるのもこの本の特徴。自殺に限らずそういった考え方、分析方法について学ぶことも多いです。
さらに各項における考察や説明の充実はもちろん、章や項の順番がうまいことなっていて前に言及されたケースや概念を交えて編み込んでいくみたいな全体通しての流れがあり。こういう本でもなかなかそこまでの構成は見たことがない。
この本で問題提起されているのがこういった「誤解」が自殺に対する根強いスティグマや偏見につながっていること。
様々な誤解について読んでると自殺に関して当事者でない人は自殺を遠く他人事として遠ざけて忌みたいんだなあ、と思います。自殺のケース一つ一つを見ず、一般論としてイメージだけで語って現実がどうかを見ない、自分のいる世界には起こらないことにしてしまう。
でもそれはこの本の中で何度も言及されているように人間が死に自ら向き合うのはものすごく恐ろしい事で、著者が強調するとおりその「恐れ」は正常であり取っ払ってはいけないもの。でもだからといって偏見が正当化されるわけでも正しい理解が通らないわけでもありません。
あとはこの本で自殺に関してカバーしてるトピックの幅もすごいです。
例えば子供の自殺についてだったり(しんどいけど興味深い)、人間以外の生物における自殺的行動(動物だけでなく植物にも言及あり)、自殺の好発時期、そして自殺テロリストは自殺として扱われるべきかという話も(この話はとても面白かったです)。
それから印象に残ってるのが睡眠と自殺の関連を考察する項。睡眠障害は鬱を始め様々な精神疾患に関連していますが、その様々な要素を取り除いて「自殺そのもの」と「睡眠障害」の関連性を調べた徹底さ。実際関連があるという結果、そしてどうしてそうなるのかの理由まで含めて興味深かったです。
長々と書いていますが心の底から大事だと思える本でした。
それは当事者としてこういう誤解が現実そうでないことを経験で分かっていても説明ができないのをしっかり科学的に説明してくれるから、というのもありますし、自殺について興味を持つ(自殺願望ではなく)のはタブーでも悪でもないというのが分かるってのもありますし、でも何よりものすごく!勉強になるのと、このアングルでしか見られない人間の深いところを垣間見るようで面白いのと。
でもこういう本ってなかなか広くは読まれない性質なんですよねえ・・・
後で貼るAmazonのリンク先のレビューだと評価高いのですが読者が当事者・なんらかの関係者に偏ってる=すでにある程度知識を得てる層に偏ってる可能性もありますし。
私も当事者だからこの本を手にとって、自殺について知ることに躊躇いがなくすんなり触れられたところもあり(ただ当事者だからこそのしんどさはありました)。前述の通り自殺というものに近づくのさえ恐怖を伴うのが自然な反応ですしね。
さらに内容の濃さとかアカデミックな内容の密度もそうですし、さっと読んですっと理解できるようなものではなく。
ただ前述のようにフィクション作品とかメディアがある程度間違ったイメージ作りに荷担してる部分があるという記述があって特にそっち方面の人にもっと読んでもらえればなあ、と思うのですが。
メンタルヘルス関連全般まだまだ当事者とそうでない人の間に壁があるけど自殺に関しては特にハードル高いんだろうな・・・
面白い本ですよ。さっき書きましたが一見関連してる要素の関連性を否定するケースの良い例になってますし。たとえ「自分は誤解してない」と思ってる人でも最近の研究から分かったこととかで新しく知ることがあるはず。
もっとこの大事な本を広く読んでもらえる術はないのかな。
今日の一曲はお休み。
自殺に関する次の記述は本当でしょうか、根拠ない誤解でしょうか。
(1)自殺は生きる勇気がない臆病者のすることである。
(2)自殺の多くは衝動的なものである。
(3)自殺者の多くは遺書を残す。
(4)人が亡くなった場所の現場検証から死因が自殺でないことがわかる。
(5)10歳未満の子供が自殺することはない。
答えは5つ全て「根拠ない誤解」です。
「自殺」という行為は多くの文化・宗教でタブーとされていて精神医学的な研究も難しいところが多く、これまで自殺について人々が抱いてきたイメージは根拠に乏しいことがだんだん研究で分かってきています。
その様々な誤解を考察し、一つ一つ丁寧に解いていくのがこの本。
著者Thomas Joinerは精神医学の中でも自殺にフォーカスした研究者で、父を自殺で亡くしている遺族でもあります(ちなみに自殺の研究に注力したのは父が亡くなる前で特にそれと関係はないそう)。
ちょっと注意した方がいいと思うのがこの本には実際の自殺のケースや方法についての記述があること。読んでて結構しんどいところありました。実際しんどい話は避けて通れないトピックですし、データや研究の結果だけでなく実際のケースを紹介することで厳しい現実が目の前につきつけられる。
ただこれまで積み重ねてきた研究の結果やデータを存分に使っての誤解への反論とはいえ、それだけではないのがこの本の強み。個々のケースの扱いで自殺が一般論で語れないものであること、人間の死であることになんら変わりないことの重要さが強調されています。(ただし自殺という行為にある程度共通する要素ももちろんあって、繰り返し強調されています)
自殺についてこの本で紹介されているような誤解はそもそもどうして浸透してしまってるかというとなんとなくそう見える・解釈できるからだったり、フィクションの作品からの印象だったりメディアの報道の仕方だったり、様々な原因があります。
(ただフィクションでの自殺の扱いについてはポジティブなものもあり、その少ないケースはかなり意外な形と切り口で結構びっくりしました)
自殺を実際は関連のない要素と結びつけたり、一部のインパクトがあるケースを自殺全体に一般論として当てはめたりして作られたそんな誤解を著者はこれまでに積み重ねられた研究結果で反論していきます。
この本が書かれたのは2010年ですがオーストラリア含め色んな国で調査・研究したデータが集まってきていて全貌が明らかになりつつある部分がちょこちょこあるのが読んでいて分かります。(そして困難もあるであろうその研究方法にも言及があるのがまた良い)
そして「一見関連あるような要素の関連性を否定する」科学的なプロセスがしっかり書いてあるのもこの本の特徴。自殺に限らずそういった考え方、分析方法について学ぶことも多いです。
さらに各項における考察や説明の充実はもちろん、章や項の順番がうまいことなっていて前に言及されたケースや概念を交えて編み込んでいくみたいな全体通しての流れがあり。こういう本でもなかなかそこまでの構成は見たことがない。
この本で問題提起されているのがこういった「誤解」が自殺に対する根強いスティグマや偏見につながっていること。
様々な誤解について読んでると自殺に関して当事者でない人は自殺を遠く他人事として遠ざけて忌みたいんだなあ、と思います。自殺のケース一つ一つを見ず、一般論としてイメージだけで語って現実がどうかを見ない、自分のいる世界には起こらないことにしてしまう。
でもそれはこの本の中で何度も言及されているように人間が死に自ら向き合うのはものすごく恐ろしい事で、著者が強調するとおりその「恐れ」は正常であり取っ払ってはいけないもの。でもだからといって偏見が正当化されるわけでも正しい理解が通らないわけでもありません。
あとはこの本で自殺に関してカバーしてるトピックの幅もすごいです。
例えば子供の自殺についてだったり(しんどいけど興味深い)、人間以外の生物における自殺的行動(動物だけでなく植物にも言及あり)、自殺の好発時期、そして自殺テロリストは自殺として扱われるべきかという話も(この話はとても面白かったです)。
それから印象に残ってるのが睡眠と自殺の関連を考察する項。睡眠障害は鬱を始め様々な精神疾患に関連していますが、その様々な要素を取り除いて「自殺そのもの」と「睡眠障害」の関連性を調べた徹底さ。実際関連があるという結果、そしてどうしてそうなるのかの理由まで含めて興味深かったです。
長々と書いていますが心の底から大事だと思える本でした。
それは当事者としてこういう誤解が現実そうでないことを経験で分かっていても説明ができないのをしっかり科学的に説明してくれるから、というのもありますし、自殺について興味を持つ(自殺願望ではなく)のはタブーでも悪でもないというのが分かるってのもありますし、でも何よりものすごく!勉強になるのと、このアングルでしか見られない人間の深いところを垣間見るようで面白いのと。
でもこういう本ってなかなか広くは読まれない性質なんですよねえ・・・
後で貼るAmazonのリンク先のレビューだと評価高いのですが読者が当事者・なんらかの関係者に偏ってる=すでにある程度知識を得てる層に偏ってる可能性もありますし。
私も当事者だからこの本を手にとって、自殺について知ることに躊躇いがなくすんなり触れられたところもあり(ただ当事者だからこそのしんどさはありました)。前述の通り自殺というものに近づくのさえ恐怖を伴うのが自然な反応ですしね。
さらに内容の濃さとかアカデミックな内容の密度もそうですし、さっと読んですっと理解できるようなものではなく。
ただ前述のようにフィクション作品とかメディアがある程度間違ったイメージ作りに荷担してる部分があるという記述があって特にそっち方面の人にもっと読んでもらえればなあ、と思うのですが。
メンタルヘルス関連全般まだまだ当事者とそうでない人の間に壁があるけど自殺に関しては特にハードル高いんだろうな・・・
面白い本ですよ。さっき書きましたが一見関連してる要素の関連性を否定するケースの良い例になってますし。たとえ「自分は誤解してない」と思ってる人でも最近の研究から分かったこととかで新しく知ることがあるはず。
もっとこの大事な本を広く読んでもらえる術はないのかな。
今日の一曲はお休み。
11月にポケモン新作発売ということでテンション上がるよりなにより教え技の復活を祈るのに忙しい今日この頃です。ブラッキーのイカサマとウルガモスのギガドレイン解禁してくれー(汗)
メルボルンはすっかり秋も深まりだんだん冬眠気味担ってきましたがちょこちょこ外に出る用事があってなんとか活動レベルをある程度保っています。(ただ出かけるのは夜が多いので日光はそんなに摂れてないかも)
そんな外に出る用事の一つとして昨日コンサートに行ってきました。
ここ数年Melbourne Recital Centre(MRC)では国立音楽アカデミー(ANAM)と共催?でAustralian Voicesというシリーズをちょこちょこ開催しています。Australian Voicesはオーストラリアの作曲家一人一人にスポットライトを当てて同じオーストラリアの音楽家がcuratorとして企画した1時間ほどのコンサートをMRCのサロンで開催、国立アカデミーの生徒たちが作曲家と一緒にワークして演奏を作る、というプロジェクト。
もちろん存命の作曲家がフィーチャーされることが多く、実際に作曲家自身が州外からコンサートに同席することもよくあります。
今回のAustralian Voicesコンサートはメルボルンの作曲家、Stuart Grenbaum(公式サイトはこちら、Australian Music Centreでのページはこちら)のコンサートでした。
メルボルン大学では作曲科の一番偉い先生で、昨年にはGrigoryan Brothersのコンサートで作品を聴いた作曲家。
以前も書いた話ですが私が大学に在学していたときはStuartは作曲科の生徒のオケ作品にチェレスタを使うよう促してくれて(結果なかなか素敵なチェレスタパートができました)、そういう縁というか恩もあったり。
そんなことで聴きに行った昨日のコンサートのプログラムはこんな感じでした。
Australian Voices: Stuart Greenbaum
(演奏:ANAM在学生)
Nine Candles for Dark Nights(2005年)(ハープ独奏)
Four Finalities(2012年)(女声、コールアングレとハープのための歌曲)
Mondrian Interiors(2007年)(ハープ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットとピアノのための室内楽曲)
上記の通り全部の曲にハープが入っています。そして3つの曲が切れ目なく演奏されるためステージにはハープが3台(!)、2人の奏者によって奏でられました。
Greenbaumの曲はミニマルミュージックにちょっと通じるような回る・巡る繰り返しがあって、独特の空間、時間の世界が魅力的なのですがハープという楽器の音質や余韻はその表現にぴったりだと思いました。そんなハープが3曲違う形で使われてるのもまた面白い。
Nine Candles for Dark Nightsではマッチを擦る音を弦をこする音で表したり、音と音の間の空間や静寂を感じたり、決して色彩豊かとは言いませんが白黒の絵や色数が限られている写真のようで、ハープ一台でこんな世界が創れるのにびっくり。
今回のコンサートで一番すごいと思ったのが歌曲「Four Finalities」。Ross Baglin(Greenbaumは以前にも彼の文を題材として音楽を書いています)の詩を歌詞とした歌曲です。
歌ももちろんですし、伴奏や描写を担うハープも凄かったのですが何よりコールアングレですよ。その美しい音色でメロディーを歌い上げるために作られたようなオーボエの大きめな弟分、コールアングレが特に得意とするメランコリックな旋律を表情豊かに歌い上げるのの格好良さ。このパートがなかなか一筋縄ではいかなくてまた良い感じなんですよ。惚れます。(同時にこの楽器を操ることがそもそもものすごく難しいんだな、ということを改めて感じました。オーボエは弾いたことあるのですがコールには触ったことないので忘れるんです)
そして室内楽曲「Mondrian Interiors」。インスピレーションになったのがロンドンのTate Galleryで見たオランダの芸術家Piet Mondrianの作品だそうです。(Tate Galleryはアルヴォ・ペルトのLamentateのインスピレーションになった場所でもありますね)
ちなみにこの曲木管五重奏からフルートが抜けてピアノ・ハープが加わったちょっと変わった編成。ハープとピアノは一見似たような役割の楽器ですがしっかり棲み分けできてて、それも2人でタッグを組む面白さもあり。そして木管(+ホルン)ホルン方面はちょうどオーボエとクラリネット、ホルンとファゴットに分かれるところがあって木管五重奏とはまた動き方が違う。
8つの楽章それぞれで異なった楽器の組み合わせとキャラクターが味わえるこの曲。少ない楽器で前述の空間・時間を感じる楽章もありましたが一番印象に残ったのはハープ以外の全員が演奏する激しい曲調の第5楽章。質感がものすごく視覚的で(テクスチュア!という感じ)動きのエネルギーがすごい。特にオーボエが(あの歌い上げるのが好きな楽器が)全ての音を超えて「叫ぶ」のがすごかった。そういうオーボエも最高にかっこいいです。惚れ直しました。
Stuart Greenbaumの音楽について空間・時間の魅力を先ほど書きましたが、もう一つ。
彼の音楽は例えばちょっとジャズとかイギリス音楽とかミニマルミュージックが半分ネイティブに混ざっているような、比較的聴きやすいハーモニーも相まってどこか懐かしくて親しみがあるような雰囲気があるのですが、それでも独特の音楽のスタイルであること。
その新鮮で心地よいところがある音楽が作る空間、そして刻む時間は壮大ではないけどとても大事に感じます。
そんなことを言っておきながら今回のコンサートで演奏された曲(CDにそもそも収録されているのだろうか)は持ってないし、iTunesのライブラリには2曲しかGreenbaumの曲を持ってないことが判明。これはいけない。
ただ大学の図書館ではGreenbaumの曲が入ってるCDは学生でないカードじゃ借りられないものばっかりで頭を抱えざるを得ない状態。そのうちゆっくり探して入手したいです。
ちなみに手元にある曲はピアノ2台のためのEquator Loops(なんかオーストラリアのピアノ曲集らしきCDの一部だけ手元にある)、そして以前購入したHush FoundationのCD「Magic Island」(引き続き販売してますよ!)に入ってたオケのためのCity Lights, A Mile Up。
どちらも好きな曲です。なのでもっとGreenbaumの曲を知りたいしその作曲のアイディアに関する話も知りたいです。
今日の一曲はお休み。ただ前述「Magic Island」の「City lights, a mile up」とその他オーストラリアの作曲家の素晴らしい音楽を是非試聴してみて欲しいです。(今後改めて上記2曲どっちか紹介します!)
メルボルンはすっかり秋も深まりだんだん冬眠気味担ってきましたがちょこちょこ外に出る用事があってなんとか活動レベルをある程度保っています。(ただ出かけるのは夜が多いので日光はそんなに摂れてないかも)
そんな外に出る用事の一つとして昨日コンサートに行ってきました。
ここ数年Melbourne Recital Centre(MRC)では国立音楽アカデミー(ANAM)と共催?でAustralian Voicesというシリーズをちょこちょこ開催しています。Australian Voicesはオーストラリアの作曲家一人一人にスポットライトを当てて同じオーストラリアの音楽家がcuratorとして企画した1時間ほどのコンサートをMRCのサロンで開催、国立アカデミーの生徒たちが作曲家と一緒にワークして演奏を作る、というプロジェクト。
もちろん存命の作曲家がフィーチャーされることが多く、実際に作曲家自身が州外からコンサートに同席することもよくあります。
今回のAustralian Voicesコンサートはメルボルンの作曲家、Stuart Grenbaum(公式サイトはこちら、Australian Music Centreでのページはこちら)のコンサートでした。
メルボルン大学では作曲科の一番偉い先生で、昨年にはGrigoryan Brothersのコンサートで作品を聴いた作曲家。
以前も書いた話ですが私が大学に在学していたときはStuartは作曲科の生徒のオケ作品にチェレスタを使うよう促してくれて(結果なかなか素敵なチェレスタパートができました)、そういう縁というか恩もあったり。
そんなことで聴きに行った昨日のコンサートのプログラムはこんな感じでした。
Australian Voices: Stuart Greenbaum
(演奏:ANAM在学生)
Nine Candles for Dark Nights(2005年)(ハープ独奏)
Four Finalities(2012年)(女声、コールアングレとハープのための歌曲)
Mondrian Interiors(2007年)(ハープ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットとピアノのための室内楽曲)
上記の通り全部の曲にハープが入っています。そして3つの曲が切れ目なく演奏されるためステージにはハープが3台(!)、2人の奏者によって奏でられました。
Greenbaumの曲はミニマルミュージックにちょっと通じるような回る・巡る繰り返しがあって、独特の空間、時間の世界が魅力的なのですがハープという楽器の音質や余韻はその表現にぴったりだと思いました。そんなハープが3曲違う形で使われてるのもまた面白い。
Nine Candles for Dark Nightsではマッチを擦る音を弦をこする音で表したり、音と音の間の空間や静寂を感じたり、決して色彩豊かとは言いませんが白黒の絵や色数が限られている写真のようで、ハープ一台でこんな世界が創れるのにびっくり。
今回のコンサートで一番すごいと思ったのが歌曲「Four Finalities」。Ross Baglin(Greenbaumは以前にも彼の文を題材として音楽を書いています)の詩を歌詞とした歌曲です。
歌ももちろんですし、伴奏や描写を担うハープも凄かったのですが何よりコールアングレですよ。その美しい音色でメロディーを歌い上げるために作られたようなオーボエの大きめな弟分、コールアングレが特に得意とするメランコリックな旋律を表情豊かに歌い上げるのの格好良さ。このパートがなかなか一筋縄ではいかなくてまた良い感じなんですよ。惚れます。(同時にこの楽器を操ることがそもそもものすごく難しいんだな、ということを改めて感じました。オーボエは弾いたことあるのですがコールには触ったことないので忘れるんです)
そして室内楽曲「Mondrian Interiors」。インスピレーションになったのがロンドンのTate Galleryで見たオランダの芸術家Piet Mondrianの作品だそうです。(Tate Galleryはアルヴォ・ペルトのLamentateのインスピレーションになった場所でもありますね)
ちなみにこの曲木管五重奏からフルートが抜けてピアノ・ハープが加わったちょっと変わった編成。ハープとピアノは一見似たような役割の楽器ですがしっかり棲み分けできてて、それも2人でタッグを組む面白さもあり。そして木管(+ホルン)ホルン方面はちょうどオーボエとクラリネット、ホルンとファゴットに分かれるところがあって木管五重奏とはまた動き方が違う。
8つの楽章それぞれで異なった楽器の組み合わせとキャラクターが味わえるこの曲。少ない楽器で前述の空間・時間を感じる楽章もありましたが一番印象に残ったのはハープ以外の全員が演奏する激しい曲調の第5楽章。質感がものすごく視覚的で(テクスチュア!という感じ)動きのエネルギーがすごい。特にオーボエが(あの歌い上げるのが好きな楽器が)全ての音を超えて「叫ぶ」のがすごかった。そういうオーボエも最高にかっこいいです。惚れ直しました。
Stuart Greenbaumの音楽について空間・時間の魅力を先ほど書きましたが、もう一つ。
彼の音楽は例えばちょっとジャズとかイギリス音楽とかミニマルミュージックが半分ネイティブに混ざっているような、比較的聴きやすいハーモニーも相まってどこか懐かしくて親しみがあるような雰囲気があるのですが、それでも独特の音楽のスタイルであること。
その新鮮で心地よいところがある音楽が作る空間、そして刻む時間は壮大ではないけどとても大事に感じます。
そんなことを言っておきながら今回のコンサートで演奏された曲(CDにそもそも収録されているのだろうか)は持ってないし、iTunesのライブラリには2曲しかGreenbaumの曲を持ってないことが判明。これはいけない。
ただ大学の図書館ではGreenbaumの曲が入ってるCDは学生でないカードじゃ借りられないものばっかりで頭を抱えざるを得ない状態。そのうちゆっくり探して入手したいです。
ちなみに手元にある曲はピアノ2台のためのEquator Loops(なんかオーストラリアのピアノ曲集らしきCDの一部だけ手元にある)、そして以前購入したHush FoundationのCD「Magic Island」(引き続き販売してますよ!)に入ってたオケのためのCity Lights, A Mile Up。
どちらも好きな曲です。なのでもっとGreenbaumの曲を知りたいしその作曲のアイディアに関する話も知りたいです。
今日の一曲はお休み。ただ前述「Magic Island」の「City lights, a mile up」とその他オーストラリアの作曲家の素晴らしい音楽を是非試聴してみて欲しいです。(今後改めて上記2曲どっちか紹介します!)
昨日のリハーサル、一音も弾きませんでした!(笑)
要するに第3楽章リハーサルし始めたのはいいけど前半だけで終わってしまったということで。
そりゃリハーサルプランニングに難があったわけでちょっとは怒りますが自分のパートの性質からして十分ありえることですしまあしょうがないっちゃあしょうがない。
そしてやってる曲がヴォーン=ウィリアムズで、弾いてなくとも実地で聞いてて楽しいし興味深いのでそれでちょっと許しちゃうようなところもあり。
来週はリハーサルなしですが再来週はちょっとくらい弾けるといいな。
さて、なかなか読書の余裕がなかったりなんだりで読むのに2年くらいかかってしまったこの本の感想をやっとこさ書きたいと思います。
どうして人間は(その人生・生存に必ずしも必要なものではない)音楽にこんなにも惹かれるのか、を音楽の性質、人間の脳の性質、そして進化の観点から探索する本。
音楽と心理学・脳(認知科学・神経学)をテーマとした本は増えてきてはいるのかな。そんなに多くはないみたいですが。以前紹介したOliver Sacksの「Musicophilia」は音楽方面も認知科学方面もある程度知識があった方が望ましいようなところがある(と振り返って思う)のですが、この本はどっちの分野も噛み砕いて説明しています。
特に最初の何章かは音楽の各要素(音程、リズムなど)について説明したりが多く、ある程度背景知識があるとちっとも話が進まない(汗)という部分があるのですが、逆に(どっちの分野も)「当該エリアの知識がある人がない人にどう説明するか」という勉強になったりします。
この本で注目すべきは文中で例として特定の曲を言及するときにクラシックの曲以外も引き合いに出すところ。これは著者の音楽的なバックグラウンドもあるのですが、音楽の基本的な要素やコンセプトを説明するのにポピュラー音楽の方が向いてること(知名度とは別に)って結構あるので。
それから音楽についての書籍で一つ問題なのが普段口頭で音楽の説明をするときと違って本の中では鼻歌(説明するのにかなり有用)が歌えないという点なのですがこの本の著者は半ば無理矢理鼻歌歌ってる箇所もあります。伝わってるのかなー。
音楽と人間(とその脳)の関係について様々なトピックを扱っているこの本ですが、各章の内容の中心となるのは研究で分かったことだけでなく実際の患者・音楽家を観察したり対話した体験、他の研究者との対話なんかも重要になっています。本題とは離れますがそういう研究者同士の協力もちょっと面白い。
内容に関して私が一番面白いと思ったのが音楽の才能や資質について探る第7章、そして音楽の好みとその形成について考察する第8章。特に第8章は色々断片的に知ってたり思ったりしたことが形になった感があって、人間と音楽の関係についてもう一回ちょっと考えてみたいと思いました。(音楽の印象を左右する要素の話だったり、あと著者がワーグナーの音楽が嫌いなメカニズムの話も面白かったです)。
最近日本で連休があったのでちょっと仕事が途切れてまして、その隙にとまた本を読み始めました。メンタルヘルス、中でも自殺に関しての本です。これも終わったら感想書く予定なのでとりあえず読み進めます。
今日の一曲はお休み。AoW3のサントラからも紹介してませんでしたね。準備しないと。
要するに第3楽章リハーサルし始めたのはいいけど前半だけで終わってしまったということで。
そりゃリハーサルプランニングに難があったわけでちょっとは怒りますが自分のパートの性質からして十分ありえることですしまあしょうがないっちゃあしょうがない。
そしてやってる曲がヴォーン=ウィリアムズで、弾いてなくとも実地で聞いてて楽しいし興味深いのでそれでちょっと許しちゃうようなところもあり。
来週はリハーサルなしですが再来週はちょっとくらい弾けるといいな。
さて、なかなか読書の余裕がなかったりなんだりで読むのに2年くらいかかってしまったこの本の感想をやっとこさ書きたいと思います。
どうして人間は(その人生・生存に必ずしも必要なものではない)音楽にこんなにも惹かれるのか、を音楽の性質、人間の脳の性質、そして進化の観点から探索する本。
音楽と心理学・脳(認知科学・神経学)をテーマとした本は増えてきてはいるのかな。そんなに多くはないみたいですが。以前紹介したOliver Sacksの「Musicophilia」は音楽方面も認知科学方面もある程度知識があった方が望ましいようなところがある(と振り返って思う)のですが、この本はどっちの分野も噛み砕いて説明しています。
特に最初の何章かは音楽の各要素(音程、リズムなど)について説明したりが多く、ある程度背景知識があるとちっとも話が進まない(汗)という部分があるのですが、逆に(どっちの分野も)「当該エリアの知識がある人がない人にどう説明するか」という勉強になったりします。
この本で注目すべきは文中で例として特定の曲を言及するときにクラシックの曲以外も引き合いに出すところ。これは著者の音楽的なバックグラウンドもあるのですが、音楽の基本的な要素やコンセプトを説明するのにポピュラー音楽の方が向いてること(知名度とは別に)って結構あるので。
それから音楽についての書籍で一つ問題なのが普段口頭で音楽の説明をするときと違って本の中では鼻歌(説明するのにかなり有用)が歌えないという点なのですがこの本の著者は半ば無理矢理鼻歌歌ってる箇所もあります。伝わってるのかなー。
音楽と人間(とその脳)の関係について様々なトピックを扱っているこの本ですが、各章の内容の中心となるのは研究で分かったことだけでなく実際の患者・音楽家を観察したり対話した体験、他の研究者との対話なんかも重要になっています。本題とは離れますがそういう研究者同士の協力もちょっと面白い。
内容に関して私が一番面白いと思ったのが音楽の才能や資質について探る第7章、そして音楽の好みとその形成について考察する第8章。特に第8章は色々断片的に知ってたり思ったりしたことが形になった感があって、人間と音楽の関係についてもう一回ちょっと考えてみたいと思いました。(音楽の印象を左右する要素の話だったり、あと著者がワーグナーの音楽が嫌いなメカニズムの話も面白かったです)。
最近日本で連休があったのでちょっと仕事が途切れてまして、その隙にとまた本を読み始めました。メンタルヘルス、中でも自殺に関しての本です。これも終わったら感想書く予定なのでとりあえず読み進めます。
今日の一曲はお休み。AoW3のサントラからも紹介してませんでしたね。準備しないと。
