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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
今日はドクターとのアポだったのでそっちについて書くことがあるかなーと思ったのですがそうでもなかったですね。
昔は毎週通ってたのですが調子も落ち着いてアポの頻度も低くなり。もちろん血中リチウム濃度の血液検査は数か月ごとにやりますし、その結果に問題があったら電話が来ますし。それに調子が悪いようだったらいつでも電話してアポの頻度を増やすこともできますしね。
そして今日はちょっとぶりにWunderkammerへ。
行ったらなんか撮影やってましたね。テレビかな?(ちょっと気まずかったけど隠れるところがあったのと皆さん優しかったのでよかったー)
今日買ったのはこちらのブログでも紹介されている「Revolutions」シリーズのカード、全9枚。(ただしウェブ版とカード版には違うところもあります)
前回買った3枚はカンブリア紀(Cambrian Era)、デボン紀(Devonian Era)、そしてジュラ紀(Jurassic Era)。
今回は先カンブリア時代(Precambrian Era)、石炭紀(Carboniferous Era)、そして白亜紀(Cretaceous Era)の3枚。
そして残ってるのが二畳紀(Permian Era)、三畳紀(Triassic Era)、それから第四紀(Quaternary Era)。
9つそろえると絵が一つにつながるので(引っ越ししてからになるとは思いますが)並べて飾りたいです。
とにかくこの絵を見るとわくわくします。
小さい頃虫や恐竜の図鑑にのめりこんでいたとき、種類ももちろんですが恐竜の図鑑の後ろの方にあった恐竜絶滅についての説、そして前後の時代を含めた生物とか環境の変化についての説明も大好きでした。
もちろん今はクラムの「鯨の声」でそういった太古からの時の流れと地球模様の変化を感じるのが好きです。
今翻訳している仕事でも生物(特に)植物の進化とか、もうちょっとすると地質時代の話もでてきて、心震えることがあります。
時系列の移り変わりもそうですが、自然の理、というか仕組みやメカニズムなどをより深く知るのがとにかく幸せで。興味深い、面白い、そして美しい。もっと深く知って感じるだけでなく、自分で音楽なり他の形なりで表現したい、と強く強く思わされます。
こうやって考えてみると結構早いうちから自分は生物学偏りだったのかなあ、と思うところがあり。
高校ではVCEで生物学はとりませんでしたし、化学の中でも有機化学がそんなに好きではなかったり、全体的に化学寄りだとずっと思ってたのですが。
でも大学で心理学をとったときは心理学の中でも認知科学とか生物学に近い分野が強かったり、医薬翻訳を始めてからの医学・生化学の馴染みの良さもあって、どっかやっぱりずっと地下水流みたいに流れていたのかもしれない、と思います。
音楽も化学も生物学も、その美しい最終形態に触れるだけでなくそれを作っているこれまた美しい、目に見えないメカニズムに触れて感じて自分のものにしてしまいたい欲から自分は好きなのかもしれないなあ。
それらに直接、ものすごく濃く触れて向き合って、という形ではないですが学んで感じられることのありがたさをかみしめています。
ただやっぱり今仕事の案件という形で今までできなかった勉強ができていて、他にもメンタルヘルス周りとか医学周りとかでまだ全然勉強できてないエリアも多いですからね。
仕事でぶちあたる前に日頃からやれよー、と自分に声をかけておきます。
今日の一曲はお休み。また次回に。
今日はドクターとのアポだったのでそっちについて書くことがあるかなーと思ったのですがそうでもなかったですね。
昔は毎週通ってたのですが調子も落ち着いてアポの頻度も低くなり。もちろん血中リチウム濃度の血液検査は数か月ごとにやりますし、その結果に問題があったら電話が来ますし。それに調子が悪いようだったらいつでも電話してアポの頻度を増やすこともできますしね。
そして今日はちょっとぶりにWunderkammerへ。
行ったらなんか撮影やってましたね。テレビかな?(ちょっと気まずかったけど隠れるところがあったのと皆さん優しかったのでよかったー)
今日買ったのはこちらのブログでも紹介されている「Revolutions」シリーズのカード、全9枚。(ただしウェブ版とカード版には違うところもあります)
前回買った3枚はカンブリア紀(Cambrian Era)、デボン紀(Devonian Era)、そしてジュラ紀(Jurassic Era)。
今回は先カンブリア時代(Precambrian Era)、石炭紀(Carboniferous Era)、そして白亜紀(Cretaceous Era)の3枚。
そして残ってるのが二畳紀(Permian Era)、三畳紀(Triassic Era)、それから第四紀(Quaternary Era)。
9つそろえると絵が一つにつながるので(引っ越ししてからになるとは思いますが)並べて飾りたいです。
とにかくこの絵を見るとわくわくします。
小さい頃虫や恐竜の図鑑にのめりこんでいたとき、種類ももちろんですが恐竜の図鑑の後ろの方にあった恐竜絶滅についての説、そして前後の時代を含めた生物とか環境の変化についての説明も大好きでした。
もちろん今はクラムの「鯨の声」でそういった太古からの時の流れと地球模様の変化を感じるのが好きです。
今翻訳している仕事でも生物(特に)植物の進化とか、もうちょっとすると地質時代の話もでてきて、心震えることがあります。
時系列の移り変わりもそうですが、自然の理、というか仕組みやメカニズムなどをより深く知るのがとにかく幸せで。興味深い、面白い、そして美しい。もっと深く知って感じるだけでなく、自分で音楽なり他の形なりで表現したい、と強く強く思わされます。
こうやって考えてみると結構早いうちから自分は生物学偏りだったのかなあ、と思うところがあり。
高校ではVCEで生物学はとりませんでしたし、化学の中でも有機化学がそんなに好きではなかったり、全体的に化学寄りだとずっと思ってたのですが。
でも大学で心理学をとったときは心理学の中でも認知科学とか生物学に近い分野が強かったり、医薬翻訳を始めてからの医学・生化学の馴染みの良さもあって、どっかやっぱりずっと地下水流みたいに流れていたのかもしれない、と思います。
音楽も化学も生物学も、その美しい最終形態に触れるだけでなくそれを作っているこれまた美しい、目に見えないメカニズムに触れて感じて自分のものにしてしまいたい欲から自分は好きなのかもしれないなあ。
それらに直接、ものすごく濃く触れて向き合って、という形ではないですが学んで感じられることのありがたさをかみしめています。
ただやっぱり今仕事の案件という形で今までできなかった勉強ができていて、他にもメンタルヘルス周りとか医学周りとかでまだ全然勉強できてないエリアも多いですからね。
仕事でぶちあたる前に日頃からやれよー、と自分に声をかけておきます。
今日の一曲はお休み。また次回に。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
なんとか感覚も行動も感情も普段通りかな。諸々楽しめるのはいいですね、食べ物とかテレビとかゲームとか。
ということで改めていろいろ楽しみたいものはあるのですがただいま絶賛仕事が忙しい。案件がいっぱいくるのではなく一つのががっつりで精一杯。
それでピアノもまだ懸念ポイントがたくさんあって練習を休みたくなかったり。
そもそも仕事が今の状態で落ち着いてから仕事についてのエントリーを書いていなかったなあ、とここしばらく考えてました。(仕事カテゴリに4つもエントリーがあることにちょっと驚いたり。どれもだいぶ前ですがねー)
職業は「医薬翻訳家」としています。
つまりは医学とか薬学とか薬とかについての文書を翻訳しています。
でも実際はもっとカバー分野広いですね。医療に関する文章、薬に関する文章、薬の製造に関する文書、医療機器に関する文書、化粧品に関する文書、化学物質に関する文書、薬とか関係の会社のビジネス関連文書、などなど。
あと音楽関係のお仕事も入ってきたことあります。レアケースではありますが。
言語に関しては最近はほぼ100%日→英になりましたね。忙しい時期に英日が入ってきてすでに忙しいので断らなくちゃいけなかったりしたかな。年に1,2回くらい。
なかなか技術的な文書で日本語を書くのは難しいです。そして何より原稿は日本を読む方が早く頭に入ってきますし、英語の方がタイプするのも文章を書くのも速いので日英翻訳の方がいいです。
文書のスタイルも本当にいろいろで。
比較的堅い文書だと薬を開発する際の報告書とか計画書とか質疑の文書とかがあったり、機器のマニュアルもまたちょっと違った堅さがあったり。あと化学物質の安全性についての文書だったり。
堅くない文書だと商品紹介とか商品プレゼン、一般向けの手順的なものだったり。
で、その間に臨床試験(開発中の薬を人間で試す試験)の同意文書だったり、ニュースレターだったり、通信文書だったり。
一つの案件から次の案件に移ったときにそのスタイルのギャップみたいなものは感じますが、でもそもそもそれより新しい文書に移ったときの「文書見知り」の方が目立ちますが(汗)
その中だと紹介文とか「ナチュラルな英語」を求められる柔らかい文章の方がちょっと苦手だったりします。特に広告関連に近づいている時とかで造語というか普段使わないひねったフレーズを使ってあったりするとそれをなんとか変じゃない英語にすること、あとそれ以前にというかその独特のフレーズのニュアンスを読み取ったりするのが難しいです。
なので比較的堅い文書、人間らしさといえばいいのか書き手の個性?があんまり入ってこない文書のほうが好きで楽ですね。
(前も書いてると思いますが元々日本語という言語がちょっと文学的というかやわらかったり曖昧だったりふんわりしているところがあるので、堅い文書のほうが意図・意味がはっきりわかりやすく英語にする際に諸々調整しなくて済むようなところも)
工場関係の手順書とか薬の申請資料とか、一見文書に人間的要素が入ってないように見えるところで、その向こうで実験をしたり校正をしたり文書を使う人のこと、実際の風景を感じ取ろうとしたり・・・みたいな文書を通じての対人距離が一番かな。
そしてこういう「冷たい」ように思える文書が(たとえば化学物質の安全な取り扱いとか工場の衛生管理とか機器の取り扱い手順とか)ものすごく対象とする文書を使う人に対してものすごーく丁寧に緻密に書いてあるのでそういう意味での人間的要素は濃いかも。
そういうつながりだと臨床試験の同意説明文書はものすごく面白いですね。
同意説明文書は一般の方に向けてのものなので書くときももちろんそうだと思いますが翻訳するときもとにかくわかりやすく心がけて翻訳しています。
これから試験に参加するかどうかを決めてもらう文書なのでわかりやすく、だけじゃなくて相手が構えてしまわないよう、とか誘導しないようというのも大事なんだろうなあ、と文書から伝わってくるのでそれも大切にしています。
今翻訳してるのはさっき書いたのとどれとも違うあれで、初めての試みでちょっと模索しながらのところもあったりします。
きっちり専門用語は使うとこは使わなくちゃいけないけれど全体的な文章のスタイルはものすごく堅かったり難しかったりはしないほうが良いし、でも適宜指しているところははっきり正確じゃなけりゃいけないし。
そんなですが文書の中身は高校でほとんど生物学をとらなかった自分にはものすごーく基礎の勉強になります。ただやっぱり専門用語の頻度は普通翻訳する文書と比べて必然的にものすごく濃縮されてるので調べ物の量半端ない。Chromeのタブ12個くらい同時に開けてたりしました。
割と今回wikipediaでページの言語を変更するのが有用で。何かの「名前」を翻訳するときはいいですね。
ということで引き続き明日も仕事。腕の痛みが来たり来なかったりするのでストレッチをまた始めないと(汗)
そして暑い日続きなのでドクターとのアポの日に外を楽しんできたいと思います。
今日の一曲: ジョージ・クラム アメリカ歌曲集第2集「A Journey Beyond Time」より「Sometimes I feel like a motherless child」
こないだ注文したクラムのCDが来ないよー来ないよー(じたばたじたばた)という思いを込めて。
好きな曲で、だからこそあんまり聞かない曲なのですが今日ちょっとぶりに聞きました。やっぱり夕方~夜の間がベストな曲です。
アメリカ歌曲集はその名の通りアメリカという国(原住民や移民も併せて)に伝わるメロディーをベースにして書かれています。この「Sometimes I feel like a motherless child」は有名・・・なのかな?(私は聞いたことがあります。それからウィンストン・マルサリスがトランペットで吹いてるのも持ってます)
第2集は全曲アメリカの中でも奴隷としてアメリカに来た黒人(Afro-American)のスピリチュアル(霊歌)を題材にしていて。元々の歌はその厳しい境遇を哀愁のある美しいメロディーに乗せて歌い上げるのですが、クラムはその境遇や心境の厳しさをがっつりはっきり表現して、容赦なくつきつけてきて。この曲だったり「Steal Away」だったり「Nobody knows the trouble I see」だったり、すっごく暗くてすっごく辛い。
この曲が表すのはそんな故郷を離れて奴隷として働いている人の果てしない孤独ととてつもない絶望と、それでも心の中に残っている故郷への思い、わずかな希望。
遠くに聞こえる木琴による鳥の声、そこからの2番の「時々鳥になって飛んでいきたいと~」の歌詞とともに本当に空を翔るような音楽の仕立て方、そしてそこから溶けるように現実の絶望に戻る切なさ。元の歌の根底に隠していた厳しい思いをものすごく増幅させて前に出すクラムはほんと容赦ないながらも美しい音楽を書きますね。
で、皿洗いとか料理とかするときにこの曲を聴くときはたいてい一緒に歌うのですがこれが難しい。途中で(というかフレーズの途中で)キーが変わったりしますし、3番でメロディーの途中で「mm」を挟んだり。真剣な演奏の場合の表現力とかも加算するとかなり難易度高い歌曲なんだろうなあ。
曲も好きですが持ってる録音も大好きです。作曲サイドだけじゃなくて演奏サイドも繊細ながらその隠れたものをぐいぐい前に持って来る表現が強烈です。
試聴では歌部分が入ってないのが残念ですが、クラムの作品、特にアメリカ歌曲集を通じて大活躍する打楽器のこれまた独特ですごい表現がちょろっとだけ聞けますよ。「世界」を作りますね、彼の打楽器使いは。途中で「こわんこわんこわんこわん」と聞こえるのがちなみにMusical sawというのこぎり楽器ですよ。
クラムの打楽器(そして他のいろんな楽器・声)の作る世界、もっとたくさんの人に愛されるようになってほしいと心から思います。
なんとか感覚も行動も感情も普段通りかな。諸々楽しめるのはいいですね、食べ物とかテレビとかゲームとか。
ということで改めていろいろ楽しみたいものはあるのですがただいま絶賛仕事が忙しい。案件がいっぱいくるのではなく一つのががっつりで精一杯。
それでピアノもまだ懸念ポイントがたくさんあって練習を休みたくなかったり。
そもそも仕事が今の状態で落ち着いてから仕事についてのエントリーを書いていなかったなあ、とここしばらく考えてました。(仕事カテゴリに4つもエントリーがあることにちょっと驚いたり。どれもだいぶ前ですがねー)
職業は「医薬翻訳家」としています。
つまりは医学とか薬学とか薬とかについての文書を翻訳しています。
でも実際はもっとカバー分野広いですね。医療に関する文章、薬に関する文章、薬の製造に関する文書、医療機器に関する文書、化粧品に関する文書、化学物質に関する文書、薬とか関係の会社のビジネス関連文書、などなど。
あと音楽関係のお仕事も入ってきたことあります。レアケースではありますが。
言語に関しては最近はほぼ100%日→英になりましたね。忙しい時期に英日が入ってきてすでに忙しいので断らなくちゃいけなかったりしたかな。年に1,2回くらい。
なかなか技術的な文書で日本語を書くのは難しいです。そして何より原稿は日本を読む方が早く頭に入ってきますし、英語の方がタイプするのも文章を書くのも速いので日英翻訳の方がいいです。
文書のスタイルも本当にいろいろで。
比較的堅い文書だと薬を開発する際の報告書とか計画書とか質疑の文書とかがあったり、機器のマニュアルもまたちょっと違った堅さがあったり。あと化学物質の安全性についての文書だったり。
堅くない文書だと商品紹介とか商品プレゼン、一般向けの手順的なものだったり。
で、その間に臨床試験(開発中の薬を人間で試す試験)の同意文書だったり、ニュースレターだったり、通信文書だったり。
一つの案件から次の案件に移ったときにそのスタイルのギャップみたいなものは感じますが、でもそもそもそれより新しい文書に移ったときの「文書見知り」の方が目立ちますが(汗)
その中だと紹介文とか「ナチュラルな英語」を求められる柔らかい文章の方がちょっと苦手だったりします。特に広告関連に近づいている時とかで造語というか普段使わないひねったフレーズを使ってあったりするとそれをなんとか変じゃない英語にすること、あとそれ以前にというかその独特のフレーズのニュアンスを読み取ったりするのが難しいです。
なので比較的堅い文書、人間らしさといえばいいのか書き手の個性?があんまり入ってこない文書のほうが好きで楽ですね。
(前も書いてると思いますが元々日本語という言語がちょっと文学的というかやわらかったり曖昧だったりふんわりしているところがあるので、堅い文書のほうが意図・意味がはっきりわかりやすく英語にする際に諸々調整しなくて済むようなところも)
工場関係の手順書とか薬の申請資料とか、一見文書に人間的要素が入ってないように見えるところで、その向こうで実験をしたり校正をしたり文書を使う人のこと、実際の風景を感じ取ろうとしたり・・・みたいな文書を通じての対人距離が一番かな。
そしてこういう「冷たい」ように思える文書が(たとえば化学物質の安全な取り扱いとか工場の衛生管理とか機器の取り扱い手順とか)ものすごく対象とする文書を使う人に対してものすごーく丁寧に緻密に書いてあるのでそういう意味での人間的要素は濃いかも。
そういうつながりだと臨床試験の同意説明文書はものすごく面白いですね。
同意説明文書は一般の方に向けてのものなので書くときももちろんそうだと思いますが翻訳するときもとにかくわかりやすく心がけて翻訳しています。
これから試験に参加するかどうかを決めてもらう文書なのでわかりやすく、だけじゃなくて相手が構えてしまわないよう、とか誘導しないようというのも大事なんだろうなあ、と文書から伝わってくるのでそれも大切にしています。
今翻訳してるのはさっき書いたのとどれとも違うあれで、初めての試みでちょっと模索しながらのところもあったりします。
きっちり専門用語は使うとこは使わなくちゃいけないけれど全体的な文章のスタイルはものすごく堅かったり難しかったりはしないほうが良いし、でも適宜指しているところははっきり正確じゃなけりゃいけないし。
そんなですが文書の中身は高校でほとんど生物学をとらなかった自分にはものすごーく基礎の勉強になります。ただやっぱり専門用語の頻度は普通翻訳する文書と比べて必然的にものすごく濃縮されてるので調べ物の量半端ない。Chromeのタブ12個くらい同時に開けてたりしました。
割と今回wikipediaでページの言語を変更するのが有用で。何かの「名前」を翻訳するときはいいですね。
ということで引き続き明日も仕事。腕の痛みが来たり来なかったりするのでストレッチをまた始めないと(汗)
そして暑い日続きなのでドクターとのアポの日に外を楽しんできたいと思います。
今日の一曲: ジョージ・クラム アメリカ歌曲集第2集「A Journey Beyond Time」より「Sometimes I feel like a motherless child」
こないだ注文したクラムのCDが来ないよー来ないよー(じたばたじたばた)という思いを込めて。
好きな曲で、だからこそあんまり聞かない曲なのですが今日ちょっとぶりに聞きました。やっぱり夕方~夜の間がベストな曲です。
アメリカ歌曲集はその名の通りアメリカという国(原住民や移民も併せて)に伝わるメロディーをベースにして書かれています。この「Sometimes I feel like a motherless child」は有名・・・なのかな?(私は聞いたことがあります。それからウィンストン・マルサリスがトランペットで吹いてるのも持ってます)
第2集は全曲アメリカの中でも奴隷としてアメリカに来た黒人(Afro-American)のスピリチュアル(霊歌)を題材にしていて。元々の歌はその厳しい境遇を哀愁のある美しいメロディーに乗せて歌い上げるのですが、クラムはその境遇や心境の厳しさをがっつりはっきり表現して、容赦なくつきつけてきて。この曲だったり「Steal Away」だったり「Nobody knows the trouble I see」だったり、すっごく暗くてすっごく辛い。
この曲が表すのはそんな故郷を離れて奴隷として働いている人の果てしない孤独ととてつもない絶望と、それでも心の中に残っている故郷への思い、わずかな希望。
遠くに聞こえる木琴による鳥の声、そこからの2番の「時々鳥になって飛んでいきたいと~」の歌詞とともに本当に空を翔るような音楽の仕立て方、そしてそこから溶けるように現実の絶望に戻る切なさ。元の歌の根底に隠していた厳しい思いをものすごく増幅させて前に出すクラムはほんと容赦ないながらも美しい音楽を書きますね。
で、皿洗いとか料理とかするときにこの曲を聴くときはたいてい一緒に歌うのですがこれが難しい。途中で(というかフレーズの途中で)キーが変わったりしますし、3番でメロディーの途中で「mm」を挟んだり。真剣な演奏の場合の表現力とかも加算するとかなり難易度高い歌曲なんだろうなあ。
曲も好きですが持ってる録音も大好きです。作曲サイドだけじゃなくて演奏サイドも繊細ながらその隠れたものをぐいぐい前に持って来る表現が強烈です。
試聴では歌部分が入ってないのが残念ですが、クラムの作品、特にアメリカ歌曲集を通じて大活躍する打楽器のこれまた独特ですごい表現がちょろっとだけ聞けますよ。「世界」を作りますね、彼の打楽器使いは。途中で「こわんこわんこわんこわん」と聞こえるのがちなみにMusical sawというのこぎり楽器ですよ。
クラムの打楽器(そして他のいろんな楽器・声)の作る世界、もっとたくさんの人に愛されるようになってほしいと心から思います。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
現在調子は「波があるけれどある程度落ち着いてきた」というべきか「ある程度落ち着いてきたけどまだ並がある」というべきか。
焦燥感というかイライラ的なきもちの高ぶりや一部感覚の過敏(金属音に対して耳がちょっと、とか)もあるのですか、それから身を守ろうとしていろんな感覚や感情を勝手にブロックしようとしている感じからいろんなものが感じられなかったり。楽しいとかおいしいとかが感じられなくて体に常に力が入っている感じはちょっとしんどいところが。
今現在はちょっとそわそわしているながらもちょっと落ち着いている・・・かな。
なかなかここ数日楽しめずにいるのですが(暑さも含めて)、仕事だったりiTunesのライブラリ整頓だったりポケモンだったり集中力がかけながらもちょこちょこ長い時間のブロックで進められるのはいいですね。(反面ピアノの練習でもメシアンが今ものすごいぼろぼろで困ります)
そして不眠がなくてよかった。
仕事はなんとか続いています。ちょっと初めての種類の翻訳対象でちょっと手こずってるところもあるのですがなんとか大丈夫かな・・・
あえて言えば今何よりも仕事について思ってるのが「VCEで生物学とってりゃ良かったなー」という。それに関しては仕方がないことですが。
ピアノもちょっと少なめで、仕事とピアノでいっぱいいっぱいなので夕飯もちと手抜き気味。正直夕飯準備休みたい。
今日はピアノ休んでスーパーまで歩いて買い物に行ったのですがまあ暑かったですね。
最高気温は31度だったのですが昼間は風もなくてもっと暑く感じました。じりじり、なんていう暑さじゃないですね。太陽の光が痛い。もちろんちゃんと日焼け止め塗ったくってますが、熱いことには変わりない。
そんな暑い日にはやっぱりどんなアイスよりもFrosty Fruits。いわゆるアイスクリームに対してアイスキャンディー類のことをこちらではIcy polesというのですが、Icy polesの中でも一番おいしいと思うのがこのFrosty Fruits、一本2ドルです。普通にミルクバーでも置いてますし箱入りはスーパーでも売ってます。
普段はFrosty fruitsはトロピカル味一種類なのですが、今年はLemon, lime & bitters味も出てました。これも普通においしいです。普通にシトラス系。(そして心なしかトロピカル味より溶けにくいような・・・)
とりあえずこのまま(できたらもうちょっとゆるめに)もう数日したら回復にたどり着くかな。
薬は飲まなくてよかったようでなにより。でも一応来週ドクターに諸々話さなくては。
現在形で症状とか体験を話すのと、過去形で話すのでは長所と短所が違うので、(まだそれまでに回復してるかわかりませんが)振り返って話すことのアドバンテージを最大限使っていければと思います。
このブログも通常モード(がなんであれ)に早く戻りたいです。
今日の一曲は今回もお休みです。
現在調子は「波があるけれどある程度落ち着いてきた」というべきか「ある程度落ち着いてきたけどまだ並がある」というべきか。
焦燥感というかイライラ的なきもちの高ぶりや一部感覚の過敏(金属音に対して耳がちょっと、とか)もあるのですか、それから身を守ろうとしていろんな感覚や感情を勝手にブロックしようとしている感じからいろんなものが感じられなかったり。楽しいとかおいしいとかが感じられなくて体に常に力が入っている感じはちょっとしんどいところが。
今現在はちょっとそわそわしているながらもちょっと落ち着いている・・・かな。
なかなかここ数日楽しめずにいるのですが(暑さも含めて)、仕事だったりiTunesのライブラリ整頓だったりポケモンだったり集中力がかけながらもちょこちょこ長い時間のブロックで進められるのはいいですね。(反面ピアノの練習でもメシアンが今ものすごいぼろぼろで困ります)
そして不眠がなくてよかった。
仕事はなんとか続いています。ちょっと初めての種類の翻訳対象でちょっと手こずってるところもあるのですがなんとか大丈夫かな・・・
あえて言えば今何よりも仕事について思ってるのが「VCEで生物学とってりゃ良かったなー」という。それに関しては仕方がないことですが。
ピアノもちょっと少なめで、仕事とピアノでいっぱいいっぱいなので夕飯もちと手抜き気味。正直夕飯準備休みたい。
今日はピアノ休んでスーパーまで歩いて買い物に行ったのですがまあ暑かったですね。
最高気温は31度だったのですが昼間は風もなくてもっと暑く感じました。じりじり、なんていう暑さじゃないですね。太陽の光が痛い。もちろんちゃんと日焼け止め塗ったくってますが、熱いことには変わりない。
そんな暑い日にはやっぱりどんなアイスよりもFrosty Fruits。いわゆるアイスクリームに対してアイスキャンディー類のことをこちらではIcy polesというのですが、Icy polesの中でも一番おいしいと思うのがこのFrosty Fruits、一本2ドルです。普通にミルクバーでも置いてますし箱入りはスーパーでも売ってます。
普段はFrosty fruitsはトロピカル味一種類なのですが、今年はLemon, lime & bitters味も出てました。これも普通においしいです。普通にシトラス系。(そして心なしかトロピカル味より溶けにくいような・・・)
とりあえずこのまま(できたらもうちょっとゆるめに)もう数日したら回復にたどり着くかな。
薬は飲まなくてよかったようでなにより。でも一応来週ドクターに諸々話さなくては。
現在形で症状とか体験を話すのと、過去形で話すのでは長所と短所が違うので、(まだそれまでに回復してるかわかりませんが)振り返って話すことのアドバンテージを最大限使っていければと思います。
このブログも通常モード(がなんであれ)に早く戻りたいです。
今日の一曲は今回もお休みです。
一体全体どうしたことか、と問いたいところなのですが。
なんか今日起きて活動始めたら明らかに軽躁状態で。
長ズボン・レギンスをはくと皮膚の表面がかゆいようないらいら感覚を始め焦燥感がひどい。
とりあえず朝なのに「Evening」ティーを飲みながらあるだけ仕事を終わらせて、ピアノは休んで本を返しに行ってなんとか一日過ごしているのですが、ただいま日本から送ってもらったらららクラシックのワーグナーの回で音楽の影響と自分の思い入れに関する諸々をもろに受けてぐるぐるしているところです。
いろいろ思考があるのですが、飛び交ってて全く形にできないのが残念。
でも振り返ってみれば昨日もある程度変な感じはあったよな、と。
それ以前も振り返ってみれば兆候と思われるものの一つや二つもあったのかもしれない。
ただこの躁転といいますか、変化のきっかけが見つからない。
きっかけが必ずしもあるわけではないのですが、これまでの経験だと季節がトリガーだったので首をかしげざるを得ない状況なのです。
実はこれとは別で自分の精神的健康の維持についてちょっと考えていたこともあって。
最近どうも臨機応変とか新しいものとかにめっぽう弱くなったようなことはないか、ということなのですが。
発病(最初は鬱として)からもう13年ほど経って、薬もある程度機能していて、環境要因も大きく改善し、いろんなスキルなども学び、自分の基礎の精神状態もだいぶ良くなってきたとは思います。
仕事もピアノも家のこともなんとかやってて、その日常の連なりで(多少の変動はあれども)なんとか精神状態の健康を保っているという感じなのですが・・・
どうもその自分がこれなら大丈夫と思える日常のroutineだったりなんだりから外れることに不安を感じるようなところがあるんですよね。
たとえば運転する前の不安だったり、遠出する前の不安、遠出するためにスケジュールをずらしたりすること、新しいパソコンに音楽を入れ直してプレイリストとかがちゃんとなってなくて思ったままに音楽を聴いたり参照できないことへのいらだち、とか。
どれも割と些細なことなんですがね。
やっぱりcomfort zoneは自分の健康を保つためにはある程度必要なのですが(なので今の生活にたどり着けて本当に良かったと思っています)、そのゾーンがちょっと狭まってやしないか?という疑問をここ1週間くらい抱き始めて。
あんまりがちがちにしてしまうと自分の行動の範囲やできることのキャパが狭まるだけではなく、それを外れることに関して不安を感じるようになって、そういう変化は(病院でもらったプリントとかによると)不安障害でやっかいな問題なんですよね。
自分が今時折感じる不安は病的なレベルだとは思わないのですが、その程度、そして不安を感じる条件というかシチュエーションがエスカレートすると不安障害につながりかねないようなことは自覚しているので・・・
来週あたりかな、精神医とのアポで話すつもりではいますが。
それにしてもそれまでこの軽躁状態が続くのは勘弁してほしいです。
いざとなったらセロクエルもありますが、突発的に起こったものなので原因を取り除くことはできないし。
ほんと最近は鬱に悩まされることよりも(比較的頻度が低いにもかかわらず)軽躁に悩まされること、苦痛を感じることが多いです。
何よりも早く「ちゃんと」ピアノが弾きたいです。そして好きに音楽が聴きたいです。
今日の一曲・・・はお休みです。さっきのワーグナー(「ニーベルンクの指輪」のマゼールによる管弦楽版)、それから今ちょろっとやってたマーラー1番のエンディングでちょっと涙ぐんでるのですが前述いろんな思いがぐるぐるすごいスピードで渦巻いて書けない状態なので。
また今度。
なんか今日起きて活動始めたら明らかに軽躁状態で。
長ズボン・レギンスをはくと皮膚の表面がかゆいようないらいら感覚を始め焦燥感がひどい。
とりあえず朝なのに「Evening」ティーを飲みながらあるだけ仕事を終わらせて、ピアノは休んで本を返しに行ってなんとか一日過ごしているのですが、ただいま日本から送ってもらったらららクラシックのワーグナーの回で音楽の影響と自分の思い入れに関する諸々をもろに受けてぐるぐるしているところです。
いろいろ思考があるのですが、飛び交ってて全く形にできないのが残念。
でも振り返ってみれば昨日もある程度変な感じはあったよな、と。
それ以前も振り返ってみれば兆候と思われるものの一つや二つもあったのかもしれない。
ただこの躁転といいますか、変化のきっかけが見つからない。
きっかけが必ずしもあるわけではないのですが、これまでの経験だと季節がトリガーだったので首をかしげざるを得ない状況なのです。
実はこれとは別で自分の精神的健康の維持についてちょっと考えていたこともあって。
最近どうも臨機応変とか新しいものとかにめっぽう弱くなったようなことはないか、ということなのですが。
発病(最初は鬱として)からもう13年ほど経って、薬もある程度機能していて、環境要因も大きく改善し、いろんなスキルなども学び、自分の基礎の精神状態もだいぶ良くなってきたとは思います。
仕事もピアノも家のこともなんとかやってて、その日常の連なりで(多少の変動はあれども)なんとか精神状態の健康を保っているという感じなのですが・・・
どうもその自分がこれなら大丈夫と思える日常のroutineだったりなんだりから外れることに不安を感じるようなところがあるんですよね。
たとえば運転する前の不安だったり、遠出する前の不安、遠出するためにスケジュールをずらしたりすること、新しいパソコンに音楽を入れ直してプレイリストとかがちゃんとなってなくて思ったままに音楽を聴いたり参照できないことへのいらだち、とか。
どれも割と些細なことなんですがね。
やっぱりcomfort zoneは自分の健康を保つためにはある程度必要なのですが(なので今の生活にたどり着けて本当に良かったと思っています)、そのゾーンがちょっと狭まってやしないか?という疑問をここ1週間くらい抱き始めて。
あんまりがちがちにしてしまうと自分の行動の範囲やできることのキャパが狭まるだけではなく、それを外れることに関して不安を感じるようになって、そういう変化は(病院でもらったプリントとかによると)不安障害でやっかいな問題なんですよね。
自分が今時折感じる不安は病的なレベルだとは思わないのですが、その程度、そして不安を感じる条件というかシチュエーションがエスカレートすると不安障害につながりかねないようなことは自覚しているので・・・
来週あたりかな、精神医とのアポで話すつもりではいますが。
それにしてもそれまでこの軽躁状態が続くのは勘弁してほしいです。
いざとなったらセロクエルもありますが、突発的に起こったものなので原因を取り除くことはできないし。
ほんと最近は鬱に悩まされることよりも(比較的頻度が低いにもかかわらず)軽躁に悩まされること、苦痛を感じることが多いです。
何よりも早く「ちゃんと」ピアノが弾きたいです。そして好きに音楽が聴きたいです。
今日の一曲・・・はお休みです。さっきのワーグナー(「ニーベルンクの指輪」のマゼールによる管弦楽版)、それから今ちょろっとやってたマーラー1番のエンディングでちょっと涙ぐんでるのですが前述いろんな思いがぐるぐるすごいスピードで渦巻いて書けない状態なので。
また今度。
遅れましたが前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
ここ数日の間にPCを壊してしまって新しいのを買ってきてやっと普通に使えるようになったところです。
(iTunesには諸々手こずらされました・・・どうしてだろう)
新しいPCも前と同じのVaioさんで、モデルもほとんど変わらずなのですがちょこちょこ使い勝手が違ったりしてまだ戸惑うところたくさん。
まずトラックパッドにボタンがない!(マルチタッチというやつですね)それに併せてトラックパッドが大きくなったのでタイピングしているとちょくちょく手で触ってしまったり(なので仕事やブログ書きの時は内蔵ポインティングデバイスをオフにしています)。
あとはなんといってもWindows 8になったのが大変。一応普通に使えるようにはなりましたが効率的には使えてないだろうし諸々機能も活かせてなさそうだし。まだまだこれから模索したいです。
そして今回PCを買ったらソニーの電子書籍デバイスReaderがおまけでもらえました。
電子書籍についてはほぼといって考えてなかったのでまだどう使うか考え中。
電子書籍で本を読む習慣がない、というだけでなく出先でちょっと読書、という習慣もなく。読書するときはがっつり集中しての場合が多いです。
なんか「ちょっくら」読める、今まで読んだ本とかで気に入ったのがあれば出先で暇つぶし用に入れておくのがいいかな。詩集なんか良さそうかも。
あと一つ考えてるのは論文も入れとくといいかも。今まで読んだやつ、ダウンロードして読んでないやつ、それから最近RSS購読してるネイチャーの無料論文とかも。
(なんだか偏った中身のReaderになりそうだ)
それからReaderはEvernote対応だとか。いまいち使い方がわからなくて(テクニカルな問題よりも「自分がどう使いたいか」という意味で)使わずじまいだけれどもしかしたらそのうち。
あとReaderってなんか音楽ファイルも対応しているみたいで。イヤホンジャックもないしスピーカーも見当たらなくてちょっと謎なんですがオーディオブックとかなら音質は問題ないのかな。
デジタルでなくてアナログの読書ですが今Earthseaシリーズ(ゲド戦記)の作者Ursula Le Guinの短編集「The Wind's Twelve Quarters」を読んでいます。Earthseaの世界を舞台にした話も2つ(初期の作品だそうです)収録されているのですが、ほかの話もおもしろい。
主にSFだったり、ファンタジーだったり、その2つのエリアの間だったりの短編が収録されているのですが、読みながらなんだか萩尾望都のSF短編漫画を読んでいるような感じになります。文体とかは違うんですがアイディアだったり雰囲気だったりどこか似たようなところがあるんですよね。実際そういう漫画として想像できるというか。
ただ各ストーリーの世界観がものすごく作りこまれてて、短編だとそれに入り込めるのが話の終わりに近くなってきてやっと、というところがあるのが難しい。少なくとも手元にずっともって何回も読み返せる状態でないとそこの残念感は残るかな。
昨日・今日とPCのセットアップに悪戦苦闘しながら仕事とかピアノとかやってたので明日からはもちょっと効率を上げていこうと思います。特にピアノ。でも仕事の話も近いうちに書きたいな。
今日の一曲: face to ace 「LIFE」
これを紹介せずして間を開けてしまったのがちょっとばかり悔しかった。
こないだ日本から送ってもらったCD、face to aceの「NOSTALGIA」収録の一曲。
前回の一時帰国の時に三島のライブ(プチ是ちゃんACEちゃん)で生で聞きましたよー。
この曲の何が好きかというとまず一つは生活感ですね。
生活感が全くない音楽(アデスが真っ先に思い浮かびました)も好きですが、生活感が濃い曲も好き。なんというか、日常を切り取った、穏やかな空間とちょっと時間が止まるような感覚。
(何かに似てるなと思ったらたまの滝本さんの曲に割とそういうのがあるんですよね。自分の好みはほんと変わらないものですね)
もう一つ、この曲のリズムが好きです。
曲は海月さん、詩はACEさんなのですがそのどっちもが違った形でこの曲のリズムを作っている印象があります。
海月さんの書く&演奏するリズムが本当にすきなのですが、この曲ももちろんその例のうちで。全体的な流れのちょっとけだるいリズムに、要所要所スパイスが入っているような感じかな。
で、それとACEさんの選ぶ言葉のコンビネーション(「ジグザク」とか「カフェ・ラ・テ」とか)がまた言葉の音とリズムで音楽をさらに生かしているような印象です。
そもそもこの「NOSTALGIA」というアルバム全体が自分にとってものすごくツボでした。ほかのアルバムもものすごく好きなのですが、このCDはそれぞれの曲の好きの度合いがものすごく高くて。自分の心のなかに特別な場所を持ってます。
(あとちょっと変な基準ではあると思いますがクラシックでもクラシックじゃなくても音楽を聴いてジャケット読んでそこから調べ物に向かわずにはいられなくなる音楽ってものすごく良いと思います。)
「LIFE」の試聴はなかったのですが「NOSTALGIA」から2曲試聴がface to aceのmyspaceの方にあるようです。
全然関係ないですがこのmyspaceの写真のところでカワテブクロ(ヒトデの仲間)の写真があって数ヶ月前ものすごくテンションが上がりました。カワテブクロめっちゃかわいい。
ここ数日の間にPCを壊してしまって新しいのを買ってきてやっと普通に使えるようになったところです。
(iTunesには諸々手こずらされました・・・どうしてだろう)
新しいPCも前と同じのVaioさんで、モデルもほとんど変わらずなのですがちょこちょこ使い勝手が違ったりしてまだ戸惑うところたくさん。
まずトラックパッドにボタンがない!(マルチタッチというやつですね)それに併せてトラックパッドが大きくなったのでタイピングしているとちょくちょく手で触ってしまったり(なので仕事やブログ書きの時は内蔵ポインティングデバイスをオフにしています)。
あとはなんといってもWindows 8になったのが大変。一応普通に使えるようにはなりましたが効率的には使えてないだろうし諸々機能も活かせてなさそうだし。まだまだこれから模索したいです。
そして今回PCを買ったらソニーの電子書籍デバイスReaderがおまけでもらえました。
電子書籍についてはほぼといって考えてなかったのでまだどう使うか考え中。
電子書籍で本を読む習慣がない、というだけでなく出先でちょっと読書、という習慣もなく。読書するときはがっつり集中しての場合が多いです。
なんか「ちょっくら」読める、今まで読んだ本とかで気に入ったのがあれば出先で暇つぶし用に入れておくのがいいかな。詩集なんか良さそうかも。
あと一つ考えてるのは論文も入れとくといいかも。今まで読んだやつ、ダウンロードして読んでないやつ、それから最近RSS購読してるネイチャーの無料論文とかも。
(なんだか偏った中身のReaderになりそうだ)
それからReaderはEvernote対応だとか。いまいち使い方がわからなくて(テクニカルな問題よりも「自分がどう使いたいか」という意味で)使わずじまいだけれどもしかしたらそのうち。
あとReaderってなんか音楽ファイルも対応しているみたいで。イヤホンジャックもないしスピーカーも見当たらなくてちょっと謎なんですがオーディオブックとかなら音質は問題ないのかな。
デジタルでなくてアナログの読書ですが今Earthseaシリーズ(ゲド戦記)の作者Ursula Le Guinの短編集「The Wind's Twelve Quarters」を読んでいます。Earthseaの世界を舞台にした話も2つ(初期の作品だそうです)収録されているのですが、ほかの話もおもしろい。
主にSFだったり、ファンタジーだったり、その2つのエリアの間だったりの短編が収録されているのですが、読みながらなんだか萩尾望都のSF短編漫画を読んでいるような感じになります。文体とかは違うんですがアイディアだったり雰囲気だったりどこか似たようなところがあるんですよね。実際そういう漫画として想像できるというか。
ただ各ストーリーの世界観がものすごく作りこまれてて、短編だとそれに入り込めるのが話の終わりに近くなってきてやっと、というところがあるのが難しい。少なくとも手元にずっともって何回も読み返せる状態でないとそこの残念感は残るかな。
昨日・今日とPCのセットアップに悪戦苦闘しながら仕事とかピアノとかやってたので明日からはもちょっと効率を上げていこうと思います。特にピアノ。でも仕事の話も近いうちに書きたいな。
今日の一曲: face to ace 「LIFE」
これを紹介せずして間を開けてしまったのがちょっとばかり悔しかった。
こないだ日本から送ってもらったCD、face to aceの「NOSTALGIA」収録の一曲。
前回の一時帰国の時に三島のライブ(プチ是ちゃんACEちゃん)で生で聞きましたよー。
この曲の何が好きかというとまず一つは生活感ですね。
生活感が全くない音楽(アデスが真っ先に思い浮かびました)も好きですが、生活感が濃い曲も好き。なんというか、日常を切り取った、穏やかな空間とちょっと時間が止まるような感覚。
(何かに似てるなと思ったらたまの滝本さんの曲に割とそういうのがあるんですよね。自分の好みはほんと変わらないものですね)
もう一つ、この曲のリズムが好きです。
曲は海月さん、詩はACEさんなのですがそのどっちもが違った形でこの曲のリズムを作っている印象があります。
海月さんの書く&演奏するリズムが本当にすきなのですが、この曲ももちろんその例のうちで。全体的な流れのちょっとけだるいリズムに、要所要所スパイスが入っているような感じかな。
で、それとACEさんの選ぶ言葉のコンビネーション(「ジグザク」とか「カフェ・ラ・テ」とか)がまた言葉の音とリズムで音楽をさらに生かしているような印象です。
そもそもこの「NOSTALGIA」というアルバム全体が自分にとってものすごくツボでした。ほかのアルバムもものすごく好きなのですが、このCDはそれぞれの曲の好きの度合いがものすごく高くて。自分の心のなかに特別な場所を持ってます。
(あとちょっと変な基準ではあると思いますがクラシックでもクラシックじゃなくても音楽を聴いてジャケット読んでそこから調べ物に向かわずにはいられなくなる音楽ってものすごく良いと思います。)
「LIFE」の試聴はなかったのですが「NOSTALGIA」から2曲試聴がface to aceのmyspaceの方にあるようです。
全然関係ないですがこのmyspaceの写真のところでカワテブクロ(ヒトデの仲間)の写真があって数ヶ月前ものすごくテンションが上がりました。カワテブクロめっちゃかわいい。
