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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
昨日はAge of Wonders: Shadow Magicをじっくりやってみました。といっても自分なりの「じっくり」なので結構ゲームプレイで至らないことも色々あり。せっかちなんですよねー。こういう戦略ゲームでしっかり国力を育てて、とか苦手ではなかったはずなんですが、例えばコーエーの三国志シリーズと比べると動きに自由度があるためAoWの方が防御が大事になってきたりして。ちゃんとやらないと色んなところが手薄になる。
あとせっかく将軍的な存在のHeroが集ってきてくれてるのに誰が誰か把握してないのはやめようと思います(笑)それぞれの能力を把握して諸々生かしたりplan aheadしたりしないと。あと魔法諸々も把握しないと。地形魔法とかかけれるようになりたい。
今回Tigransという猫人族でプレイしたのですが、結構慣れてきましたね。初心者にも使いやすいっぽい。詳細は今のところは割愛しますがこれから他の種族も慣れていきたいです。
ADOMもAge of WondersもSacrificeも、自分が好きなゲームはちょっと古めでリプレイ価値がかなり高い傾向にあるような気がします。何にしてもカスタマイズ好きなのが影響してるかな。自分が操るキャラクターが最初に(またはSacrficeの場合そのたどる道で)自分が使いやすい、イメージしやすいようにカスタマイズできるゲームがいい。
なので結果いろんなチョイスがあって、何回も違う組み合わせやマップ、ルートで遊べるゲームが手元に長く残る、と。
音楽も割とこのリプレイ価値は大事ですね。聴くにしても弾くにしても。
例えばこないだまで候補だったフォーレの舟歌は聴くにはまあ日常でちょこちょこ流し聴きして長く好きでいられるけれどここから数ヶ月しっかり練習して毎日向き合って、となるとなかなか想像できなかった。
(だから聴くのと弾くのでは違う物差しがあるってことですね)
リプレイ価値についてはこのブログで何度も話していますがホルストの「惑星」は意外と結構高いです。もう17年とか知ってる曲で、3回演奏してて、7つの楽章一通りはまって一周してもまだ新しく発見すること、好きになることがあって。ああ、これは一生好きでいられるな、という安堵感があります。
あと「鳥のカタログ」は自分にとってのリプレイ価値はかなり高いです。なんせ情報量が多いので聴く度に何かがこなれていく感じがずっと続きますし、だんだん馴染んでいく感がすごい(ただ弾く、となると「全曲」弾く機会は一生にあるかないかかもしれませんからねー)。
テレビなどメディアで良く使われたり、クラシックは特にポピュラー系統のコンサートでよく弾かれたりとかする「名曲」って結構その露出の多さで摩耗することが多いんですよね。
キャッチーな曲だからこそその摩耗に耐えられないところがあるのも確かで。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲なんかその良い例だと思いますね。
じっくりタイプの曲はじわじわ来るので長く楽しめるけれどその同じ理由でメディアでの使用は向いていないと思われたり。
割と手堅い名曲なはずなのがこの摩耗のためにちょっと特別さを失ったり、とかいうケースもよくあります。ベートーヴェンの交響曲第7番とか。良い曲だけれど、もう聴かなくていいよなーと思っちゃったりするのはやっぱり勿体ない。
それを恐れて、ではないですけれど「特定の曲を大事に聴く」というのは心がけています。(もう一つ理由としては「心や状況が合った時により味わえるようにとっておきたい」というのもあります) 一番意識してそうしてるのはface to aceの音楽かな。
でも心がけることなく自然と再聴のスパンが長くなる曲もあり(マーラー6,7番とか)。とっても好きな曲だけどそんなに頻繁に聴かなくて良い曲は聴かなくていい。
対照的に毎日一回くらい聴いても変わらず好きが保てる(ただし↑と違ってどっぷりな好きではないかな)曲もあり。バーデン・パウエルの音楽でいくつかありますね。
先ほど書いたように聴くのと弾くのではリプレイ価値を測る基準ってのが全く違います。
弾く、となると演奏するまでに毎日とか2日~3日に一回じっくり細部まで詰めながら数ヶ月弾かなくちゃいけなくて。
ただ先ほどの「深く好きで自然と再聴のスパンが長くなる曲」ってのは練習で毎日弾いても勿体ないと感じませんね。やっぱり思い入れの強さがそれだけ労力をかけたくなるのに直結するので。今でいうとダイシャクシギやラフマニノフのop. 39-7あたりがそうです。弾くことに関しては飽きる気がしない。いつだってもっと自分の演奏を自分の中に取り込んで考察して消化してまた弾きたくなる。
基本自分が弾くのに選ぶ曲って何回も弾きたくなるような曲を選んでいると思います。(ゲームに同じく)
前にも書いてますが曲の組み合わせで個々の曲の意味合いや解釈、弾き方も変わりますし。
あと基本せっかちな私ですが本を読むにしてもピアノをやるにしてもゲームをやるにしても最初にざーっと全体像を捉えてから何度もなぞって細部を詰めていくのが基本方針なのでそこからくる摩耗に耐えられない曲、最初に出会ったときに割と多くが分かってしまう曲は選ばない傾向にあります。
毎日の練習を重ねる上でもそうですが、一回演奏してしばらくおいてまた別の演奏のために再習得するときも、その「更に掘り下げる」作業が好きです。
1回目演奏するときよりは時を経て2回目、3回目と重ねていく過程でもっと多くのことが曲から(そして曲以外から)得られ、演奏も上手くなっていく・・・と信じたいので(笑)
実際ここ数ヶ月で昔弾いた曲をさらってみたら音は忘れていたりディテールの再現がなってなくても技巧・体力・表現的に昔より楽に感じたりすることが多かったです。そして昔弾いた曲に対しての愛は失ってない。
だから今回のプログラム組みで入らなかった曲もいつか何かの形で復活するだろうし、前回のリサイタルのスクリャービンもまたどっかで復活する予定です。
一度演奏した曲をまた弾くようになるには自分の(技巧・表現・人間的)成長を待つ必要がありますし、あとプログラムがどんなものになるかということにも大きく左右されますし、それから純粋に時間をおく必要はやっぱりあるのかな。
その時間をおく、寝かせるということの(自分の成長を抜きにした)意味というのはなかなか説明するのが難しいのですがきっとあると思います。
初めて曲を弾き始めるのに負けないくらい再習得も労力がいりますし、前演奏したことあるからと気が抜けないこと色々あります。
なのでこれからの数ヶ月結構大変になることが予想されますが、でもまあ意外となんとかできるような気もしてきました(笑)
自分の納得いく形になるといいな、と思っています。
今日の一曲: face to ace 「CARNAVAL」
今夜日本ではface to aceの秋ツアーの追加公演が行われているところなのでそろそろツアーでの曲もここで扱おうかな、ということで。
私がライブに行ったのはもう1ヶ月以上になりますがほんと楽しくて思い出に残ってありがとうございますーの気持ちを密かにこめたチョイス。(来年の春ツアーの予定も発表されてますしねー。もちろん春は行けないんですがとってもわくわくしています。また来年後半に!)
父が諸々ラテン系の音楽をよく聴く(&弾く)環境で育ったものでちょっとそちらのスタイルの音楽には自分もうるさいようなところが少しあるのですが(まあ偉そうに)、最終的にこのCARNAVALもはまりました。というかライブに行く前にはまっておいてよかった(笑)
そもそもACEさんの書く曲は(聖飢魔IIでもそうなのですが)自分にとってはじっくり系でじわじわ来る場合が多いような印象。馴染んでしまうとしっかり馴染むのが心地良かったり。
最初に好きになったのは終わりのギターソロだったのですが(笑)、何より間奏のキーボードが好きなのですよ。リズムが。
ライブではそこで海月さんのキャンペーン中の振り付けがあるんで踊ってたんですが(ちょっと踊ったー、そしてあれから練習してないすみません)、真似したくなるこのキーボードパート。ぱっと真似できないと分かるとヴィラ=ロボスが弾きたくなる。
やっぱりでもこの季節(=メルボルンでの)ですよ、この歌は。暑い時に聴かないと(この曲が収録されてる「風と貝がら」全般そうですが)。
夏が似合って、あと赤が似合う。お酒(カクテルがいいんじゃないかな)も合う。というか飲みたくなってきました。
とにかく夏の夜におすすめです。
昨日はAge of Wonders: Shadow Magicをじっくりやってみました。といっても自分なりの「じっくり」なので結構ゲームプレイで至らないことも色々あり。せっかちなんですよねー。こういう戦略ゲームでしっかり国力を育てて、とか苦手ではなかったはずなんですが、例えばコーエーの三国志シリーズと比べると動きに自由度があるためAoWの方が防御が大事になってきたりして。ちゃんとやらないと色んなところが手薄になる。
あとせっかく将軍的な存在のHeroが集ってきてくれてるのに誰が誰か把握してないのはやめようと思います(笑)それぞれの能力を把握して諸々生かしたりplan aheadしたりしないと。あと魔法諸々も把握しないと。地形魔法とかかけれるようになりたい。
今回Tigransという猫人族でプレイしたのですが、結構慣れてきましたね。初心者にも使いやすいっぽい。詳細は今のところは割愛しますがこれから他の種族も慣れていきたいです。
ADOMもAge of WondersもSacrificeも、自分が好きなゲームはちょっと古めでリプレイ価値がかなり高い傾向にあるような気がします。何にしてもカスタマイズ好きなのが影響してるかな。自分が操るキャラクターが最初に(またはSacrficeの場合そのたどる道で)自分が使いやすい、イメージしやすいようにカスタマイズできるゲームがいい。
なので結果いろんなチョイスがあって、何回も違う組み合わせやマップ、ルートで遊べるゲームが手元に長く残る、と。
音楽も割とこのリプレイ価値は大事ですね。聴くにしても弾くにしても。
例えばこないだまで候補だったフォーレの舟歌は聴くにはまあ日常でちょこちょこ流し聴きして長く好きでいられるけれどここから数ヶ月しっかり練習して毎日向き合って、となるとなかなか想像できなかった。
(だから聴くのと弾くのでは違う物差しがあるってことですね)
リプレイ価値についてはこのブログで何度も話していますがホルストの「惑星」は意外と結構高いです。もう17年とか知ってる曲で、3回演奏してて、7つの楽章一通りはまって一周してもまだ新しく発見すること、好きになることがあって。ああ、これは一生好きでいられるな、という安堵感があります。
あと「鳥のカタログ」は自分にとってのリプレイ価値はかなり高いです。なんせ情報量が多いので聴く度に何かがこなれていく感じがずっと続きますし、だんだん馴染んでいく感がすごい(ただ弾く、となると「全曲」弾く機会は一生にあるかないかかもしれませんからねー)。
テレビなどメディアで良く使われたり、クラシックは特にポピュラー系統のコンサートでよく弾かれたりとかする「名曲」って結構その露出の多さで摩耗することが多いんですよね。
キャッチーな曲だからこそその摩耗に耐えられないところがあるのも確かで。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲なんかその良い例だと思いますね。
じっくりタイプの曲はじわじわ来るので長く楽しめるけれどその同じ理由でメディアでの使用は向いていないと思われたり。
割と手堅い名曲なはずなのがこの摩耗のためにちょっと特別さを失ったり、とかいうケースもよくあります。ベートーヴェンの交響曲第7番とか。良い曲だけれど、もう聴かなくていいよなーと思っちゃったりするのはやっぱり勿体ない。
それを恐れて、ではないですけれど「特定の曲を大事に聴く」というのは心がけています。(もう一つ理由としては「心や状況が合った時により味わえるようにとっておきたい」というのもあります) 一番意識してそうしてるのはface to aceの音楽かな。
でも心がけることなく自然と再聴のスパンが長くなる曲もあり(マーラー6,7番とか)。とっても好きな曲だけどそんなに頻繁に聴かなくて良い曲は聴かなくていい。
対照的に毎日一回くらい聴いても変わらず好きが保てる(ただし↑と違ってどっぷりな好きではないかな)曲もあり。バーデン・パウエルの音楽でいくつかありますね。
先ほど書いたように聴くのと弾くのではリプレイ価値を測る基準ってのが全く違います。
弾く、となると演奏するまでに毎日とか2日~3日に一回じっくり細部まで詰めながら数ヶ月弾かなくちゃいけなくて。
ただ先ほどの「深く好きで自然と再聴のスパンが長くなる曲」ってのは練習で毎日弾いても勿体ないと感じませんね。やっぱり思い入れの強さがそれだけ労力をかけたくなるのに直結するので。今でいうとダイシャクシギやラフマニノフのop. 39-7あたりがそうです。弾くことに関しては飽きる気がしない。いつだってもっと自分の演奏を自分の中に取り込んで考察して消化してまた弾きたくなる。
基本自分が弾くのに選ぶ曲って何回も弾きたくなるような曲を選んでいると思います。(ゲームに同じく)
前にも書いてますが曲の組み合わせで個々の曲の意味合いや解釈、弾き方も変わりますし。
あと基本せっかちな私ですが本を読むにしてもピアノをやるにしてもゲームをやるにしても最初にざーっと全体像を捉えてから何度もなぞって細部を詰めていくのが基本方針なのでそこからくる摩耗に耐えられない曲、最初に出会ったときに割と多くが分かってしまう曲は選ばない傾向にあります。
毎日の練習を重ねる上でもそうですが、一回演奏してしばらくおいてまた別の演奏のために再習得するときも、その「更に掘り下げる」作業が好きです。
1回目演奏するときよりは時を経て2回目、3回目と重ねていく過程でもっと多くのことが曲から(そして曲以外から)得られ、演奏も上手くなっていく・・・と信じたいので(笑)
実際ここ数ヶ月で昔弾いた曲をさらってみたら音は忘れていたりディテールの再現がなってなくても技巧・体力・表現的に昔より楽に感じたりすることが多かったです。そして昔弾いた曲に対しての愛は失ってない。
だから今回のプログラム組みで入らなかった曲もいつか何かの形で復活するだろうし、前回のリサイタルのスクリャービンもまたどっかで復活する予定です。
一度演奏した曲をまた弾くようになるには自分の(技巧・表現・人間的)成長を待つ必要がありますし、あとプログラムがどんなものになるかということにも大きく左右されますし、それから純粋に時間をおく必要はやっぱりあるのかな。
その時間をおく、寝かせるということの(自分の成長を抜きにした)意味というのはなかなか説明するのが難しいのですがきっとあると思います。
初めて曲を弾き始めるのに負けないくらい再習得も労力がいりますし、前演奏したことあるからと気が抜けないこと色々あります。
なのでこれからの数ヶ月結構大変になることが予想されますが、でもまあ意外となんとかできるような気もしてきました(笑)
自分の納得いく形になるといいな、と思っています。
今日の一曲: face to ace 「CARNAVAL」
今夜日本ではface to aceの秋ツアーの追加公演が行われているところなのでそろそろツアーでの曲もここで扱おうかな、ということで。
私がライブに行ったのはもう1ヶ月以上になりますがほんと楽しくて思い出に残ってありがとうございますーの気持ちを密かにこめたチョイス。(来年の春ツアーの予定も発表されてますしねー。もちろん春は行けないんですがとってもわくわくしています。また来年後半に!)
父が諸々ラテン系の音楽をよく聴く(&弾く)環境で育ったものでちょっとそちらのスタイルの音楽には自分もうるさいようなところが少しあるのですが(まあ偉そうに)、最終的にこのCARNAVALもはまりました。というかライブに行く前にはまっておいてよかった(笑)
そもそもACEさんの書く曲は(聖飢魔IIでもそうなのですが)自分にとってはじっくり系でじわじわ来る場合が多いような印象。馴染んでしまうとしっかり馴染むのが心地良かったり。
最初に好きになったのは終わりのギターソロだったのですが(笑)、何より間奏のキーボードが好きなのですよ。リズムが。
ライブではそこで海月さんのキャンペーン中の振り付けがあるんで踊ってたんですが(ちょっと踊ったー、そしてあれから練習してないすみません)、真似したくなるこのキーボードパート。ぱっと真似できないと分かるとヴィラ=ロボスが弾きたくなる。
やっぱりでもこの季節(=メルボルンでの)ですよ、この歌は。暑い時に聴かないと(この曲が収録されてる「風と貝がら」全般そうですが)。
夏が似合って、あと赤が似合う。お酒(カクテルがいいんじゃないかな)も合う。というか飲みたくなってきました。
とにかく夏の夜におすすめです。
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前回のエントリーに拍手どうもですー。
今日は久しぶり(=リサイタル前以来)に運転してきました。やっぱちょこちょこやらないと慣れないですなー。
といっても近くのスーパーまで行って来ただけなのですが。でもやっぱり家の周りが難しい。
普通のそこらのスーパーで豆腐も(Tofuという名で)売ってるのですが、最近入った豆腐のとあるブランドがなんだかすごいです。
Hard, Momen, Silk, Classic, Bean Curdと5種類。木綿と絹ごしは分かるし、Hardはどうやらサラダに使う堅いやつっぽいのですがClassicってなんだろう。そして豆腐=bean curdではないのか。
とりあえず今度普通の木綿とか絹ごしを買ってどんな感じか食べてみたいと思います。
ピアノも(前回書きましたが)ちょっと落ち着いて来ました。
一応この曲の組み合わせで行きたい、というのが決まったので、ちゃんと出来るかどうかはわかりませんがとりあえずのところはこれで行くことに。気持ち楽になりましたね。
曲のリストはこんな感じ(想定の順番で):
メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
1. 葉ずえを渡る鐘
2. 廃寺にかかる月
3. 金色の魚
メシアン 「鳥のカタログ」より「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲集 より 第3番、第8番、第6番、第5番、第7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39より 第4番、第8番、第7番
メシアン 「鳥のカタログ」より「ダイシャクシギ」
これでトータル14曲、70分くらいの予定。時間も曲も前回よりチャレンジに出てみました。
個々の曲で言うとイソヒヨドリとラフマニノフの第7番が難関。でも一番の問題は暗譜かな。
とりあえず優先度付けて初めましてのフォーレをさらいながら最難関の曲に取り組み始め。どれくらい時間がかかるだろうなあ。それがとにかく分からなくて。
曲のラインアップは前ちょろっと書いたと思いますがフォーレの晩期の前奏曲の色彩やハーモニーがラフマニノフのこれまた晩期の練習曲に通じるところがあり。
あと今年弾いたドビュッシーの「映像」第2集も弾けるかなーとか思ったり。(この3つの曲集は作曲された年も近いのです)
それで「鳥のカタログ」をなんとか絡めようと思って試行錯誤したり。時代や色彩が全くこれが一番難しかったかな。
でもダイシャクシギで最後しめたいと思ってたのは確実でした。
前のリサイタルの「20のまなざし」もそうですが、曲集から一部を選んで弾く時って曲の順番を変える必要がでてくる場合が多いんですよね。
最初の曲を抜いたり最後の曲を抜いたりすると特に影響が大きいような印象が。
新しい曲の組み合わせと曲の順番で曲集に新しい意味を持たせる、ということですかね。
これがでも結構うまいことまとまるような感じなんですよね。
「映像」だったり「音の絵」だったり、それから鳥カタも景色の描写、ということでなんとなくこの「視覚」中心な曲を集めたような。(だから武満の「雨の木素描II」が実は入れたかったです)
で、メシアン以外の曲はどれも原色でない微妙で不思議な色合いの曲ばっかりで、そこにはっきり色のメシアンを挟んでコントラストを付けたり。
で、最初のイソヒヨドリが海が舞台で、最後のダイシャクシギも全く違う雰囲気の海が舞台でシンメトリーになってるし、なんとなく水の流れを思わせる曲が(「金色の魚」も実際は存在しない水ですが)ちょこちょこ出てきて、本来やりたかった「水」のプログラムの流れを継いでいるようなところがあるような気がします。
なによりも好きな曲を詰め込めてなんとかまとまる見込みができたのがよかった。
ということで無理と分かるまではこのプログラムでこれからやっていきたいと思います。
すっかり手の内や伏線を明かした形になりましたが、まだ時間はかかるし今のうちに、と思いまして。
これから個々の曲を磨いて、プログラム全体として育てて深めていくのが楽しみです。
(しかし今回鳥カタに注力しなくちゃいけないので20のまなざしの残りの3つまで手が回らないのが気がかり。ここで色々書きたかったんだけどそれもいつになるか・・・)
今日は遅くなってしまったので今日の一曲はおやすみ。
キーワード系のエントリーもまたやりたい、というかやる予定です。
今日は久しぶり(=リサイタル前以来)に運転してきました。やっぱちょこちょこやらないと慣れないですなー。
といっても近くのスーパーまで行って来ただけなのですが。でもやっぱり家の周りが難しい。
普通のそこらのスーパーで豆腐も(Tofuという名で)売ってるのですが、最近入った豆腐のとあるブランドがなんだかすごいです。
Hard, Momen, Silk, Classic, Bean Curdと5種類。木綿と絹ごしは分かるし、Hardはどうやらサラダに使う堅いやつっぽいのですがClassicってなんだろう。そして豆腐=bean curdではないのか。
とりあえず今度普通の木綿とか絹ごしを買ってどんな感じか食べてみたいと思います。
ピアノも(前回書きましたが)ちょっと落ち着いて来ました。
一応この曲の組み合わせで行きたい、というのが決まったので、ちゃんと出来るかどうかはわかりませんがとりあえずのところはこれで行くことに。気持ち楽になりましたね。
曲のリストはこんな感じ(想定の順番で):
メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
1. 葉ずえを渡る鐘
2. 廃寺にかかる月
3. 金色の魚
メシアン 「鳥のカタログ」より「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲集 より 第3番、第8番、第6番、第5番、第7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39より 第4番、第8番、第7番
メシアン 「鳥のカタログ」より「ダイシャクシギ」
これでトータル14曲、70分くらいの予定。時間も曲も前回よりチャレンジに出てみました。
個々の曲で言うとイソヒヨドリとラフマニノフの第7番が難関。でも一番の問題は暗譜かな。
とりあえず優先度付けて初めましてのフォーレをさらいながら最難関の曲に取り組み始め。どれくらい時間がかかるだろうなあ。それがとにかく分からなくて。
曲のラインアップは前ちょろっと書いたと思いますがフォーレの晩期の前奏曲の色彩やハーモニーがラフマニノフのこれまた晩期の練習曲に通じるところがあり。
あと今年弾いたドビュッシーの「映像」第2集も弾けるかなーとか思ったり。(この3つの曲集は作曲された年も近いのです)
それで「鳥のカタログ」をなんとか絡めようと思って試行錯誤したり。時代や色彩が全くこれが一番難しかったかな。
でもダイシャクシギで最後しめたいと思ってたのは確実でした。
前のリサイタルの「20のまなざし」もそうですが、曲集から一部を選んで弾く時って曲の順番を変える必要がでてくる場合が多いんですよね。
最初の曲を抜いたり最後の曲を抜いたりすると特に影響が大きいような印象が。
新しい曲の組み合わせと曲の順番で曲集に新しい意味を持たせる、ということですかね。
これがでも結構うまいことまとまるような感じなんですよね。
「映像」だったり「音の絵」だったり、それから鳥カタも景色の描写、ということでなんとなくこの「視覚」中心な曲を集めたような。(だから武満の「雨の木素描II」が実は入れたかったです)
で、メシアン以外の曲はどれも原色でない微妙で不思議な色合いの曲ばっかりで、そこにはっきり色のメシアンを挟んでコントラストを付けたり。
で、最初のイソヒヨドリが海が舞台で、最後のダイシャクシギも全く違う雰囲気の海が舞台でシンメトリーになってるし、なんとなく水の流れを思わせる曲が(「金色の魚」も実際は存在しない水ですが)ちょこちょこ出てきて、本来やりたかった「水」のプログラムの流れを継いでいるようなところがあるような気がします。
なによりも好きな曲を詰め込めてなんとかまとまる見込みができたのがよかった。
ということで無理と分かるまではこのプログラムでこれからやっていきたいと思います。
すっかり手の内や伏線を明かした形になりましたが、まだ時間はかかるし今のうちに、と思いまして。
これから個々の曲を磨いて、プログラム全体として育てて深めていくのが楽しみです。
(しかし今回鳥カタに注力しなくちゃいけないので20のまなざしの残りの3つまで手が回らないのが気がかり。ここで色々書きたかったんだけどそれもいつになるか・・・)
今日は遅くなってしまったので今日の一曲はおやすみ。
キーワード系のエントリーもまたやりたい、というかやる予定です。
前回の記事に拍手ありがとうございます。
今日は夕方に北日本を中心に地震・津波があって、オーストラリア時間午後9時30分現在やっと全警報・注意報が解除されたところですね。
メルボルンは何の変哲もない夏の一日(29℃)ですが、家の電気が居間・キッチン半分・妹の部屋半分と一斉に切れてただいまスタンドやら周りのエリアの電気やらテレビやらで少しでもあかるくしながらこれを書いているところです。
そもそも背の低いのが災いして居間の電気が自分で変えれないんですよね。ちょっと変わったハロゲンランプで(少なくとも私はこの家に越してきて初めて見た)、はしごでも届かない、妹もぎりぎりスマホのカメラで撮りながらしか替えられなかったり。
幸いにも自分の寝室はちゃんと電気つきますし、それから夏時間でしかも12月、ということで8時半過ぎでもまだ日が沈んでないためしばらくは大丈夫・・・なような。
今日は在外投票に行って来ました。領事館がお引っ越ししてから行くの初めて。選挙は前回の参院選が初めてだったかな。
それからHaunted Bookshopでアルケミーゴシック買って来ましたよ~お目当てのTaraneponaがなかった!廃盤なのは知ってたのですがこないだ売れてから手には入ってないそうで。でも廃盤のアイテムでもこないだ買ったSeraphimやStar of Udolphoは補充してあったのでもう作ってなくても何らかの方法で入手しているようです。すごいな。
結果買ったのも廃盤になってしまった「Carmen」というネックレス。普段から使えるさりげなさがある素敵なデザイン。
クラシック音楽をやってる身だとカルメンってのは赤のイメージがあるのですが、この前買ったアブサンスプーンのネックレスと同じ緑なのはアブサンにフランスだけでなくボヘミアの方の文化のつながりもあるそうでそのつながりかな。
店主さん(ゴーストツアーのおじさんでもある、世界ふしぎ発見で特集されてました)と話したんですがもともとアルケミーゴシックは寒色アイテムが少ないけれど最近輪をかけて、というかほぼ出ないようになったなー、と。血を連想する、それからヴァンパイア関係でよく使われたり、ゴスファッションで女性が好んで使うため赤はやっぱりメジャーになるのかな。そしてアブサンシリーズの緑もまだまだ根強い。
Haunted Bookshopはアルケミのディスプレイを色で分けたり(緑はひとかたまりになっている)、モチーフで分けたり(コウモリ・蛇・ペンタグラムなどは小さいセクションがそれぞれあったり)してるのがいいですね。コレクションが大きくなってきたらしまうなり飾るなりするときは考えたいことです。
12月なのでシティは諸々クリスマス色ですね、すっかり。
こないだからMyerなどのショッピングモールにサンタクロースとの写真撮影の場所が出来ていたり、アーケードや街の至る所にクリスマス飾りが飾ってあったり、ツリーが飾ってあったり。
色んな店でセールもやってますし、クリスマスカードも箱単位で売ってたり。
クリスマスに近づくとシティの色んなところでSalvation Armyの毎年のチャリティ活動として金管アンサンブルが演奏するのですが、今年はまだお目にかかれていません。在学中は割と大学の知り合いとかもちょこちょこ見たりしたもんですが、さすがに今は若い子ばっかりで知らないですねー。
そこに限ったことでないですが若い女の子がユーフォニアムとかトロンボーンとか吹いてるとものすごく応援したくなっちゃいます。どっちも体力の要る楽器で、男子が圧倒的に多いですからね。特にバストロンボーンを女性が担当してるとものすごくかっこいい!
で、帰宅してから(自分でも驚いたことに)ピアノも仕事もちょっとずつやりましたよー。
これからまだいつか分からない演奏に向けて取り組むプログラムもほぼ固まりました。これから手書きで書き出して(どうしても必要な「儀式」)優先順位を付けたりして。ここからですな。
曲はいくつか切ったけれど、結果(現時点では)納得のいく選曲です。これを前回同様個々の曲だけでなくプログラム全体としても育てていかなければ。
そして先ほど仕事も増えたので年末までに諸々片付いてお給料がちゃんともらえるように頑張らなくては。
でも明日は37℃なので出来るだけ外に出たいんだけどなー・・・
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 「ロミオとジュリエット」より「マキューシオ」
今ちょうどNHKのららら♪クラシックの録画、イギリス特集でロイヤル・バレエのロミジュリを見ていたところなので。
イギリスの学校でも授業で古典としてシェークスピアの作品を勉強しますが、オーストラリアの学校でも扱いますよ。中学3年でロミジュリやって、そこからマクベス、オセローもやりました。ロミジュリは映画2つ(ゼフィレッリ版もディカプリオ主演のも)授業の中で見ましたし、授業で朗読したりもして、小論文を書いたりして。
音楽の作品だとベルリオーズのロミジュリもちょろっとオケで弾きましたし、プロコフィエフのロミジュリはオケで(ピアノで)バレエ団と公演やりました。やっぱプロコフィエフはいいですねー。
シェークスピアの戯曲でもプロコフィエフのバレエでも、マキューシオというキャラクターの存在ってなんか特別で好きです。朗読では彼の役がやりたかった(やったかどうか覚えてない)。
マキューシオはロミオの良い友人であり、町の太守の親戚で顔も広くて、台詞も軽い感じの、ユーモアにあふれたところが多い、楽観主義者みたいなところもあり。
キャピュレット家とモンタギュー家がいがみ合う中どちらの家の者とも知り合いで話すことができ、悲劇の引き金となるキーキャラクターでもあり。
道化的な役割が強いながらも、それだけじゃないキーキャラクターですよね。三枚目にしては二枚目というか。
戯曲・バレエ共に一番マキューシオの印象が強いのがティボルトとの決闘→死のシーンですが、ちゃんとその前にもプロコフィエフは曲を一曲彼のために割いているんですよ。(この曲が決闘のシーンでもう一回使われます)
快活で、明るくて、ちょっとイレギュラーなリズムを入れたり、中間部でテンポを落としてキャラを変えてみたり、いかにも「道化」的な曲です(ソヴィエトの作曲家はこういうの得意ですね)。
なんといってもプロコフィエフの「飛ぶ」クラリネットやバイオリン、そして要所要所の打楽器やピアノが光る曲だと思います。中間部でのファゴットもまた違うテイストのユーモアにぴったり。
彼の名前、Mercutioが水星だったりメルクリウスだったり(Mercury)を連想させるのがものすごくこの曲で感じられます。
さっき見てたロイヤル・バレエでDVDを、と探してみたら振り付け師も同じケネス・マクミランのがありました。収録はでも1984年とかなり前みたいですね。今回見たのとどれくらい違うのかしらん。
今日は夕方に北日本を中心に地震・津波があって、オーストラリア時間午後9時30分現在やっと全警報・注意報が解除されたところですね。
メルボルンは何の変哲もない夏の一日(29℃)ですが、家の電気が居間・キッチン半分・妹の部屋半分と一斉に切れてただいまスタンドやら周りのエリアの電気やらテレビやらで少しでもあかるくしながらこれを書いているところです。
そもそも背の低いのが災いして居間の電気が自分で変えれないんですよね。ちょっと変わったハロゲンランプで(少なくとも私はこの家に越してきて初めて見た)、はしごでも届かない、妹もぎりぎりスマホのカメラで撮りながらしか替えられなかったり。
幸いにも自分の寝室はちゃんと電気つきますし、それから夏時間でしかも12月、ということで8時半過ぎでもまだ日が沈んでないためしばらくは大丈夫・・・なような。
今日は在外投票に行って来ました。領事館がお引っ越ししてから行くの初めて。選挙は前回の参院選が初めてだったかな。
それからHaunted Bookshopでアルケミーゴシック買って来ましたよ~お目当てのTaraneponaがなかった!廃盤なのは知ってたのですがこないだ売れてから手には入ってないそうで。でも廃盤のアイテムでもこないだ買ったSeraphimやStar of Udolphoは補充してあったのでもう作ってなくても何らかの方法で入手しているようです。すごいな。
結果買ったのも廃盤になってしまった「Carmen」というネックレス。普段から使えるさりげなさがある素敵なデザイン。
クラシック音楽をやってる身だとカルメンってのは赤のイメージがあるのですが、この前買ったアブサンスプーンのネックレスと同じ緑なのはアブサンにフランスだけでなくボヘミアの方の文化のつながりもあるそうでそのつながりかな。
店主さん(ゴーストツアーのおじさんでもある、世界ふしぎ発見で特集されてました)と話したんですがもともとアルケミーゴシックは寒色アイテムが少ないけれど最近輪をかけて、というかほぼ出ないようになったなー、と。血を連想する、それからヴァンパイア関係でよく使われたり、ゴスファッションで女性が好んで使うため赤はやっぱりメジャーになるのかな。そしてアブサンシリーズの緑もまだまだ根強い。
Haunted Bookshopはアルケミのディスプレイを色で分けたり(緑はひとかたまりになっている)、モチーフで分けたり(コウモリ・蛇・ペンタグラムなどは小さいセクションがそれぞれあったり)してるのがいいですね。コレクションが大きくなってきたらしまうなり飾るなりするときは考えたいことです。
12月なのでシティは諸々クリスマス色ですね、すっかり。
こないだからMyerなどのショッピングモールにサンタクロースとの写真撮影の場所が出来ていたり、アーケードや街の至る所にクリスマス飾りが飾ってあったり、ツリーが飾ってあったり。
色んな店でセールもやってますし、クリスマスカードも箱単位で売ってたり。
クリスマスに近づくとシティの色んなところでSalvation Armyの毎年のチャリティ活動として金管アンサンブルが演奏するのですが、今年はまだお目にかかれていません。在学中は割と大学の知り合いとかもちょこちょこ見たりしたもんですが、さすがに今は若い子ばっかりで知らないですねー。
そこに限ったことでないですが若い女の子がユーフォニアムとかトロンボーンとか吹いてるとものすごく応援したくなっちゃいます。どっちも体力の要る楽器で、男子が圧倒的に多いですからね。特にバストロンボーンを女性が担当してるとものすごくかっこいい!
で、帰宅してから(自分でも驚いたことに)ピアノも仕事もちょっとずつやりましたよー。
これからまだいつか分からない演奏に向けて取り組むプログラムもほぼ固まりました。これから手書きで書き出して(どうしても必要な「儀式」)優先順位を付けたりして。ここからですな。
曲はいくつか切ったけれど、結果(現時点では)納得のいく選曲です。これを前回同様個々の曲だけでなくプログラム全体としても育てていかなければ。
そして先ほど仕事も増えたので年末までに諸々片付いてお給料がちゃんともらえるように頑張らなくては。
でも明日は37℃なので出来るだけ外に出たいんだけどなー・・・
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 「ロミオとジュリエット」より「マキューシオ」
今ちょうどNHKのららら♪クラシックの録画、イギリス特集でロイヤル・バレエのロミジュリを見ていたところなので。
イギリスの学校でも授業で古典としてシェークスピアの作品を勉強しますが、オーストラリアの学校でも扱いますよ。中学3年でロミジュリやって、そこからマクベス、オセローもやりました。ロミジュリは映画2つ(ゼフィレッリ版もディカプリオ主演のも)授業の中で見ましたし、授業で朗読したりもして、小論文を書いたりして。
音楽の作品だとベルリオーズのロミジュリもちょろっとオケで弾きましたし、プロコフィエフのロミジュリはオケで(ピアノで)バレエ団と公演やりました。やっぱプロコフィエフはいいですねー。
シェークスピアの戯曲でもプロコフィエフのバレエでも、マキューシオというキャラクターの存在ってなんか特別で好きです。朗読では彼の役がやりたかった(やったかどうか覚えてない)。
マキューシオはロミオの良い友人であり、町の太守の親戚で顔も広くて、台詞も軽い感じの、ユーモアにあふれたところが多い、楽観主義者みたいなところもあり。
キャピュレット家とモンタギュー家がいがみ合う中どちらの家の者とも知り合いで話すことができ、悲劇の引き金となるキーキャラクターでもあり。
道化的な役割が強いながらも、それだけじゃないキーキャラクターですよね。三枚目にしては二枚目というか。
戯曲・バレエ共に一番マキューシオの印象が強いのがティボルトとの決闘→死のシーンですが、ちゃんとその前にもプロコフィエフは曲を一曲彼のために割いているんですよ。(この曲が決闘のシーンでもう一回使われます)
快活で、明るくて、ちょっとイレギュラーなリズムを入れたり、中間部でテンポを落としてキャラを変えてみたり、いかにも「道化」的な曲です(ソヴィエトの作曲家はこういうの得意ですね)。
なんといってもプロコフィエフの「飛ぶ」クラリネットやバイオリン、そして要所要所の打楽器やピアノが光る曲だと思います。中間部でのファゴットもまた違うテイストのユーモアにぴったり。
彼の名前、Mercutioが水星だったりメルクリウスだったり(Mercury)を連想させるのがものすごくこの曲で感じられます。
さっき見てたロイヤル・バレエでDVDを、と探してみたら振り付け師も同じケネス・マクミランのがありました。収録はでも1984年とかなり前みたいですね。今回見たのとどれくらい違うのかしらん。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます-。
昨日書いたピアノの諸々懸念により今日は新しい曲を練習し始めてみました。
フォーレの前奏曲と、ラフマニノフの練習曲op.39から第7番。前者はできれば9曲中5つ選びたい。今のところ6曲まで絞ってます。後者は初めてな上に想定レパートリーの中だと一番難しいと思われるので早めにある程度こなしておきたい。
万が一大きなコードが無理だったときのためにも(万が一、ですが)。
ただ弾くことよりも今は一番時間の管理とプランニングが難しい。それから曲のチョイスも。
新しく曲を始めたり、昨日書いたゲームの諸々の理解だったり、創作の設定やキャラクターを考えたり、色々やってると自分は(せっかちな割には)熟考タイプというかスロースターターというか、とにかくじっくり腰を据えて考えることが必要だな、ということに気づいてきて。
全部が全部がゆっくりなのも困るなあ、と思うのですがよくよく考えて見ると何をするにしても基本のプロセスは一緒なような気がします。
ピアノで曲が弾けるようになって自分の演奏になっていく過程も、ゲームの世界観や設定を理解してゲームプレイに応用するのも、創作でキャラクターを作ったり世界を創ったりするのも、全部まず「破壊して」それから「作り上げる」プロセスから成ってるな、と思います。
破壊する、というのは字面ちょっとあれかな。要するに対象物(曲だったりキャラの全体的な印象だったり、または自分の見るもの聞くもの全般)をまず細かい部分に粉々に消化する、という意味で使ってるのですが。
作り上げる、はそのまま。破壊されたピースを集めて、それだけれなく自分が持ってるリソースなどもピースとして持ち寄って集めてそれも合わせて作る。もちろん破壊した前のものとは同じものにならない。
曲だったら習得する過程で一旦曲の全体像よりも個々の音、強弱、ハーモニーなど細かい部分にフォーカスして、そこから作曲家の意図を汲んだり自分の解釈などを加えて、自分のできることを踏まえて自分の演奏を作っていく、とか。
ゲームだったらクリーチャーの種類や特性、使える魔法とか個々に把握して、それをゲームの運びに応じて使っていく、とか。
創作だったら、例えばキャラクターの全体像がぼんやりあって、そこから虫眼鏡でみるみたいに詳細を一つずつ詰めていって完全な一人のキャラクターに仕立て上げていく、とか(この場合一次創作よりも二次創作のほうがこのプロセスに忠実かな。目の前にあるキャラクターを一旦自分の中で性格とか行動パターンとか癖とか思考回路を細分化してまた作り上げるみたいな。そういう意味ではもしかしたら物真似もそういうプロセスになるかも)。
ゼロから作り上げる場合でも「破壊する」プロセスは存在すると思うんです。自分の中にすでにある諸々、そして日々インプットされて糧となる、見聞きする諸々が何かを創る際には(部分的にでも、そして無意識でも)破壊されると。
自分にとってはこの「まず破壊する」プロセスがものすごく大事で、かなり意識してかみ砕くことが必要で時間もかかるものなのですが、逆にそれが労力を費やさずにできる人もいるんだろうなあ。
所謂典型的な「天才」のイメージはまるで魔法のように一見なにも無いところから創りあげるイメージがあるため、「作り上げる」プロセスが比較的楽である、だけじゃなくて「破壊する」プロセスも速く、ほぼ無意識にできる人間なんだろうな、と思います。
とにかく破壊する方も作り上げる方も時間がかかる私ですが、メシアンの音楽に限っては作り上げるプロセスが他の分野に比べて、そして破壊するプロセスに比べて若干楽なところがあるような気がしないでもなかったり。
もちろん最初のころは苦労したと思いますし、楽ならそれはそれで迷うこともちょこちょこありますが、一旦音楽言語だったり曲のコンセプトや音自体などを把握すると(それはちょっとやっぱり時間がかかる)大分楽になるような覚えはあります。
細かいところが難しくて全体像を創るのがそれほど、といえばラヴェルもそんな印象が。
ただ音楽に限らずですが破壊に費やす労力と作り上げる労力のバランスは創作するという経験の印象をものすごく左右しますね。
例えば上記「破壊するプロセスが難しいけれど作り上げるのが比較的楽」となると満足感を得られない人もいるんじゃないかな、と。
私はその逆の「破壊するプロセスが簡単で作り上げるのが難しい」ケースは音楽だったら「相性がよくないな」と思うような気がしますし、創作だったら完成させるのが難しくて没になり設定だけ残る(そして後で使い回す)ような。
そのバランスで言うと破壊して消化したまま作り上げが不十分、というのもやっぱり納得いかないものがあるような。
例えばゲームで設定とかキャラクターとかクリーチャーとか諸々周知して、それでそれをゲームプレイに生かしただけじゃ「作り上げる」プロセスとして不十分なところがあるみたいで。
だから昨日書いたとおり下手の横好きで好きなゲームについて語りたいと思いますし、ゲーム関係の二次創作で文を書きたくなるのもそういうところがあるのかな、と。
・・・ということをちょっと突発的に考えていたので今日書いてみた次第です。
「作り上げる」プロセスも大事だけれど「破壊する」プロセスも創作やその他諸々で大事にするべきだな、と思います。
(そして今振り返ってみるとこの2つのステップの構図はなにか新神話的なフレーバーがありますね。再生神話を連想させるプロセス、ということだけではなく、新神話主義の話でたびたび出てくる周りの世界を分析的に捉えて記号的に表現するプロセスに関連するところがあるのかも)
そして突発的に書いたため今日の一曲は選んでありませんでした。また次回。
昨日書いたピアノの諸々懸念により今日は新しい曲を練習し始めてみました。
フォーレの前奏曲と、ラフマニノフの練習曲op.39から第7番。前者はできれば9曲中5つ選びたい。今のところ6曲まで絞ってます。後者は初めてな上に想定レパートリーの中だと一番難しいと思われるので早めにある程度こなしておきたい。
万が一大きなコードが無理だったときのためにも(万が一、ですが)。
ただ弾くことよりも今は一番時間の管理とプランニングが難しい。それから曲のチョイスも。
新しく曲を始めたり、昨日書いたゲームの諸々の理解だったり、創作の設定やキャラクターを考えたり、色々やってると自分は(せっかちな割には)熟考タイプというかスロースターターというか、とにかくじっくり腰を据えて考えることが必要だな、ということに気づいてきて。
全部が全部がゆっくりなのも困るなあ、と思うのですがよくよく考えて見ると何をするにしても基本のプロセスは一緒なような気がします。
ピアノで曲が弾けるようになって自分の演奏になっていく過程も、ゲームの世界観や設定を理解してゲームプレイに応用するのも、創作でキャラクターを作ったり世界を創ったりするのも、全部まず「破壊して」それから「作り上げる」プロセスから成ってるな、と思います。
破壊する、というのは字面ちょっとあれかな。要するに対象物(曲だったりキャラの全体的な印象だったり、または自分の見るもの聞くもの全般)をまず細かい部分に粉々に消化する、という意味で使ってるのですが。
作り上げる、はそのまま。破壊されたピースを集めて、それだけれなく自分が持ってるリソースなどもピースとして持ち寄って集めてそれも合わせて作る。もちろん破壊した前のものとは同じものにならない。
曲だったら習得する過程で一旦曲の全体像よりも個々の音、強弱、ハーモニーなど細かい部分にフォーカスして、そこから作曲家の意図を汲んだり自分の解釈などを加えて、自分のできることを踏まえて自分の演奏を作っていく、とか。
ゲームだったらクリーチャーの種類や特性、使える魔法とか個々に把握して、それをゲームの運びに応じて使っていく、とか。
創作だったら、例えばキャラクターの全体像がぼんやりあって、そこから虫眼鏡でみるみたいに詳細を一つずつ詰めていって完全な一人のキャラクターに仕立て上げていく、とか(この場合一次創作よりも二次創作のほうがこのプロセスに忠実かな。目の前にあるキャラクターを一旦自分の中で性格とか行動パターンとか癖とか思考回路を細分化してまた作り上げるみたいな。そういう意味ではもしかしたら物真似もそういうプロセスになるかも)。
ゼロから作り上げる場合でも「破壊する」プロセスは存在すると思うんです。自分の中にすでにある諸々、そして日々インプットされて糧となる、見聞きする諸々が何かを創る際には(部分的にでも、そして無意識でも)破壊されると。
自分にとってはこの「まず破壊する」プロセスがものすごく大事で、かなり意識してかみ砕くことが必要で時間もかかるものなのですが、逆にそれが労力を費やさずにできる人もいるんだろうなあ。
所謂典型的な「天才」のイメージはまるで魔法のように一見なにも無いところから創りあげるイメージがあるため、「作り上げる」プロセスが比較的楽である、だけじゃなくて「破壊する」プロセスも速く、ほぼ無意識にできる人間なんだろうな、と思います。
とにかく破壊する方も作り上げる方も時間がかかる私ですが、メシアンの音楽に限っては作り上げるプロセスが他の分野に比べて、そして破壊するプロセスに比べて若干楽なところがあるような気がしないでもなかったり。
もちろん最初のころは苦労したと思いますし、楽ならそれはそれで迷うこともちょこちょこありますが、一旦音楽言語だったり曲のコンセプトや音自体などを把握すると(それはちょっとやっぱり時間がかかる)大分楽になるような覚えはあります。
細かいところが難しくて全体像を創るのがそれほど、といえばラヴェルもそんな印象が。
ただ音楽に限らずですが破壊に費やす労力と作り上げる労力のバランスは創作するという経験の印象をものすごく左右しますね。
例えば上記「破壊するプロセスが難しいけれど作り上げるのが比較的楽」となると満足感を得られない人もいるんじゃないかな、と。
私はその逆の「破壊するプロセスが簡単で作り上げるのが難しい」ケースは音楽だったら「相性がよくないな」と思うような気がしますし、創作だったら完成させるのが難しくて没になり設定だけ残る(そして後で使い回す)ような。
そのバランスで言うと破壊して消化したまま作り上げが不十分、というのもやっぱり納得いかないものがあるような。
例えばゲームで設定とかキャラクターとかクリーチャーとか諸々周知して、それでそれをゲームプレイに生かしただけじゃ「作り上げる」プロセスとして不十分なところがあるみたいで。
だから昨日書いたとおり下手の横好きで好きなゲームについて語りたいと思いますし、ゲーム関係の二次創作で文を書きたくなるのもそういうところがあるのかな、と。
・・・ということをちょっと突発的に考えていたので今日書いてみた次第です。
「作り上げる」プロセスも大事だけれど「破壊する」プロセスも創作やその他諸々で大事にするべきだな、と思います。
(そして今振り返ってみるとこの2つのステップの構図はなにか新神話的なフレーバーがありますね。再生神話を連想させるプロセス、ということだけではなく、新神話主義の話でたびたび出てくる周りの世界を分析的に捉えて記号的に表現するプロセスに関連するところがあるのかも)
そして突発的に書いたため今日の一曲は選んでありませんでした。また次回。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
そしてカウンターが5000を超えました!日々のご訪問ありがとうございます!
節目節目で書いていることですが、このブログのアクセスはかなりspecificなキーワードで検索してたどり着いているいる方が多くて、果たしてここでお探しのものが見つかっているかどうかわからないのですが・・・
(特に最近聖飢魔II、face to ace関連のキーワードが増えていてちょっとあわわとなっていたり。それからクラム関連のキーワードもあったりしてちょっと嬉しかったりするのですが、こちらは割と広い感じのキーワードが多いのでもっと深く知られるといいな、と思ってます。)
文が長い割に中身に自信も持てないところがありますがこれからもよろしくお願いします~
さて、相変わらずピアノも膠着状態から抜けたものの諸々プランニング、練習内容、レパートリーなどちょっとぐるぐるしています。
次回演奏やるとしたらもちょっと演奏時間を延ばして1時間~1時間10分くらいを想定してるのですが、それを今考えてるレパートリー(あくまでもぐるぐるしている状態ですが)でやると14曲くらいになるんですよね。ちなみに次回は8曲でした。
その中でこれまで人前で弾いた曲も2~3曲しかないですし、暗譜もほとんどしてないし、初めましての曲で練習し始めてないのも6~7曲あるし。そうすると今から何ヶ月かかるか、そろそろもう取りかかったほうが良いのか、練習はどうやっていけばいいのかなかなか掴めなくて悩んでいるところです。
ただ、そんななかだんだん心に余裕ができてきたみたいです。
昨日はちょっとぶりにAge of Wonders: Shadow Magicをプレイしましたよ。ゲームがそこそこがっつりできる心の余裕があるのはいいですね。フリーセルとか500は比較的短く区切れますし、ADOM (Ancient Domains of Mystery) も結構すぐゲームオーバーになってしまうので短く区切れますし。
Age of Wondersシリーズはファンタジー戦略ゲームで、前書きましたっけ、Steamというプラットフォームで全3作(+サントラ)合わせて購入したのです。第1,2作は何年も前にデモで遊んだのですが、第2作から基本システム等は変わってない第3作(Shadow Magic)はデモがでなかったので今回が初めて。
なので基本コマンドとか流れとかはほぼ分かるけれど、デモで使えなかった多々の種族+第3作追加の種族はまだまだ全然馴染みがない。
ファンサイトで一応どんなユニット(クリーチャー)が使えるか、というのは見ていましたが(それこそ穴が開くほど)、そのユニット毎、種族毎の使い心地の違いは昨日初めて味わいましたね。
ゲームの感想とかちょこっと一側面考察とかどうかなーと思うのですがなかなか文にするのは難しいですねー(ライブの感想よりもまだ難しい)。割と諸ゲーム的なものは下手な傾向にあるので、キャンペーンゲームなんかSacrificeでもAge of Wondersでもなかなか進めませんし。
だからユニットや種族の使い勝手とか書くのはどうかなー・・・と思ったところでなかなか高位クリーチャーを使うところまで至ってなかったり。ぐうの音もでない。
下手の横好きでなんとかゲーム語りもできたらいいんだけど。
そしてゲームといえば以前寄付したADOMの新バージョン開発で新しい種族「Mist Elves」についての考察が公式ブログにアップされていました。いやあ設定が深い。このゲームは既に3種類のエルフがいるんですが(High elves, Grey elves, Dark elves)、この新しいタイプのエルフもそれに負けないくらい特徴的です。
その寿命の恐ろしいほどの長さによる価値観・世界観の独特さだったり、ダメージの受け方だったり、あと善でも悪でもなく、はたまた中間というのもなんか違うような性質がまた面白い。
ゲームに反映されるのはちょっと先になるかもしれませんがその間このMist elvesについての設定をじっくり反芻して理解して共感してみたいです。
仕事にピアノに文書きに諸々やりたいことやることたくさんあるのですがゲームもじっくりゆっくり楽しみたいです。Age of WondersにしてもADOMにしても設定とかだけで随分味わうところ、掘り下げるところがあるので。
とにかく何でも吸収にとにかく時間がかかる、ということを最近実感することが多いのですが、ピアノもじっくり構えることで何か掴めるといいなあ・・・
今日の一曲: 「Le Déserteur」 (詞:Boris Paul Vian、曲:Harold Bernard Berg)
Amazon.comにある録音(試聴なし)
こないだ日本に一時帰国したときに父からぶんどってきたCDから。なんか4枚組で色んな歌手が歌ってるシャンソンのCDがあって、シャンソン初めましてで4枚いっぺんに入れるのはちょっとためらわれたため最初の1枚だけ入れてきました。
シャンソン、シャッフル再生で他の曲と混ぜて仕事中に聞くといいですね。そうやってちょこちょこ聞いているうちに気になる曲もいくつか出てきて、そういう曲をちゃんと集中して聞いてみるようにもなりました。
そんな中でこの「Le Déserteur」という曲に特に惹かれてよく聴くようになり、ブログでいっぺん書いておきたいなーと思い、ちょっと調べてみたらなんだかかなり有名な曲だったようで。
1950年代に書かれた反戦歌だそうで、書かれてからしばらくフランスでは放送禁止になるも様々な言語に訳されたりベトナム戦争で反戦歌として歌われたりといった経緯があるそうです。(タイトルのLe Déserteurというのは戦線から逃亡した人のことを指す言葉みたいです)
Wikipedia英語版からリンクされていたページに日本語版の歌詞もありました。こちら。
(このページ、たくさんの言語で、しかも一つの言語に複数の訳がまとめられているのがすごい。目的の言語を見つけるのに時間がかかったー)
歌詞もそうなんですけど、曲もまた憎しみや怒りに満ちているわけでなく、どっちかというとLaid backな、「心が離れた」感というか。悲しみや無念、訴えたいことはあるけれど、それは前に出ているわけではなく、あくまでも親愛なる大統領様に向けての手紙であり、決して国を憎んでいるわけでもなく。
フランス語を知らないと割と愛を語るのも戦争を語るのもシャンソンの歌の表現は色々同じに聞こえる、ではないけれど似たようなテイストがあって、そういうところがこの歌は不思議だな、と思うのです。
この分だと次回の一時帰国では残りの3枚のCDもインポートすることになりそう(笑)シャンソンとそれにまつわる文化とか、もっと知りたいです。(一応自分が弾いているピアノ曲と時代の範囲は似てますからね・・・)
そしてカウンターが5000を超えました!日々のご訪問ありがとうございます!
節目節目で書いていることですが、このブログのアクセスはかなりspecificなキーワードで検索してたどり着いているいる方が多くて、果たしてここでお探しのものが見つかっているかどうかわからないのですが・・・
(特に最近聖飢魔II、face to ace関連のキーワードが増えていてちょっとあわわとなっていたり。それからクラム関連のキーワードもあったりしてちょっと嬉しかったりするのですが、こちらは割と広い感じのキーワードが多いのでもっと深く知られるといいな、と思ってます。)
文が長い割に中身に自信も持てないところがありますがこれからもよろしくお願いします~
さて、相変わらずピアノも膠着状態から抜けたものの諸々プランニング、練習内容、レパートリーなどちょっとぐるぐるしています。
次回演奏やるとしたらもちょっと演奏時間を延ばして1時間~1時間10分くらいを想定してるのですが、それを今考えてるレパートリー(あくまでもぐるぐるしている状態ですが)でやると14曲くらいになるんですよね。ちなみに次回は8曲でした。
その中でこれまで人前で弾いた曲も2~3曲しかないですし、暗譜もほとんどしてないし、初めましての曲で練習し始めてないのも6~7曲あるし。そうすると今から何ヶ月かかるか、そろそろもう取りかかったほうが良いのか、練習はどうやっていけばいいのかなかなか掴めなくて悩んでいるところです。
ただ、そんななかだんだん心に余裕ができてきたみたいです。
昨日はちょっとぶりにAge of Wonders: Shadow Magicをプレイしましたよ。ゲームがそこそこがっつりできる心の余裕があるのはいいですね。フリーセルとか500は比較的短く区切れますし、ADOM (Ancient Domains of Mystery) も結構すぐゲームオーバーになってしまうので短く区切れますし。
Age of Wondersシリーズはファンタジー戦略ゲームで、前書きましたっけ、Steamというプラットフォームで全3作(+サントラ)合わせて購入したのです。第1,2作は何年も前にデモで遊んだのですが、第2作から基本システム等は変わってない第3作(Shadow Magic)はデモがでなかったので今回が初めて。
なので基本コマンドとか流れとかはほぼ分かるけれど、デモで使えなかった多々の種族+第3作追加の種族はまだまだ全然馴染みがない。
ファンサイトで一応どんなユニット(クリーチャー)が使えるか、というのは見ていましたが(それこそ穴が開くほど)、そのユニット毎、種族毎の使い心地の違いは昨日初めて味わいましたね。
ゲームの感想とかちょこっと一側面考察とかどうかなーと思うのですがなかなか文にするのは難しいですねー(ライブの感想よりもまだ難しい)。割と諸ゲーム的なものは下手な傾向にあるので、キャンペーンゲームなんかSacrificeでもAge of Wondersでもなかなか進めませんし。
だからユニットや種族の使い勝手とか書くのはどうかなー・・・と思ったところでなかなか高位クリーチャーを使うところまで至ってなかったり。ぐうの音もでない。
下手の横好きでなんとかゲーム語りもできたらいいんだけど。
そしてゲームといえば以前寄付したADOMの新バージョン開発で新しい種族「Mist Elves」についての考察が公式ブログにアップされていました。いやあ設定が深い。このゲームは既に3種類のエルフがいるんですが(High elves, Grey elves, Dark elves)、この新しいタイプのエルフもそれに負けないくらい特徴的です。
その寿命の恐ろしいほどの長さによる価値観・世界観の独特さだったり、ダメージの受け方だったり、あと善でも悪でもなく、はたまた中間というのもなんか違うような性質がまた面白い。
ゲームに反映されるのはちょっと先になるかもしれませんがその間このMist elvesについての設定をじっくり反芻して理解して共感してみたいです。
仕事にピアノに文書きに諸々やりたいことやることたくさんあるのですがゲームもじっくりゆっくり楽しみたいです。Age of WondersにしてもADOMにしても設定とかだけで随分味わうところ、掘り下げるところがあるので。
とにかく何でも吸収にとにかく時間がかかる、ということを最近実感することが多いのですが、ピアノもじっくり構えることで何か掴めるといいなあ・・・
今日の一曲: 「Le Déserteur」 (詞:Boris Paul Vian、曲:Harold Bernard Berg)
Amazon.comにある録音(試聴なし)
こないだ日本に一時帰国したときに父からぶんどってきたCDから。なんか4枚組で色んな歌手が歌ってるシャンソンのCDがあって、シャンソン初めましてで4枚いっぺんに入れるのはちょっとためらわれたため最初の1枚だけ入れてきました。
シャンソン、シャッフル再生で他の曲と混ぜて仕事中に聞くといいですね。そうやってちょこちょこ聞いているうちに気になる曲もいくつか出てきて、そういう曲をちゃんと集中して聞いてみるようにもなりました。
そんな中でこの「Le Déserteur」という曲に特に惹かれてよく聴くようになり、ブログでいっぺん書いておきたいなーと思い、ちょっと調べてみたらなんだかかなり有名な曲だったようで。
1950年代に書かれた反戦歌だそうで、書かれてからしばらくフランスでは放送禁止になるも様々な言語に訳されたりベトナム戦争で反戦歌として歌われたりといった経緯があるそうです。(タイトルのLe Déserteurというのは戦線から逃亡した人のことを指す言葉みたいです)
Wikipedia英語版からリンクされていたページに日本語版の歌詞もありました。こちら。
(このページ、たくさんの言語で、しかも一つの言語に複数の訳がまとめられているのがすごい。目的の言語を見つけるのに時間がかかったー)
歌詞もそうなんですけど、曲もまた憎しみや怒りに満ちているわけでなく、どっちかというとLaid backな、「心が離れた」感というか。悲しみや無念、訴えたいことはあるけれど、それは前に出ているわけではなく、あくまでも親愛なる大統領様に向けての手紙であり、決して国を憎んでいるわけでもなく。
フランス語を知らないと割と愛を語るのも戦争を語るのもシャンソンの歌の表現は色々同じに聞こえる、ではないけれど似たようなテイストがあって、そういうところがこの歌は不思議だな、と思うのです。
この分だと次回の一時帰国では残りの3枚のCDもインポートすることになりそう(笑)シャンソンとそれにまつわる文化とか、もっと知りたいです。(一応自分が弾いているピアノ曲と時代の範囲は似てますからね・・・)
