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一昨日、大分久しぶりに寝付けないという経験をしました。
何回か書いてるようにどっちかというと過眠傾向にあるのですが、深く眠ってるときに(いらない)メールがきてiphoneが鳴ったのに起こされて・・・という経緯で。
結局は寝れたのですが不思議な夢を見ました。
夢の中で音楽が流れてるんですけど、スタイルはまったくそのままヴォーン=ウィリアムスの音楽で・・・でも聴いたことない曲で。
以前「今日の一曲」」で紹介したモンポウの「歌と踊り」第5番は彼が夢の中で聞いた音楽を起こしたものなのですが、その話を先生にしたら「夢の中までカタルーニャ風なんだね」と先生が言ってまして。
日本生まれでオーストラリア在住の私がなぜ無意識レベルにイギリスの印象派ともいえるヴォーン=ウィリアムスの音楽を飼ってるか分からないのですが(きっと時によって変わる?)、本当に面白い体験をしました。
本当に弦の響きとハーモニーがあの独特のテイストで、本当に美しくて。
書き起こせたらなあー!
(そして次回はクラムでお願いします!)
さて、そのヴォーン=ウィリアムスなのですが、死に面して面白いことを言っていました。
もしも生まれ変わるのなら音楽家になって音楽をするのは骨が折れるから、音楽そのものになりたい、と彼は言ったそうです。(そしてそれが彼の言葉で記録されたうちの最後になったそうです)
確かに楽しい反面、音楽をするのは(例えそれがどんな形でも)「骨が折れる」部分もあります。
私たちは人間で、肉体があって、肉体的な制限、認知的な制限があり。自分の体と心を生かしていかなくちゃいけない。生きて行く上でたくさん意図の他で悩むことも苦しむこともある。
音楽をやるときだけに限ってもたくさんの縛りがあって、超えられないこともある。
Earthseaでも人と竜の違いについて「人間はなにかをするけれど、竜はただ「ある」だけだ」というような記述があります。音楽をするよりも音楽そのものでありたい、そんな欲求を抱く人は多いんじゃないでしょうか。
自分だったらどんな音楽になるか、なりたいか・・・と考えるとなかなかそれを表現するのは難しい。
なので今存在する、自分が知ってる曲でどんな曲になりたいかのトップ5を選んでみました。
カウントダウン形式でやってみます~
(ちなみに生まれ変わり自体はあんまり信じてません・・・というか死んだらそれで終わりにしたいよ、という感じです)
5位: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 「トマス・タリスの主題による幻想曲」
張本人の曲です(笑)もう3回弾いている、なじみ深い曲であり、大変美しい曲。
弦楽でこの曲の「一部になる」という感覚、この曲を内から見たり感じたりすることの不思議さ、喜び。
そして分け入って、拡大して詳細を見てみても、ぶわーっと一気に体と心を任せてもどっちも良い音楽です。
4位: モーリス・ラヴェル 「夜のガスパール」
どの楽章になっても楽しそう。ラヴェルのあの「完璧」に近い音楽に自分がなれるのか、なっていいのか、というのはこの際別とします。「するのは骨が折れる」という意味では確かにラヴェルは本当に難しいですけど本当にいい音楽なので、苦労せずにできたらな・・・という下心みたいなものはあります(笑)
3位: ジョージ・クラム 「Songs, Drones and Refrains of Death」
Lux Aeternaだったり、Ancient Voices of Childrenだったり、マクロコスモスシリーズの各曲も本当に捨てがたいけれど、この曲の果てしない黒さ、色んな色彩の「黒」、深さだったり暗い躍動に憧れてます♪
もちろんクラムの音楽の多くに共通する独特の空間・時間の感覚だったり、ある意味生命のコアみたいなことだったり。音楽を超えてそういうなんらかの生命体になりたい・・・?
2位: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ第16番 変ロ短調
もういろんなところで出してますね、この曲。本当に弾いてるときもめちゃくちゃ自分に近く感じて、自分が死ぬときこういう(フーガ)感じなのかな、とか思ったりして。あとこの曲は自分のもの、というような感覚も強くて。今自分が生きて変化しながら蓄積していくこの曲のイメージや解釈も自分が死んだらなくなるんだ、と思うと少し惜しい気がするんですよね。この曲になってそれだけでも生きながらえたい。
1位: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第17番「沈黙のまなざし」
まだ1位2位ぎりぎり迷ってるのですがやっぱりこれかなー。もちろん好きの度合い、親しみの深さもありますが、音楽だけど沈黙、聴覚だけど色彩、という独特の存在感が一番でしょうか。恐ろしく抽象的なものになりたいんですね、私(汗)音楽の至福だけでなくて色彩の至福も感じられる・・・想像をはるかに超えますね。
やっぱり目新しい曲の紹介にはなりませんでした(笑)覚悟はしてたんですが。
メルボルンもすっかり気温が下がってきて(夏時間も昨日で終わって日没も一気に早くなりましたね!)人間としての肉体がちょっとしんどくなってきたので・・・音楽になりたい、という欲求が少し強まってるものと思われます。
音楽を力にゆっくりいかないと、ですね。
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 「「富める人とラザロ」の5つの異版」
ヴォーン=ウィリアムスの曲の中でなかなか知られていない印象がありますが、ものすごく好きな曲です。
ヴァリエーションじゃなくて「異版」。同じ歌で地域とかによってちょっと違ったりするのを集めた、ということなのかな?
ヴォーン=ウィリアムスは一昨日の夢のとおり(・・・といっても私しか分からないですね)、弦楽器のサウンドの美しさがピカイチで。
この曲はそれにハープが加わってまた違う雰囲気で。
5つの違うバージョンを通ってなにか旅をしているような、そんな雰囲気になります。
うーん、曲の凄さと比べて書くことが大分少ない!もっとうまく紹介できればいいのになあ・・・
(ちなみに試聴できるリンクを貼りました。イギリスの音楽はイギリスのオケ(バンド)が断然ベストです!他の国の作曲家も、その国のアンサンブルを、というのが基本一番いいですが、イギリスはその傾向が本当に強いです。)
何回か書いてるようにどっちかというと過眠傾向にあるのですが、深く眠ってるときに(いらない)メールがきてiphoneが鳴ったのに起こされて・・・という経緯で。
結局は寝れたのですが不思議な夢を見ました。
夢の中で音楽が流れてるんですけど、スタイルはまったくそのままヴォーン=ウィリアムスの音楽で・・・でも聴いたことない曲で。
以前「今日の一曲」」で紹介したモンポウの「歌と踊り」第5番は彼が夢の中で聞いた音楽を起こしたものなのですが、その話を先生にしたら「夢の中までカタルーニャ風なんだね」と先生が言ってまして。
日本生まれでオーストラリア在住の私がなぜ無意識レベルにイギリスの印象派ともいえるヴォーン=ウィリアムスの音楽を飼ってるか分からないのですが(きっと時によって変わる?)、本当に面白い体験をしました。
本当に弦の響きとハーモニーがあの独特のテイストで、本当に美しくて。
書き起こせたらなあー!
(そして次回はクラムでお願いします!)
さて、そのヴォーン=ウィリアムスなのですが、死に面して面白いことを言っていました。
もしも生まれ変わるのなら音楽家になって音楽をするのは骨が折れるから、音楽そのものになりたい、と彼は言ったそうです。(そしてそれが彼の言葉で記録されたうちの最後になったそうです)
確かに楽しい反面、音楽をするのは(例えそれがどんな形でも)「骨が折れる」部分もあります。
私たちは人間で、肉体があって、肉体的な制限、認知的な制限があり。自分の体と心を生かしていかなくちゃいけない。生きて行く上でたくさん意図の他で悩むことも苦しむこともある。
音楽をやるときだけに限ってもたくさんの縛りがあって、超えられないこともある。
Earthseaでも人と竜の違いについて「人間はなにかをするけれど、竜はただ「ある」だけだ」というような記述があります。音楽をするよりも音楽そのものでありたい、そんな欲求を抱く人は多いんじゃないでしょうか。
自分だったらどんな音楽になるか、なりたいか・・・と考えるとなかなかそれを表現するのは難しい。
なので今存在する、自分が知ってる曲でどんな曲になりたいかのトップ5を選んでみました。
カウントダウン形式でやってみます~
(ちなみに生まれ変わり自体はあんまり信じてません・・・というか死んだらそれで終わりにしたいよ、という感じです)
5位: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 「トマス・タリスの主題による幻想曲」
張本人の曲です(笑)もう3回弾いている、なじみ深い曲であり、大変美しい曲。
弦楽でこの曲の「一部になる」という感覚、この曲を内から見たり感じたりすることの不思議さ、喜び。
そして分け入って、拡大して詳細を見てみても、ぶわーっと一気に体と心を任せてもどっちも良い音楽です。
4位: モーリス・ラヴェル 「夜のガスパール」
どの楽章になっても楽しそう。ラヴェルのあの「完璧」に近い音楽に自分がなれるのか、なっていいのか、というのはこの際別とします。「するのは骨が折れる」という意味では確かにラヴェルは本当に難しいですけど本当にいい音楽なので、苦労せずにできたらな・・・という下心みたいなものはあります(笑)
3位: ジョージ・クラム 「Songs, Drones and Refrains of Death」
Lux Aeternaだったり、Ancient Voices of Childrenだったり、マクロコスモスシリーズの各曲も本当に捨てがたいけれど、この曲の果てしない黒さ、色んな色彩の「黒」、深さだったり暗い躍動に憧れてます♪
もちろんクラムの音楽の多くに共通する独特の空間・時間の感覚だったり、ある意味生命のコアみたいなことだったり。音楽を超えてそういうなんらかの生命体になりたい・・・?
2位: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ第16番 変ロ短調
もういろんなところで出してますね、この曲。本当に弾いてるときもめちゃくちゃ自分に近く感じて、自分が死ぬときこういう(フーガ)感じなのかな、とか思ったりして。あとこの曲は自分のもの、というような感覚も強くて。今自分が生きて変化しながら蓄積していくこの曲のイメージや解釈も自分が死んだらなくなるんだ、と思うと少し惜しい気がするんですよね。この曲になってそれだけでも生きながらえたい。
1位: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第17番「沈黙のまなざし」
まだ1位2位ぎりぎり迷ってるのですがやっぱりこれかなー。もちろん好きの度合い、親しみの深さもありますが、音楽だけど沈黙、聴覚だけど色彩、という独特の存在感が一番でしょうか。恐ろしく抽象的なものになりたいんですね、私(汗)音楽の至福だけでなくて色彩の至福も感じられる・・・想像をはるかに超えますね。
やっぱり目新しい曲の紹介にはなりませんでした(笑)覚悟はしてたんですが。
メルボルンもすっかり気温が下がってきて(夏時間も昨日で終わって日没も一気に早くなりましたね!)人間としての肉体がちょっとしんどくなってきたので・・・音楽になりたい、という欲求が少し強まってるものと思われます。
音楽を力にゆっくりいかないと、ですね。
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 「「富める人とラザロ」の5つの異版」
ヴォーン=ウィリアムスの曲の中でなかなか知られていない印象がありますが、ものすごく好きな曲です。
ヴァリエーションじゃなくて「異版」。同じ歌で地域とかによってちょっと違ったりするのを集めた、ということなのかな?
ヴォーン=ウィリアムスは一昨日の夢のとおり(・・・といっても私しか分からないですね)、弦楽器のサウンドの美しさがピカイチで。
この曲はそれにハープが加わってまた違う雰囲気で。
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まずはちょっと今日見たツイートから宣伝、といいますか・・・
www.quakebook.org/
Quakebookといって、日本在住のイギリス人の方がソーシャルメディアを通じて3月11日以来の震災に関する文章や写真などを募集して、オンライン・書籍としてまとめ出版する活動を行っているとのことです。
売り上げは全て赤十字社へ、Preorderはもう始まっています。世界のメディアでちょこちょこ取り上げてもらってるみたいですがまだPRが必要!という声が多く。
是非広めて、購入お願いしたいです。
今日はキーワードto音楽、ちょっと違った感じでお送りします。
いつもは単語なのですが(秋の季語もそろそろかな・・・)、今日は英語のフレーズで。(日本語にするとちょっとずつニュアンスがずれてくるので・・・)
被災地・非被災地どちらもに送りたい「言葉」をテーマに、音楽と言葉がお互いに高めあうよう。
それでは早速。
(1) My thoughts are with you (ジョン・ラター 「レクイエム」より「Requiem Aeterna」)
「私の心はあなたと一緒にあります」といった意味合いです。ラター推してますが今本当に贈りたい!と思う曲ですので。「一緒に居る」というのを表すのにぴったりな、包み込むような合唱と弦の声。安心させてくれます。
(2) Don't take it all on yourself (ヨハネス・ブラームス 宗教的歌曲「惜しみなく与えよ」)
「一人で全部背負い込まないで」という意味です。ブラームスの音楽は自分が苦しかったのを知ってるから苦しんでる人を本当に心配してくれる音楽です。実は自分が一番辛いのに、という感じ。
(3) You are not alone (レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏曲 第3楽章)
ご存じ「一人じゃない」という意味です。誰でもいいわけじゃないし、いつもみんなと一緒に居たいわけじゃない。言葉をかけてほしいわけでもない。でも傍にそっといてほしい、そんな曲です。
(4) Rest thee well (オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第19楽章「我眠る、されど我が心は目覚め」)
良く休んでください、という感じのニュアンスで・・・(thee=youなのですが、こっちのほうが文として上手く流れるのと優しい感じがするので)。優しい眠り、といったらこの曲しかないですね。
(5) The rain will pass, the sun will shine (ヨハネス・ブラームス 「ドイツ・レクイエム」 第2楽章)
雨は通り過ぎ、太陽が輝くでしょう・・・うーん、日本語にするとちょっと、だなあ。ブラームス2つめ。この曲の前半で苦しみを表現したあとの後半での希望の光は力強い!特に最後の最後がお勧めです。
(6) Forgive yourself, and other too (ヘンリク・グレツキ 交響曲第3番 「悲歌のシンフォニー」 第2楽章)
困難の時には誰もが間違った選択をしたり、普段ならとらないような行動をとってしまうことがあります。今は大変な時だからなるべく「自分を許し、他人も許せる」よう、自分も他人もなるべく責めるのではなく心を別の方向に向けられればと願っています。この曲はもとの題材もありますが許しの最たるものだと思います。
(7) Take it easy (エクトール・ベルリオーズ 「イタリアのハロルド」より第3楽章)
頑張りすぎないで、というニュアンスで。この曲のチョイスはともすればふざけてるように思えるかも知れませんが、心持ちとしてはこれくらい気楽な感じが少しあってもいいんじゃないか、と(偉そうにすみません)。ベルリオーズは悩むときは延々とぐだぐだしますが楽なときはとことん楽しみます。
(8) You have survived yesterday, you are here tomorrow, and the lights of tomorrow will shine on you (オリヴィエ・メシアン 前奏曲第6番 「苦悩の鐘と別れの涙」)
長くなりましたがつまりはあなたは昨日を生き延びて今日ここにいる、だから明日の光があなたに注ぐでしょう、という意味です。昨日したこと、今日したことを振り返って自分を褒めてあげて、それを糧として・・・きっと明日はその努力が少しでも報われるよ、というようなことを・・・済みません、説明下手で。この曲はその苦しさを認めて、そして明日に向けて静かな希望が持てるとても美しい曲です。(この曲における「別れ」というのは次に進むことでもあるんだな、という感じもあり)
(9) Do not suffer in silence (ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ 第20番ハ短調)
何も言わず苦しまないで、という意味です。「日本人は感情を抑えるのが上手い」とこの震災で海外メディアが何度報じたことでしょうか。でもこれから感情を表現することが癒しにつながり、抑制したままなのがネガティブになる可能性が出てきます。ショスタコーヴィチは生涯言いたいことをなかなか言えないで苦しんだ作曲家なのでチョイス。
(10) May the starts light the dark night (ジョージ・クラム マクロコスモス第3番 「夏の夜の音楽」 第5楽章 「星屑の音楽」)
節電事情、自粛ムードも考慮して「暗い夜に星が輝くように」との願い。同時にそんななか星が輝いているのに少しでも空に目を向けてほしいなあ、との願い。星と言えばこの曲!出し惜しみ皆無の、渾身の推薦です。
水を差すようになったらすみません。でも一つだけいつも言いたいな、と思ってることを。
音楽は癒しそのものでなく気づきと向き合いを促すもの、音楽を助けとして自分の心と触れあって向き合って客観的に見ながら考え、自分にとっての音楽の意味を受け止めながら(場合によっては他の人、専門家などの助けを得ながら)自分の心を癒していくプロセスのきっかけ・支援になるものだと思います。
さらに音楽を共有することで複数の人をつなぐ助けになり、お互いの感情を共有したり、客観的に見たり、お互いの気持ちや考えてることを理解するきっかけになるものでもあると思います。
ただ聴くだけでポジティブな効果がない、ということを言っているわけではないです。本当に「癒し」という言葉をつかうなら・・・という風に受け取ってもらえるとありがたいです。
(だから自分は音楽をサポートとして、音楽を通じて人の心を理解・共感したいし、さらにそうやって音楽を自分自身の心と適切に向き合うよう使うこともできるよう助けにもなりたい、と思っています)
もっと日本に心の光を、と何よりも願っています。
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏曲 第3楽章
今日選んだ曲の多くは以前「今日の一曲」で紹介したなあ・・・と思いつつちょっと死角だったコーナーがここに。
幻想五重奏曲。ヴォーン=ウィリアムスによる小さな室内楽曲です。編成もちょっと異色で、バイオリン2人、ビオラ2人、チェロ1人の5人です。
で、第1楽章と第3楽章(全楽章同じテーマに基づいてるのですが、この2つの楽章が特に大きくテーマを扱ってます)ではバイオリンの1stと、ビオラの1stがソリストとしてデュエットを奏でるような、そんな曲調になってます。
イギリス音楽独特の美しさだったり、牧歌的な特徴に溢れ、そしてなんと言ってもこのシンプルさ!
あまりにもシンプルにできているため触ったら崩れちゃうんじゃないか、むしろ本当にこんな音楽が存在しているのか、そうも(少なくとも私は)思える曲です。
本当に、本当に愛らしい。
そして先ほど「You are not alone」の項に選びましたが、イギリス音楽によくある、あの広大な野原に座っているような感じはあるものの、寂しいという感覚は薄いです。
なんというか・・・Guardian Angelのような存在がそっと傍にいるような。自分も隣にいる存在を過度に意識しないまま、心をゆだねられるような不思議な感覚です。
自分にとって一番愛しい!と思うのはやっぱりバイオリンとビオラのデュエット。創作での思い入れもあるのですが・・・
この二つの楽器がこれまで溶け合って、恋人のように寄り添うのはなかなかないですねー。シンプルさあってのことだと思います(シンプルだからバイオリンがビオラに歩み寄れる)。
(ちなみにリンク先に試聴あります。曲集の名前はPhantasy Quintetです。FじゃなくてPhにしてるとこもまたなんか・・・やりすぎ感が全くないというか(笑))
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Quakebookといって、日本在住のイギリス人の方がソーシャルメディアを通じて3月11日以来の震災に関する文章や写真などを募集して、オンライン・書籍としてまとめ出版する活動を行っているとのことです。
売り上げは全て赤十字社へ、Preorderはもう始まっています。世界のメディアでちょこちょこ取り上げてもらってるみたいですがまだPRが必要!という声が多く。
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今日はキーワードto音楽、ちょっと違った感じでお送りします。
いつもは単語なのですが(秋の季語もそろそろかな・・・)、今日は英語のフレーズで。(日本語にするとちょっとずつニュアンスがずれてくるので・・・)
被災地・非被災地どちらもに送りたい「言葉」をテーマに、音楽と言葉がお互いに高めあうよう。
それでは早速。
(1) My thoughts are with you (ジョン・ラター 「レクイエム」より「Requiem Aeterna」)
「私の心はあなたと一緒にあります」といった意味合いです。ラター推してますが今本当に贈りたい!と思う曲ですので。「一緒に居る」というのを表すのにぴったりな、包み込むような合唱と弦の声。安心させてくれます。
(2) Don't take it all on yourself (ヨハネス・ブラームス 宗教的歌曲「惜しみなく与えよ」)
「一人で全部背負い込まないで」という意味です。ブラームスの音楽は自分が苦しかったのを知ってるから苦しんでる人を本当に心配してくれる音楽です。実は自分が一番辛いのに、という感じ。
(3) You are not alone (レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏曲 第3楽章)
ご存じ「一人じゃない」という意味です。誰でもいいわけじゃないし、いつもみんなと一緒に居たいわけじゃない。言葉をかけてほしいわけでもない。でも傍にそっといてほしい、そんな曲です。
(4) Rest thee well (オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第19楽章「我眠る、されど我が心は目覚め」)
良く休んでください、という感じのニュアンスで・・・(thee=youなのですが、こっちのほうが文として上手く流れるのと優しい感じがするので)。優しい眠り、といったらこの曲しかないですね。
(5) The rain will pass, the sun will shine (ヨハネス・ブラームス 「ドイツ・レクイエム」 第2楽章)
雨は通り過ぎ、太陽が輝くでしょう・・・うーん、日本語にするとちょっと、だなあ。ブラームス2つめ。この曲の前半で苦しみを表現したあとの後半での希望の光は力強い!特に最後の最後がお勧めです。
(6) Forgive yourself, and other too (ヘンリク・グレツキ 交響曲第3番 「悲歌のシンフォニー」 第2楽章)
困難の時には誰もが間違った選択をしたり、普段ならとらないような行動をとってしまうことがあります。今は大変な時だからなるべく「自分を許し、他人も許せる」よう、自分も他人もなるべく責めるのではなく心を別の方向に向けられればと願っています。この曲はもとの題材もありますが許しの最たるものだと思います。
(7) Take it easy (エクトール・ベルリオーズ 「イタリアのハロルド」より第3楽章)
頑張りすぎないで、というニュアンスで。この曲のチョイスはともすればふざけてるように思えるかも知れませんが、心持ちとしてはこれくらい気楽な感じが少しあってもいいんじゃないか、と(偉そうにすみません)。ベルリオーズは悩むときは延々とぐだぐだしますが楽なときはとことん楽しみます。
(8) You have survived yesterday, you are here tomorrow, and the lights of tomorrow will shine on you (オリヴィエ・メシアン 前奏曲第6番 「苦悩の鐘と別れの涙」)
長くなりましたがつまりはあなたは昨日を生き延びて今日ここにいる、だから明日の光があなたに注ぐでしょう、という意味です。昨日したこと、今日したことを振り返って自分を褒めてあげて、それを糧として・・・きっと明日はその努力が少しでも報われるよ、というようなことを・・・済みません、説明下手で。この曲はその苦しさを認めて、そして明日に向けて静かな希望が持てるとても美しい曲です。(この曲における「別れ」というのは次に進むことでもあるんだな、という感じもあり)
(9) Do not suffer in silence (ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ 第20番ハ短調)
何も言わず苦しまないで、という意味です。「日本人は感情を抑えるのが上手い」とこの震災で海外メディアが何度報じたことでしょうか。でもこれから感情を表現することが癒しにつながり、抑制したままなのがネガティブになる可能性が出てきます。ショスタコーヴィチは生涯言いたいことをなかなか言えないで苦しんだ作曲家なのでチョイス。
(10) May the starts light the dark night (ジョージ・クラム マクロコスモス第3番 「夏の夜の音楽」 第5楽章 「星屑の音楽」)
節電事情、自粛ムードも考慮して「暗い夜に星が輝くように」との願い。同時にそんななか星が輝いているのに少しでも空に目を向けてほしいなあ、との願い。星と言えばこの曲!出し惜しみ皆無の、渾身の推薦です。
水を差すようになったらすみません。でも一つだけいつも言いたいな、と思ってることを。
音楽は癒しそのものでなく気づきと向き合いを促すもの、音楽を助けとして自分の心と触れあって向き合って客観的に見ながら考え、自分にとっての音楽の意味を受け止めながら(場合によっては他の人、専門家などの助けを得ながら)自分の心を癒していくプロセスのきっかけ・支援になるものだと思います。
さらに音楽を共有することで複数の人をつなぐ助けになり、お互いの感情を共有したり、客観的に見たり、お互いの気持ちや考えてることを理解するきっかけになるものでもあると思います。
ただ聴くだけでポジティブな効果がない、ということを言っているわけではないです。本当に「癒し」という言葉をつかうなら・・・という風に受け取ってもらえるとありがたいです。
(だから自分は音楽をサポートとして、音楽を通じて人の心を理解・共感したいし、さらにそうやって音楽を自分自身の心と適切に向き合うよう使うこともできるよう助けにもなりたい、と思っています)
もっと日本に心の光を、と何よりも願っています。
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏曲 第3楽章
今日選んだ曲の多くは以前「今日の一曲」で紹介したなあ・・・と思いつつちょっと死角だったコーナーがここに。
幻想五重奏曲。ヴォーン=ウィリアムスによる小さな室内楽曲です。編成もちょっと異色で、バイオリン2人、ビオラ2人、チェロ1人の5人です。
で、第1楽章と第3楽章(全楽章同じテーマに基づいてるのですが、この2つの楽章が特に大きくテーマを扱ってます)ではバイオリンの1stと、ビオラの1stがソリストとしてデュエットを奏でるような、そんな曲調になってます。
イギリス音楽独特の美しさだったり、牧歌的な特徴に溢れ、そしてなんと言ってもこのシンプルさ!
あまりにもシンプルにできているため触ったら崩れちゃうんじゃないか、むしろ本当にこんな音楽が存在しているのか、そうも(少なくとも私は)思える曲です。
本当に、本当に愛らしい。
そして先ほど「You are not alone」の項に選びましたが、イギリス音楽によくある、あの広大な野原に座っているような感じはあるものの、寂しいという感覚は薄いです。
なんというか・・・Guardian Angelのような存在がそっと傍にいるような。自分も隣にいる存在を過度に意識しないまま、心をゆだねられるような不思議な感覚です。
自分にとって一番愛しい!と思うのはやっぱりバイオリンとビオラのデュエット。創作での思い入れもあるのですが・・・
この二つの楽器がこれまで溶け合って、恋人のように寄り添うのはなかなかないですねー。シンプルさあってのことだと思います(シンプルだからバイオリンがビオラに歩み寄れる)。
(ちなみにリンク先に試聴あります。曲集の名前はPhantasy Quintetです。FじゃなくてPhにしてるとこもまたなんか・・・やりすぎ感が全くないというか(笑))
最近、そして少しの間数日はさみながらコンサート続き、そしてレクチャー続きです。
感想エントリーが多くなりますが、他にもいちょっとずつ考えてます。とりあえず今回の次は不安障害について書きたいな、書くぞ、と自分を奮い立たせます。不安障害ももうちょっと早くに扱いたかった・・・
(外に出る系の忙しい、が多いですがピアノや文書きなども進めたいです・・・やりたいことだらけ)
こないだメル響のコンサート行ったばかりですが、昨日もコンサート行ってきました。
私にとってはちょっと忙しいな、程度ですが指揮者・奏者側には大変ですね!(前回と同じくMark Wigglesworth指揮です)特に今回はマーラーの交響曲ということもあり、コンサートはそれ1曲ですが相当なeffortが必要だったに違いません。
(注:今日はメルボルンの夕景の写真を織り交ぜながらという試み)
マーラー7番。1時間15分くらい?の交響曲で5楽章編成です。
マーラーはいつも大きめのオケを用いますが今回はギターとマンドリンが参戦、となかなか異色な楽器編成。
でも今回ホールの下の階に座ってたので楽器があんまり見えなかったのが残念・・・
コンサートで出会った私より音楽オタクな友達と話してたのですが7番はわりと変なところがある交響曲。複雑、というかいろんなものが織り混じっている、悲劇的とも言い難いですが希望に満ちたとも言い難い不思議な曲。(友達と言ってたんですが「あの」どん底のどん底の第6番から立ち直るには相当の色々が必要で、必然的にこういう分からない感じの状態を通ってしまうのかなーと)
でも本当にメル響は良い仕事してました!この交響曲の難しさを踏まえるとベストな演奏ではないでしょうか。
いつもEnergeticな演奏をするメル響、特に今回は中低音のパワフルさが光りました。具体的に言えばクラリネット、バスクラ、ファゴット、コントラファゴット(コントラフォルテ、後述)、ホルン、トロンボーン、テューバ、ビオラ、チェロ、コントラバス。
特に交響曲を通してソロに合唱に大活躍するホルン軍団、ぼっこんぼっこん(?)と力強い音のコントラバスなどなど・・・
下からしっかりオケ全体を支え、音楽の基盤となっていてものすごく格好良かったです♪
第1楽章のどっしりした感じ、対照的な第4楽章の「ドン・ファン風」のlight-heartedなセレナード、そして一番好きだったのは怒濤のフィナーレ、第5楽章!ころころ曲調が変わるのを勢いを失わずしっかりかつ派手、壮大に表現してくれて・・・
なんだか自分でもよくわからない切なささえ感じる演奏でした。
惜しむらくは第3楽章のテンポ。すでに第2楽章がちょっと速めで「お、スケルツォはこれより速いのか」と思ってたのですが案の定で。
速いこと自体はいいんですが、自分が特に強く思ってるポイントが犠牲になってしまったので・・・
一つは空白の時間。まったく音がない静寂の小節はフェルマータでなくちゃんと小節で書いてあるのでテンポを速くすればするほど静寂が短くなるんですよね。それがちょっと勿体ない。この楽章のサスペンスを削いでしまうような。
もう一つはビオラのソロ。ビオラっていう楽器は割とアタックが鋭くない音をしているのでそうとう音のアタックにパワーをいれなくちゃクリアな音は出にくい。だからこの曲みたいに細かい、速いパッセージを速く弾きすぎるとクリアさが失われてしまう、ということ。
ただ弾き手(ビオラのお姉さんでした!)は本当に良い演奏をしてましたよ~
マーラーは打楽器を一杯使いますがそのなかでもカウベルが今回面白かったです(笑)交響曲の最後の最後でティンパニ以外の打楽器奏者4人がそれぞれカウベルを一つずつ両手にもってがらんがらんと鳴らしている光景になんとなく笑ってしまったり・・・
でも楽器でいったら一番すごかったのはコントラフォルテですね、断然で。
コントラフォルテはコントラファゴットを改良した楽器。音量、キーメカニズム、そして音質がわりと違います。
コンサート前にプログラムをみたらいつもファゴットのリーダーをやってる人がコントラファゴットのパートを弾いてることを意外に思ったのですが聴いてみて納得、そして別の意味でびっくり。めっちゃでかいパートでした。
これはでも従来のコントラファゴットだと物足りない、というか全然不足なのではないかと思います。
いやでもオケを突き抜けて聞こえてくる音量といい、ダークでfullな音質といい、この交響曲はコントラフォルテ必須です!
コンサートの後にこの交響曲の立ち位置とか、マーラーがもし協奏曲やオペラを書いてたらどうなったかとか、マーラーの音楽、この交響曲の魅力や意味について友達とじっくり語り合ったのも本当に楽しかったです。久しぶりで。自分も在学中はかなりの音楽オタクでしたが自分よりまだものすごく先を行く人たちと話せる刺激!
他にも久しぶりの人と何人かあえて良かったです。
Wigglesworthさん指揮メル響演奏のマーラーは前聴いた6番、今回の7番も本当に間違いない!
この組み合わせでマーラーの録音してるみたいですが、Wigglesworthさんは他の作曲家を振ってるのも聞きたいですね~こないだamazonでショスタコ見つけたんですがいつか買おうかな・・・
今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第7番 第2楽章
マーラー7番は「夜の歌」というニックネームがつけられていますが、そのうち2楽章と4楽章には「Nachtmusik=夜の音楽」という題が作曲家によりつけられています。
夜の音楽と言えばバルトークやクラムなども好んで使ったコンセプトですが、元はマーラーが大きく使ったのがきっかけ、というイメージがあります(少なくともクラムはマーラーの影響を自認しています)。
で、2つある「夜の音楽」は実に対照的とも言える性格を持っています。
第4楽章は前述ドンファンのようなセレナード、つまり月と星が輝き恋人が語らい身を寄せあうロマンチックな夜なのですが、第2楽章はもっと暗く、神秘的で・・・「魔法が動き出す夜」と私は解釈しています。
最初のホルンの呼びかけに実は一番最初に惚れ込んでいて。
夜の闇に向かって呼びかける一人のホルン、そしてステージ裏から、遠くから答える別のホルン。
そして呼び覚まされ踊り出す木管の音楽。
妖精達だったり、もっと邪悪なものだったり、キラキラしたもの、どろどろしたもの、全てが動き出す。
暗いからこそ美しいこの魔法。
印象としてはこの楽章が一番交響曲第1番とか第2番とか近い感じがあるので結構親しみやすいと思います。
確かに夜は暗いけれど、想像力と神秘と音楽でとっても美しいものになり。
不思議な暖かさと、童心に近いなにかを感じます。
暗い夜もその闇を恐れることなく楽しめる、そんな一曲です。
(とりあえず試聴してみてください、第2楽章と第3楽章!特に第2楽章のオープニング!)
感想エントリーが多くなりますが、他にもいちょっとずつ考えてます。とりあえず今回の次は不安障害について書きたいな、書くぞ、と自分を奮い立たせます。不安障害ももうちょっと早くに扱いたかった・・・
(外に出る系の忙しい、が多いですがピアノや文書きなども進めたいです・・・やりたいことだらけ)
こないだメル響のコンサート行ったばかりですが、昨日もコンサート行ってきました。
私にとってはちょっと忙しいな、程度ですが指揮者・奏者側には大変ですね!(前回と同じくMark Wigglesworth指揮です)特に今回はマーラーの交響曲ということもあり、コンサートはそれ1曲ですが相当なeffortが必要だったに違いません。
マーラー7番。1時間15分くらい?の交響曲で5楽章編成です。
マーラーはいつも大きめのオケを用いますが今回はギターとマンドリンが参戦、となかなか異色な楽器編成。
でも今回ホールの下の階に座ってたので楽器があんまり見えなかったのが残念・・・
コンサートで出会った私より音楽オタクな友達と話してたのですが7番はわりと変なところがある交響曲。複雑、というかいろんなものが織り混じっている、悲劇的とも言い難いですが希望に満ちたとも言い難い不思議な曲。(友達と言ってたんですが「あの」どん底のどん底の第6番から立ち直るには相当の色々が必要で、必然的にこういう分からない感じの状態を通ってしまうのかなーと)
でも本当にメル響は良い仕事してました!この交響曲の難しさを踏まえるとベストな演奏ではないでしょうか。
特に交響曲を通してソロに合唱に大活躍するホルン軍団、ぼっこんぼっこん(?)と力強い音のコントラバスなどなど・・・
下からしっかりオケ全体を支え、音楽の基盤となっていてものすごく格好良かったです♪
なんだか自分でもよくわからない切なささえ感じる演奏でした。
惜しむらくは第3楽章のテンポ。すでに第2楽章がちょっと速めで「お、スケルツォはこれより速いのか」と思ってたのですが案の定で。
速いこと自体はいいんですが、自分が特に強く思ってるポイントが犠牲になってしまったので・・・
一つは空白の時間。まったく音がない静寂の小節はフェルマータでなくちゃんと小節で書いてあるのでテンポを速くすればするほど静寂が短くなるんですよね。それがちょっと勿体ない。この楽章のサスペンスを削いでしまうような。
もう一つはビオラのソロ。ビオラっていう楽器は割とアタックが鋭くない音をしているのでそうとう音のアタックにパワーをいれなくちゃクリアな音は出にくい。だからこの曲みたいに細かい、速いパッセージを速く弾きすぎるとクリアさが失われてしまう、ということ。
ただ弾き手(ビオラのお姉さんでした!)は本当に良い演奏をしてましたよ~
マーラーは打楽器を一杯使いますがそのなかでもカウベルが今回面白かったです(笑)交響曲の最後の最後でティンパニ以外の打楽器奏者4人がそれぞれカウベルを一つずつ両手にもってがらんがらんと鳴らしている光景になんとなく笑ってしまったり・・・
でも楽器でいったら一番すごかったのはコントラフォルテですね、断然で。
コントラフォルテはコントラファゴットを改良した楽器。音量、キーメカニズム、そして音質がわりと違います。
コンサート前にプログラムをみたらいつもファゴットのリーダーをやってる人がコントラファゴットのパートを弾いてることを意外に思ったのですが聴いてみて納得、そして別の意味でびっくり。めっちゃでかいパートでした。
これはでも従来のコントラファゴットだと物足りない、というか全然不足なのではないかと思います。
いやでもオケを突き抜けて聞こえてくる音量といい、ダークでfullな音質といい、この交響曲はコントラフォルテ必須です!
コンサートの後にこの交響曲の立ち位置とか、マーラーがもし協奏曲やオペラを書いてたらどうなったかとか、マーラーの音楽、この交響曲の魅力や意味について友達とじっくり語り合ったのも本当に楽しかったです。久しぶりで。自分も在学中はかなりの音楽オタクでしたが自分よりまだものすごく先を行く人たちと話せる刺激!
他にも久しぶりの人と何人かあえて良かったです。
Wigglesworthさん指揮メル響演奏のマーラーは前聴いた6番、今回の7番も本当に間違いない!
この組み合わせでマーラーの録音してるみたいですが、Wigglesworthさんは他の作曲家を振ってるのも聞きたいですね~こないだamazonでショスタコ見つけたんですがいつか買おうかな・・・
今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第7番 第2楽章
マーラー7番は「夜の歌」というニックネームがつけられていますが、そのうち2楽章と4楽章には「Nachtmusik=夜の音楽」という題が作曲家によりつけられています。
夜の音楽と言えばバルトークやクラムなども好んで使ったコンセプトですが、元はマーラーが大きく使ったのがきっかけ、というイメージがあります(少なくともクラムはマーラーの影響を自認しています)。
で、2つある「夜の音楽」は実に対照的とも言える性格を持っています。
第4楽章は前述ドンファンのようなセレナード、つまり月と星が輝き恋人が語らい身を寄せあうロマンチックな夜なのですが、第2楽章はもっと暗く、神秘的で・・・「魔法が動き出す夜」と私は解釈しています。
最初のホルンの呼びかけに実は一番最初に惚れ込んでいて。
夜の闇に向かって呼びかける一人のホルン、そしてステージ裏から、遠くから答える別のホルン。
そして呼び覚まされ踊り出す木管の音楽。
妖精達だったり、もっと邪悪なものだったり、キラキラしたもの、どろどろしたもの、全てが動き出す。
暗いからこそ美しいこの魔法。
印象としてはこの楽章が一番交響曲第1番とか第2番とか近い感じがあるので結構親しみやすいと思います。
確かに夜は暗いけれど、想像力と神秘と音楽でとっても美しいものになり。
不思議な暖かさと、童心に近いなにかを感じます。
暗い夜もその闇を恐れることなく楽しめる、そんな一曲です。
(とりあえず試聴してみてください、第2楽章と第3楽章!特に第2楽章のオープニング!)
(このエントリーは最新ではないですが、自分が今一番強く感じていることです。少しでも目を通してくれると嬉しいです。最新のエントリーはこのエントリーのすぐ下に。)
<被災している人、被災者の身を案じている人、支援をしている人全ての人に今でなくともこれから先へのために贈りたい、ジョン・ラターのレクイエム。(Youtube再生リスト)>
(詳細は以下に)
いつも通りの検索キーワードで訪れて下さってる皆様、本当にありがとうございます。
オーストラリアにいながらまだまだ自分の中にまだ焦って切羽詰まってるいる気持ち、まだなにかしたい気持ち、いろいろ自分の中で渦巻いているのでTwitterのほうもこのブログもまだもちょっと通常と違う運営?モードが続くと思います。
でもいつもの感じで来てくれてる人がいることもありますしなるべく早く普通に戻りたい気持ちはあるので少しだけ時間をいただきたいと思います。
ここ数日、震災が起きてから人の心のことをたくさん考えていました。
直接の知り合いに被災している人よりも被災している人の事を案じている人の方が多いので、「案じる側」の人を心配に感じることがちょっと多いかな・・・
でも一番考えてたのは今、そしてこれからの人の心に音楽ができることがないか、ということ。
やはり自分の心に音楽が大切であること、音楽が一般的に人の心を動かす力があること、そして音楽と心の繋がりが自分の道の「コア」であることからこの方面で自分に考えられること、できることがないかと強く思い、考えをめぐらせていました。
それでやっぱり自分にできること、自分がしたいこと、といったら音楽を贈ることがまずあると思ったので今回はそのことについて書き、そして実際にこういうときだからこそ贈りたい曲を紹介したいと思います。
(贈りたい対象は後にも書きますが被災している人、そして被災者の皆さんを案じている人達両方です)
まずちょっとだけ諸分野に素人ながらに説明を・・・
なぜ今音楽なのか。
この災害が起こってから実にたくさんの情報が飛び交っています。
視覚的な情報だけでなくテレビ、ラジオなどからひっきりなしに被害の状況、被災地の状況などが伝えられます。
さらに(今まで分からなかったのですが)サイレンなども鳴りますし、災害が正に起こっている音(地震で物が揺れたり崩れたりする音)もあります。
こういった聴覚情報は「危険」を示す物が多く、そういった情報が常に入ってくると(内容だけではなくその性質から)人は疲れてしまいます。
さらにPTSDの症状として「感覚過敏」がある、ということもありまして・・・
そういった事から入ってくる聴覚情報(そして他の感覚情報)から耳を休めるため、そして入ってくる情報のストレスを打ち消そうとするためにも音楽は有効だと思います。
そして被災生活を送ったり、息を詰めて状況の動向をうかがっている周りの人も知らず知らずに緊張とストレスから息が短く、浅くなってはいないか?と思い。
自分では気づきにくく、腹式呼吸をと努めても意識的に自然な深い息をすることは案外難しいものですが、このブログで書いたことがあるように音楽は人の生理反応に影響があり、呼吸のペースを変えることがあるのです。
さらに停電などで夜行動が限られている場合、夜以外でも「待つ」しかない場合に長く感じる、不安に感じる(それが夜で沈黙を伴うものなら余計に)時間と空間を満たし、不安を和らげ暇つぶしにもなるという意味でも音楽は効果的だと思います。
そして災害後の長期的な影響において人々の心にサポートが必要な時、音楽は有効なサポートとなると思います。
ここは専門的なことになってあまり詳しくは勉強していないのですが・・・
少なくとも現実・過去・そして未来を現実的に強く見据えるようになるプロセスにおいて、新神話主義の本の言うところの「崩壊と再構成」の再構成、「円に見られる完全性(wholeness)」を取り戻す心のプロセスに関してもそういったエレメントを持つ音楽は良いんじゃないかな、と思います。
でも何よりも現在もこれからも人の心に温かさ、幸せといった感情や感覚をもたらし、人が立ち上がる力を自分の中から得ることに音楽は大切だと思います。
長々と素人談義をすみませんでした。
震災が起きてこういうことを考え始めて一番自分の中で強く訴えてきた曲があります。
それはジョン・ラターのレクイエム。
(Youtubeのプレイリストです)
もしも自分が指揮者で、被災者を見舞うコンサートを開くならこの曲しかない、と思います。それは利便性の面もありますがもちろん曲の中身も考えて。
選んだのはGut feeling(勘に近い感覚)が強いですが、前述の理論にもかなっています。
特に長期的な心のケアのくだりについては(もともとレクイエム自体生きている人のためのもので再構成のエレメントがしっかりありますから)特に強いのではないかと。
さらに多分一番必要とされている「Affirmative(肯定的)」な性質が本当に強く。
被災している人にも、見守る・助ける側にも、今ももっと後になってからにでも心の底から薦めたい!という自分の中で最強の曲です。
日本ではイギリス音楽全般知名度が低いので是非広がれば!と願っています。
もう一つ、音源がなかったのですがジョージ・クラムのLux Aeternaもお奨めしたいです。
同じくAffirmativeな感じがあり、クラム独特の癖がありながらもそのタイトル通り闇に「光」を約束する、実に人間的で暖かい曲です。
さらにブラームスの音楽は「慰め」に関しては一流だと思います。
その暖かさ、そして苦しみや後ろ向きな感情もみんな共感してくるんでくれる包容力、そしてしたたかな力強さ。なんて言ったって子守歌のエキスパートでもあります。
ホルン三重奏曲(特に第1楽章)、宗教的歌曲、意外なところでピアノ四重奏曲第2番もお奨め。
私だけかも知れませんがラヴェルの音楽は自分を冷静にしてくれる気がします。
メヌエット系統、ソナチネ、そして「マ・メール・ロワ」や「鏡」の「鐘の谷」などを聴いていると落ち着いて客観的に、冷静に居れる気がします。
壮大な音楽や長い曲、強弱がころころ変わって強弱の幅が大きい曲、テンポが心拍より速い曲、複雑な曲はあまり良くないと思いますが・・・
とにかく呼吸ににあったテンポの曲、楽器にしても声にしても「暖かい」音の曲、リズムよりもメロディー・ハーモニー重視の曲、さらに個人的に「優しい鐘の音」をお勧めしたいです。
これから辛い時期が長く続くと思いますが、心の拠り所の一つとして音楽を選ぶことは本当に力強い支えとなると信じています。
メシアンとかマーラーとか入ってない時点でこのチョイスはこの目的に対して「ガチ」かと分かってくれるかと思いますが、少しでも誰かの参考になればと願っています。
何よりも人の心の平安を願って。
<被災している人、被災者の身を案じている人、支援をしている人全ての人に今でなくともこれから先へのために贈りたい、ジョン・ラターのレクイエム。(Youtube再生リスト)>
(詳細は以下に)
いつも通りの検索キーワードで訪れて下さってる皆様、本当にありがとうございます。
オーストラリアにいながらまだまだ自分の中にまだ焦って切羽詰まってるいる気持ち、まだなにかしたい気持ち、いろいろ自分の中で渦巻いているのでTwitterのほうもこのブログもまだもちょっと通常と違う運営?モードが続くと思います。
でもいつもの感じで来てくれてる人がいることもありますしなるべく早く普通に戻りたい気持ちはあるので少しだけ時間をいただきたいと思います。
ここ数日、震災が起きてから人の心のことをたくさん考えていました。
直接の知り合いに被災している人よりも被災している人の事を案じている人の方が多いので、「案じる側」の人を心配に感じることがちょっと多いかな・・・
でも一番考えてたのは今、そしてこれからの人の心に音楽ができることがないか、ということ。
やはり自分の心に音楽が大切であること、音楽が一般的に人の心を動かす力があること、そして音楽と心の繋がりが自分の道の「コア」であることからこの方面で自分に考えられること、できることがないかと強く思い、考えをめぐらせていました。
それでやっぱり自分にできること、自分がしたいこと、といったら音楽を贈ることがまずあると思ったので今回はそのことについて書き、そして実際にこういうときだからこそ贈りたい曲を紹介したいと思います。
(贈りたい対象は後にも書きますが被災している人、そして被災者の皆さんを案じている人達両方です)
まずちょっとだけ諸分野に素人ながらに説明を・・・
なぜ今音楽なのか。
この災害が起こってから実にたくさんの情報が飛び交っています。
視覚的な情報だけでなくテレビ、ラジオなどからひっきりなしに被害の状況、被災地の状況などが伝えられます。
さらに(今まで分からなかったのですが)サイレンなども鳴りますし、災害が正に起こっている音(地震で物が揺れたり崩れたりする音)もあります。
こういった聴覚情報は「危険」を示す物が多く、そういった情報が常に入ってくると(内容だけではなくその性質から)人は疲れてしまいます。
さらにPTSDの症状として「感覚過敏」がある、ということもありまして・・・
そういった事から入ってくる聴覚情報(そして他の感覚情報)から耳を休めるため、そして入ってくる情報のストレスを打ち消そうとするためにも音楽は有効だと思います。
そして被災生活を送ったり、息を詰めて状況の動向をうかがっている周りの人も知らず知らずに緊張とストレスから息が短く、浅くなってはいないか?と思い。
自分では気づきにくく、腹式呼吸をと努めても意識的に自然な深い息をすることは案外難しいものですが、このブログで書いたことがあるように音楽は人の生理反応に影響があり、呼吸のペースを変えることがあるのです。
さらに停電などで夜行動が限られている場合、夜以外でも「待つ」しかない場合に長く感じる、不安に感じる(それが夜で沈黙を伴うものなら余計に)時間と空間を満たし、不安を和らげ暇つぶしにもなるという意味でも音楽は効果的だと思います。
そして災害後の長期的な影響において人々の心にサポートが必要な時、音楽は有効なサポートとなると思います。
ここは専門的なことになってあまり詳しくは勉強していないのですが・・・
少なくとも現実・過去・そして未来を現実的に強く見据えるようになるプロセスにおいて、新神話主義の本の言うところの「崩壊と再構成」の再構成、「円に見られる完全性(wholeness)」を取り戻す心のプロセスに関してもそういったエレメントを持つ音楽は良いんじゃないかな、と思います。
でも何よりも現在もこれからも人の心に温かさ、幸せといった感情や感覚をもたらし、人が立ち上がる力を自分の中から得ることに音楽は大切だと思います。
長々と素人談義をすみませんでした。
震災が起きてこういうことを考え始めて一番自分の中で強く訴えてきた曲があります。
それはジョン・ラターのレクイエム。
(Youtubeのプレイリストです)
もしも自分が指揮者で、被災者を見舞うコンサートを開くならこの曲しかない、と思います。それは利便性の面もありますがもちろん曲の中身も考えて。
選んだのはGut feeling(勘に近い感覚)が強いですが、前述の理論にもかなっています。
特に長期的な心のケアのくだりについては(もともとレクイエム自体生きている人のためのもので再構成のエレメントがしっかりありますから)特に強いのではないかと。
さらに多分一番必要とされている「Affirmative(肯定的)」な性質が本当に強く。
被災している人にも、見守る・助ける側にも、今ももっと後になってからにでも心の底から薦めたい!という自分の中で最強の曲です。
日本ではイギリス音楽全般知名度が低いので是非広がれば!と願っています。
もう一つ、音源がなかったのですがジョージ・クラムのLux Aeternaもお奨めしたいです。
同じくAffirmativeな感じがあり、クラム独特の癖がありながらもそのタイトル通り闇に「光」を約束する、実に人間的で暖かい曲です。
さらにブラームスの音楽は「慰め」に関しては一流だと思います。
その暖かさ、そして苦しみや後ろ向きな感情もみんな共感してくるんでくれる包容力、そしてしたたかな力強さ。なんて言ったって子守歌のエキスパートでもあります。
ホルン三重奏曲(特に第1楽章)、宗教的歌曲、意外なところでピアノ四重奏曲第2番もお奨め。
私だけかも知れませんがラヴェルの音楽は自分を冷静にしてくれる気がします。
メヌエット系統、ソナチネ、そして「マ・メール・ロワ」や「鏡」の「鐘の谷」などを聴いていると落ち着いて客観的に、冷静に居れる気がします。
壮大な音楽や長い曲、強弱がころころ変わって強弱の幅が大きい曲、テンポが心拍より速い曲、複雑な曲はあまり良くないと思いますが・・・
とにかく呼吸ににあったテンポの曲、楽器にしても声にしても「暖かい」音の曲、リズムよりもメロディー・ハーモニー重視の曲、さらに個人的に「優しい鐘の音」をお勧めしたいです。
これから辛い時期が長く続くと思いますが、心の拠り所の一つとして音楽を選ぶことは本当に力強い支えとなると信じています。
メシアンとかマーラーとか入ってない時点でこのチョイスはこの目的に対して「ガチ」かと分かってくれるかと思いますが、少しでも誰かの参考になればと願っています。
何よりも人の心の平安を願って。
まだ「音楽にできること」のエントリーを上にしています。一応月末に未来投稿したのですが・・・
そろそろ降ろそうかな、投稿時間まで待つか、ちょっと悩んでます。
そしてブログといえばTwitterのTL表示ブログパーツを使ってましたが最近RTが多くそういった自分の発言じゃないもの、そして@返信なども表示されることなどを理由にTLジャンプボタンに変えました。
メシアンにちなんで鳥です(笑)
そちらもどうぞよろしくです。
昨日は仕事→ピアノ→メル響のコンサートに行ってきました。
珍しく6時半開演。今年は金曜日は仕事でもしものことがあったら・・・ということで月曜日or週末参戦が多くなりそうです。
場所はメルボルン・タウンホールでしたが、もうここも様々なオケのコンサートで観客側としても演奏者としても来てるんで勝手知ったホールです。なじみ深い演奏場は本当に自分の家のように心地良い空間です。
プログラムは:(指揮:Mark Wigglesworth)
リヒャルト・ワーグナー 「パルジファル」序曲
ピョートル・チャイコフスキー バイオリン協奏曲 (ソリスト:諏訪内晶子)
(休憩)
セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第3番
ここ数日調子が悪かったりでものすごく疲れてて(あと自分ワーグナーが色々な意味で嫌いなこともあり)、ワーグナーではほとんど寝てました。
でも最近新神話主義の本で読んだようなことが「パルジファル」のあらすじにあったり、彼の最後のオペラということもあったり、そしてやっぱり20世紀音楽はワーグナー無しにしては語れないのでいつかゆっくり・・・と思います。
聞こえた限りでは(結構私寝てるときも音楽は聞こえるんですよ。人の話し声とかは全くみたいですが)ああ確かに最後にたどり着くのはこういうとこなのか、という感じがありますし、弦楽器の音やハーモニーに不思議なオーラみたいなものを感じました。
要再チャレンジ。
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。
あんまりこれも曲としては好きじゃないんですよね~底抜けに明るく派手な曲は苦手な場合が多いです。特にチャイコフスキーに関しては内向きだったり土臭い曲のほうが断然良い味出してると思います。
でもプログラムに書いてあったとおりベートーヴェン、ブラームス、シベリウスなど偉大なバイオリン協奏曲と同じニ長調で書かれてることはなんか因縁があると思いますし、第2楽章はいい感じですよー。
そしてなにより演奏が見事だった!
諏訪内晶子さんの音の強さ、まっすぐさにがつんと心打たれましたね!なんというか、日本人離れしているというか。
アタックからしっかりして、音が変な弧を描かず真っ直ぐsustainされるあの気持ちよさ。終始力強さと華やかさが求められるこの協奏曲で音楽のスケールに負けない演奏を心底から楽しみました♪
前からこのブログで語っている「女性ならではの強さ」を実感した気がします。
アンコールは知らない曲なのですが聴いた感じバッハの無伴奏ソナタorパルティータ(ニ短調のパルティータ?)のなかのヘ長調の緩徐楽章ではないかと思われます。(バッハでヘ長調は確定)
まっすぐな音はそのままに今度はもっと繊細で神秘的な雰囲気。バッハの信仰の真っ直ぐさを感じましたね。
本当に良い物を聴きました。
ラフマニノフ交響曲第3番。私が愛して止まない曲の一つです。
でもラフマニノフの音楽は(プログラムにもありましたが)ハリウッド的な、アメリカ受けが良い奴ばっかり売れてるんですよね。ロシアらしく土臭く、そして彼の繊細で内向きな性格を反映してたりする曲はほとんど知られていない。ついでに言えば彼の音楽はロマンチックな部分ばっかり見られて20世紀音楽としての彼なりの見事な表現方法に目を向ける人は少数。
みんな、ラフマニノフは何人でどの時代に生きたか考え直してみてよー(心の叫び)
それを抜きにしても本当に良い曲で。
特に第2楽章(の特にスケルツォの部分)が好きで好きで。そして最終楽章である第3楽章のエンディングの素晴らしさ。
Twitterでつぶやいたのですが、よく別世界へ行くストーリーで元の世界に帰るときに「後ろを振り返ってはいけません」と言われる、あんな感じで。振り返らないよう全力疾走する感覚で。終わらないで、どころか「ちょっと待て待て待て!」と焦ります。
演奏も見事でした。
メル響というオケの元気さ、パワフルさ!勿論綿密な詳細もありますがなんと言っても先ほどのチャイコフスキーだったりこの曲での爆発するようなパワーにめちゃくちゃ心躍ります。
特にバイオリンは第1、第2どっちも圧倒的な団結力、そして実力。
そして打楽器軍団見事!シンバルがめちゃくちゃソフトに弾かなくちゃ行けなかったりなどラフマニノフの音楽は打楽器にとって変な難しさがある印象がありますがしっかり活躍してました~
そしてビオラのダークサイドも見られたり。
指揮がまた。昔Wigglesworthさんとメル響でマーラー6番を聴いて感銘を受けて、今回彼の指揮を聴くのは2回目。
ものすごい安心感というか、安定感というか。論理的なのかも知れない、と思います。
今回チェレスタのパートはいつもオルガンをメル響で弾いてる方が弾いてたのですが・・・曲への思い入れ&メル響で弾くこと(ハープのJulieと隣で弾く事)自体、そしてあの人の指揮で弾きたかったな、ということ全部ひっくるめて今回チェレスタが弾きたかった!!!!
メル響、次は同じくWigglesworthさんで今週末にマーラー7番の演奏があります。
チケット予約済みです(今回バルコニー真ん中前側と良いところに座れたので次回もそうだといいな)。
ものすごい楽しみですね~最近気に入ってる曲ですし、このオケ&指揮者の組み合わせは間違いないですからね。
今日の一曲はおやすみです。先ほど夕方寝てたのですが若干まだ疲れている・・・蓄積中?
そろそろ降ろそうかな、投稿時間まで待つか、ちょっと悩んでます。
そしてブログといえばTwitterのTL表示ブログパーツを使ってましたが最近RTが多くそういった自分の発言じゃないもの、そして@返信なども表示されることなどを理由にTLジャンプボタンに変えました。
メシアンにちなんで鳥です(笑)
そちらもどうぞよろしくです。
昨日は仕事→ピアノ→メル響のコンサートに行ってきました。
珍しく6時半開演。今年は金曜日は仕事でもしものことがあったら・・・ということで月曜日or週末参戦が多くなりそうです。
場所はメルボルン・タウンホールでしたが、もうここも様々なオケのコンサートで観客側としても演奏者としても来てるんで勝手知ったホールです。なじみ深い演奏場は本当に自分の家のように心地良い空間です。
プログラムは:(指揮:Mark Wigglesworth)
リヒャルト・ワーグナー 「パルジファル」序曲
ピョートル・チャイコフスキー バイオリン協奏曲 (ソリスト:諏訪内晶子)
(休憩)
セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第3番
ここ数日調子が悪かったりでものすごく疲れてて(あと自分ワーグナーが色々な意味で嫌いなこともあり)、ワーグナーではほとんど寝てました。
でも最近新神話主義の本で読んだようなことが「パルジファル」のあらすじにあったり、彼の最後のオペラということもあったり、そしてやっぱり20世紀音楽はワーグナー無しにしては語れないのでいつかゆっくり・・・と思います。
聞こえた限りでは(結構私寝てるときも音楽は聞こえるんですよ。人の話し声とかは全くみたいですが)ああ確かに最後にたどり着くのはこういうとこなのか、という感じがありますし、弦楽器の音やハーモニーに不思議なオーラみたいなものを感じました。
要再チャレンジ。
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。
あんまりこれも曲としては好きじゃないんですよね~底抜けに明るく派手な曲は苦手な場合が多いです。特にチャイコフスキーに関しては内向きだったり土臭い曲のほうが断然良い味出してると思います。
でもプログラムに書いてあったとおりベートーヴェン、ブラームス、シベリウスなど偉大なバイオリン協奏曲と同じニ長調で書かれてることはなんか因縁があると思いますし、第2楽章はいい感じですよー。
そしてなにより演奏が見事だった!
諏訪内晶子さんの音の強さ、まっすぐさにがつんと心打たれましたね!なんというか、日本人離れしているというか。
アタックからしっかりして、音が変な弧を描かず真っ直ぐsustainされるあの気持ちよさ。終始力強さと華やかさが求められるこの協奏曲で音楽のスケールに負けない演奏を心底から楽しみました♪
前からこのブログで語っている「女性ならではの強さ」を実感した気がします。
アンコールは知らない曲なのですが聴いた感じバッハの無伴奏ソナタorパルティータ(ニ短調のパルティータ?)のなかのヘ長調の緩徐楽章ではないかと思われます。(バッハでヘ長調は確定)
まっすぐな音はそのままに今度はもっと繊細で神秘的な雰囲気。バッハの信仰の真っ直ぐさを感じましたね。
本当に良い物を聴きました。
ラフマニノフ交響曲第3番。私が愛して止まない曲の一つです。
でもラフマニノフの音楽は(プログラムにもありましたが)ハリウッド的な、アメリカ受けが良い奴ばっかり売れてるんですよね。ロシアらしく土臭く、そして彼の繊細で内向きな性格を反映してたりする曲はほとんど知られていない。ついでに言えば彼の音楽はロマンチックな部分ばっかり見られて20世紀音楽としての彼なりの見事な表現方法に目を向ける人は少数。
みんな、ラフマニノフは何人でどの時代に生きたか考え直してみてよー(心の叫び)
それを抜きにしても本当に良い曲で。
特に第2楽章(の特にスケルツォの部分)が好きで好きで。そして最終楽章である第3楽章のエンディングの素晴らしさ。
Twitterでつぶやいたのですが、よく別世界へ行くストーリーで元の世界に帰るときに「後ろを振り返ってはいけません」と言われる、あんな感じで。振り返らないよう全力疾走する感覚で。終わらないで、どころか「ちょっと待て待て待て!」と焦ります。
演奏も見事でした。
メル響というオケの元気さ、パワフルさ!勿論綿密な詳細もありますがなんと言っても先ほどのチャイコフスキーだったりこの曲での爆発するようなパワーにめちゃくちゃ心躍ります。
特にバイオリンは第1、第2どっちも圧倒的な団結力、そして実力。
そして打楽器軍団見事!シンバルがめちゃくちゃソフトに弾かなくちゃ行けなかったりなどラフマニノフの音楽は打楽器にとって変な難しさがある印象がありますがしっかり活躍してました~
そしてビオラのダークサイドも見られたり。
指揮がまた。昔Wigglesworthさんとメル響でマーラー6番を聴いて感銘を受けて、今回彼の指揮を聴くのは2回目。
ものすごい安心感というか、安定感というか。論理的なのかも知れない、と思います。
今回チェレスタのパートはいつもオルガンをメル響で弾いてる方が弾いてたのですが・・・曲への思い入れ&メル響で弾くこと(ハープのJulieと隣で弾く事)自体、そしてあの人の指揮で弾きたかったな、ということ全部ひっくるめて今回チェレスタが弾きたかった!!!!
メル響、次は同じくWigglesworthさんで今週末にマーラー7番の演奏があります。
チケット予約済みです(今回バルコニー真ん中前側と良いところに座れたので次回もそうだといいな)。
ものすごい楽しみですね~最近気に入ってる曲ですし、このオケ&指揮者の組み合わせは間違いないですからね。
今日の一曲はおやすみです。先ほど夕方寝てたのですが若干まだ疲れている・・・蓄積中?
