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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
そしてまたちょっと間が開いてしまった・・・その間に創作の方で書き物してたので特別調子が悪いとかだれてたとかじゃないんですが。同じ文書きでもやっぱり違うmind setが必要みたいです。
とりあえず向こうは一段落したので昨日、今日と久しぶりのキーワードto音楽の準備をしてました。まだ2回目で若干フォーマットが定まっていない(汗)四大元素シリーズ、今回は「地」で。
全部ブラームスになったら困るな、とか思いながらも結構ばらけてくれましたね。地は得意そうな作曲家がそこここに結構いて、いわゆる「土臭い」音楽は特定地方(東欧主に)に多いのですが今回はキーワード分けがちょっと難しかった。みんな似たり寄ったり、というのは大げさですがなんとなくの共通の性質が強いような、説明が難しい・・・
とりあえず主なところはカバーできたかな?とは思うので早速。今回も12つのキーワードでダブりは1回にとどめました。
1) Stability: コダーイ 無伴奏チェロソナタ 第1楽章
「地」のエレメントを代表するキーワードといえば「安定性」「安定感」でしょうね。「地が足に着いたよう」という言葉そのままに。やっぱりチェロという楽器は「地」に直接つながるそのエレメントにぴったりの楽器だと思いますし、コダーイの作風、そしてこの楽章の瞑想的な揺るぎない、どっしりした安定感は凄いですね。
2) Stubbornness: ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ ニ短調
性格に関する特徴で「地」と関連づけられるのが「頑固さ」だと思います。前回の「炎」のDeterminationの前のめりな情熱とは違う、俺の屍を超えていけ的な、ここをてこでも動くものか、みたいな・・・とにかくこの曲、絶対譲りたくないんですよね。ショスタコらしいひねくれた頑固さといいますか。ニ短調ですしね、ぴったりな調です。
3) Maternal: ブラームス ホルン三重奏 第3楽章
母なる大地、とも言いますがやっぱりギリシャ神話のガイアを始め「地」は「母性」と関連して描写されることが多い気がします。そこでなんでこんな暗い曲を選んだか、というとキリスト教の宗教画などで言う「Dolores Mater」、悲しむ母のイメージが強いと思ったので。母性豊かな悲しみ、温かい涙、そういった感覚。
4) Still: ペルト 「Fratres」
「地」は動的でなく「静的」なエレメント。そこに静かに動かず、独特の存在感を放って「有る」。動いていないようで少しずつ動いている、変わっている。その音、そして地平線がまっすぐ穏やかなカーブを描いて広がるその線の存在感、そういったものを思わせるこの曲。特に太鼓などの打楽器の音が「地」を思わせるなあ、と思うんですよ。
5) Protection: ブラームス 「ドイツ・レクイエム」 第1楽章
大地がその上に住むものを「守る」、「庇護する」というクオリティはブラームスの曲の多く、特にこのドイツ・レクイエムに多いんですよね。やっぱりさっきの母性の項で書いたものと通じるものは多々ありますが、代表して第1楽章をセレクト。これだけ包まれて守られている感がある音楽を書くブラームスの懐の広さにはいつも驚きます。
6) Epic: チャイコフスキー 交響曲第5番 第1楽章
創作の方の書き物でどれだけ表現できてるか分からないのですが意識しているのは人物とその世界の関係性、というか、人物が立っている大地、大地を駆け回る人物、みたいな感じで。いろいろ物語の、まるで「叙情詩的な」、「壮大な」というのはそこから来ると思うんですよね。そんな自分の書き物と大地をつなぐ性質をよく表すと思うこの曲を選びました。
7) Depth: バルトーク 管弦楽のための協奏曲 第3楽章
「地」というエレメントにほぼ特有、と言えるクオリティの一つが「深み」だと思います(水にもあることはありますが)。下の方向に広がる地底の世界、そこに昔の人は地獄だったり冥界があったりしたようなことを想像したりしたもので、実際のところ地球全体と比較して薄い地核もまるで奥底にどんどん続いていくような感覚。ということでバルトークの数ある「地」を思わせる曲から地響きまで感じるようなこれを。
8) Physical: メシアン 「トゥーランガリラ交響曲」 第1楽章
もう一つ、「地」のエレメントって他の元素に比べて実体がある感じがありまして。実際手に取れる、「物質的」で「物理的」で「身体的」(人間の素ですもんね、一部宗教・神話では)なこのキーワードを連想。メシアンの地の曲ってそういう性質が強いですね。触れられる、というか実体がある、というか。この曲はそれに加えて構造的だったり、命が肉体的な感じで存在してたり。考えてみると面白い。
9) Gravity: ブリテン Sinfonia da Requiem 第1楽章「Lacrymosa」
音楽で色彩を感じるのも面白いですが「重力」を感じるのも面白いですね。もちろん低音楽器がその感覚の要で、特にショスタコやブリテン、プロコフィエフなどでGを強く感じることがあります。特にこの曲、最初の音からかかる重力のすごさ。以前やった色彩の「キーワードto音楽」でダントツで「黒」に選んだ曲です、ちなみに。
10) Steps: ヤナーチェク シンフォニエッタ 第2楽章
音楽のおおまかなカテゴリの内「踊り」はなんとなく「地」と親和性があるようなイメージ。裸足で大地を「踏みならす」、みたいな、民族音楽でよくある人が集まる場で輪になって、みたいな。ハンガリーやロシアやチェコなど東欧でよくあるこの素敵なアクセントの付き方、リズムを代表としてこの曲を。大きすぎないスケールと土臭さがまた良い。
11) Solid: クラム 「マドリガル」第4巻 第3楽章 「¡La muerte me está mirando desde las torres de Córdoba!」
そして「地」は「固体」であり「中がしっかり詰まってる」元素(なんか仕事で出会うクロマトグラフィーの珪藻土カラムを思い出した)。コントラバスのこのベースラインのしっかり詰まってること!歌もフルート族も打楽器も何もかもがEarthyな手触りと色彩を帯びていて、踏み固められたようなゆるぎなさがあります。
12) Darkness: ストラヴィンスキー 「火の鳥」 序曲
地のエレメント=闇のエレメントではないですが、やはり先ほど書きましたように地底の暗さ、というのは「地」のエレメントを語る上で外せないような感じが。鍾乳洞とか炭鉱とか、地面に深く掘った穴、墓穴とか。どこか湿り気と冷たさがある、鬱々とした閉塞感がある暗さ。それを表す曲はいろいろあるなかこの曲をチョイス。ストラヴィンスキーの自然とか魔法の描写が大好きです。
「地」は私が比較的苦手というかあんまり積極的に好きだと思わないエレメントなんですよね。やっぱり安定しているのは馴染みにくいというかあんまり自分に近く感じないというか、それとも単にせっかちだからか。
だからといって地関連の曲が特別苦手とか好きでないとかそういうわけでもないんですよね。特にブラームスとかバルトークとか、ものすごい好きですし、自分にとって一種の「軸」にちょこちょこなってる感はあるんです。
肝心なときにちゃんとあるけれど、ただ自分の手で使うのはあんまり多くない。
これからの季節に強くなり始めるエレメントなので上手く自分をコントロールするよう使えたらいいんですが。踏ん張って鍛錬せねば。
(今日の一曲はキーワードto音楽なのでお休みです)
そしてまたちょっと間が開いてしまった・・・その間に創作の方で書き物してたので特別調子が悪いとかだれてたとかじゃないんですが。同じ文書きでもやっぱり違うmind setが必要みたいです。
とりあえず向こうは一段落したので昨日、今日と久しぶりのキーワードto音楽の準備をしてました。まだ2回目で若干フォーマットが定まっていない(汗)四大元素シリーズ、今回は「地」で。
全部ブラームスになったら困るな、とか思いながらも結構ばらけてくれましたね。地は得意そうな作曲家がそこここに結構いて、いわゆる「土臭い」音楽は特定地方(東欧主に)に多いのですが今回はキーワード分けがちょっと難しかった。みんな似たり寄ったり、というのは大げさですがなんとなくの共通の性質が強いような、説明が難しい・・・
とりあえず主なところはカバーできたかな?とは思うので早速。今回も12つのキーワードでダブりは1回にとどめました。
1) Stability: コダーイ 無伴奏チェロソナタ 第1楽章
「地」のエレメントを代表するキーワードといえば「安定性」「安定感」でしょうね。「地が足に着いたよう」という言葉そのままに。やっぱりチェロという楽器は「地」に直接つながるそのエレメントにぴったりの楽器だと思いますし、コダーイの作風、そしてこの楽章の瞑想的な揺るぎない、どっしりした安定感は凄いですね。
2) Stubbornness: ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ ニ短調
性格に関する特徴で「地」と関連づけられるのが「頑固さ」だと思います。前回の「炎」のDeterminationの前のめりな情熱とは違う、俺の屍を超えていけ的な、ここをてこでも動くものか、みたいな・・・とにかくこの曲、絶対譲りたくないんですよね。ショスタコらしいひねくれた頑固さといいますか。ニ短調ですしね、ぴったりな調です。
3) Maternal: ブラームス ホルン三重奏 第3楽章
母なる大地、とも言いますがやっぱりギリシャ神話のガイアを始め「地」は「母性」と関連して描写されることが多い気がします。そこでなんでこんな暗い曲を選んだか、というとキリスト教の宗教画などで言う「Dolores Mater」、悲しむ母のイメージが強いと思ったので。母性豊かな悲しみ、温かい涙、そういった感覚。
4) Still: ペルト 「Fratres」
「地」は動的でなく「静的」なエレメント。そこに静かに動かず、独特の存在感を放って「有る」。動いていないようで少しずつ動いている、変わっている。その音、そして地平線がまっすぐ穏やかなカーブを描いて広がるその線の存在感、そういったものを思わせるこの曲。特に太鼓などの打楽器の音が「地」を思わせるなあ、と思うんですよ。
5) Protection: ブラームス 「ドイツ・レクイエム」 第1楽章
大地がその上に住むものを「守る」、「庇護する」というクオリティはブラームスの曲の多く、特にこのドイツ・レクイエムに多いんですよね。やっぱりさっきの母性の項で書いたものと通じるものは多々ありますが、代表して第1楽章をセレクト。これだけ包まれて守られている感がある音楽を書くブラームスの懐の広さにはいつも驚きます。
6) Epic: チャイコフスキー 交響曲第5番 第1楽章
創作の方の書き物でどれだけ表現できてるか分からないのですが意識しているのは人物とその世界の関係性、というか、人物が立っている大地、大地を駆け回る人物、みたいな感じで。いろいろ物語の、まるで「叙情詩的な」、「壮大な」というのはそこから来ると思うんですよね。そんな自分の書き物と大地をつなぐ性質をよく表すと思うこの曲を選びました。
7) Depth: バルトーク 管弦楽のための協奏曲 第3楽章
「地」というエレメントにほぼ特有、と言えるクオリティの一つが「深み」だと思います(水にもあることはありますが)。下の方向に広がる地底の世界、そこに昔の人は地獄だったり冥界があったりしたようなことを想像したりしたもので、実際のところ地球全体と比較して薄い地核もまるで奥底にどんどん続いていくような感覚。ということでバルトークの数ある「地」を思わせる曲から地響きまで感じるようなこれを。
8) Physical: メシアン 「トゥーランガリラ交響曲」 第1楽章
もう一つ、「地」のエレメントって他の元素に比べて実体がある感じがありまして。実際手に取れる、「物質的」で「物理的」で「身体的」(人間の素ですもんね、一部宗教・神話では)なこのキーワードを連想。メシアンの地の曲ってそういう性質が強いですね。触れられる、というか実体がある、というか。この曲はそれに加えて構造的だったり、命が肉体的な感じで存在してたり。考えてみると面白い。
9) Gravity: ブリテン Sinfonia da Requiem 第1楽章「Lacrymosa」
音楽で色彩を感じるのも面白いですが「重力」を感じるのも面白いですね。もちろん低音楽器がその感覚の要で、特にショスタコやブリテン、プロコフィエフなどでGを強く感じることがあります。特にこの曲、最初の音からかかる重力のすごさ。以前やった色彩の「キーワードto音楽」でダントツで「黒」に選んだ曲です、ちなみに。
10) Steps: ヤナーチェク シンフォニエッタ 第2楽章
音楽のおおまかなカテゴリの内「踊り」はなんとなく「地」と親和性があるようなイメージ。裸足で大地を「踏みならす」、みたいな、民族音楽でよくある人が集まる場で輪になって、みたいな。ハンガリーやロシアやチェコなど東欧でよくあるこの素敵なアクセントの付き方、リズムを代表としてこの曲を。大きすぎないスケールと土臭さがまた良い。
11) Solid: クラム 「マドリガル」第4巻 第3楽章 「¡La muerte me está mirando desde las torres de Córdoba!」
そして「地」は「固体」であり「中がしっかり詰まってる」元素(なんか仕事で出会うクロマトグラフィーの珪藻土カラムを思い出した)。コントラバスのこのベースラインのしっかり詰まってること!歌もフルート族も打楽器も何もかもがEarthyな手触りと色彩を帯びていて、踏み固められたようなゆるぎなさがあります。
12) Darkness: ストラヴィンスキー 「火の鳥」 序曲
地のエレメント=闇のエレメントではないですが、やはり先ほど書きましたように地底の暗さ、というのは「地」のエレメントを語る上で外せないような感じが。鍾乳洞とか炭鉱とか、地面に深く掘った穴、墓穴とか。どこか湿り気と冷たさがある、鬱々とした閉塞感がある暗さ。それを表す曲はいろいろあるなかこの曲をチョイス。ストラヴィンスキーの自然とか魔法の描写が大好きです。
「地」は私が比較的苦手というかあんまり積極的に好きだと思わないエレメントなんですよね。やっぱり安定しているのは馴染みにくいというかあんまり自分に近く感じないというか、それとも単にせっかちだからか。
だからといって地関連の曲が特別苦手とか好きでないとかそういうわけでもないんですよね。特にブラームスとかバルトークとか、ものすごい好きですし、自分にとって一種の「軸」にちょこちょこなってる感はあるんです。
肝心なときにちゃんとあるけれど、ただ自分の手で使うのはあんまり多くない。
これからの季節に強くなり始めるエレメントなので上手く自分をコントロールするよう使えたらいいんですが。踏ん張って鍛錬せねば。
(今日の一曲はキーワードto音楽なのでお休みです)
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前回のエントリーに拍手どうもです~
昨日の夜にface to aceのアルバム2つ、「風と貝がら」と「peaks」を日本で注文して今日発送されたばかり(こちらに来るのは両親がこっちに来るときかな)なのにすでに浮かれております。自分という生き物は常に単純きわまりないです。いやあ楽しみ。両親がこっちにいる間いろいろ観光行くので車移動で聴けるじゃないか!
そしていまあるCDももっと聞き込まなければ。
特にクラムはまだまだじっくりなじませないといけないですねえ。結構弱音部分が多いので外でだと聞きにくいですし。
新しく買った曲でスコアがあるものは借りないと耳だけでいろいろキャッチできてない部分もあるので。
こないだ買ったのはクラムの「アメリカ歌曲集」シリーズから2作が収録されてるCDで。
そのときも書きましたがすでに「アメリカ歌曲集」は一つ持ってたのです。
アメリカ歌曲集の構成はこんな感じ(持ってる曲は*で):
1) The River of Life (2003)
2) A Journey Beyond Time (2003)*
3) Unto the Hills (2001)
4) Winds of Destiny (2004)*
5) Voices from a Forgotten World (2007)*
6) Voices from the Morning of the Earth (2008)
7) Voices from the Heartland (2010)
元は4部作だったらしいですが一昨年の時点で7作。8番目が書かれてるという話もどこかで見たような。それにしても2001年~だから全曲21世紀の音楽ですね、完全に。最近だなあ。
この「アメリカ歌曲集」は南北戦争の際に歌われた歌や民謡、古い大陸から歌い継がれた歌、黒人霊歌(Afro-American Spirituals。第2集は全部これです)、原住民の歌などのメロディーと歌詞をアレンジしたり、はたまた必要とした場合は歌詞だけとってオリジナルのメロディーに乗せたり、あと完全オリジナルの曲もあります(後述)。
この中には民謡として知られているもの、フォークミュージックのアーティストによりカバーされてるものなど結構聴いたことのあるメロディーもありますが、クラムは全く新しいセッティングでこれらのメロディーを音楽に仕立てています。
(プラス第2集、第4集は楽器のみの間奏もあって、特殊な形の楽譜になってたりするそうです)
元々これはクラムの娘さんの提案により実現したサイクルみたいです。
娘さんは歌手で、先ほどのうちの第1集、第3集の初演を手がけています(もちろん録音は出てます)し、それから第4集の第8楽章のオリジナル「民謡」の歌詞を書いています。
いいなあそういうの。憧れます、誰かのミューズになるの。もうちょっとできた人間にならなきゃですが(汗)
このアメリカ歌曲集は歌手(1人or後の方の曲集では複数)+ピアノ+打楽器4人という編成で書かれています。
(同じく最近書かれ始めた「スペイン歌曲集」(2009年に第1集「Ghosts of Alhambra」、こちらはロルカの詩を音楽に乗せて)はピアノでなくてギターがフィーチャーされます)
で、この打楽器がすごいらしいです。なんと『各曲集』100種類以上の打楽器、しかも5つの大陸の様々な国からの打楽器が使われてます。(ここですよ、スコアでチェックしないといけないの!)
民族音楽でしか聴いたことない楽器や全く聴いたことのない楽器もちょこちょこ聞こえますし、耳なじみある楽器もクラムの手にかかると聴いたことのないような使い方をされたり。
以前からクラシック音楽で打楽器が音楽のキャラクターだったりお国柄を表すのにものすごく重要だと書いてますが、こうやってマルチカルチュアルな打楽器の集まりでそれぞれのお国柄を主張するかと思えばそうでもないんですよね。クラムの使い方がいいのもありますがなんというか、案外溶けあうんですよ。
メロディーはアメリカの歴史の中で生まれた歌ですが、音楽全体としてはどこか多国籍であり同時に無国籍である、そんな感覚に迫っているところがあります。
アメリカ歌曲集の面白いのはクラムの思い、特に彼が何を嫌っているかとかネガティブな感情がものすごく伝わってくるところです。
例えば第4集第1楽章「Mine Eyes Have Seen the Glory」では(歌から察するに神の名においての)戦いの後に広がる廃墟と破壊の跡と屍の山と、というのがまざまざと見えます。クラムはそういう(アメリカという国とよく関連される)「正義」の名においての暴挙をものすごく嫌ってるんだな、というのが他のいろんな作品においても、そしてこの曲でものすごく感じられます。それはマーラー1番の第3楽章のパロディが入ってる第4集第2楽章「When Johnn Comes Marching Home」の皮肉の辛辣さにも見えることです。
他には過酷な状況下において一縷の希望に弱った手でしがみつく奴隷の図(第2集第9楽章「Sometimes I feel like a Motherless Child」、第4集第6楽章「All My Trials (Death's Lullaby)」)とかもありますし。
もはや絶望を通り越したあきらめ(第5集第3楽章「House of the Rising Sun」)とかも本当にひしひしと。
それがまた全て美しいのですが。
今持ってる曲集のうち特に気に入ってるのを挙げると(順不同):
1) 第5集第9楽章 「Firefly Song (Ojibwa)」
2) 第5集第10楽章 「The Demon Lover」
3) 第2集第8楽章 「Go Down Moses」
4) 第5集第8楽章 「Beautiful Dreamer」
5) 第4集第1楽章 「Mine Eyes Have Seen the Glory」
他にもあるんですが絞れない。ちょこちょこ今日の一曲でも追々。
5)はさっき書いた通り。あまりにも強烈な恐怖のイメージが怖い、怖いけれどだからこそ好きなんですよ。あとフクロウの鳴き真似とかオーストラリア原住民の楽器とか、歌い手の距離感とかいろいろピンポイントにツボるところが多い。
1)はもう最初聴いたときから揺るぎない第1位ですね。元々はアメリカの原住民のうちの民族の歌だそうですが、五音音階で成ってるのをクラムは上手く使ってるな、と。木琴とか木でできた打楽器の音がすてき。
2)はアメリカというよりは古い言語や船乗りとかイギリスっぽい雰囲気なんですよね。全体的に生と死の間の闇の空間を表しているようなビブラフォーンが絶妙だと思うのですよ。
3)についてもほぼ一目惚れ。元のメロディーの最初の4音がグレゴリア聖歌のDies iraeと同じということを利用してつなげたアイディアと、あとピアノとidiophone族(木琴とか鉄琴とか調音してある打楽器)のタッグが素晴らしい。弾いてて絶対気持ち良いよピアノパート!
4)が面白いのはメロディーが口笛により担当されてて、歌詞が歌い手の囁きによって担当されていること。口に指をたてて「しーっ」てしているようなものすごく繊細な音楽。これはじわじわと最近来てます。(ちなみに原曲はフォスターの有名なメロディー「夢路より」です)
全体的に見るとこのシリーズには4つの曲集に収まらなかったクラムのアメリカという国の根本のところに対する愛(白人以外も含めたアメリカの歴史、地理、文化など全部ひっくるめて)があると思います。その愛が深いからこそ前述のようなアメリカに関連する性質を嫌うところがあるんだと思います。
そして同時にアメリカの音楽を通してもっと広く世界を全体としてカバーするような音楽を書くこともしてるのかな、と。Lux Aeternaで西と東の音楽をつなぐようなところもありましたし、クラムの音楽のスタイルって特定の文化をはっきり指し示さないようなところがあったりするので。それに加えて上述打楽器の使い方だったり。
あんまりアメリカの歴史はこっちの学校でもそんなに習わないですし、文化全般もそうですが音楽に関してもあんまりアメリカのものってクラムの音楽に出会うまでは魅力を覚える事って本当に少なかったです。
でもクラムの音楽、特に「アメリカ歌曲集」を聞き始めてなんとなくそれが変わってきているようで。クラムが多角的にその文化や歴史を捉える(都合の良いように、ではなく!)のも手伝ってちょっとずつ奥深さを感じるようになってきたと思います。
そして(まず原住民の音楽や一部spiritualのように表記する文化がない音楽をなんらかの方法で残すのもそうですが)、民族音楽をまた別のやり方で作り替える、歴史や文化を表現するためにオリジナルのセッティングから新しい意味を創り上げる、というプロセスが本当に面白くて。(オーストラリアだとまだまだこういうのは無理かなあ、歴史と文化の深さ、長さからして)
これからもっとクラムのそういった音楽に出会うのが楽しみです。早く他のも手に入れたいですね!
今日の一曲: ジョージ・クラム アメリカ歌曲集「A Journey Beyond Time」より第8楽章「Go Down, Moses」
今日言及してないのも含めて迷った結果これに。
やっぱり初印象からかなり強烈な印象があったんですよ、この曲は。もうDies Iraeを聞き取ってしまう、そしてそのメロディーから死や最後の審判をほぼ自動的に連想してしまうのはクラシック音楽家の性だと思います。
先ほど第2集「A Journey Beyond Time」は全て黒人霊歌を題材にしていると書きましたが、これもまたモーゼがヘブライ人をエジプトから解放した聖書のくだりを自分たちの民族になぞらえて自由を求める気持ち、モーゼのように解き放つ人物を願う気持ちを歌った歌・・・という解釈でいいんでしょうか。
同じくクラムの「Apparition」でもあるのですが、クラムはたまに歌のパートの中で「死」にあたる言葉を強調することがあるんですよね。実際楽譜でどうなってるか分かりませんが(要チェック)。この曲でも「Or I will smite your first-born dead」(さもなければ貴方方の長子が死ぬことになる」という歌詞の「Dead」の部分だけ歌うのではなく「言う」=宣告する(テンションとしては「呪う」に近いんですよね、モーゼですが)ように差別化してあるんですよね。これもまた初めて聴くと、そして何回聴いても突き刺さる。
楽器のパートも面白い。先ほど言及があったDies Iraeの引用だけでなく、フラクタルみたいに速さを2倍、4倍にしたりカノンのようにメロディーのはじめをずらしたりしながら弾かせるidiophoneたち。最高のタッグです。
ピアノの存在がまた良いですね。歌い手にしっかりしたピッチを提供するのはもちろん、idiophoneに属する楽器は低音が強くないので(打楽器ファミリーでは大きいドラムとかが担当する部分です)、ベースラインを担当する、という役割もあり。
そして4度のハーモニーが独特の響きと緊張を醸し出して、例えばベルリオーズの「幻想交響曲」の鐘の音(Dies Iraeがここでもありますね)みたいなultimatum感がある鐘の音を奏でるのも良いです。
アメリカ歌曲集に入ってる曲って先ほども書きましたがネガティブな面、辛い面、必ずしも対面して心地良いものではない感情や側面を突きつける曲が結構ありますが、この曲もまたその向き合いづらい部分も合わせて良い音楽だな、美しいなと思える、そして愛せるのが凄いですね。リアリティも感じますし、音楽に込められたものの大切さもしかと受け止めなければいけないと感じます。
全部ひっくるめて、クラムの音楽がやっぱり大好きです。
昨日の夜にface to aceのアルバム2つ、「風と貝がら」と「peaks」を日本で注文して今日発送されたばかり(こちらに来るのは両親がこっちに来るときかな)なのにすでに浮かれております。自分という生き物は常に単純きわまりないです。いやあ楽しみ。両親がこっちにいる間いろいろ観光行くので車移動で聴けるじゃないか!
そしていまあるCDももっと聞き込まなければ。
特にクラムはまだまだじっくりなじませないといけないですねえ。結構弱音部分が多いので外でだと聞きにくいですし。
新しく買った曲でスコアがあるものは借りないと耳だけでいろいろキャッチできてない部分もあるので。
こないだ買ったのはクラムの「アメリカ歌曲集」シリーズから2作が収録されてるCDで。
そのときも書きましたがすでに「アメリカ歌曲集」は一つ持ってたのです。
アメリカ歌曲集の構成はこんな感じ(持ってる曲は*で):
1) The River of Life (2003)
2) A Journey Beyond Time (2003)*
3) Unto the Hills (2001)
4) Winds of Destiny (2004)*
5) Voices from a Forgotten World (2007)*
6) Voices from the Morning of the Earth (2008)
7) Voices from the Heartland (2010)
元は4部作だったらしいですが一昨年の時点で7作。8番目が書かれてるという話もどこかで見たような。それにしても2001年~だから全曲21世紀の音楽ですね、完全に。最近だなあ。
この「アメリカ歌曲集」は南北戦争の際に歌われた歌や民謡、古い大陸から歌い継がれた歌、黒人霊歌(Afro-American Spirituals。第2集は全部これです)、原住民の歌などのメロディーと歌詞をアレンジしたり、はたまた必要とした場合は歌詞だけとってオリジナルのメロディーに乗せたり、あと完全オリジナルの曲もあります(後述)。
この中には民謡として知られているもの、フォークミュージックのアーティストによりカバーされてるものなど結構聴いたことのあるメロディーもありますが、クラムは全く新しいセッティングでこれらのメロディーを音楽に仕立てています。
(プラス第2集、第4集は楽器のみの間奏もあって、特殊な形の楽譜になってたりするそうです)
元々これはクラムの娘さんの提案により実現したサイクルみたいです。
娘さんは歌手で、先ほどのうちの第1集、第3集の初演を手がけています(もちろん録音は出てます)し、それから第4集の第8楽章のオリジナル「民謡」の歌詞を書いています。
いいなあそういうの。憧れます、誰かのミューズになるの。もうちょっとできた人間にならなきゃですが(汗)
このアメリカ歌曲集は歌手(1人or後の方の曲集では複数)+ピアノ+打楽器4人という編成で書かれています。
(同じく最近書かれ始めた「スペイン歌曲集」(2009年に第1集「Ghosts of Alhambra」、こちらはロルカの詩を音楽に乗せて)はピアノでなくてギターがフィーチャーされます)
で、この打楽器がすごいらしいです。なんと『各曲集』100種類以上の打楽器、しかも5つの大陸の様々な国からの打楽器が使われてます。(ここですよ、スコアでチェックしないといけないの!)
民族音楽でしか聴いたことない楽器や全く聴いたことのない楽器もちょこちょこ聞こえますし、耳なじみある楽器もクラムの手にかかると聴いたことのないような使い方をされたり。
以前からクラシック音楽で打楽器が音楽のキャラクターだったりお国柄を表すのにものすごく重要だと書いてますが、こうやってマルチカルチュアルな打楽器の集まりでそれぞれのお国柄を主張するかと思えばそうでもないんですよね。クラムの使い方がいいのもありますがなんというか、案外溶けあうんですよ。
メロディーはアメリカの歴史の中で生まれた歌ですが、音楽全体としてはどこか多国籍であり同時に無国籍である、そんな感覚に迫っているところがあります。
アメリカ歌曲集の面白いのはクラムの思い、特に彼が何を嫌っているかとかネガティブな感情がものすごく伝わってくるところです。
例えば第4集第1楽章「Mine Eyes Have Seen the Glory」では(歌から察するに神の名においての)戦いの後に広がる廃墟と破壊の跡と屍の山と、というのがまざまざと見えます。クラムはそういう(アメリカという国とよく関連される)「正義」の名においての暴挙をものすごく嫌ってるんだな、というのが他のいろんな作品においても、そしてこの曲でものすごく感じられます。それはマーラー1番の第3楽章のパロディが入ってる第4集第2楽章「When Johnn Comes Marching Home」の皮肉の辛辣さにも見えることです。
他には過酷な状況下において一縷の希望に弱った手でしがみつく奴隷の図(第2集第9楽章「Sometimes I feel like a Motherless Child」、第4集第6楽章「All My Trials (Death's Lullaby)」)とかもありますし。
もはや絶望を通り越したあきらめ(第5集第3楽章「House of the Rising Sun」)とかも本当にひしひしと。
それがまた全て美しいのですが。
今持ってる曲集のうち特に気に入ってるのを挙げると(順不同):
1) 第5集第9楽章 「Firefly Song (Ojibwa)」
2) 第5集第10楽章 「The Demon Lover」
3) 第2集第8楽章 「Go Down Moses」
4) 第5集第8楽章 「Beautiful Dreamer」
5) 第4集第1楽章 「Mine Eyes Have Seen the Glory」
他にもあるんですが絞れない。ちょこちょこ今日の一曲でも追々。
5)はさっき書いた通り。あまりにも強烈な恐怖のイメージが怖い、怖いけれどだからこそ好きなんですよ。あとフクロウの鳴き真似とかオーストラリア原住民の楽器とか、歌い手の距離感とかいろいろピンポイントにツボるところが多い。
1)はもう最初聴いたときから揺るぎない第1位ですね。元々はアメリカの原住民のうちの民族の歌だそうですが、五音音階で成ってるのをクラムは上手く使ってるな、と。木琴とか木でできた打楽器の音がすてき。
2)はアメリカというよりは古い言語や船乗りとかイギリスっぽい雰囲気なんですよね。全体的に生と死の間の闇の空間を表しているようなビブラフォーンが絶妙だと思うのですよ。
3)についてもほぼ一目惚れ。元のメロディーの最初の4音がグレゴリア聖歌のDies iraeと同じということを利用してつなげたアイディアと、あとピアノとidiophone族(木琴とか鉄琴とか調音してある打楽器)のタッグが素晴らしい。弾いてて絶対気持ち良いよピアノパート!
4)が面白いのはメロディーが口笛により担当されてて、歌詞が歌い手の囁きによって担当されていること。口に指をたてて「しーっ」てしているようなものすごく繊細な音楽。これはじわじわと最近来てます。(ちなみに原曲はフォスターの有名なメロディー「夢路より」です)
全体的に見るとこのシリーズには4つの曲集に収まらなかったクラムのアメリカという国の根本のところに対する愛(白人以外も含めたアメリカの歴史、地理、文化など全部ひっくるめて)があると思います。その愛が深いからこそ前述のようなアメリカに関連する性質を嫌うところがあるんだと思います。
そして同時にアメリカの音楽を通してもっと広く世界を全体としてカバーするような音楽を書くこともしてるのかな、と。Lux Aeternaで西と東の音楽をつなぐようなところもありましたし、クラムの音楽のスタイルって特定の文化をはっきり指し示さないようなところがあったりするので。それに加えて上述打楽器の使い方だったり。
あんまりアメリカの歴史はこっちの学校でもそんなに習わないですし、文化全般もそうですが音楽に関してもあんまりアメリカのものってクラムの音楽に出会うまでは魅力を覚える事って本当に少なかったです。
でもクラムの音楽、特に「アメリカ歌曲集」を聞き始めてなんとなくそれが変わってきているようで。クラムが多角的にその文化や歴史を捉える(都合の良いように、ではなく!)のも手伝ってちょっとずつ奥深さを感じるようになってきたと思います。
そして(まず原住民の音楽や一部spiritualのように表記する文化がない音楽をなんらかの方法で残すのもそうですが)、民族音楽をまた別のやり方で作り替える、歴史や文化を表現するためにオリジナルのセッティングから新しい意味を創り上げる、というプロセスが本当に面白くて。(オーストラリアだとまだまだこういうのは無理かなあ、歴史と文化の深さ、長さからして)
これからもっとクラムのそういった音楽に出会うのが楽しみです。早く他のも手に入れたいですね!
今日の一曲: ジョージ・クラム アメリカ歌曲集「A Journey Beyond Time」より第8楽章「Go Down, Moses」
今日言及してないのも含めて迷った結果これに。
やっぱり初印象からかなり強烈な印象があったんですよ、この曲は。もうDies Iraeを聞き取ってしまう、そしてそのメロディーから死や最後の審判をほぼ自動的に連想してしまうのはクラシック音楽家の性だと思います。
先ほど第2集「A Journey Beyond Time」は全て黒人霊歌を題材にしていると書きましたが、これもまたモーゼがヘブライ人をエジプトから解放した聖書のくだりを自分たちの民族になぞらえて自由を求める気持ち、モーゼのように解き放つ人物を願う気持ちを歌った歌・・・という解釈でいいんでしょうか。
同じくクラムの「Apparition」でもあるのですが、クラムはたまに歌のパートの中で「死」にあたる言葉を強調することがあるんですよね。実際楽譜でどうなってるか分かりませんが(要チェック)。この曲でも「Or I will smite your first-born dead」(さもなければ貴方方の長子が死ぬことになる」という歌詞の「Dead」の部分だけ歌うのではなく「言う」=宣告する(テンションとしては「呪う」に近いんですよね、モーゼですが)ように差別化してあるんですよね。これもまた初めて聴くと、そして何回聴いても突き刺さる。
楽器のパートも面白い。先ほど言及があったDies Iraeの引用だけでなく、フラクタルみたいに速さを2倍、4倍にしたりカノンのようにメロディーのはじめをずらしたりしながら弾かせるidiophoneたち。最高のタッグです。
ピアノの存在がまた良いですね。歌い手にしっかりしたピッチを提供するのはもちろん、idiophoneに属する楽器は低音が強くないので(打楽器ファミリーでは大きいドラムとかが担当する部分です)、ベースラインを担当する、という役割もあり。
そして4度のハーモニーが独特の響きと緊張を醸し出して、例えばベルリオーズの「幻想交響曲」の鐘の音(Dies Iraeがここでもありますね)みたいなultimatum感がある鐘の音を奏でるのも良いです。
アメリカ歌曲集に入ってる曲って先ほども書きましたがネガティブな面、辛い面、必ずしも対面して心地良いものではない感情や側面を突きつける曲が結構ありますが、この曲もまたその向き合いづらい部分も合わせて良い音楽だな、美しいなと思える、そして愛せるのが凄いですね。リアリティも感じますし、音楽に込められたものの大切さもしかと受け止めなければいけないと感じます。
全部ひっくるめて、クラムの音楽がやっぱり大好きです。
ちょっとだけご無沙汰していました。
500エントリーになったとたんに失速とはこれまた。
先週末はメルボルンが本格的に秋になったようで、だいぶ体にしんどい数日でした。
あれやこれやあって家にいるときは休んでることが多く、やっと慣れてきた・・・かもしれないしそうでないかもしれないし。
あんまり夏服着てないような気がしますがそろそろ衣替えか・・・最近のニュースで世界的に気温が上がってるって書いてあったのにメルボルンは私が高校生の頃と比べてそんなに夏らしい日が少ない気がするここ数年。
そういえば本来ならそろそろピアノのレパートリーも衣替えの季節。
ヴィラ=ロボス、ブラジルのバッハ第4番はなんとか秋深くなるまでに制覇(?)しまして、プーランクの即興曲も予定の5曲の内やっと最後のに。エディット・ピアフへのオマージュである第15番、他のよりもちょっとだけ長めだったりという要素もあって単品で演奏するのにも向いてる一曲。
こうやって5つ即興曲弾いてきましたがプーランクの音楽って聴いてた時と比べて弾いてみるといまいちなじみがうまくいってないなあ・・・と思うのです。気まぐれさとかが自分が「弾く」には追いつきにくかったりとか。もっとプーランクの音楽をもっともっと自分に近く、がこれからの課題ですね。今弾いてるこの曲はきっと助けになってくれると思います。
それにしてもレパートリー、悩み中です。レッスンがいつになるか、演奏がいつになるか・・・うーん。
どうもなんとかいろいろはっきりさせたいけれどできずにいるぐずぐずなのをなんとかしなきゃ。
今弾いてるメシアンの「鳥のカタログ」の「ニシコウライウグイス」、舞台は6月の終わりのフランスですが秋になるとその朝の日射しの和音のぬくもりが本当にありがたく愛しく思えますね。これは周りの気温よりも内面が秋になったのが大きいのかな。同じ曲でしばらく弾いてきたのにこんなにもがらっと曲の感じ方が変わるのは面白いです。
ちょっとたったら「まなざし」の方に集中しなくちゃいけないので鳥カタはしばらくおあずけになる予定。次はできたら春~初夏くらいに「イソヒヨドリ」に挑戦したいです。ちょうどいい季節になるはず。
土曜日はピーターとランチしてきました。アカデミーの近くのカフェで。
こないだ会ったばかりだからか話は音楽以外のことで、特に「科学」を巡る様々な話が多かったですね。
前回のコンサートの曲からもあの子が科学好きってことは大体予想ついてたのですが物理・数学の方が特に好きみたいです。私はどっちかというと化学・生物学・心理学あたりが仕事や趣味から守備範囲みたいな感じなのですが、お互い好きな話しても食い違ったりするフラストレーションがないのがやっぱりありがたい。何話しても落ち着いて心配なしに話せる相手がいるのは素晴らしいことです。普段からちょっと心に抱えてるもやもやも冷静に聞いてくれて、とにかく理解・共感がいいレベルで両立してる感が強いです。どっかやっぱり似たところとか通じ合うところがあるのかなあ、と。
私より何年か年下ですがいろんなことを広く深く冷静に見る目も頭も持ってて、いやあ毎回のことですがもっとしっかりしなきゃな自分、と(汗)
とにかく仕事はいいペースで続いてるのであとは体を季節に慣らして、外に出たりもしながらピアノもしっかり続けて。
しっかり秋冬乗り切らなければ。
今日の一曲: フランシス・プーランク 即興曲第15番
今日弾き始めた曲です。先ほど書いたようにシャンソン歌手エディット・ピアフへのオマージュとして書かれた曲です。
20世紀前半の音楽作品とか芸術作品って関わった人間、献呈された人間とか見てると「この人も同じ時代か!」と思うことが本当に多くて。それこそ文学、音楽、絵画、舞台、舞踊、ファッション、全ての分野で。
本当にこの頃のフランス周り、「華の時代」だと思います。一回見てみたかったなー・・・
15ある即興曲のなかでもなにかひときわ光るようなところがあるこの曲。(あくまでも私の印象ですが)
シャンソンや歌曲も手がけていたプーランクの、そっち系統のスタイルの曲で、歌うメロディーの魅力とフランスっぽいちょっとひねたような気まぐれさ、哀愁を含んだハーモニーの美しさ。
今のメルボルンの季節にぴったりなちょっとひんやりした空気、灰色の空の薄暗さに途中で差す太陽の光。
秋から冬って本当に味わい深いなあ、とちょっぴり大人の雰囲気にひたれる(?)感じです。
本当にこういう曲って(先ほども単品で十分成り立つといいましたが)何か弾いて、と言われたときにさらっと弾いたり、ちょっといい雰囲気のところでさらっと弾いたりするのがかっこいいですよ。
だからこそ弾くと言うよりは心から歌い上げる、そして「即興的」な感じが存分に出るほど自然に曲が身についてないといけないんですよね。
この曲の最初に「Capriccioso」=気まぐれに、とありますが気分によってテンポやフレーズの感じとかちょこちょこ変えたりとか、自由に気ままにできたらやっぱりかっこいい。
いつか自分のいわゆる「Party piece」の一つとしてポケットに持ち歩けるようこれからがんばりたいですね~
私はプーランクだとやっぱりピアノもいいですし木管関連の室内楽も大大好き。どちらも味わえるのはプーランク全集だけみたいなのでピアノ曲集のCDをチョイス。パスカル・ロジェはラヴェルとかフォーレとかも演奏を聴いたことがありますがやっぱフランス音楽をその魅力たっぷりでクリーンに弾くのがいいです。いつも言いますが餅は餅屋ですね。
500エントリーになったとたんに失速とはこれまた。
先週末はメルボルンが本格的に秋になったようで、だいぶ体にしんどい数日でした。
あれやこれやあって家にいるときは休んでることが多く、やっと慣れてきた・・・かもしれないしそうでないかもしれないし。
あんまり夏服着てないような気がしますがそろそろ衣替えか・・・最近のニュースで世界的に気温が上がってるって書いてあったのにメルボルンは私が高校生の頃と比べてそんなに夏らしい日が少ない気がするここ数年。
そういえば本来ならそろそろピアノのレパートリーも衣替えの季節。
ヴィラ=ロボス、ブラジルのバッハ第4番はなんとか秋深くなるまでに制覇(?)しまして、プーランクの即興曲も予定の5曲の内やっと最後のに。エディット・ピアフへのオマージュである第15番、他のよりもちょっとだけ長めだったりという要素もあって単品で演奏するのにも向いてる一曲。
こうやって5つ即興曲弾いてきましたがプーランクの音楽って聴いてた時と比べて弾いてみるといまいちなじみがうまくいってないなあ・・・と思うのです。気まぐれさとかが自分が「弾く」には追いつきにくかったりとか。もっとプーランクの音楽をもっともっと自分に近く、がこれからの課題ですね。今弾いてるこの曲はきっと助けになってくれると思います。
それにしてもレパートリー、悩み中です。レッスンがいつになるか、演奏がいつになるか・・・うーん。
どうもなんとかいろいろはっきりさせたいけれどできずにいるぐずぐずなのをなんとかしなきゃ。
今弾いてるメシアンの「鳥のカタログ」の「ニシコウライウグイス」、舞台は6月の終わりのフランスですが秋になるとその朝の日射しの和音のぬくもりが本当にありがたく愛しく思えますね。これは周りの気温よりも内面が秋になったのが大きいのかな。同じ曲でしばらく弾いてきたのにこんなにもがらっと曲の感じ方が変わるのは面白いです。
ちょっとたったら「まなざし」の方に集中しなくちゃいけないので鳥カタはしばらくおあずけになる予定。次はできたら春~初夏くらいに「イソヒヨドリ」に挑戦したいです。ちょうどいい季節になるはず。
土曜日はピーターとランチしてきました。アカデミーの近くのカフェで。
こないだ会ったばかりだからか話は音楽以外のことで、特に「科学」を巡る様々な話が多かったですね。
前回のコンサートの曲からもあの子が科学好きってことは大体予想ついてたのですが物理・数学の方が特に好きみたいです。私はどっちかというと化学・生物学・心理学あたりが仕事や趣味から守備範囲みたいな感じなのですが、お互い好きな話しても食い違ったりするフラストレーションがないのがやっぱりありがたい。何話しても落ち着いて心配なしに話せる相手がいるのは素晴らしいことです。普段からちょっと心に抱えてるもやもやも冷静に聞いてくれて、とにかく理解・共感がいいレベルで両立してる感が強いです。どっかやっぱり似たところとか通じ合うところがあるのかなあ、と。
私より何年か年下ですがいろんなことを広く深く冷静に見る目も頭も持ってて、いやあ毎回のことですがもっとしっかりしなきゃな自分、と(汗)
とにかく仕事はいいペースで続いてるのであとは体を季節に慣らして、外に出たりもしながらピアノもしっかり続けて。
しっかり秋冬乗り切らなければ。
今日の一曲: フランシス・プーランク 即興曲第15番
今日弾き始めた曲です。先ほど書いたようにシャンソン歌手エディット・ピアフへのオマージュとして書かれた曲です。
20世紀前半の音楽作品とか芸術作品って関わった人間、献呈された人間とか見てると「この人も同じ時代か!」と思うことが本当に多くて。それこそ文学、音楽、絵画、舞台、舞踊、ファッション、全ての分野で。
本当にこの頃のフランス周り、「華の時代」だと思います。一回見てみたかったなー・・・
15ある即興曲のなかでもなにかひときわ光るようなところがあるこの曲。(あくまでも私の印象ですが)
シャンソンや歌曲も手がけていたプーランクの、そっち系統のスタイルの曲で、歌うメロディーの魅力とフランスっぽいちょっとひねたような気まぐれさ、哀愁を含んだハーモニーの美しさ。
今のメルボルンの季節にぴったりなちょっとひんやりした空気、灰色の空の薄暗さに途中で差す太陽の光。
秋から冬って本当に味わい深いなあ、とちょっぴり大人の雰囲気にひたれる(?)感じです。
本当にこういう曲って(先ほども単品で十分成り立つといいましたが)何か弾いて、と言われたときにさらっと弾いたり、ちょっといい雰囲気のところでさらっと弾いたりするのがかっこいいですよ。
だからこそ弾くと言うよりは心から歌い上げる、そして「即興的」な感じが存分に出るほど自然に曲が身についてないといけないんですよね。
この曲の最初に「Capriccioso」=気まぐれに、とありますが気分によってテンポやフレーズの感じとかちょこちょこ変えたりとか、自由に気ままにできたらやっぱりかっこいい。
いつか自分のいわゆる「Party piece」の一つとしてポケットに持ち歩けるようこれからがんばりたいですね~
私はプーランクだとやっぱりピアノもいいですし木管関連の室内楽も大大好き。どちらも味わえるのはプーランク全集だけみたいなのでピアノ曲集のCDをチョイス。パスカル・ロジェはラヴェルとかフォーレとかも演奏を聴いたことがありますがやっぱフランス音楽をその魅力たっぷりでクリーンに弾くのがいいです。いつも言いますが餅は餅屋ですね。
前のエントリー拍手、ならびにコメントありがとうございます!
ブログを見て見たくなった、聴きたくなったというのはメインの方でも目指しているところですが、なんせそういう風に伝えるのが難しくて(なので若干びっくりしております)・・・せめてここでお話した曲とか脳裏に残ってくれれば・・・とは思ってますがそれもまた難しい。
どのエリアでもいつでもリアクション、質問その他諸々大歓迎です。
さて、本ブログ今回で500エントリーです!
(もしかしたらどっかで投稿ミスで番号が違ってるかもしれませんがアドレスは/500のはず)
いつも訪れていただいている皆様、本当にありがとうございます。
最初のころから変わらずの文の長さ、ちょっとだけマニアックな内容、いろいろありますが読んでいただいているということは本当に嬉しいです。
これからも長らくよろしくお願いいたします!
500エントリー目はちょっとこれまでのいろいろを振り返ってみようと前から思ってました。といっても500エントリー全部読み通すのは無理なんで過去エントリーのリストのタイトルをざっと見たりなんだりして紹介します。
反響が一番大きかったのは最近の「認知のゆがみ」についてのエントリーですね、ダントツで。twitterのほうで放射線科医のPKA先生にRTしていただいたのがきっかけで(ありがとうございます!)。
メンタルヘルスカテゴリーはエントリー数こそ少ないですが、強い思いを抱いているときにしっかり考えてしっかり書くようにしているため自分の中で大切なエントリーがいくつかあります。例を挙げると:
1) 摂食障害についてのエントリー
2) 自殺についてのエントリー(その1、その2)(これは心血を注いだ記憶が強い!)
3) 自分をケアするための対策など「Scaffolding」についてのエントリー
4) 不安と「病的な」不安についてのエントリー
音楽界隈だとリンクしていただいたのがきっかけでプロコフィエフとシュミットホフについてのエントリーに訪れてくれる人がちょこちょこいるようです。だいぶ初期のエントリーなのでちょっと恥ずかしいところもあります(笑)
そして最近ツタンカーメン展@メルボルン博物館に検索エンジンから来る方がまたちらほら増えているのですが日本でツタンカーメン展やるorやってるのかしら。
検索エンジンからのご訪問に関しては未だに「ファゴット バズーカ」のキーワードでいらした方の意図が知りたいです(笑)
イベント的に思い出が深いのはやっぱり2010年のPiano Landmarks(私が音楽に積極的に関わりに戻ってくる最初のきっかけになった出来事でした)、そして去年のトゥーランガリラコンサート@ユースオケ(実際のカムバック)ですね。
イベントといえば去年こちらのABCラジオのABC Classic 20th Century Top 100カウントダウン(結果エントリーこちら)でしょうか。(最初にでたときのエントリーが検索エンジンにひっかかりやすいようですが、結果はリンクしたエントリーに。)これもいろいろ盛り上がりました。こういう企画もっとやって欲しいですが20世紀はでちゃったしさて。
コンサートやレクチャー、本やDVDの感想もできるときはいろいろやってますが、一番自分で思い入れが深い(ってのも変ですが)感想エントリーはBryce Courtenayの「Sylvia」の感想ですかね。結構初期のエントリーですが「なんで感想(というかブログ全般)こうしっかり書けないかなあ」と思う、自分で上手くかけたなと自画自賛できるエントリーです。本も今日本語訳がないと思うのですがものすごく好きな、心に近い本なので今も変わらずおすすめです。
このブログではいろいろ続き物みたいなのをたまにやってます。
ざっと思いつく限りでは楽器と性格、キーワードto音楽、その他まだ続いてないものちょっと断念したものなど。
キーワードto音楽に限らずテーマに合わせて音楽をおすすめ、というのを結構やってますが、今見返してみてもこのフォーマットは好きなエントリー結構あります。例えば:
1) クラシック音楽をあんまり知らない人に良い曲を選んでみる
2) ピアノの表現の幅を模索してみる
3) 破壊的な音楽
4) 心が弱ったときのための音楽
5) 一日の終わりにwind downするための音楽
その他記憶に強く残ってるエントリーだと女性とアニマについての考察や、心の調子が悪いときの練習で気をつけること(これはホント思い入れ強いです。自分で本当に大事にしてること、自分だからこそできることを形にした感が)、そして最近ぐるぐるした自分にとっての「好き」と「ファン」の考察とか(ぐるぐるしたエントリーのなかでは好きな方です(笑))それぞれ違う意味で思い出深いです。
そして今日の一曲。今回が500エントリー目、ということでたまにお休みしたりダブりで紹介しながらもキーワードto音楽で言及している分をカウントすると500曲は超えてると思われます。でもまだまだ紹介してない曲がどのジャンルもいっぱい。
以前も書いてると思うのですが好きな曲を出し渋る傾向があるのですよ。強く。あんまり好きじゃない曲は紹介を書くのがちょっとめんどくさいので避けがち(でもそれでもたまに紹介してますよ、ネタがあると)なんですが、自分が本当に好きな曲は紹介するのももったいない、というか独占したくなるのです。
今日は500エントリー記念ということでちょっと一つ、出し渋ってた曲を紹介します。良い曲なんですから頭ではもっと広く知ってもらいたいと思ってるのですが心がちょっと言うこと聞かなくて(笑)
(でもそういう曲でもキーワードto音楽にはちゃんと選ばれるので、むしろそっちに注目したほうが私にとっての良い曲、好きな曲は見つかりやすいのかも・・・?)
ということで宣言通り:
今日の一曲: ウジェーヌ・イザイ 無伴奏バイオリンソナタ第3番 「バラード」
ほんっと、出し渋っちゃいけない曲ですよ、これ。
イザイのバイオリンソナタはこれまでも覚えてるだけで2回?今日の一曲で紹介してますし、もしかしたら他でも言及があるかもしれないのですが、どうしてもこの曲は!軽々しく出しちゃいけない気がして。
イザイの無伴奏バイオリンソナタはどれもバイオリンの技巧、表現、その他多岐にわたる魅力を最高に引き出す曲なのですが、その中でも特に愛されているのがこの第3番。
単一楽章のソナタで、ただただ強烈なのです。
この曲の楽譜一回見たことあるのですが、とてもバイオリンの楽譜とは思えないほどの複雑さ(他に何の楽譜でもあり得ませんが・・・)。音の縦・横の多さとか、スラーとかのフレーズマーク、いろいろあって真っ黒です。
でも聴いてると複雑といってもそこまでには聞こえないんですよね。
それは技巧がほぼ100%といって良いほど表現に変換されているのもありますが、その表現、感情の強烈さもあると思います。
バイオリンって以前も書いたと思いますがあんなにちっちゃい楽器で、あんなに細い(少なくともチェロより)弓で、それで一人分の感情全部を表現する、つまりそれをみんなぎゅっと濃縮する楽器なんですよね。弦の張力の強さは音の強靱さと濃さに直結していますし、同時に透明さ、繊細さにもつながってる気がします。
どんな楽器(ピアノでも)もやっぱり伴奏があると曲が安定する一般的な傾向がある気がしますが、この曲もまた「バイオリンだけ」というところでがっつり平衡を崩して、自由に内面を吐露しつくして、狂うことができるような気がします。同時にその孤独が痛く美しく。
私にとってこの曲はバイオリンの理想的な、というよりはある意味「神話的な」姿を表現しているような、これ以上のバイオリン曲はない、と思いますし他の楽器ひっくるめてもこんなに孤高で強烈で狂おしく、心の琴線を締め上げるような曲は数えるほどしかないのではないかと思います。ついでに言えばこんなに美しく気高く(でも全て恥もなくさらけ出して)狂うことができたなら、という事も。
とってもものすごく特別な音楽です。
録音はどうしてもこれ!というのを。試聴はないですが、この演奏が全曲一番だと思います。(大学の図書館にあったので実際に買ってはいないためそのうち入手する!)
ブログを見て見たくなった、聴きたくなったというのはメインの方でも目指しているところですが、なんせそういう風に伝えるのが難しくて(なので若干びっくりしております)・・・せめてここでお話した曲とか脳裏に残ってくれれば・・・とは思ってますがそれもまた難しい。
どのエリアでもいつでもリアクション、質問その他諸々大歓迎です。
さて、本ブログ今回で500エントリーです!
(もしかしたらどっかで投稿ミスで番号が違ってるかもしれませんがアドレスは/500のはず)
いつも訪れていただいている皆様、本当にありがとうございます。
最初のころから変わらずの文の長さ、ちょっとだけマニアックな内容、いろいろありますが読んでいただいているということは本当に嬉しいです。
これからも長らくよろしくお願いいたします!
500エントリー目はちょっとこれまでのいろいろを振り返ってみようと前から思ってました。といっても500エントリー全部読み通すのは無理なんで過去エントリーのリストのタイトルをざっと見たりなんだりして紹介します。
反響が一番大きかったのは最近の「認知のゆがみ」についてのエントリーですね、ダントツで。twitterのほうで放射線科医のPKA先生にRTしていただいたのがきっかけで(ありがとうございます!)。
メンタルヘルスカテゴリーはエントリー数こそ少ないですが、強い思いを抱いているときにしっかり考えてしっかり書くようにしているため自分の中で大切なエントリーがいくつかあります。例を挙げると:
1) 摂食障害についてのエントリー
2) 自殺についてのエントリー(その1、その2)(これは心血を注いだ記憶が強い!)
3) 自分をケアするための対策など「Scaffolding」についてのエントリー
4) 不安と「病的な」不安についてのエントリー
音楽界隈だとリンクしていただいたのがきっかけでプロコフィエフとシュミットホフについてのエントリーに訪れてくれる人がちょこちょこいるようです。だいぶ初期のエントリーなのでちょっと恥ずかしいところもあります(笑)
そして最近ツタンカーメン展@メルボルン博物館に検索エンジンから来る方がまたちらほら増えているのですが日本でツタンカーメン展やるorやってるのかしら。
検索エンジンからのご訪問に関しては未だに「ファゴット バズーカ」のキーワードでいらした方の意図が知りたいです(笑)
イベント的に思い出が深いのはやっぱり2010年のPiano Landmarks(私が音楽に積極的に関わりに戻ってくる最初のきっかけになった出来事でした)、そして去年のトゥーランガリラコンサート@ユースオケ(実際のカムバック)ですね。
イベントといえば去年こちらのABCラジオのABC Classic 20th Century Top 100カウントダウン(結果エントリーこちら)でしょうか。(最初にでたときのエントリーが検索エンジンにひっかかりやすいようですが、結果はリンクしたエントリーに。)これもいろいろ盛り上がりました。こういう企画もっとやって欲しいですが20世紀はでちゃったしさて。
コンサートやレクチャー、本やDVDの感想もできるときはいろいろやってますが、一番自分で思い入れが深い(ってのも変ですが)感想エントリーはBryce Courtenayの「Sylvia」の感想ですかね。結構初期のエントリーですが「なんで感想(というかブログ全般)こうしっかり書けないかなあ」と思う、自分で上手くかけたなと自画自賛できるエントリーです。本も今日本語訳がないと思うのですがものすごく好きな、心に近い本なので今も変わらずおすすめです。
このブログではいろいろ続き物みたいなのをたまにやってます。
ざっと思いつく限りでは楽器と性格、キーワードto音楽、その他まだ続いてないものちょっと断念したものなど。
キーワードto音楽に限らずテーマに合わせて音楽をおすすめ、というのを結構やってますが、今見返してみてもこのフォーマットは好きなエントリー結構あります。例えば:
1) クラシック音楽をあんまり知らない人に良い曲を選んでみる
2) ピアノの表現の幅を模索してみる
3) 破壊的な音楽
4) 心が弱ったときのための音楽
5) 一日の終わりにwind downするための音楽
その他記憶に強く残ってるエントリーだと女性とアニマについての考察や、心の調子が悪いときの練習で気をつけること(これはホント思い入れ強いです。自分で本当に大事にしてること、自分だからこそできることを形にした感が)、そして最近ぐるぐるした自分にとっての「好き」と「ファン」の考察とか(ぐるぐるしたエントリーのなかでは好きな方です(笑))それぞれ違う意味で思い出深いです。
そして今日の一曲。今回が500エントリー目、ということでたまにお休みしたりダブりで紹介しながらもキーワードto音楽で言及している分をカウントすると500曲は超えてると思われます。でもまだまだ紹介してない曲がどのジャンルもいっぱい。
以前も書いてると思うのですが好きな曲を出し渋る傾向があるのですよ。強く。あんまり好きじゃない曲は紹介を書くのがちょっとめんどくさいので避けがち(でもそれでもたまに紹介してますよ、ネタがあると)なんですが、自分が本当に好きな曲は紹介するのももったいない、というか独占したくなるのです。
今日は500エントリー記念ということでちょっと一つ、出し渋ってた曲を紹介します。良い曲なんですから頭ではもっと広く知ってもらいたいと思ってるのですが心がちょっと言うこと聞かなくて(笑)
(でもそういう曲でもキーワードto音楽にはちゃんと選ばれるので、むしろそっちに注目したほうが私にとっての良い曲、好きな曲は見つかりやすいのかも・・・?)
ということで宣言通り:
今日の一曲: ウジェーヌ・イザイ 無伴奏バイオリンソナタ第3番 「バラード」
ほんっと、出し渋っちゃいけない曲ですよ、これ。
イザイのバイオリンソナタはこれまでも覚えてるだけで2回?今日の一曲で紹介してますし、もしかしたら他でも言及があるかもしれないのですが、どうしてもこの曲は!軽々しく出しちゃいけない気がして。
イザイの無伴奏バイオリンソナタはどれもバイオリンの技巧、表現、その他多岐にわたる魅力を最高に引き出す曲なのですが、その中でも特に愛されているのがこの第3番。
単一楽章のソナタで、ただただ強烈なのです。
この曲の楽譜一回見たことあるのですが、とてもバイオリンの楽譜とは思えないほどの複雑さ(他に何の楽譜でもあり得ませんが・・・)。音の縦・横の多さとか、スラーとかのフレーズマーク、いろいろあって真っ黒です。
でも聴いてると複雑といってもそこまでには聞こえないんですよね。
それは技巧がほぼ100%といって良いほど表現に変換されているのもありますが、その表現、感情の強烈さもあると思います。
バイオリンって以前も書いたと思いますがあんなにちっちゃい楽器で、あんなに細い(少なくともチェロより)弓で、それで一人分の感情全部を表現する、つまりそれをみんなぎゅっと濃縮する楽器なんですよね。弦の張力の強さは音の強靱さと濃さに直結していますし、同時に透明さ、繊細さにもつながってる気がします。
どんな楽器(ピアノでも)もやっぱり伴奏があると曲が安定する一般的な傾向がある気がしますが、この曲もまた「バイオリンだけ」というところでがっつり平衡を崩して、自由に内面を吐露しつくして、狂うことができるような気がします。同時にその孤独が痛く美しく。
私にとってこの曲はバイオリンの理想的な、というよりはある意味「神話的な」姿を表現しているような、これ以上のバイオリン曲はない、と思いますし他の楽器ひっくるめてもこんなに孤高で強烈で狂おしく、心の琴線を締め上げるような曲は数えるほどしかないのではないかと思います。ついでに言えばこんなに美しく気高く(でも全て恥もなくさらけ出して)狂うことができたなら、という事も。
とってもものすごく特別な音楽です。
録音はどうしてもこれ!というのを。試聴はないですが、この演奏が全曲一番だと思います。(大学の図書館にあったので実際に買ってはいないためそのうち入手する!)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は仕事がちょっとあったのでアウトプット欲は若干落ち着いた様子。
書き物だってピアノだっていろいろやりたいけど精神エネルギーも体力も進めるスピードも全く追いつかないです!
挙げ句の果てに毎日深夜にネットで十年以上来の友達と話していてほぼ毎回寝落ち、というふがいなさ。
そんななかどうやら次のエントリーが500つ目のようで、ちょろっと考えてます。さすがに全部見返すのは無理なのですがなんか振り返ったりなんだりしたいと思ってます。これを機に普段は出し渋ってる自分にとって特別なめちゃくちゃ大好きな曲の一つも「今日の一曲」で紹介したいな、とか。
ちょっと前になったのですが聖飢魔IIの「まわりやがれ」を見ました。
自分で買う聖飢魔IIはこれが最初、というと普通に考えて「なんで!?」なのですがミサDVDや「ウラビデオ」(解散以降のミサなど舞台裏)シリーズは妹が主に買ってそろえているので私は隙間といいますかそれ以外のものを買うよう心がけてるのです(いちいちお互いに確認してですね、次はこのCDとこのDVDを買うんだ、とか(笑))
以前も書いてるのですが聖飢魔IIの信者になってからはかなり日が浅くてバンドの歴史とか時代背景とか(さらにはどの歌・どのアルバムがどの時代かとかも)あんまりまだ分からないままで、そういうほぼまっさらな状態で作品をisolateした状態で見るのでだいぶ今回偏った感想(のようなもの)になるのをまず最初に明確にしておかなければならないと思いまして。不勉強申し訳ないです。
あとなんだか声が途中ちょっとだけ黄色くなったらそれもすみません(汗)
さて、この「まわりやがれ」、先ほどミサ映像のDVDでないと言いましたが大まかに「まわりやがれ」(一連のなんだかストーリーみたいなもの、含「ゼノン和尚バンザイ!」)、PV+ライブ映像、CMパロディに分かれてる・・・というか分けてみました(笑)ほぼ間違いないはずです。
各セクションの感想などなど:
ちなみに自分メモ、構成員の皆様のこの時期の外見(時系列でなかなか覚えられないんです): 閣下黒髪、長官黒髪、参謀黒髪ロング、和尚長角、殿下ヒゲ。
「まわりやがれ」(含「ゼノン和尚バンザイ!」):
まず最初にエース長官が倒れながらギターをスタンドにおいている自然さに「すごいぞ!」と思ってしまう(笑)やっぱりゼノン和尚のクッキングの脱力感半端ないです。なぜか「糠に釘」という言葉が頭をよぎるのなんでだろう。
あとは「ご飯を待つ画」(勝手にそう呼んでる)が好きです(笑)ことごとく可愛い。ゼノン和尚の角にぎにぎはもはや反則。(あとこのときのルーク参謀の戦闘服いいですなあ、肩の辺りとか。羽根の装飾が似合うお方だ)
PV+ミサ映像: 「闘う日本人」を外国の方に見せてみたい(笑)Teenage Dreamはあんまり頻繁に聞かない曲なのですがこれで見て惚れましたね、なんといってもライデン殿下のドラムにものすごく魂を感じて(実際叩いてるところを見てるからというのもあるのですが)。ライブメドレーは「地獄へ突撃!」があんまり聞いたことなかったので新鮮で。好きだったですよ~
でもやっぱりPVは「世界一の口づけを」と「ロマンス」が。好きだなあ。特に前者はただでも聞くと感傷的になってしまうのであんまり聞かない曲なのに映像も見ると手に負えなくなってしまう(汗)この歌のルーク参謀のコーラスが大好き。
ロマンスはまた別の意味で好きです。おちゃめな悪魔たちに「うわあ可愛いじゃないか!」とほほえんでしまう。ちなみにロケ地の景色がちょっとオーストラリアに似てるのも親しみ深い(笑)ただしメルボルン郊外はもっと茶色い、と妹とうなずき合います。
パロディCM: 何よりもルーク参謀のムキムキが!(笑)他のところで見て知ってるのは知ってるんですが戦闘服着てると全然ああ見えないんで毎回ちょっとだけびっくりする。あと「ポンクミンC」の野球のくだりを見て「でもアメトークで演技じゃなく本当にこうだったんだよ(涙)」と思ってしまう21世紀の性。「東アンデス天然水」の諸々ツッコミどころの多さ(全部つっこむには短い!)もすごいんだけど、やっぱり炭酸が飲めないのには毎回一番即笑い。
全体的には楽器演奏構成員にウェイトが大きいDVDになるのかな。CMパロディだとリポンク(参謀、殿下)、ポンクミン(閣下以外)、東アンデス~(長官、和尚)、あとは和尚バンザイとか閣下が出てこないコーナーも結構ありますし。あとエース長官が「まわりやがれ」では倒れてる役(笑)なので他の構成員よりは少しだけless activeとなってるか。
これまでもミサDVD(妹の)など見てましたがあんまり感想を書こうとは思わなかったのがなぜ今回こんなしっちゃかめっちゃかになってまで感想を書こうとしたのか、というのは自分でもよく分からないです。
次に自分が買うことになってる(いつになるかは不明)DVDは47都道府県のCMのプロジェクトのやつなのでそのときはまた書くかもしれないですね。そのときはもうちょっとしっちゃかめっちゃかにならないようにします・・・なるべく。
今日の一曲: 聖飢魔II 「ロマンス」
あんまり聖飢魔IIの楽曲をここで紹介してないのも徐々になんとかしたいな、と思います(たまももちろんそうですし、そして今度face to aceのCDも買いますからね、課題は山積みです)。
このブログでは本文でも今日の一曲でもクラシックは言いたい放題してるので今日は(本文もここも)なんかちょっと変なテンションになってますがそれの改善も含め。
ジャンルとしては(ジャンルにそもそも私は詳しくないですが)聖飢魔IIはヘヴィメタル/ハードロックで、でもそれにとらわれずいろいろなスタイルの楽曲がその長い歴史の中で生まれてきて。
聖飢魔IIの曲で一番変化球、というのをあげるとしたら一番最初に私の頭に浮かぶのはきっとこの曲だと思います。
アコースティックギター2本だよ!というのに落ち着きを感じてしまうのはすっかり育った音楽の影響です(笑)
あとロ長調という調(一般的に私が苦手としてる調)が良い感じで丸く穏やかに使われてるのがまたほっこりする、というか。暖かみがあるハーモニーなんですよね。
で、ものすごくシンプルな曲調にシンプルさのある歌詞で。全部ひっくるめてこう、クラシックでいうところの「室内楽的な」クオリティを感じます。
サビでのギター「こつこつこつこつ」拳で叩くのに弱いのは私だけじゃないはず(笑)ルーク参謀はギターの胴の部分をこつこつしてますがエース長官がなんかチェロで言うScroll(ギターだとなんていうんだろう)のところを叩いてるような様子も。
あと映像に関しては「指絡めすぎ!」(閣下のホネホネマントの)、とか「そのブリーフ誰の!?」(持ってる本人・・・じゃなくて本悪魔はブリーフじゃないはずだけど)とかちょこちょこ言いたいこともありますが(笑)なんかみんなはしゃいでる、というよりはリラックスしている感じがPV見てて本当に心地よくて。曲のlaid backな感じも相まって見てて・聞いてて本当に安心するのです。ちょうどいい感じで切ない歌だけど安心する曲なのです。
今日は仕事がちょっとあったのでアウトプット欲は若干落ち着いた様子。
書き物だってピアノだっていろいろやりたいけど精神エネルギーも体力も進めるスピードも全く追いつかないです!
挙げ句の果てに毎日深夜にネットで十年以上来の友達と話していてほぼ毎回寝落ち、というふがいなさ。
そんななかどうやら次のエントリーが500つ目のようで、ちょろっと考えてます。さすがに全部見返すのは無理なのですがなんか振り返ったりなんだりしたいと思ってます。これを機に普段は出し渋ってる自分にとって特別なめちゃくちゃ大好きな曲の一つも「今日の一曲」で紹介したいな、とか。
ちょっと前になったのですが聖飢魔IIの「まわりやがれ」を見ました。
自分で買う聖飢魔IIはこれが最初、というと普通に考えて「なんで!?」なのですがミサDVDや「ウラビデオ」(解散以降のミサなど舞台裏)シリーズは妹が主に買ってそろえているので私は隙間といいますかそれ以外のものを買うよう心がけてるのです(いちいちお互いに確認してですね、次はこのCDとこのDVDを買うんだ、とか(笑))
以前も書いてるのですが聖飢魔IIの信者になってからはかなり日が浅くてバンドの歴史とか時代背景とか(さらにはどの歌・どのアルバムがどの時代かとかも)あんまりまだ分からないままで、そういうほぼまっさらな状態で作品をisolateした状態で見るのでだいぶ今回偏った感想(のようなもの)になるのをまず最初に明確にしておかなければならないと思いまして。不勉強申し訳ないです。
あとなんだか声が途中ちょっとだけ黄色くなったらそれもすみません(汗)
さて、この「まわりやがれ」、先ほどミサ映像のDVDでないと言いましたが大まかに「まわりやがれ」(一連のなんだかストーリーみたいなもの、含「ゼノン和尚バンザイ!」)、PV+ライブ映像、CMパロディに分かれてる・・・というか分けてみました(笑)ほぼ間違いないはずです。
各セクションの感想などなど:
ちなみに自分メモ、構成員の皆様のこの時期の外見(時系列でなかなか覚えられないんです): 閣下黒髪、長官黒髪、参謀黒髪ロング、和尚長角、殿下ヒゲ。
「まわりやがれ」(含「ゼノン和尚バンザイ!」):
まず最初にエース長官が倒れながらギターをスタンドにおいている自然さに「すごいぞ!」と思ってしまう(笑)やっぱりゼノン和尚のクッキングの脱力感半端ないです。なぜか「糠に釘」という言葉が頭をよぎるのなんでだろう。
あとは「ご飯を待つ画」(勝手にそう呼んでる)が好きです(笑)ことごとく可愛い。ゼノン和尚の角にぎにぎはもはや反則。(あとこのときのルーク参謀の戦闘服いいですなあ、肩の辺りとか。羽根の装飾が似合うお方だ)
PV+ミサ映像: 「闘う日本人」を外国の方に見せてみたい(笑)Teenage Dreamはあんまり頻繁に聞かない曲なのですがこれで見て惚れましたね、なんといってもライデン殿下のドラムにものすごく魂を感じて(実際叩いてるところを見てるからというのもあるのですが)。ライブメドレーは「地獄へ突撃!」があんまり聞いたことなかったので新鮮で。好きだったですよ~
でもやっぱりPVは「世界一の口づけを」と「ロマンス」が。好きだなあ。特に前者はただでも聞くと感傷的になってしまうのであんまり聞かない曲なのに映像も見ると手に負えなくなってしまう(汗)この歌のルーク参謀のコーラスが大好き。
ロマンスはまた別の意味で好きです。おちゃめな悪魔たちに「うわあ可愛いじゃないか!」とほほえんでしまう。ちなみにロケ地の景色がちょっとオーストラリアに似てるのも親しみ深い(笑)ただしメルボルン郊外はもっと茶色い、と妹とうなずき合います。
パロディCM: 何よりもルーク参謀のムキムキが!(笑)他のところで見て知ってるのは知ってるんですが戦闘服着てると全然ああ見えないんで毎回ちょっとだけびっくりする。あと「ポンクミンC」の野球のくだりを見て「でもアメトークで演技じゃなく本当にこうだったんだよ(涙)」と思ってしまう21世紀の性。「東アンデス天然水」の諸々ツッコミどころの多さ(全部つっこむには短い!)もすごいんだけど、やっぱり炭酸が飲めないのには毎回一番即笑い。
全体的には楽器演奏構成員にウェイトが大きいDVDになるのかな。CMパロディだとリポンク(参謀、殿下)、ポンクミン(閣下以外)、東アンデス~(長官、和尚)、あとは和尚バンザイとか閣下が出てこないコーナーも結構ありますし。あとエース長官が「まわりやがれ」では倒れてる役(笑)なので他の構成員よりは少しだけless activeとなってるか。
これまでもミサDVD(妹の)など見てましたがあんまり感想を書こうとは思わなかったのがなぜ今回こんなしっちゃかめっちゃかになってまで感想を書こうとしたのか、というのは自分でもよく分からないです。
次に自分が買うことになってる(いつになるかは不明)DVDは47都道府県のCMのプロジェクトのやつなのでそのときはまた書くかもしれないですね。そのときはもうちょっとしっちゃかめっちゃかにならないようにします・・・なるべく。
今日の一曲: 聖飢魔II 「ロマンス」
あんまり聖飢魔IIの楽曲をここで紹介してないのも徐々になんとかしたいな、と思います(たまももちろんそうですし、そして今度face to aceのCDも買いますからね、課題は山積みです)。
このブログでは本文でも今日の一曲でもクラシックは言いたい放題してるので今日は(本文もここも)なんかちょっと変なテンションになってますがそれの改善も含め。
ジャンルとしては(ジャンルにそもそも私は詳しくないですが)聖飢魔IIはヘヴィメタル/ハードロックで、でもそれにとらわれずいろいろなスタイルの楽曲がその長い歴史の中で生まれてきて。
聖飢魔IIの曲で一番変化球、というのをあげるとしたら一番最初に私の頭に浮かぶのはきっとこの曲だと思います。
アコースティックギター2本だよ!というのに落ち着きを感じてしまうのはすっかり育った音楽の影響です(笑)
あとロ長調という調(一般的に私が苦手としてる調)が良い感じで丸く穏やかに使われてるのがまたほっこりする、というか。暖かみがあるハーモニーなんですよね。
で、ものすごくシンプルな曲調にシンプルさのある歌詞で。全部ひっくるめてこう、クラシックでいうところの「室内楽的な」クオリティを感じます。
サビでのギター「こつこつこつこつ」拳で叩くのに弱いのは私だけじゃないはず(笑)ルーク参謀はギターの胴の部分をこつこつしてますがエース長官がなんかチェロで言うScroll(ギターだとなんていうんだろう)のところを叩いてるような様子も。
あと映像に関しては「指絡めすぎ!」(閣下のホネホネマントの)、とか「そのブリーフ誰の!?」(持ってる本人・・・じゃなくて本悪魔はブリーフじゃないはずだけど)とかちょこちょこ言いたいこともありますが(笑)なんかみんなはしゃいでる、というよりはリラックスしている感じがPV見てて本当に心地よくて。曲のlaid backな感じも相まって見てて・聞いてて本当に安心するのです。ちょうどいい感じで切ない歌だけど安心する曲なのです。
